GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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第六章 CODE: Veritas
♯6‐1


 

 自身の内奥で声がする。

 

 いくつかの声が弾け、消えてゆき、そしてまた色彩のない世界の中で咲いていく。

 

 それらが脳を掠める度に、己が何者なのか、どうしてここにいるのかを問い返す。

 

 ここは――灰色でそして何もない。何もない虚無だ。影の中に自分と言う一個人がある。その自分を持て余し、こうして記憶の只中で漂っているのだ。

 

 何が存在し、何が消え、何が生まれるのか。

 

 何も分からないままで終わると言うのか。

 

 ――違うさ。

 

 その声に振り返る。相手は光に包まれた人型であった。自分は掠れた喉から声を搾る。

 

「……お前は……いや、オレは誰なんだ」

 

 結局はその疑念に行き着くのだ。どうしたところで逃げ切れない無限回廊。疑問は尽きないばかりか、新たな疑念が胸の中で渦巻く。

 

 ――君は君だ。思い出せないのかい?

 

 首肯し、頭を抱えていた。

 

「オレは……何なんだ」

 

 瞬間、世界が色相を変えていた。浮かび上がるのはこれまでの戦いである。怪獣を相手に、蒼銀の巨人――《サイファーグリッドマン》が討ち手となって敵を葬っていく。

 

 それが正しいのだと、自分は思い込んでいた。そう思いたかった。正しい事を成し、正しい事に生きているのだと。

 

 白と黒ならば明らかに白の側にいるのだと。

 

 だが、違ったらしい。

 

 景色は炎に焼き尽くされる。

 

 視界に入ったのは紅蓮の炎の前に焼け落ちる世界だ。青錆びの朽ちた高層建築へと延焼し、炎が災厄の赤が世界を覆う。

 

 こんな世界、こんな結果が、自分の行き着く先だと言うのか。

 

 こんな事のために、《サイファーグリッドマン》に変身して戦ってきたと言うのか。

 

 自分の似姿が街を破壊し、蹂躙の渦に巻き込む。

 

 吼え立てた災禍の赤い巨人が全身から怒りの血潮を滾らせていた。大地に走った電線に引火し、炎はさらに勢いを増す。

 

 このままでは世界が焼け落ち、煉獄の中に堕ちてしまう。

 

「……やめろ。やめさせてくれ」

 

 ――どうしてだい? 彼は君じゃないか。

 

「違う。オレは……グリッドマンじゃ……」

 

 ――いいや。このためだったんだ。君はこうなるために、わたしの身体を借りていたのだからね。

 

 その声の主にようやく思いが至る。

 

 そうだ、この声の主は――。

 

「オレを、幾度となく導いてきた……蒼銀の……。《サイファーグリッドマン》……」

 

 そう、この声は《サイファーグリッドマン》本人の声のはず。だが、相手はどこか結論を先延ばしにしているようであった。

 

 ――そうとも言えるし、そうでないとも言える。わたしは確かに、君が変身する《サイファーグリッドマン》の人格と同じだが、見ているものが違ってね。

 

「見ているもの……。お前は、何なんだ」

 

 瞬間、光の人影より逆光が消え失せ、現れたのは自分と同じ顔の青年であった。

 

 ただし、相手は白衣を纏っている。ボロボロの外套を纏っている自分とはまるで正反対であった。

 

「……お前は……オレ、なのか」

 

「ああ、その通りさ。君自身だ。君が忘れてしまった、己自身の声と名前を継承する者」

 

 その誘引に覚えずアレクシスの口走っていた名前を紡ぐ。

 

「シキシマ……バンリ……」

 

「知っているじゃないか。そうだとも、わたしは《サイファーグリッドマン》であり、そして君自身。君の忘れた己の真名。敷島万里だ」

 

 そう名乗った敷島万里に自分は頭を振る。

 

「分からない……。じゃあオレは何なんだ」

 

「那由多……と言う名前を仮に与えられた、わたしの仮初の存在だろう。わたしの主人格は君の心と記憶の奥深くに眠っていた。もちろん、揺籃の時を多く過ごしてね。君の覚醒は《サイファーグリッドマン》と最適化してからだ。あの時より、わたしの人格が主人格として現れるべきカウントダウンが始まった。だが……想定よりもかなり時間を要したとも。君の目覚めにはナイトウィザードとの戦いが大きく関与したからね」

 

「……ナイトウィザードとの戦いは、仕組まれていたのか」

 

「語弊があるな、那由多。わたしは彼らを倒せればよし、倒せないのならばそれでもいいと考えていた。まぁ《サイファーグリッドマン》の考えは違ったようだがね。彼はわたしであってわたしではない」

 

 意味が分からず、那由多は問い返していた。

 

「《サイファーグリッドマン》じゃ、ないのか」

 

「彼はグリッドマンだ。間違いなく、それは正しいであろう。グリッドマンとは……」

 

 その言葉に導かれるように焼け落ちた世界より映像が浮かび上がった。赤い体躯の巨人が数多の怪獣を蹴散らし、世界に平定をもたらしている。

 

 その姿はまさしく自分の変身する《サイファーグリッドマン》と似ているようで異なっていた。

 

「……これが、グリッドマン……」

 

「そう、本来は彼のみをグリッドマンと呼ぶはずであった。……遥か過去の話だ。ハイパーワールドより来たりしグリッドマンはたった一人であった。たった一人で、あらゆる世界を巡り、そしてあらゆる世界に平穏と安寧をもたらしてきた。だが、グリッドマンも一代ではどうしようもない。彼は一代で出来る全てを全うした後に、コンピュータワールドに自らの種子をばら撒いた。それは、希望を感じての行動であったに違いない。グリッドマンを、人類は量産し、そして各々の世界の守り手として確立させた。それが……もう何百年か昔の話だろう。グリッドマンは複雑な系統樹を辿り、そしてそれぞれの世界で守護神として扱われた。人間一人一人がグリッドマンを持つ時代の到来だ。彼らはアクセプターを手にし、アクセス・フラッシュを可能とした。……だが、ひずみが生まれた。誰もが等しく力を行使する時代の終焉だ。コンピュータワールドの守り手であったグリッドマンがその個人の死と共に無数に死に絶えた。人間と寿命を異にするはずのグリッドマンに、人間の尺度をあてはめた弊害だろう。多くのグリッドマンは短命に終わり、そして死に絶えて行った。アクセプターはその名残。人類は、もうグリッドマンを使って平和を作る事に疲れてしまった。だから、混沌が望まれた」

 

 怪獣の時代の到来。無数の怪獣の映像が像を結んでは消えて行く。怪獣はグリッドマンに比べれば無数のバリエーションが生まれ、そしてそれぞれが干渉する事もなかった。

 

「……ナイトウィザードの使う怪獣は、この時の……」

 

「正確にはもっと時代の下った後の話だが、間違ってはいない。アバターズクリーチャー――現事項における怪獣の誕生であった。グリッドマンに代わって怪獣が個人の守護者となり、グリッドマンはそれに負けて、退廃を極めていった。そう、もうグリッドマンは必要なくなってしまったんだ。種子は絶え、グリッドマンの系統樹はバラバラに成り果てた。もうグリッドマンを継承する人間は怪獣に比べれば全盛期の千分の一まで減り、数少ないグリッドマンの継承者達は、それぞれ管理権限を与えられ、人間の進化の礎となった。それが、管理権限プログラムとしてのグリッドマンの誕生だ。皮肉な事に怪獣が跳梁跋扈する世界を守るため、グリッドマンは配された。人類には怪獣になる選択肢は無数にあったが、グリッドマンに成れるのはほんの一握り。その彼らも、じわじわと数を減らしていった。グリッドマンの持ち得る情報と人間の情報量が釣り合わないんだ。グリッドマンは次々と消え、そして生まれたのは、怪獣しかいない世界。朽ちた街並みと青錆びの崩壊領域」

 

 まさか、と那由多は目を戦慄かせる。

 

「あの世界は……グリッドマンの見捨てた世界だったと言うのか」

 

 自分と同じ相貌の敷島万里は静かに頷く。

 

「グリッドマンはもう人間の手に負えない、彼らは純粋にシステムを保護するために生み出された、ただの管理者。名もない守護神。形だけの超人であった。だが、大きな過度期が訪れた。まさしくシンギュラリティと呼ぶに相応しい。ただのシステムに過ぎないグリッドマンの一つが、生命体としての意思を持ったのだ。それが、彼女であった」

 

 映し出されたのはこちらに笑顔を向ける、紫色の髪の少女。名は、無論知っている。

 

「……迴紫」

 

「そう名乗っているが、彼女には名がない。元々はグリッドマンを制御するためだけのシステム人格であった。だが、どういう事かシステム人格とグリッドマンが併合……いいや、この場合は融合と呼ぶべきか。融合を果たした二人であり一人はこの制御領域を管轄するグリッドマンと戦った」

 

 白銀にV字の眼窩を持つグリッドマンと、赤銅の《ウィザードグリッドマン》が激しく戦いを繰り広げる。その戦いの結果は推し量れるものであった。

 

《ウィザードグリッドマン》に胸元を貫かれ、管理権限のグリッドマンが消滅する。

 

「……迴紫が、管理するはずのグリッドマンを倒してしまった……」

 

「そう。彼女の自我が、管理者であるグリッドマンを上回った。そして自我を持つ《ウィザードグリッドマン》である彼女は怪獣の中でも特別な力を持つ者達を率いて、この管理区域――通称、セクターを支配するようになった。ここから先は、君も知っているはずだ」

 

 荒廃した管理世界を、自分は当て所なく彷徨っていた。朋枝と出会うまでは。

 

「……怪獣が跳梁跋扈し、人類を……抑圧していた」

 

「少し違うんだが、その認識でも構わない。ナイトウィザードは現行人類を支配し、抑圧し、そして自らの存在の盤石さを物語っていたが、ここで一つの弊害が現れる。いや、弊害と言うよりもこれはある意味では僥倖か。彼の者に対面すべくして、管理権限プログラムは新たなる守護者の再臨を求めた。それが君と、そして《サイファーグリッドマン》だ。君達は迴紫に支配されたこのセクターを取り戻すために、管理者達が生み出した自己進化型のAI……自己認証する継承型のプログラムだ」

 

 

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