GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
《メタラス》の電磁バサミを光刃で払い上げる。相手の装甲はしかし、堅牢そのもの。拡散した光に、敵が電磁バサミを打ち下ろす。宙返りで回避し、着地し様に三翼の光の刃を薙ぎ払う。《メタラス》へと命中するも、全く有効打にはならない。
(甘いんだよぉ……グリッドマン! 静かに死んでいりゃ、まだよかったものを!)
(わたしは……わたしはハイパーエージェントとして、そしてたった一匹の解き放たれた男として、使命を全うする!)
(解き放たれた、一匹の男だと……。吼えていろ、弱者! 《メタラス》の装甲はただの攻撃では貫けない!)
《ボルカドン》の火山砲撃が《サイファーグリッドマン》を潰さんと殺到する。《サイファーグリッドマン》は瞬時に飛び退り回避を試みたが、その時には《メタラス》が肉薄していた。
(押し潰されろ! 電磁バサミで!)
電磁を纏いつかせた一撃が食い込みかけて、《サイファーグリッドマン》は両腕に蒼い光を滾らせていた。霧散したその光がまるで手甲のように装着される。
蛇腹の手甲が《メタラス》の攻撃を完全に防いでいた。
(装甲なんて! 潰し切ってくれる!)
みしみしと音を立てる装甲版に、《サイファーグリッドマン》は瞳を輝かせる。それは確かなる闘志をみなぎらせ、《メタラス》の攻撃を弾き返していた。
距離を取った《サイファーグリッドマン》は天高く両腕を掲げ、交差させる。
直後、蛇腹の手甲が裏返り、鋭い頂点を繋ぎ合わせ、両腕の装甲が合体していた。
形作られたその形状に《メタラス》が絶句する。
(巨大な……ドリルだと……)
構築されたドリルが《サイファーグリッドマン》の右手に装着され、何倍にも拡大する。水色の血脈が走り、ドリルに血潮を滾らせた。
(サイファー……ドリルゥゥゥ……!)
電磁を迸らせ、蒼い閃光を纏いつかせたドリルが高速回転する。その速度はすぐさま光へと達し、ドリルを突き上げ、《サイファーグリッドマン》は叫んでいた。
(ブレイク!)
《サイファーグリッドマン》そのものが巨大なる推進剤となり、蒼い光を棚引かせて《メタラス》へと突撃する。《メタラス》が慌てて防御陣を張るも、その防御を容易く打ち砕き、光のドリルが突き抜けていた。
《メタラス》の腹腔に突き刺さり、すぐさま光の瀑布がその装甲を巻き込んで剥離させる。
《メタラス》が断末魔を上げてドリルに貫かれ、爆散していた。ドリルは再び手甲として、《サイファーグリッドマン》に装着される。
降り注ぐ《ボルカドン》の火球を手甲で弾き返し、《サイファーグリッドマン》はその装備を解いていた。グラン・アクセプターで前面に結界を張り、その結界を飛び蹴りで突き抜ける。
その刹那には《サイファーグリッドマン》は蒼き戦闘機へと変じ、青錆びの街を光速で突き抜けていく。
《ボルカドン》が間近に迫り、機首をロールさせ風圧でその巨躯を煽った。だが足場を踏み締めている《ボルカドン》にはまるでダメージにならない。
円弧を描いて復帰した《サイファーグリッドマン》はさらに二重の結界を前面に張り直していた。
その結界を超えた瞬間、戦闘機形態より移行した姿は、蒼い重戦車である。無数の火器を装備した重戦車のキャタピラが大地を踏み締め、《ボルカドン》へと緩慢ながらにその砲門を据えていた。
直後、放たれた業火の塊が《ボルカドン》の堅牢なる装甲を打ち据える。何万度の灼熱に耐え得るであろう、白銀の表皮に穴が開いていた。
(まさか……! グリッドマン、貴様……覚醒を……!)
(わたしは未だに自分が分からない。それでも、わたしと一心同体になってくれている那由多が叫んでいる。守るべきもののために戦うと! ならば、それに呼応するのが、わたしだ!)
重戦車の砲台が内奥より輝き、莫大な熱量を放出していた。《ボルカドン》の耐熱表皮を貫通し、敵がうろたえる。その隙を見逃さず、即座に巨人形態へと変身し、大地を蹴りつけて肉薄していた。
浴びせ蹴りが《ボルカドン》の頭部を激震させる。すかさず放った左手の光刃がその首を刈るかに思われた、その刹那であった。
(させるかよ! グリッドマン!)
降下してきた《ゴロマキング》が鎖を回転させて投擲する。《サイファーグリッドマン》の左腕を拘束する鎖の堅さに、お互いの距離をはかりかねる。
(グリッドマン! てめぇ、人殺しに加担する気か? 俺達は人間なんだぜ?)
(……そうであろうとも、那由多は守るべきものを見据えた! ならばわたしは、彼の意に背く真似はしない! わたしは、ハイパーエージェントだからだ!)
《サイファーグリッドマン》が力強く鎖を引き込む。その力に迷いがないのだと判じたのだろう。《ゴロマキング》は《ボルカドン》を下がらせていた。
(……なるほどな。もう繰り言を重ねる気もねぇってわけかい……。なら! 殺し合うしかねぇな! グリッドマン!)
《ゴロマキング》の駆使する鎖に鎌が装備される。鎖鎌を手にした《ゴロマキング》がその刃を薙ぎ払っていた。充填されたエネルギー波が放出され、《サイファーグリッドマン》の首を掻っ切らんと迫る。その勢いに、光刃を発振させて同士討ちさせていた。
だが、それを見切らない相手でもなし。
素早い身のこなしで懐に潜り込んだ《ゴロマキング》が鎖を拳に纏いつかせ、そのまま押し上げる勢いのアッパーを見舞っていた。
《サイファーグリッドマン》は間一髪でかわすが、今の一撃こそが《ゴロマキング》の本懐だと察知する。
(……貴様)
(ケンカ殺法ってのは知らねぇらしいな。場数が違うんだよ! ええ、ハイパーエージェントさんよォ!)
放たれた鎖を断ち切ろうとして、その動きが囮である事を寸前で感じ取る。姿勢を後ずさらせた時には、《ゴロマキング》の次手が炸裂していた。
横合いからの殴りかかり。それもゼロ距離に近い感覚だ。正確無比に急所である目つぶしを狙った一撃と、それに付随する暴力に《サイファーグリッドマン》は防戦一方を強いられる。
構え直すが、敵はこちらに武装を施させる隙を与えない。大剣を呼び出そうにも、時間があまりにもないのだ。
懐に潜り込んで、一発浴びせかかる。それが無理ならば蹴り。無理ならば、次なる一手と、相手の攻撃網には一手の遅れもない。《サイファーグリッドマン》は自ずと押されていた。光刃で相手との距離を稼ごうとするが、《ゴロマキング》はこちらの攻撃を恐れずに果敢に攻め立てる。
(言ったろ? 場数が違うって。てめぇの攻撃パターンはもう読み切った! どの手で来ようが、どれも先読みしてやんよ!)
その言葉通り、大剣を召喚するために飛び退ろうとすれば足を取られ、《サイファーグリッドマン》は盛大によろけてしまう。転がる前に身を翻し、ロールさせて光刃を拡散させる。
(グリッドライト、セイバー!)
三翼の光刃がそれぞれの軌道を描くが、《ゴロマキング》はそれらを鎖鎌で的確に撃ち落とす。《サイファーグリッドマン》は重戦車形態へと変位しようとして、駆け込んできた《ゴロマキング》に突き飛ばされていた。
(……こいつ、隙がまるで……)
(《バギラ》のジジィや、他のナイトウィザードと一緒にすんなよ。俺は! 第一線で戦ってんだ! 付け焼刃の戦略なんて通用すっかよ!)
回転させて勢いをつけた鎖鎌が疾走する。《サイファーグリッドマン》は姿勢を沈めて回避するも、それを読んでいた《ゴロマキング》が既に肉薄している。
近づかせまい、とグラン・アクセプターより光の皮膜を張り、防御に用いようとするが相手の 暴力は容易く壁を打ち破っていた。
鎖を纏っただけの拳なのに、これまでのどの兵力よりも強靭である。打ち砕く術がまるで思いつかず、その巨躯に打ち込むべき次手も霧散していく。
(……この敵は……!)
(そろそろ時間のはずだよなァ、グリッドマン! 時間切れで人間に戻ったところを仕留められるか、それともここで! 俺に無謀にも挑んで死ぬか! 好きなほうを選ばせてやる!)
タイマーが点滅を始める。このままでは相手の思い通りに打ち倒されるだろう。
《サイファーグリッドマン》は光刃を発振させて威嚇するが、《ゴロマキング》にはまるで通用していないのは分かり切っていた。
――付け焼刃や、あるいはただのその場しのぎでは絶対に勝てない。
確信に、《サイファーグリッドマン》は硬直する。その間にも無情に時間だけは過ぎていく。点滅が激しくなってきた。
《サイファーグリッドマン》も肩を荒立たせ、今にも崩れ落ちそうである。
《ゴロマキング》が、裂けた口角をにやりと吊り上げた。
(どうやら……ここまでみてぇだなァ! グリッドマン! 俺がてめぇをぶち殺す!)
鎖鎌を携え、《ゴロマキング》が駆け出す。次の一撃で決めるつもりであろう。《サイファーグリッドマン》は己の中に湧いた闘志共々、特攻の覚悟で走り出していた。
(差し違えてでも……! わたしは貴様を倒す!)
(差し違えだと? 勘違いすんな! てめぇは一人で死ぬんだよォ!)
互いの影が交錯し、お互いの武装が貫かんと迫った、その時であった。
「――駄目じゃん。そんなの」
不意に《ゴロマキング》の動きが鈍る。《サイファーグリッドマン》も硬直していた。
眼前に現れたのは、見紛う事なき、人間の少女である。紫色のショートカットに、オレンジの瞳をした少女は、自分と《ゴロマキング》の間の空間に、浮かび上がっていた。
(……人間、だと)
互いに必殺の勢いを削がれた中で《ゴロマキング》が声を震わせる。
(え……迴紫様……)
「駄目だって言ったじゃん。もうっ、聞かないんだから。めっ! だよ。たくさんコード使って、それで差し違え? ……いや、この場合一応はグリッドマンに深刻なダメージを与えられたかぁ……。でも、ボクの流儀じゃないんだよね。たくさん部下使って、心理的に揺さぶりまでかけて、そこまでお膳立てして、何? 何で劣勢なの? ……ホント、意味分かんない。キミさぁ、プライドなさすぎじゃない?」
《ゴロマキング》がうろたえて後ずさる。《サイファーグリッドマン》は浮かんだままこちらを注視する少女を睨んでいた。
(……君は何だ)
「何だって、ご挨拶だなぁ、今回のグリッドマンは。でも、はじめましてだよね。ボクの名前は迴紫。ナイトウィザードの頭目をやらせてもらっている。迴紫だ」
微笑みながらそう口にする相手は、その言葉の事実とはまるで遊離して思えた。
――この少女が、敵の頭目だと……。
《サイファーグリッドマン》の意識と混ざり合った那由多もまた当惑する。こんな少女に、怪獣が率いられてきたと言う事実がどうしても信じられない。
迴紫と名乗る少女は、こちらの眼差しが怪訝そうなのに心外だと眉をひそめていた。
「信じらんない? じゃあま、これでも見ればどう? これ持ってるのって、限られているはずだよね?」
迴紫は左手首を掲げる。その手には紛れもない、赤銅のアクセプターが装着されていた。
那由多の意識は己の左手首に装着されているアクセプターと同一である事を認識する。
(……我々と、同じ……)
「ちょっと違う。ボクはこの世界を自由自在に動ける、最強の存在。キミはハイパーエージェントに留まっているけれど、その域を超えた、超越者。ある意味では……言い方悪いかもだけれど、支配者かな?」
小首を傾げた迴紫に《サイファーグリッドマン》は攻撃も出来ず、ただ持て余していた。それを好機と、《ゴロマキング》が疾駆しかけたのを、迴紫が片手で制する。
迴紫の手から空間を超えて引き出されたのは、巨大な赤銅の杖だ。それが《ゴロマキング》の鼻先へと突きつけられる。
「隙あり! って? キミさ、ケンカ上等ってスタンスはいいけれど、グリッドマン相手にてこずり過ぎ。そんなんじゃ、怪獣としても失格だよ。何ならもう、コードも要らない?」
その言葉に《ゴロマキング》は敵意を仕舞っていた。恐れ戦いた《ゴロマキング》は、武器の全てを手落とし、その場で這いつくばる。
(お許しを……)
《サイファーグリッドマン》はそのあまりの異様さに絶句する。怪獣がただの一少女に許しを乞うている。それだけではない。彼女には全てが出来るかのような万能さが宿っていた。
(……ナイトウィザードの、頭目であると言うのが本当なら……)
「なら、どうする? ボクをここで殺す?」
面白がって上目遣いに、迴紫は試す物言いをしてくる。ころころ笑う少女に、《サイファーグリッドマン》はグラン・アクセプターより光刃の切っ先を突きつけていた。
相手が全ての元凶だと言うのならば、自分は迷わない。迷わないと決めた。
――ナイトウィザードを倒す事が、守る事に繋がるのならば。
(……わたしは君を討つ)
その宣言に、迴紫は、へぇと感心したようであった。
「ここでボクを討つ、か。そう言えるのはご立派。でも、駄目だねぇ。すぐに斬り付けないと。相手は待ってくれないよ?」
その言葉が消えるか消えないかの刹那、《サイファーグリッドマン》の背後から攻撃が見舞われていた。
振り仰いだ先にいたのは赤銅の結晶体である。それらが一斉に火を噴き、《サイファーグリッドマン》を追い立てる。
光刃でいくつかの火線は払ったが、それでも執念深く追ってくる相手に、《サイファーグリッドマン》は戦闘機形態へと変じようとして、既に時間切れが近いのを知覚していた。
その耳元で、迴紫が囁く。
「もうすぐ時間切れでしょ? 勝負はまたね。彼は、ちょっと汚い手を使ったからさ。お仕置きしておくから。どれだけグリッドマンが脅威でも、さすがに今回が出過ぎた感あるし……。ゴメンね! 今回のグリッドマンの人!」
素直に謝ってみせる迴紫に《サイファーグリッドマン》と、同一化している那由多は困惑しっ放しであった。
相手は、本当に敵なのか。それすら疑わしい。しかし、《ゴロマキング》を従えている以上、ただ者ではないのは見るも明らかだ。
「謝罪の証じゃないけれど、こういうのはどう? グリッドマン」
迴紫が指をパチンと鳴らす。すると、戦闘地帯より下がっていた《ボルカドン》が浮かび上がっていた。展開された結界が幾重にも《ボルカドン》を拘束し、その自由を奪っている。
(迴紫様……俺の部下を……!)
「部下を大事にするんなら、こんな作戦で勝とうなんて思わない事だよ。さて、グリッドマン。ボクなりの謝罪っ! ゴメンね、今度からはもうちょっと楽しい催しにするからさ。これで今回は勘弁してね。じゃっ!」
(迴紫様! お許しを!)
《ボルカドン》が叫んだのも一瞬、浮かび上がった自律武装がその体表を貫通していた。
赤い断面が生じたかと思うと、《ボルカドン》の身体は無数に切り刻まれていた。電磁の断面を生じさせ、《ボルカドン》が無残にもバラバラに切り裂かれる。その遺骸が青錆びの街へと落ち、血潮が空間を満たしていた。
言葉を失う那由多と《サイファーグリッドマン》に、迴紫は茶目っ気を込めて言い放つ。
「いやぁ、お見苦しいところを見せたね。これでチャラって事で!」
《ボルカドン》の身体が赤く昇華し、空間に溶けていく。それを《ゴロマキング》は膝を落とし、茫然と見つめていた。
白濁した瞳に宿ったのは殺意である。
鎌を振りかぶり、《ゴロマキング》が迴紫へと襲いかかっていた。迴紫は赤銅のフィールドを張ってそれを防御する。
「えーっ、何で? ボク、正しい事をしたよね?」
(迴紫ィィッ! てめぇ、俺の部下をォッ!)
戦闘衝動に沈んだ《ゴロマキング》を正攻法で止めるのは不可能に思えた。だが、迴紫は欠伸混じりに指を弾く。
それだけで無数の自律機動兵装が挙動し、《ゴロマキング》を包囲していた。放たれた光条が《ゴロマキング》を押し返し、そのまま拘束する。
「……まだある?」
(迴紫……ッ! ここで俺が……殺す……ッ!)
拘束を破ろうとする《ゴロマキング》に迴紫はほとほと呆れ返ったようである。
「……邪魔だなぁ、そういうの。思わない? 逆恨みほど、非生産的な事はないって」
迴紫は左腕を掲げる。赤銅のアクセプターが照り輝き、彼女は両腕で十字架を作っていた。
「アクセース・フラーッシュ!」
どこか間延びした声と共に引き出されていくのは赤銅の瞬き。光に抱かれた迴紫の身体が瞬時に光速の壁を越え、《ゴロマキング》を射抜いていた。
直後に《ゴロマキング》の背後に立ち現れたのは、赤銅の光を湛えた――。
(……グリッドマン、だと……)