GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
思わぬ自分の正体に那由多は息を呑む。自分の本来の姿は、管理者のただの歯車だと言うのか。
「……ではオレは……オレの記憶は……」
「そんなものは最初から存在しない。いいや、言い得るのならば、君の基本人格となった人間は存在したがね」
敷島万里はフッと笑みを浮かべる。まさか、と那由多は後ずさっていた。
「そうだとも。わたしだ。わたしの人格を基に、君は製造された。このわたし、敷島万里こそが君であり、そして君こそがわたしであるのだ」
想定外の現実に那由多は頭を抱える。信じない、と奥歯を噛み締める那由多に、敷島万里は非情なる宣告を行う。
「残念ながら、全て事実なのだよ。わたしがいなければ君は存在せず、そして使命にも目覚めなかった。わたしは、管理者としての権限を与えられ、《サイファーグリッドマン》と一体化していた。ほとんど人格としての役割は《サイファーグリッドマン》に取られていたが、時折、外側に現れる事があった。その結果が最適化だ。あれはわたしのためにも必要だった。外面上はグリッドマンとしての力を引き出すための儀式だが、実際にはわたしの人格を明瞭化させ、実体化までさせるために必要な措置だった。皮肉かもしれないが、グリッドマンとして強くなればなるほどに、君はわたしを偏在化させざる得なかったのだ」
「そんな事……。じゃあ、オレは……。オレの意思は……」
敷島万里は残念そうに頭を振る。
「そんなものは存在しない。分からないのか。那由多、という人格は仮であり、そして必要ではあったがもう要らないんだ。ここで消えても何ら問題はない。わたしは、《サイファーグリッドマン》の殻を破り、こうして実体化出来たのだからね」
再び燃え盛る世界へと映像が移り変る。那由多は膝を折り呻いていた。
「こんな世界を……。オレは……敗北したのか? 迴紫と……オレ自身の中にあったお前に……!」
「そう急くなよ。敗北じゃない。至るべき道筋を辿って、君は正解に辿り着いたのだ。ここが打ち止めだ。那由多としての人格の打ち止めであり、そして主人格であった《サイファーグリッドマン》は消える運命だった。わたしの操るこの身体と、《サイファーグリッドマンシン》こそが、本当の姿なのだ。見るがいい! 焼け落ちる世界を! 朽ち果てた街並みを破壊し尽くす邪悪の化身を! これが君だ! そしてわたしでもある。わたしの名前は敷島万里! 《サイファーグリッドマンシン》の、変身者だ!」
高笑いを上げる敷島万里に那由多は外套より拳銃を取り出していた。敷島万里は笑い声を止めて、不意に冷酷な眼差しになる。
那由多は苦渋の面持ちを作っていた。
「……何のつもりだね」
「お前を消せば、この災厄も止まる……」
「浅はかだな。わたしがそんな事で止まるようにこの計画を練っていたとでも? わたしを殺しても終わらんよ。いや、むしろ、そちらのほうがうまく行く。わたしは《サイファーグリッドマンシン》として、完全なる管理者人格を得るのだ。今の君との共同人格は少しばかり邪魔でね。とてつもなく処理に時間がかかるんだ。だから、ここで一人が消えたほうがいいと言うのならば、消えるのはわたしじゃない」
歩み寄ってきた敷島万里は那由多の突きつけた銃口を自らの心臓に当てていた。那由多が息を呑む。
「――死ぬのは君だ。那由多。仮人格である君が完全に消滅すれば、《サイファーグリッドマンシン》は完全となる。このわたし! 敷島万里の思惑通りにね!」
引き金を絞ろうとして、那由多は躊躇っていた。ここは自分の心象世界。ここでの死はともすれば逆転されるかもしれない。自分の死が敷島万里の死でもある。その逆も然り。
敷島万里はここでの消滅に恐れていない。否、ここで消滅してこそ、《サイファーグリッドマンシン》が完成するとまで言っている。自分は、ここで消えれば完全なる消滅を辿るであろう。敷島万里のように次の手を持っているわけでもない。
そう、詰みはもう自分のほうなのだ。敷島万里の完全なる計画を止める手立てはなく、自分はこれまで彼の赴くがままに、全てを進めてきた。ナイトウィザードの操る怪獣を駆逐し、この世界にとって住みよい方向へ、よい未来を期待しての戦いは、ここに来て裏切られた。自分は結局、たった一人の男の掌の上であったのだ。
敷島万里。この男の目論見から、自分は一ミリとて離れていない。《サイファーグリッドマン》に成った事も、戦ってきた事も、迴紫に敵意を剥き出しにした事も全て。そう、全てなのだ。
自分の意志で掴み取ったのだと思い込んでいた事実は全て、彼の思惑通りであった。彼の想定を離れた事など一つもしていない。
自分は、ただの操り人形。出来の悪いマリオネット――。
「そう悲観するなよ、那由多。案外、君はよくやってきたさ。ここに来るまで死なずに済んだ。君の戦闘能力や、人格適性も加味しての選択は間違いではなかったのだと証明してくれたのだからね」
彼が選んだがゆえに自分はグリッドマンであったと言うのか。そんな事実――。
「オレは、オレだからやったんだ。そうじゃないと言うのか」
「誤解するなと言っているだろう。わたしは、君の適性条件を買ったんだ。君でなければ不可能であっただろうし、君でなければここまで戦い抜けなかっただろう。そう、わたしは感謝してるのだよ。那由多、と言う存在にね」
「だが、それはお前の想定通りの計画を実行するための、ただの傀儡人格だろうに!」
拳銃を突きつけながらもどうしても引き金が引けない。ここで自分が撃ったところで、敷島万里にとっての不利は何一つない。
この怒りも、悲しみも、行き場のない悔しさでさえも……敷島万里の作り出した感情。彼の計算式通りの、人格のエラー。
彼は頭を振り、声音に穏やかさを交えた。
「間違ってはいない。だが、不都合はあるのか? 那由多。君は傀儡人格であった。では何か、不都合が? ないはずだ。わたしは君の人格を統合し、完全なる《サイファーグリッドマンシン》として、この世界を滅ぼす。そして、この世界だけではない、別のセクターにも侵入し、また破壊を行おう」
「……間違っているはずだ。グリッドマンの理念に反している!」
「わたしが今しがた教えた程度の知識でよく吼える。確かにグリッドマンは守護神だ。しかしそれは、かつての栄光。かつての時代の模範だろう。今の時代を切り拓くのに、過去の時代の規定をあてはめるのは間違いだ。わたしは迴紫の存在でさえも、新時代の幕開けだと思っている」
「違う! 迴紫は破壊者だ!」
「そう……そうかもしれない。彼女はただの破壊者、プログラムのバグの可能性は大いにあり得る。ならば、なおの事ではないか?」
「なおの事……だと……」
絶句する那由多に敷島万里は説き伏せる。
「システムのバグ程度が、かつての管理者を破壊し、新たなる秩序を生み出そうとしている。それは、進化だ。たとえバグであろうと、アラートに過ぎなくとも進化に違いない。ならばわたしは、より進化したほうにつく。既存の管理者ではなく、新たなる秩序に従おう。それが、人間の進化を促す、大いなる一歩のはずだ」
「詭弁だ! 貴様の言っている事は、破壊を是とするためだけの、詭弁に過ぎない!」
「破壊を是として何がいけない? 君は、まだ分かっていないようだね。人類の歴史はスクラップアンドビルドであった。これは間違いない。では、この歴史において、破壊は相応しくないか? それも違うはずだ。朽ちた新宿区。この景色に君は何を見出す? 漫然と過ぎていくだけの時間。朽ち果て、青錆びに塗れ、死に行くだけの老人のような景観に、何を見る? そんなものは穏やかなる死だ。惰弱の中に、希望を見るなど、それは進歩の足を止めているに等しい。進化したければ、学び、そして進め。それだけのはずだ。シンプルに考えるといい。そのために今ある荒廃の風景を破壊する。何がおかしい?」
違う、狂い果てているのだ。この敷島万里と言う男は。
破壊を是とし、荒廃を否とする。それはある意味では間違っていないのだろう。だが、壊されていく景色の中にも、人間は生きているはず。生き永らえていいはずなのだ。それを彼は否定する。ただ生きているだけならば、死んだほうがいいのだと。
「……そのような強者の理論、まかり通るものか。世界は強者だけで出来ているのではない!」
「朋枝、という少女の事かい?」
不意に図星を突かれて那由多は言葉を仕舞い込んでいた。敷島万里はほとほと呆れたとでも言うように肩を竦める。
「君は、ストイックな存在だと思っていた。そのようにウェットな考えは一切持たぬ、まるで機械のように精密に、そして正確なる存在だと。だが、あれに何を覚えた? 恋慕か? 親愛か? それとも、弱者は守られるべきと言う、庇護欲か? どれも単純なる欲求だ。どれもこれも、欲望の最果てに過ぎない。君は、そんな些末事にこだわる場合ではない。力を追い求め、迴紫を倒す、そうではないのか? それが出来ずに人形とままごとを続けるかい?」
「……トモエは、生きた人間だ」
「だが死んだ。そうであろう? 死んだのならば、もうそこには何もない。なら、どうして希望を振り翳す? ……那由多、もっと大人になるといい。人間は確かに一人では生きていけないが、君は一人ではないじゃないか。わたしがいる」
那由多は震えた指先のまま、膝を落としていた。銃口を下ろし何度も頭を振る。
「……オレは独りだ」
「君は一人じゃないさ。わたしと迴紫と共に、世界を破壊しよう。それが出来るのは君だけなんだ、那由多。《サイファーグリッドマンシン》として、わたし達は素晴らしい存在に成れる。さぁ、統合だ。わたしと君の人格を融合させ、本物の《サイファーグリッドマンシン》へと進化する。それが成せた時にこそ、福音は訪れるはずだ」
分からない。敷島万里の言っている事の何もかもが。彼は自分に何をさせたいのだ。何もかも失ってしまった、こんな小さな人間モドキに。
「オレには、立ち上がるべき信念も、信じるべき心もない……」
「それは経験則で補える代物だ。安心するといい。君が失ったと思っているものは、案外早く取り戻せるだろう。後の答えは一つだ。統合するか、それともこのまま拒み続け、人格消去の憂き目に遭うか。二つに一つさ。だが、後者は嫌だろう? 何も出来ないまま、ここでわたしという人格に溶かされて死ぬのだからね。それを実行するくらいならば、わたしも温情で迎えたい。君を、受け入れてやろうと言っているのだよ」
敷島万里と一つになれば、自分はこれ以上苦しまずに済むのだろうか。
《サイファーグリッドマンシン》として、破壊神として成り立ち、このまま既存の管理社会を破壊する。
そのためだけの、殺戮者となる。
正しいのはどちらだ。間違っているのはどちらなのだ。
もう、分からない。理解出来るだけのものは、掌を過ぎ去ってしまった。今までならば、朋枝を守ると言う信念だけで成り立っていた自分が、こうも容易く崩れ去る。
失ったままの自分に、生きていく価値はない。ならば、いっその事――。
那由多は自身のこめかみに銃口を当てていた。それを敷島万里は、なるほど、と得心する。
「それも、一つの選択だ」
敷島万里との統合は拒む。かと言って、このまま時が過ぎゆくままに待っている事も出来ない。
ならば、ここで自らの命の選択権は自分の手のまま、死に行くのが、当然の帰結。
那由多は焼け落ちていく世界を視野に入れていた。破壊衝動のままに赤い巨人が高層建築を薙ぎ倒していく。
これが自分、これがグリッドマンの答えだと言うのならば、もう諦観の末に結論は置こう。
自分は――間違えていた。
それだけの答えなのだ。