GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯1‐2

 ドクロ鉄道が断末魔の汽笛を上げた。

 

 甲高い女の鳴き声は到着駅が近いのを告げる。サングラスを持ち上げた白髪の男は、嘆息をついていた。

 

「ドクロ鉄道のダイヤには遅れもなし。にしたって、また帰ってくるとは思いもしやせんや」

 

 男は肩を竦め、自身の寝台へと向かう。ドクロ鉄道の寝台室はかなりの高額だ。もちろん、前払いの切符は手にしている。

 

 男はカーテンを引いた瞬間、丸まっている少女を発見していた。

 

 緑色のパーカーに、黒い衣服を身に纏っている。どこか煤けたような黒髪を持つ少女は寝息を立てている。

 

 男は一度カーテンを戻してから、自分の切符番号を確認する。

 

「……間違いないっすよねぇ……」

 

 何度も照合し、またカーテンを引く。丸まって寝返りを打った少女を、男は蹴飛ばしていた。

 

 少女は寝台から転げ落ち、何度かぶんぶんと大きく首を振る。

 

 まるで野良犬だな、と男はじっと見据える。

 

「おたく、何やってんすかねぇ。俺の寝台室のはずなんだけれど」

 

 少女は自分を認めるなり、うわっと大仰に驚き、じっと凝視する。

 

「……この部屋の人?」

 

「そうだって言っているでしょうが。言葉、通じるっすよねぇ?」

 

 こめかみを突くと少女はふふっと笑う。オレンジ色の瞳が細められていた。

 

「……いいの? ドクロ鉄道でちょっとでも粗相すれば」

 

「大枚はたいてこの席取ったんすよぉ、こっちは。何でおたくは寝てるんすか。親御さんは?」

 

「ううん。私一人だよ」

 

 迷子にしてはどうにもふてぶてしい。男は大きなため息を漏らす。

 

「……おたく何?」

 

「私? 私……怪獣だよ?」

 

 男はサングラスを持ち上げ、しげしげと少女を見やる。少女は薄い胸を反らしてふふんと得意げだ。

 

「怪獣?」

 

「そっ、怪獣。恩人に会いに行くんだ」

 

 という事は一人でドクロ鉄道に乗り合わせたと言うわけか。だがだからと言って許されるわけではない。

 

「……まぁ、自称怪獣少女ちゃんよ。ここは俺の寝台なわけなんすよ。どっか行ってくれないっすかねぇ」

 

「冷たいなぁ。ほら、私、お金持ってるよ?」

 

 少女はビニール袋いっぱいに詰め込んだ小銭を見せびらかす。その仕草と、どこか浮世離れした挙動に目を剥いていると不意に鼻孔を刺激臭が突き抜けた。

 

「臭っ……。おたく、風呂入ってないだろ」

 

「お風呂ぉ……? お風呂嫌いだから、入ってない」

 

 その言葉だけは年相応の少女のわがままのようであった。男は額に手をやってやれやれと首を振った。

 

「……寝台車の中にシャワー室あるから。俺の金使っていいから浴びて来な」

 

 紙幣を差し出すと、少女はそれを引っ手繰り、目を輝かせた。

 

「すっごいね。これ、いいお金だ」

 

「そっ。いいお金なんで、無駄に使わないで欲しいんすよ。さっさと風呂に入った入った」

 

 手を払い、この場所から遠ざけようとして、怪獣少女は小首を傾げた。

 

「……入り方わかんない」

 

「マジか」

 

 呆れ返った男は、だがしかし自分が一緒に入るのはまずいと直感的に悟っていた。

 

「……じゃあまぁ、停留所についたら風呂場まで送ってやっから、それまで我慢してくんさい。俺はここで寝る」

 

 その時、少女が自分の袖を引っ張る。

 

「一緒に寝る」

 

「駄目」

 

「何で?」

 

「俺の品格が問われる」

 

 そう言い放って少女を払おうとしたが、じっとこちらを見据えた少女が問いを重ねる。

 

「何のためにドクロ鉄道に乗ってるの?」

 

「目的のためっすかねぇ。ま、ある種里帰りみたいなものでもあるんすけれど」

 

 律儀に答えてやる事もないのだが、風呂を提供出来ない以上は停留所までは面倒を看てやろう。そこまでの人でなしでもない。

 

「ふぅん。面白いね。里帰りって、新鮮」

 

「そうっすか。じゃあさっさとどっか行ってもらえますかねぇ。こちとら元は取りたいんで」

 

 突き放す言葉にも、少女は面白がって尋ねる。

 

「ただの人じゃないよね。何をしに里帰りするの?」

 

 自分の事を怪獣だと言ってのける少女だ。ただものではないのは分かり切っていたのだが、こうもか、と男は返答を渋る。

 

「……ま、因縁みたいなもんっすよ。清算出来ていない事柄が多いもんでしてね。俺はその清算を、一手に担っていると言うのか……」

 

「うまく言えないんだ? 私と同じだね」

 

 少女はどうやらてこでも離れる気はないらしい。こうなれば意地だと、男は尋ね返す。

 

「そっちは何なんすか。怪獣を自称するなんて変わっていると言うか」

 

「そう? でも私、怪獣だよ?」

 

「それは分かったっすから。でもまーいい顔はされないっすよ?」

 

「でも私、お金持ちだから。誰かによくするのも好きだし」

 

 にたぁ、と少女は笑う。男は問答の間にドクロ鉄道の断末魔を聞いていた。

 

「……もうすぐ停留所についちまいますね。せっかく高値で買った寝台特急がこれじゃ」

 

「私のせい?」

 

「そうっす、そうっす。分かってんのなら……」

 

「だったら、私は離れるよ。バイバイ」

 

 案外、別れ際はそっけない。毒気を抜かれた気分で男は寝そべる。あと少しとはいえ、寝られるならばそれに越した事はない。

 

「……身に染みた気配が強くなってきやがったっすねぇ……」

 

 瞼を閉じようとしても、ざわつく神経が眠りを許してくれない。仕方なく荷物を整理し、その中に愛用している漆黒の拳銃と、そして銀色の蛇腹剣を確認する。

 

 武器の整備は一人旅ならばなおの事。

 

 銃弾を整理し、並べて磨いていく。

 

 死なないための処世術だ。死を遠ざけるために、死に縁の深い武装を用いるのはどうにも皮肉であったが。

 

 ドクロ鉄道が停留する。

 

 どうやら思ったよりも早く到着したらしい。

 

 自動ドアが開き、周囲に蔓延する青錆の霧を視界に入れる。帰ってきた、と言うよりも、待ちわびた風景。

 

 駅の改札口の前で男はポケットに入れていたはずの切符がなくなっているのを発見する。

 

「あれ? 入れたはずなんすけれどねぇ……」

 

 改札で待ち構える黒い影の駅員が怪訝そうな眼差しを注ぐ。間違いなく、切符は持っていたはずだ。なのに、ないとは、と身体中を探っていると、不意に先ほどの怪獣少女が歩み出ていた。

 

「はい」

 

 駅員に渡した切符に瞠目する。それは自分が買い付けた寝台特急の切符そのものであったからだ。

 

「それっ……俺の……!」

 

『切符は持っていないのですか』

 

 問い詰められ、男はまごつく。

 

「いや、そのガキが持っているのが、俺ので……」

 

「駅員さん。これ、私の切符だから」

 

 駅員が切符を巻き取り、受理してしまう。改札を通った怪獣少女が薄く微笑んだ。

 

 ――してやられた、と思った直後、駅員が問いかける。

 

『持っていない。で、いいのですね?』

 

「いや、だからさっきのが……」

 

『ドクロ鉄道の無賃乗車、三万五千円』

 

 はぁ、と男は驚愕する。

 

「高過ぎっしょ! それに、俺は切符買ったっての――」

 

『無賃乗車は重罪です。何なら警備に突き出してもいい』

 

 それは困る。自分の荷物には武器があるのだ。これを取り締まられればせっかくの旅の意義が台無しになってしまう。

 

「……分かったよ。分かりましたよ。払いますから、大ごとにはしないでくだせぇ」

 

 財布からなけなしの金を支払い、男は改札を通ってから嘆息をつく。とばっちりのトラブルにしたところで酷いものだ。

 

「払えた? お兄さん」

 

 待ち構えていたのか、怪獣少女が声をかける。掴みかかってやろうかと思ったが、男はそこでぐっと堪えた。こんな事で怒っていたのでは先が思いやられる。

 

「……もうちょっと行ったら風呂がある。そこに寄るから入りなせぇ」

 

「怒らないんだ?」

 

「怒ったって金は戻ってこないっしょ。それに、確信犯がそう言うかねぇ」

 

 へへっ、と少女はにやつく。

 

「私、他人の物盗るの、ちょっと得意かも」

 

「あんまし自慢出来る特技じゃ、ないっすねぇ」

 

「これも」

 

 少女が手にしていたのは自分の所持する一発の銃弾であった。いつの間に、と男は懐を探る。

 

「お兄さん、何? 何の人なの?」

 

「……興味本位は、要らないトラブルを招くっすよ」

 

「里帰りに武器は要らないよね? 何をしようとしているのか、私に聞かせてよ」

 

 この怪獣少女、ちょっとやそっと脅した程度では臆さないだろう。それどころか余計に興味を持つに違いない。ここは動きを邪魔されない程度に留めておくべきだ。

 

 しかし、こんなところで破綻か、と我ながら情けなくなってしまう。

 

「……俺は戦わなきゃいけないんすよ。武器が要るのは、その証拠」

 

「何と戦うの?」

 

 その言葉に男は暫時の沈黙を挟んだ後に応じていた。

 

「――怪獣、と呼ぶべきなんすかねぇ」

 

 これで恐れ戦けば、と期待して放った言葉に少女は小首を傾げるのみだ。

 

「怪獣? じゃあ私?」

 

「おたくみたいな人畜無害なの殺してどうするんすか。この街にはもっと恐ろしいのがたくさんいるんすよ。……正直、首突っ込み過ぎると、死ぬっすよ」

 

 最大限の警告のつもりであったが、怪獣少女は顔をくしゃくしゃにして笑う。

 

「じゃあ、危ない時は私が守るね。私も怪獣だから」

 

 これはのれんに腕押しか。男はどうにも調子が出ない、と後頭部を掻いていた。

 

「……おたくみたいなタイプは初めてだ」

 

「私、受けた恩は返すのが流儀だから。切符を使わせてもらった分は助けるよ」

 

「どの口が言うんすか……」

 

「名前何て言うの? 私はアノシラス・モントレーション=リリィ・トリシューラ三世。長いからアノシラスでも、リリィでもいいよ」

 

「……めんどいんでおたくって呼びますわ」

 

 ずさんな対応にも少女――アノシラスはめげた様子はない。それどころか興味津々で問いかけてくる。

 

「名前、何?」

 

 これ以上はかわし続けるのも難しいか、と男は諦め調子に名乗っていた。

 

「……ハンターナイト。ツルギ、とでも、名乗っておきましょうかねぇ」

 

 

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