「それでお話とは?」
女性は岳川を部屋へ通すとお茶を淹れ、テーブルに置いた。
「…実は昼間、あなた方にお会いした時には言わなかったことがあります。私自身のことなのですが、…あなたは妖怪や幽霊の類を信じていますか?」
「妖怪や幽霊ですか?まぁ、多少は信じてますかね…。」
「妖怪と人間は元々違う波長の存在です。たまに見たり、驚かされる程度で良い、何なら生涯の中で一度も会わなくて良い存在です。ただ何かの拍子に妖怪と人間、双方の波長が合わさった結果何らかの被害を被る事があります。精神的であれ、物理的であれ。人間サイドからすれば交通事故みたいに、突発的にね。そう言う事件を『妖怪事件』と言います。」
「えぇと、それが何か…?」
そこまで話すとお茶を一口飲んでから続ける。
「私はその妖怪事件、専門の探偵なのです。…そしてそんな私が動いているという事はつまり…」
「この事件は妖怪が起こした妖怪事件だと?」
「そういう事です。」
「えっ…いや、あの…よく分からないんですが?あの二人の事件は妖怪の仕業?じゃあ、あの二人が襲われたのは事故みたいなものだと?そう言う事ですか?」
「いや。今回は明確にあの二人が狙われていました。それは間違いないでしょう。」
「稽古に来ていたみなさんにも同じ説明をしたんですか?それでみなさん納得されたんですか?私は何がなんだか分かりませんよ…?」
「納得されないのも分かりますし、混乱するのも無理もありません。ただ、この話は最初から貴方にしか、しないつもりでした。」
「えっ?…どう言う事ですか?わたしにしか話さないって?」
「妖怪というのは何も木や海の中から自然発生するようなものばかりではありません。人間からも生まれます。例えばゾンビとかですかね。あれは人間の死体が動いてますから。こんな感じに人間の身体の一部などから生まれる妖怪もいます。ただ人間の身体の一部などとは違うものを核として生まれる妖怪もいます。」
「人間の身体の一部以外から生まれるもの?」
「心。人間の感情からです。人間の念とも言いますかね。そして今回の妖怪はこのタイプです。」
「感情…?もしそうだとしたら一体誰の感情から生まれたと…、えっもしかして…」
「そうです。今回の妖怪は貴方の感情を核にいて生まれたのです。帯元夢子さん。」
事実を聞き、呆然とする夢子。確かに蓮子に対しては少しイラッと来ることはあったがそれだけで?我に帰り岳川に問う。
「待って下さい。確かに蓮子に対しては少しイラッとした感情を抱いた事があるのは認めます。でもそんな一瞬の少しの感情で生まれるものなのですか?普通ならもう少し長く思った感情で生まれるのでは?」
「確かにそこまで一瞬の感情だと生まれる事はほとんどないでしょう。でも貴方自身が気づいているかは分からないが、もっと大きな感情があります。今回はそれが妖怪化したようです。」
「もっと大きな感情?」
「嫉妬です。…昼間の話を聞く感じだと、いつも違う着物を着てくる蓮子さんに対して憎たらしく思っていたようですが、それ以上に色々な着物を着て来れる蓮子さんを羨み、嫉妬したのでしょう。」
「嫉妬…?私が蓮子に嫉妬していたと?…確かに色々な着物を着て来れるのには羨ましさはありますが。…だったら何で今頃になって妖怪になったのですか?それが理由ならもっと早くに妖怪化しているのでは?」
「それは貴方の感情を妖怪化させるための決定的な出来事が起きたからですよ。」
「決定的な出来事?」
「彼女の彼氏が坂本さんだと知ってしまった時です。…昼間に貴方、事件が起きる前に坂本さんと蓮子さんが会っているのを見たと言っていましたね?そして坂本さんについても詳しく。…笑顔が素敵な男性だった、好みのタイプだったってね。私が思うに夢子さん、貴方は坂本さんに恋をしていたのでは?」
そう言われ、夢子は自分の中の坂本さんへの想いを思い出した。(確かに恋をしていた、好みのタイプで、素敵な男性だった。告白しようと何度も決心したが彼を前にすると本当にこんな私で良いのか、彼からすれば人に笑顔で挨拶をしたりするのは当然の事でそんな理由で告白されたら迷惑なのではないか、と言う思いがあり、言うに言えなかった。そしてあの夜、彼と一緒に歩く蓮子を見た…。)
「稽古が終わった後、貴方は夕食を買いに坂本さんがいるコンビニに行った。しかし、そこで彼とは会えずにコンビニを出て少しした後、待ち合わせをしている彼に会った。そこに蓮子さんがやってきて彼と一緒に何処かへ行ってしまった。…貴方はそこで悟った。彼は蓮子さんと付き合っていたのか、とね。突然の事にショックを受けた貴方は心の整理もつかないまま、ふらふらと家に帰った。」
(確かに私は彼に告白しなかった。告白しなかったし、その勇気もなかったのだから横から彼女らの事を言う事は出来ない。…でも、突然の事でショックを受けた私は呆然としながらも、色々考えながら家まで帰り、我に返ったのは家の前だった。)
「家に入り、買ってきたものを置いてひとまず着物から部屋着に着替えようとした。でもあの光景は頭の中に残ってしまい、どうしても考えてしまう。…そこで貴方は考えてしまった。それは人間、誰もが考えるであろう事でありながら、これまでの彼、彼女への想いが詰まったささやかで、何処か愛らしくて、そして絶対に叶わない悲しき願い。」
(着物を脱ぎながら、忘れようとした。でもどうしてもあの二人の笑顔が、腕を組んで歩いて行った光景がフラッシュバックしてきて、そしたらいつものあの自信に溢れた蓮子の顔まで出てきて、ちょっと憎らしいと思いながら、それ以上にこう考えてしまった。願ってしまった。今まで、思っていたような思いよりもずっと強い想い…)
「その願いとは…」
(そう、それは…)
『私も彼女みたいにお金持ちで自信に溢れていたら、幸せだったのに…!』
その瞬間、部屋に強烈な妖気が発せられた。その発生源は着物を掛けてあるハンガーからだった。夢子は驚き、
「一体何が起こったんですか?」
「どうやら、事件の事を思い出させている内に貴方にその時の感情も思い出させてしまったようですね、申し訳ない。…あれが今回の事件の妖怪ですよ。」
「着物が妖怪って事ですか?」
「いえ、違います。妖怪は着物の方ではなく…一緒に掛かっている帯の方です!」
ハンガーから帯がスルスルと落ちて行く。全て床に落ちたところで、それはまるで蛇が頭をもたげるようにして岳川の方を見ている。よく見ると帯の模様が光って、蛇の眼のようになっており、とぐろを巻いている。
「…岳川さん。あれは何ですか?」
「あれの名は『蛇帯』(じゃたい)。愛する者を他の女性に取られるなどした女性が付けていた帯はその嫉妬を受けて毒蛇になると言われています。そして毒蛇になった帯はその男の方から襲い、次に女性を襲うとね。…おっと。」
岳川が説明していると蛇が突進してきた。それを岳川は躱す。蛇はそのまま壁にぶつかるかと思いきや、壁に当たる事なく岳川の方へカーブしてきた。岳川は式神を出して対応する。蛇は動きを止めて式神を攻撃するが近距離を攻められているので攻撃しにくいらしい。すると蛇が天井まで上がったかと思うとそのまま式神に向かって突進してきた。当たった式神は粉々になった。式神に気を取られた隙を突いて岳川が札で動きを止める。
動けない間に岳川は夢子に蓮子について調べた情報を見せる。
「これは…?」
「淵森蓮子の半生についての情報だよ。読んでもらえば分かるけど、今の彼女はお金持ちではない。普通の女性だよ。彼女が高校生の頃に父親の会社が潰れて、彼女も母親も働いて家計を助けてた。その甲斐あって父親は仕事が見つかり、それなりの暮らしが出来てた。その後、故郷を離れ、必死に働いてお金を貯めては育ててもらった分として両親に毎月お金を送っていたそうだ。でも、今年に入って両親が相次いで亡くなってね。その時、彼女は何のために生きてるのか分からなくなってしまったらしい。…彼女を訪ねた時に慣れていると言っていたのはこれが理由だったんだ。そんな時、彼と出会った。彼と彼女は高校の時の同級生で元気がない彼女を見た彼が理由を聞いて、相談に乗っている内に恋人になったようだ。彼の励ましの一環が日本舞踊だったわけだよ。その甲斐あって元気を取り戻し、彼女は現在のようになったって事だよ。…つまり彼女はお金持ちの偉ぶったお嬢様ではなかったんだ。彼女は働いて、友達といる時間も削って働いて、…一度生きる希望を無くすも再び立ち上がろうと歯をくいしばって努力する苦労人のただの女の子だったのさ。
…夢子さん、これでも貴方は彼女の事を自分から好きな人を奪っていった悪女だと思うのかい?」
「…そんな、まさかそんな過去があったなんて。私、知らなかった…。もし、知ってたら私は彼女の事を憎たらしいなんて思わなかった。…岳川さん、私はもう彼女の事を悪くは思いません。彼女の良い部分を見つけて行こうと思います。…もう嫉妬なんて…しません!」
その瞬間、蛇の身体から靄のようなモノが抜けて行く。
「これは…?」
「夢子さんと蛇帯との精神的な繋がりが今、消えました。人の感情から生まれた妖怪はその人との精神的な繋がりを消さない限り、結構強いんです。でも、一度繋がりを消してしまえば弱体化するんです。」
そういうと、岳川は一枚の何も書かれていない札を取り出し、それを蛇帯に貼った。すると蛇帯の身体から出ていた靄が札に吸い込まれていき、札が剥がれる頃にはただの帯に戻っていた。
「何をしたのですか?」
「妖怪としての蛇帯の力の全てをこの札に封印しました。これでこの帯は普通の帯になりました。これでもう蛇帯になる事は無いでしょう。」
「…私はどうすれば良いのでしょう。」
「警察に言ってもいたずらだと思われるだろうしなぁ。…私としては彼女と仲良くしてもらえればそれで良いんだけど。まぁまずは彼女に謝ることからだね。」
「はい。分かりました。…今回はご迷惑をおかけしました。」
「大丈夫ですよ。ただ、嫉妬はほどほどに。ではこれで失礼します。」
「ありがとうございました。」
その後夢子さんがどのような会話を彼女としたのかは分からない。しかし、数日後に届いた手紙によると仲良く旅行などに行く仲にまでなったらしい。仲良き事は良いことだが…私は幽霊よりも女性同士の打ち解けの早さが怖いかもしれない。
今回の妖怪
〈蛇帯〉
中国の晋代の民俗風物誌『博物志』からの引用として、「人帯を敷いて眠ると蛇の夢を見る」と述べられており、日本でも愛媛県などの俗信で、枕元に帯を置いて寝ると蛇の夢を見るといわれている。また嫉妬する女の三重の帯が七重に回る毒蛇にもなるという伝承もある。
第弐話 終
読んでいただきありがとうございました。第弐話も無事終われました。いやー嫉妬怖いですね。外国での嫉妬は七つの大罪に入れられており、嫉妬を象徴する悪魔として、レヴィアタン、もしくはリヴァイアサンが当てられています。リヴァイアサンも蛇の部類なので日本でも外国でも嫉妬は蛇って事なんですね。次回はいつになるか分かりませんが気長に待っていてください。では、また次回お会いしましょう。