GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯5‐5

 

 何か、誰かに呼ばれた気がして、朋枝は振り返る。

 

「お姉さん、早く」

 

 急かす声に気のせいだと一蹴して、朋枝はツルギより言いつけられていた通り、少女と合流していた。しかし、と仔細に観察すればするほど少女の姿は意味不明だ。

 

 緑色のフードに、黒髪の少し肌は浅黒い少女。

 

 自分の村にこんな少女はいなかった。ドクロ鉄道から来た別の区域の人間だろうか。

 

「あなた、ツルギって言っていた、あの人と……」

 

「うん? お兄さんとは浅からぬ仲」

 

 思わぬ返答をされまごつく朋枝に少女はこちらを指差す。

 

「お姉さんと、お兄さんも?」

 

 その質問にはどうしてだかふるふると首を横に振っていた。

 

「いや、あたしと那由多はそんな……」

 

「でも、フィクサービームで復活した区域まで行こうとしてるんでしょ? 変わってるよね」

 

「変わってる? でもだって、あそこには生きているかもしれない人達が――」

 

「いないよ? あそこには、何もいない。あれは再現しているだけ。生きていた頃の記録だよ。本物じゃない」

 

「本物……じゃない?」

 

 怪訝そうに面を上げたその時、吹き付ける風と共に朋枝は信じられない人影を、少女の赴く道すがらに見つけていた。

 

 まさか、と息を呑む。

 

「生きていたの……臾尓……」

 

 蒼い二つ結びの髪をなびかせ、臾尓は静かな面持ちでこちらを見据えていた。

 

 那由多を離し、ゆっくりと歩み寄る。その肩を引っ掴み、朋枝は問いかけていた。

 

「何があったの? フィクサービームで、那由多は一体、何をしてしまったの?」

 

 問わねばならない。あれが本物ではないと口にする少女の言葉を払拭するために。だが、臾尓は冷たい眼差しのまま応じていた。

 

「フィクサービーム。あれはこの世にあらざるものを呼び寄せた。ある意味では、迴紫が震撼するほどの。生者と死者を分けるこの世界に亀裂を走らせる、一筋の光。消えない夢……」

 

「答えになってない! 臾尓、あなたは本当は……何なの」

 

 どうしても知りたい。臾尓が何者で、どうして那由多が気を失った時のみ、自分の前に現れるのか。その答えを彼女は口にしかけて――代わりに漏れたのは鮮血であった。

 

 臾尓の心臓を射抜いたのは、不可視の刃である。朋枝は思わずその肩から手を離していた。

 

 少女が前に駆け出る。

 

「誰かいるね。誰?」

 

「おかしいですね。逃がしたと思ったらこんなところにいるなんて。いずれにせよ、コアユニットは確保せよ、とのお達しです。迴紫様の機嫌を損ねたくないので……」

 

 先ほど聞いた声の主と同じ。しかし、やはりと言うべきか姿は見えない。

 

「グリッドマン。気を失っている今が、好機ですかね。禍根は摘み取っておきましょう」

 

 不可視の何かが那由多へと迫ろうとする。

 

 朋枝が手を伸ばすが間に合わない。全てが致命的に思えた、その時であった。

 

「――させない」

 

 不意に舞い降りたのは巨大なる足であった。茶褐色のそれが不可視の相手を踏みしだく。

 

 前に出ていた少女が首にかけていたヘッドフォンを差し出し、そこから音を漏らしていた。

 

 その音に呼応し、敵を踏み締める何かが音階を発する。

 

 そう、鳴き声ではなく音階なのだ。

 

 朋枝が絶句していると、少女は言葉を紡ぎ出した。

 

「音楽にはね、目には見えないけれど、音の精霊が隠れていてね。そしていつも演奏する人の心を見てるんだ。……お兄さんに約束したし、私は一度約束した事は守るよ。それがうちの家訓だから」

 

「あなたは……」

 

 息を呑んだ朋枝に少女は振り返り、へへっと照れくさそうに笑う。

 

「私、怪獣だよ?」

 

「怪獣……。ナイトウィザードと……」

 

「ううん。本質的に違うかな。でも、怪獣。今、先代を呼び出してちょっとお仕置きしてもらっているだけ。ちょっと手伝ってもらっているだけだから、すぐ終わるよ」

 

 ヘッドフォンから紡がれる音楽が激しく音階を掻き鳴らす。

 

 不可視のそれが圧死寸前にまで追い込まれたのが見えないなりに窺えた。

 

「……こうなれば。アクセスコード、《ステルガン》!」

 

 その瞬間、膨れ上がったのは敵意。その敵意を身に宿した爬虫類型の怪獣が屹立する茶褐色の怪獣と対峙していた。

 

 直後には、相手は景色に溶ける。

 

「また消えて……!」

 

「させない。音のフィールドを展開する」

 

 音階を発する怪獣が周囲を極彩色に染め上げた。音が実体を持ち、それぞれの色相を変位させ空間に色を与えているのだ。思わぬ攻撃に景色に溶け切らない敵怪獣が炙り出される。

 

「今なら、グリッドマンで倒せるんじゃない?」

 

 その問いかけに朋枝は絶句していた。

 

「……あなたは何……」

 

「だから、怪獣だよ? アノシラス・モントレーション=リリィ・トリシューラ三世。長いからアノシラスでもリリィでもいいよ」

 

 アノシラスと名乗った少女は不思議そうに首を傾げる。朋枝は倒れ伏した臾尓の肩に触れていた。

 

 僅かに反応し、臾尓はこちらを仰ぐ。

 

「……死なないで、臾尓。あなたは、こんなところで……」

 

「大、丈夫……。私は、死なない。少し接続が切れるだけだから。私の入力が断線すれば、那由多は起きる。どうか、彼に……彼を導いて欲しい」

 

 臾尓の望みに朋枝は頭を振っていた。

 

「……でもあなたに死んで欲しくない」

 

 発露した言葉に臾尓は寂しげに微笑む。

 

「死なない……と言っても信じてもらえないだろうけれど。このユニットを排除し、接続を緩めるだけ。死ぬわけじゃない。トモエ、那由多にはあなたが必要。お願いだから、最後まで……」

 

 言葉が途切れ、臾尓の身体がブロックノイズに包まれる。直後には、臾尓の姿は分散していた。そこにあった、という証明すらなく。

 

「臾尓……」

 

「……あれは、怪獣か」

 

 その声に朋枝は振り返る。那由多が立ち上がり、銃口を天上に向けていた。

 

「駄目っ! 茶褐色のほうが敵じゃない!」

 

「敵じゃない……? では……あちらが敵か」

 

 極彩色の景色の中で何度も行動を阻害されている《ステルガン》に那由多は照準し、高重力波砲撃を浴びせかける。赤い光軸が《ステルガン》に突き刺さり、敵怪獣が吼え立てた。

 

「ねぇ、グリッドマンのお兄さん。とっとと変身して終わらせてよ。そのほうがいいに決まっているし」

 

 不躾な言葉に那由多が銃口をアノシラスに据える。朋枝はそれを制していた。

 

「彼女も敵じゃない」

 

「……何なんだ。オレの意識が閉じていた間に何が起こった?」

 

「説明は後。那由多、ここは逃げ切らないと」

 

 朋枝の言葉に那由多は《ステルガン》を睨む。

 

「……逃げる気はない。終わらせる」

 

 掲げたアクセプターに光が宿り、十字を描いて押し込んだ。

 

「アクセス・フラッシュ!」

 

 刹那、那由多の身体が光に包まれ、高層建築の質量を削って現れたのは蒼銀の巨人である。

 

「グリッドマン……」

 

 朋枝はただ祈っていた。この戦いが、何か不幸の遠因にならない事を願って。

 

 

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