とある科学の雄英高校   作:御餅勿々

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3話

 エンジンの回転数を指すそれは2から3の間を何度か行き来し、やがて一定のところで安定する。

件の少年へ調書を取りに行った帰り道。八木俊典は塚内直正に顔を向け、先ほど病室で見せていた笑顔とは裏腹に真剣な面持ちで話す。

 

「なぁ塚内君。彼の目的ってもしかしなくても上条少年の救出だよね」

「間違いなくそうだな。そして彼はこの誘拐事件に何が関わってるか、詳細は違えど気づいてる」

「「はぁ」」

 

 額に手をあてため息をつく二人。気づいているというのは、公権力が上条当麻を救出できていないだとか、犯人を逮捕できていないだとかいうことではなく、この事件が個性社会の闇によって齎されたことに、だ。

 

 垣根帝督はその闇を暴いて上条当麻を救い出し、光の世界へ連れ戻すことを目的としているということは容易に想像できてしまう。彼が暴走してしまう前に止めなければならないし、暴走してしまう前に彼らが捕まえる事が最善で最高の結果だ。

 

「悪の象徴であるAFOは倒したけど、まだまだこの世界から闇はなくならないな。平和の象徴はまだ倒れちゃいけないと痛感したよ」

「そうだねオールマイト。だからこそ思うんだ」

 

「?」と見る人が見たら可愛げのある表情でゾンビのような大男は首を傾げる。

 

「君はもうオールマイトとして長くないだろ。君は完全に倒れる前に、自分の後継者…次の平和の象徴を見つけ出して、世間に据えればいいじゃないか」

「どうしてだい?」

「君が完全に倒れてしまっては、平和の象徴の脅威がいったん途絶えてしまう。君が倒れたからじゃ遅いんだよ」

「そうだね…」

 

 そう言って八木俊典は、右腕で力こぶしを作り体中に力を漲らせ、大衆が見覚えのある筋骨隆々とした顔の彫りが深い男―――オールマイトになり、笑顔で快活な声を車内に響かせる。

 

「HAHAHA!!…私はまだ戦えるさ。次代の象徴を育てられるまで死ねないからね。マッスルフォームを維持できるのはもう5時間とないが」

 

 ゴフッ、と血を吐いてすぐに萎んでしまう大男。その言葉がもう虚勢になりつつあると知っていても、塚内直正は彼を止められない。信念は生半可なものではなく、半ば強迫観念にまで足を突っ込んでいる。この男は止まらない。止められない。臓物をまき散らしても進み続ける。だから、秘密を知るものとして、平和の象徴オールマイトを受け止めるしかなかった。

 

「じゃあ、早く見つけないとな。次代の象徴」

 

 少し悲しい笑顔を覗かせながら交差点を突き進みむ。車内はしばらくの間、エンジンルームから聞こえる規則的な音とアスファルトを蹴るタイヤの音に包まれた。

 

 彼らの目的地…まぁ、八木の家まで交差点があと3つといったところだ。先ほどオールマイトになって疲弊したからだろうか。「そういえば」と隣にいなければ聞こえないほどの弱々しい声で呟き、段々と力を込めて言葉を発する。

 

「塚内君。ヒーロー免許非所持者の個性による危害についての注意は無くてよかったのかい。いつもの君なら叱ってるだろうに」

「…並の敵だったら叱ってたさ。だけどあの時はヒーローネットワークも通信妨害を受けてたし、警察のネットワークに度々あった通報も解決済みに変更されてた。だから彼の場合は、どうしようもなく正当防衛が成立する」

「そんなことが…道理で私が来た時には事が終わってたんだね」

 

 八木俊典は後悔の念を孕みながら、その大きな手で自らの膝をギリギリと力を込めて掴む。その答えを遮るように、隣にいる男は継ぎ目なく彼へ問いかける。

 

「彼を次代の象徴にはしないのかい」

「そうだね。たしかに彼は強い。十分に次代の象徴足り得るだろう。だけど、ただ強いだけなんだよ。彼にヒーローたらしめる心はないんだ。そして、彼は自分の枠を特別に作れって言ったんだ。これがどういう意味かわかるかい」

 

 運転が疎かにならないレベルで思考を巡らせる。昼に彼が口にしていたことと、状況を照らし合わせてみる。親友が攫われた。トップ校の雄英高校に特別な枠を作れ。受験に使うはずだったリソースを全部リハビリに注ぎ込みたい…?

 

「最初から免許だけが目的ってわけじゃなさそうだな。彼は元々雄英高校には入学するつもりだったと?」

「そうなんだよ。垣根少年が上条少年に執着しすぎる理由って、彼個人に救われたことがあるからだと思う」

 

 なるほどな、と半ば無意識に声を出した。かつて自分にしてくれたように、今度は自分が救い出す。そして、対等な立場になりたいのか、と。

 警察やヒーローを信用をしきれてない理由……少年達の闇に気づき始めてる彼は、一度この内容を頭の片隅に追いやる。

 

「続けてくれ」

「彼は本質的には優しい人間なんだ。自分以外の少年少女の夢を潰したくないんだよ。彼に自覚のある通り、彼の頭脳と個性ならヒーロー界を革命することだって不可能じゃない。だけど、彼はそれを求めてないんだ。20人の枠に…ヒーローという枠に入る事じゃないんだ」

「なら独学でヒーロー免許を取得すればいいだけじゃないか。どうして雄英高校に拘るのかわからないな」

 

 要するにさ、と少し悲しい声で。されど、守るべき子どもを思い浮かべながら、暖かい表情で彼は呟いた。

 

「最初は上条少年の持つ何かに惹かれて雄英高校に入学しようとしてたんじゃないかな」

「つまり?」

「身近なヒーローに憧れたってことさ。そのヒーローを救わなきゃ始まらないとすら考えてそうだよ。あの子」

 

 Hmm...優秀な子どもが、警察やヒーローという正義を信じ切れていない。なら彼が堕ちる先は良くてヴィジランテ。最悪、敵になってしまうかもしれない。あぁ、考えたくもないな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 八木俊典との会話と、それに伴う事に夢中になっていながら、車はいつの間にか八木邸についていた。

 

「彼が敵に堕ちてしまったら、並みのプロヒーローじゃ敵わない。そして、今回彼の親友は闇にさらわれた」

「彼を犯罪者にしないために…敵に堕とされないするのも僕たちの仕事になるな」

「私は根津校長に直接話をしてみるよ」

「じゃあ僕は根回しだな。親戚の類が警察の情報網を使っても存在しなかった。僕も雄英高校について行こう」

 

「ありがとう塚内君」と笑顔でシートベルトを外す。そのままドアのハンドルに手を掛け、ガチャリという音とともに外へ出る。鉄とゴムが静かに擦れる音を掻き消すように、ハンドルを握る主へ語りかける。

 

「しかし、垣根少年は強いヒーローになれるよ。ヒーローの素質である自己犠牲の精神を持っている。そして、ネームド敵二人を相手に大立ち回りを見せたし、さっきも言ったように優しい子なんだよ。きっかけを作って上げられれば、彼は私が消えてからだって次代の象徴に成り得るんだ」

「そんな事言うなよ。生きて彼を導いて上げようぜ?」

 

                                   

 

オールマイトと塚内直正に邂逅して2週間

 

 垣根帝督はリハビリを進めていた。病院でやれるような動きは問題無いが、ある程度の運動強度まで行くと途端に身体が重くなる。

 

 その報告が主治医に伝わると、消灯前に「リハビリはあと1週間で終わり。その時に退院できるよ」と看護師を介して通達があった。日常動作までしか私たちは保証しない。後は自分で全部やれってか?クソッタレだな。と、心の中で悪態を付きながら、一応の感謝を伝えた。

 

 すると、看護師の中では若く、それでいて、世間一般でキレイ可愛いと称されるような魅力的な女性が、頭の上に掌を乗せる。「それが私たちの仕事だから気にしないの。私は今日で君と会えなくなるから、元気でね」と、指で頭を撫でるようにとんとん叩く。

 

 それは慈しみ、哀れみ、愛情、庇護するべき誰かを安心させるような魔力を持っていた。

 

 人に頭を撫でられるのは…触れられるのはいつぶりだろうか。そもそも、人肌と触れ合うなんていつぶりだろうか、と物思いに耽ていると、何故だか涙が出てきてしまう。

 

 寝れば見てしまうあの悪夢に嫌気が差していた。未だに捕まえられない警察やヒーローに嫌気が差していた。何も出来なかった自分に嫌気が差していた。

 

 そして、その掌の暖かさは、少年の凝り固まった暗い心を融かすには十分な暖かさだった。

 

「どうしたの」と、優しく、柔らかいその声で問いかける。

 

「俺は救われてばっかりだ」と、震える声で答える。

 

「救われてばっかでもいいんだよ」と、全てを包み込む声で彼の存在を肯定する。

 

「ぁ、いつら、に、襲われて、ァ、あいつ、ッ、攫われ、ッ、た、ときの光景が、ふ、ぅッ、とした、瞬間に、ッ、思い出しっ」

 

 嗚咽交じりの独白。誰にも見せることのできなかった一筋の光。誰にも吐けなかった弱み。なんでも打ち明けたわけではないが、家族のように愛していた少年はいなくなってしまった。孤独な少年はただただ震え、目元に隈を張りつかせながら、ただただ悲劇の子どもとして、どうしようもなく恐怖にその身を落としていた。

 

「君が落ち着いて眠れるまで一緒にいてあげる。私がいるから大丈夫だよ」と、少年のベッドに潜り込む。トクトクと一定の間隔で鳴り響くそれを聞かせるために抱き寄せ、頭を腕と腕の中にしまい、赤子をあやすように背中をゆったりと叩く。

 

 誰にも甘えられず、誰にも甘えられることもせず生きてきた少年は、ただただそのやさしさを抱き締め返して、枯れるまでそれを流し続けた。

 

 ひとしきりに泣き、疲れて眠った少年におやすみなさいと優しく頭を撫でまわし、ベッドからするりと出て、病室を後にする看護師。ただただ少年の安心を願い、呟く。

 

「おやすみなさい、良い夢を」

 

                                   

 

 その日はこれまでの入院生活の中で一番深く眠ることができたし、何度も何度も心を穿ち磨り潰したその悪夢を見ることが無かった。

数えることを飽きるくらい、久しぶりに”楽しい夢”を見た。それはガキ大将でも、不良でも無く、ただ一人のために悪党(ヒーロー)へ染まりかけた俺を、アイツが救ってくれた頃の、遠い記憶。昏がりに住まう俺を、夏祭りに連れてってくれた。首が疲れるくらいに空を見上げ、火の花が咲く濃紺のキャンバスを見せてくれた。その時、俺たちが握っていたのは、譲葉の飾りがついた林檎飴。それにかぶりつく瞬間―――――

 

 

                                   

 

 パチりと目が覚めた。まだ身体を襲う眠気とけだるさを振り切り、ふあぁ、と気の抜けた欠伸を部屋に響かせて起きる。窓を見ると外が随分と明るかった。時計の針は短針が2、長針が5を指していた。

 

 ひどく懐かしい夢を見た。相当心が衰弱していたとはいえ、甘えてしまったことに赤面する。誰かが見ているわけではないが、熱さを移すように両手でその小さな顔を隠す。

 

 目が覚めたし歯磨きや洗顔を済まそうと、病室の出入口付近にある洗面台へ、力強く足を踏み出す。鏡を見ると、張り付いていた隈は随分と薄くなり、睡眠不足がマシになっていることを示していた。寝られたおかげで久しぶりに脳が覚醒している内に、やるべきことを口に出し、自分に言い聞かせる。

 

「まずは脳への負担を軽くする。代理演算装置を作らなきゃだな」

 

 蛇口を捻り、手に溜め、顔にパシャと叩きつける。

 

 自分の代わりに考えさせるモノを作るためにその脳を使う。一見矛盾した行為に見えるが、個性を行使するよりかは全くもって楽な演算だ。必要な材料をまとめる。革、バッテリー、超小型ディスプレイ、CPU、基盤、etc。それらを書き写すために、一度ベッドにあるペンと紙を取りに行く。大方の原理は完成した。後はどういう形でそれを携帯するか。

 

 電極、充電、着脱、持ち運び。これらを考えたらチョーカー、ブレスレット、腕時計、グローブの案を考えついた。ブレスレット、腕時計はそのサイズで演算装置が収まりそうにない。既に公権力達に飼えと宣言している以上、チョーカーにすると猶更犬っぽくなるのがムカつくし却下。結局、消去法でグローブのような形に落ち着いた。

 

それは、世界を拡げるためのもの。

 

それは、世界を掌握するためのもの。

 

それは、世界を小さく掬い取るもの。

 

 未来にギラついているような。虫唾が走っているような。過去に追われているような。どこか苦しそうに興奮している顔で自らを嗤うような表情で鏡を見つめ、これから自分の命を預けることになる、それの名前をひとりでに呟いた。

 

手に装着し、この世界には存在しないはずの素粒子を掴み、操作するための、少年の脳の代替品。

 

「超微粒物体干渉用代理演算マニピュレータ…。わかりやすく『ピンセット』ってところか」

 

   

                                

 

 材料を書き出すのに夢中で気づかなかったが、書置きがオーバーベッドテーブルの上に置いてあった。几帳面な字で差出人の名前が書いてある。残していった人間は塚内さんらしい。

タオルで顔を覆い、叩きながらベッドに潜り込む。要件はなんだったのか、と少し考え込むが、見るほうが早いと判断し、その紙をひらりと捲る。

 

 久しぶりだね、垣根くん。君があまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、手紙でこの前のことを伝えることにする。

 

 結論から言えばOKだった。しかし、条件があってね。君も一般試験を通過し、それを圧倒的な差で合格すれば、君だけの枠を作ってもらえると。校長先生も人がいい。オールマイトと私が頭を下げるまでもなかったんだよ。私たちの言うことだから、と信用してくれた。ああぁいや、頭は下げたんだけども、校長先生は迷うこと無くOKを出してくれたんだ。さっきの条件付きだけどね。あと、事件のことを話したんだが、個人的に君のことを気にかけてたそうだ。身寄りも調べたみたいで、君が良ければ私が義親になってもいい、とすら言っていたよ。なにしろ人との子を為せない種族だからね。彼も少し寂しさを感じるのだろう。

 

 すまない。話が逸れた。それと捜査の進捗だが、進展があってね。安心してくれ。私たちが必ず捕まえるし、私たちが救い出す。

それとオールマイトから伝言だ。君を必ずヒーローへ導いてみせる。そのためにも必ず受かってくれよな!だそうだ。話が長いからだいぶ端折ったけど、大方こんな感じの事を言っていたよ。試験日時は―――――――――――

 

                                   

 

 2月までにやらなきゃいけないことが山積みになっている。まず第一に退院。第二に『ピンセット』。第三にあの翼の把握。しかもそれが大前提でスタートラインだし、その合間を縫って調べなきゃいけない事もある。彼の携帯端末は、現在警察が預かっている状態になっていて、何も調べられない。だから早く退院して、さっさと世間がどうなってるか知る必要がある。

 

 彼は半年ほど意識が闇に落ちていた。それが戻ってから3週間近くが経ってはいるが、重要度の低いリハビリの進捗以外はてんで悪い。しかも、雄英模試の中身次第で試験対策もしなきゃならなくなるかもしれない。

 

 幸先が悪いことに頭を抱える。が、そんなことを嘆いていても仕方がないので、読んでいたその手紙を机の上に置き、目を伏せベッドに横たわる。

 

 しかし条件付きとはいえ籍が増えるのは僥倖だ。()()()()()()()()()()()()()()()。いずれ行方不明になるかもしれない人間のためだけに本来の枠を割くのは心が痛む。

「連中が考えてる俺の性能よりもさらに先へ行く。舐めてやがるのか。一般試験に落とし込んだことを後悔させてやる」と、試験を試験たらしめているモノを全部ブチ壊す決意を無意識に世界へ放った。完璧なまでの”+1籍”(プルスウルトラ)を掴み取るために。少年は獰猛に笑い、拳を血が出るほどにギリギリと握りこんだ。

 

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