GRIDMAN//CODE:Cypher 作:オンドゥル大使
「ねぇね。お兄さんは何のためにここまで? 遠かったんじゃないの?」
アノシラスの問いかけにツルギは何度目か分からないため息をついていた。
「……おたく、どこまでついて来る気っすか」
立ち止まって問いかけると、彼女はにへらと笑う。
「恩返しをしたいんだ。だから、それが出来るまでかな」
「そりゃどうも。本当に恩返しをしたいんなら、あそこで切符を盗まなくってもよかったんじゃないっすかねぇ」
「私、ドクロ鉄道の切符は買えないから。お金持ちだけれど」
ビニール袋いっぱいに詰め込んだ小銭を見せびらかす。ドクロ鉄道は信用が第一の交通網だ。信頼出来ない相手には切符を売らないのがモットーである。
「そりゃ、密航者って寸法かい」
その言葉にアノシラスは頬を膨らませて抗議する。
「違うよ。うまく法の目を掻い潜る知恵者って言って」
「それを密航者って呼ぶんでしょうが。にしたって、俺について来たっていい事は一つもないと思いますけれどねぇ」
アノシラスは盗んだ一発の銃弾を目元に持って来る。光を反射する金色の銃弾は珍しいのかもしれない。
「綺麗だね、これ。お兄さん、他にも武器を持っているんでしょ」
「そこいらで言うもんじゃないっすよ。それに、だから何だって言うんすか」
アノシラスはふふっ、と含み笑いを漏らした。
「自分だって、ドクロ鉄道に見つかればお縄でしょ?」
「……同じ穴のムジナだって?」
「言ってないけれどお兄さんがそう思うのなら、そうかな」
どうにも読めない相手だ、とツルギは白髪を掻いていた。
「……この辺りの土地勘くらいはあるんすよね」
「任せて。私、自慢じゃないけれど一度通った道は忘れないから」
「そいつぁ、結構。じゃあま、宿でも探しますか。それか、ここいらの地図に接触出来るターミナルでもあれば……」
そこでツルギは立ち止まる。アノシラスが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「……嫌な臭いだ」
サングラスをかけ、機能を発揮する。索敵モードに入った視界に漂う残滓は見間違えようのない。
「怪獣が、この辺に出やがったな。まだ数時間も経っていない」
「そんなの分かるの」
「分かるように出来ているんでさぁ。しかもこの感じ……粒子が乱れている。誰かが高重力輻射砲でも撃ったみたいな……」
だがそんな大それたものを放てるだけの戦力が揃っているか、という問いかけにツルギは否と胸の中で応じる。
「そんな奴がいたら、それこそ怪獣以上に……」
「分かんないけれど、あの人にでも聞いてみる?」
アノシラスの言葉にツルギは月光の降り立つ空間に佇む、一人の男を視野に入れていた。
ジャンクの山を睨んでいる男へと不用意に近づこうとするアノシラスを制する。
「気ぃ、つけるっすよ。あんた……そこいらの人間じゃねぇな」
こちらへと振り向いた男の右目からブロックノイズが棚引く。相手は静かに問い返していた。
「……さっきまでここにいた奴とは違うな。誰だ、貴様は」
「下手に名乗る気はねぇっすよ。おたくこそ、何者なんで? 酷ぇ、ノイズだ。まるで射抜かれたみたいに」
その言葉に男のはらむ気配に怒りが宿っていた。男はすっと手を翳す。
察知したツルギはアノシラスを抱えて飛び退っていた。突如として空間に現れた巨大なる腕が鋭い爪を顕現させ、空間を掻っ切る。直後には霧散していたが、間違いない。相手は――怪獣だ。
「怪獣の、腕……」
「間違いねぇ。あんた、ナイトウィザード……!」
「その名前を知っているという事は、ただものではないと、判断する。わたしはここで高重力砲撃を行った相手を索敵するために降りてきたのだが、当てが外れた代わりに面白い獲物がかかったものだ。貴様は、何だ?」
「だから言ったでしょう。名乗る気は――さらさらねぇってなぁ!」
鞄より漆黒の二丁拳銃を取り出し、一回転させて構える。銃口が見据えても相手は涼しげな様子であった。
「そんなオモチャでわたしを殺せるとでも?」
「分かんないさ。やってみないと――なぁっ!」
アノシラスを置いて駆け出したツルギは闘争本能を剥き出しにして男へと肉薄する。相手は身をかわし、払った銃撃をいなしていた。
命中するであろう銃弾を先ほどから空間に呼び出す怪獣の腕で防御する。
「わたしにここまでさせる。何のつもりだ」
「何のつもりィ……? おたくらのボスが、何を仕出かしたのか、知らないわけじゃあるまいに!」
二丁拳銃が弾き出す銃弾の雨嵐を相手は翳した怪獣の腕で払い上げ、そのままの重量を活かして押し潰さんとする。
ツルギはその一撃に腕を交差させて防御する。持ち堪えたのがよほど意外であったのか、相手は瞠目していた。
「……わたしの攻撃を受け止める」
「下手に鍛えちゃいないんでね! おたくのような相手と渡り合うにゃ、半端な鍛え方じゃ足りねぇってんだ!」
押し返したツルギに男は怪獣の腕を掻き消す。ツルギは二丁拳銃を突きつけ最後通告を言い渡していた。
「今からおたくを――デリートするぜ」
「……その自信はどこから湧いてくる。ただわたしの一撃を防御しただけではないか」
「どうっすかねぇ! 怪獣の一撃を受けたんだ。それなりに価値はあると思うっすが!」
「……貴様は理解していない。わたし達ナイトウィザードの力を。何一つ、だ」
「そりゃどうも! こちとら、詭弁を弄する時間も惜しいんで!」
跳躍し相手へと踊りかかったツルギを横合いから出現した怪獣の腕が薙ぎ払う。しかし、ツルギはその腕を伝って走り抜け相手の本体へと迫っていた。
「……戦闘勘だけはある。ハッタリも、ここまで来ればそれなりだ」
「ハッタリじゃありませんぜ! 俺の銃弾は、脳天を貫く!」
引き金を絞り、銃弾が殺到する。それを相手は今度は怪獣の腕で受けず、瞬時に掻き消えていた。
どこへ、と首を巡らせる前に、第六感が告げた方向へと銃口を据える。背後に立ち現れた相手の心臓をツルギは狙い澄ましていた。
「後ろに現れるなんて、よくある手で!」
「ああ、確かに。だがわたしは、奇襲のために後ろに現れたわけではない」
その言葉を解する前にツルギは廃墟を貫いて現れた怪獣の両腕に抱かれていた。叩き潰す一撃。粉塵が舞い上がり、怪獣の腕が握り潰される。
「死んだ、か」
降り立った男がアノシラスへと視線を振り向ける。アノシラスは完全に戦闘の色濃い空気に呑まれているのか、硬直していた。
「……怪獣、なの……?」
「どちらとも言える。人間とも、怪獣とも。しかし、今の男……使い手であったな。ちょっとでも油断をすれば取られていたか。だが、わたしにとって敵ではなかったと言うだけの話だ。さて、目撃者は消しておかなければ。先ほどの重力波の使い手と言い、ややこしい事態に転がりつつある。わたしも力を使い渋っている場合でもなくなった。ナイトウィザードの序列として、貴様らを葬る事が――」
「お喋りは、嫌われるっすよ」
ツルギが取り出したのは蛇腹剣である。瞬時に拡張した武装域が男へと回り込み、その首を掻っ切ろうとした。
男は咄嗟に腕で防御するが、刃がその表皮を削り取る。ツルギは転がりながら、アノシラスの側へと割り込んでいた。
「……貴様……、何故死んでいない」
「仕留め損なった己の愚を! 他人の責任にするのは格好悪いぜ、おたく! なに、単純に俺のほうが強いからっすよ。ハンターナイトを嘗めないでいただきたいっすねぇ」
「ハンターナイト……それが、貴様の名か」
「それでもピンと来ない? ……おたく、相当に末席だな。ナイトウィザードの中でも新参っすね。実力も推し量り、ってなもんだ」
ツルギが蛇腹剣を振り回す。展開した蛇腹剣の剣筋が男へと直行する。男は腕を払い落とした。連動した怪獣の腕が出現し、壁となって防御するが、ツルギの放った剣は縄のように絡み付き、怪獣の腕を固定する。
「……わたしを縛るだと……」
「いやなに、使い手でもない相手ってのは始末が悪くっていけねぇっすね。負けを認めるんなら、ここで離してやってもいい」
「……冗談を、よく回る口だな」
怪獣の腕がツルギに向けて発射される。それをツルギは軽業師の身のこなしで避け、二丁拳銃に持ち替えていた。
「ドたまに穴ぁ、空けられたくなきゃ退くっすよ!」
構えたその瞬間、男が声にする。
「勘違いを。わたしが狙ったのは、貴様ではない」
その言葉の意味を解した瞬間、ツルギは舌打ちと共に身を翻す。アノシラスにかかろうとしていた鋭い爪を銃弾で弾き上げていた。
一瞬の気の緩みを突き、蛇腹剣の拘束を解いて男が浮かび上がる。
軽く後退したようにしか見えないのに、その姿は青錆びの建築物の屋上にあった。
「逃げる、っすか」
「挑発には乗らない。わたしには別の任務が充てられている」
「そいつぁ、結構な事で。ただまぁ、俺もやる気のねぇ相手にかけずらっているほど、暇でもないんす。だからここは、互いに引き分けって事で一つ」
その言葉振りに男はふんを鼻を鳴らす。
「……貴様は、この街で何が起こっているのか、分かっているのか」
「ナイトウィザード。きな臭いのは承知でさぁ。こっちはもろもろ清算しに、ちょっとした里帰りしに来ただけっすよ」
「……そこまで知っているのならば、生かしてはおけん」
男がその手から浮かび上がらせたのは拳大ほどのモニュメントであった。金色に塗装されたモニュメントは怪獣を象っている。
「ここで変身するんすか。随分と呆気ない」
「何とでも。不穏分子を排除するのに、早いほうがいいだけだ。アクセスコード、《グールギラス》!」
紡がれた言葉と共に男の姿は粒子状態にまで還元された。代わりにモニュメントの眼窩に光が宿り、直後には拡大されたモニュメントに色彩が灯っていた。
ツルギは飛び退り、アノシラスの身体を抱える。
「目ぇ、瞑っておいたほうがいいっすよ! 怪獣形態になりやがったか……!」
アノシラスがきつく瞼を閉じている間に、ツルギは建築物を足掛かりにして踊り上がる。
現れた青白い体表を持つ首長の怪獣――《グールギラス》が右目よりブロックノイズを生じさせながら街を踏みしだいていく。
建築物の屋上に至ったツルギは舌打ちを漏らしていた。
「面倒だからって、怪獣形態に持ち込んで一掃、って腹っすか。下っ端らしいって言えばらしい……」
「……あれ、怪獣だよね……」
「そうっすねぇ……。我慢の足りてない奴だったって事っすよ。それか、人間態では勝てないって諦めたか」
「人間が、怪獣になるの……」
「……ま、ちと違いますが、そう思っていただいて結構。しかし、怪獣態になられると、討伐するのは難しくなるっすね。少し、躍らせておきますか」
ツルギは屋上を蹴りつけ、隣り合った建築物を跳躍していく。その運動性能にアノシラスが息を呑んでいた。
「……お兄さんも、怪獣?」
「……みたいなもんっす。ま、連中とは違いますが」
しかし、《グールギラス》の行動は自分を追い払うのには的確か、とツルギは一瞥を寄越す。
怪獣態になられてしまえば、一方的に蹂躙するのは難しくなってしまう。手持ちの武装だけでは怪獣を押し留めるのは苦労するばかりだ。
「一旦、退くっすよ。なに、勝ちの目が見えないわけじゃないっすから。温存っても作戦っす」
そう結んで、ツルギは宵闇を抜けて行った。