GRIDMAN//CODE:Cypher   作:オンドゥル大使

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♯1‐5

 眠っている、という報告を受けて朋枝は那由多に用意された部屋へと、静かに歩み寄って絶句する。

 

 鉄柵が用いられた部屋は、旅客を招くような造りではない。

 

「これ……座敷牢じゃないの」

 

「言ってくれるな、朋枝。これも村を守るためだ」

 

 兄の言葉に朋枝は食って掛かる。

 

「彼はあたしを助けてくれた! 恩人なのよ?」

 

「それも定かじゃない。聖域の事を知らず、話によれば記憶も怪しいとなれば、こうして閉じ込めておくのが正答に思えるだろう」

 

 何て言う身勝手な都合。朋枝は制止を振り切って座敷牢に入っていた。

 

「お、おい!」

 

「お兄ちゃんは、そこで見ていれば。彼が罪人なら、あたしもここで寝るから」

 

 意固地になった自分に兄は舌打ちする。

 

「……勝手にしろ。村の決まりを守れないんなら、お前だって……」

 

 立ち去っていく兄に朋枝は嘆息をつく。どうして、こんな言い争いになってしまったのだろう。別段、兄を快く思っていないわけではないのに、ジャンク集めを反対する兄のスタンスだけは理解出来ない。

 

「ある程度のジャンクがないと、あたし達は生きていけないのに」

 

 危険を顧みない自分の姿勢に、苛立っているのは分かる。だが、生きるために仕方のない事の一つだろう。それでいちいち危険を恐れていれば、それこそ生きている意味がないではないか。

 

 朋枝は那由多の寝顔を一瞥する。

 

 ぼさぼさの蓬髪。どこかやつれた頬。まともに食事も取っていないのではないだろうか。

 

 だが、寝息を立てている彼からは悲壮感は見られなかった。むしろ、これも当然な処置と割り切っている風でもある。

 

「……分かんないなぁ。旅人、か。この村から離れられないあたしには、縁遠いかな」

 

 旅とはどういうものなのだろう。ドクロ鉄道に乗り、村々を転々として色んな人に出会うのだろうか。理屈で分かっていても、実際には天と地ほどの差があるに違いない。

 

 朋枝はしかし、ここで生きてここで死ぬしかない自分を予感していた。

 

 ――どこにも行けない、どこかに行く術もない。

 

 何者にも成れないまま、ただ怪獣に怯えて終わるだけの生。

 

「……我ながらつまんない生き方かも」

 

 そうこぼして那由多を見やった瞬間、朋枝は息を呑んでいた。

 

 いつの間にそこにいたのか、青い髪を二つに結った少女が那由多の傍に佇んでいる。ぞっとするほどの冷たい眼差しで、少女は那由多を眺めていた。

 

 朋枝は後ずさって声にする。

 

「……あんた、誰?」

 

 少女は白磁の肌に金色の瞳を持っていた。その眼差しが自分を捉え、やがて唇が言葉を紡ぐ。

 

「……ナユタ。思い出しなさい。あなたの、使命を」

 

 自分が見えていないのだろうか。朋枝は護身用の帯刀を引き抜いていた。今まで持っているだけで一回も抜いた事のない刃の切っ先が彷徨う。

 

「聞いているのはこっち! あんた、誰なの……。どこから入ってきて……」

 

 入り口は一つしかない。それなのに、どこから、どうやって現れたと言うのか。少女はどこか寂しげにその眼差しを細めていた。

 

「……時間がない。ナユタを借りていく」

 

 その一言で那由多の身体は景色に溶けるように消えて行ってしまう。何が起こっているのか、朋枝には解する術がない。

 

 直後には少女も掻き消えていた。

 

「今のは……幻?」

 

 だが幻にしては、と那由多の身体があったはずの土間をさする。体温がまだ感じられるという事は、幻覚ではないはず。しかし、どうやって、那由多を消し去ったのか、それがまったく分からない。

 

「今の女の子……何なの」

 

 問いを口にした途端、激震が朋枝を襲っていた。前のめりによろけた朋枝にいくつかの声が耳朶を打つ。

 

「怪獣だ! 怪獣が出たぞ!」

 

 村人達が警鐘を鳴らし、次々と悲鳴を上げる。

 

「怪獣……? そんな、まさか……」

 

 座敷牢の窓から覗いた外の景色の中にいたのは、那由多の退けた首長の怪獣であった。首長怪獣は聖域の壁へと肉薄する。

 

 しかし、聖域の壁があるのならば平気なはずだ。そう思っていた朋枝は直後の事象に瞠目する。

 

 怪獣が首の根から灼熱のこぶを生成し、それを蹴鞠のように跳ねさせて放つ。直後、赤い壁と干渉し、聖域の光が消滅していた。

 

「聖域が……消された?」

 

 朋枝はこれまで生きてきた十六年間で決して侵されなかった領域が容易く霧散した事実に言葉も失う。

 

 村人達が焦燥に駆られながら火器で応戦しようとするが、それを嘲笑うかの如く、怪獣の尻尾が彼らを薙ぎ払っていた。

 

 転がった村人達へと怪獣がその巨躯で押し潰す。

 

 朋枝は覚えず目を背けていた。生まれ親しんだ村の人々が怪獣一体に蹂躙され、殺されていく。

 

 そんな現実を許容出来るはずがない。

 

「朋枝!」

 

 現れた兄に朋枝は駆け寄ろうとして、敵意の滲んだ声に遮られていた。

 

「……あいつ、どこへ行った?」

 

 ハッと留まった朋枝に兄が忌々しげに言葉にする。

 

「……やっぱり、あいつのせいか。あいつがここに来たから、怪獣までやって来た! 災いを招いたのは、あいつだ!」

 

 その言葉に朋枝は思わず言い返す。

 

「違うよ! 那由多は何も悪くない! 悪くないはず……なのに」

 

 消えてしまった那由多の行方は不明のままだ。兄は武器を手に取って踵を返していた。

 

「お前は外に出るな。大人達が怪獣を追い払う。いいか? 絶対に外に出るなよ」

 

 そう言い置いて兄は飛び出していった。朋枝は一度だけ那由多の寝そべっていた空間に目をやり、ぐっと拳を握り締める。

 

「……あたしだって、この村の一員……」

 

 駆け出した朋枝は村人達が怪獣に完全に押されている様子を視界に入れていた。

 

 怪獣が背筋に仕込んだ無数の赤い腫瘍から光を放射する。灼熱の溶岩弾が村の家々を融かし、粉砕していく。

 

 赤い眼光を帯びた怪獣が喉の奥底から吼え、村人達をゴミのように蹴散らしていく。無情にも摘まれる命に朋枝は叫んでいた。

 

「やめて――っ!」

 

 怪獣へと村人達が銃火器で火線を浴びせるが、全く効いている様子はない。それどころか、いたずらに被害を増やすばかりだ。

 

 怪獣が大地を踏みしめ、丸太のようなその腕が人々を薙ぎ払っていた。

 

 砕け散っていく現実と日常に、朋枝は膝を折る。

 

 救済はないのか。誰も、救ってはくれないのか。

 

 こんな時、誰かが――誰かが力になってくれれば。

 

 自身の無力さに朋枝は頭を振って叫びを上げる。

 

「こんなの……嫌ぁーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識の表層を撫でる声に那由多は瞼を開く。

 

 光の空間の中に自分は浮かんでいるようであった。那由多は歩み出そうとして、不意に感じた気配に振り返る。

 

「……また、お前か」

 

 いつもそうだ。自分の行く先々で絶対に目にする影。何か問い質すかのような黄金の瞳を持った何者か――青い怪人がこちらを見据えている。

 

「お前は何なんだ」

 

 懐に入れた龍の拳銃を突き出し相手へと照準する。しかし、相手は恐れる様子もない。それどころか、声が呼びかける。

 

(ナユタ。君の使命を思い出すんだ)

 

「使命だと。オレに、何があるって言うんだ」

 

「――あるのよ、ナユタ」

 

 不意打ち気味の声に那由多は拳銃を振り向けていた。青い髪を二つに結った少女がそっと佇んでいる。白磁の肌に黒い衣服。彼女は寂しげな瞳のまま、自分を視界に入れていた。

 

「……お前は、何だ」

 

「あなたは目覚めなくてはならない。この世界は、危機に瀕している。それを止められるのは、あなたと――グリッドマンだけ」

 

「グリッド……マン……」

 

 どうしてなのだろう。その名前が今まで聞いた何よりも、自分の心の奥底に波紋を立てたのは。

 

 那由多はうろたえた自分を誤魔化すように少女へと銃口を突きつける。

 

「お前は誰だ……。オレは、何者なんだ……」

 

「それを明かすのは私ではない。あなたは自分と向き合うのよ。その力と共に」

 

「力……。オレに、力……」

 

 瞬間、左腕に生じた熱に、那由多は困惑する。左手首に青い光が明滅し、それが鼓動と同期して、自分へと問いかける。

 

 どくん、どくんと脈打つその光に那由多は後ずさっていた。

 

「オレは何なんだ……。この光は……」

 

「光はあなたの心より生ずるもの。さぁ、叫んで。その約束の言葉を」

 

「……分からない。お前は、何だ」

 

「私は臾尓。光の導き手」

 

「ユニ……。どうしてなんだ? その名前を、オレはどうして……知っている?」

 

 光の空間の中で那由多は頭部を押さえる。記憶の奔流が激痛となって脳に叩き込まれていた。

 

 よろめいた那由多へと、臾尓は声にする。

 

「この世界を切り裂く、唯一無二の言霊を。あなたは叫ぶのよ。さぁ、その真言を」

 

「オレの、使命……」

 

 その時、光の空間の一部が晴れ、映し出されたのは膝を折って祈りを捧げる朋枝と、蹂躙する首長の怪獣であった。

 

 それを目にした瞬間、電撃的な確信が那由多の胸を衝く。

 

「……何なのかは分からない。だが、今オレは、トモエを助けたい。だから、行く」

 

 光の空間より那由多は駆け出し、そして――跳んでいた。

 

 その後ろ姿に臾尓の声が残響する。

 

「それでいいのよ、ナユタ。今は、それで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてなのだろうか。

 

 祈るべき神も、ましてや信じるべき何もかもを今、失ったと言うのに。

 

 ――眼前に佇む那由多の背中に信じるものを見出せたのは。

 

「那由多……。どうして……」

 

「オレは嘘をつかない。だから、守ると決めたものは、守り抜く」

 

 怪獣がこちらを睥睨し、灼熱のこぶを生成する。

 

「危ない!」

 

「大丈夫だ。行くぞ、怪獣《グールギラス》よ。オレの……」

 

 瞬間、那由多の左手首が青色に眩く輝き、静かに脈打つ。

 

 その光を携えたまま、那由多はゆっくりと左腕を掲げていた。

 

 直後、拡散した光と共に装着されたのは――。

 

「アクセプター……。まさか」

 

 青いアクセプターを装着した那由多は息を深く吸い込み、やがて一つの言葉を紡ぐ。

 

 それは、「光あれ」という意味のみが残った、失われた言葉の詩篇――。

 

「アクセス・フラッシュ!」

 

 その呼び名と共に那由多が腕で十字を形作り、アクセプターを押し込む。

 

 直後、那由多の姿は掻き消え、光が降り注いでいた。

 

 それはまるで、光の雨。

 

 月光の夜に降る、輝きの恩恵。

 

 人々が触れる事を忘れた、刹那の幻。

 

 直後に激震が見舞う。何かが降り立ったのだと朋枝が認識した直後、青錆びの街で建築物に寄りかかる形で、「それ」は顕現していた。

 

「蒼銀の……巨人?」

 

 蒼い巨躯に、銀色の装甲。眩い金色の瞳を持った巨人が建築物に寄りかかった体躯を静かに持ち直し、そして怪獣と対峙していた。

 

 その巨神の全身に蒼い光のラインが奔り、命の輝きを灯す。

 

(光波超人、《サイファーグリッドマン》!)

 

 巨人が発した言葉が風圧となって駆け抜ける。その名前を、朋枝は茫然自失のまま、口にしていた。

 

「《サイファーグリッドマン》……。あれは……何?」

 

 不明のまま、怪獣と巨人は向かい合い、それぞれに敵意を滲み出させていた。

 

 

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