GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
「……どうしてまた現れた。それも、倒したはずの怪獣が……」
相変わらず敵怪獣である《ボランガ》には頭部がない。それも当たり前だ。前回の戦闘で首を落としたはずの相手が何故、また襲ってくるのか。
その真意を窺おうとしても、頭部がないせいで意思をまるで感じさせない。
それでも大地を踏む足音と、衝撃だけは本物だ。死んでいるはずなのに生きていると言う矛盾の只中で怪獣が動いている。
那由多は今一度、銃撃を見舞っていた。
露出した断面部を狙うがまるでダメージになっていない。相手は最早、痛みなど感じていないのかのようであった。
「まるで死体を操っているかのような……」
煮え切らない敵に那由多は引き金を矢継ぎ早に引きかけて、拳銃の出力低下に目を見開いていた。
「……エネルギー不足か。どこかで装填しなければ」
その直後、《ボランガ》より超音波が放たれる。砂礫を巻き上げ、広範囲に拡散した衝撃音波は那由多の足を奪っていた。
身体が容易く浮かび上がり、高層建築物と共に瓦礫の渦へと押し込まれていく。
痛みを感じたその時には鉄筋に足を塞がれていた。
《ボランガ》が余裕を持って歩み寄ってくる。那由多は拳銃の残弾を確かめ、舌打ちを一つ漏らしてから、左手首に思惟を抱かせる。
先ほどから蒼い脈動が左手首に焼きつくように明滅していた。意識したその時にはアクセプターが出現している。
アクセプターを翳し、両腕で十字を描いた。
「アクセス・フラッシュ!」
直後、光へと還元された身体が舞い上がり、周囲の建築物の質量を帯びた巨人へと変換される。
大質量を伴わせて、蒼銀の巨人――《サイファーグリッドマン》が大地を激震させていた。舞い上がった土くれが灼熱に染まる。
構えた《サイファーグリッドマン》に対し、《ボランガ》はまるで脱力し切っている。
その印象はやはりと言うべきか、死者の感覚を拭い去れない。
(グリッドライト、セイバー!)
グラン・アクセプターより光刃を発生させ、三翼の光の衝撃波を放出する。斬撃は《ボランガ》の残っていた腕と足を引き裂くが、それでも相手は止まる様子がない。
(……姿勢さえも崩さないだと……)
明らかに《ボランガ》は通常の物理法則に反している。何かが、《ボランガ》を操っているとしか思えない。
(あの怪獣は普通ではない。何かがある……)
しかし解読する術を持たない。困惑する《サイファーグリッドマン》の視野に入ったのは、カードを投げてきた男であった。
風圧がなぶる高層建築の屋上でこちらを見据えている。その瞳には試すような感覚があった。
「グリッドマン。ここで《ボランガ》相手に時間をかけるか。それとも、俺の思惑通りに、きっちり戦ってくれるか」
拾い上げた声に《サイファーグリッドマン》は堅く拳を握り締める。
(怪獣を相手に、後れを取るわけにはいかない!)
《ボランガ》は何者かに操られている。しかもその相手は同じ地上にはいないのであれば、取る手段は限られていた。
《サイファーグリッドマン》はグラン・アクセプターで円を描く。円の内側に発生した結界が流転し、《サイファーグリッドマン》の疾駆を吸い込んでいた。
そのまま直上へと打ち出される形で《サイファーグリッドマン》の姿は、蒼銀の戦闘機へと変位する。
戦闘機形態となった《サイファーグリッドマン》は高機動で《ボランガ》を突っ切り、そのまま高空を目指していた。空の果てに何かがいるはず――。その確信は当たっていた。
《ボランガ》の直上、超高度にて位置するのは悪魔を模したかのような怪獣である。その怪獣より吊るされた糸が《ボランガ》を操っているのだ。
戦闘機形態のまま、謎の悪魔怪獣へと突っ込んでいく。音速を超えた加速度で敵の直下へと至り、真上に向けてミサイルの広範囲射撃を浴びせる。
幾何学の軌道を描くミサイルを相手の怪獣は受け止め、それと同時に無数の糸を手繰って小型円盤を操っていた。
円盤はそれぞれ読めない軌道を描き、ミサイルを撃墜していく。
戦闘機のまま機首を翻し、重加速で天上を突き抜けた《サイファーグリッドマン》は、全砲門の照準を開き、全ての火器管制を敵怪獣に向けていた。
(サイファーフレズベルグサーカス!)
火竜の勢いを灯らせ、灼熱の憤怒の重火装備が射撃する。敵の怪獣へと全弾が命中し、その姿を炎熱の彼方へと押し包んでいた。
それでも相手は手を払い、糸の一部を操って円盤型の兵装で追いすがってくる。
《サイファーグリッドマン》はフレアを焚いて敵の照準をぶれさせ、円弧を描き再び怪獣を真正面に見据える。
機首下部より砲門が引き出され、その砲口に赤い重粒子が吸い込まれていく。
(サイファーグラビティビーム、放射!)
放たれた赤い重力波が怪獣の心臓を射抜き、直後、敵怪獣が爆発の光に包まれていた。急加速で噴煙を引き裂き、戦闘機形態のまま下界を見下ろす。
《ボランガ》は遠隔操作から解放され、倒れ伏す。
二体とも完全に殲滅されたのを確認した《サイファーグリッドマン》は帰投しようとした、その時である。
「アクセスコード……《ゴロマキング》!」
放たれた声と共に光が収束し、《サイファーグリッドマン》の直上に現れたのは鎖を保持した怪獣であった。
その鎖が機首を雁字搦めにし、締め上げていく。
耐久値の限界まで引き絞られ、《サイファーグリッドマン》は戦闘機から通常の巨人形態へと戻っていた。
(グリッドマン! てめぇは、まだ何も分かってねぇみたいだな!)
(何も分かっていないだと……。怪獣はわたしが破壊する!)
(それが分かってねぇ証明なんだよ。墜ちろ!)
鎖が首根っこを締め上げ、《サイファーグリッドマン》と怪獣《ゴロマキング》はもつれ合いながら落下していた。
粉塵が舞い上がり、砂礫が天高くから降り注ぐ。
青錆びの霧に塗れた大地で、《ゴロマキング》の拘束から、《サイファーグリッドマン》は離脱出来ずにいた。
敵怪獣の放つ鎖より電磁が放たれる。ノイズを生じさせ、《サイファーグリッドマン》が身悶えする。
(そぉら、もう一本だ!)
さらにもう一本の鎖が今度は身体を締め上げた。完全に成す術のなくなった《サイファーグリッドマン》を《ゴロマキング》は嬲り殺すように電磁波を流し込む。
《サイファーグリッドマン》の喉より叫びが迸った。
(痛ぇか? だがよ、舎弟の奴らはもっと痛かったはずなんだぜ! それをてめぇが!)
《ゴロマキング》の膂力で《サイファーグリッドマン》は振り回される。このままでは、と判じた神経がグラン・アクセプターに働きかけ、光刃を発振させていた。
光の剣が敵の鎖を引き千切る。姿勢を整えさせて、《サイファーグリッドマン》はもう一本の鎖も断ち切っていた。
敵が攻勢を立て直そうとする間に、グラン・アクセプターを天に掲げ、異空間より大剣を召喚する。
大剣を掲げた《サイファーグリッドマン》に《ゴロマキング》は哄笑を浴びせていた。
(得物で勝負か。俺相手に!)
《ゴロマキング》の鎖が自己修復していく。恐らくは本体を倒さない限り何度でも修復するのだろう。
再び鎖を得た《ゴロマキング》が下段より放り投げる。それを断ち切り、瞬時に光速へと至った《サイファーグリッドマン》が一閃を浴びせかけたが、至近距離でのその刃は鎖で防がれていた。
(甘ぇんだよ)
押し返され、大剣を手にたたらを踏む。敵は鎖を回転させ、それを投擲していた。瞬間、鉛型の重石が何倍にも拡大し、《サイファーグリッドマン》を押し潰さんと迫る。
大剣で受け止めるも、あまりの重量に全身が軋んだ。
(耐えきれるかよ。その重さ、生半可じゃねぇぞ!)
さらに今度は足を払うべく投げられた鎖を防ぐ事も出来ず、《サイファーグリッドマン》は姿勢を崩してしまう。大剣で押し返そうともがくが、相手の術中にはまっているのは間違いなかった。
(貴様は……何のためにわたしに接触した!)
(こういう不毛な争いをなくそうと思ってな。分かってんだろ? 今のてめぇじゃ、俺には勝てねぇよ。半端な覚醒じゃ、俺レベルにも届かねぇ。さっさと諦めるが肝心だと思うがな)
(諦める……だと。そんな事が……)
(勝てねぇんなら、それもアリだって言ってんだ。それに、てめぇには渡しておいたはずだぜ? 真実に至る道標をな)
差し出されたカードを思い返し、《サイファーグリッドマン》の中で、那由多は問いかける。
――真実。それはオレの記憶なのか……。
《サイファーグリッドマン》は応じない。相手も、だ。
ならば、ここは――。
不意に《サイファーグリッドマン》の身体が光となって拡散する。《ゴロマキング》も光となって収束し、人間態へと戻っていた。
那由多は近場の高層建築物へと降り立つ。
《ゴロマキング》に変身していた相手は金髪を逆立たせた男であった。手招き、背中を向ける。
撃たれても文句はないのか。あるいは、撃たれても何ら意味がないと分かっているのか。那由多は判ずる術を持たずに高層建築より飛び降りていた。いつの間にか直下で待ち構えていた《ゴロマキング》の男は顎をしゃくる。
「来いよ。本物を見せてやる」
「……それはオレの記憶か」
「……そこまでは知らねぇが、少なくとも、グリッドマン。てめぇが見ないようにしていたものには違いないはずだぜ」
歩みを進める《ゴロマキング》の男は徐々に廃墟へと赴いていく。ところどころに電線が剥き出しになっており、那由多は問いかけていた。
「……お前達は何故、街を襲う」
「そいつぁ、誤解だね。俺達はむしろ、この世界を大事にしたい。そのために、てめぇが邪魔だから、ああいう強硬策に出るのさ」
「……だが、最初はそうではなかったはずだ」
そうであるのならば朋枝の証言と矛盾する。当初から怪獣は現れていたはずだ。その疑念に相手は手を払う。
「未熟者ってのはどの世界にもいてね。そいつらの破壊活動までは阻害出来なかったんだよ。末端の末端連中まで封じていれば、それなりにツケが返ってくる。管理し切れなかった、それだけのこった」
だが、それだけでも被害は出ていたはずだ。その末端の末端を制御していれば、朋枝の家族や村の人間は死なずに済んだはず。
「……余計な犠牲も招いた」
「それに関しちゃノーコメントだな。俺の知ったこっちゃねぇ」
男は拓けた空間に出ていた。中央にうず高いジャンクの山があり、その上で人間が横たわっている。
今にも息絶えそうなのが見るだけで窺えた。
「……この男は」
「分からねぇのか。ま、それも止む無しだろうな。教えてやんよ。さっきまで戦っていた、《ボランガ》の奴さ」
まさか、と那由多は目を戦慄かせる。怪獣本体である人間態に遭遇したのは初めてであった。しかも自分の倒した怪獣だ。
息も絶え絶えな男はこちらを視界に入れるなり、掠れた声で名を呼んだ。
「グリッド……マン……。貴様、を……」
「無理すんな。もう、楽になっていいんだ」
男は横たわっている相手の手を握り締め、首を横に振っていた。その言葉で、横たわっていた相手の身体が光へと昇華される。紫色の火炎を伴わせ、跡形もなく男は消え失せていた。
《ゴロマキング》の男はこちらへと一瞥をくわえずに呟く。
「……これが怪獣になった者の死だ。俺達はコードを与えられ、怪獣に変身するが、てめぇに殺されればこうして、そこにあったという証明さえも奪われて死ぬ。それをてめぇは、見ないよう見ないようにして、戦ってきたのさ」
那由多はその事実に後ずさる。だが、それでも、と拳銃を突きつけていた。
「破壊活動をしたのは、そちらが先のはずだ」
「どっちが先か、後かなんて結果論だろ。ただ一つ、ハッキリしてんのは、てめぇは人殺しをしておいて涼しい顔をして、それを正義の執行みたいにやり過ごしているってこった。なぁ、グリッドマン。それでも怪獣を倒せるか?」
肩に手を置いた男の問いかけに那由多は硬直する。それでも、自分を通せるのか、否か。
自分は今まで怪獣と言う超常存在を倒しているのだとばかり思い込んでいた。だがその実は人間であった、など笑えない。相手もまた自分と同じであったなど。
よろめいた那由多に《ゴロマキング》の男は問い詰める。
「なぁ、グリッドマン。覚悟もなしに、他人の生き死にをどうこうするってのは、それは傲慢じゃねぇのか。それとも、てめぇは覚悟を持って、これまでもこれからも、大手を振るって人殺しをするってのかよ」
「……オレ、は……」
掌に視線を落とす。いつの間に集っていたのか、《ゴロマキング》の男を中心として、他の男達が敵意の眼差しを飛ばす。
――全員、怪獣なのか。そう思うと同時に、相手もまた人間だ、という思いも先行する。
「なぁ、グリッドマン。俺達はこれから、てめぇの価値観をぶっ壊す。遮るのなら勝手にしろ。だが、そこには人の命の裁量があるって事を、無自覚にはなれねぇよな?」
これまでならば、怪獣の戯れ言だと断じられたかもしれない。だが、相手が明らかに人間であると言う証明を突きつけられた以上、那由多には今までのような戦意は消え失せていた。
「……怪獣も……人間……」
「人殺しが出来ねぇってなら、てめぇはそこで蹲ってな。それとも、分かりやすい死が必要かねぇ」
《ゴロマキング》のモニュメントを掲げ、男が召喚したのは怪獣の腕だ。空間より引き出された怪獣の剛腕が次の瞬間、自分を薙ぎ払うかに思われていた。
事実、この時那由多は避けようとも思わなかった。眼前で摘まれた一つの命に衝撃を受けていたのもある。今まで何も感じず倒してきたのが人間であると突きつけられたのも大きかっただろう。
だから、咎は受けるべきだと自身に課した、その時であった。
「――バッカ野郎が!」