GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
「さぁて……格好よく逃がしたはいいものの、俺が勝てる目が出てくれるっすかねぇ。それとも、ここが地獄の片道切符っすか? どっちせよ、ここで終わる気もねぇんで、せめて、道連れに出来るくらいの力をもらえないっすかねぇ!」
《シノビラー》のモニュメントより武装を探り当て、ツルギはそれを顕現させる。赤と黒に彩られた重排気のバイクであった。解き放たれし獣へと、ツルギは跨り、アクセルを吹き鳴らす。
《デビルフェイザー》が吼え立てた。
(《シノビラー》! ここで死ね!)
「それはこっちの台詞っすよ。ここで終わるのはあんたか、俺か。どっちにしたって、俺は諦める気はねぇっすから。ここでてめぇを――デリートする!」
瞬間、噴き上げた勢いでバイクが疾駆する。《デビルフェイザー》の分子分解光線が高層建築物を融かし、塵芥に還す中で、ツルギはいななき声を上げる忠義の獣に加速をかけさせた。
その蹂躙の車輪が壁を走り、ガラスを蹴破っていく。加速度だけでも充分な威圧だ。解き放たれた獣に手綱の必要がないと判じたツルギは二丁拳銃の火線を奔らせていた。
《デビルフェイザー》の鼻先を銃火器の噴煙が巻き上がる。
相手は手で払おうとするが、その前にツルギは特殊弾頭を拳銃に込めていた。
「これは、とっておきっすよ! 喰らえ!」
引き金を絞り、《デビルフェイザー》の腹腔へと弾丸が突き刺さる。刹那、煉獄の炎が《デビルフェイザー》の表皮を焼き払っていた。
相手が悲鳴を混じらせ、火炎を払おうとするも粘性を持つ炎は容易く剥がれはしない。
「言ったっしょ! とっておきだって。本当は迴紫に使うつもりだったんすけれどねぇ! おたくも相当にしつこいんで、使わせてもらうっすよ。出し惜しみはなしで!」
もう一丁の拳銃にも新たなる弾頭を装填し、引き金を矢継ぎ早に引いていた。
今度は冷却の嵐だ。凍り付いた《デビルフェイザー》の一部が剥離し、腐り落ちていく。相手は分子分解光線で追い込もうとするが、精密さを欠いた光線はどれもこれも明後日の方向を射抜くのみ。
「熱いのと冷たいの! どっちが好みっすか? ま、俺はどっちもパスっすけれどね!」
両方の弾頭を押し込み、二丁拳銃を交差させて銃撃網を浴びせる。
冷却と熱線が交互に《デビルフェイザー》の表皮を浸食し、その漆黒の表層に焼け落ちた部位が視界に入った。
今度こそ外さない、とツルギは誓い、とどめの弾頭を右手の拳銃に収める。
口づけ一つで拳銃を照準し、ツルギはその一撃のためにバイクを駆け抜けさせていた。
分子分解していく地表を突っ切り、その獣の雄叫びが世界を満たそうとする。
「最後の、一撃ィッ!」
ツルギの狙いは正確であった。正確無比に、《デビルフェイザー》の弱点を看破し、そしてその銃口は弱点を射抜くために突きつけられる。
引き金は、確実に絞られたかに思われた。
直後に空間を満たした刃の一閃がなければ。
バイクが寸断され、いななき声がそのまま断末魔へと変化する。投げ出される形であったツルギへと回避不能の一閃が叩き込まれていた。
吹き飛ばされ、身体が建築物に衝突する。粉塵が舞う中で、モノクルの紳士がこちらを睨んでいた。
その手には怪獣のモニュメントがある。
「アクセスコード、《バギラ》。間に合ったようですね」
振り仰いだ紳士は《デビルフェイザー》の眼差しが正気に返ったのを確認していた。ツルギは、その現実に歯噛みする。必死に身体を持ち上げて駆け抜けさせようとして、あ、と姿勢が崩れていた。
左足が根元から裂けている。
身体には無数の傷跡が至り、声を発しようとして代わりに激しくかっ血する。
「動かないほうがいい。もう勝負はついている」
「勝負……は、ついている、だぁ……。まだ、だ……」
切れ切れにツルギは拳銃を突き出そうとして、その腕が寸断された。
悲鳴が劈き、天地に轟く。
「やめておいたほうがいい。決定的な間違いを犯す前に」
「……間違いぃ……? そんなもん、今さら……っすよ……」
血反吐を吐き、ツルギは腰に提げた得物へと指をかける。《バギラ》の腕が地表を奔り、ツルギの抜刀した刃と干渉して火花を散らせたのも一瞬、均衡はすぐに破られた。
ツルギは再び地を這いつくばり、壁に激突する。
既に臓物のいくつかは破裂しただろう。
先ほどよりも大きく、今度は抗いようのない血反吐を吐いて、ツルギは息を切らしていた。
もう、時間は幾ばくもない。
――ならば使え、と声が生じる。
自分の内奥、封じたはずのモニュメントより声が迸る。
――使え。そうすれば死なずに済む。
「……冗談。使うくらいなら、死んだほうが……」
――勘違いをしているな。使わなければ全てが無為に帰すぞ。
甘い囁きにツルギは耳を貸しそうになる。
――思い出せ。どれほど恨んできた? どれほど憎んできた? これまでの全てが無駄になる。ここまで来た無駄。ここまで戦った無駄。ここまで追い込んだ無駄。ここまで追いすがった無駄。ここまで生き永らえた無駄。そして……ここで勝てたのだと、そう確信した、自身の展望への、無駄――。
「……うっ、せぇ……」
全てが無駄であろうと知った事か。そう跳ね返し、ツルギは身体を立たせようとして何度も膝を折る。
「無駄だ。もう立てるだけの脚もないじゃないか」
「……足の一本や二本、問題じゃ……ねぇっすよ。てめぇらに……軋らせられない俺が……一番……」
「言っておく。ここで慈悲を用いるつもりはないし、貴様を迴紫様の下まで生かしておく義理もない。ここで彼女が分子分解光線を撃てば一撃。それで全てが決する。……しかし、我輩は個人的に、惜しいとも感じる」
面を上げたツルギはモノクルの紳士の言葉を聞いていた。
「《シノビラー》に成れ。そうすれば少しは見込みがある。さぁ、成るんだ。変身しろ」
そうだ。ここで怪獣に還れば、自分にはまだ勝利の目があるかもしれない。ここで、怪獣に。ここで、怪獣に――戻る。
否、とツルギはその甘美なる誘惑を拒絶する。
――否! 断じて否のはず!
自分はそんな生易しい決着のためにここまで来たのか。違うはずだ。戦い抜き、迴紫の喉笛を掻っ切るまで、この命を燃やし尽くすのだと、そう信じたからこそ、この街に舞い戻った。ナイトウィザード殲滅のために、何もかもを犠牲にした。
「……お断り……っすね」
「そうか。何か言い残す事は?」
《デビルフェイザー》が口腔にエネルギーを充填する。直後には分子分解が成されるであろう。
この時、脳裏を過ったのはどうしてだか――居残してきたアノシラスの背中であった。振り返ってふふっと笑った少女に、ツルギは笑い返す。
それを相手は怪訝そうに問い詰めていた。
「死が怖くないのか」
「死ぃ……。怖いっすよ。震えるくらいに……。でも、それ以上に……。何にも成せず! 何にも出来ねぇ己が! ……全身が震えるくらいにゃ、悔しい……っすね」
「そうか。ではここで問答は終わるが、本当に言い残す言葉はないな?」
ツルギは精一杯の気力を振り絞り、中指を立てていた。
「クソッ、タレ……」
瞬間、放出された分子分解光線がツルギの身体をこの世に生まれ落ちる前まで還元し、この世にいた証明を何一つ残さず、消し去っていた。