GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
横合いより駆け抜けてきた白髪の男が自分を突き飛ばし、蛇腹剣を用いて怪獣の腕を拘束する。壁に背を打ち付けた那由多は、白髪の男が《ゴロマキング》の相手に言葉を浴びせかけたのを目にしていた。
「汚い真似してくれんじゃねぇっすか。同情させるなんて、ナイトウィザードらしくもないっすねぇ!」
「……貴様、あの老体が報告していた裏切り者だな? 名前は……」
「今は、ツルギで通っているんでね。その名前を名乗らせてもらうっすよ!」
瞬間、二丁拳銃に持ち替えたツルギが《ゴロマキング》の相手に肉薄する。それを阻むべく怪獣の腕が四方八方より出現するも、それらを足掛かりにしてツルギは銃口を《ゴロマキング》の男へと据えていた。
引き金が絞られ、銃撃が浴びせかけられるかに思われた瞬間、他の男達もモニュメントを取り出し、手を払う。
無数の怪獣の腕が飛び出し、ツルギの銃弾を押し返していた。《ゴロマキング》の男は眉一つ動かさない。
「部下が自分を守るって、分かっているって眼ぇしてるっすね」
拳銃を構え直したツルギに《ゴロマキング》の男は忌々しげに口にする。
「……どこまで知ってこの場に介入する? グリッドマンが邪魔なのはお互い様のはずだが」
「そいつぁ、相互理解の差って奴で! 俺からしてみりゃ、グリッドマンに戦えなくなってもらうのはもっと困るんすよ。ナイトウィザードの思うがままに、この世界を潰させるわけにもいかないんで!」
蛇腹剣を展開し、ツルギは《ゴロマキング》の男へと真っ直ぐに引き延ばす。相手は怪獣の腕を払って防御したが、その隙にツルギは自分を抱えていた。
「飛ぶっすよ。ちょっとくらいなら、グリッドマンの力で何とかなるでしょ」
その言葉が消えるか消えないかのうちに、ツルギは身を乗り出している。風圧に外套が煽られ、視界に大地が大写しになる。ツルギは流麗に降り立ち、直上を仰いでいた。相手からの追っ手はない。
だが、彼は足を止める事はなかった。
「追ってこないんじゃ……」
「なに、ナマ言ってんすか。相手が追ってこないからって少しでも緩めたら、確実に摘まれるっすよ。……って言っても、今の坊ちゃんじゃ、どうしようもねぇ、か」
それはその通りかもしれない。グリッドマンとして戦おうにも、現実を知ってしまった。自分の力は所詮、振るうべき場所を間違った力なのだと。
ツルギは駆け抜けた末に息を荒立たせ、那由多を放り投げていた。ジャンクの山を崩し、那由多はその痛みも受け止める。
「ああっ! クソッ。こんなはずじゃ、なかったんすけれどねぇ」
「お前は……何なんだ」
「ハンターナイトツルギ。そう名乗っておきますよ」
ツルギはどこか自棄になったようにそう口にした後、ため息混じりに腰を下ろしていた。
自分からしてみれば急に助けられるいわれはないはずだ。
「……何故、オレを助けた」
「それも認識の相違っすね。俺は、助けたんじゃない。あんたに戦えなくなられたら困るんすよ。こんな半端なタイミングで」
「半端……。そう、オレは、半端だった」
覚悟も、携えた力も。何もかも半端であった。その証左に、グリッドマンの力はこんな時には応えてくれない。自分の疑問の一つでさえも氷解させてくれないのだ。
「オレは……こうも弱い」
「あのっすねぇ……弱さ噛み締めるのは結構! っすが、今はそんな場合でもないのは分かんないっすか! あんたしかいないんだ。ナイトウィザード相手に、ここまで無鉄砲にケンカ売れるのは」
「ナイトウィザード……。お前は、知っているのか」
「……ああ、しくった。ここで俺が説明するんすか。そうなると色々と弊害が……。ま、誰かが言わなきゃならないなら、憎まれ役は買って出るっすよ」
「あいつらは……人間なのか。それとも、怪獣なのか?」
「ハッキリ言うなら、どっちとも言えるっす。奴らは怪獣に変身する能力を持つ一部の特権層。今はこんだけしか言えねぇっすね。ここから先は、今のあんたにゃ重過ぎる」
「……言えない事実も込みで、オレはやはり、人殺しを……」
「――だったら、もうグリッドマンには変身しないっすか? 勝手と言えば勝手っすよ。あんたの力だ、好きにすればいい。ただし! ……男が一度手にした力を、振るうべき時を決めるのは己自身っしょ。なのにさじ投げるんすか、あんたは」
責められているのは分かっている。自分の都合で意思を曲げて、それでグリッドマンの力を封じたところで、今までしてきた事はなかった風には出来ない。戦ってきた覚悟も。必要だと判断していた正義も、全部自分のものだ。
しかし、自分は思えば何も分からぬままにグリッドマンへと変身し、そして闘争に身をやつしてきた。グリッドマンの真実を何も知らないまま、争いへと身を投じているに等しい。
「……オレには……グリッドマンとして戦い続ける資格が、ない……」
拳をぎゅっと握りしめる。そう、資格がないのだ。朋枝を守るために、他者を殺すほどの覚悟はない。その滲んだ弱みに、ツルギは歩み寄り襟元を掴み上げていた。
双眸には怒りが宿っている。
「……あんましキレたくはないんすけれどねぇ……。あんた、今まで相手が赦せないから、戦ってきたんじゃないんすか! グリッドマンに、ワケわかんねぇ存在になってまでも、守りたい誰かがいたはずっしょ! それも投げるんすか。こんな場所で、中途半端に!」
朋枝の姿が脳裏に描かれる。彼女を守るために、グリッドマンに成ってきた。だがそれも建前ではないか。人殺しは出来ればしたくない。そんな事で折れてしまう願いなど。
「……オレは」
「守るって決めたんなら、最後まで守りやがれっすよ! 男だって言うんなら、他の何を犠牲にしてでも、戦い抜く覚悟を持てって言ってるんす。それが、英雄って奴じゃないんすか……!」
「英雄……」
ツルギは自分を突き飛ばす。ジャンクに振れた指先が、そのうちの一つを拾い上げていた。
偶然の邂逅であったのかもしれない。それでも、自分は。朋枝を守りたい。朋枝のために、この力を――使いたい。
「オレは、英雄に成れるのか」
「それは関知しないっすよ。ですがねぇ……グリッドマンに成ったのがこんな甘ちゃんだとは思いもしなかったっすよ。グリッドマンの力は、確かに平等に、そう、万人のために使われるべきっす。ですがねぇ、……それ以前にあんたはたった一人の男でしょう!」
たった一人の男。そう結ばれ、那由多は掌に視線を落とす。数多の命を摘んできたかもしれない手。だが、同時に今の今まで朋枝と言う一人の少女を守り抜いてきた手でもある。この手が未来の何を掴むのか。何も掴めないままに、終わってしまうのか。
それは嫌だ、と那由多は瞼をきつく閉じる。
何も出来ないままに終わって堪るか。何も成せないまま生きていて如何にする。
自分は、自分だ。
記憶がなくとも、那由多と言う男であろう。男一匹、ここで野垂れ死んで、それでも相手へと噛み砕かんとする牙があると言うのならば、最後まで軋って見せろ。最後まで、相手の喉笛を噛み切るだけの覚悟と意地を。
グリッドマンである以前に、たった一匹の男であるのなら――。
「……ツルギ。オレは」
「っと。来たみたいっすよ。やっぱ、そのまま放置ってわけにゃ、いかねぇっすよねぇ」
激震に那由多は怪獣の出現を関知していた。左手首が蒼く光り、Gコールを響かせる。
「……俺は自分のために戦うんすよ。義理でも何でもねぇ。己のために、この力を使い切る。命一つも使い切れないのなら、そこで大人しく死を待っているがいいっすよ。俺は行きますから」
蛇腹剣を拡張させ、ツルギは飛び立っていく。
その背中を見送る前に、片腕を失った《メタラス》が電磁バサミを開き、砲弾を放っていた。電磁誘導の弾丸が爆ぜ、青錆びの街を火炎に染めていく。
那由多は立ち尽くしていた。
ここで自分が立ち上がっても、それでも命の取捨選択はある。それは自明の理だ。
自分か相手か。それは絶対的な隔たりとなって、誰もが暗黙の内に呑み込む。殺し合いに参加していようがいまいが、人間として生まれ落ちたのならばその時から競争しているのだ。その時から競っているのだ。
たった一つの自分の居場所を探すべく、ヒトは模索し続ける。その只中に闘いがあると言うのならば、闘うか、それとも撤退するか。
己自身に問いかける。
――グリッドマンの力は、今もこうして呼びかける鼓動は何のためにあるのか。
那由多は破壊活動を続ける《メタラス》と《ボルカドン》を睨み据えていた。
「……何か用? 部下が戦っている時に、キミが来るってのは何かあるんでしょ? あー、しくった! 死んじゃったじゃん! やっぱ、弓兵かなぁ……」
シミュレーションゲームに興じる迴紫へと、《ゴロマキング》の男は言葉を投げていた。
「……グリッドマンに接触しました」
「へぇ、でどうだった?」
口角を吊り上げ、哄笑を上げる。
「口ほどにもない。あれはもう戦えませんよ。グリッドマンは、もう戦闘不能。我々ナイトウィザードが天下を取る」
確信の口調に迴紫はふぅんと興味もなさげである。《ゴロマキング》の男は言葉を重ねる。
「俺の手柄ですよ、迴紫様! これで邪魔者はいなくなった! あとはゆっくりと、侵略行為を行えばいい」
「……あの、さ。大変言い辛いんだけれど、でもさっきから感じているんだよねぇ」
迴紫は円卓にだらしなく横たわって首を傾げる。
《ゴロマキング》の男は問い返していた。
「……何がです。生きていてもグリッドマンになる気さえなければ……」
「だから、グリッドマンに成っているでしょ。彼」
まさか、と《ゴロマキング》の男は部下へと繋ぐ。瞬間、声が劈いていた。
『ぼ、ボス! どうなっているんですか! グリッドマンが、また現れて……』
そこから先が悲鳴に押し包まれる。迴紫は欠伸を掻きながら尋ね返す。
「どうすんの? グリッドマンの戦意を砕く作戦だったんでしょ? でも、ハズレちゃったら、今度はまずいよねぇ。もうこの手は通じない。戦意どころか使命感を持って、グリッドマンはボクらに対抗してくるよ」
――まさか、作戦の瓦解だと。
《ゴロマキング》の男はよろめく。しかし、次の瞬間には歯を軋らせ、迴紫へと言葉を投げていた。
「……倒せば、問題ないでしょう」
「倒せればねぇ。倒せるの? こんな搦め手を使って、コードも無駄遣いして、それでも勝てる?」
「……勝ってみせます。俺が!」
モニュメントを手に男は吼える。
「アクセスコード、《ゴロマキング》!」
その姿が掻き消える。迴紫はふぅと嘆息をついていた。
「でも……彼も頑張り屋さんだなぁ。ちょっと、会ってみたくなっちゃった。ゲームも飽きてきたし、たまには、外に出ようかなぁーっと」
首をこきりと鳴らし、迴紫はオレンジ色の瞳で円卓の中心を覗き込んでいた。