GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯6‐5

 周囲の景色はほとんど塵芥に還った。炎が燃え盛り、灼熱が怒りとなって停滞の空間を薙ぎ払う。

 

《サイファーグリッドマンシン》の破壊に、《ウィザードグリッドマン》は変身を解き、迴紫の姿で声にしていた。

 

「よくやってくれるねー。これまでもそうだったのなら、もっと楽だったのに」

 

 相手は応じない。応じるだけの口も持たぬと言う事か。

 

「……ま、いいや。結果よければ全てよしってね。《サイファーグリッドマン》の力も手に入るし、それにこの新宿ともオサラバできる。……ボクはここの守護神だから、ボク一人じゃ離れられない。でも、充分過ぎる糸口をキミ達が作ってくれた。ナイトウィザードの破壊活動は現実にいる連中の目晦ましにはなっただろうし、それにみんなして民族大移動ってわけじゃない。大事の前に、小事はきっちりとこなすべきだ。新宿の崩壊は急務ではなかったけれど、それでもやるべき事ではあった。……本音ではナイトウィザードの誰かがやってくれればなぁ、程度だったけれどね。他ならぬキミがやってくれたんだ。これ以上の贅沢は、言っちゃいけないね」

 

 それに、と迴紫はアクセプターを掲げる。迸った赤銅の光は《サイファーグリッドマンシン》の左腕のアクセプターより情報を奪い取っていた。

 

「フィクサービームもこの手に。よくやってくれたよ、キミは。さて、それじゃ、そろそろ本題。こうして二人もグリッドマンがいるとさ、色々不都合なのは知っているよね? 先代を倒したのもそういう理由だし。で、どっちか倒れて譲るか、なんだけれど……」

 

 瞬間、迴紫は襲いかかる刃の渦を感知していた。身をかわし、彼女は振り返って相手を見据える。

 

「……へぇ。キミらが裏切るんだ?」

 

 視界に入ったのはモノクルの紳士と女であった。二人とも怪獣のモニュメントを手にこちらを見据えている。

 

「どういう了見なのか、一応聞いておくけれど?」

 

「……迴紫様。どうしてグリッドマンと手を組んだのです? あれは敵のはずでしょう」

 

「うん。まー、でも敵と言っても利用価値があればねぇ。別に殺す理由なんてないでしょ? それとも、敵は徹底的に潰さないと気が済まないタイプ?」

 

 問われたモノクルの紳士は奥歯を噛み締める。

 

「……グリッドマンに部下を殺されてきた者の気持ちは……考えないのですか」

 

「うん、考えない。だって面倒だもん。それに、ボクの最終目的知ってるからナイトウィザードに入ったんじゃん。今さら被害者ぶるのも変だよ」

 

「迴紫様。大方の意見では迴紫様に同意します」

 

 女の声に迴紫は何度か頷く。

 

「そうだよね。破綻はないから」

 

「ですが……破綻はなくともあなたは、私達の意見を弄んだ。それとも……所詮は怪獣で変身する人間の端くれ。その程度だと、思っていらしたのですか」

 

 迴紫は首をひねり、幾ばくかの逡巡を浮かべた後に応じていた。

 

「でもさー、ナイトウィザードの目的そのものがこのセクターの支配と破壊じゃん。だったら、この結末で納得いかないのも変でしょ。《サイファーグリッドマンシン》はボクの僕となった。だから、戦いはもうおしまい。ホラ、平和的じゃない?」

 

「平和的と、今までの清算をするかしないかは違います。せめて、そのグリッドマンとの戦いを……」

 

「えー、でもキミらじゃ勝てないよ? 勝てないのに戦力を欠くわけないじゃん。意味分かんないし。それにさ、このどん詰まりで何をするって言うの? グリッドマンは二人と要らない。いずれボクが彼を倒して、別のセクターに移住すればいいんだし、問題なくない? それとも、この新宿セクターに妙な親近感でも? もういいじゃん、この場所も。頓着したって仕方ないよ。ナイトウィザードも組織し直せばいい。大丈夫だって。他の場所でもうまくやっていけるよ」

 

「……それがあなたの本音ですか。ナイトウィザードは、迴紫様、あなたが世界に反旗を翻すからこそ、意義があったのでは」

 

 モノクルの紳士の言葉に迴紫は手を叩いて笑う。

 

「いやいや! 小さい小さい! そんなちょっとした集団に全部集約するわけないじゃん。ボクはグリッドマンだよ? 魅力的な提案と、それに見合った対価があるのならばそっちにつく。当然でしょ? だって進化の頭打ちに達した人類を救うのには、この道筋が一番なんだよ? 分かんないかなぁ……。キミらがどこまで抵抗しても、もう転がり出した石。だから、諦めたら? ナイトウィザードは解散。はい! 終わり終わりっ!」

 

 ここで手打ちだとでも言うように手を叩いた迴紫に対して、二人は鋭い双眸を投げていた。

 

「……ナイトウィザードの理想も、もう何もないと言うのですね? 迴紫様」

 

「……分かってないな、もう。最初から理想なんて、ボクの掲げるものに同意したんでしょ? みんな。進化の頭打ちに達した人類を次のフェイズに引き移すために、その大役を買って出るのがナイトウィザードだって言っていたじゃん。まさか、みんな、この小さい箱庭で満足していた? 新宿セクターを支配したところで、何も変わらないよ。人間は……グールギラスが襲ったあの村が最後だった。だからボクは言ったじゃん。新しいグリッドマンには興味あるけれど、って。もう人類には何の希望も抱いていないよ。彼らは他のセクターで、今も何の危機感もなしに生き永らえている。新宿セクターを去ったところで、神様のいない世界には祝福も福音もない。そう、単純な事なんだ。神様が本当にいなくなるだけ。それの何がいけないの?」

 

 肩を竦めた迴紫にモノクルの紳士は言い放っていた。

 

「……あなたがさじを投げなければ、もしかすると人類は存続出来たかもしれないのに、ですか」

 

「だーかーら! もう意味がないんだって! 人類に何を期待しているの? どうせ、怪獣の力の前に、みんな酔いしれていただけじゃん。コードを無駄遣いしてさ。そういう、自分達は棚に上げて、何でボクの責任にするの? おかしいじゃん」

 

「……でも私達は人類を導くと……」

 

「あのさー、何で怪獣が人類を導けるって思うかな。せめて、人類を導くのはグリッドマンであるボクじゃない? キミらは結局、自己満足と自己陶酔から逃れられなかったんだよ。怪獣の力を使ってボクの寝首を掻くのなら、もっと意義があったのに。それもしないで、ボクの言う事にただ従順なだけの、つまらない使い魔だったよ、キミ達は。まー、死んだ人達? には同情するかな。この景色を見れないんだから」

 

 煉獄の赤に染まっていく地獄絵図へと視線を戻そうとした迴紫に、二人分の殺意が籠る。

 

 ――来るか、と僅かに口角を釣り上げた迴紫は直後に迸った獣の雄叫びが、全くの別種である事に振り返っていた。

 

 剣筋が奔り、首を掻っ切らんと迫る。

 

 煌めいた直刀の持ち主はバイクに跨り、刃を軋らせていた。

 

「……キミは……」

 

「――避けやがるっすか。油断していても、騙し討ちってのはそう都合よくは……」

 

 刃を仕舞い、相手は二丁拳銃を構える。その銃撃網を予見し、迴紫は防御皮膜を張っていた。

 

「いかないもんっすねぇ! 迴紫!」

 

 咲いた火線に迴紫は、ふぅんと興味の片隅を向けた。

 

「……死んだって聞いていたけれど」

 

 視線を向けられた女は目を戦慄かせる。

 

「まさか……あの時確かに……。《シノビラー》!」

 

「その名前! やめてくんないっすかねぇ。――もう俺は、ハンターナイト、ツルギなんすから!」

 

 迷いのない銃撃に迴紫は、なるほど、と声にする。

 

「そういえばキミは特別製だったね。オートインテリジェンス怪獣。仕様を伝えなかったのが運の尽きかぁ。キミら、彼を単純に殺したでしょ? 駄目だよ、彼は死なないんだ。打たれれば打たれるほど強く、学習する。たとえ致死性の攻撃を受け、致命傷を何度与えても……その度に強くなって立ち上がる。それがオートインテリジェンス怪獣、《シノビラー》だったね」

 

「だから、俺の名前はツルギだって、言ってるっすよ!」

 

 抜刀したツルギがそのままバイクより跳躍し、迴紫へと斬りかかる。その剣閃を止めたのは、モノクルの紳士であった。

 

「止めるってのは……意味分かっていて?」

 

「……迴紫様。あなたへの忠義はもうない。ですが、我輩らはもう、賭けると決めた。あなたが道を踏み外そうと、それでも共に、と」

 

 女がモニュメントを取り出し、赤い瞳を輝かせた。

 

「アクセスコード、《デビルフェイザー》!」

 

 瞬間、膨れ上がった悪鬼の巨体が空間に屹立する。迴紫は、へぇ、と笑みを浮かべていた。

 

「裏切られてもいいんだ?」

 

(……私達が自分で決めた事ですもの。ここまで来れただけでも本望)

 

「そういうのがおたくら! 狂ってるって言ってるんで!」

 

 振り返り様の銃撃を《デビルフェイザー》は全身より滾らせた分子分解の放出皮膜で防御する。銃弾が融け、弾丸質量が剥離する。

 

 舌打ちを漏らしたツルギは迴紫へと再度斬り付け、弾かれ合うようにモノクルの紳士と対峙していた。

 

「いいんすか。おたくらの気持ちを、迴紫は踏みにじったんすよ」

 

「……今さらいい。迴紫様の御心は、元より我らには理解出来なかっただけの話だ。今は、反逆者を――滅殺する。そうすれば迴紫様も、我輩らに有用性を見出してくれるだろう」

 

《バギラ》のモニュメントを掲げた相手にツルギは、へっと笑みを浮かべる。

 

「チャンチャラおかしいっ! 結局は、自己満足っしょ! おたくらだって」

 

「貴様に言われる筋合いは……ない。アクセスコード、《バギラ》!」

 

 放出された光と共に《バギラ》が片腕を失った形態で顕現する。ツルギは二丁拳銃で銃撃を見舞いつつ、追いついてきたバイクへと再び騎乗していた。

 

《シノビラー》の武装であるバイクは一心同体に等しい。自分が呼べば、たちどころに現れる。

 

 ツルギは眼前に聳える《デビルフェイザー》を見据え、腰に提げた刃の柄に手をかけていた。

 

《デビルフェイザー》が拳を浴びせかかる。その腕に飛び乗り、車輪が表皮を噛み砕きながら直上まで押し上がっていく。

 

「弱点は見えてるんですぜ!」

 

 既に弱点は看破している。頭部に位置する骸骨を狙い澄ませばいい。顎で拳銃の銃身を噛み締め、そのまま特殊弾頭を装填した。

 

 携えた刃をくるりと返し、《デビルフェイザー》の表皮へを食い込ませる。

 

《デビルフェイザー》が片腕を払った時には既に遅い。駆け上がったツルギは弱点たる頭部の骸骨を視野に入れていた。

 

 特殊弾頭を仕込んだ拳銃を構え、引き金を絞る。

 

 瞬間、弾丸が炸裂し、《デビルフェイザー》に降り注いだのは熱線であった。

 

(これは……)

 

《デビルフェイザー》の身体が少しずつ溶け出していく。その成分を相手は即座に見抜いていた。

 

(まさか……分子分解を弾丸に込めて……だと)

 

「嘗めないでくだせぇ。オートインテリジェンス怪獣ってのは! 全てをコピーする! 絶対の分子分解光線も一回全身で受けたんなら、その組成だって分かっちまうんすよ。不可能に近い弾丸化だって、こう」

 

 片手の指の間に挟んだ弾丸にツルギは笑みを刻む。《バギラ》がその剣の腕を振るっていた。

 

 青い剣閃が形状を結び、ツルギへと襲いかかる。《デビルフェイザー》の表皮を蹴り上げ、ツルギは回避し様に銃撃を見舞っていた。

 

《デビルフェイザー》の頭部形状が崩れ、その頭蓋が露になる。劈く悲鳴の渦に、ツルギは最後の一打を与えようとして、《デビルフェイザー》が全身より発露させた衝撃波に煽られていた。

 

 高層建築に背をぶつける前に、回収にかかったバイクのアクセルに手をかけ加速度に身を浸す。高層建築の壁を駆け下り、ツルギは二丁拳銃を構え直していた。

 

「さぁて! カーテンコールとしましょうか! ナイトウィザード!」

 

 携えた分子分解弾頭の銃撃。誰にも防げるはずもない、とそう思い込んでいた。

 

 ――割って入った赤い災厄の巨人を目にするまでは。

 

 右腕のハザード・アクセプターが煌めき、光刃が三翼を得て、こちらへと殺到する。

 

 ブレーキを踏み締め、精一杯制動をかけてから、ツルギは飛び退る。バイクへと命中した斬撃が砕け、爆発の光を棚引かせていた。

 

 噴煙が上がる中で、ツルギは二丁拳銃を翳す。

 

「……おたくが介入するのはずるいんでは?」

 

「ずるくないってば。彼も立派な、ナイトウィザードだし」

 

「……迴紫ぃ……! おたくだけは、ここで!」

 

 分子分解弾頭の銃口は確かに迴紫を照準し、そして放たれた。通常ならばそれは誰にも防ぎようがないだろう。

 

《サイファーグリッドマンシン》が立ちふさがっても、分子分解の攻撃からは逃れられないはずだ。この場合、何を優先順位に置く? そう疑念を発したツルギに突きつけられた答えは、迴紫の左腕で瞬いた光の渦であった。

 

 光の螺旋が瞬時に分子分解弾頭を包み込み、それらが生成される前段階まで還元される。

 

 その力を、ツルギは窺い知っていた。

 

「……フィクサービーム……。まさか……」

 

「まだ五割くらいだけれど、システムのバグを修正する力は充分だね。分子分解弾なんていう、無茶苦茶はこれで通らなくなった」

 

 舌打ちを滲ませ、ツルギは次の手を打とうとしたが、その前に《サイファーグリッドマンシン》が挙動する。拳が地面にめり込み、衝撃波でツルギは吹き飛ばされていた。

 

 既に眷属たるバイクは失われている。

 

 高速で迫るのは朽ち果て、瓦礫と化した高層建築と、そして《サイファーグリッドマンシン》の撃ったグリッドライトセイバーである。

 

 このままでは受けるのは必定。

 

 ツルギは己の中で呼吸を一つつき、やがて満身より叫んでいた。

 

「アクセスコード、――《カンフーシノビラー》!」

 

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