GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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第一話 CODE:Rebirth
♯1‐1


「聖域を超えればそこから先の命は保証されない」。

 

 村の掟をしかし、悠長に守っている人間のほうが少ないであろう。

 

 朋枝もその一人で、この時村の定めたラインから踏み出すのにも一切の躊躇はなかった。青い岩礁には様々な解読不能の文字が羅列されている。

 

 錆びついた建造物のそこらかしこから吊るされた看板にはそこらかしこへと続く矢印と、そしてやはり下部には解読出来ない文字。

 

 朋枝からしてみれば、世界の在り方は生まれた時からその有り様であったので十六になって迷いを生む事もなければ、まして解読も出来ない文字を判読しようとは思わない。

 

 ただ、教えられた通りの進路を辿り、苔むした地下通路を踏み込んでいく。

 

「……霧がかってきたなぁ……」

 

 錆びた街ではよくある事だ。地下に潜れば必然的に霧が濃くなる。視野が塞がれ、狭まっていく進路の中で、朋枝は目的のものを発見した。

 

「あった。ジャンク……」

 

 広く取られた八角形の空間の中央にうずたかく積まれているのは、用途不明の部品類――ジャンクであった。

 

 しかし用途不明とは言っても、今の事情はある。朋枝からしてみれば宝の山だ。

 

「手の中にいっぱいあるなぁ……。どれくらい持っていこう」

 

 一応、持ち運び用のリュックはある。だが、ジャンクは一つ一つは小さくとも重なれば重量は増す。

 

 一週間分程度でいい、そう朋枝は感じてリュックへとジャンクを拾い上げていた。

 

 ジャンク特有の埃っぽいにおい。錆びた金属の放つ臭気は心地よい。

 

 朋枝は直方体のジャンクを鼻先へと持ってくる。

 

 青いフードを取り、そのにおいを堪能していると不意に影が差した。

 

 あっ、と声にした瞬間、仰ぎ見た朋枝の視界に大写しになったのは首の長い巨体であった。獣の口腔部を有し、爬虫類特有の湿っぽい皮膚を錆びっぽい霧の中に晒している。

 

 ――怪獣だ。

 

 朋枝は息を殺す。

 

 フードを目深に被り、煙った視界の中に入った怪獣から視線を外す。

 

 ――気づくな。

 

 そう念じて小さく蹲る。怪獣は荒い鼻息を漏らし、喉の奥から呻き声を発している。

 

 鼓動が爆発しそうなほど高鳴っている。

 

 聖域を超えたのだ。怪獣と遭遇する可能性は大いにあり得た。それを熟知していないわけもない。

 

 しかし、実際に目にすればどれほどの恐怖だろう。

 

 単独で怪獣と会敵するのは初めてで、朋枝は全身が鉛になっていた。

 

 動けない、否、動いたとしてどうする。

 

 がちがちと歯の根が合わない。その音さえも関知されそうで、朋枝は膝を抱いて小さくなる。

 

 怪獣ともし遭遇してしまった場合の対処法は、まだ大人ではない朋枝には教えられていない。

 

 せいぜい、息を殺して静かにしていろ。その程度の対処法でやり過ごせるのならば、誰も怪獣を恐れないだろう。

 

 首長の怪獣は周囲を見渡し、何かを探っているようであった。

 

 立ち去ってくれ、と瞼を強く閉じて願う。怪獣の足音一つで血流が逆巻く思いであった。

 

 振動一つで身体が砕け散りそうだ。石ころに成り下がった気分に、朋枝はそっと気配を鎮めていた。

 

 怪獣の足音が遠ざかる。

 

 ようやく、と言ったところで朋枝は息をついていた。

 

 フードを目深に被ったまま、頭を振って立ち上がる。

 

 ――その瞬間、怪獣が吼え立てていた。

 

「……まさか」

 

 見つかった、と感じて走り出そうとした瞬間、ジャンクの山へと視線を落とす人影が視界に入っていた。

 

 先ほどまでそこにいたのだろうか。あるいは今しがた立ち現れたかのように――。

 

 外套姿の青年はジャンクを拾い上げていた。

 

 怪獣は彼に反応したのだ。牙を軋らせ、首長の怪獣が吼え立てる。それに対して、青年は尋ねていた。何でもない問いかけのように。

 

「これが、欲しいのか」

 

 そんな言葉、怪獣に通じるものか。天へと青年がジャンクを掲げようとする。

 

 雲間が晴れ、黄金の月光が降り立っていた。

 

 青錆と月明かりが反射し、青年の瞳が薄い鳶色であるのを朋枝はこんな緊急事態とは思えない思考回路で認めていた。

 

 ――綺麗。

 

 だがそんな些末なる感情、怪獣の咆哮が掻き消す。現実へと引き戻された朋枝は覚えず青年の腕を取っていた。

 

「何をやっているの。逃げないと!」

 

「逃げる……」

 

 本当に何も分かっていないのか。あるいは、「ドクロ鉄道」から降りてきた「旅人」か。

 

 しかし、今宵ドクロ鉄道はこの村の領域に入っていないはず。ならば、この青年が何者なのかはたちどころに分かるだろう。

 

 遠い場所から赴いたのでないのなら、近隣の村から迷い込んだか。

 

 いずれにせよ、朋枝は青年の手を引いていた。まだ怪獣へと茫然自失の瞳を注いでいる。

 

「逃げなきゃ喰われちゃう! 早く!」

 

 自分とは思えない声量を張り上げ、彼の手を取り、駆け出していた。

 

 怪獣が吼え立て、寸胴な身体より伸びた縮み足で大地を踏みしめる。恐らく追ってくる気だろう。

 

 朋枝は後方を振り返りつつ、息を切らしていた。青年には悪いが、逃げなければ殺されてしまう。怪獣とかち合って逃げ延びた前例は少ない。

 

 大抵が、気配を殺して生き延びただの、運よく崩れた足場に揉まれて見逃されただの、どれも運だのみだ。

 

 朋枝は、神様、と一つ祈ってから、青年の細腕を引き寄せる。

 

 神を信じているわけではない。だが信じずしてこの局面を生き延びられるか。

 

 叫びだしたい気分だったが、それ以上に怪獣が甲高い鳴き声を上げる。このままでは追いつかれるであろう。

 

 朋枝は腰に提げた帯刀を意識する。

 

 もしもの時の自衛手段。しかし、抜いたところでこの体格差。相手は雲を衝く巨躯だ。そんなものに、松明以下の刀など通用するものか。

 

 駆け抜ける朋枝と青年を追って、怪獣が辺りを踏みしだいていく。地下通路が砕かれ、蛍光灯が明滅する。

 

 狂ったように視界が白黒する中で朋枝は進路が怪獣の地響きにより崩れ落ちたのを目にしていた。

 

 咄嗟に後ずさり崩落した道を窺う。

 

 暗黒の静けさが降り立ち、奈落の底を覗き込む。唾を飲み下し、朋枝は振り返っていた。

 

 首長の怪獣が赤い眼光を滾らせ、自分と青年を睥睨する。

 

 ――喰われる、と予感した朋枝はいたずらに叫ぶ事も出来ない我が身を顧みていた。案外、死ぬ直前と言うのは静けさが降り立つのだな、という達観さえもある。

 

「……ああ、こんな……」

 

 ――こんな事って。

 

 終わるのか、と予見した朋枝は脱力していた。もう逃げる気力もない。声も出ない自分に嫌気が差す前に、青年が問いかけていた。

 

「なぁ、生きていたいのか」

 

「そんなの……」

 

 そんなの――決まっている。自分は喉の奥から搾り出していた。

 

「生きたいに、決まっているじゃない……!」

 

 そんな当然の事実を問い返した相手への忌々しさを感じる前に、青年は声にする。

 

「そうか。なら、オレのする事は決まっている」

 

 刹那、彼がその手にしていたのは龍の形状を模した拳銃であった。

 

 直後、轟音と共に弾き出された銃撃――否、重力をそのままに撃ち出したかのような「砲撃」は怪獣の右目を射抜いていた。

 

 怪獣より悲鳴が劈く。あまりの事実に理解が追いつかない。朋枝は青年の携えた龍の意匠を多く備えた異様な銃を目の当たりにしていた。

 

 どう見ても利便性を叶えていない銃器が再び怪獣を照準する。

 

 直後、怪獣の背筋から灼熱に爛れたこぶが発生する。そのこぶが外れ、身体から離れた途端、光が拡散した。

 

「……爆弾……」

 

 ボディから離脱した瞬間に起爆する遠隔爆雷。首長の怪獣は首の根っこから再びこぶを生やそうとして不意にその挙動が鈍った。

 

 青年の鳶色の瞳が、一瞬の隙を逃さない。

 

「――砕けろ」

 

 高密度の重力波砲撃が怪獣の頭部を狙い澄ますが、今度は命中しなかった。

 

 着弾する前に怪獣が掻き消えたのである。朋枝は青い霧を色濃くしてノイズ混じりに消失する怪獣に絶句していた。

 

 怪獣が消える瞬間など初めて見た。

 

 否、それ以上に――。

 

「あなた、何なの……」

 

 茫然自失の朋枝に青年は拳銃を手に、こちらへと視線を配る。

 

 蓬髪に近い黒髪。どこか、気だるげに細められた眼差しが、朋枝を凝視する。

 

「……オレは……何なんだ」

 

「分からないの?」

 

 問い返した朋枝に青年は頭を振る。

 

「オレの名前は……那由多……」

 

 そう紡いだ青年は外套に吊り下げられた無数のジャンクへと視線を落としていた。

 

 そのジャンクには煤けた文字列に「那由多」という文字が刻まれている。

 

「これを……ナユタ、と読むの?」

 

「ああ、これは那由多と読む。どうやら、これがオレを示す一つの指標らしい」

 

「名前って事?」

 

 青年――那由多は首を横に振る。

 

「分からない。何も……思い出せないんだ」

 

「記憶がないの?」

 

 青白い月光が降り立つ地下通路で、朋枝は那由多の瞳に問う。彼は、静かな口調を継いだ。

 

「オレは、何なんだ……」

 

 その問いは青く燃える月夜に霧散していった。

 

 

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