GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
♯FINAL‐1
顕現した存在に、アンドロイド達がすぐさま報告を飛ばす。
『新宿セクターに、存在確認! これは……グリッドマン……?』
『未確認情報体の特定を求む! 繰り返す、未確認情報体の……』
そんなものはなくとも、臾尓はモニターに大写しになった蒼銀の巨人に、呼吸さえも忘れていた。
「……生きていてくれた。那由多と……《サイファーグリッドマン》が……」
しかし、サイファーグリッドマンは元々、敷島万里の離脱人格のはず。だが、敷島万里の分身たる赤い災厄の巨人――《サイファーグリッドマンシン》は呆然と光り輝く巨人を眺めていた。
敷島万里と那由多は完全に別存在となったのだろうか。それとも、あのサイファーグリッドマンも敷島万里の計画の上なのか。
全てを明確にする術は存在しなくとも、今やるべき事の明瞭さははっきりしている。臾尓は《ゴッドゼノン》と一体化した朋枝の人格を呼び戻そうとした。
「……朋枝。もう大丈夫よ。《ゴッドゼノン》と共に離脱を……朋枝?」
朋枝からの反応はない。まさか、と臾尓は言葉を走らせていた。
「朋枝の生態反応を! 急いで!」
『未確認! 現状、《ゴッドゼノン》、帰還不能!』
恐るべき事実に臾尓は息を呑んだ。
「なんて事……朋枝が帰って来られないままなんて……」
自分の不始末より何よりも、彼女との誓いを守れなかった己の不実が滲む。臾尓はキーを打って《ゴッドゼノン》の帰還信号を送信していた。
しかし、現状の新宿セクターは全ての信号を拒絶する。あらゆるネットワークが分離し、システムの閾値が死の数値を示していく。
「何が……新宿セクターで何が!」
『確認された情報は、新たに出現した未確認存在と、《サイファーグリッドマンシン》、そして迴紫がまだ、あの新宿セクターには現存しているという事です』
畢竟、最終手段であった新宿セクターのシャットダウンは阻まれている。朋枝の帰還を確かめずに強制シャットダウンに移る事は出来ない。
拳を握り締めた臾尓は克明に映し出されるリアルタイム映像を注視する。
蒼銀のグリッドマンが迴紫と《サイファーグリッドマンシン》を相手に構えを取った。
それを勇猛果敢なる戦士の姿と取るか。それとも新たなる災厄の種と取るか。
まだ答えは出ない。だが答えは出ないからと言ってさじを投げていいはずもない。
「……朋枝の無事を再認証させて。稼働する全セクターより情報ネットを走らせ、新宿セクターのモニターを続行。……せめて、あなただけは、助け出すわ。朋枝。だってあなたは、那由多の存在を最後まで……」
信じてくれた。その言葉は呑み込んでおいた。
まだ言うには早いと思ったからだ。自分達だけが知っている幻のような青年。彼の鳶色の瞳はこの最終局面、何を映すのか。
それは何者にも分からないであろう。
あの場所で佇む蒼銀の巨人は、戦いの構えを崩さない。彼は、諦めていないのだ。
その背中に、勝手に那由多を重ねていいものか、一瞬悩んだが、そんな悩みは些事だと一蹴する。
「……だってあなたは、それでもかくあるべしと、そこに在るのだから。那由多……」
煤けた風に、業火に染まった地表を見下ろす黄金の月が一つ。
俯瞰された荒野に、災厄の赤い巨人と、それとは対照的な蒼銀の光を放つ、希望の巨人が降り立つ。
互いに同じ存在でありながら、決定的に違う同一存在。
分かたれたのはどちらからなのか、迴紫は判じかねていたが、それでも立ち現れた新たなる巨人は、敵意と確かなる礎の心をもって、こちらへと構えを取っているのが窺えた。
「真……サイファーグリッドマン……? そんなもの、まやかしじゃないか」
(まやかしかどうか、それを思い知る事になる。迴紫、行くぞ!)
「小賢しいなぁ……。今さら分かたれた魂なんて! やっちゃいなよ! 《サイファーグリッドマンシン》、敷島万里! あれが偽りだって言うのなら、すぐにでも消し飛ばせるでしょ!」
言われるまでもないと感じたのか、赤い巨人は右腕のハザード・アクセプターより光刃を発振させ、瞬時の移動速度で斬りかかっていた。
まさしく光速。瞬間的な加速度は他の追随を許さない。
しかし、蒼銀の巨人は身を軽くかわし、渾身の一振りを回避していた。
逆にたたらを踏んだ形の《サイファーグリッドマンシン》がよろめく。
まさか、と震撼したのは自分だけではない。《サイファーグリッドマンシン》敷島万里も、であった。
彼は新たなるグリッドマンそのものが許せないのか、直後に怨嗟を混じらせた雄叫びと共に光刃を薙ぎ払っていた。
それを《真サイファーグリッドマン》は、片腕を掲げただけで防ぐ。
光刃を発する事も、ましてや技でさえもない。
「……ただの腕で、グリッドマンの攻撃を……霧散させた?」
信じられぬ所業に、《真サイファーグリッドマン》が声にする。
(わたしは、那由多の真なる心より生まれたグリッドマン。貴様らの悪意の生み出した存在ではない。わたしはハイパーエージェント。わたしは、《真サイファーグリッドマン》。那由多の心の眩さ……光あれと願う魂の叫びが生み出した、新たなるグリッドマンだ!)
腕を翻し、《真サイファーグリッドマン》が手刀を見舞う。ただの手刀だ、避けるまでもないと判じた《サイファーグリッドマンシン》は、その一撃だけで大地を転がり、高層建築物を巻き込んで吹き飛ばされていた。
同じ存在とは思えないほどの力の差。何よりも戦慄くのは、《真サイファーグリッドマン》はまだ、武装さえも出していない。
そんな相手に力負けした赤い巨人は、咆哮を発し、全身より憤怒の灼熱を滾らせていた。
最早グリッドマンと言うよりも怪獣に近い。《サイファーグリッドマンシン》は両手を合わせて光の渦を生み出す。迴紫は瞬時に悟り、高空へと逃げおおせていた。
それをただ見据える《真サイファーグリッドマン》が放たれた光球を受ける。
直後、爆心地の色相が裏返り、破壊と衝撃がセクターを襲った。
怨嗟と恩讐の灼熱が地表を覆い、爆発の光が拡散したかと思えば、裏返り、風圧が渦を巻く。
「……あんの馬鹿……。意地になってあんな威力の技を……」
少しでも回避が遅れていれば自分とて巻き添えだ。肝を冷やした迴紫は直下の惨状を目に、まぁと声にしていた。
「さすがに無傷とはいかないでしょ。腕の片一方くらいは吹き飛んだかな?」
無傷で受けるには、あまりの膨大な破壊力だ。さすがの《真サイファーグリッドマン》と言えど、何かしらの技を展開せざるを得ない。そうなってしまえばこっちもの。《サイファーグリッドマンシン》と敷島万里は、精神的優位を奪われ、暴走の途上にある。
このまま完全に暴走する前に制するのには、相手にダメージがなければならない。
だが、今の破壊火球は明らかにその閾値を超えている。殺すつもりで撃ったとしか思えない。
噴煙が風で吹き上げられ、爆心地を露にする。半身が吹き飛んだ遺骸が転がっていても何もおかしくはない。だと言うのに――。
そこには腕が飛んでいるどころか、手を開いただけでそのまま、煤一つついていない姿の《真サイファーグリッドマン》が屹立していた。
傷も、ましてその光にいささかの翳りもない。ただ単に手を振り翳しただけのその立ち姿に恐れを成したのは何も自分だけではないのだろう。敷島万里は明らかに自尊心を傷つけられた様子であった。赤い災厄の巨人は光刃を発振させ、蒼銀の巨人へと光の速度で追いすがる。その相手へと、《真サイファーグリッドマン》は直上へと飛翔していた。
準備動作もなしにその飛翔速度は自分の変身時の最高速度を凌駕している。慄きつつも、それでも、と迴紫はフッと笑みを浮かべていた。
「《サイファーグリッドマンシン》の挑発に乗ったって事は、弱点はないわけじゃないはず。これでもし生き延びていても、勝ち筋は見えた」
ほくそ笑んだ迴紫は、不意に差し込んできた殺気に防御壁を張っていた。
《シノビラー》が人間態に戻り、刃を軋らせている。振りかぶった形の細身の剣に迴紫は衝撃波を放っていた。
《シノビラー》が吹き飛ばされ、高層建築の壁に叩きつけられる。だが、彼はすぐさま空中で姿勢を持ち直し、壁を駆け抜けた。光球をいくつも練り上げ、追従の砲弾を浴びせかけるが、粉塵を引き裂いて相手は二丁拳銃を構えていた。
火線が咲きそれに対して防御膜を張るがその守りが突き崩される。破壊した能力の一つに迴紫は舌打ちする。
「分子分解弾頭……。しかも強化されてる。これだから、オートインテリジェンス怪獣ってのはさぁ! ずっこいよねぇ!」
光弾を矢継ぎ早に放ち、銃撃を押し返す。相手は枯れた大地を疾走し、分身を生み出していた。小賢しい、と払った手に呼応して大地からマグマが噴き出す。分身が消え失せるも、直後に相手は背後まで肉薄していた。
「空蝉の術……。どこまでもッ!」
振り返り様に光の刃を発し、相手を引き裂くが、今度は遥か彼方まで離れている。まるで弄ぶかのような動きに迴紫は眉を跳ねさせていた。
「……ホントさぁ……馬鹿にしちゃってくれるよね。ボクは
「――その名前は、この姿には当てはまらねぇ」
不意に接近し、相手は囁きかけていた。息がかかるほどの至近にまで近づかせたつもりはないのに、相手の切っ先は喉元を裂こうと迫る。
ハッと身をかわし、自身の専売特許である自律兵装を編み出した。結晶体の自律兵装が幾何学の軌道を描き四方八方から相手を引き裂かんと光条を見舞う。
迴紫の身体を蹴りつけ、距離を取った相手を一斉掃射の網にかけようとした。しかし、敵は針の穴ほどの活路を見出し、まだしぶとく生き残って壁を蹴りつけ、駆け抜けてくる。
その反応と態度は迴紫の怒りの沸点を超えさせるのには充分であった。
「……だから! 邪魔だって言ってるだろ! ザコキャラが!」
自律兵装が牙のように相手を噛み砕かんと迫る。それを刀身で受けた《シノビラー》はその一撃を足掛かりにして次なる手であった無数の光条の網を回避していた。
まるで全てが読み透かされているようで迴紫は間断のない攻撃を奔らせる。
自律兵装が疾走し、《シノビラー》に突き刺さったが、それは正しくは違う。突き刺さったのではなく、相手は自律兵装の特攻を逆利用して距離を稼いだのだ。
読まれているだけではない。こちらの攻撃が無為だと見せつけられた――。
その事実は迴紫の自尊心を傷つけ、そして最後の手に至らせる起爆剤となっていた。
赤銅のアクセプターが照り輝き、左手を翳し、右腕で十字を形作る。
「アクセス・フラッシュ!」
変身の瞬間であった。
《シノビラー》がこれまでにない加速を発し、地面を蹴りつけ、高層建築を手掛かりにし、空気の一分子でさえも足場に変えて四方八方を駆け抜け、瞬時に背後に回り、その手に携えた直刀を迴紫の心臓へと突き立てていた。
かっ血した迴紫が貫いた刃をなぞる。
「これ、は……」
「狙ってたんすよ。おたくが変身するのを。変身中は、グリッドマンといえども、無力っすからね。それはよく分かっていた。だから最大加速をここまで隠し通し、最後の一太刀を浴びせかける好機を窺っていた」
「……まさか、これまでのが全部……演技?」
「そんなわけないっしょ。本気だったっすよ。ただ、オートインテリジェンス怪獣ってのは伊達な称号じゃないらしいみたいでね。今まで受けた、全ての致命傷、全ての攻撃パターン、そして全ての行動はもう、俺の頭の中じゃ、分析済みみたいっす。これも、《シノビラー》の加護だと、思えばいいんすかね」
相手が刃だけでは飽き足らず、迴紫の後頭部に二丁拳銃の銃口を当てていた。
「や、やめ……」
「――あと訂正を一つ。俺の名前はハンターナイト、ツルギ。おたくをデリートする男の名前っすよ。刻め」
直後、銃声が迴紫の頭蓋に響き渡っていた。