とある科学の雄英高校   作:御餅勿々

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11話

 この指止まれとは言ったものの、背丈の高いオールマイトの手に届く人の方が少ない。かといってしゃがんで見たものの、そもそもクラスの過半数を超えて大人数が希望したために結局は選ばざるを得なかった。

 

 オールマイトとしてはあまり怪我をしていない生徒を選びたい。つまりは圧勝か完敗をしたチームから選ぶ。一人目は尾白猿夫。二人目は轟焦凍。どちらとも二試合目のチームから選ばれた。

 第二戦Bチーム(轟・障子)vsIチーム(尾白・葉隠)ではビルを制圧するために、大まかな場所を把握してからビルごと凍らせている。

 開幕ぶっ放しの初見殺しで。

 

「じゃあ三人目は、っと…」

 

 ビシッと綺麗な直線を描いている生徒を見つける。確か名前は―――そう、飯田。飯田少年。彼は特に目立った消耗もなく、初戦から随分と時間も経っているし、心拍数も呼吸も元に戻っているはずだ。知り合って間もない間からくる堅さも、一度経験を経て少なくなっているだろう。一戦目では掃除して動き回っていただけだし、特に彼は消化不良のはずだ。

 

「飯田少年!君が三人目だ!」

 

「先生!垣根くんの組む相手はどうやって決めるのでしょうか!」

 

 今まで2対2の戦いを行ってきたが、センセイの口から三人目という単語が飛び出した。聞き間違いではなく、尾白・轟・飯田が選ばれている。

 

 当然、疑問に思う。

 

「飯田少年…この演習はね…」

 

 轟と尾白は、むしろ垣根が一人だからだろうか、と思っていた。この中からランダムに垣根の相方を選んで、ヒーローチームと(ヴィラン)チームを分けるのだと。

 

「即席トリオ(バーサス)ハテナ…つまり」

 

 オールマイトは笑う。とても愉快に、ギラりとした目つきで。

 

「3(たい)1の変則的なマッチだ!!」

「そんなことがあっていいのですか!!?」

「うん!!垣根少年は君らの情報を持ってる。でも、君らは垣根少年の情報を持っていない。言葉というのは…いや、情報というのは、時に数と実力以上の効果を発揮することがあるからね」

 

 飯田と同じく疑問を表情に浮かべていたであろう生徒の目を見る。…解消はされていないようだ。

 

「ところで垣根少年、どっちを選びたい?」

(ヴィラン)

「先程の轟少年の攻撃!!ビルごと凍らす氷結攻撃を見て尚、(ヴィラン)側を選ぶということで良いのかい?」

 

 それもそうだ。なんて言ったって垣根の対戦相手は推薦入学者の轟焦凍。第二試合の衝撃は未だ衰えず、轟が指名された瞬間なんて「マジで?また一瞬で終わっちまわね?」の声が聞こえた。

 

 (ヴィラン)側ではヒーロー側で見せた巨大な氷結を使いづらい、というのが一般的な目線での見方だろう。核兵器のギミックによっては全体氷結、及び解凍時の水滴によって使い物にならなくなるし、閉鎖空間を仲間ごと凍らせてしまうことになるのだから。

 

 それだけヒーロー轟が期待されていて、(ヴィラン)垣根は期待されていない。

 

 どの試合の感想戦にも参加せず、部屋の隅で片膝を立てて頬杖をついていただけの、怠惰に見える人間。

 

 入試や個性把握テストなどで垣根の翼の威力を知っている人間でも、むしろそれが枷になると思っている。

 翼とは一般的に空を飛ぶものだからだ。こんな閉鎖空間では何の役にも立ちはしないだろう。

 

 周りの反応を見ていた切島鋭児郎――――正確には無意識のうちに感じ取っていたわけだが――――は、入試の時に彼がどのようにして麗日お茶子の存在を感じ取ったかというのを考えていた。

 

「(確かに垣根の翼の威力はすげェ…。入試の時も0P仮想敵(かそうヴィラン)に涼しい顔して立ち向かってた。けど、それが麗日を見つけられる理由にはならねえんだ)」

 

 何があるかわからないけど、何かがあるということだけは気づいている。そんな彼の心境など露知らず、

 

「構わねえよ。別にどうでもいいしな。最もらしい理由を挙げるとするなら、ヒーロー側は個性を知られてる前提で動くだろ?この訓練の趣旨に合ってんじゃねえの」

 

 垣根は一呼吸おいて、嘲を顔に貼りつかせながら紅白で半々に分けられた頭髪の少年を見下し、掌を空へ向け、手の甲を相手に向けて人差し指の間接をクイクイと曲げる。挑発のジェスチャー。

 瞬間、1-A一同の集まるモニタールームの温度が急激に下がったような錯覚を覚えた。…いや、本当に温度が下がっている。冷気が肌を這い上がり、真冬の呼吸のように鋭く、そして重くなる。固唾をのみこむものまで出る始末だ。

 

 挑発的なその態度は轟焦凍を苛立たせるのには十二分に効果を発揮した。目を見開き、口元は怒気に個性が込められ、感情と共に漏れ出していた。

 

 周囲の目線は彼らに集まる。否が応でも。

 

「てめェ、俺を」

 

 轟が言葉をすべて紡ぐ前に、垣根帝督は被せるように宣告する。

 

「―――言っておくが、あんな個性の使い方じゃ俺にゃ勝てねえよ。工夫次第でどうにかなるレベルを超えちまってる」

 

 喋ったこともない奴にいきなり自分を小馬鹿にされ、あまつさえ『お前は俺に勝てない』などと言われ、怒髪天を衝くとはこのことだ。頭の芯まで血が逆流しそうになるほどに、全身は震えた。心の中で叫ぶ。今すぐにでも叩き潰したいと。

 

 危うく個性を彼へ放出しそうになるが、すんでのところでとどまる。

 

「あァ?そりゃどういうことだよ」

「やればわかる」

「…チッ」

 

 一触即発。

 この二人の間に垂らされている緊張感。それも釣り糸が千切れる寸前のような張りつめた今の雰囲気を言い表すとしたら、この言葉しかないのだろう。

 

「ま、まぁまぁ君たち!決着は演習で付けよう!垣根少年は先にビルへ入って準備を!」

「ヒーロー側の準備ができたら教えてくれ」

「もちろん!!」

 

 垣根は気怠そうにドアを潜り抜ける。開いたドアは次第に戻ってきて、プシューと閉じる音がした。

 

「作戦を立てよう」

 

 静寂が場を支配していたが、次第に飯田天哉は垣根の居なくなったモニタールームで提案する。他の生徒にも聞こえているだろうが、とにかく彼は焦っていた。

 

「轟くんの攻撃を知っていても尚、あの余裕だ。何か対策を立てなければ…」

「いらねェよ。俺への対策があの翼で浮くことだとすりゃあ、浮くスペースすら無くせばいいだけだろ」

「そうかもしれないが…」

「俺の攻撃を相殺しようとするなら、オールマイト並みの威力をぶつけなきゃならねぇしな。…気づいてるだろうが、個性把握テストで見せたあの翼を振るうとなるとビルじゃ狭すぎる。赤ん坊のベッドで俺たちは寝ないだろ。それと同じだ」

 

 屋内で、しかも狭いビルの中で、十全にソレを使おうとすればビルの破壊は免れないだろう。爆豪と同じくして派手に破壊しようものなら減点されてしまう。

 先ほどお叱りがあったばかりなのに、同じ過ちなどしないはずだ。

 

「でも、君の攻撃の成否に関わらず俺は思うように動けなくなる…。多分、飯田くんもそうなんじゃないかな」

「?」

「俺の個性は見ての通り『尻尾』。身体が資本の個性だから、冷えてたら身体が動かしにくいな。飯田くんは?」

「ぼ…俺の個性は『エンジン』。冷え過ぎると確かに動かない。暖気が終われば問題ないが…派手な音も出るし俺だけ別行動の方が良さそうか、しかしこれは…」

 

「(垣根君の思うつぼなのではないか?確証はないが…チームの和を乱すわけにはいかないから、それらしい理由で合流しなければ)」

 

 轟はしばし考えた後、

 

「………そうだな。飯田は開始前から個性使ってろ。アジトがわかっているってことは突発的な状況じゃない。現着するのに暖気が済んでいないのは筋が通らない。飯田は蹴って壁を壊せるか?」

「可能だが…。それではバレてしまわないか?」

「バレるのが目的だからな。その機動力を活かして逃げてろ。後は俺が片付ける」

 

 暗に「お前は囮だ」と言わんばかりの視線を飯田に向ける。が、本人はそんなことを気にするより、どうやって逃げようかと思案しているようだった。

 

 尾白は実質的にリーダーとなっている轟へ確認を取る。

 

「ってことは、俺は轟くんに付いていけば良いのかな?」

「あぁ。俺より左後ろにいろ。危ねぇから」

「了解」

 

 

 

                                   

 

正面の東には轟と尾白。正面から左手の南には飯田を配置し、訓練スタート。

 

「<<お前が壁を破壊する音が聞こえたら一度ビル全体を凍らせる。その後に割った壁から侵入しろ>>」

<<わかった>>

 

 轟焦凍はチームのブレインとして機能している。慣れた様子で指示を出している。…いつも睨みつけている姿を自分に落とし込んで、利用しているだけだが。

 

 『エンジン』の回転数が一気に吹け上がり、乾いた音が鳴った後、ズパァン!ガラガラとコンクリートの砕け落ちる音がビル街を模した街並みに響く。空気は淀み、灰色の埃が重力に従って舞い落ちた。

 

 どうやら向こうはマイクを切り忘れていたらしく、ほんの少し遅れて耳元からも聞こえる。…窓ガラスもついでに割れたのだろうか、パリン!ガシャガシャと甲高い音も聞こえた。標準設定のコンプレッサーやイコライザーが多少は効いているものの、耳元で大きい音が鳴るというのは心地良いものではなく、鼓膜が刺さるように少し痛い。思わず眉間に皺が寄る。

 

 さて、右手を構えて第二戦よりも大きく、素早く灰色の建物を氷で覆いつくす。氷はビルだけではなく天をも穿ち、聳えていた。このビルのどこにも逃げ場所を作る気は無く、且つヤツに行動させる気もない。

 

「(流石に体が冷えるな。…右手が少し震えてる)」

 

 体の状況をチームに知らせず、彼は進んでいる。

 

 速攻で凍らせる。

 速攻で核を探す。

 速攻で溶かす。

 

 そうすればヤツが凍傷になったり、低酸素状態になったり、壊死する前に片が付く。

 初見殺しで一撃必殺。そんなこと普通の心理状態なら理解できているはずだった。…もちろん氷の少年には次善策が無いわけじゃない。あの奇怪な翼で身体を守り、力尽くで突破されている可能性だってあるわけだが。

 しかし先ほどの「あんな個性の使い方じゃ俺にゃ勝てねえよ」という発言で激情に駆られている彼の目的は、戦闘訓練で学びを得ることから、垣根帝督を氷の個性で屈服させるて勝利することに様変わりしてしまっていた。

 

 人を見下す挑発的な態度に、見事怒りを抱いている。それが垣根帝督の術中だとも知らず。

 

「(こんなところで躓いているわけにはいかない。俺は、右だけで上に行く)」

 

 まずは1階から溶かす。どうせ1階にはいない。セオリー通りといえばそれまでだが。

 

 やはり垣根は見つからない。しかし、事前に話した―――――計画と呼ぶに値するかは置いておいて―――――通りに進んでいる。飯田の『エンジン』の音が中で響いているのを確認し、彼らもビルの中へ堂々と入っていく。

 

 2階へ向かう階段の前で、独り言がついつい漏れた。

 

「何か仕掛けがあると思えば、なんてことはねえ」

「…実際やられた立場からすると、回避したり抵抗ができるとは思えないんだよねぇ」

 

 尾白はため息交じりにその言葉を吐き捨てた。だって、敵の目的は核兵器を守るかヒーローを捕まえること。ましてや一人で。建物の中を自由に動き回って守ろうとしたって、建物ごと身体を凍らされちゃあ不可能だ。

 第二戦よりもブ厚く凝固した水分の層を見ながら、対照的に薄く乾いた笑いを溢した。

 進行方向へは、人がかがんでギリギリ通れる高さへの調節。轟自身はゆっくり進みながら、それでいてチームの人間だけが適切に個性を振るえるように。

 ただただビルを氷漬けにしているわけではなく、微細なコントロールによって生成された氷の人工洞窟。

 

 そんなことを一息に行う彼の背中を見て思う。

 

「 (『半冷半燃』。底が見えない…!)」

 

 文字通り、個性の半分だけでこの強さ。何を思ってNo.2から受け継いだ炎を縛っているか理解できないが、このシチュエーションであるならばそれは正解だとも思う。

 

 空気が鋭く冷えているというのに、轟はお構いなしに廊下を歩く。…尾白もそれについていくが、少々寒い。彼曰く「少しずつ溶かしながら進んでる」らしいが、本当に少しずつなのだろう。こちらまで炎の個性が伝播することもなく、ビル内の気温、ましてや尾白の体が暖かくなるわけではなかった。

 

 飯田から連絡が入る。彼の見ている北側の階段まではクリアらしいので南側の階段を上る。

 

 未だ1階で索敵を行っている飯田から連絡が入る。継続して氷を削りながら進む方法を持っていないため、南側で一度合流することになった。耳元のそれから「先ほどはすまない。ガササ、ジジジ…ブツッ」と謝罪ついでにノイズが聞こえる。最後は飯田がマイクを切った音だろう。先ほどのミスはどうやら自分で気づいたらしい。

 

「大口叩いた割には何もしてこねえな」

 

 何もしてこない。

 そう。不自然なほどにだ。

 何かをしている痕跡も見当たらない。

 何かをしている音も聞こえない。

 何かをしている振動も感じない。

 

 いや…本当にクリアか?

 

 言葉をインカムに声を載せる前に、間も無く階下で何かが壁に激突した。吹き飛ばされ、鈍く重い音を立てている。

 そして何かが地面に落ちた。飯田だ。咽て、呻いている。しかし、それは人に伝わる音の波形にはなっていなかった。ただ無理やり酸素を吐き出させられて苦しんでいるだけ。ただ吹き飛ばされて痛いだけ。ましてや縦の距離も離れている以上、苦しんでいるようにしか聞こえなかった。

 

 尾白は階下を覗く。どうやら顔から落ちたようで、うつ伏せで倒れていた。顔のあたりから少々血が出ている。鼻血でも出ているのだろうか。

 

 肺の中の空気が一気に押し出され、声にならない呻きとともに喉を焼いた。壁に叩きつけられ、呼吸を取り戻そうと身を起こそうとするが、胸はこひゅうこひゅうと鳴り、空気を求めて荒々しく咳き込む。乾いた咳は身体を揺さぶり、喉の奥に鉄の味を滲ませながら、必死に生を繋ごうとしていた。次第に乾いた咳から血の混じった粘着質な咳へと変化していく。

 

 僕のことはいい。後ろからやられた。

 そう伝えたかったのに。

 

 飯田を起こすために、個性を使って2階から飛び降り、そしてしゃがみ込む。ビルの外にも面する側のL字路の壁へ身体を向けながら。

 

「飯田!?大丈夫か!?」

 

 だが、その1手は致命的だ。

 驚異の確認をせず、即座に飯田を介抱しようとしたこと。その優しさが尾白自身の無力化に繋がるとは想像もできず。

 

 飯田の装着していたはずのヘルメットの半分が、ゴンと後頭部に直撃する。尾白は痛みを感じたまま、沈黙してしまう。そしてそのまま飯田に覆いかぶさるようにして意識が闇に引きずられた。

 

 続いて降りてきた轟が破片の飛んできた方向を見やると、真っ二つに割れたヘルメットの片方を右手で弄びながら近づいてくる男がいた。

 その男は手中に収めていたそれを、男は鋭く、容赦なく投擲してきた。右目を狙うように、気絶するには十分なスピードで。

 後ろに仰け反りながら避けた。そして咄嗟に構えるのは右腕、延いては右半身。当然左半身が後ろに下がる。

 視界を潰されようが、半冷で身体ごと凍らせる。それで終わりだ。

 

 チームの二人を立て続けに落として、奴は勝ち戦を確信している。その隙をつく。流れに乗るだとか、そのままの勢いだとか、なんの確証もないのに突き進む愚かでチープな戦略だと、簡単で手の届きやすい結論に縋ってしまった。

 

 想像通り距離を詰めてきた。半冷を放つ。

 

 左側に回り込んでくるのが見えた。

 

 関係ない。

 

 終わりだ。

 

 しかし、勝利を確信した瞬間が最も油断するタイミングだ。

 その後ろには倒れている二人がいる。

 

「狙いはこれか…!!」

 

 右は打てない。

 

 距離を取ろうにも階段を上った先には自分が生成した氷がある。

 

 なら、体勢を変えなければ。

 

 思考と行動の隙間、奴の左腕は轟の右腕をがっちりと力強く掴んだ。そのまま強引に引き寄せられ、体勢は一気に崩れこむ。カウンターで半冷を放つこともできない。凍るのは奴じゃなく、先に床に伏しているチームメイトだから。

 

 奴が右腕を引き絞っていた。あとはもう、それを放つだけ。

 

 顎に右のアッパーが突き刺さる。

 

 脳みそを揺らされる。視界が明滅する。体はもう、膝から崩れ落ちている。

 

 ―――――負けるのか。俺は。

 

 意識を完全に手放す前に聞こえたのは、垣根帝督の冷たくてぶっきらぼうな、無機質な独り言だった。

 

「お前が行き止まりを作った。お前が二人の長所を殺した。お前は右だけで戦うことにこだわった。だからお前は負けたんだ」

 

                                   

 

 

 

(ヴィラン)サイド、WIIIIIIIN!!!!」

 

 オールマイトは高らかに勝敗を宣言した。楽しんでいるかい、どうだったと言いたげな表情をしている。そこにはなぜか誇らしさもあるように思えたが、今はそれを気にしている場合ではない。

 試合が終わってから10秒と経たない内にこの試合のハイライトが流れ始めた。

 垣根帝督が個性を使ったタイミングだ。

 

 一つ目。飯田が壁を蹴り空けたタイミングで南西のガラス戸から飛び出し屋上へ飛翔したタイミング。

 二つ目。少しだけ間をおいて屋上から飯田の空けた穴まで飛び降りるタイミング。

 三つ目。飯田を背後から奇襲し、ヘルメットを割ったタイミング。

 

 そして、雌雄を決した瞬間。

 

 緑谷出久はモニターから目が離せない。

 

 …いいや、それは緑谷だけではなかった。モニター越しに見学していた1-Aの面々は垣根帝督の圧倒的な能力に戦慄する。

 

 あるものは驚嘆し、あるものは絶望し、あるものは刮目していた。

 

 鮮烈なイメージのある個性だけではなく、体の扱いや判断力が自分のレベルとは違う。とても鮮やかだ。

 

 今回はクラスメイト同士で初めての戦闘。舐められないように強気で行ったり、そもそもがコミュニケーションを苦手としていたり…。緊張、興奮、etc。少なくとも感情の上下があってしかるべき状況なのだ。どうして画面越しの彼はこんなにも落ち着いているのか。

 

 自分には経験があったはずだ。あのヘドロ(ヴィラン)から爆豪勝己を助けようとした時、飛び出したのを思い出した。助けに行かない理屈はたくさんあった。ヒーローの仕事だの、自分は弱いだの、そもそもヒーローの邪魔となってしまうのだと。それでも飛び出してしまった。助けを求めている彼を見捨てられなかったから。

 飛び出してやはり、どうしようもない生理的な恐怖が身を襲ったのを覚えている。

 

 その経験があって尚、今回の戦闘訓練で敵のチームではあったが、本当に(ヴィラン)ではないはずの幼馴染に対して恐怖心は拭えなかった。かなり強がってはいたが。

 

 同じ年月を生きているはずなのに、どうしてこうも差があるのか。

 

 僕と垣根くんの、何がそんなにも違う。

 入試の時、実技試験が終わった時の話ではあるが、彼は全体を広く見ている。いや、見えすぎていると言ったほうがいいか。

 Pのある仮想敵(かそうヴィラン)を倒すことに執着していた。誰かを救うことでPが入るなんて思いもしなかった。自分が試験を0Pで終わらせてしまうことが、よっぽど心のウェイトを占めていた。人が下敷きになっているのを見てからは、考えるより先に身体が動いてしまっていたが。

 頭の芯が熱くなる。グラつく。悔しい。心臓の音が大きくなる。喉にまで脈を打っているような気がした。

 

 理解ができない。納得もできない。

 

 頭の中で自分の至らなさを反芻していると、今回の試合の講評が始まった。…雰囲気が少し暗いのを除けば、この授業全体を通して変わらないルーティーン。

 

「さて、今回のMVPは言うまでもないが……………………なぜMVPなのかはわかるかな?」

 しばしの沈黙の後、上鳴電気は挙手をした。

「人数の不利を覆したってのはわかんだけど、そっから先がなんて言ったらいいかわかんねぇ」

「いい着眼点だ上鳴少年!今回の要点は主に2つ。(ヴィラン)側は如何に人数不利を覆すか。そして、(ヴィラン)は如何に相手の行動をコントロールするか」

 

 オールマイトはヒントを出した。静まり返ってしまったこの教室を再度活気のある場所にするには、教師たる自分が盛り上げなければいけないという責務を感じたのだろう。

 それに応えるかのように、控えめに手を挙げる少女が一人いた。八百万百だ。

 

「…チーム決めの最中で起こったいざこざでしょうか。あぁ、ですからあの時オールマイト先生は言葉というワードが先に出たのですね」

「正解だ八百万少女!!それじゃあ次は人数不利を覆すにあたって、どうしたらいいかだ!!わかる人!!」

 

 八百万が破った静寂に続いて、間髪入れずに常闇踏陰が挙手をする。腕をピンとまっすぐ立てて。

 

「ヒーロー側の分断、各個撃破により兵力を削ぎ、矢継ぎ早に攻め立てることだろうか」

 

 多少の喀血しながら、親指を突き立てて答える。

 

「いいね!!その通り!!…そろそろ時間だし、それじゃあ着替えて教室にお帰り!!」

 

 そう言うと、オールマイトはとてつもないスピードで校舎まで駆けていく。足音はほとんど空気を割るだけで消えた。時間というものが何か。それは授業に割り当てられた時間ともう一つ、緑谷とオールマイトにだけ理解できるニュアンスで。

 

                                   

 

 訓練後の担架の上。いつの間にか意識が戻っていた頭髪の半分ずつ色が違う少年は、拳を握りしめていた。

 

 自分の個性に胡坐をかいていたわけではない。ただ、相手の思惑通りになってしまったのだろうというのは、理解できた。

 

 胸の奥がキリキリと痛む。垣根帝督に刺された心の棘が、時間が経つにつれ神経を逆なでする。

 

 悔しい。苛立ち。焦燥。気が立つ。鬱憤が溜まる。爆発寸前。

 

「ちっ………くしょう!!!」

 

 横たわりながら、思い返した。

 

 なりたいもの。したいこと。それは左を使わず父親を超えること。だから垣根に怒りを覚えた。こんなところで…生徒同士の戦闘訓練だけで負けるわけにはいかなかった。歩みが止まってしまうようでは、それを超えられるわけはないのだから。

 

 父親は血と汗が混ざり合い、滲むような努力を重ねて重ねて、それでも足りなければさらに重ねて。路傍の石を積み上げて、オールマイトの架けた橋を自分の力で超えようとした。

 

 結局No.1にはなれず、人の尊厳を踏みにじることをしたというのに。

 

 オールマイトの大きすぎる背中を超えるために、自分の個性を受け継いだ子供に超えさせる。何度も子を作り、最高傑作に!!

 その子は自分ではないというのに、それで達成したと思いたい。子供に自己投影をしている愚かで憑りつかれた思想。

 

 自らが嫌悪している人間と同じ穴の貉。

 

 父親はヒーローだ。

 ヒーローとは、人を助ける職業だ。

 それから逸脱した目的を持ってしまった。

 垣根を屈服させたいと思ってしまった。

 ヒーローとは、誰かを超えるためになるものではない。

 ましてや、誰かを超えるために誰かを足蹴にすることではない。

 ヒーローをヒーローたらしめているのは個性の強さではなく。心の持ちようだというのに。

 そんな行為は、(ヴィラン)となんら変わりないだろうに。

 

 彼は垣根帝督に負けた悔しさよりも。

 味方を信用しなかった悔しさよりも。

 チームの個性を殺した悔しさよりも。

 自分が右の個性にこだわったことよりも。

 個性ではなく体術で押し切られたことよりも。

 

 今は、父親と同じことをしていた事実を、悔いている。

 

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