GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯4‐8

 

 自由落下にある身体が光に押し包まれ、電子の装甲が巨人を構築させる。蒼銀の輝きを滾らせ、《サイファーグリッドマン》が《アレクシス》と対峙していた。

 

(許すわけにはいかない。ヒトの魂を弄ぶ、貴様を!)

 

『どう許さないのかなぁ。言っておくがわたしは君よりも――強い!』

 

 漆黒の装束を揺らめかせ、《アレクシス》が巨大化する。疾駆より四肢が伸び、両腕には剣とチェーンソーが握られている。

 

《サイファーグリッドマン》は背後に結界を張り、戦闘機形態へと変身していた。そのまま機動力に任せ、上昇に転じる。《アレクシス》の鼻先を掠めて、直上より全ての砲門を開いていた。

 

(サイファーフレズベルグサーカス!)

 

 一斉掃射された砲撃を、《アレクシス》は事もなさげに回避し、全ての弾頭を叩き落していく。爆発の連鎖が押し広がり、漆黒の敵を照らし出していた。

 

 高速下降に至る前に、前方に結界を張り、重戦車形態へと変貌する。

 

 重戦車の高火力の砲撃網が《アレクシス》を照準していた。

 

(サイファーディアボロスギガハント!)

 

 蒼い光を棚引かせて放たれた光軸を、《アレクシス》は剣で跳ね返す。

 

『小賢しいねぇ、グリッドマン。わたしには勝てないよ。君では』

 

 躍り上がった《アレクシス》が重戦車の《サイファーグリッドマン》を叩き割ろうとする。振るい上げられた剣の一閃を蛇腹の盾で受け止めていた。火花が散る中、蛇腹の手甲を引き上げ、右腕にドリルを構築させる。

 

(サイファードリル……ブレイク!)

 

 自身を推進剤と化し、《アレクシス》へと猪突する。その一撃を《アレクシス》は満身で受け止めていた。

 

 身体を引き裂き、上半身と下半身が生き別れになる。

 

 確実に仕留めた、と判じた瞬間、肩口へと斬り込まれていた。

 

(まさか……。当たったはずだ)

 

『君は前のグリッドマンとは違うようだねぇ。あの程度でわたしを仕留めたなんて、笑止千万! わたしは無限の命を持っている。それを殺せるだけの材料が、君にはない!』

 

《アレクシス》が背筋を蹴りつけ、チェーンソーを頭蓋に向けて浴びせてくる。

 

《サイファーグリッドマン》はグラン・アクセプターより光刃を発振させ、弾き返していた。

 

(……倒す! 貴様は、倒されなければならない!)

 

『分からず屋だねぇ。わたしは殺せないんだよ!』

 

 全身を竜巻のように回転させ、光刃を放射する。

 

(グリッドライト、セイバー!)

 

『だから、殺せないんだって、言っただろう?』

 

 放たれた光刃を掻い潜り、《アレクシス》は《サイファーグリッドマン》を斬りつける。その剣術に負けないように斬り返すが、このままでは青錆びの街に墜落してしまうだろう。

 

《サイファーグリッドマン》は光刃を仕舞い込み、《アレクシス》の身体を焼け付く灼熱の足で蹴り上げていた。

 

(超電導キック!)

 

 呻いた《アレクシス》へと身を翻しざまに腕を交差させ、グラン・アクセプターにエネルギーを充填させる。

 

(グリッド、ビーム!)

 

 光線は《アレクシス》に命中するが、それもまるで意に介していないかのように、直後には再生してしまう。

 

『わたしは死を超越した、完全なる生命なのだよ! グリッドマン! だからこそ、彼もわたしを封印するしかなかった。長い間封印されていたとも。だがね、君らの支配はいつまでも盤石ではなかった! ヒトは、結局はヒトなんだよ! その程度でしかない。君達ハイパーエージェントが期待するような進化はしない! ハイパーワールドに至る事も、ましてや、わたしを完全に拘束する事も出来やしない! 不完全で無秩序で、どこまでも滑稽な道化でしかないのさ!』

 

《サイファーグリッドマン》が赤熱した拳で腹腔へと殴りつける。返す勢いで放たれた剣を、両腕で受け止めていた。

 

 墜落の時が迫る。

 

《アレクシス》の漆黒の剣を《サイファーグリッドマン》は両腕で留め、声にしていた。

 

(……確かにヒトは時に度し難いのかもしれない。だが、彼らは互いを愛する事の出来る、愛おしいと思った者を、最後まで守り通す事の出来る、尊い存在だ! それを貴様は、一方的に植え付けるだけで、守ろうとも思わないのか!)

 

『ないねぇ! 人間にそんな価値はないよ! 一度として思った事はない! アカネ君もそうだった。この世界の住民もだ! 狭い箱庭の中で満足して、何一つ成せないまま、闇雲に破壊と殺戮を繰り返すだけの愚かな種! それが人間だ!』

 

(ならばわたしは、貴様のその認識を破壊する!)

 

《アレクシス》と交錯する瞬間に光刃を発し、チェーンソーを裁断する。砕けたチェーンソーを《アレクシス》は興味を失ったかのように投げ捨てていた。

 

『……では聞くが、君は何で戦うんだい? どうしたって、この世界は小さく、狭く、そして矮小である事は、もう分かり切っているだろう? 見るがいい。青く煙る地平を! あれがこの世界の断崖絶壁だ。この世界も昔にアカネ君が造ったあのツツジ台と変わらない! レプリコンポイド……いや、もっと愚かしい発明をしたものだ! 人間というものは!』

 

《サイファーグリッドマン》は世界の果てを視野に入れる。

 

 この世界は確かに、どこまで行っても青錆びの大地と朽ちた街が広がっているだけなのかもしれない。守る価値なんてない、作り物の世界なのかもしれない。

 

《アレクシス》の剣の切っ先が迫る。

 

《サイファーグリッドマン》は――内奥に収まる那由多は言葉を繰り返していた。

 

 作り物の世界。箱庭の宇宙。そんなものに何を信じるのか。そんなものに、どんな価値を見出すのか。

 

 対外的に見れば、何の価値もない。生産性もない、無意味な場所だろう。

 

 だが、それは結局、ヒトだけなのだ。

 

 ヒトだけが価値を見出し、時にその価値に絶望する。そう、ヒトだけが――。

 

《サイファーグリッドマン》は迫った刃を手刀で割っていた。

 

(そうだ……。一つだけ思い出した。「人間だけが、この世界を切り拓ける。その価値を持つ……たった一つの種なのだと」。……那由多、君は……)

 

『ほう。なら見せてもらおうかなぁ。人間様の価値というものを! 君は墜落する! それは決定事項だ! 人間の価値を謳うのならば、この絶対的な絶望を退けてみせてくれ! それとも、光なんてないと投げるかな?』

 

 もう数秒もない。自分は青錆びの街に墜落する。如何に《サイファーグリッドマン》の身体を纏っていても、ダメージは再起不能を弾き出すだろう。

 

(……それでも)

 

 ――それでも?

 

(「……それでも」)

 

 何の意義がある。何の価値がある。《アレクシス》の生み出した理想空間を捨て去り、この廃墟に何を見出すのだ。

 

 世界は朽ち果て終わりを告げている。もう誰も救えないし、誰にも取り戻せない。

 

 それ、でも……。

 

 願ってはいけないのか。望んではいけないのか。祈ってはいけないのか。賭けてはいけないのか。頼ってはいけないのか。縋ってはいけないのか。どこかに……希望を見つけ出してはいけないのか。

 

 ――違う。

 

 どこかで声がする。誰かの声がする。

 

 ――思い出せ。

 

 無理だ。思い出せない。何も。全てが闇の中に没する。記憶の残滓も、光の欠片も、闇に掻き消されてしまう。

 

 ――それでも成ると決めたのだろう?

 

 何に?

 

 その瞬間、《サイファーグリッドマン》は――那由多は心の奥底に眠る何かが、目を覚ましたのを関知していた。

 

《サイファーグリッドマン》が身体を開き、装甲を解き放つ。

 

 刹那、眩いばかりの光の連鎖がその身より放出されていた。照り返された光を受け、青錆びの街の一部が修復されていく。

 

 ノイズとデータバグを修正し、在るべき形へと「直した」光線に《アレクシス》が黒装束を翻す。

 

『まさか……。貴様も使えると言うのか。修復の力を!』

 

 修復の力。それが何なのか、今は分からない。だが、分からなくともこの身一つから発せられる光は、決して絶望ではないのだけは理解出来る。

 

 ――これは、世界を存命させる蒼き清浄の輝き。

 

(フィクサー、ビーム!)

 

 満身より放たれた輝きに、《アレクシス》が仮面へと爪痕を立てる。

 

『忌むべき力だ……。摘み取らせてもらう!』

 

 肉薄した《アレクシス》に、《サイファーグリッドマン》は拳を握り締めていた。

 

 魂と、そして可能性を賭けて。

 

 己の信念を一つの種として握り、解き放つ。

 

 その鉄拳は《アレクシス》の黒く沈んだ心ごと、仮面を打ち砕いていた。

 

 呻きよろめいた《アレクシス》に《サイファーグリッドマン》は腕を交差させ、エネルギー波を溜め込む。グラン・アクセプターが蒼く輝き、直後、左腕を突き上げた。

 

(グリッドォォォォ……ビィーム!)

 

 今の自分が与えられる全てを。

 

 渾身の必殺技は《アレクシス》の身体を貫き、やがてその身を蒼い炎が焼いていた。燃焼する身体で《アレクシス》が息をつく。

 

『……ここまで、か。まさか二度も同じ技に敗北するとは。……だが一つだけ言っておこう。グリッドマン、今の君でも迴紫は倒せない。それは彼女が絶対的に強いからだけではない。君は、何一つとして、思い出せてはいないのだ。自分の過去を……忌むべきその名前すら。那由多君……いいや、敷島万里!』

 

 その言葉を最期として《アレクシス》の身体は爆発に包まれていた。燻る火炎を目にしながら、《サイファーグリッドマン》の中で那由多は《アレクシス》の言葉を反芻する。

 

 ――シキシマ、バンリ……。

 

 光に還元され、那由多の身体が高層建築の屋上に降り立つ。アクセプターを見据え、呟いていた。

 

「それが……オレの本当の、名前……」

 

 確証はない。こうして口にしてみても、それが本物の感触を伴いもしない。

 

 だが、《アレクシス》が消滅の瞬間に口走った言葉には確かな重みがあった。

 

「今のオレでも、迴紫は倒せない……」

 

 握り締めた感慨にふける前に、声が放たれていた。

 

「那由多!」

 

 朋枝が自分の建築物の直下にいる。那由多は手すりから身を乗り出し、跳躍していた。

 

 降り立つなり、朋枝が困惑の眼差しを投げる。

 

「……トモエ。オレは……」

 

「那由多……。一体何をしたの? あの光で……何が起こったの?」

 

 朋枝が震えている。その眼差しの先にあった光景に那由多は瞠目していた。

 

「これ、は……」

 

 大写しになったのは青錆びに沈んだ死の街ではない。

 

 銀盤のように煌びやかな街並みを、人々が行き交っている。

 

 意味不明の高層建築は像を結び、巨大なる建築物として新たに屹立していた。

 

 フィクサービームの放たれた限定空間のみが、そのように「蘇って」いたのだ。

 

 そう、蘇った。そうとしか言いようがない。

 

「那由多……この人達は、どうしてこんな……。霧も一部だけ晴れている……。何が起こっているの? この人達は……生きているの?」

 

 問われても答えられない。

 

 ――ともすれば自分は、とんでもない力に覚醒してしまったのではないか。

 

 そのような迷いと共に那由多はアクセプターに視線を落としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――痛って……」

 

 ようやく意識が明瞭になる。記憶の残像を結び直そうとして、ツルギはよろめいていた。

 

「あ……片腕……」

 

《デビルフェイザー》の分子分解光線で削ぎ落とされてしまったのだ。ツルギは拳を握り締め、地面を殴りつける。

 

「怪獣態になっても、敵わなかったって言うんすか……!」

 

 どれだけ忌み嫌った姿になっても、今のナイトウィザードには届かないと言うのか。

 

 その現実に歯噛みしたその時、自分を呼ぶ声に顔を上げていた。

 

 アノシラスが荷物を引っ提げてこちらへと駆け込んでくる。

 

「お兄さん。意識が戻ったんだ? はい、これ。ドクロ鉄道の人が、治療の要する人間には施しをするって」

 

 与えられた栄養補填液と数々の医療品にツルギは視線を背けていた。

 

「……要らないっすよ。俺の場合は」

 

「強がらないで。片腕が取れちゃってるよ?」

 

「こういうもんなんす。それに……俺の場合は本当に、要らないんすから」

 

 その言葉に何か感じたのだろう。アノシラスは医療品を手ぬぐいの中に仕舞い込む。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないっす。……でも、あの《ゴロマキング》の奴……何か別の意図があったんすね。俺を、死なないような距離と場所へと投げ捨ててくれた……」

 

 あのままであったのなら、どちらかは倒せても恐らくは同士討ちに終わっていた可能性も高い。生かされたのだ、と実感した瞬間、ツルギは顔をしかめていた。

 

「……何つーか、すげぇ無力感っすね。負けるって言うのは」

 

「でもグリッドマンは勝ったよ。宇宙人に」

 

 栄養補填液を口に含んだアノシラスに、ツルギは問い返していた。

 

「……嘘でしょ? あのまま宇宙人は逃げ去ったんじゃ」

 

「ううん。グリッドマンは宇宙人を倒して、それでグリッドマンの光線を浴びた場所は」

 

 アノシラスが指差す。視野に入れた景色に目を戦慄かせていた。

 

「何すか……あれは……」

 

「分かんない。青錆びの場所が、綺麗になっちゃったね」

 

 そのような生易しい言い草であるものか。

 

 朽ちたはずの新宿区画の一部が万全の状態まで「再生」されている。

 

 銀盤と再構築された建築物の数々にツルギは絶句していた。

 

「……あれを坊ちゃん……グリッドマンが?」

 

「うん。何かよく分かんないビカビカ光るビームを宇宙人に浴びせて倒したら、ああなっていた」

 

 アノシラスには意味が分かっていないのだろう。ツルギは額に手をやって首を振っていた。

 

「……何つぅ事っすか。今回のグリッドマンは、遂に……あの技を思い出したって? そんな事、迴紫に知れたら……」

 

 とんでもない事になる。少なくともあの楽園のように見える景色が地獄への幕開けだと、この時確信していたのは自分だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーな、いーなぁ、あれ」

 

 何度も円卓の上で再生し、迴紫は胡坐を掻いていた。

 

 帰還したナイトウィザードの者達が怪訝そうに目にする。

 

「迴紫様……」

 

「お帰り。どうだった? 宇宙人相手は」

 

 問うまでもないのだろう。二人分の苦々しい面持ちと、そして二人の後に続いてきた影に迴紫は、おっ、と声をかける。

 

「生きてたんだ。やっほー」

 

「……お陰様で」

 

「戻って来たって事は、期待していいのかな? もっかいナイトウィザードをやるって」

 

「……仰せのままに」

 

《ゴロマキング》の男の返答には一家言ありそうだが、今の迴紫の興味は何度も再生している《サイファーグリッドマン》の放った技であった。

 

「迴紫様。その技は……」

 

「うん、さっきの。新しいグリッドマンも中の人も、面白そうだったけれど、これで確信しちゃった。彼はボクにないものを持っている。いーなー、羨ましいなー。ボクもこれ欲しいー」

 

 照り輝く光線を浴びた宇宙人は眩惑され、その後拳で殴り倒された。その顛末だけではないのか、と訝しんだナイトウィザードの面々に迴紫は言いやっていた。

 

「うん。やっぱ方針変更。ナイトウィザードの残りの戦力も含めて、新しいグリッドマンの弱点を取りに行こう。確か、彼、女の子連れてるんだよね。この子」

 

 ピックアップされた少女に、《ゴロマキング》の男が僅かに反応する。

 

「女子供を無差別ってのは……」

 

「無差別じゃないよ。彼女だけ。グリッドマンのアキレス腱だ。この力欲しいから、彼女を狙ってよ。方法は問わないからさ」

 

 無情なる宣告にナイトウィザードの面子が震える。それを他所に迴紫は呟いていた。

 

「先代……ううん、もっと昔のグリッドマンが受け継いできた力。キミは使えるんだ? 新しいグリッドマンと中の人。だったら、ボクも使えないと、変だよね。ちょうだいよ、その力」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【暴君超獣《デビルフェイザー》】

【《アレクシス・ケリヴ》】

【《新条アカネ》】登場

 

 

 

 第四話 了

 

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