GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯1‐3

 何度か問いを重ねたが、それでも彼の正体は判然としなかった。

 

「どうして、ジャンクを?」

 

 あの場所に赴かなければ、那由多と名乗った青年も自分も、怪獣には遭遇しなかっただろう。

 

 那由多は外套のところかしこに留めたジャンク部品を眺めつつ、首を横に振っていた。

 

「……思い出せない」

 

「……じゃあ、何で怪獣を? あれが何なのかくらいは知っているんでしょ?」

 

「あれは……。怪獣だという事は分かるが、それ以上の事は分からない。オレも、自衛のために撃っただけだ。この銃も、どこで手に入れたのか思い出せない。使い方は分かるのに」

 

 どうにも虫食いの知識の様子だ。朋枝はうぅんと呻って、それじゃあ、と分かりそうな話題を振っていた。

 

 崩落した地下通路の下に位置する水脈から、村をひとまず目指そうとしている最中である。

 

「どこかから来たって言うのなら、ドクロ鉄道に乗ってきたの?」

 

「ドクロ鉄道……」

 

「あれよ」

 

 ドクロ鉄道は村々を繋ぐ交通網だ。断末魔の汽笛を上げて、銀色のドクロを車体に備えた高速特急である。

 

 那由多はそれを視野に入れたが、やがて頭を振っていた。

 

「思い出せないんだ」

 

「これは相当に重傷ねぇ……。ま、あたしも他人の事は言えないんだけれどさ。村に戻って、聖域に入れば、怪獣の追撃の心配はなくなるし、そこまでは、かな」

 

「オレなんかを連れて帰っていいのか? ……何者なのかも分からない」

 

「それはお互い様って言うか……さすがに命の恩人を見捨てられないよ」

 

 目線を逸らした朋枝に那由多は掌へと視線を落としていた。自分が何をやったのか、何が出来るのか本当に全て不明なのだろうか。

 

 そうだとすれば、あの一撃も。怪獣を退けるほどの出力を持つ武装も、何もかも分からないまま振るっているのか。

 

 だとすれば相当に――危険だ。

 

 だが村に招かなければもっと危ないであろう。何よりも、怪獣が現れたのは公然の事実のはず。その時に村にいなかった言い訳を自分一人では構築出来る気がしない。

 

 証人としても、彼は必要であった。

 

「お前も……ジャンクを集めているのか」

 

 リュックに詰め込んだジャンクを那由多は指差す。朋枝は、ああ、これね、とリュックを叩いた。

 

「今となっちゃ、ジャンクも使えるのと使えないのとあるけれど、使えるジャンクの見分けならあたし、負ける気はしないから。そういう審美眼だけはあるって言うか……」

 

「そうか。オレは……どうしてジャンクを集めているのだろう。それも分からない」

 

 分からない事だらけだ。だが、ハッキリしているのは一つだけ。

 

「助けてくれた……んだよね?」

 

 疑問形になってしまったのは、彼があまりにも頼りないからかもしれない。怪獣を迷いなく退けた引き金に比すれば、今の彼は何も持たずに彷徨い歩いている亡霊のようだ。

 

 実態を持たない存在に、何か価値を付与しなければ消えて行ってしまいそうである。彼は、そうなのか、と声にしていた。

 

「オレは……お前を助けたのか」

 

「そこも無自覚? 何だかなぁ……」

 

 自分の恩義が一方的のようではないか。朋枝は地下水脈の途切れを発見し、そこから村へと戻るルートを取っていた。

 

「……お前の言う、村と言うのは近いのか」

 

「そりゃあね。そんなに遠くまで行くなって言われているし」

 

「……だが怪獣が現れた」

 

「そこもあたしの失策。聖域を出たからでしょ」

 

「聖域……」

 

「まさか、聖域も知らないの?」

 

 そこまで無自覚な人間がいるはずもないという前提条件を、彼は容易く超えてきてしまう。

 

「……記憶にない」

 

「呆れた! 聖域って言うのは、村の中にいる僧侶が張ってくれている結界よ。その中には怪獣は来れないの。ま、正確には近づく事はないってだけだけれど」

 

「安全な場所なんだな」

 

「……そっ。だからそれを超えちゃったあたしは、大馬鹿者」

 

 きっとどやされるに違いない。憂鬱な気持ちを抱えていると、彼は不意に立ち止まっていた。

 

 自分の話が退屈であったのだろうか。彼は壁を凝視している。

 

 何があるのかと訝しんでいると、その懐より取り出されたのは先ほどの拳銃であった。

 

 迷いなく照準された銃口に朋枝は咄嗟に声を張る。

 

「何やってるの! 危ないじゃない!」

 

 先ほど怪獣にダメージを与えたほどの一撃を放たれれば、この通路そのものが砕けてしまう。だが彼は、どこか忌々しげに口走っていた。

 

「……またお前か。オレの行くところ行くところについて回る……。お前は、誰なんだ」

 

 睨む眼を注いでいるのは、壁のガラスに向けてであった。朋枝は那由多の腕に飛びつく。

 

「危ないってば! 何考えてるの?」

 

「……ヤツが追って来ている。ここにも、か」

 

 諦観を含んだ声音に、朋枝はガラスを覗き見るが、何もいない。自分と那由多が反射しているだけだ。

 

「……ねぇ、危ないクスリとか、やっているわけじゃ……」

 

 大いにあり得ると考えたが、押さえにかかった朋枝を一瞥し、那由多は銃を仕舞った。

 

「……ヤツからは何も得られない。オレが何者なのかも」

 

「その……もしかしたら村に戻れば手がかりがあるかも。さすがにすごく遠くから来るにしては、ちょっと込み入っているし……」

 

 最後のほうには自信がなかったが、遠方から訪れるにしては、自分達の村は小規模だ。そんな場所に危険人物が入ってくるメリットがない。

 

 やがて、朋枝の視野に入ったのは赤い光であった。光の壁が屹立し、村と外界を分けている。

 

「あれが……村か」

 

「うん。でも、案の定……」

 

 待ち構えている村人達の視線は険しい。彼らは怪獣が現れた事を知っているはず。そんな時に、外に出ていた愚か者である自分も。

 

 聖域に入るなり、飛び出してきたのは兄であった。

 

 朋枝を見つけた瞬間、怒声が飛ぶ。

 

「どれだけ心配したと思っているんだ! またジャンク拾いに出ていたのか!」

 

 首を縮こまらせ、朋枝は釈明する。

 

「だって、そろそろ底が見えていたじゃん。なくなる前に備蓄しないと、また困るし……」

 

「だからって、聖域から出ていい理由になるか! 新しい怪獣も出たって聞く。死ぬところだったんだぞ!」

 

 兄の言う事ももっともだ。彼は自分の左手首に無理やり機械を括りつける。

 

「アクセプターは持っておけ。そうじゃないと見失ってしまう」

 

「……でも、あたしはもう十六だよ? どうせ、あと一年もしないうちにアクセプターは要らなくなる。子ども扱いなんて……」

 

「そう言いたければ、もっと村の掟を守るんだな」

 

 ぐうの音も出ない。沈黙していると、兄は自分の後ろに佇む那由多に気づいたらしい。

 

 村人達が一斉に構える。とは言っても、武器らしい武器なんてない。ジャンクを組んだ槍で威嚇するが、那由多は危険性すら感じていないのか、ぼうっと眺めるのみであった。

 

「あんた……何者だ!」

 

 問い質す声に朋枝が割って入る。

 

「この人は……あたしを助けてくれたの。旅の人みたいで……聞いてみると事情がありそうなの。みんな、ちょっとだけ匿ってあげてくれない?」

 

 その提言に村人達が渋い顔をする。

 

「……素性の分からない人間なんて」

 

「でもっ! 助けてもらったんだし、恩義は返さないと! あたしの命の恩人なんだから!」

 

 その言葉に村人達は致し方なし、と言った具合に槍を下ろした。朋枝が一息つくと那由多が声にする。

 

「原始的な自衛武装だ。そんなもので、怪獣は殺せない」

 

 要らぬ事を、と思った瞬間には、村人達の糾弾が飛んだ。

 

「怪獣を……殺す? 何て野蛮な!」

 

「朋枝! こいつ、ひっ捕らえてみぐるみ剥がしたほうが――!」

 

「駄目だって! あたしの一生の頼み。この人には手を出さないで」

 

「だが……怪獣を、殺すだって? そんな事を言い出す奴なんて……」

 

「信用出来ないのは分かるから。あたしの顔に免じて、ちょっとだけ借り住まいをさせてあげて。別にずっと匿ってって言っているんじゃないから。彼も……旅の人みたいだし。助け合いでしょ?」

 

 諭すと村人達は殺気を仕舞い込み、やがて那由多から遠ざかった。

 

「……一晩の宿だけだ。それ以上は村人の頼みでも通らない」

 

「充分だから。那由多、こっちに来て。今、村の僧侶様が来るし」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、僧侶がこちらへと歩み寄ってきていた。僧衣に身を包んだ姿に村人達が傅く。

 

「僧侶様。聖域に乱れが」

 

「そのようですね。……彼は?」

 

「旅の人で、あたしの恩人です。僧侶様」

 

 全員が頭を垂れる中で、那由多だけが何もしなかった。朋枝は無理やり頭を下げさせる。

 

「あんたも!」

 

「変わった御仁ですね。しかし、何やら趣もある様子。ジャンクを集めているのですか」

 

「お前は……何だ」

 

「僧侶様に軽口を利いちゃ駄目でしょ!」

 

 叱り付けた朋枝に僧侶は笑う。

 

「これは、なかなかユニークな人だ。だが他の村からの旅人ならば、分からない話でもありません。聖域がない村は、ついぞ聞いた事はありませんが」

 

 僧侶は村人の差し出した錫杖を握り締め聖域の赤い壁の前でその錫杖を地面に突き刺す。

 

 紡いだのは聖域を補強するご高言であった。朋枝達はその言葉を反芻し、やがて僧侶が印を結んでから最後の言葉を口にする。

 

「――光あれ(アクセス・フラッシュ)」

 

 光あれ、と言葉が続く中、朋枝が那由多を窺う。

 

 途端、絶句していた。

 

 那由多の頬を、涙が伝っていたからだ。村人達の疑念を一身に浴びた那由多に朋枝が問いかける。

 

「ど……どうしたの、あんた……」

 

「どうした……? これは……何だ」

 

「泣いてるよ……。何で泣いているの?」

 

 その問いに那由多は頭を振る。

 

「分からない……。ただ今の言葉を聞いて……。オレは、何で泣いているんだ……」

 

 記憶がないのは事実なのだろうか。それとも、と考えたところで、僧侶が微笑みかける。

 

「わたしの詠唱が下手でしたか?」

 

「いえっ、そのような事は決して」

 

 代わりに応じた朋枝に那由多は心底、疑問のようであった。

 

「……オレは……何なんだ」

 

「……こっちが聞きたいわよ」

 

 静かに愚痴を漏らし、村人達が僧侶を見送ってから、兄が肘で突く。

 

「うちでは面倒見ないからな」

 

 ある程度予測出来ていたとは言え、朋枝は言い返していた。

 

「でも、あたしの恩人なのよ?」

 

「だからって、見ず知らずの男を招けるほどの場所もない。それに、余裕だって」

 

 それは、と口ごもる。自分がジャンク集めをしているのも、それに起因する。

 

「でも、何も言わないのも不義理だよ」

 

 朋枝は那由多へと言葉をかけていた。

 

「……ちょっと狭苦しいかもだけれど、この村で疲れを癒していって」

 

 精一杯の労いに那由多は疑問符を挟む。

 

「オレは……ここにいていいのか」

 

 その言葉には正確なものなど何一つ返せなかった。

 

 

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