GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
コンソールが弄られ、そのうち一つの数値が引き上げられた。
瞬間、高重力の投網が《真サイファーグリッドマン》を絡め取り、大地にその身を縫い止める。引き起こそうとしても異常なほどの超重力が躯体を崩さんとしていた。
(……超重力の発生……。まさか、事象までも……)
(だから、得意だって言ってるじゃん。チート技も、システムのバグに分け入る能力も、桁違いになった。今の《ウィザードグリッドマン》に、不可能はない)
杖を突きつけた《ウィザードグリッドマンシン》に《真サイファーグリッドマン》は身を起こそうとして、何度も無様に大地に爪を立てる。
(「おい、グリッドマン! こりゃまずいんじゃないっすか?」)
(承知……しているが、それでも……。セクターそのものを操る能力があるのだとすれば、わたしの権限では……)
(ホラ。こんな程度では済まさないよ。もっとだ)
杖より無数の結界が編み出される。それらの結界を突き破って現れたのは、変身するアシストウェポン形態だ。戦闘機形態が三機、銃撃と爆撃を見舞い、こちらの装甲を削る。
大地を踏みしだく重装甲戦車のアシストウェポンが照準していた。《真サイファーグリッドマン》は即席の防御壁を張るが、それでも持つかどうかは五分五分以下だろう。
相手の手数の多さに、単純に圧倒されている。
直上に感じた殺気に、空を振り仰いだ《真サイファーグリッドマン》は、展開された結界より降り注がんとするドリルを感知していた。
咄嗟に両腕のアクセプターより光刃を生じさせ、降り注ぐドリルの雨嵐を打ち砕くが、全ては防ぎ切れなかったらしい。
一部が肉体に食い込み、激痛を生じさせる。
ドリルから放出された何かが《真サイファーグリッドマン》の躯体を蝕んでいた。直後に赤い脈動が発生し、紫色の細菌が光の巨躯を食い散らかしていた。
(細菌兵器……。こんなものまで……)
(何でもアリ、それが《ウィザードグリッドマンシン》だからね。キミらは分の悪い戦いを仕掛けた愚か者。どうせなら、派手に死ぬよりそういうじわじわと死んじゃうほうが、キミらにとっては仕置きになるかな?)
迴紫を倒す手段はないのか。このまま何も出来ず、超重力と細菌兵器を前に、肉体を破壊され尽くすしか……。
(……ここで終わるのか……。わたしも……)
(「……何諦めてんすか、グリッドマン。おたくらしくもねぇ」)
(……だが、動けない状態で……セクター権限を持っている相手を倒す事など……)
(「……一つだけ、方法があるっす。細菌兵器を引き剥がし、この高重力からも逃れる方法が」)
その言葉尻を《真サイファーグリッドマン》の内奥に存在する那由多は、察知していた。
――まさか。ツルギ、お前が……。
――何も言うなっすよ、坊ちゃん。元々、生き意地の汚いだけの、ただの怪獣の成り損ないっすよ。俺は迴紫を倒す。そのためだけにあった生でさぁ。ここで散るのも本望っすよ。
――だが、お前にも心に灯火が……光がある。それを、無駄には……。
――無駄なんかじゃ、ないっすよ。さぁ、俺を分離してくだせぇ。そうすりゃ、逆転の目はある。
穏やかに口にするツルギに那由多は決断していた。
(「……お前の事は忘れない。何があっても。ハンターナイト、ツルギの名は」)
(「そりゃどうも……。さぁ! 派手に弾けましょうや!」)
その言葉が紡がれた瞬間、全ての状態異常を引き移したツルギがグラン・アクセプターより引き出され、黄金の光を纏って空間を突き抜ける。
《ウィザードグリッドマンシン》は、小賢しい、とコンソールを操作していた。
(セクター権限で抹消してやる!)
エンターが押される直前、放たれた直刀の剣がコンソールを射抜いていた。一時的なエラーだが、それでも相手からしてみれば致命的だ。
黄金に包まれたツルギが二丁拳銃を構え直し、迴紫へと特攻する。
その大いなる雄叫びに《真サイファーグリッドマン》の中で那由多は敬意を表していた。
(邪魔な! 叩き落してやる!)
結界が展開され、ドリルが引き出されていく。射出された数多のドリルを突き抜け、蹴り上げ、中にはそれを足掛かりにして、ツルギは加速を続ける。
(何で……何で墜ちない!)
「決めたからっすよ。男なら誰でも、心の中に持ってる終の居場所……良い死に場所ってのをねぇ! 《真サイファーグリッドマン》、それに那由多! 俺に死に場所を作ってくれて、感謝っすよ!」
(死ぬだけだろ! 何の意味があるって……!)
「そう、死ぬだけでさぁ。でもよ、嘗めんな。男の死に様ってのは、ぱあっと散る花火なんかより、よっぽど眩しいんすよ!」
火線が舞い散り、《ウィザードグリッドマンシン》が防御壁を張る。小手先の攻撃力であるはずなのに防御するという時点で、《ウィザードグリッドマンシン》は気圧されているのだ。
ハンターナイト、ツルギと言う男の執念に。彼の賭ける男の意地一つに。
「さぁ、一つになるっすよ。終わるべき時は潔く、そして俺の目的を」
左手に装着されたアクセプターをツルギは天高く掲げていた。翼が展開し、アクセプターより蒼い光が拡散される。
「これが最後の――アクセス・フラッシュ!」
アクセス・フラッシュの対象は自分にではない。対面する《ウィザードグリッドマンシン》へと、ツルギはアクセス・フラッシュの光に押し包まれ、そして一体化していた。
思わぬ攻勢に《ウィザードグリッドマン》は杖に身を預け、姿勢を沈める。
(嫌なのが……入ってくる……。こんなの……)
ツルギは全てを引き受けた。細菌兵器に、《真サイファーグリッドマン》の持つ輝きのエネルギー。それに彼自身の魂の光を。
拒絶反応を起こした《ウィザードグリッドマン》より肉腫が膨れ上がり、直後には、その異常発達部位を切り離していた。
ぶよぶよの肉腫は赤い災厄の巨人の意匠がある。
《サイファーグリッドマンシン》の力ごと、切り離さなければ保っていられなかったのだろう。
再び、赤銅の色相へと戻った《ウィザードグリッドマン》が持ち直す前に、《真サイファーグリッドマン》は腕を交差させ、アクセプター同士で電磁を繋ぎ合わせ、左腕のグラン・アクセプターを突き上げていた。
充填されたエネルギー波が流転し、高出力の光線として放出される。
(グリッドォォォ……ビーム!)
渾身のグリッドビームが肉腫に突き刺さり、断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちていく。
力を手離した《ウィザードグリッドマン》は迴紫一人へと戻っていた。
《真サイファーグリッドマン》が構えを取る。
(さぁ、これで対等だ。決着をつけるぞ、迴紫)
(対等……? 決着……? 何勘違いしてんのさ……。ボクのほうが、強いに決まってるだろ!)
膨れ上がった戦闘力の瀑布に《真サイファーグリッドマン》は天上より召喚した大剣を握り締めていた。
《ウィザードグリッドマン》も杖を造り替え、同じような大剣を保持する。
(行くぞ! 迴紫!)
(……ザコがさぁ……粋がるんじゃない!)
互いに光の速度に達し、大剣同士がぶつかり合う。すかさず返す刀で払い上げた一閃に相手は押され、叩き上げた二の太刀に剣を取り落としていた。
敵が次の手を打つ前に、《真サイファーグリッドマン》は眼前に結界を作り出し、蹴破って戦闘機形態へと変じていた。
直上へと恐るべき速度で打ち上げられていく《ウィザードグリッドマン》は光背に結界を作り、同じように戦闘機形態へと変位する。
譲らぬ攻防戦が繰り広げられるが、備え付けた小銃が《ウィザードグリッドマン》の赤銅の機体を撃墜していた。
敵機はミサイルを掃射し、こちらの手を潰そうとするが、その時には《真サイファーグリッドマン》は重戦車形態へと変位している。
全ての砲門が落下する《ウィザードグリッドマン》を狙い澄まし、無数の光軸がその巨躯を貫いていた。
だが、相手も逃れる術は心得ている。
防御陣を張って一瞬だけ攻撃を減殺し、そのまま落下速度を利用して地下へと潜っていた。
《真サイファーグリッドマン》も巨人形態に戻り、全身からドリルを生じさせる。それらの一点が大地を睨み、次の瞬間、《真サイファーグリッドマン》は地面に潜り込んでいた。
削岩機と光の速度で大地を削り上げ、逃げおおせようとした《ウィザードグリッドマン》の背中を捉える。
戦闘機形態に変じ、炸薬を起爆させていた。
大地が陥没し、巨大な爆発を生じさせる。吹き上がった砂礫と噴煙の中で身を起こした《ウィザードグリッドマン》へと、《真サイファーグリッドマン》は己の腕を大型のドリルに変え、突っ込んでいた。
推進剤を焚いた一撃を《ウィザードグリッドマン》は杖で防御壁を張ろうとするが、その前に杖をドリルが砕いていた。
勢いを増したドリルが光で構成された杖を打ち崩していく。
(サイファー、ドリルゥゥゥ……ブレイク!)
貫いた、と確信した一撃はしかし、爆発の光を棚引かせて離脱した《ウィザードグリッドマン》の存在にその眼差しを向けていた。
――どのような攻撃が来ようとも、今の自分は負けない。
その自負に《真サイファーグリッドマン》は向かい合う。《ウィザードグリッドマン》は、震える声を発していた。
(何で……何で何で何で何で何で! 何でそっちが正義みたいになってるんだよォーッ!)
《ウィザードグリッドマン》が手を払い、結晶体の自律兵装を疾走させるが、今さらの攻撃方法であった。
《真サイファーグリッドマン》は全てを手刀と格闘術で叩き落す。
それでも《ウィザードグリッドマン》の怨嗟は止まる事がない。
(ボクが正しいんだ! ボクが絶対なんだ! ……何で、どれほどの苦痛だったと思う! 進化しない、停滞するばかりの人類を、ずっと監視する役目なんて! その苦しみの一端も知らないで、偉そうにボクの前に立つなァッ!)
数基の自律兵装が合体し、こちらへの破壊光線を見舞うが、《真サイファーグリッドマン》は光刃を発して切り裂いていた。
(……それは違うはずだ。ヒトは……時には確かに愚かしい。同じ人間同士でも序列が存在する。支配者と被支配者、彼らは互いに争い合い、己の愚行を顧みもしない。それが、一面ではヒトだろう)
(……分かってんのなら、何で……)
(だが、わたしはヒトを学べた。ヒトは、時に愛し合い、慈しみ合える事を! この空っぽなはずの魂から、わたしは光を生み出せたんだ。……元々は敷島万里の野望のためにあったこの身かもしれない。だが、今は! 今はハッキリと言える! わたしはハイパーエージェント、グリッドマン! 人類を見守り続ける、守護者だ!)
その宣告に《ウィザードグリッドマン》が心底、軽蔑したのが伝わった。
(……何それ。そんなの、陳腐だ。どれもこれも、愛し合う? 慈しむ……? ……バッカじゃないの。嘘っぱち! 偽り! 綺麗事! ……そんなのがヒトなら、こんなに絶望もしなかったのに! もっと希望をもって、いられたって言うのに! そうじゃないんだろ、人間なんて! 力を与えればそれに溺れる。少しだけ扇動してやれば、すぐにそれに乗じる! ヒトなんてそんなものだ! 守ってやる価値なんてない。このまま、絶滅しちゃえばいい! ただのゲームのバグ! 要らないNPCの集合体! ばい菌が、人類なんだ! だったら、壊しちゃえばいいじゃん。怪獣が踏みしだいて、蹂躙して……それで破壊しちゃえばいいだけの、文化なんてどこにも欠片もない! けだものだろうに!)