GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
正直なところ、宇宙人に攫われた間の那由多がどうなっていたのかを聞くのが怖いだけなのだ。彼は、明らかに何か重大な秘密を抱えている。それも、自分だけの胸に留めておきたい秘密を。だから軽々しくは聞けないし、踏み込むだけの勇気もない。
朋枝はそんな自分に嫌気が差しつつ、ドクロ鉄道のスタンスを予測していた。
「……多分、ドクロ鉄道側からしてみればあれもイレギュラーじゃない? だったら、交渉の余地はあるのかも」
「あの場所の計測を任せて、オレ達はその間に別の場所に、か」
頷いた朋枝に那由多は渋面を作る。
「……だが、シンジュクを離れるのは得策ではない気がする。ナイトウィザードの前回の透明な怪獣も倒せていない」
「あれ、倒したんじゃないの?」
「……手応えが薄い。恐らくはまた来るだろう。その時、オレは倒し切れるのか」
何を不安に駆られる事があるのだ。朋枝は明るく務めて言いやっていた。
「でも、那由多はグリッドマンとして宇宙人を倒したじゃない。だったら、大丈夫だよ」
「宇宙人……《アレクシス・ケルヴ》……」
その眼差しに宿った哀愁に、やはり何かがあったのだと確信する。宇宙人と話でもしたのだろうか。それを那由多は言わないし、自分も言わせる気がない。
言ったところで解決出来る問題とそうでないものがあるのはもう分かり切っているのだ。
「今は、ドクロ鉄道が人道的な配慮をする事だけを期待しましょう」
「奴らは中立地帯を心得ている。前回のように門前払いはないだろうが、ともすれば……」
浮かべた思案もそこそこに朋枝は駅構内へと続く連絡階段を駆け上がっていた。この先が連絡員のいる階層だ、そう思って頭を出した、その瞬間であった。
那由多が腕を掴んで引っ張り込み、朋枝の姿勢を崩す。階段の上で転がった朋枝は抗議の声を上げようとして、いくつかの銃声が劈いたのを耳にしていた。
那由多は龍の意匠を持つ銃を構え、階段の上へと警戒を注ぐ。
「……やはり、こうなるか」
眼差しを厳しくした那由多に朋枝は問いかける。
「誰なの? ナイトウィザード?」
「いいや、これは――ドクロ鉄道の者達だ」
咄嗟には理解出来ず、朋枝は聞き返す愚を犯していた。
「……ドクロ鉄道が? 何で……」
「分からない。だが敵は排除する」
断じた声音の那由多が跳ね上がり、高重力の赤い砲撃を見舞う。応戦の銃声が咲き、朋枝は叫んでいた。
「那由多! どうなってるの!」
「敵も仕掛けてきている。どうやらオレのやった事に、文句があるらしい」
「文句って……。だってあの場所は、正常なんじゃ……」
「正常だからこそ、なのかもしれないな。死者の巣窟であるこの街に、生者の領域は必要ないか。それとも、最初からそのつもりだったか。ドクロ鉄道は」
問い返す前に那由多が拳銃を一射する。高重力波の衝撃が粉塵を巻き上げていた。
だが敵の銃撃も激しさを増す。頭上を突き抜けていく銃弾に朋枝は耳を塞いでいた。
「何でドクロ鉄道が敵になるの!」
「分からない。直に聞くのが早いのかもしれないな」
その言葉の真偽を確かめる前に那由多は銃弾の雨嵐を前に、すっと佇む。
「何か!」
『……あなた達は余計な事をしてくれた。特に、あなたは。我々はグリッドマンにも、怪獣にも無関係を貫いてきたが、あれだけは看過出来ない。何故、あんなものを修復した?』
「あんなもの、と言うのは生き返った場所の事を言っているのか」
『生き返った? 違う。あれは壊れた個所を元通りに直した、というだけの話だ。死者が蘇る事はない』
「死者が蘇らない?」
思わぬ言葉に朋枝は息を呑む。那由多は銃口を相手に向けつつ、交渉を重ねていた。
「押し通りたい! 駄目か」
『通すわけにはいかない。あそこにあるのは何でもない。不干渉をお勧めする』
「だが、貴様らが守っているという事は何かあるのだと判断せざる得ない」
『どうやら認識の祖語があるようだ。守っているのではない。破壊すべき時間を見据えている』
「破壊すべき、時間……」
『グリッドマンにあそこまでの権限は許していない。いや、許しているのがたとえ上であったとしても、我々はこの管轄を守るべくして配備された中立組織だ。だからこそ、度の過ぎたこの世界への干渉そのものに異を唱える権利がある』
「何を言っている。お前達は、何がしたい」
那由多の問いかけにドクロ鉄道の連絡員達は銃を構えていた。
『答える義務はない。何も言わずにここで死んで欲しい』
照準された銃口に那由多は横っ飛びして砲撃を浴びせていた。連絡員が吹き飛び、捲れ上がった砂礫が彼らを消し飛ばす。
『敵だと、判断する』
「オレも認識を改めよう。ドクロ鉄道は敵か」
互いに銃口を向けた者同士の問答に、割って入ったのは声であった。
「――あー、もう。じれったいっすねぇ」
辻風のように割り込んできたのは白髪の男だ。二丁拳銃が構えられ、直後には迷いのない銃撃がドクロ鉄道を退けていた。
連絡員達が撤退を始める。さすがにこの情勢では不利と判断したらしい。
「……お前は」
「また会ったっすねぇ、グリッドマンの坊ちゃん」
白髪の男の発言に朋枝は驚嘆する。
「……知り合い、なの?」
「……少し因縁がある」
「そう寂しい事を言わなさんな! 俺もちょっとばかし、今回のドクロ鉄道のやり方には疑問符があるって事っすよ」
相手が完全に下がってから、男は拳銃を下げる。その直後、那由多と男は互いに銃口を突きつけていた。
「……お前が味方である保証はない」
「敵であるって論拠もないっしょ」
「……ナイトウィザードに関して、どこまで知っている」
「それを聞ければ御の字! ちぃとは他人の話、聞く気になったっすか?」
「……トモエ、出て来ていい」
那由多の言葉に今の今まで階段で蹲りながら情勢を窺っていた朋枝に、白髪の男は手を振る。
「お嬢さんと一緒とは。あんたも隅に置けないっすねぇ」
「……用件を言え」
「慌てなさんな。ドクロ鉄道の連中は恐らく、前回の戦闘の後処理を任されているはずっす。いや、前回の、だけじゃない。これまでの全ての戦闘において、ドクロ鉄道は介入権限があった。それもそのはず。彼らのモットーはダイヤの乱れの修復と、そして安全快適な運行の確保。なら、戦場を把握していないといけないっすからねぇ」
「……ドクロ鉄道とナイトウィザードはグルだったとでも?」
「それは穿ち過ぎっすよ。でもま、ない可能性でもないか」
「あの……那由多とは、いつ……」
「ちょっと前の戦闘でね。ですが、おたくらの事は結構知ってるんすよ? 毎回、ナイトウィザードの怪獣とあんだけの騒ぎを起こすんだ、知ってないほうがおかしいっしょ。この新宿区内では」
確かにグリッドマンと怪獣の戦いは徐々に規模を増している。このままではシンジュクが焼け野原になると睨んでいた矢先に今回の件が突き刺さっていた。
――ある一定区内の修復。
やってのけた那由多自身も実感のない力。危険と言えば危険に決まっている。
「……ドクロ鉄道はでも、武力行使には出なかったのに」
「堪忍袋の緒が、って奴でしょ。今までだって随分と我慢していたんじゃないっすかねぇ。ま、俺は知らないっすけれど」
「……確かハンターナイト、ツルギとか言う」
「覚えてもらって光栄と思うべきなんすかねぇ。それとも、ちょっと邪魔かな、とも」
二人の間に流れる剣呑な空気に、朋枝は落ち着かなかった。そうでなくとも、那由多は今ささくれ立っている。余計な刺激は与えるべきではないだろう。
「……どうしてドクロ鉄道は急に武力を……いや、違うな。奴らはどうして、オレ達の動きを先回りした?」
那由多の言葉に朋枝はハッとする。ついつい相手が急に仕掛けてきた印象に流されがちだが、何故こちらの動きが割れているのかをそもそも明らかにすべきなのだ。
ツルギと呼ばれた男は、へぇと感嘆する。
「闇雲に戦ってきたわけじゃあないっすねぇ、さすがは」
「答えろ。敵は何者なんだ」
「何者って、ドクロ鉄道の仕掛けてきた連中を言っているんで? それとも本体っすか?」
「本体……。ドクロ鉄道を統括する相手がいるって言うの?」
朋枝の疑念にツルギは、ビンゴ、と指を弾かせる。
「その通りなんすよね、これ。相手は出来るだけ穏便にってスタンスだったのに、フィクサービームはまずいんすよ。逆鱗に触れてしまった、と言うべきなんすかねぇ」
「今倒すべき敵は誰だ」
問い詰めた那由多にツルギは肩を竦める。
「そいつが分かれば苦労もしないって話で。ナイトウィザードとも言えるし、そうでないとも言える」
「繰り言を続けるな。オレは結論を急いでいる」
突きつけられた銃口にツルギは口笛を寄越す。
「……おたくも、どっかで分かってるんでしょう? フィクサービームで復活させた場所は、あんな事をしてはいけなかった、ってくらいは」
「あんな事を……」
「しては、いけなかった、だと」
茫然とする自分達にツルギは余裕しゃくしゃくで告げる。
「でもま、煮え切らないのは分かるっすよ。何せ、敵は誰か、って話っすから。今まで中立貫いてきた相手が急に銃を向けたらビビるっしょ」
「……オレ達の側に原因はあると?」
「そうでなきゃ、ドクロ鉄道も今までの信用を地に落とすような真似はしやせんでしょ。グリッドマン、それにフィクサービーム。今回の一件を紐解くには、それが必要不可欠な要素」
「でも……どっちも別に、悪い力だとは感じなかった。……ううん、むしろいい力じゃないの? 何でそれに、ドクロ鉄道が反論するわけ?」
「……お嬢ちゃん、まだ分かっていないみたいっすね。それもそうか。この世界が絶対だと思っている以上は、朽ちた景色に何も思わないんでしょう」
白髪を掻いて口にしたツルギに、言葉を重ねようとしたその時であった。
那由多の身体が傾ぎ、不意にその意識をなくす。朋枝はこんな時に、と那由多を揺すっていた。
「那由多……? ねぇ、那由多っ! 今は気を失っている場合じゃ……」
「来るっすね」
ツルギは困惑もしない。来るって何が、と言いかけた朋枝は、自分達の眼前に出現していた青髪の少女を目にしていた。
「臾尓……」
那由多が気を失うと、いつも現れる少女。その存在を、まさかツルギは知っているのか。問いかける眼差しを向ける前に、据えられたのは銃口であった。
ツルギの拳銃が臾尓を捉える。剥き出しの殺意に朋枝は覚えず声を荒立たせていた。
「何を……、臾尓は敵じゃ……!」
「敵じゃないって断言出来るんすか? それとも、害して来ないから味方だとも? それは大きな間違いなんすよ、お嬢ちゃん。坊ちゃんが今までも何度か、意識を失った事があったはずっす」
「それは……」
「そしてその度に、現れてきたはず。青髪の少女。ここではそういう姿なんすか? ――コアユニットモジュール」
紡ぎ出された名称に朋枝は息を呑む。
コアユニットモジュールという無機質な名に臾尓は僅かに目を伏せていた。
「臾尓……?」
「世界の真実を知らない人間からしてみれば、おたくの存在そのものが神秘でしょう。でも、俺は知っている。この朽ちた新宿区内がどうして出来上がっているのか。いいや、この世界の成り立ちを。何故、迴紫は、《ウィザードグリッドマン》はここを支配しているのか。そろそろ年貢の納め時っすよ、コアユニット」
「私は……」
その唇が言葉を紡ごうとした、その時である。
「――見つけましたよ」
咲いた声の方向へと、咄嗟の判断でツルギは銃撃を浴びせていた。相手は声だけを伴わせて景色の中に消える。だが消える刹那に確かに視た。
丸眼鏡の少女の像を。
転がっていく事態の中でツルギが舌打ちする。
「ようやく出てきたっすか。ナイトウィザードの一角……!」
忌々しげに口走ったその論調に、朋枝は困惑していた。
「ナイトウィザードって……それは怪獣の事なんじゃ……」
「ああ、そこからっすか。相手も人間っすよ。間違えないで欲しいのは、ただの人間じゃないって事っすが」
「相手も……人間……?」
状況を把握出来ない朋枝に、声だけが明瞭なる気配をなびかせる。
「その女の子は要りませんね。ここで抹殺しておきましょう」
瞬間、眼前で咲いた火花に朋枝は心臓を収縮させる。抱き寄せたツルギが剣術で弾き上げていたが、相手からは明瞭なる殺意が窺えた。
「……でも、見えない……」
不可視の敵にツルギが舌打ちを滲ませる。
「ここじゃあ、分が悪い。坊ちゃんを抱えて逃げるっすよ!」
「逃げるって……、どうやって? それに臾尓は……!」
「……おたくならこうなるって事、分かっていたんじゃ?」
目線で問いかけたツルギに臾尓はいつもの冷たい口調で応じていた。
「そう、そうなのかもしれない。いつまでも誤魔化し通せない事は、理解はしていた。……こんなに早くだとは思わなかったけれど」
ツルギが那由多を抱え、自分も小脇に抱き上げる。
「ちょ、ちょっと! 二人分を抱いて飛ぶなんて――!」
「出来ねぇって吼えている場合でもないんでね。使えるものは何だって使うっすよ!」
ツルギがその手に携えたのは黄金のモニュメントであった。怪獣の姿を模したそのモニュメントの眼窩が赤く煌めく。
直後、風が逆巻き自分達を一瞬にして高空へと位相転移させていた。突発的な移動に朋枝は当惑する。
「何が起こって……」
「《シノビラー》の力の一部を使って跳んだんす。あまり口が回ると、舌ぁ噛むっすよ!」
風圧が逆巻く中でツルギに抱えられ、ゆっくりと降下していく。その道筋を遮ったのは艶やかな衣装の女であった。
煙管を手に女が魔性の笑みを浮かべる。
「死んでいなかったのね、《シノビラー》」
「その名で呼ぶんじゃないっすよ! 今はハンターナイト、ツルギっすからね!」
「手が塞がっている状態でよく吼えるわね。引導を渡してあげる」
携えたのは同じく怪獣のモニュメントだ。その瞳が煌めき、女が叫ぶ。
「アクセスコード、《デビルフェイザー》!」
言葉が紡がれた瞬間、女の姿は掻き消え、現れたのは巨大なる影であった。髑髏を頭部に配した悪鬼の怪獣が吼え立てる。
まさか、と朋枝は息を呑んでいた。
「ヒトが……怪獣に?」
「だから言ったでしょうが。こっちも《シノビラー》の力を最大に使って逃げ延びるっすよ! 今は、《デビルフェイザー》相手に戦って勝てる状態じゃないんす!」
そう口にした瞬間、《デビルフェイザー》と呼ばれた怪獣が光線を放っていた。ツルギは無数の武器を展開し、それらを壁に用いる。
直後、武器は雲散霧消し影も形もなかった。
《デビルフェイザー》の光線が武装を塵芥に還したのだ。その力に絶句した時には、既に相転移している。
現れたのは《デビルフェイザー》より少し離れた場所にある高層建築の屋上であった。ツルギは荒い息をついて那由多を下ろす。
「ったく、グリッドマンなら協力してくれりゃいいってのに」
悪態をついたツルギはこちらを探す《デビルフェイザー》を睨んでいた。朋枝は那由多を揺する。それでも彼は目覚める兆候はない。
「コアユニットが出ている状態じゃ無理っすよ。そういう風に出来てるんす」
「……どういう事? どうして那由多は起きないの!」
「……俺に当たられても。今はナイトウィザードから逃げ切ってくだせぇ。下階に降りれば、俺の顔見知りがいますんで、そいつに道案内を頼んでもらえれば」
残存した武装を構えたツルギに朋枝は声を投げていた。
「……戦うって言うの。人間のままで」
「……俺も怪獣になれるのはお察しの通りなんすが、個人的に成りたくはないもんで。それに、《シノビラー》の対策は練られちまってる。人間態のほうがうまく立ち回れるってもんっす」
「でも……那由多がもし……起きなかったら……」
どうすれば、と頭を振った朋枝に、ツルギは顔をぐんと近づけていた。至近の距離で鋭い双眸がこちらを見据えている。
雪のような白髪に、麗しいかんばせ。
息も忘れて見入っていると彼は告げていた。
「……坊ちゃんに頼るのもいいっすけれど、最後の最後は、自分の力っすよ、お嬢ちゃん。俺は自分の未来は自分で切り拓くんで、おたくらはおたくらで何とかしてくだせぇ」
顔を離したツルギは拳銃に弾を込め、腰に提げた長刀の柄を拳で確かめる。
朋枝は那由多の身体を肩に、その場から後ずさっていた。
ツルギの後姿が視野に入る。
彼はやる気だ。最後の一滴でも。誰も立ち向かわなくてもやるのだろう。ナイトウィザードを倒すために、そうと決めた男の背中であった。
その覚悟を自分は覆せない。
朋枝は気の利いた別れの言葉も発せられず、建築物を降りていた。
直後には《デビルフェイザー》の鳴き声と共に、戦闘が再開されている。朋枝はただ祈った。
――どうか死なないで。
自分の前でこれ以上誰かに命を落として欲しくない。たとえついさっきの因縁であろうとも、それでもナイトウィザードを倒す、と言う使命に生きるのならば、那由多と違いはないはずだ。
「……那由多。お願いだから起きて。あなたがいないと、あたしは……」
何も出来ない。それをただ強く噛み締めた。