4話
季節は過ぎて、国立雄英高等学校、一般入学試験の日。
東京都近郊、某ホテルの一室。朝6時。
茶髪で強気そうな、顔の整った背丈の高い少年が、ジリリリ、ジリリリ、とけたたましく規則的な音を鳴らすそれを、目も開けずに右手へ納める。まだ意識と身体が覚醒していないのか、音が鳴りやむことはなく、ただただ不快な音を巻き散らす。しかし、段々とその音で意識が夢の世界から現世にゆっくりと降りてくる。
ジリリリ、ジリリリ。
手の中にあるそれを握り、上半身を起こす。が、まだ意識は夢と現実の境目をタップダンスを踊るように行き来している。
ピロロロ、ピロロロ。
特徴的で嫌味な電子音が彼の左側から大音量で流れてくる。流石に彼も意識が覚醒したのか、境界線で踊るのを止め、ベッドから起きて両方の不快な音を止める。
「慣れないベッドじゃ寝られないと思ったが、割と眠られるもんだな」と一人ごちる。ふわぁ、と可愛い声を漏らしながら、シャワールームへ向かう。
この数か月、色々なことを詰め込んだ。
数週間ほど『ピンセット』のために奔走した。
『ピンセット』の作成で、最初はバカ正直に材料を揃え、加工を依頼しに町工場へ行き、組み立てた。どの素材を使っても耐久性に難有りとなったし、代理演算させるにも金属を加工すると、自分の脳波と合わなくなる。
結局、手に入れられる素材で望む耐久性を持つものは無かった。
…自分の個性を使えば良いと気づいた日には、人気のない廃ビルで個性を振るい、八つ当たりをした。バカな話だ。素材も加工も全部自分でやれるはずなのに、すっかり抜けていた。
内部は市販のもので組み立てた。後は彼の望むように
全力で演算ができるのはおおよそ10分。ピンセットのような形を為した、本来なら掴み取るであろう人差し指と中指にあたるところに、バッテリーを内臓している。1本は本体と繋がっており、1本は予備電力として設計した。
身体のリハビリは順調で、軽めの運動くらいなら問題なくできるようになった。ジョギング、軽めの加重トレを何度も重ねた結果、あの時ほどではないが、体力もある程度回復している。
あの日から毎日考えていることだが、結局翼の本質はわからなかった。しかし、収穫はあった。
感情の高ぶりで生えたこと以外、何もわからない。感情に呼応して発現するものとして、今は置いて。
八つ当たりした時に2対4枚の翼になっていた事に気づいた。いつ2対目が生えたのかは気づいていないが、1対は6m程で、1対は15cm程のサイズだった。両方のサイズを変えようとしたが、まだ1対目の翼しか変えられない。まだまだ個性は成長の余地がある。
単純な力はどのくらい出せるか、と空中に向かって矢鱈に打ち込んでみたことがある。
かのオールマイトが日の目を見たアメリカでの動画。オールマイト:ライジング。あの時
そんな出来事を思い出しながら、シャワー室から出てくる。いつの間に身体を乾かしたのか。いつの間に髪をセットしたのか。答えは彼の個性にある。水の分子構造に介入し、未元物質で変質させ、様々な化学反応を起こし蒸発させた。髪の毛も、それを利用して形を保ってる。ただ、それだけ。
試験を受けるのに気分を上げたいのか、香水を手首にワンプッシュし、耳元と手首にポンポンと塗りつけた。それのブランドを聞けば、老若男女の半数以上が「あぁ、ここのね」となる決して安くはないその香りは、シトラスノートの香りがし、時間がたつとスパイシーになり、最後はウッディ系になり、とても人ウケが良く爽やかな印象を持たせる、嫌味のないさりげない香り。
服装は、赤でVネックのカシミヤセーターをインナーに、丈の少し短いYシャツをワインレッドのジャケパンで合わせる。外羽根ウィングチップでライトブラウン。ブローギング装飾にダブルウェルト、ダブルソールの革靴を履いている。どう見てもインテリヤクザ候補生だが、本人の容姿端麗さも相まって、とても”合う”だろう。
筆記用具、『ピンセット』を高級ブランドのリュックに入れ、スキンケアを施し、スマートフォンからジャズを流し、心を落ち着かせる。
時間は少し過ぎ、6時30分。某ホテルから東へ2分ほど。
ホテルからチェックアウトした彼は、朝食を買うために道中にあるコンビニへ向かい、おにぎり、サラダチキン、プロテインバーと野菜ジュースをカゴに入れる。レジに並んでいると、中学の制服を着ていて、身長が高くかなり筋肉質で、キレイな橙色の髪をしたサイドテールの少女が、どうやら慌てている。「すいません!お金取ってきます!」とレジを離れようとしたため、声を掛けた。
「なぁアンタ、高校受験か?」
「そうですけど…?」
この時、俺がなんでコイツに声を掛けたかわかってない。明確な意図を持ってやっていない以上わからない。
受けるのがヒーローの学校だから、困ってる人間を助けようとしたのかもしれない。
同じ受験生に見えたから、仲間意識を持ったのかもしれない。少なくとも、
こんなしょうもない理由で遅れて試験を受けられなくなったら、心に深い傷を負ってしまうかもしれない。
我ながら陳腐でチープな上に薄っぺらい理由だと思う。
それでも、俺は声を掛けた。
「店員さん。会計一緒にお願いしていいか」
「かしこまりました。お会計ご一緒ですね。えーと、二人ともお手拭きはお付けしますか?」
「えっ…?はい。お願いします」
すげぇ不思議な顔で見つめるもんだ。俺も不思議だよ。
「お願いします」
その手に持ったスマートフォンをレジの端末にかざすと、チャリンと音がする。会計終了のサインだ。
袋に商品を詰め終わった店員は、俺と彼女に一つずつ袋を渡す。「ありがとうございました」と店の中に声が響き、いつの間にか増えていた列が進む。
店の中で溜まるのも迷惑だと感じて外へ出ると、サイドテールの彼女が申し訳なさそうな顔をして喋りかけてくる。
「ありがとう。お金取ってくるから、ちょっと待ってて」
走りだそうとする彼女の腕を優しく掴み、待ったをかける。
「どういたしまして。金はいいよ。お前も受験生だろ。別の機会でいい」
「何、新手のナンパ術?…ってえ?アンタ」
ちげぇよ、と言おうとした矢先、
「アンタも受験生なの?ほんとに中学生?」
「中学生だ。ピッチピチの15歳だコラ」
言い回しがすごい古いじゃん、とか野暮な突っ込みはともかく、ホストみたいな成りでどこの高校へ受験に行こうというのか。気になる。すっごく気になる。
「へぇ、どこ受けるの?」
まさか自分と同じ名門高校を受けるとは思わず、世間話を振った。ただ、それだけだった。彼と同じ学校に通い、別のクラスではあるが、同じ科へ入学するなんて思いもしない。
「雄英のヒーロー科」
「ユウエイノヒーローカ…」
何故かカタコトになりながら、本気で言ってるのか聞こうとする。が、その目を見る限り嘘はついていないし、まっすぐそれを見据えてる。その意味を咀嚼し、飲み込み、えぇ!!!!!!!と今日一番デカい声を出す。
「うるせぇ。頭に響くだろ」
「びっくりしちゃってさ。あたしも受けるよ」
「あん?なら一緒に行くか。俺は垣根帝督。よろしく」
「おぅ、そうだな。私は拳藤一佳。よろしくな」
口に物を運び、咀嚼しながら歩くのは、一般的に行儀の悪い事とされる。しかし、若い男女がそれを為せば美徳となり、青春になる。傍から見れば美少年美少女が仲睦まじく会話をしながら歩いているというのは、カップルが仲睦まじく駅まで闊歩しているのと変わらない。道行く大人たちは彼らを見ると、勝手にほころんで一日のスタートを切った。
駅に着いた彼らは自動改札機に切符を入れたり、端末をかざしたりしてホームに行き、電車を数分待つ。しているのは何気ない世間話で、試験対策の話が出た。その時に、筆記試験をどういう風に対策していったか、という話になり、特に数学、科学の話になったときにそれは盛り上がりを見せた。垣根は暗記と公式を理解すりゃ解けると答え、拳藤はそれがうまくできないからどういう風に対策したか聞きたいんだよ!と嘆く。「個性の性質上、数学と科学は何があっても完璧にできる。何がわからないかを教えてくれないと言いようがない」と垣根は答えた。これはこうこうで~と話を続け、拳藤は頭の中で整理する。今まで見てきた参考書よりも、今まで教えてもらった人よりも、一番飲み込みやすく合点が行った。
「…垣根、めちゃくちゃ教えるのうまいな」
「心配するな、自覚はある。お前は基礎が出来てるから教えるの楽だよ」
「ありがと」
少女は屈託のない笑顔で感謝を述べた。が、次第に顔は曇っていく。何かが気に入らないように。何かを期待するように。
「垣根、せっかくなんだからお前なんて言い方やめてくれよ。名前で呼んでくれな」
「悪ぃ悪ぃ。名前で呼ばれないのは確かにムカつくもんな。いちゅか」
「いちゅか」
「っせえ。噛んでねぇ」
「噛んだ。絶対噛んだろ」
「噛んでねぇっつってんだろが。あー飲み物買ってくるけど何かいるか」
「さっきも買ってもらったのにいいのか?ブラックコーヒー」
かわいいとこあんじゃん、とか思いながら、拗ねて自販機へ向かう垣根を見送った。
雄英高校ヒーロー科受験会場。朝8時35分。
あれから拳藤は、ごった返す列車の中で、実技試験に何が出てくるか教えてくれた。なんでも知り合いに雄英生がいるみたいだ。仮想敵のロボットを倒し、そのロボットに付けられた点数の合計点数を合格点数に使う、と。そして、1つは凶悪敵を想定してある、と。
目的地である最寄り駅に到着したので、駅を出てトイレに行くことにした。
小便器の前に立ち、先ほど会話していた内容で、少し疑わしい部分があった。ヒーロー科の入試がこんなしょうもない、倒すだけの成績だけでいいのか?倒すってことはそもそも敵が暴れてるって前提だ。暴れるってことは被害があるってことだ。…あぁなるほど。
トイレを済ませて待ち合わせていた場所に行くと、先に拳藤は出てきていた。
「悪ぃ待たせた。行くか」
垣根のこの合図で二人は寄り、会話がまた始まる。
「どーした。遅かったけど腹でも痛かったか?」
「おま…拳藤に教えてもらった試験内容あるだろ。アレが引っかかってたから少し考えてた」
「…?特におかしいとこは無かったと思うけど」
んー?んー?と目をつぶり、首を傾げて顎に指をかけて考える。端正で可愛げのある整った顔でやるその仕草は、道行く男どもの視線を奪った。けど、どうしても出てこない。
「わからない。教えてくれよ垣根」
「ヒーロー科なのに、なんで敵を倒すだけのポイントなんだ、って話だ」
「あぁ、言われてみれば確かにそーだな」
「だから、人を救った時にもポイントが入るんじゃねーかなって考えてる」
「なるほどなー」
それを事切に、無言になる二人。垣根は拳藤が緊張状態になっているのが見えてる。肩はこわばっているし、手は無意識に握りこぶしになってる。そんな彼女の緊張をほぐすために、冷えきったその手の平を、健康的で白い珠のような首元へ押しあてた。
「~~~!!」
声にならない悲鳴を上げながら、垣根をバシバシと叩く。先ほど見ていたよりも顔が赤く、心無しか両手が少し大きくなっているような気がする。
既に雄英の校門をくぐったというのに、痴話げんかのようなものを見せつけられている葡萄頭の少年が、血涙を流しながらこちらを見ているが、気のせいだろう。
「ハッ。そんだけ反応できるんなら心配しなくてよさそうだ」
「あ…ありが、とう?」
「どういたしまして。俺の会場はこっちだから…そういや連絡先交換してねーな」
あのイケメン、受験当日にナンパ大成功かよ!!!!と叫びが聞こえる。幻聴だ。幻聴であってほしい。俺はナンパしたつもりねぇんだよ。助けたら同じ雄英受験生だったってだけなんだよ。
携帯電話を互いに振り、お互いの名前が友達リストに乗る。ティアドロップの黒いサングラスを掛け、アメリカ製の大型バイクに
「オッケー。受験が終わったら待ち合わせして、どっか飯食いに行こーよ」
「昼か?夜か?」
「夜がいいかな。着替えたいし、おしゃれしたいし。それに昼はここで食べれたと思うよ?ランチラッシュの食堂」
「そういや実技試験は昼からだったな。また後で連絡する」
垣根にとって筆記試験は何も苦戦することがない。半分寝てても満点を取れる。試験時間の60分の内10分を使って問題を解き、残りの50分は目を閉じて休息を取る。これをただただ繰り返しただけ。
教科の半分が終わった頃だろうか。眼鏡をかけて真面目そうで特徴的な眉をした、彼より身長の少し低いツーブロックの受験生が突っかかる。
「君は受験中に何故寝ている!?その服装もだ!ふざけているのか!冷やかしに受験をしているなら即刻帰りたまえ!」
ざわつく受験生たち。こんな緊張している場で喋りかけるのもすごいが、内容が怒りというのも、ヒーローを目指す同士の興味を引いた。
「お前が何にイラついてるのか知らねーが、俺は全部解いてんだよ文句言うんじゃねぇ」
「あの難問をあんな短時間で解くだと!?」
その少年から…いや、他の受験生からも驚愕の声が上がる。「嘘だろ」だったり、「最後のアレも簡単だったのか?」と。
「お前は個性が理由で早く終わるのが気に食わない差別主義者か?」
「んぅ。そうではないが、しかしだな。他の受験生たちのことも考えて…」
「わかったわかった緊張してんのな。なんか飲んで落ち着けよ真面眼鏡くん」
素直に持ってきていた水筒から水分を補給する真面眼鏡。受験でギスギスしてるだけで、多分良い奴だと垣根は納得した。
何回か喉を動かした後、息を吐き、落ち着きを取り戻し、真摯な声色で、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「すまなかった。俺の名前は飯田天哉。今ので気を悪くしてなければ君の名前を教えてほしい」
「垣根帝督。後で連絡先交換しようぜ」
「それはそうと中学の制服で受験に来るべきだと思うぞ、俺は」
場所は雄英高校の食堂、『メシ処』。時刻は両方の針が真上に向いてから1週している。
クックヒーロー・ランチラッシュ。雄英高校に通う学生の腹と財布を支える、学生の
今日は受験日ということで…食堂がやってる。ランチラッシュの作るメシは、忖度なく”一流”らしい。有名なグルメリポーターが雄英高校の食堂を取材したとき、食後に舌が沸き踊るとコメントを残した。今まで様々な名コメントを残していた彼が、ただただ語彙を失い、旨い。旨い。と短く残して丼にガッついた切り抜きの30秒は、放送3時間で再生回数はミリオンを突破した。
そんな彼の動画を見て、彼も一度は食べてみたいと思った。それが入学前に喰らえるのなら、そんないい機会はない。このチャンスを逃すまいと、券売機の前で並ぶ。
何を頼もうか。何を食べようか。朝は動きながら食えるものを買ったから、汁ものがあると良いな。麺類もありかもしれない。あ、いっそ両方食べてしまおう。この後に
どうやら前にいる受験生も注文し券売機から離れたらしく、自分の番が来た。出していた財布に手を掛けながら券売機をチラりと見ると、金額が0円になっている。マジでか。大盤振る舞いかよ雄英高校。
頼んだメニューは日替わり定食と日替わりパスタだ。定食を提供する場所、麺類を提供する場所が分かれているらしく、
キッチンを見るとどうやらランチラッシュだけが切り盛りしているわけではなく、他にも調理師はいた。が、俺の頼んだ2つは運よくランチラッシュが両方とも担当したらしい。提供するのも彼がやってくれて、大丈夫?胃に入る?と不穏な表情が垣間見える。そうだよな。俺細いもんな。この身体に入るとは思えねぇだろうよ。
最高だな。こりゃあのレポーターが言葉を失うのもわかるよ。有名店の出すモノって意味の質じゃない。学食だから良い。学生だからいい。ただただ、がっつく。上品に食べる一流ではなく、友人と喋り、楽しみ、栄養を補給し、授業なり部活なりの糧とするための質。資本主義の奴隷になった高級料理店では出せない、暖かい味。
ランチラッシュの味を噛み締めてると、右隣に先ほどの真面眼鏡くん…飯田天哉が「隣に座ってもいいか」と声を掛けてくる。右手に握る箸は口と皿を行き来しているため、左手でサムズアップする。席に座ると、俺の「すごい量だな…」と感嘆している。お前ほどの筋肉質でもそう思うのか。
「先ほどは本当にすまなかった。ところで確認したい問題があるのだが、ご飯が終わってからでいいから教えてくれないか」
あぁなるほど。答えを確認して安心したいからか。
咀嚼していた物を飲み込んで、日本人が夏に好む透明で小麦色の液体を流し込む。
「んっ…。あぁ、今で構わねぇよ。紙は必要か?」
「いや、大丈夫だ。まだ覚えてるから頭の中で計算できるぞ」
「お、じゃあ理数系か。どの問題だ」
「垣根君は本当に頭がいいんだな」
数問やりとりするだけで、差を理解する飯田天哉。解説がわかりやすい人間は、その意味を深く理解し、簡単なものに変換できているからだ。この公式がこうだから、こう。となんとなくでしか理解してないものじゃ、決してわからない世界の話。
飯田天哉がそうやって受け取れる以上、垣根帝督は彼の育ちが悪くないと判断できるし、誠実が故に先ほどの緊張と八つ当たりがあったんだなと受け取った。
「飯田も受験生の中じゃ頭良い方だろ。俺には到底かなわねーけど」
「ありがとう。そういえば君の個性はどういうものなんだ?ぼ…俺が突っかかってしまった時に、”個性のせいで”と言ってたじゃないか」
「あぁ、そういやそんなこと言ったな。個性を扱うのにそれが必要だったってだけだぞ」
そう。必要だった。全て知り、その上で、科学者が知らない自分のことを知らなければならない。その知識を得るには、自ら仮説を立て、自ら証明し、自ら結論を付けなければならなかった。齢15より前にして、学者としての一面を持たざるを得なかった少年の暗い暗い過去。あの時完全に個性を掌握してたら、少し年の離れたボブカットの念力少女を助けられたかもしれないのに。
「…?君の個性は脳を活性化させるとか、そういう類のものではないのか?」
個性を教えるには、日が浅すぎる。最愛の友人に教えたのがつい最近。そんな枷がある中、知ったばかりの人間に個性を教えてやる義理がなかった。
「
「二人とも受かる前提ってすごい自信だな!俺は自信が持てないぞ」
しばらく二人は無言で食を進めて、垣根帝督は食べ終わり席を立つ。戻ってくると、「食べ終わったのに食堂で溜まるのは良くないぞ。僕も急ごう」と箸の動くスピードが上がる。「そうだな、先に出てるよ。その前に連絡先追加するからロック開けてくれるか?」
昼ごはんを食べ終わり談笑(?)していると、食堂にあるスピーカーから、メディアでよく聞くあの声が響き渡る。
「HEEEEEEEEEEEYリスナー!筆記試験お疲れ!実技試験は~~~後15分で始まるぞぉーう!まだご飯食べてないリスナーは少し急げよ!食い終わって暇な奴はトイレ済ませておけよ!そんじゃ、頑張れ!」
へぇ、プレゼントマイクか。ファンサービスの良い奴だ、と関心していると、いつの間にか皿を片づけていた隣にいる少年は椅子を引き、荷物をもって動こうとしている。机の上に放置されていたそれを掴み、ヒョイと飯田の胸へ放り投げた。それを難なく受け取り、鞄の中へしまう。
「ありがとう垣根くん。試験会場へ行こう」
「俺はトイレに行くがお前はどうする?」
「俺も行こう。トイレに行きたくて集中できませんでした、じゃ話にならないからな」
また緊張してきた、だの。気楽にいけよ、だの。緊張していたせいでトイレに行くことすら忘れていたぞ、だのと、受験生らしい他愛もない会話をしながら、バリアフリーでとても広い男子トイレのドアを開ける。
便器の前に並び立った二人の中で、茶髪の方が確信に近く、確認をするように、隣の眼鏡の少年へ話す。
「インゲニウムの弟なんだな」
「なっ…!どうしてわかったんだ」
「天晴兄さんって名前で登録してて、プロフがまんまインゲニウムだったらそりゃ誰でもわかるっつーの。天然かよ」
実技試験説明会場。場所は大講堂。
教壇に立ち、その個性を使い、ボイスヒーロープレゼント・マイクは自らのラジオであるかのようなテンションで、若い卵たちの心を掴もうとする。
「受験生のリスナー、今日は俺のライブにようこそ!エヴィバディセイヘイ!」
が、場を支配するのは静寂。緊張や不安に包まれた受験生の心は固く、普段するようなノリができるわけじゃなかった。
受験生からの反応が無いことに心が折れている様子は無く、笑い、腕をやれやれとジェスチャーし、おどける。
「こいつはシビィ~!」
左腕を腰に当て、右手でピストルのようなものを作り、受験生が注目しやすいよう掲げ、銃口に当たる部分が天を仰ぐ。注目して聞けと言わんばかりに。
「なら受験生のリスナーに実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜぃ。あーゆーれでぃ?」
YEAHHHHHH!!!
と、やはりマイクの声だけがこの場に木霊する。
そのせいで聞こえてしまった。ひとりでに感動し、両手を顔に当て、ボソボソと気持ち悪く呟く声がする。それはマイクに感動し、聞かれてもないのにラジオを毎週聞いてるとかの自分語り。ただただオタクなのを知りたくもないのに知らされて、正直不愉快だ。
「入試要項通り、リスナーはこの後10分間の模擬市街地演習を
タイミングよく後ろにある雄英高校のロゴから切り替わり、現在地とAからHまでの演習場がデフォルメされた絵が表示された。
「持ち込みは自由。プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな」
シーーーーーーーーーーーーーーーーーZzzン!!
「オーケー?」
友達と協力できないようにするためだとか、お前を潰せないだとか。ヒーローにあるまじき言葉も飛び交いながら、すこし場がざわついた。
マイクが説明を進行すると同時に画像が切り替わる。頑張って映像に合わせる練習したのか、それとも他の誰かが操作しているか。そんなことは知る由もなく、説明は流れていく。
「演習場には、仮想敵を3種多数配置してあり、それぞれの攻略難易度に応じてポイントを設けてある。各々なりの個性で、仮想
先ほどまで掲げていた右手を受験生へ向けなおし、素敵で意味ありげな笑顔をサングラス越しに見せつける。
「もちろん他人への攻撃など、アンチヒーローな行為はご法度だぜぇ?」
また右腕を天に向け、リズムよく手首を動かす。その時、昼を共にした真面目で眼鏡のあの少年が、キリキリとした様子で「質問よろしいでしょうか」と手をあげた。絶え間なく「オーケー」の返事をし、その少年へ指を向けた。
「プリントには4種の敵が記載されております。誤載であれば、日本最高峰たる雄英において、恥ずべき痴態。我々受験者は、規範となるヒーローのご指導を求め、この場に座しているのです!」
「ついでにそこの縮れ毛の君」
左後ろを振り返りながら、指をさす。我慢ならぬ、私は不愉快なのだと正面切って伝える。
「先ほどからボソボソと…気が散る!物見遊山のつもりなら即刻!ここから去りたまえ!」
緑っぽいもさもさとした頭の少年は、「すみません」と萎縮する。
マイクはそれを意に介することなく、飯田天哉の怒りが染みた質問に、あっけらかんとした態度で答えた。
「オーケィオーケィ、受験番号7111君。ナイスなお便りサンキューな。4種目の敵は0ポイント。そいつはいわば、お邪魔虫。各会場に一体、所狭しと大暴れしている『ギミック』よ。倒せないことはないが、倒しても意味はない。リスナーにはうまく避けることをお勧めするぜぇ?」
「ありがとうございます。失礼いたしました」
と、4種類目の説明を受け、声を張り、とてもきれいなお辞儀をした。
「俺からは以上だ。最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った。真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えて行くものと。さらに向こうへ、プルゥスウルトラァ!」
とてもとても丁寧に、後ろの画像もアメコミ風味な字フォントで、PlusUltra!と表示された。
そしてマイクは言い聞かせるように、挑んで来いと言わんばかりの声色で、受験生に煽りを入れる。
「それではみんな。良い受難を」
雄英高等学校ヒーロー科入学試験。会場Hに向かうバスの中。試験開始3分前。
彼に運動するための服装は必要なく、足元に置いてあるリュックから出したのは、サポートアイテムを一つだけ。白く、長い爪のようなものを備えたグローブ______『ピンセット』を手に嵌め、手の甲の部分にあるディスプレイの上の小さなスイッチをONにする。タッチパネル式で、タップするとモードを設定できる。
システムチェックモードを起動し、ディスプレイの左から赤で埋めつくされていく。真ん中に数値が書かれていて、何%まで進行しているかを表す。現在、70%。
朝買った蓋つきの缶コーヒーを開け、頬杖をついてチビチビと口に入れる。普段珈琲なんて飲まないし、ブラックなんて猶更飲めない。拳藤一佳が欲しいと言って、ついでに自分のも買ったのが仇になった。
少し、カッコつけたかったのかもしれない。
朝の出来事に思いを募らせていると、バックライトは明るい緑に色が変わり、ピッと音が出た。チェック完了。システム、オールグリーン。
特に不具合もなく動いたそれを、意味もなくカチャカチャと鳴らすように動かした。
試験会場H。バスを降りてすぐ。
雑談を始める者。
精神を統一する者。
準備運動をする者。
人の文字を掌に書く者。
様々な思いを胸に、緊張をほぐそうとする者たち。
そんな彼らの心境を他所に、スタンバイモードにしてあった『ピンセット』を、全力演算モードに変更する。
いつ試験が始まってもいいように。
最初に遅れを取らないように。
高台の上にいるプレゼント・マイクは、全会場を一瞥すると、唐突に「はいスタートォ!」と個性を使って空気を震わせた。
他の受験生がポカーンとしている中一人だけ気づいた少年は、個性を全力で放ち、2対の美しく白い無機的な輝きを放つ羽根を広げる。
ポケットに左手を突っ込み、はぁー、と長めの息を吐いて目を閉じる。放った
楽だ。試運転の時にも思ったが、演算を外部が少しでもやってくれるおかげで、脳への負担が少ない。
しかし、試験がこんなレベルなら『ピンセット』を使うまでも無かったかもしれないな。
「どーォしたァ!実戦でカウントな」
マイクが受験生を奮い立たせ、走らせようとしたタイミングに、茶髪で身長の高い、インテリヤクザ候補生みたいな美しい少年は、同じタイミングでフッ、と短く呼吸をする。
その瞬間、会場Hから響くガララララララドシャァ!!!!!!!!!!!!!!!と、金属が崩れて落ちる音が、雄英一帯を支配した。
「っんじゃそりゃあああああああああぁぁぁぁ!?そうじゃねぇ!カウントなんざねぇんだよ!走れ走れェ!賽は投げられてんぞ!」