GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
剥き出しの迴紫の心の発露は彼女が見つめてきたヒトの罪科そのものだろう。ハイパーエージェントであっても、人間を許せない。看過出来ない。そんなもののために、一生を全うするなんて事は、とてもではないが耐えられない……。
迴紫の苦しみも、一つの結果だ。
人類が編み出した、罪の一つなのだろう。
(……だからこそ、裁く。わたし達は、そうする事でしか、前に進めないのだから)
(間違えてもか? 間違えてるって分かっててもだって言うのか! そんなの、守護神じゃない! 間違えているのならば、それを破壊するべきじゃないか!)
(間違えていると言うのならば、一つ違えているだろう。迴紫、わたしも君も――神なんかでは決してないのだ。神なんてものは、そう容易に存在してはいけない。わたし達は監視者であって、観測者ではない。だから、君は耐えられなかった。そうじゃないのか、迴紫)
(分かった風な口を、利くなぁーっ!)
《ウィザードグリッドマン》が拳を振り翳し、《真サイファーグリッドマン》に殴りかかる。しかし、元々格闘戦に長けていない《ウィザードグリッドマン》の拳にはまるで力がない。
それはまるで、女子供の抵抗そのものの――。
行き場のない、ここより先に行く事をどうしても描けない、未来に絶望した同朋の八つ当たりに過ぎなかった。
何度も殴りつけられるが、それでも身の痛みよりも、先行するのは迴紫自身の苦しみ。彼女を縛り続けていた、グリッドマンと言う楔。
グリッドマンでなければ、ハイパーエージェントでなければ、彼女は幸福な人生を送れたのかもしれない。もし、ただの少女であったのなら、何も苦しまずに済んだのかもしれない。
監視者の苦しみは、人類には重過ぎる。
ヒトの観測出来る苦痛には限りがあり、そしてヒトが贖える罪にもまた限りがある。彼女はグリッドマンがゆえに、苦しみ続けてきた。ヒトではないから、ヒト以上の目線で常に佇まなければならない、その苦しみの連鎖を――今、終わらせよう。
《真サイファーグリッドマン》は宙返りを決め、《ウィザードグリッドマン》より距離を取る。
彼女も疲れたのだろう。もう抵抗する気もないようであった。どこに撃ち込まれようとも構わない、とだらりと下げた両腕に、《真サイファーグリッドマン》は腕を交差させ、力を溜める。
光が螺旋を描いて充填され、次の瞬間、《真サイファーグリッドマン》は静かに四肢を開いていた。
(――真フィクサービーム)
眩い輝きが新宿区を染め上げ、直後には地獄のような状態であった街並みが修復されていた。銀盤の地平、錆が消し飛ばされ、まともな形を伴った高層建築物が居並ぶ。
人類の営み、《ウィザードグリッドマン》――迴紫が本当に守りたかったヒトの未来。
それを《真サイファーグリッドマン》は顕現させていた。
あり得たかもしれない新宿セクターの未来予想図を。彼女が見守るに値するのだと感じられるだけの街並みを再現する。
修復された街には活気が湧き、人々が足早に歩いていく。
《ウィザードグリッドマン》はその光景に膝を落としていた。
黄色い眼窩から一筋の涙が伝い落ちる。
(ああ……何て、綺麗――)
そう、ここまで荒廃させたのもヒトならば、それを復活させられる術を持つのもまた、ヒトであるはずなのだ。決してシステムや道具ではない。
(人間は、かくあるべきと、より良い明日を描けるんだ。だからこそ、ここまで来られた。わたし達、ハイパーワールドの住民が彼らを守ると決めた最大の理由は、それであったはずだ。彼らの営みが、今日が、明日が、昨日が、……望む術もない遥か未来でさえも、きっと素晴らしいはずなのだと、我々は信じた。だから、彼らに手を貸した。《ウィザードグリッドマン》、いいや、迴紫。今、ようやく分かった。君をわたしは、救いに来た。君を覆う、退屈の闇から。虚無の果てより生まれし、この身をもって――)
(救いに来た? ボクを……退屈から? ……そんな事……)
傲慢かもしれない。だが、それは彼女とて見たかったはずなのだ。
この景色を。何者にも染まっていない、自らが守るべきと信じた場所を。破壊だけが全てではない。創造を生むためには、破壊も必要なのだ。
だから、迴紫のやった事もまた責められる事はあるかもしれないが、必要であった。
本当の景色を見るために。こうして、手を取り合うためには。
胸元に構築された《真サイファーグリッドマン》のトライジェスターより浄化の輝きが迸る。
次の瞬間、《ウィザードグリッドマン》は赤と銀の姿へと還っていた。
(それがあるべき姿……グリッドマンとしての)
(ボクの……本当の姿……)
《ウィザードグリッドマン》は浮かび上がり、その胸に光るトライジェスターより新宿区画を包み込む輝きを放つ。
二つの巨人の輝きが相乗し、その瞬きが世界を押し包んだ。
(ああ、なんて――あたたかな輝きなんだろう)
新宿区画が次々と復活していく。新緑の公園、銀色の街並み。潤いに満ちた人々の面持ち。
どれもこれも、永遠に失ったものでありながら欲し続けていたものでもある。
宵闇を光が切り裂き、空に開いた満月の暗幕が開かれていた。
永遠の夜は終わりを告げ、今、朝がやってくる。
希望の朝を迎えた新宿は、薄く銀色に輝いていた。
(これが、ボクの……守りたかった、世界……)
グリッドマンであろうとも、永遠の苦痛に耐えられるはずがない。きっと、《ウィザードグリッドマン》はそれに耐え続ける事に限界を感じて、敷島万里の口車に乗ったのだろう。
だが、それは弱さでは決してないのだ。誰もが、闇に屈しかける事はある。膝を折り、もう駄目だと感じる事はある。
――それでも、明日を信じ、未来を信じ、ヒトを信じる事を、諦めてはいけないのだ。
《真サイファーグリッドマン》は蘇った新宿を見渡し、光を自らのうちに抱いた《ウィザードグリッドマン》と向かい合っていた。
直後、その躯体が光に還元され、迴紫がすっとその眼を向ける。
「ボクを、グリッドマンに戻してくれて、ありがとう」
フィクサービームは修復の力を持つ。それをもって、迴紫の抱いていた心の闇を拭い去った。
彼女は赤銅のアクセプターを見やる。憎しみと捩れた光を抱いた色相は薄れ、元のアクセプターへと戻っていた。
「……キミは、どうするの? だって、一つのセクターに、二人のグリッドマンは……」
濁した言葉に《真サイファーグリッドマン》は首肯する。
(分かっている。だから「オレの決着をつける」。それが終わってから、また会おう、迴紫)
その声音に迴紫は微笑みかけていた。
「……待っているよ。キミの決着を」
刹那、《真サイファーグリッドマン》の巨体が光へと還元されていた。
那由多は高層ビルの屋上へと舞い降り、輝く白銀に包まれた街頭を眺める。
街は元に戻った。新宿は蘇ったのだ。
それでも、たった一つ。自分自身の決着のために――銃を取る必要があった。
(本当にやるのか。那由多)
こちらの意思を汲み取った《真サイファーグリッドマン》の声に、那由多は頷く。
「グリッドマン、これはオレなりのケジメなんだ。オレ自身が、正しくあるために。全ての決着を、つけるために……」
だから、ここで――引き金を引く。
那由多は銃口を顎に当て、ゆっくりと瞼を閉じていた。
誰に頼るでもない。ただ、ヒトの善性を信じるのならば、ここでの行動に迷いはない。
直後、放たれた弾丸が頭蓋を射抜いていた。