GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯5‐6

 

《ステルガン》は何度も透明化の皮膜を練ろうとして、その度に茶褐色の怪獣、アノシラスに防がれているようであった。

 

 アノシラスは穏やかな瞳で音階を操り、《ステルガン》の勢いを削いでいく。

 

 敵ではない、と朋枝が言ったのはその通りなのだろう。敵対する意思のないアノシラスと肩を並べ、《サイファーグリッドマン》は構えていた。

 

《ステルガン》が吼え立て、翼を広げてこちらへと突撃する。《サイファーグリッドマン》はすれ違い様に光刃を発振させ、《ステルガン》の翼を引き裂いていた。

 

 悲鳴が迸り、《サイファーグリッドマン》はグラン・アクセプターで光輪をなぞって結界を張る。

 

 その結界を蹴破り、戦闘機形態へと移行した《サイファーグリッドマン》は《ステルガン》に追い縋っていた。

 

《ステルガン》は翼を拡張させ逃げおおせようとする。その背に追いつき、備え付けた重火力が火を噴く。《ステルガン》が舞い上がり、雲間を引き裂いて回避行動に入る。戦闘機形態で加速度をかけ、敵の頭上に至ると同時に爆撃を用いていた。

 

《ステルガン》が吼えて急下降し、青錆びの街に墜落する。

 

 降下の勢いを借りて結界を張り直し、巨人の姿に舞い戻った《サイファーグリッドマン》は頭上より大剣を呼び出していた。

 

 そのまま大剣を担ぎ上げ、《ステルガン》に迫る。

 

(サイファーグリッド、キャリバーエンド!)

 

 こちらを振り仰いだ瞬間の《ステルガン》の鼻先に刀身が入り、地響きを立てて着地する。

 

《ステルガン》は一刀両断され、その身体は赤い光となって消し飛ばされていった。

 

《サイファーグリッドマン》は剣を払い、戻ろうとする。

 

 その瞬間であった。

 

「――へぇ、前よか戦い慣れたね、キミ。それとも、《アレクシス》との戦いは特別だった?」

 

 不意打ち気味に咲いた声に対応する前に、浮かび上がった自律兵装が光線を奔らせ《サイファーグリッドマン》に突き刺さろうとする。

 

 辛うじて大剣で受け止めるが、それでも刀身が刃こぼれしていた。

 

(貴様……迴紫!)

 

「覚えてもらって光栄だなぁ。こっちの放った刺客をこうも簡単にあしらわれちゃうとちょっと拍子抜けでもあるんだけれど、それも当然か。フィクサービームを顕現させたんだもんね。ねぇ、純粋にお願いがあるんだけれど」

 

(お願い、だと……)

 

「そっ。あのフィクサービーム、ボクにちょうだいよ」

 

 思わぬ交渉に《サイファーグリッドマン》はうろたえる。迴紫はちょっとした頼み事のようにはにかんだ。

 

「いやぁ、あれグリッドマン的には欲しい技なんだよね。だってボク、あらゆる技を継承したけれどあれだけは持ってないし。だからさ、くれない?」

 

(……せっかくだが、貴様に与えれば何を仕出かすか分からない)

 

「ええ、信用されてないなぁ……。じゃ、こうしよう! ボクにフィクサービームをくれたら、もうナイトウィザードを使ってキミらを追い込んだり、破壊行為を行ったりしない。こういうのはどう?」

 

 破格の条件である。だが、信用なるものか。《サイファーグリッドマン》は切っ先を突きつける。

 

(……信じられるものか。貴様は今まで、多くの命を摘んだはず!)

 

「それも誤解なんだよねぇ。あっ、そっか。中の人の記憶に依存しているから、グリッドマンに変身してもこの世界の事、分かんないんだ?」

 

 記憶、と口にされて《サイファーグリッドマン》は突きつけた刃を彷徨わせた。

 

(どういうつもりなんだ……)

 

「いや、だってさぁー。世界の事を知っているのなら、多くの命、なんて事言わないでしょ。何にも分かってないんだ? この世界の成り立ちとか、どこまでが世界でどこからがそうじゃないのかを。キミは、無知のまま戦ってきたんだ? グリッドマンの意志が怪獣の排除を最優先させるからなのか、それとも他の要因かは分からないけれど、でも、興味深いね。何にも知らないでフィクサービームを覚醒させ、そして新宿区画の一部を復活させた。それってさ、罪深いのってどっち? って話」

 

(惑わせるような事を……。わたしは、貴様の思い通りにはならない!)

 

「強がるなぁ。でも、それも想定内。邪魔な怪獣もいるし、二対二ならフェアでしょ? 本当はこの二体でさっさとフィクサービームを差し出すところまで追い込もうと思ったんだけれどね」

 

 迴紫が手を掲げる。

 

 それに呼応して、空間に呼び出されたのは二人の男女であった。

 

 それぞれ、赤い髪と青い髪をしている。

 

 その二人はモニュメントを手に掲げ、声を揃えた。

 

「「アクセスコード」」

 

(……まさか)

 

「ナイトウィザードを全員出すなんて、そんなの愚策だとは思っていたけれどボクも嘗めプはもうやめようかなってね。追い込んであげるよ! 新しいグリッドマンと中の人!」

 

「《フレムラー》!」

 

「《ブリザラー》!」

 

 言葉が紡ぎ出され、二体の怪獣が顕現する。赤い炎の怪獣と青い冷凍怪獣だ。炎の怪獣、《フレムラー》が獄炎を吐き出す。

 

 アノシラスを狙った攻撃に思わず《サイファーグリッドマン》は飛び出していた。

 

 大剣で受け止め、そのまま炎を掻っ切って肉薄しようとする。

 

 それを阻んだのは《ブリザラー》の凍結攻撃である。吹雪いた瞬間には、地面に足が縫い付けられている。

 

 硬直した身体へと《フレムラー》の剛腕が叩いていた。《サイファーグリッドマン》はそのまま突き飛ばされ、背筋を大地に打ち付ける。

 

「悪い事は言わないよ。この二人は強いから、ボクの直属の側近にしてあるんだ。だからその怪獣を守りながら勝とうなんて思わないほうがいい。じゃないと、手痛い打撃を受けるのはキミだよ?」

 

 迴紫の声に《サイファーグリッドマン》は大剣を杖代わりに身体を持ち上げる。しかしその時には《ブリザラー》の凍結術が四肢と関節を狙い澄ましていた。

 

 凍てついた身体が動きを鈍らせる。その隙を逃さず、《フレムラー》が炎を纏いつかせた拳で叩き据えていた。

 

 二重の攻撃網に《サイファーグリッドマン》は成す術もない。

 

(……このままでは)

 

「ね? 無理でしょ? だからさー、さっさとフィクサービームを渡してよ。そうじゃないと不利なのは分かるでしょ?」

 

《サイファーグリッドマン》は《フレムラー》と《ブリザラー》の多重攻撃にグラン・アクセプターで円弧を描き結界を破って重戦車形態へと変位していた。

 

 重戦車の火砲が《フレムラー》の表皮に突き刺さるが、《フレムラー》はまるで効いた様子もない。《ブリザラー》が割って入り、尻尾で重戦車の荷重を物ともせずに投げ飛ばす。落下する前に変位を解除し、《サイファーグリッドマン》は手甲を呼び出していた。

 

《フレムラー》の灼熱に耐え、《ブリザラー》の凍結術を持ち堪えさせる。

 

 直後、瞳を輝かせ、《サイファーグリッドマン》は右手に手甲を繋ぎ合わせていた。電磁を纏わせ合体した手甲がドリルを構築し、そのまま何倍にも巨大化する。

 

(サイファードリル……)

 

「無駄だよ。意味ないってば。やめときなって」

 

 その言葉を聞かず、自らを推進剤として《サイファーグリッドマン》はドリルを高速回転させた。

 

(ブレイク!)

 

 青い光を棚引かせた特攻攻撃はしかし、《フレムラー》がその膂力で防ぎ切る。削岩機の勢いで削り取ろうとしたが、《フレムラー》はなんと単純なパワーだけで押し返していた。

 

 完全に止められたのを関知した時点で、既に遅い。《フレムラー》が二の腕を膨れ上がらせ、直後にはドリルは砕かれていた。舞い散る鋼鉄を灼熱の呼気だけで蒸発させ、《フレムラー》は圧倒的な力の象徴として立ち塞がる。

 

 グラン・アクセプターより光刃を発し、切り裂かんとしたが、《ブリザラー》の凍結攻撃が《サイファーグリッドマン》の躯体より動きのキレを奪っていく。

 

《フレムラー》の鉄拳が鳩尾に食い込み、《ブリザラー》の冷気によって視界が白んでいく。

 

 完璧なコンビネーションに《サイファーグリッドマン》は膝を落としていた。

 

 呼吸が切れ切れになり、タイマーが点滅し始める。

 

「ね? もうやめよ? 絶対に勝てないんだからさ。それに、フィクサービームを渡すだけでいいんだよ? 破格の条件じゃん」

 

(……渡すわけにはいかない)

 

「そう。だったら、死んでもしょうがないよねぇ」

 

《フレムラー》と《ブリザラー》が接近しようとする。それを阻む手段もなし。

 

《サイファーグリッドマン》と内奥に収まる那由多は死を覚悟した。

 

 その時、音階が紡がれ、《フレムラー》の火炎放射を遮る。アノシラスの決死の防衛に《サイファーグリッドマン》は声にしていた。

 

(駄目だ……逃げろ!)

 

「逃がすわけないじゃん。《ブリザラー》」

 

 凍結攻撃がアノシラスの動きを鈍らせ、音階を消し去っていく。全身に炎を血潮として滾らせた《フレムラー》が接近し、アノシラスへと爪を軋らせる。

 

 アノシラスの表皮が赤く裂け、悲鳴が迸った。

 

(やめろ!)

 

「やめるわけないでしょ。どう? そろそろフィクサービームを渡す?」

 

 アノシラスの悲鳴が連鎖する。《サイファーグリッドマン》は苦渋の末の結論を発していた。

 

(……それでいいのならば)

 

「最初からそう言えばいいのに。譲渡方法だけれど、多分アクセプターの中に入っているから、アクセプターを破壊させてもらうね。そうすれば《ウィザードグリッドマン》で奪える」

 

 アクセプターの破壊。それが意味するところを理解出来ないわけがない。

 

(……それはわたしの死だ)

 

「何言ってんの? 最初から生かすつもりなんてあるわけないじゃん。ちょっと考えれば分かるでしょ。グリッドマンは二人も要らないんだよ?」

 

 この交渉も意味がなかったと言うわけか。《サイファーグリッドマン》は己の中に湧き上がる憤怒に光刃を奔らせていた。

 

 今さら意味がないのは分かっている。それでも、決死の抵抗の末に渡す結果となるのならばまだしも、こうして何もせずに諦めるのだけは看過出来ない。

 

 それだけは絶対に否のはずだ。

 

(グリッドライト……!)

 

「だから、遅いってば」

 

 赤い結晶体の自律兵装が直上より舞い降り、《サイファーグリッドマン》の四肢へと入る。ダメージが装甲に亀裂を走らせ、《サイファーグリッドマン》は呻いていた。

 

 敵わないと言うのか。

 

 迴紫に、何も届かないと言うのか。

 

 何も届かぬまま、勝てないまま終わるのならば。

 

 終わるしかないと言うのならば。

 

 ――深い絶望と煮え滾る怒りの中に、堕ちてしまえ。

 

 どこから響いたのか分からない声が《サイファーグリッドマン》の内奥に潜む那由多に、覚醒を促す。

 

 瞼を開いた刹那には、接近していた《ブリザラー》の腕に赤い線が入っていた。

 

《ブリザラー》の右腕の肘から先が断絶される。落ちた腕を踏みしだき、灼熱の一閃が《ブリザラー》の胸部を引き裂いていた。血潮が一瞬にして蒸発する。

 

 思わぬ一撃であったのだろう。

 

 迴紫は驚愕に塗り固められた面持ちで、口にする。

 

「……おかしいな。アクセプターは左手って決まっているはずなんだけれど」

 

 そう、その視野に捉えたのは、《サイファーグリッドマン》の右腕に顕現した赤いアクセプターである。

 

 煮え滾る憤怒の赤を宿したアクセプターより発せられた出力を増した光刃に、《ブリザラー》は凍結術で動きを鈍らせようとする。

 

 その攻撃を《サイファーグリッドマン》は関節部より放出された灼熱の怒気の息吹だけで消滅させていた。

 

 赤い怒りが《サイファーグリッドマン》の蒼に染み出し、赤色に染め上げていく。

 

 左腕の蒼いアクセプターが光を失い、やがて灰色となって朽ち果てた。

 

 今の《サイファーグリッドマン》を押し進めているのは、右腕の怒りに満ち溢れたアクセプターである。

 

 一歩踏み出す度に、赤い足跡より火炎が発せられた。

 

 煉獄の炎に、迴紫は二体を駆動させる。

 

「《フレムラー》、《ブリザラー》。ちょっとヤバいかも。さっさと拘束。急いで」

 

 迴紫の命令に踏み込もうとした二体の間を、瞬時に赤熱光が過ぎ去る。

 

 全ての現象が遅れを取ったかのように、《フレムラー》の首筋に切れ目が入り、《ブリザラー》の胴体に一閃が入っていた。

 

《フレムラー》が首を刈られ、《ブリザラー》が胴体を割られる。

 

 一瞬でついた決着に迴紫は瞠目しているようであった。

 

《サイファーグリッドマン》は赤い憎しみの光を引き連れ、光刃を払う。

 

 迴紫が咄嗟に防御皮膜を張り、それを防いだが出力の上がった刃に彼女は歯噛みしていた。

 

「……それ、何? 闇堕ちしたって事? だったら、ボクの言う事を聞いてよ」

 

《サイファーグリッドマン》は応じず、深淵なる憤怒のアクセプター――ハザード・アクセプターで円弧を描く。結界を突き破り、戦闘機形態に変じた《サイファーグリッドマン》の勢いに迴紫は舌打ちを漏らしていた。

 

「やるしかないって事じゃん……! アクセス・フラッーシュ!」

 

 刹那には赤銅の光に包まれた迴紫が《ウィザードグリッドマン》へと変身し、杖を払って《サイファーグリッドマン》を退けさせる。

 

 距離を稼ぎ、《ウィザードグリッドマン》は結晶体の自律兵装を飛ばしていた。

 

 それぞれが幾何学の軌道で迫り、光条を発する。《ウィザードグリッドマン》の破壊光線に《サイファーグリッドマン》が行ったのは、ただ右腕の刃を薙ぎ払ったのみ。

 

 それだけで震えた大気が結晶体を砕けさせ、憤怒のエネルギーが《ウィザードグリッドマン》を震えさせていた。

 

(何これ……。ボクが震えるなんて……嘘でしょ!)

 

 杖を払い、無数の結界を生み出した《ウィザードグリッドマン》はそれぞれの結界を突き破らせて同時に変位形態を使役する。

 

 戦闘機形態と重戦車形態が天と地より《サイファーグリッドマン》を破壊せんと迫ったが、《サイファーグリッドマン》は腕を交差し、右腕のハザード・アクセプターを突き上げていた。

 

(グリッドハザードビーム)

 

 その声に導かれ、赤い光線が放たれていた。

 

 絶望と怒りの必殺光線が二機の使役形態を粉砕し、《ウィザードグリッドマン》に防御壁を張らせる。それでも、皮膜を打ち破りかねない勢いに《ウィザードグリッドマン》が吼えていた。

 

(こんなの……無理ゲーじゃん。いきなり怒りで強くなるとかさぁ!)

 

《ウィザードグリッドマン》は弾き返すが、分散した光線の熱量は殺せず、高層建築物を粉砕する。

 

 そのうちのいくつかが降り注ぎ、直下の人々を押し潰した。

 

 復活させた、と思い込んでいた新宿区内の者達へも。

 

《サイファーグリッドマン》はその眼で、自身のフィクサービームが作用した地点に住まう人々が瓦礫の下敷きになるのを目にしていた。

 

 うろたえた《サイファーグリッドマン》に《ウィザードグリッドマン》は杖を払い、自律兵装をいくつか作り出す。

 

(チャンス! 今のうちにいただく!)

 

 空間を抜けた《ウィザードグリッドマン》の攻撃網に《サイファーグリッドマン》が気づいたその時には結晶体の一部が左腕のアクセプターに吸い付いていた。

 

(フィクサービームを引き出して、ボクの物にする! これで終わりだ!)

 

 その言葉に《サイファーグリッドマン》は吼え立てていた。

 

 内奥より放たれた怒りの具現たる咆哮が《ウィザードグリッドマン》の手を全て押し潰していく。まさか吼えただけで破壊されるとは思っても見なかったのだろう。硬直する《ウィザードグリッドマン》に、《サイファーグリッドマン》が光速に至り肉薄する。

 

 ハッと相手が気づいたその時には、右腕より発した光刃が《ウィザードグリッドマン》の杖と干渉していた。火花が散る中で、迴紫が声を張る。

 

(そんな風になってさ! だったら何も守れやしないよね! もう、在るべき形も忘れたんだもん! だからこれは、ボクなりのケリの付け方だ!)

 

 自律兵装の一つが復活し、結晶体が《サイファーグリッドマン》の関知網を抜ける。

 

 その抜けた先にいたのは、朋枝達であった。

 

《サイファーグリッドマン》が手を伸ばす。だが、間に合わない。

 

 放たれた光条が砂礫を吹き飛ばし、次の瞬間、朋枝の姿は炎の中に消え失せていた。

 

(「トモエ!」)

 

 僅かに残った那由多の意識が叫ぶ。しかし、煙を上げる地点には命の一欠けらも感じられない。

 

 ――守れなかった。

 

 その意識が深層を満たした瞬間、赤いアクセプターより伸びた怒りの血潮が全身に至る。頭部を浸食し、激痛に呻く《サイファーグリッドマン》へと、《ウィザードグリッドマン》は自律兵装をいくつか吸着させていた。

 

 ハザード・アクセプターに取り付かせ、その憎悪と怒りを増幅させる。

 

 身を焼きかねない怒りの波に那由多の意識が大きく揺さぶられた。《サイファーグリッドマン》を構成していたエネルギーが流転し、次の瞬間には色相が変異していた。

 

 蒼と銀が完全に消え失せ、赤と黒の姿へと堕ちていく。

 

 紅蓮の赤を棚引かせる《サイファーグリッドマン》へと、《ウィザードグリッドマン》が手を開いていた。

 

 それに呼応し、《サイファーグリッドマン》は立ち上がる。

 

(怒りで我を忘れたみたいだね。でも、好都合だ。奪うよりかはこっちのほうがいいかもしれない。歓迎するよ、我らナイトウィザードに。最強の刺客として。ねぇ――罪なる巨人、《サイファーグリッドマンシン》)

 

 罪の名前を与えられた巨人、《サイファーグリッドマンシン》は満身より吼え、世界を赤く満たしていた。

 

 全身より迸った怨嗟と憎悪の赤い光が線を描き、世界に浸食する。

 

 高層建築物が位相を変え、青く煙る世界が罪なる赤に上塗りされていく。

 

《ウィザードグリッドマン》は哄笑を上げていた。

 

(これより始めようか! 本当の支配を!)

 

 赤い地獄の光はその前奏曲のように、朽ちた世界を闇へと組み換えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エラー。反証済みです。個体識別を確認。当個体への保護を停止いたします』

 

 その電子音声が響き渡り、キャノピーが上がっていた。重い瞼を薄く開き、滅菌されたような白い天井が視野に入る。

 

 どこか、光を受信する事さえも久しいような気がして、身を起き上がらせていた。

 

「ここは……」

 

 声も掠れてしまっている。疼痛に頭を押さえ、自身の記憶を反芻していた。

 

「そうだ、あたし……。迴紫の攻撃で……死んだ?」

 

 そう、迴紫の放った自律兵装の攻撃に抱かれ――朋枝は死んだはずであった。ならば、ここは死後の世界であろうか。

 

 それにしては淡白で、無機質であった。

 

 カプセル型のベッドより身を起こした朋枝は他にも似たようなカプセルが並び立っているのを目にする。

 

 ここが死後の世界であるのならば、天国か地獄か……。判じる術を持たないでいると、扉が開き人影が入ってきていた。

 

 その人物に朋枝は息を呑む。

 

「……臾尓?」

 

 しかし、自分の記憶にある臾尓とは少し違う。面持ちも背丈も少女のものではなかった。まるで何年か成長した姿のようだ。臾尓に似た女性はこちらを見やるなり、やはり、と口にしていた。

 

「こちら側に来てしまった。……予期せぬ事態ではないけれど、それでも。あってはならない事の一つではある」

 

「何を言って……。臾尓、なのよね……?」

 

「それも語弊がある。今は、ついて来て。あなたに教える」

 

「待って……臾尓……。足が……」

 

 そう、足に力がまるで入らない。歩く事さえも忘れてしまったように。彼女が目配せすると、数人の人影が入ってきていた。否、ヒトではない。

 

「ロボット……?」

 

「作業用のアンドロイド。大丈夫、危害は加えない」

 

 アンドロイドに支えられ、朋枝はようやく臾尓に似た女性の背に続いていた。彼女は一瞥を寄越し、そして声にする。

 

「……トモエ。何が起こっているのかは分からないとは思うけれど、一つだけハッキリした事を言っておく。あなたは死んでいないし、それにここは天国でも地獄でもない。この場所こそが――現実よ」

 

 想定外の言葉に異論を挟もうとすると、アンドロイドの一体が事務的に報告する。

 

『所長。セクター内で異常な反応を確認。《サイファーグリッドマン》に《ウィザードグリッドマン》はウイルスを侵入させ、操っています。現在、モニター班より入電。すぐに管制室に、と』

 

「承った。トモエ、あなたも来て。これから先、どれだけ非情なる事実が待っていようとも、忘れないで。あそこであった事は嘘じゃないけれど、でも虚飾だった。そして、迴紫の本当の目的を。彼女は何故、《ウィザードグリッドマン》として君臨し続けるのかを」

 

 臾尓に似た女性の宣告に、朋枝は天国でも地獄でもない場所でただ、惑うのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【透明怪獣《ステルガン》】

【火炎怪獣《フレムラー》】

【冷凍怪獣《ブリザラー》】

【災厄超人《サイファーグリッドマンシン》】登場

 

 

 

 

 

第五話 了

 


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