GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

48 / 51
♯FINAL‐5

 

 引き上げられる意識の網に彷徨っていた状態の思惟が宿り、カプセルが開くと共にもがくように手を彷徨わせる。

 

「あ……あ――」

 

 声が掠れてしまっているがそれでもこの肉体は本物だ。本物の自分の肉体であり、そして目論見通り――帰ってきた。

 

 カプセルから身を起こした彼は蓬髪を振り、くっくっと笑い始めていた。

 

「戻ってきた。そうだとも――わたしが、戻ってきたのだ。この! 敷島万里が!」

 

 那由多の身体があのセクターで死ねば帰ってくるのは必然的にこの肉体となる。だが、那由多の人格は仮想人格。元々のこの身体の持ち主が自分である事は覆しようのない事実なのだ。

 

 彼――敷島万里はカプセルの置かれた部屋で身を起こし、近場のコンソールへと歩み寄っていた。

 

「……ここは管理者権限の機密部屋。臾尓であったとしても、ここを特定する事は不可能。わたしのみが! 新宿セクターへの直通権限を持っているのだよ。そして……不本意な結果となった。迴紫は元のグリッドマンとしての心を取り戻し、わたしはあの世界から爪弾きにされた。……だが、こんな終わりを容認するものか。新宿セクターが復活したとは言え、それも仮初めだ。こちらのコンソールからセクターをシャットダウンし、グリッドマンを潰す。それが成せれば……」

 

 記憶していた通りのパスコードを入力し、敷島万里はセクターシャットダウンの最終工程に入っていた。五重のロックがかかったアクセスキーを入力し、ようやくコンソールの一部が開く。

 

 内蔵された赤いボタンに彼は喜悦の笑みを浮かべていた。

 

「……新宿は再生し、全てが元通りだと? そんな結果、誰が望む。死んだ人間が戻るものか! 正しいのはこの、敷島万里だ!」

 

 赤いボタンへと、拳を固め押し込もうとした、その時であった。

 

「――いいえ。正しいのは、かくあるべしと、そう追い求める人の心よ」

 

 突きつけられた銃口に敷島万里は硬直する。いや、それよりも何故、という思いが先行した。

 

「……何故、だ。この部屋は機密に抵触して……」

 

「あなたが那由多に成っている間、私がただ単に妨害だけに終始しているとでも思った? この部屋はとっくに特定されていたのよ。いくらセクターに入力される膨大な情報があっても、管理者権限となればそう数は多くないもの」

 

 敷島万里は奥歯を噛み締め、臾尓へと声を投げていた。

 

「……わたしを、殺すと言うのか。臾尓……」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

「わたしが死ねば、永遠に那由多は戻ってこないぞ。彼は仮初めの人格だ。わたしがあのセクターに強制的にアクセス・フラッシュするために用いた、仮想人格に過ぎない。分からないのか? 奴はもう死んだんだ。だからわたしがここに戻ってきている」

 

「そう……那由多はあのまま、新宿セクターに居てもよかったのに、それでも決着を望んだ。私達の善性を信じて、自ら引き金を引いて……」

 

「善性? 愚かしいとは思わないのか、臾尓! ヒトの善性など地に堕ちて久しいだろうに! だから《ウィザードグリッドマン》はわたしの言葉通りに先代グリッドマンを殺し、そしてあの新宿を死の街へと染め上げた! ヒトはヒト同士、信じられるようには出来ていないのだ! 人間は、所詮は人間でしかない! それ以上にはなれない! だからグリッドマンが、管理者が必要だった。管理者は全ての思考を超越し、人間という種と共に進化の道を歩むために、必要な要素を踏むために手を組んだのだ。だが! 裏切ったのは人類のほうだ! 我々はセクターに繋がれ、死の楔から解き放たれ、そして傲慢にも永劫の生を手に入れようとして、神に見離された種族なのだよ!」

 

「……確かにグリッドマンは皆、人間の業に呆れ返った。どこまでも強欲な人類に、ハイパーワールドから来た彼らは見つめ続ける事を放棄し、いくつものセクターが神のいない、ただの廃墟に成り果てた」

 

「新宿も同じであったはずだ! 《ウィザードグリッドマン》は進化の兆しもない人類に愛想を尽かしていた! だからわたしのプランは正しかったはずなのだ! 人類の進化を促進するためには破壊が必要であった! 破壊こそが人類の本質! ヒトの持つ永劫の罪の一つではないか。それを何故分からない!」

 

「分からないわけじゃないわ。ただ、敷島万里博士。あなたが言うほどに人間は廃れてはいない。そこまで堕落しているわけではない。だって、那由多はそうだった。かくあるべしと信じたからこそ、彼は仮初めでありながら本物の生を得たはず」

 

「本物の生! 笑わせる! 結局死ねばわたしの人格に還ったではないか! 彼はいなかったも同義だよ」

 

「それは違う。彼は確かに生きていた、息づいていた! あの場所で、必死に。……一人の少女を守り通すためだけに、彼は己が何者なのかと言う茫漠とした闇と戦い、そして答えを得たからこそ、光に成れた。《真サイファーグリッドマン》は彼の持つ心の輝きそのものよ!」

 

「あんなものにぃ……っ! 光など見出すのが愚かだと言っているのだ! 死ねば終わる、死ねばそこまでの人格だぞ。現にわたしは、あのセクターでは死んだが、現実ではわたしのほうが優位だ! この身体は間違いなく、敷島万里であるはずだ!」

 

 哄笑を交えたその言葉に、臾尓は目を伏せていた。

 

「……そうとしか思えないのならば、私はここであなたを撃つ事に何の躊躇いもない。せっかく再生した新宿セクターを、シャットダウンはさせない。あの場所はこれからも生き続ける」

 

「生き続けるだと! 無駄な足掻きだ。《ウィザードグリッドマン》は欠陥品だ。迴紫は、狂っている。だから新たなる秩序が必要だった。本来ならばわたしが! 新しいグリッドマンとして迴紫を倒し、あの場所の……神に成るはずであったのに!」

 

「あなたは傲慢が過ぎた。その打ち止めがここなのよ」

 

 わなわなと手を震わせた敷島万里は臾尓を睨み上げていた。

 

「わたしを殺して、では那由多が戻ってくるとでも? 言っておくが、あり得ない。彼はセクターの中でしか生きられない存在だ。そして《真サイファーグリッドマン》と言うイレギュラーを廃した以上! もう戻っては来ない! 彼は完全に死んだのだ! それなのに今さら何を望む、臾尓……いいや、宝多局長殿!」

 

「……本当の名前はとうに捨てた。私は臾尓。那由多を助けるためだけに、あのセクターに生きた存在」

 

「陶酔するのも! いい加減にしてもらおうか。君は何か間違っている。いいか? 那由多は戻らないし、それに再生したからと言って何だ? もう終わりまで行き着いたセクターではないか。捨てたって誰も惜しくはないはず。新しいセクターはいくらでもある。そこでまた、実験を続ければいい。人類の進化! グリッドマンに成り得るだけの進化手順は既に踏めたのだ! ならば今度は! ヒトがグリッドマンに成ればいい! グリッドマンに変身し、そして永遠の光の国へ……ハイパーワールドへと進軍する! それが出来る、第一歩だったのだぞ。その好機をむざむざと……!」

 

「……やはり、その考えだったのね。ハイパーワールドへは行かせない。敷島万里。あなたはヒトとして死ぬのよ。ここで私の銃弾で」

 

「……ならば何故、さっさと撃たない? それとも! 那由多の姿形をしているわたしは撃てないかね?」

 

 挑発に、臾尓が眉をしかめる。その一瞬の隙を逃さず、敷島万里は懐より取り出した銃を放っていた。

 

 銃弾が臾尓の肩口を射抜き、鮮血の赤が白衣を染めていく。

 

 呻く臾尓に敷島万里は歩み寄り、その頭蓋へと銃口を当てていた。

 

「備えは打っておくものだ。こういう輩が現れる事、想定していないとでも?」

 

「……それでもあなたは那由多の勇気には勝てない」

 

「勇気! 自ら命を絶つ事、それを勇気と呼ぶかね? 彼は死んだ、もういない! だからここで君を助けるものは一つも存在しないのだ!」

 

 銃身で殴りつけ、臾尓が息を荒立てる。

 

「それでも……っ、信じたいじゃない。那由多はだって、戦い抜いた。迴紫を破壊する事だって出来た力で、迴紫を……もう一度だけ人類を見つめ続けてもいいのだと、思わせてくれた」

 

「結果論だ」

 

 絞った引き金に弾き出された銃弾が臾尓の足を撃ち抜く。敷島万里は高笑いを上げていた。

 

「さぁ、跪け! 命乞いをしろ! わたしには勝てないのだと、絶対者はこの敷島万里なのだと、そう口にしながら死んでゆけ! 君は確かに、何度も妨害をしたが、結局わたしには勝てなかった。わたしを上回る事は一つも出来やしなかった。研究者としても……人間としてもわたしの勝利だ! わたしこそが、あの世界を俯瞰する神に等しい。グリッドマンに成れた事がその証明であろう!」

 

「……勘違いを、しないで。グリッドマンは那由多の光に呼応した。あなたのじゃない!」

 

 銃口を向けるも、それでも臾尓は困惑しているようであった。所詮は女、撃てやしない。

 

 敷島万里は余裕をもって、臾尓の頭部に照準する。

 

「それが何だと言うのだね? 全ては結果にのみ集約される。わたしが一瞬でもグリッドマンに成れた時点で、このシステムは破綻しているのだ。ならば、壊れたまま、堕ちてゆけばいいだろう? 勘違いをしているのはそちらだ。君はグリッドマンの特別でも何でもない。わたしのアクセス権を横取りし、妨害を続けていただけ。全て、わたしの計画通りであったではないか。最適化、ナイトウィザードの駆逐によるサイファーグリッドマンの覚醒、そして《ウィザードグリッドマン》、迴紫との融合。何もかも、わたしの思い通りだ。分かるかね? 勝利者には成れないのだよ、君も那由多も。銃弾一つで君は死ぬし、那由多は君のような不完全な人間に全てを投げた。その時点で、負けが確定していたのだ。君は死ぬ、致し方ない。だが結果は全てであり残酷でもそれで終わりだ。臾尓、その思い出だけを抱いて、情けなく死ね」

 

 引き金を絞りかけた、その時、臾尓は口走っていた。

 

「……勘違いは、そちらも同じよ。那由多の信じた善性は何も、私だけじゃない」

 

「何……」

 

 刹那、響き渡った銃声が敷島万里の腹部を貫く。その眼差しが見据えたのは、扉の前で銃を構える、朋枝であった。

 

 鮮血に染まっていく白衣に、敷島万里は口走る。

 

「この……ただの人形がァッ!」

 

 返す勢いで放たれようとしていた銃撃が、ふと止まる。引き金にかけたはずの指が痙攣し、その銃口は何故か、自身のこめかみへと向いていた。

 

「……わたしは何をしている? わたしの、意思ではない……ああ、そうだとも、オレの意思だ……貴様は……ッ!」

 

 己の口から出る他者の言葉に敷島万里は当惑する。朋枝は銃口を下ろし、問いかけていた。

 

「……那由多、なの?」

 

「すまなかった、トモエ。今、お前がこの男を撃ってくれなければ、オレが出るまでの隙も生まれなかっただろう……何を言っているのだ。わたしは。絶対者はこの敷島万里だ! 貴様はただの仮想人格! セクターの中で生まれただけの、ただの仮初めに過ぎないだろうに!」

 

 片腕は強く敷島万里のこめかみに銃口を押し付ける。どうやらここで決めるつもりらしい。敷島万里は罵声を浴びせていた。

 

「……失われるのは、わたしだけではないのだぞ! わたし達が培った技術! それにノウハウまでも消滅する! グリッドマンに成れた! ハイパーエージェントに成る方法は確立されなければならない! そしてハイパーワールドへと至り、真なる人類の進化を促すのだ。そうでなければ……君も見たはずだ、あの荒廃した新宿を。あれの再現がきっと起こる! またどこかのセクターが朽ち果て、どこかのセクターでナイトウィザードのような組織が生まれる! そう、これは抑止のための行為なのだ。我々がグリッドマンに変身出来るという事、それ自体が人類の新たなるステージの進化! 人類の次なる次元への導きなのだ! それを分からずして、わたしは死ねん! 死ねるものか! わたし達は、グリッドマンへと進化する資格を――。黙っていろ、敷島万里。お前は勘違いをしているだけだ。オレ達は所詮、小さな光でしかない。だがそれも、誰かを守るために、その命を燃やすために使えるのなら、本当の光に成れるんだ。その資格は誰にでもある。グリッドマンはそのヒトの輝きに呼応してくれる希望の存在だ。お前の掲げる野望のための道具じゃない……。ふざけるな! わたしは……わたしは、こんなところでぇ……ッ!」

 

 引き剥がそうとする敷島万里に那由多は朋枝と臾尓に声を振っていた。

 

「ありがとう。二人とも。オレを信じてくれて。もう、行く。行かなければならない。オレはこいつを連れて、死に赴かなければ……」

 

「那由多! 本当に……お別れなの? もう会えないの?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。