GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
《ゴロマキング》が天を仰いで切れ切れの声を発する。直後、その身体が斜に切り開かれていた。電子の断面が露になり、血潮が舞う。
(貴様は……)
(名乗るんなら、そうだね。電脳導師《ウィザードグリッドマン》。思い出した? それとも、思い出せないなりに――怖い?)
少女そのもののその声音にどうしてだか、《サイファーグリッドマン》と、それに抱かれた那由多は畏怖の感情に包まれていた。意味は分からない。だが、ただひたすらに――怖い。
その感覚に、伝い落ちる悪寒に、何もかもが支配されている。
自分が敵うはずのない相手に闘いを挑んだのだと、全神経が告げているのだ。
(分かんない? それも。あー……やっぱこれ、やめとこ)
直後、迴紫は変身を解いていた。《ウィザードグリッドマン》の躯体が光になって還元されていく。
「重たいんだもん、これ。中の人の事も考えてって感じだよねー」
ショートカットを払った迴紫は《ゴロマキング》へと一瞥を投げていた。《ゴロマキング》は先ほどから殺意を滾らせているが、まるで意味を持たないとでも言うように拘束され続けている。
迸った血潮も相当な量だ。ともすれば致命傷かもしれない。
(……味方までも)
「味方ぁ? 勘違いしてるなー、キミ。ナイトウィザードは利益が一致しているから団結しているだけ。元から思想面や統制面ではずれているんだよ。でも……あの《ゴロマキング》の彼はつまんないよねぇ。笑っちゃう」
それが本当に、心底可笑しな事であるかのように迴紫はぷっと吹き出していた。その様子に死に体の《ゴロマキング》が声を搾り出す。
(ぶっ……殺して、やる……。迴紫ぃ……ッ!)
「あーあ、似たような事しか言わなくなっちゃった。そろそろ終わっちゃうのかな? あ! じゃあさ! じゃあさ! いい事思いついちゃった! せっかくグリッドマンが二人も揃っているんだから、怪獣の解体ショーやろーよ! 二人で《ゴロマキング》を八つ裂きにするの! 面白そうでしょ?」
(何を……)
息を呑んだこちらに迴紫は純粋そのものの口調で問いかける。
「えー、いいじゃん、いいじゃん! 怪獣の殺戮ショーなんて中々お目にかかれないよ? じゃあ、まずは片腕から落としちゃおうよ! ボクが先行ねー。さぁーて、どんな声で啼いてくれるのかなー」
自律兵装が躍り上がり、《ゴロマキング》へとその頂点を照準させる。迴紫が手を払えばすぐさま殺戮の刃が放たれるであろう。
(殺すぅ……ッ! 迴紫ぃぃぃぃぃぃ!)
「あー、うっさい、うっさいぃ。同じ事ばっか言うな、バグってるの? もうっ、じゃあ腕からなんて悠長な事は言わないで、もう首を落として――」
瞬間、光となって駆け抜けた《サイファーグリッドマン》が躍り上がり、迴紫の保持する自律兵装を叩き落していた。光刃を振り翳し、自律兵装を砕いた切っ先を突き上げ、そのまま迴紫へと雪崩れかかる。
迴紫は自らに降りかかる直前で、手を振るっていた。
赤銅のフィールドが展開され、《サイファーグリッドマン》の光刃を阻む。
「……何これ。何やってんの?」
(……怪獣とは言え……命を無秩序に摘むような真似は……看過出来ない)
その言葉に迴紫は笑い声を上げていた。腹の底を押さえ、何度も息を切らす。
「あー、何それ? どういう渾身のギャグ? グリッドマンだって殺してきたじゃん。それなのに、自分はよくって他人は駄目なの? それ、どーいう事なの?」
呆れ果てたように迴紫は首を傾げる。《サイファーグリッドマン》は光刃に限界まで出力を注ぎ込んだ。迴紫の保持する赤銅の壁に僅かながら亀裂が走る。
「あのさー、やってる意味分かってる? 別に怪獣なんて何匹死んだっていいじゃん。あいつら悪い事してるんだからさ。覚悟も出来てるでしょ。それなのに、カワイソーだから、やめて差し上げろって? ……矛盾って分かる? グリッドマン」
(わたしは……ハイパーエージェントとして、割り切りは出来ているつもりだ)
「じゃあなおさらじゃん。意味ない事やめようよ」
(だが……「オレはそんなつもりはない」)
入り混じった声音が咆哮を呼び、《サイファーグリッドマン》の内奥より輝かしい蒼の光が放たれる。
光刃が壁を打ち破り、迴紫へと打ち下ろされていた。
だが――。
「……あっぶなー。時間切れだねぇ」
迴紫は刃が掻っ切った髪の毛の一部を掴む。少しでも時間があれば、その身体は両断されていただろう。
光へと還元されていく《サイファーグリッドマン》を迴紫は検分するように仰ぎ見た。
「……キミ、面白いね。特に今回のグリッドマンの……中の人は。何だかつまんなかった先代を超えた感あるよ、今の一瞬で」
那由多は《サイファーグリッドマン》の体躯を動かそうとするが、光へと変わった身体を稼働させる事は出来ない。
――目の前に許せない怨敵がいるのに、何も出来ないなんて。
グリッドマンとしての使命だけではない。何よりも自分の魂に、迴紫は唾を吐いた。
(……必ず倒す)
その宣戦布告に迴紫は微笑んで手を叩いていた。
「うわっ! すっごいね。素で言えちゃうんだ、そんなセリフ……。ま、フツーなら負けフラグだけれど、面白いから受けちゃう。ボクを退屈させないでよ、新しいグリッドマンと、その中の人」
直後、《サイファーグリッドマン》の全身は光に溶けていった。
那由多は高層建築物の屋上より、浮遊する迴紫を直視する。
相手も自分から目を離す事はなかった。互いに互いを敵と決めた眼差しで、那由多は己の内側に沸いた明確なる敵意と共に、叫んでいた。
「お前だけは、必ず倒す! 迴紫!」
「ふぅん。使い古された台詞で吼えるねぇー。でも面白いから、こっちもテンプレで返しちゃおうかな。……死ぬのはお前だ……とか?」
小首を傾げた迴紫は次の瞬間、赤銅の風になびかれ消え失せていた。
那由多はアクセプターの浮かび上がった左手首と共に、新たに誓う。
「……あれが、オレの倒すべき、敵……」
アクセプターの脈動が静かにそれに応えていた。
円卓を囲み、会議が催されたのはその時既に、であった。
モノクルの紳士が仕切り、他の者達がリアルタイム映像を各々目にする。
「怪獣は使い捨て、死んでも構わない、ね」
女の声に、聞き取れない小さな声で、少女が返していた。丸眼鏡をつけた少女は特徴的な頭頂部の毛を何回も直しつつ、迴紫の残したゲームをやり進めている。
「……迴紫様、こんなところでセーブもせずに……。遊んだら遊びっきり……。ゲーマーの風上にも置けない……」
「あんたもこういう時だけ出席するんじゃなくって、常に迴紫様に言えばいいのに。それ、触っていたら迴紫様にばれるわよ」
その忠告に少女は、ひっと短く悲鳴を発し、慌てて指紋を拭う。
「見ての通り、《ゴロマキング》の彼がやられました」
「迴紫様に、でしょう? どうするの。ナイトウィザードの一員としては看過出来ないとでも?」
女は煙管より紫煙をたゆたわせる。少女が何度も咳き込んだ。
「……いえ、ここは静観を致しましょう。ナイトウィザードを構築するのも一枚岩ではない事を、迴紫様は知るべきなのです」
モノクルの御仁の言葉に女はフッと笑みを浮かべる。
「あんただって、腹に一物抱えているクチだものね」
「……え、迴紫様は、勝手が過ぎる……と、思います。《ウィザードグリッドマン》、だって、明かす予定じゃ、……なかったはずなのに……」
「それ含めての緊急会合でしょう? どうするの? 三人いないけれど」
「コードを含め、身勝手に振る舞え……。迴紫様が言うのならば、それでいいのでしょう」
「勝算はあるって言い草に聞こえるけれど?」
「少なくとも伝手くらいは」
モノクルの紳士は手を翳す。映し出されたのは白髪の青年であった。その姿に女が艶やかな息をつく。
「……生きていたのね。彼」
「我輩らナイトウィザードへの復讐を企てていると思われます」
「……逆恨み、ですよ……」
「それでも。ナイトウィザードの障害として立ち塞がるでしょう」
「彼を殺せ……って言う空気じゃ、なさそうね」
モノクルの紳士は《ゴロマキング》の姿が赤い粒子となって消えゆくのを視認してから、言葉を継いだ。
「……我々ナイトウィザードは残り五人。慎重な行動が求められる」
「どう立ち回っても、私達は迴紫様からしてみれば玩具なんでしょう?」
「走狗には走狗なりの意地がある。それを見せつけましょう。まずは、彼に」
映し出された白髪の青年の名前を、モノクルの紳士は忌々しげに口走る。
「ハンターナイト、ツルギ……」
朋枝は戦場に成り果てた新宿区内をようやく、と言った様子で窺っていた。
那由多から自分が来るまで外に出るな、と厳しく言われてドクロ鉄道の構内に身を隠していたが、当の那由多は一向に戻ってこない。
「……もしかして、怪獣に? ……そんな事、ない、よね……」
那由多が自分の下に帰ってくる保証なんてない。それでも、朋枝は信じたかった。那由多は既に掛け替えのない存在になりつつあるという事を。
だからこそ、死んで欲しくない。エゴを言えばグリッドマンに成る必要性もないと感じていたが、それはただのわがままだ。
構内より出た朋枝は焼け野原になっていた新宿の外観が、じわじわと青錆びに浸食され、少しずつ沈静化していくのを目にしていた。
炎は掻き消え、戦場の喧騒は鳴りを潜めつつある。
朋枝はその只中で蹲っている人影を発見し、慌てて駆け寄っていた。
「那由多……っ!」
しかし、近くまで迫ってから、それが全くの別人であると思い知る。
金髪の男は蹲り、こちらを凄みを利かせた眼で睨み据える。
「なに……見てんだ、てめぇ……ッ!」
その双眸に、殺される、と危険信号が走ったのも一瞬。朋枝は相手が深手を負っている事を認識した。出血が激しく、男は今にも息絶えそうである。
「……消えろ……。一人で……死にてぇ……」
通常ならばその声に耳など貸さないだろう。逃げ帰り、那由多を待てばいい。だが、この時の朋枝は、出会ったばかりの頃の那由多の相貌を、男に重ねていた。
頼るべきものも持たず、何者でもない存在――。それはどれほどの孤独だったのだろう。どれほどの、冷たさであったのだろう。
朋枝は気が付くと男に肩を貸していた。男は血濡れのまま頭を振る。
「やめ、ろ……。一人で……死なせろ……」
「一人なんかで死んじゃ駄目……っ。人間は、絶対に一人で死んでいい人なんて、いないんだから」
その言葉が誰からもたらされたものなのかは分からない。それでも、朋枝は前を向いて宵闇の新宿を歩み進んでいた。
黄金の瞳の月明りの照らす、静かな夜であった。
【鋼鉄怪獣《メタラス》】
【電波怪獣《ボランガ》】
【火山怪獣《ボルカドン》】
【ツッパリ怪獣《ゴロマキング》】
【幽愁暗根怪獣《ヂリバー》】
【電脳導師《ウィザードグリッドマン》】登場
第三話 了