「
窓の一つもない何もかもを遮断した暗闇の部屋の中にある逆さまのビーカーの中で、男性、女性、少年、老人、聖人、囚人、罪人………どれにでも見える銀色の存在は揺蕩い、謳うように一人呟いた。
液体に満たされたガラスの中へ突如として光が現れる。正確にはホログラフィック似た遥か先の技術によって何らかのデータを映し表す画面なわけだが。
それらを操る素振りもなく、莫大な量のデータはポップアップしていく。何色とも言い表せない虹彩は、常人が触れたら脳を汚染され発狂もしくは廃人となるほどの情報を頭に挿入していく。
止め処なくポップアップ・削除が繰り返される内、ひと際目立つ文章が最前列に表示された。
―――検体名称『
―――非論理的現象を否定するための基準点、昨年5月より継続的な測定が不可能。稀に反応は現れるが、すぐに消失。
―――観測地点は静岡県。
―――中心点でアイドリングを続けるコアの規定回転数を確認できず。これにより、『上条当麻』から『個性殺し』が喪失したと仮定。
―――これらの情報から、予想通り『
―――個性『OFA』と並び、メインプラン主軸としての力は計画通り稼働中。
―――追記。『ドクター』は現在も生存している模様。過去に緑谷出久を診断した記録有り。
「…殺してやったはずの個体がそのまま生きてるのか、アレが複製だったのか今はわからないか」
「始めようか有精卵共!!!戦闘訓練のお時間だ!!!」
演習場へ連れられた1-A一同が門をくぐると、推薦入学者以外がいつぞやに見た景色が広がっていた。
細かな差異はあれど一度見たことのある、本質が一緒のステージは一般入学者にとって小さなアドバンテージになる。どうやって推薦入学者との差を埋めて倒すか、というのに躍起になっている人物もおり、ある種のハンデが推薦入学者に課せられているのが今回の戦闘訓練だ。
何が行われるか事前に聞かされていた1-Aの彼らは、戦闘訓練という名目に浮足立つ者がいたり、不安な表情をしたり、ヒーローコスチュームに武者震いをしたりと、十人十色の反応を示していた。
ナチュラルボーンヒーロー様は皆の様々な感情を笑顔と言葉で鼓舞する。
「良いじゃないか皆。カッコイイぜ!!」
その中の一人、真面目という概念を表したような少年は、身に着けた装甲をガシャンと鳴らして手を挙げる。今から行われる授業についての質問だ。
「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」
オールマイトは片腕を生徒に見せつけるよう突き出し、指を2本立てた。
「いいや!もう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!!
ゲフッ、と咳払いにしてはやけに粘つく音を立てた後、
「真に賢しい
喀血を悟られない為に突き出した側の腕の手の甲で口を軽く押さえて、そのまま腰へと戻していた。ついでにコスチュームで血を拭き取っているようだ。
見たくれは変わらず堂々とした立ち姿で内容を説明する。誰もかれもがオールマイトの不調に気を取られることなく、目の前の戦闘訓練に浮かれている。
ただ一人、それに興味が無い垣根帝督を除いて。
彼は今、オールマイトの動きを観察していた。
「(…。何も動いていない状態で、吐血?)」
一般的に吐血の原因というのは、気管支から十二指腸にかけて深い傷を追っていたり、過度のストレスや非ステロイド性消炎鎮痛薬の服用、アルコールの飲みすぎなどが挙げられる。また、急性の胃粘膜病変でも起こり得る症状だ。
しかし先ほどの様相を見る限り、慣れた手付きで
見た感じ足取りが覚束ないということもないし、そもそも通勤時から人助けをしているようで、吐血するほど酔っていたという事実はない。急性の胃粘膜病変だ、というわりには慢性的なモノに対する処理の仕方だった。度々メディア露出をしているし、大勢の前で授業をすることだったり、ヒーロー活動そのものが過度のストレスというわけでもない。
考えつくのは気管支から十二指腸にかけての深い傷か、非ステロイド性消炎鎮痛薬の服用。
どちらかを判断する
これ以上の情報がないのに追求しても無駄なことだ、と悟った彼は、空を見上げていた。
垣根帝督が自分を
本当に血痰を吐いていたのか?と思うほどに快活な声を演習場へ響かせる。
「君らにはこれから
ヒーロー養成学校に入学したとはいえ、入学してまだ二日と経っていない。ルール無しの
「基礎訓練もなしに?」
だから。
「その基礎を知る為の実践さ!…ただし、今度はブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか…?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」
「このマントヤバくない?」
「んんん~~~聖徳太子ィィ!!」
ヒーローへの道を踏み出して二日目にしては明らかに一人
「いいかい!?状況設定は
そこで、当然の疑問が湧く。今年度は何故かクラスの人数が偶数ではない。飯田天哉は再度疑問を呈す。
「A組は奇数ですよ!?適当なのですか!?」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういう事じゃないかな…」
「そうか…!先を見据えた計らい…しかし、人数差が出るのは有利不利がわかりやすくなってしまいませんか?」
「勿論!君たちはまだヒーローを目指したばかりのヒヨっ子ですらない有精卵だ。そこは考慮してあるぞ、飯田少年!後で説明するから、とりあえず今はくじを引いちゃいなっさい!!」
「失礼致しました!」
「いいよ!!早くやろ!!」
A…緑谷・麗日
B…轟・障子
C…八百万・峰田
D…爆豪・飯田
E…青山・芦戸
F…砂藤・口田
G…上鳴・耳郎
H…蛙吹・常闇
I…尾白・葉隠
J…切島・瀬呂
???…垣根
意味ありげな笑顔を浮かべて、
「ハテナマークのボールを引いたのは…垣根少年!!君の対戦相手は…最後のお楽しみだ!!」
と、掲げたボールを仕舞い込む。
垣根帝督は
他の生徒間とのギャップを埋めるのにどういう策を取ったらいいか相澤やブラドキングに相談したところ、垣根には他の何かをしてもらうなり、ハンデを背負ってもらうのが妥当だろうという結論に至る。
情け無い話ではあるが垣根にその話をし、くじ引きの箱に細工をするという形で進めることになった。
箱の内側面に垣根のくじだけ貼っておく、という古典的な
「続いて最初の対戦相手はこいつらだ!!」
オールマイトがガサゴソとボックス球の入った箱を掻きまわして、乱雑に2つ取り出す。ぐるぐると手中で入れ替え、片手に1つずつ持つ。
彼の両サイドにある『HERO』、『VILLAN』と書かれた箱、それぞれ対応した方に持っている球の名前を、古いテレビの司会者が如く声を上げ始めた。
「Aコンビが『ヒーロー』、Dコンビが『
ワケありの幼馴染の対決だ。
爆豪勝己は口を閉ざしたまま目を見開く。
緑谷出久はハッとした表情をヒーローコスチュームの裏に。
「
待機の生徒をモニタールームに入室させると同時期に、最初の
「飯田少年、爆豪少年は
「訓練とはいえ
核兵器と銘打っちゃいるが実際にそんなモノ用意するわけにはいかないので、サポート課の作った工作精度の高いハリボテだ。
…まぁ、持とうとすればハリボテらしく軽いが。
爆豪は後方にいる飯田に大して振り向かずに、口だけを動かして声を向ける。
「おい、デクは『個性』が…あるんだな…?」
「?あのスピードを見ただろう。入試の時は0Pの
言質が取れた。どうやら、入試の時も個性を使っていたらしい。
ブチブチ、ブチブチと爆豪の中で何かが膨張する。
機嫌悪く『へ』の字に曲がっていた彼の口角は上がり、剥き出した生の怒りと歯を見せ。
それは限界まで濃縮されたとどろどろのスープに火をかけたように、底から沸々と湧き上がる。
「クソナードが…!!」
「建物の見取り図…覚えないとねコレ」
そう溢すのは、麗日お茶子。
「相澤先生と違って罰とかないみたいだし、安心したよ。オールマイトって優しくてテレビのイメージとあまり変わらんね。………安心してないね!!」
目まぐるしく話題が変わる―――――いや、思ったことを素直に吐き出す麗日が緑谷の方を見ると、どうやら見ているところがオカシイ上に身体の震えた様子が窺えた。
「いや…その…相手が…かっちゃんだから…飯田くんもいるし…ちょっと…、だいぶ身構えちゃって…」
「そっか…爆豪くん、バカにしてくる人なんだっけ…」
「凄いんだよ、嫌な奴だけど…目標も…自信も…体力も…『個性』…も、僕なんかより数倍凄いんだ」
捕食される小動物のようにガクガクと震えていた緑谷は、自前のヒーロースーツを整えだす。
オールマイトの笑顔を模したマスクを確かな手つきで口元へ構えた。
「でも……だから今は、負けたくない…な…って」
「男のインネンって奴だね!!?」
「あ、いやゴメン。麗日さんは関係ないのに…!」
「あるよ!コンビじゃん!!頑張ろう!」
「―――――!!」
麗日の柔らかな雰囲気中てられたのか、緑谷は恐怖どころか安心感…背中を押された気がした。
「そうだ麗日さん。やって欲しいことがあるんだけど…」
ごにょごにょと麗日へ伝えると、二人とも緊張した面持ちで演習のビル前へと到着する。
屋内戦闘訓練、開始。
「潜入成功!」
「死角が多いから気を付けよう」
ビルの一画へ窓から入る緑谷・麗日チーム。前が緑谷、後ろが麗日といった様子だ。彼にも女の子を守りたいという意地があるのか、もしくは別の思惑か。
今はまだわからないが、ビルの中を歩き進む二人。
緑谷が角から顔を出して確認し、ハンドサインを以て麗日がついてくる。まるで軍隊のようだ。
「(
深く、深く思考を回す。爆豪勝己という幼馴染なら、どのような戦術を使ってくるか。
かつて件の少年が爆破して捨てた、ヒーローノートに記述した内容。
屋内…それも狭い中での戦いの記録。
照らし合わせろ、思い出せ!!!
次のT字路へ差し掛かろうという時、
壁に激突するかといった瞬間、元来た方へ押し戻すように二人の進路を妨害しつつ『爆破』を放つ。
爆豪の行動に反応できた緑谷は、麗日を庇うように飛びつく。
「麗日さん大丈夫!?」
「うん、ありがと…」
「早速来た…!」
緑谷と麗日が一息ついていると、ガラ、と壁の破片が落ちる音がした。
音源へ視界を向けると、ゆらりと
鬼は緑谷出久へ本当にヒーロー志望かと言いたくなるほどの怒りと歯を剥き出しにした笑顔を見せ、
「デクこら避けてんじゃねえよ」
「かっちゃんが
ヒーロースーツのマスクの奥から覗く緑谷の眼を見ると、
「中断されねえ程度にブッ飛ばしたらぁ!!」
と叫びつつ爆豪が構えるは、右の大振り。
実戦経験の無い緑谷が唯一知ってる、何度も受けた相手の癖。
憧れが一瞬の隙。確実に通せる読み。
僕たちが憧れたヒーローの決め技、DETROIT SMASHを無意識に反映させた攻撃。
緑谷はその右腕を掴んで叫ぶ。
「あぁ!!!!!!」
「(通じるぞ。僕の力が、かっちゃんに!!!)」
衝撃が駆け抜けた後、爆豪は体中から酸素が抜けていく感触を知った。
「ッッカ、ハッ……!!」
あまりの衝撃とマイナスGで爆豪の見ている世界は一瞬真っ赤に染まり、身体に力が入らなくなった。
「行って、麗日さん!」
「うん!!任せた!!」
麗日は緑谷の背中をポンと叩いたかと思えば、本来進もうとしていた場所へ足早に向かっていく。
同時に緑谷は爆豪へ駆け寄り、脚へ確保テープを巻き付けようとしたところで、
BOOOOOOOOOOOMB!!!
と目の前が光る。
爆豪は一瞬情報源を失ったことによって緑谷たちの行方がわからなくなっていたが、すんでのところで緑谷の呼吸や衣擦れが聞こえたため、目くらましを兼ねた強めの『爆破』をしたのだ。
…この攻撃で緑谷出久を吹き飛ばしたはずだった。
自分の足元にいたはずの緑谷がいない。どこだ、と気を張り巡らすと、タンタンタンッ…と小気味よく
振り向くと、重力に逆らって壁を高速で飛び跳ねる姿が見えた。まるで兎のように。
―――――速い。気づいた時にはもう、角を曲がった階段の先だ。
三下だと思っていた相手に、短時間で二度も出し抜かれた。
その事実が、更に、更にと爆豪勝己のボルテージを上げていく。
「(デクくん大丈夫かな…。爆豪くんを止めた後に合図するから僕に個性を使って、なんて言ってたけど…デクくん浮かせたら『爆破』の個性に相性悪いんとちゃうかな…)」
下の階層で、腹の底から心の臓まで響くようなの音が鳴る。音の大きさでわかりにくいが、どんどんと音源が移動するし威力が上がっているような気もする。
歩いている内に回収目標である核兵器を見つけた。後は見つからないように、と思っていた矢先、飯田天哉の独り言によって台無しになる。
「爆豪くんはナチュラルに悪いが、今回の訓練に関しては的を射ているわけだ…。ふむ、ならば僕も
うんうんと唸った後に、そうだ、と一拍置いて、
「これも飯田家の名に恥じぬ立派な人間となる為の試練!なりきれ!!」
ヒーローになる為、悪に染まれ!!
「俺はぁ…至極悪いぞぉお」
「ブフッ」
飯田の似合ってない演技に思わず吹き出してしまい、自ら位置を教えてしまったのだ。
「!来たか麗日くん…!君が一人で来ることは爆豪くんが飛びだした時点で判っていた!触れた対象を浮かしてしまう『個性』…。だから先程」
飯田は回収目標の核兵器の前で、仰々しく、小悪党らしく腕を広げる。
「君対策でこのフロアの物は全て片付けておいたぞ!!フハハハハハ!これで君は小細工できない…抜かったなヒーロー!!フハハハハハ!!」
<<デクくん!>>
<<麗日さん!どう!?>>
麗日の片耳についている通信機器から、緑谷の声と同時に風を切る音と爆発音が聞こえてくる。まだ音声が届くのは奇跡かも、と脳裏にチラつく。
<<飯田くんに見つかっちゃった!ごめん!>>
<<場所は!?>>
<<5階の真ん中フロア!>>
現在、緑谷が飛び跳ねている階の2つ上。
移動に苦はないし、今であればすぐに駆け付けられる距離…なのだが、それを簡単に許してくれる相手ではない。
<<もう時間もそんなに無いハズ!タイムアップは敵の勝ちだ!>>
と焦っていると、待ち草臥れた声が陶酔混じりに爆発音を乗せて追行してくる。
「溜まったァ…」
右腕の籠手をガゴン、と緑谷の方へと見せつけるように構える。
「何で本気でその個性を使わねえ…舐めてんのか?デク…」
「かっちゃん!もう…君を恐がるもんか!!」
両者ともに3階のフロアを飛び回る。爆破によって壁が削れていたり、壊れたコンクリートの粉塵が舞っている。何度も何度も鬼ごっこを繰り返す内に、消耗しているのはもはや人間だけではなくなった。
「てめぇのストーキングならもう知ってんだろうがよぉ…俺の爆破は掌からニトロみてぇなもん出して爆発させてる」
不意に爆豪が自分の個性を説明する。
確かに緑谷は爆豪の個性を熟知している。今更その話をする意図を掴めなかった。
「………?」
フロアの長い廊下で壁を蹴る力を弱くしてしまった。何が目的なのかが分からない。
曲がるべきだったT字路はとうに過ぎ去り、長い廊下の後にあるL字のコーナーしか曲がるところは無く。
「要望通りの設計ならこの籠手はそいつを内部に溜めて」
手榴弾をモチーフとした籠手のスライドが、ガコ、と開き、
<<<爆豪少年、ストップだ。殺す気か!!!>>>
オールマイトの警告虚しく、爆豪はそのピンを思い切り引き抜く。
「当たんなきゃ死なねぇよ!!!」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!
一瞬、廊下に光が溢れたかと思うと、ビルの一画では済まされない範囲が凄まじい衝撃を伴って消失した。
<<<…緑谷少年!!>>>
麗日の個性『無重力』によって止まれなくなっていた緑谷は、寸でのところで角を曲がり、爆風に吹き飛ばされていた。…否、その衝撃で次の壁へと激突していた。
フラフラと反動だけで空中を彷徨う。痛みに気をやっていると、やはり小刻みな爆発音が迫ってくる。ふとその後ろに何故か対面のビルが見えた。
あの威力がモロに自分へ当たっていたら、と想像するだけで悪寒が走る。
「ハッ…ハッ………!そんなん……アリかよ……ハッ…ハッ…」
惨状を生み出した元凶の形相は捕食者が獲物を追い詰めた時に似ている。
「はは…すげえ…」
自分でも想定していないほどの威力が出たのか、乾いた笑いを溢す爆豪。
…恐がるもんか、と啖呵を切ったはいいが、やはり生まれた星というのは騙せないらしい。
幼い頃からのカーストは簡単には覆らない。
背が凍り、震える。
肯定しなければ相手を鎮める術が無いのではと思うほどに。
「本気で個性使えよデク」
笑っている癖に、その表情はとても穏やかではなく。
「全力のてめェを」
鬼面、人を嚇
「ねじ伏せる」
「なあ?どうしたデク。当ててねえんだからまだ動けるだろぉ!?来いよ!!!」
揺蕩う緑谷を見下しながら手首をクイクイと動かしてかかって来いよと挑発をする。お前が挑む立場で、俺がブッ倒す立場なんだというのが所作の全てからあふれ出ている。
お生憎様、緑谷は既に切り替えて『ヒーローチーム』がどうやって勝利するかを見据え、耳に手を中て相方と連絡を取り始めていた。
「<<麗日さん状況は!?>>」
「今日も無視かよすっげえな」
バチバチと左の掌に小爆破を起こそうとしていると、スピーカーから聞き慣れた声が流れてくる。
[爆豪少年、次それ撃ったら、強制終了で君らの負けとする!!]
「はァ!?」
[屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の崩壊を招く!!ヒーローとしても
オールマイトの言うことが理解できて納得もできるし、威力で緑谷を怖がらせて戦う戦法が取れないのは勿論、圧倒的な力を示して緑谷に勝つ、ということができない苛立ちで、鼠に手を焼く獅子が如く吠える。
「~~~ァァああァ~!!」
<<――――う限界、解除していい!?>>
「<<少し待って!!階段で、じゃあ「じゃあもう!!」また!!>>」
緑谷出久は、もう自分を見ていない。特徴的な爆発音がした後、
「殴り合いだ!!」
緑谷に突貫する爆豪。浮いている緑谷はどうあがいても避けることができない。
両手をクロスして爆豪の攻撃を防ごうとするが、直前で両掌が緑谷へ向けられる。
中爆破。
てっきり右の大振りと呼んでいた緑谷は直撃。そのまま吹き飛び壁へ叩きつけられてバウンドする。
しかも緑谷は爆豪の攻撃に目を瞑っていた。読みだけに頼って現実を見ないと、失敗した時のリカバリーが効かない。
「ぶ、ぐ…ッ」
一息付きたい。そう思うが、加速した左の肘鉄が腹に飛んでくる。
「ぶ、ぐぉ、ぇ」
『無重力』下で威力はだいぶ収まっているものの、とうとう致命的なものを喰らってしまった。
「てめェの大好きな右の!!」
腕を掴まれ、次は弾み飛ばされる。
浮いた傍から背中に拳が飛んでくる。
前へ後ろへ、上へ下へと緑谷の脳は揺れ、吐き気や頭痛を覚える。ただでさえ『無重力』というのだから、平衡感覚はとうの昔に失いかけていた。
「あ゛」
床と二度目のキスをするころに
「逃げんなクソデク!!」
怒号が飛んでくる。しかし緑谷はお構いなしで縋るように壁を蹴る。運は彼に味方した。爆豪が来ている方向へではなく、逃げられる場所に跳ねることができた。
「なんで
『個性』を指しているのは罪悪感を持つほどにわかっている。これの本当の威力を飯田が話しており、それと食い違っているからというのがこの発言の肝だろう。
しかし彼をどこまで裏切ろうとも真実を話すわけにもいかない。
それに対する沈黙でしか応えられない。
「俺を舐めてんのか」
違う。一度たりともそんな感情を抱いたことはない。
「ガキの頃からずっと!!そうやって!!」
「違うよ」
そんなわけない!!
思わず振り向いた。
更に噴出する爆豪の怒り。瞳孔は開き、頭に血が上ったままだ。爆破の音が昂ぶりと共に強くなっていく。心境がそのまま世界に反映されていると錯覚するほどに。
「俺を舐めてたんかてめェはぁ!!」
違うんだよ、かっちゃん!!
「君が凄い人だから、勝ちたいんじゃないか…」
目尻に涙が溜まる。怯えながらも挑戦的で確固たる意志を持つ瞳。
その表情は爆豪にとっての凶器だった。本気で見下して虐めている奴に助けられた時のような、爆豪の全てを逆撫でてくるその顔が。
緑谷は踵を返して爆豪へと正対し、
「勝って!!!超えたいんじゃないか、バカヤロー!!!」
「その面やめろやクソナード!!!」
二人の熱量は頂点へと至った。
互いに個性を向けあう。
爆豪は顔の横から腕を構える。彼の原点『オールマイト』のスマッシュのように。
緑谷は左手を前に構えて、そのまま直線を描いて飛び跳ね近づいていく。
「<<今だ、麗日さん!!>>」
壁を蹴ると同時に声を発して、少し加速した後に『無重力』状態が解除される。
その加速は今日見せた中でもトップスピードに近かった。
彼の個性が―――――
そして、激突。
緑谷の攻撃は爆豪の反応速度を超え彼の顎へ突き刺さる。
対して爆豪の攻撃は緑谷の左腕で止められ掌はあらぬ方へと光りを放つ。
今まで『無重力』の恩恵を受けていたから簡単に吹き飛ばせて自分は耐えられると思っていたが、本当に絶妙なタイミングでそれが無くなった。
ぐらりと消え去りそうになる意識へ抗いながら、それでも尚彼は。
「やっぱてめェ、舐めて―――――」
そこまで言って、ドサりと落ちる音がした。
制限時間は後2分くらい。核兵器の確保に間に合うか。
アレコレ頭の中の情報を整理してブツブツ呟きながら、爆豪の脚へ確保証明のテープを巻き付け始める。
「<<麗日さん…また僕を浮かせられたりする…?>>」
<<…頑張る!!>>
はっはっ、と懸命に走る息遣いが耳元から聞こえる。
爆豪との戦いを制した緑谷は激しく動けなくなっていた。『無重力』で移動をしていた分、普段とは違う筋肉を酷使したというのもあるが、何よりも蓄積したダメージと制御の揺れた
テープを弱々しい手つきで巻き付け終えると、
<<<ヒーローチーム、WIN!!>>>
と、演習を終わらせる声がした。
そうだ、この演習は
僕だけでかっちゃんとの戦闘で勝てると思ってなかったから、ついつい
かっちゃんを僕に引き寄せて麗日さんに回収してもらう。麗日さんの体調次第では僕が100%の力でビルに穴をあけて、その騒ぎに乗じてもらうというのが一連の流れになるはずだった。
―――――今回は、勝てた。でも、麗日さんと協力できたからこその結果だと思う。
どこか遠い場所を見つめながら右手首を左手で掴み、自分の調子を確かめるように呟く。
「僕だけじゃ、まだ勝てない」
ところ変わってモニタールーム。全員揃っている。
爆豪はオールマイトに連れられており、保健室行きのロボに乗せる寸前で意識を取り戻した。
最初の試合が終わったところで、講評の時間だ。
「まあつっても…今戦のMVPは飯田少年だけどな!!」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
蛙吹梅雨が唇に手を当てて、「わからないわ」といった表情を見せる。
「何故だろうな~~~~~わかる人!!?」
お道化調子でバッと真っ直ぐ手を上げるオールマイト。それに応えるようにポニーテール少女の八百万が「ハイ、オールマイト先生」と手を挙げて理由を挙げる。
「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんの行動は戦闘を見る限り、私欲丸出しの独断。そして先程先生も仰っていた通り、屋内での大規模攻撃は愚策」
それを聞いて、爆豪は顔を曇らせる。
デクに負けたことがかなりのショックだというのに、自分の行動理由までもがピシャりと言い当てられていて、床を見る他無かった。
コスチュームの手榴弾を用いた爆破が悪手なのは訓練中にも言われた通りに理解していた。そのまま落ち着いていれば訓練に勝利する、という大前提を思い出せたかもしれないが、
「緑谷さんは爆豪さんを理解して麗日さんを戦闘から遠ざけていましたが、緑谷さん自身が敗北しない前提の危険な作戦でした」
そう、このクラスにいる大多数は知らないのだ。緑谷はオールマイト級の威力を出せる個性だということを。
もし最後の駆け引きで彼が乗ってこなかったら別の策があった。自損覚悟でビルの真ん中を縦でアッパーで打ち抜くという荒業。しかし、それだって爆豪のやった大規模攻撃と一緒だし、核兵器の回収は麗日に依存するモノでしかない。
「…私なら接敵した時点で二人で窓から逃げて一度撒いてから、飯田さんのいるフロア、つまり核兵器のあるエリアに二人で侵入します。実際やっていたように緑谷さんを浮かせていればスピード勝負に持ち込めましたし、数の利がありました」
緑谷はこの意見をメモしている。自分の考えを見抜いてくれている人のなら参考にできるし、何よりも推薦入学者の意見だ。
八百万が一つ長めの呼吸をした後、確かに、と周りからどよめきが起こる。まだ続きがあるようで咳払いをすると、他生徒たちは静かになった。
「麗日さんは中盤の気の緩みです。
麗日も麗日で心に刺さったらしく困ったように眉を顰めた。
「相手への対策をこなしていたからこそ飯田さんが困ることはなかった。ヒーローチームの勝ちは
モニタールームは静まり返り、オールマイトも笑顔に汗をダラダラと流しながら、
「ま、なぁ飯田少年もまだ硬すぎる節はあったりするわけだが…まぁ…正解だよ、くう!!」
「常に下学上達!一意専心の励まねば、トップヒーローになどなれませんので!」
オールマイトは推薦入学者の意識の高さを侮っていた。
場所を移して第二戦。Bチーム(轟・障子)vsIチーム(尾白・葉隠)はヒーローチームの轟がビルごと凍らせて勝利。その試合を見て爆豪は唇を血が出るほどに噛みしめた。
各試合も終わり、最後に残された垣根の番がやってくる。
「それじゃあ最後はハテナ対
先程チーム分けをした箱に全てのボールを入れ、片腕で箱を持ちながら膝もグルグル回してかき混ぜる。
少し唸って不意にオールマイトの動きが止まると人差し指を立てながら、
「戦いたい人、この指止ーまれ!!!」
と、腕を高らかに持ち上げたのであった。