GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯3‐3

 

 複合立体駐車場を、三人の男達が歩みを進めていた。煤けた風が吹き抜けている。無理もない。先ほどまで、街は焦土に包まれていたのだが、青錆びはその情報を上塗りし、焼け野原が広がる事は決してない。そういう風になっているのだ。

 

 三人のうち、一人の男の眼差しに力はない。いや、もっと言うのならばその足並みにも、まるで生きているものの力は感じられなかった。

 

 二人が肩で抱えてやっと動いているというだけの存在だ。

 

 三人組が目指しているのはジャンクの集積地点であった。

 

 その山場の上で胡坐を掻いていた男は、ふんと鼻を鳴らす。

 

「そいつ、長くはねぇな」

 

「ボス……。作戦通りに行きやしたが……」

 

「分かってる。見ていた。てめぇらはよくやったさ。相手の実力が上回っていたんだ。仕方ねぇだろ」

 

 ジャンクの山から男は跳躍し、瞳に力のない男を抱え、そのままジャンクの山に寝かせる。息も絶え絶えであり、口元は言葉さえも紡がない。

 

 不意にもう二人が傅いていた。拳を地に打ち付け、悔恨を滲ませる。

 

「あの野郎……! 仲間をコケにされて、黙っていられるかってんだ! 今すぐ殺してやる! 人間態なら、何度だって殺せる! アクセス――!」

 

「やめとけ。いや、人間態でも侮るな、と言うべきか。一人一人行ったって殺してくださいって言っているようなもんだ。俺の指示に従えねぇか」

 

 その言葉に男達は涙を呑んだようであった。

 

「ですが! ……完璧な作戦だった! なのに、グリッドマン……!」

 

 忌々しげに放たれた名前に頭目である男は嘆息をつく。

 

「落ち着け。逸るとロクな事がねぇ。ケンカだと特にな。頭はクールダウンさせておけ。それに、力も、だ。温存しとかないと、もしもの時に何も出来ねぇぜ」

 

「ボス……っ。ですが、《ボランガ》の奴が……。あいつ、故郷に嫁がいるって……。腹ん中に子供も……」

 

 言わんとしている事は分かる。煮え滾るようなその怒りも。だからこそ、頭目の男は冷静な声を浴びせていた。

 

「だからこそだ。――待て。俺の言う通りにすれば、必ず、だ。必ず、グリッドマンを仕留めるだけの隙を見出させてやる」

 

 その言葉にモニュメントを握り締めた男が涙を浮かべていた。男泣きするその手には《メタラス》の彫像がある。

 

 もう一人も《ボルカドン》のモニュメントを握っていた。二人とも掛け替えのない、自分の「家族」である。その家族が悲しめば自分も悲しい。だが、家族に死にに行けなど言えるものか。軽々しく言えないからこそ、ここは待てと言う苦渋の判断を下していた。

 

「……グリッドマンは、いずれ分かる。俺達の事も。そして迴紫様が紡ぐ理想世界も。それを理解した上で、否定するのか、それともこちらにつくのか。どっちなのかだけは、俺でも読めねぇ。だがな、グリッドマンだって人間にゃ違いねぇ。突かれて痛い横腹の一つや二つはあるはずさ」

 

「人間だって? あんな残酷な奴が……人間なわけが……!」

 

「言いてぇ事は伝わった。だから、だよ。待て。俺達の統率が乱れれば、他のナイトウィザードに掻っ攫われる。手柄を横取りされるのは素直に面白くねぇ。待つ事もまた、戦いだ」

 

「ボス……っ! 俺は……俺は、自分が情けねぇ! もっと強い怪獣のコードを持ってりゃ、あいつは死ななかったのかなぁ……」

 

「それは言いっこなしだ。元は俺の手にしたコードの弱さでもある。だから、てめぇらが情けなさを感じる必要はねぇのさ」

 

 ハッとこちらを振り仰いだ部下は、くっと奥歯を噛み締めていた。

 

 自分とて場が許すのならば泣きたい気分ではあったが、それよりも相手に仕掛けた布石が無事に起動するのかどうかにかかっていた。

 

 ――そう、グリッドマンも人間だ。だって言うのならば……。

 

 統率する男はモニュメントを翳す。スマートな体躯の怪獣を模したモニュメントの瞳が赤く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは開示出来ません』

 

 ドクロ鉄道の第一声に、朋枝は絶句していた。相手はこちらなど意に介せず、乱れたダイヤの修復作業に集中している。

 

「それは……。だってそれはおかしいじゃない! 中立なんでしょ、ドクロ鉄道は!」

 

 声を張り上げた自分に相手の連絡員はため息を漏らしていた。

 

『中立でも、新宿区内を荒らしている例の怪獣と、それに伴うダイヤの乱れの復旧だけで何日かかるか……。正直に言えば、グリッドマンであろうとも、怪獣であろうとも関係がないのですよ。我々は、ダイヤの遅れを一刻も早く取り戻し、皆様に安全な旅を提供しなければならない。そのために働いているのです。だと言うのに、中立区画を紹介しろと言われましても……』

 

「それは……言い方が悪かったかもしれないわ。でもあるんでしょ? 中立区画」

 

『あってもお教えできません。一般開示度を超えておりますゆえ』

 

 まさかここまで突っぱねられるとは思いも寄らない。朋枝は次の言葉を弄していると、那由多が口を差し挟む。

 

「なら、せめて怪獣の被害のない駅までなら何駅かかるか、それは尋ねては駄目なのか?」

 

「そ、そうよ! 怪獣の被害のない区画くらいあるでしょ」

 

 ドクロ鉄道の連絡員は、呆れたように頭を振って複雑な地図を差し出していた。そのほとんどが赤い円に塗られている。

 

『これが現状の駅区間の被害状況です。見れば分かるように、赤い円が怪獣の出現した区画となっております。重なり合っておりますので、どこまで行っても……そうですね。十駅くらい向こうに行ってようやく大人しくなるくらいでしょう』

 

「十駅って……」

 

 朋枝は絶句する。十個もの駅を乗り継ぐのには金がいくらあっても足りないだろう。それに、連絡員は「大人しくなる」と言っているだけで完全に鎮静化するとは言っていないのだ。

 

 怪獣の脅威は最早、逃げ切れないところまで来ているのかもしれない。

 

「で、でもっ! 中立地帯はあるんでしょ! 教えてくれたって……」

 

『大変申し上げ辛いのですが、もう埋まっているのですよ。その席は。なので今さら中立地帯を紹介しても、何ら意味がないと思われます』

 

 連絡員の非情なる宣告に朋枝はふらついていた。那由多がその背を受け止めて問い返す。

 

「本当に手段も何もないのか? 怪獣はでは、何故出現する? その理由も分からずに、ドクロ鉄道は放っておいているとでも?」

 

『心外ですね。我々とて手は打つつもりです。これまで以上に武装を積載し、いつ怪獣と対峙しても取り払えるように――』

 

「要は、怪獣に邪魔されずに移動する術があると言うのだろう。それを知りたい」

 

 斬り込んだ形の那由多の言葉に、連絡員は陰となった相貌の下で、舌打ちを漏らす。

 

『……だからと言って、あなた方の提示する金額ではどうしようもないですよ』

 

「シンジュクの中でも被害の少ない場所があるはず。それを教えて欲しい」

 

 那由多の言葉繰りに連絡員は地図を差し出す。赤い円が重なっていない箇所を目指せば、恐らくは当面しのげるであろう。

 

「感謝する」

 

『要りませんよ。我々は職務を全うするだけですから』

 

 身を翻した那由多に朋枝は慌ててついていく。

 

「ね、ねぇ。結局シンジュクに村や聖域があるのかどうかを聞けなかったけれど……」

 

「それに類する何かがある、というのは地図上を読み取れば分かる。赤い円が囲っていない箇所がいくつかある。それをピックアップしていけば――」

 

 そこで不意に那由多が言葉を区切る。どうしたのだろうと窺うと、彼は倒れ伏していた。

 

「……まさか、怪獣が……」

 

 だがどこからも怪獣の攻撃の痕跡はない。周辺を見渡していた朋枝は那由多をじっと見下ろす人影に後ずさっていた。

 

「……臾尓」

 

 青い髪をなびかせ、臾尓が那由多を見据えている。その瞳に浮かんだ憐れみに、朋枝は言葉を失っていた。

 

「……那由多」

 

「……あなた、何なの? 前も急に現れて……」

 

「一度、駅まで戻ったほうがいい。中途半端な場所に寝かせていると、狙われてしまう」

 

「それは……同意だけれど、少しは話してもらうからね」

 

 二人して那由多の身体を運ぶ。思ったよりも重い那由多を引きずるようにして駅構内に運び終えた。

 

 先ほどの連絡員が歩み寄ってくる。

 

『どうされましたか? ……お連れに何か』

 

「具合が悪いみたいなの。休ませてもらえる?」

 

『それは構いませんが……迷惑はかけないでもらいたいですね』

 

 皮肉を返され、朋枝は嘆息をつく。

 

「迷惑は、ね……」

 

「那由多はグリッドマンの戦い方を知っているが、それは知識として持っているだけだ。使い方を学ばなければ、その力の一端も引き出せない」

 

 臾尓の不意に発した言葉に朋枝は胡乱そうに返していた。

 

「……本当に何者なの? グリッドマンと那由多の関係を知っているのね?」

 

「グリッドマンは那由多と最適化し、戦闘面ではあのような怪獣三体に押されるはずがない。恐らく、まだ思い出していないのだろう。本当の戦い方を」

 

「本当の……って。あんたはグリッドマンの戦い方を知っているって言うの?」

 

 臾尓は頷くわけでも否定するわけでもない。そのスタンスが朋枝には不明であった。

 

「……あんた、急に現れて、そうやって助言してくるけれどさ。何でいっつもはどこにもいないの? それとも、那由多が倒れないと、何も出来ないの?」

 

 少し挑発的な言い草になってしまったかもしれない。それでも、朋枝からすれば、那由多とは直接会わず、自分にばかり接触する相手には不信感しかない。

 

 臾尓は那由多の横顔を眺めつつ、静かに口にしていた。

 

「……創造主が、いつも正しいとは限らない。上に立つ存在が、どのような帰結を辿ろうとも、下々は従うしかない。そのツケを我々は払い続けている」

 

「創造主……。グリッドマンの事を言っているの?」

 

「朋枝。あなたには見守る義務がある。グリッドマンの戦いを。那由多が、何のために抗い、何のために怪獣と戦っているのか。それを知るのは、あなただけだ。そして、その判定を下すのも……」

 

「あたし? あたしに、那由多の何を知れって……」

 

「これより先、もっと過酷な戦いが待っている。その時、那由多に何かしてやって欲しい。彼はきっと、ずっと独りで戦い続けている。その道筋に少しでも光があれば、彼はきっと変われるはず」

 

「臾尓、あなたは何なの……。そうやって、まるで超越者のように振る舞うけれど……でもあなたが一番、那由多の事を分かっているんじゃ……?」

 

 その質問には臾尓は首を横に振った。

 

「私は那由多に何もしてやれない……」

 

 その言葉だけは絶対的なもののように呟かれる。朋枝は逡巡を浮かべた後に、荷物に入っているメロンパンを差し出す。

 

「好きだったよね……メロンパン」

 

 臾尓は受け取り、無言で齧り付いていた。どうにも読み辛いこの少女は、一体何のために自分達を付け回すのだろう。

 

 何のために……那由多の道筋を心配しているのだろう。

 

 全く関係がないのなら、そんな杞憂を浮かべる必要もないはずだ。臾尓は何らかの形で那由多の記憶に関わっていると思うべきだろう。

 

 しかし那由多本人が思い出したのは、ハイパーエージェントという、不確かな単語のみ。それ以外は全くの不明と言ってもいい。彼自身が何も思い出せないのには事情があるのだろうか。

 

 窺い知れない何かが。そうだとしても、ずっと記憶喪失なんてあんまりだろう。

 

 臾尓は知っているのならば那由多にもたらすべきだ。そうする事で彼は多かれ少なかれ救われるはず。

 

 そう思って声を振り向けようとすると、そこには臾尓はいなかった。

 

 横たわる那由多のみが存在している。

 

 まるで狐に化かされたような気持ちで佇んでいると、連絡員が声をかけてきた。

 

『随分と大きな独り言でしたね。何だったのですか?』

 

「独り言って……ここに女の子がいたでしょう?」

 

 その問いに連絡員は首をひねる。

 

『はて……お客様はお二人だけでは?』

 

「そんなはず……。青い髪の女の子が、あたしと一緒に那由多を運んできて……」

 

『いえ、戻っていらした時も、お客様一人でしたが……』

 

 朋枝は息を呑む。一体、今、何が起こったのだ。確かに自分は臾尓と話していたはず。だというのに、連絡員にはその姿さえも見えなかったと言うのか。

 

「……そんなわけ……。じゃあ臾尓、あなたは本当に、何だって言うの……」

 

 衝撃を受けている自分に、連絡員は咳払いする。

 

『お連れのために、水分を持ってきました』

 

 手渡されたコップに入った水に、朋枝は覗き込む。

 

 那由多だけではない。自分にも何か変化が巻き起こっている。そう考えなければ、臾尓の存在の証明も出来ない。

 

 彼女は何なのか、そして那由多は何者なのか。解き明かすのにはまだ鍵が足りない。

 

 コップを握り締めた直後、激震に水が揺れた。

 

 連絡員が周囲を振り仰ぐ。朋枝は似通った衝撃を経験しているために、即座に立ち上がっていた。

 

「……怪獣……」

 

 それもかなり近い。連絡員は慌てて電話に取り付き、報告をもたらしていた。

 

『新宿西口に怪獣の出現を確認。ドクロ鉄道の全路線に反映させ、ダイヤを調整すべし。繰り返す。怪獣出現……』

 

 その言葉が滑り落ちていく中で、朋枝は構内から出ていた。

 

 出現していたのは前回、グリッドマンが仕留めたはずの首のない紫色の怪獣である。それがまるで幽鬼のように佇み、大地を踏み締めているのだ。思わぬ敵に朋枝は頭を振る。

 

「……こんな。どうすれば……」

 

 首のない怪獣がこちらを見据える。無論、頭部がないのだが明らかにこちらを見つけたと言う確信があった。

 

 青錆びの建築物を手で払い、その姿が至近まで迫る。朋枝は逃げようと身を翻したところで、不意に立ちふさがった影にぶち当たる。

 

「……那由多」

 

「すまない。また気を失っていたらしい。だが、もう平気だ」

 

 龍の意匠を持つ銃を突きつけ、彼は引き金を引く。高重力の赤い砲撃が怪獣に突き刺さったが、それでも相手がうろたえた様子もない。

 

 那由多は銃を構え直し、自分に言いつけていた。

 

「ドクロ鉄道構内ならばそれなりに安全なはず。そこで待っていてくれ。すぐに倒して合流しよう」

 

 別の道を辿った那由多へと、朋枝は声を搾っていた。

 

「那由多……っ。……無茶をしないで……」

 

 他に言うべき事はあっただろうに、どうしてだかこの時、何も気の利いた言葉は浮かんでくれなかった。那由多は首肯し、高重力の光軸で怪獣を牽制する。

 

 離れていく背中に呼び止める言葉も持たぬまま、朋枝は呻いていた。

 

 

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