GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯5‐2

 アノシラスは医療品を取り出そうとして、煤けた風に面を上げたツルギに気づいていた。

 

「あ、起きた?」

 

「……何時間くらい寝てやしたか?」

 

「一時間くらいかな。珍しいね。お兄さん、寝なくっていい人間なのかって思ってた」

 

「……そりゃ、人並みには疲れやするっすよ。でもま、敗北の後だとなおさらっすね」

 

「腕は義手の当てがあるって。ドクロ鉄道に聞いてきたんだ。治療は――」

 

「要らねぇっす」

 

 その言葉にアノシラスが頬をむくれさせる。

 

「強がらないで。腕ないんでしょ?」

 

「これでも、っすか?」

 

 ツルギは外套に隠していた左腕を見せる。アノシラスが呆然と呟いていた。

 

「……それ、腕?」

 

 驚愕するのも無理はない。《デビルフェイザー》の分子分解攻撃を受けた自分の腕は――骨ばった銀色の物質へと変異していた。

 

 本来なら肩口から消え失せたはずの腕が仮の形でも存在する事にアノシラスは目を丸くさせる。

 

「……何がどうなってるの? 生えてきた?」

 

「いつもなら、馬鹿言うなって言うところっすが、実際のところそうなんすよ。生えてきた、いいや、造り替えられた、というべきでしょうっすかねぇ。自分、ナイトウィザードでも普通の怪獣じゃないんすよ。オートインテリジェンス怪獣って呼ばれてましてね。自動的に己の能力を最適化する……そういう機能が付与されているんす。だからこそ、長い時間をかけてナイトウィザードから自分のデータを抹消し、対策出来ないようにしたんすけれどね。怪獣に一回なっちまったら、それもパァって奴で。俺の身体はナイトウィザード在籍時代に戻りつつあるんす。これは怪獣へのアクセスコードがキーだったんすよ」

 

「……私のせい」

 

 いつになくしゅんとするアノシラスにツルギは、ああと声にする。

 

「おたくがしゃしゃり出なければ、もっとうまくやれたんすけれどねぇ。ここまでお膳立てしてきたのに、時間が経てば経つほど、俺には不利っす。――だから、もう逃げの方便は使わない事にしたっすよ」

 

 立ち上がったツルギにアノシラスは当惑する。

 

「まだ休んでいないと」

 

「だから、もう引き延ばしの時間は過ぎたんす。俺は、覚悟してナイトウィザードに仕掛けるっすよ。まぁ、これまでも覚悟はしてきたんすが、これからはもう、小賢しい真似はやめにするっす。俺は……迴紫を討つ」

 

 双眸に携えた意志の輝きにアノシラスは弱腰の声を発していた。

 

「……でも、お兄さんがいなくなるのは、やだよ」

 

「いなくならないっすよ。ナイトウィザードを一網打尽にして、俺は生き残る。そうしないと、どこの誰が差し違えなんてするっすか。俺は、意地汚くても生きるっすよ。それが、俺の復讐の意義っすから」

 

 たとえ自分のやっている事がエゴの一つでも、生き延びる事こそが最大の報復だ。ナイトウィザードは焦っているはず。前回の宇宙人への対応策と、内側の軋轢が限界に来ているのは窺うまでもない。

 

 そう、好機は今しかないのだ。

 

 今を逃せばナイトウィザードを構成する要素が完全に挿げ替えられる可能性もある。グリッドマンが掻き乱してくれている今だけが、絶好の機会には違いない。

 

 しかし、グリッドマンの放ったフィクサービームは思わぬ功罪をもたらした。

 

 ツルギは構内より外を窺う。朽ちた青錆びの街並みの中央に、ぽっかりと空いた聖なる空間。

 

 宵闇に沈んだ静謐の死の領域の中であの場所だけが生きている。逆にそれが奇妙なほどに。

 

「あれ、何なの? 街が生き返ったの?」

 

「いんや、あれはそんななまっちょろいもんじゃないっすよ。街を修復させた。それは迴紫でさえも出来ない領域の力のはず……。そろそろ、まずいっすよ、坊ちゃん。静観決め込むには条件が揃い過ぎた。ここからは、ガチで挑まないと、殺されるっすよ」

 

 その警句に応じる相手はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「依然としてモニターしている限りでは、あの領域から発せられる数値は全て、正常値を示しています。……それが異常なほどに」

 

 モノクルの紳士の声に女は煙管より紫煙をたゆたわせつつ、応じていた。

 

「フィクサービーム。グリッドマンの持つ、修復の力。……本来なら脅威に上がるべきものでもないんだけれど、迴紫様がご執心となればねぇ」

 

 モノクルの紳士は周囲を見渡す。《ゴロマキング》の男もいない。今、この月光の差すテラスで話しているのは自分達二人だけだ。

 

「正直なところを申しても?」

 

「迴紫様のやり方でしょう? フィクサービームを欲しがっている。それは所有するあの蒼いグリッドマン……それそのものへの興味へと移りつつある」

 

「やはりそう見ますか。ですがグリッドマンは敵のはず」

 

 そう、グリッドマンは倒すべき敵。だが、このままではナイトウィザードの足並みは狂う。そうでなくとも迴紫の刹那的なやり方についていけないと思い始めているのは少なくとも自分と《デビルフェイザー》の女の二人であろう。

 

 ナイトウィザードを組織するのは六人の幹部。

 

 そのうち二人が疑念に駆られ、一人が死に損ない、そして今、迴紫に従順なもう一人がグリッドマンに仕掛けている。

 

 残り二人はあまり円卓会議に顔も出さない。恐らくは迴紫の忠実なる僕なのであろうが、もしもの時に遮られれば厄介だ。

 

 ここは一人でも多く調停を結ぶべきであろう。

 

「……もし、迴紫様の理想が我々の追うべき理想と異なった場合、打ち切る覚悟は」

 

 女は煙った吐息をつき、首肯していた。

 

「それくらいは持ち合わせている。でも、得心が行かないと、後の者達はついてこない。私は部下にコードを持たせていない。戦力の分散は単純に力の飽和を招く」

 

「賢明な選択かと」

 

「どうかしらね。あんたは《ギラルス》を従えていた」

 

「グリッドマンに勝つためであったのです」

 

「それも、今となっては詭弁でしょうに。ハッキリ言いなさいな。グリッドマンに勝つのは予定調和でしかなかった、と」

 

 嘘をついたところでためにはなるまい。モノクルの奥の瞳を細め、紳士は口走っていた。

 

「……期を見ればあれで正答であったはず」

 

「でもあんたは片腕をもがれ、怪獣態への不完全な変身に成り下がった。迴紫様の力添えがなければコードの復活は成されない。どうするの? 万全で行きたければ裏切るわけにはいかない」

 

「こちらとて裏には精通しています。コードの書き換えが出来るのは、何も迴紫様だけではない」

 

 その赴くところを理解したのか、女は慎重に声にしていた。

 

「……あの者に接触するのは……」

 

「危険は重々承知。ですが、コードの再生を行えれば、迴紫様の考えを上回れる」

 

「……呆れた。忠義なんてなかったんじゃない」

 

「我々は元より迴紫様に従っていたのは利害の一致から。それが崩れれば迴紫様……いいや、《ウィザードグリッドマン》に従い続ける意味はない」

 

 こちらの下した結論に女は嘆息をつく。

 

「《デビルフェイザー》を過信していたわけじゃないけれど、負けかけたのは事実。私も一度、覚悟を決めなければならなさそうね」

 

「《シノビラー》はもう来ない可能性もあるのでは?」

 

「いいえ、来るわよ。《シノビラー》……彼の気性はよく知っている。私達を殺し尽くすまで、彼は来る。それが分かっているからこそ……面白い」

 

 喜色を滲ませた女に紳士は疑問を呈する。

 

「面白い? 命を狙われて、ですか」

 

「だって、彼は必死なのだもの。必死に殺しに来る相手を、殺し返す事ほど、意義のある事はないでしょう?」

 

 やはり根では戦闘狂なのだ。それは《デビルフェイザー》と言う凶暴性の高い怪獣と親和性がある時点で推し量りであった。

 

 モノクルの紳士は後ずさり、会釈して声にする。

 

「……もしもの時のために。お目通りくらいはしておいてもいいのでは?」

 

「心配どうも。でも、いいわ。だって、あなたのその備え、正直邪道でしょう? まぁ蛇の道は、とは言うけれど、そこまでしてコードの再生を願うのなら、もっと別の道もあるはずだとは思うけれどね」

 

 迴紫を騙し続けるのにも限界がある。ここは自分で動ける手は打っておくべきであろう。

 

 煙を吹きつけた女に紳士は踵を返していた。

 

 理解者は少なくてもいい。今はただ、一つ事を成すための力が必要だ。その力は純然たる代物であるほどに信頼出来る。

 

「……我輩は返り咲く。その時を待っていろ。迴紫、そしてグリッドマンよ」

 

 

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