とある科学の雄英高校   作:御餅勿々

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6話

「はぁー…」

 

 右手は額を覆い、浅く長めの息を吐く。そこまで身体を動かしてはいないはずだが、ドッと気怠さが身体を覆う。

 

 もさもさ頭の少年―――――緑谷出久の狂気に中てられ、嫌な記憶が引き起こされてしまった。

 

 その症状は、所謂心的外傷後ストレス障害。

 

「緑谷ぁ。あんな使い方じゃ人を救っても、救った心に傷を植え付けるだけだぞ」

「こっ!個性の使い方、あまりわかってなくて…」

「…なら少しヒントをやるよ。お前の個性を100Aの電流、身体を回路とヒューズ、脳味噌がスイッチと制御チップって想像してみろ。今のお前の身体は―――」

 

 2Aぐらいまでしか耐えられない。

 

 そう言おうとした時、「受験番号0002番。至急、試験会場Hにお越しください」と垣根を呼ぶアナウンスが流れた。元はと言えば会場Hで受けていたのだから当然だし、荷物もある。

 

 …しかし、緑谷達の会場だけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()。荷物を取りに来てくださいだとか、荷物を雄英のどこかに置いておくから取りに来いとかでもなく、試験会場Hにお越しくださいと。

 

 つまり、雄英高校に特別枠を寄越せなんて啖呵を切ったのだから、向こうも何かあるということだ。

 

「行ってくるわ。じゃあな」

 

 連絡先を交換しているのだから、わからなければ連絡が来るだろう。

 

 そう結論付けた垣根は、適当に会話を切り上げ、背を向けて無機質で有機的な美しく白い1対の翼を出し、烈風を巻き起こしつつ数キロ離れた会場へ一瞬で飛び去った。

 

 その姿は、ヒーロービルボードチャートJPに最速で名を馳せたヒーローの名を髣髴とさせた。ところで、生粋のヒーローオタクである彼はというと…。

 

「す、すごいっ…!ホークスと同じような個性なのかな…!でもそれだと僕の身体を固定した時に柔らかかった理屈が説明できないし垣根くんの羽根も分離できるならホークスより柔軟性が上って事だからホークスよりも使い方の幅が広いんだよなとりあえず翼ってかっこいいなぁ!」

「み、緑谷君どうした!?怖いぞ!?」

「あぁごめんなさい…!癖のようなモノでどうしようもないというかなんというかその」

「緑谷がオタ…知識がすごいのはわかったぞ!」

 

                                   

 

 試験会場H。時刻、15時33分。

 

 ストン。

 

 一つ風の靡く音がしたかと思うと、天使のような容貌の少年が舞い降りた。しかしてその雰囲気はそうではなく、闇を感じさせ、どこか大人びた雰囲気があり、何を考えているのか、余裕だと言わんばかりの自信を顔に張り付かせている。

 

 周りには先ほどと変わらず市街地があり、垣根と同じ会場で受験をしたはずの人間が何か準備を始めていた。あの時は緩いようでどこかピリッとした様相だったはずだ。だが今は、試験開始前とは纏う空気が全くの別物になっている。これはきっと演技からくるものではなく、ただ、仕事の準備をしているだけ。

 

 むしろ演技だったのは、先の試験だったのではないのか。

 

 他の会場に比べて人数はどうだったか。

 

 垣根が全ての仮想敵(かそうヴィラン)を破壊して、何か文句はあったか。

 

 実技試験の時は『未元物質』(ダークマター)にレーダーの役割を持たせていた。呼吸だろうと、衝撃波だろうと、空気の振動が素粒子越しで垣根に伝わっている。

 

 先ほどまでのことを目を瞑って思い返す。あぁそうだ。文句なんて一つも出ていない。

 

 ()()()()()()()は破けた服に着替えたり、血糊を塗ったり、骨が折れている仮装だったり、ハロウィンのように少々グロテスクな特殊メイクをしたり。その中には、学校という場にはふさわしくないような老人がいたり、サラリーマンがいる。とにかく、日常からかけ離れていて、どこか現実味のある見た目に変わっていく。

 

 彼らの組織名は、HELP US COMPANY。通称、『HUC』(フック)。あらゆる訓練に引っ張りだこの()()()()()()()

 

 なんでそんな連中が雄英高校の試験会場Hにいるか。

 

 「あぁなるほどエキストラか。たった一人の人間に対して、大層なことだな」

 

 納得し、何かを察したような表情で呆れながら笑みを溢す。あの会場にいた人間は全て垣根帝督のための演者であり、これからのための布石だったと。

 

 ドォンッ!!

 

 背後へ()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()。着地したその地面にはクレーターやヒビが出鱈目に入り、まともな人間であれば死に至ることを予感させる。

 

 その流星は手の届く範囲であるならばどこにでも現れ、どこにでも手を差し出し、人々の心の拠り所となった男。

 

 そして、垣根に対して手が届かなかった男。

 

「久しぶりだな。垣根少年」

 

 いつも誰かを安心させている笑顔は無く、その顔と声色は、至って厳粛で温恭なモノだ。

 

 例えるなら、親が子を厳しく宥めるような―――――言わなくてもわかるよなという圧力と愛情に近い。

 

 これは、誰が為の試験だ?

 

「テメェが俺の(あいて)か」

 

 今この場にいるのは、非凡な才を持つ二人の人間。常識を逸したチカラを持つ者たちは、互いの顔に何を見るか。

 

「そうだ」

 

 片や現役No.1ヒーロー。

 

「『ピンセット』のバッテリーも切れてるんだがな」

 

 片や受験生。

 

「ヒーローは、常にピンチを乗り越えなくちゃならない」

 

 金髪で筋骨隆々とした男は、垣根の持つ危険性を見抜き、釘を刺すようにして言葉を紡ぐ。

 

 彼らが対面するのは約5ヵ月ぶりで、何回目の邂逅か。そして二人が直接言葉を交わしたのは、たったの一度だけ。

 

 だがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、妙なほどに互いの思考を理解する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。どんな技術を育み、どんな悪が潜み、どんな思惑が浮ついているのか。細部のディテールなどはわからずとも、上条当麻のいる場所に、それらが()るのを。

 

 上条当麻を救うために闇へ身を落とす。

 

 それは、ヴィジランテと変わらないことをしているのは理解しているか。

 

 救いようのない結末を迎える覚悟はあるか。

 

 臓物を腹から落とそうとも戦う決意はあるか。

 

 チンピラのような雰囲気を感じさせるホストのような少年は、先ほどまで浮かべていた笑みを消す。今はもう、澄んだ虚ろの目で眉を顰めながら、前の男を視線で射貫く。

 

「わかってる」

 

 その言葉を聞き届けると、重心を低くしながら垣根をめがけて左脚を前に出し、右脚を引き、右腕を引き絞った。

 

 その構えは何を意味するか。

 

 SMASH。彼の代名詞。それを向けられた垣根は、守りの態勢を取った。不自然に輝く白濁した翼を2対4枚出し、繭のようにして身体を包む。

 

 だが、衝撃は来ない。翼越しには光景を見られない。繭をずらして情報を取り入れようとする。

 

 垣根に対して振りかぶっていた腕は目の前にあらず、垣根より後ろの方に向けて放とうとしている。そこには街を歩き、談笑し、まるで日常を過ごす『HUC』(エキストラ)がいた。

 

 そこを覆うとするのは、暴力だけ。圧倒的な、暴力だけ。

 

 奴は何が狙いで。何が目的か。

 

 あの時ネームド(ヴィラン)達を退けられた理由は、手段を問わずに肢を切断したからだ。

 

 しかし今、そんなことをしていい状況ではない。もしそれで誰かを救ったとしても、スプラッターな光景は救われた者の脳裏に刻まれ、トラウマとなり、やがては崩壊する。

 

 (ヴィラン)の肢を胴から切り離そうとするんじゃないと、大人たちは垣根に楔を打とうとしている。

 

 無差別に力を振るい、生活を破壊する。垣根が恨む(ヴィラン)の一人に似た、暴力的で理不尽な個性と、そのシチュエーション。

 

 垣根が問われているのは、相手の何かを壊すことでもなく、相手の何かを奪うことでもなく、相手を傷付けることでもなく、ヒーローとしての資質。

 

 克服し、救うこと(プルスウルトラ)

 

「君の心傷(かべ)に」

 

 何故って。

 

「私が来た」

 

 目の前にいる男は。

 

 最強の英雄。

 

 

 

 

 平和の象徴(オールマイト)

 

 

 

 

                                   

 

 「SMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH‼」

 

 音を割り、風は吹き荒れ、鉄筋コンクリートの建造物やガラスを破壊し、惨劇の街を作り上げるはずだったその腕は垣根によって、曲線パイプの中を転がる球体が如く方向を捻じ曲げられ、人のいない方へ左フックのような軌道を描いた。

 

 舗装された道はベリベリと剥がれ、交通を司る赤と黄色と青の光を出す機械は捥ぎれ、街路樹は台風が過ぎ去った後のように吹き飛び、ガラスをバリバリと際限なく割り、表面のコンクリ―トは砕け、何度かゴキンと鉄の折れる音が響いたあと、資本主義の象徴である灰色が何棟も倒れる。

 

 密度の高い質量が指向性のある爆発したと見紛うほどの被害。それほどの威力を放っていながらそれには納得がいかないと、オールマイトは怪訝な顔をする。

 

「さっきも思ったが、前に話したときと個性の印象が全然違うな。あの時君は、光学的擬態って話をしてた。だから何かを操作する個性だと思っていた。でも、君の個性は翼がある。しかもそんな離れたところから、翼を使わずにどうやって曲げたんだい」

「さぁ。どうやってだろうな」

 

 答えると同時にバォ!!と翼を広げて不自然に空へ浮く。羽は音叉の如く小刻みに揺れ、耳を劈く高音だったり、吐き気を催す低音だったり。とにかく、『人間』が不愉快になる周波数の音が様々に奏でられた。

 

(なんだ!?頭に直接梵鐘を響かせたような気持ち悪さは…!)

 

 苦虫を噛み潰したような表情をしたオールマイトは乱雑に腕を振るいながら後ろに飛び退き、空気の振動を滅茶苦茶にしてそれを破綻させた。

 

 不快な音が聞こえなくなった今が好機と捉えたオールマイトは、無色透明で複数の気体の混合物を足蹴にし、ロケットのような推進力を以て垣根に真正面から突っ込む。それに対して翼を真右に叩いて飛び避けた垣根は、一息に数十メートルも離れた大通りの交差点の中央に着地しようとする。オールマイトはその隙を見逃すはずがなく、垣根を撃ち落とすために拳を突き出した。

 

「がッ!!」

 

 垣根に空気の圧と衝撃波が襲い掛かった。2対4枚の翼を繭のようにしてダメージを抑えるが、そんな事は関係ない。莫大なエネルギーを前にあっけなく垣根は後方に吹き飛ばされる。

 

 そして一瞬、自分の個性で視界が塞がった。繭を開くと前には何もなく、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()。いったいどうやって接近したのか。どうやって実行したのか。それらの疑問を解く前に追伐が来る。

 

(…!?アレが目くらましだぁ!?)

 

「SMAAAAASH!!」

 

 オールマイトが凶器(こぶし)で白い翼の背中に風穴を開けようとする途端、それが凄まじい熱と光を発し、爛れるような全身の痛みと目を焼く光が瞬く間に広がる。

 

 しかし、歴戦の英雄がそれで止まるわけもなく。

 

「――――ッごぷぁッ!!」

 

 確かに、垣根の翼を砕いて貫いた。

 

 数回バウンドした垣根は粘膜を切ったのか、はたまた内臓が傷付けられたのか、鼻から下が血の色に染まる。痛みで翼は消え失せ、頭の中にガンガンと警報が鳴り響く。これ以上は無理が過ぎると、本能が意識を水底に落とそうとしてくる。それを意志で捩じ伏せ、のろのろと立ち上がる。

 

「それで終わりかい?垣根少年」

「ナメてんのか」

 

 垣根が正面にぷるぷると左腕を伸ばし、何かを掴むようにして手を下げると、途轍もない重力がオールマイトに膝をつかせた。オールマイトは仇しているようだが、一向に身体は持ち上がらない。

 

「…ヤバっ。思ったより重っ」

 

 轟という風の唸りと共に、再び垣根の背中から2対4枚の翼が生えた。そしてそこから、6メートル、10メートル、20メートルと草木の成長を早送りしたように翼が伸びていく。そのままの勢いで空を駆けてオールマイトに接近し、垂直に構えた翼で下から打ち上げて直撃させた。

 

「おじさんちょっとピンチかもっ…!」

 

 空気を裂く音で攻撃を察知し、両腕をクロスして抗うが虚しく打ち上げられ、粘質な赤黒い何かをオールマイトは喀出した。

 

  垣根はオールマイトを睨み、薄く笑いながら、翼を弓のように(しな)らせ『未元物質』に『何か』を注入していく。

 

「避けなきゃ死ぬぞ」

 

 その声を聞くや否や、その一手が文字通りに飛んでくる。今度は逃げるためにオールマイトが技を繰り出した。

 

「New Hampshire―――――――」

 

 ほらもう脅威は目の前だ。計算し尽くされた圧倒的な質量と暴力がぶつかりに来るぞ。

 

「―――――― SMASH!!」

 

 垣根の一撃を喰らいながら自分の必殺技を放つ。オールマイトは垣根の攻撃の威力を削ぎつつ吹き飛んだ。そしてコンクリートを摺りおろしながら着地し、更に脚を踏み込んで拳を打つと、ゴキゴリゴリとした違和感を覚え、見えない『何か』が割れた。

 

 大風。烈風。爆風。豪風。

 

 そして、先に喰らった攻撃の残痕。それらがオールマイトの視界と思考をひと時の間奪った。

 

(なんて力だよ…!外してなかったら危なかった…)

 

 垣根の持つ個性に喫驚し、冷や汗をかく。次の攻撃を警戒するが、それは一向にやってこない。

 

「―――――――――…ッ!」

 

(垣根少年は!?)

 

 空が眩しいから手で庇うといったような、双眼鏡を覗くような、そんな様相で会場を見渡す限りは垣根が見当たらず。

 

 追撃が来ない。

 

(にしても今のはチャンスだったろうに)

 

 一体、なぜ。

 

 得体の知れない少年の得体の知れない行動に、自らを恐怖から欺くための笑顔が浮かび上がる。

 

「そういえば、『HUC』の方たちは避難できたのかな…。セメントスがいるから余程大丈夫だと思うけど」

 

                                   

 

 崩れたビルの間の細道に垣根は逃げ込んでいた。

 

 先ほどまで表情は、虚勢。オールマイトに次の攻撃を警戒させ、一瞬の隙を突くための。

 

 壁に手をつき、呻き声を上げ、空いている手で鼻の穴を片方塞いで、血の塊を勢いよく飛ばす。

 

「クソ…。(あったま)痛え…」

 

 ビルの壁に撓垂(しなだ)れ掛かりながら片膝を抱えて座り込み、髪をくしゃりと掴み沈潜する。

 

 状況は最悪だ。気を抜けば意識を手放しそうなほどに体力は消耗しているし、脳味噌には負荷が掛かりすぎている。それを緩和するために作った『ピンセット』の充電も実技試験で使い切った。

 

 どうしようもなく詰みに近い。無いものねだりをしたところでどうしようもなく、しかし諦めが悪い垣根はまだ思案する。

 

 ふと視界の端に入ったのは、オールマイトとの戦闘で散らばった信号機の残骸。基盤は剥き出しになり、回路は千切れ、ズバチバチと青い火花が舞っている。

 

 それが、一筋の光明だった。

 

 会場には仮想敵(かそうヴィラン)の残骸が残っているはずだ。ロボットには基盤があり、回路があり、そして()()()()()

 

 即席の変電器を作り上げ、どこかの動力から『ピンセット』のバッテリーを充電する。

 

 ()()()()()()()()()()()。少しでもあれば、オールマイトの持ってる前提をその誤差で叩き潰せる。

 

 そこかしこに転がっている2メートル辺の大きな鉄板に手を翳すと、金属であることを感じさせないくらい恐ろしく簡単に切り取られた。まるで最初からそのサイズであったかのように垣根の左手へしまい込まれ、その鉄板を手中で弄ぶ。

 

 やるべき事は見つかった。戦うための策は練れた。あとは気づかれずにそれを見つけ、やり遂げろ。

 

                                   

 

「さて、どこへ隠れてるのか―――」

 

 隠れてる場所を露見させるため右腕を粗雑に振るう。

 

「―――なっ!」

 

 それだけで瓦礫の山が吹き飛んだ。砕けたコンクリートと粉が舞い、大袈裟なほどに煙たくなる。

 

 再度、腕を振る。

 

 靄が晴れ、自分たちの起こした悪夢の街を見渡す。そこには『HUC』も、垣根の姿も突き止めることはできなかった。

 

「いない…?」

 

                                   

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()全くの音も響かせず移動し、最初の交差点の南側に辿り着く。そこには散らばった何かの大量の電子部品があるが、不自然なほどこの区域で被害にあった人間はいないし、倒れた建物も、割れたガラスも存在しない。

 

 そこにあるのは()()()()()()()()()()()()()H()U()C()()()()()()()()()のみ。

 

「よう。生きてるか」

「垣根くん。君の資質を量るテストは既に終わった。君の消耗も酷いモノだ。だから―――――」

「脅威は終わってねえだろ。やめねえよ」

 

 当然。

 

 セメントスの目を真っ直ぐと見るこの顔付きは、それ以外に言い表すことが出来ようか。

 

 救援に他のヒーローが駆けつけた。だから、そこで救うのは終わりか?

 

 否。

 

 戦って、無力化して、それでこそ不安の水流と柵は解放される。人々の心に安寧を齎してこそのヒーローだと。

 

 歩き出した彼の視線は既にセメントスを見つめることなく、後ろにある仮想敵(かそうヴィラン)の残骸を属目している。

 

「俺はまだ戦う。さっさとそいつらをここから逃がせ」

 

 そう言いつつ、横を通り過ぎた。目的のものを見つけ、しゃがみ込んで仮想敵(かそうヴィラン)からバッテリーと金属製の線を適当に毟り取る。

 

 『未元物質』製の糸じみたモノで切り取った鉄板と線を束ねて変電器を作り上げ、『ピンセット』のバッテリーに接続し、仮想敵(かそうヴィラン)のバッテリーで変電器を挟み込んで『ピンセット』へ流し込む。

 

 ダウンしていた画面が数秒のうちに復帰し、充電が着々と進んでいく。10%、15%、18%に到達したところで、仮想敵(かそうヴィラン)のバッテリーは小さく音をたてて破裂した。

 

 スタンバイモードで起動していた『ピンセット』を全力演算モードに切り替えて、再び自信に溢れた表情を顔に張り付かせる。

 

「充分だ。オールマイトが俺の個性をあの程度だと思っているのであれば」

「これで、勝負が決まる」

 

                                   

 

 オールマイトは気づき、独り呟いた。 

 

「充電か」

 

(思えば簡単な話だ。垣根少年はあのチャンスを物にできなかったんじゃなく、逃げることがチャンスを作ることだった。…脳の疲労か。彼が長く眠っていたのもそれが原因だったな)

 

 オールマイトは地を蹴って空を垂直に飛び、一瞬止まる頂上で辺りを見回す。崩壊した街の方には垣根を見つけることができなかった――――――が、反対の方から小規模の炸裂音が聞こえた。

 

 それが垣根だということは認識しておらず、しかし垣根の起こしたモノだと疑問を抱かない。

 

 長年の経験か。それとも、今ここで何かを破裂させるのが彼しかいないと信用しているのか。

 

「New Hampshire SMASH」

 

 須臾(しゅゆ)も躊躇わずに、聞こえた方へ急接近する。

 

                                   

 

 音が聞こえた。空で強大な力を使い、猛烈な速度を伴って近づいてくる質量が大きいモノの。

 

 二人は意図せず背中合わせ。本来なら自分の命を預ける構図だが、この場に限ってはそうではなく、互いの(しのぎ)を削った戦いを繰り広げるためだ。

 

 ゴァ!!と垣根から正体不明の爆発が起きる。完全な不意を突かれたオールマイトは風に煽られ、動きを崩された。

 

 垣根は翼を羽ばたかせ浮かぶ。ただ翼を動かしただけではありえない挙動で、重力を操作したようにゆらゆらとホバリングをしている。

 

 いつの間にか体勢を立て直したオールマイトが撃つ。

 

 『未元物質』を出鱈目に使ったときはデビューしたてのオールマイトクラスなら殴り合える力を出せた。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、ずっと自分の脳味噌で演算していた。

 

 今までオールマイトとの直接的な力のぶつかり合いをしてこなかったのは、『ピンセット』の無い状態で殴ったところで、戦艦の艦砲射撃に戦車の砲弾を当てて相殺しようとするような無茶で、垣根の翼はオールマイトによって破壊されてしまう。

 

 だが、『ピンセット』のおかげで『未元物質』を充分な強度で扱うことができる。6メートルぐらいの充足した4枚の翼を展開し、オールマイトに撃ち返した。

 

 激突。

 

 その余波として衝撃波が周囲一帯へ均等に撒き散らされる。

 

 頼りなく鉄筋コンクリート製の建物がギシギシと揺れる頃には、二人の姿はもうそこにはない。平行するように互いの個性を激突させる『怪物』たちは、時に信号機の上に飛び移り、時に街路樹を蹴飛ばしながら、恐ろしい速度で街並みを駆け抜けていく。

 

「素晴らしい実力だな。君は既に、プロヒーローを含めても上から数えたほうが早いくらいに強い」

「心配するな。自覚はある」

 

 平行に進んでいた彼らは突如その軌道を直角に曲げ、互いが直線でぶつかるように進んで行き、互いの身体が交差する。

 

 空気は膨張し、数秒遅れてドパァン!!と爆音が鳴り響いた。

 

 オールマイトは右拳から肩にかけて。垣根帝督は鼻、口から血が舞う。

 

 互いが向き直り、両者は個性の照準を合わせる。

 

 双方共に、最後の一太刀。

 

 垣根は人中にこびりついている赤黒にイラついているのか、乱暴に拭って、口から血溜まりを吐き出す。

 

「ナメてやがるな。よほど愉快な死体になりたいとみえる」

「ヒーロー志望が言っちゃダメだぜ?そんなこと」

「アンタ、本気で俺と戦ってねえだろ」

 

 再び20メートルの長さまで翼を伸ばす垣根と、ひたすら剛弓のように拳を引き絞るオールマイト。

 

「…垣根少年。相手の力量を見定められるのも、ヒーローの資質の一つだぞ」

「そういう個性だ」

 

 しばしの静寂の後。

 

 示し合わせたように同じタイミングで爆発的なぶつかり合いが起きる。

 

 瞬間、垣根の右手にある爪のような機械からピーッと音が鳴り、彼の時間切れを告げた。

 

 そして。

 

 

 

 

――――――――――――DETROIT SMASH!!

 

 

 

 

 垣根が最後に認識したのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

                                   

 

「二人ともやりすぎですよ」

「―――――――――彼は…。彼は本当に我々の想像を絶する強さを持ってるぜ。セメントス」

「…それは」

「だって見てよこれ。私、久しぶりに怪我をしたんだ」

 

 そう言ってセメントスに手の甲を見せる。赤黒く変色し、パンパンに腫れ上がっていた。

 

 力が衰えようと、そこらの(ヴィラン)でも、ヒーローでも太刀打ちできない男に、怪我を与えられる存在。

 

 垣根帝督はそれほどまでに強力であり、そして彼も『人間』だ。怪我を放置していたら、体に障る。

 

「それなら、彼を連れて早くこのまま保健室へ向かいましょう」

「そうだな。私も少し保健室で休みたい…。でもヤバいなリカバリーガールにドヤされるかもっ」

「休んでくださいオールマイト。私も貴方のファンなので、怪我を放っておけないですよ」

「心配してくれてありがとう!」

 

 持ち前の笑顔と、腫れた右手でピースをこめかみに当てる。

 

「彼を見る教師は、やっぱり相澤君しかいないと思うんだ」

 

 左腕で垣根を肩に抱え、歩き出すオールマイトたち。

 

「確かに。あれほどの不可思議な現象を起こすとなると、個性そのものを『抹消』できた方がいいですね。ミッドナイトの個性は垣根くんを止められるかわからないですし」

「しっかし、なんであんな嬉しそうな顔をしながら倒れてるかなあ」

「彼も貴方のファンなんじゃないんですか?」

「そうだと嬉しいなっ」

 

                                   

 

 保健室。時刻、17時34分。

 

 2つのベッドに横たわるのは、それぞれ美しい顔をした少年と、金色な髪の毛の、やせ細った大男。

 

 美しい顔をした少年を見つめる大男は、彼の境遇を思い返す。

 

(塚内君から貰った情報によれば、彼には両親がいない。上条少年の親に育ててもらってはいたが、何かで自立が可能になったタイミングで一人暮らしを始めている、か…)

 

 勿論、上条夫妻が垣根に愛情を与えなかったわけじゃないし、家族だと思っていなかったわけでもない。

 

 上条当麻が攫われた時に心の支えになったのは垣根帝督の存在だ。彼が生きているとわかってなかったら、上条夫妻は既に壊れていただろう。

 

 離婚もせず、誰かを追い込むこともせず、ひたすら待っている姿は。

 

 きっと上条当麻が生きているのを、信じているから。

 

 きっと垣根帝督が取り戻してくれると、信じているから。

 

(親友も居なくなって、義親からの愛情を自分で断ち切ってまでここにいる。なら、せめて私が…。私たちが愛情を注がねば…)

 

「う、ゥぁ」

 

 呻き声をあげた垣根に気づいた八木俊典。

 

「!リカバリーガール!!垣根少年起きそう!!」

 

 不愉快に起こさないよう小声でリカバリーガールに報告する。

 

「そうかい」

 

 メディワークデスクの前で鎮座していたリカバリーガールは垣根のいるベッドへ向かう。

 

「ぁ?」

 

 目をパチりと開けると、自分が置かれている状況を理解したのかバサりと布団を剥いで上体を起こす。左には点滴が繋がっており、今は動けそうにない。残りはもう1/10とないが、それでも体内に自分の物じゃない液体が入るのは違和感がある。

 

「負けたか」

 

 そんな感傷に浸らせる間もなく、机の上に『ピンセット』を置き、垣根帝督へ目を向ける。

 

「おはよう垣根帝督。()()()()()()()()()()()。怪我は全部治ってるはずだから、心配いらないよ。ただ鼻血は出やすくなってるかもしれないから、そこは注意しときなね」

 

 変に鋭く、聡い彼は、言葉の違和感に気づく。

 

「アンタも…ってこたぁ、オールマイトはどうなった?」

「違う違う。アンタ、腕と脚がぐちゃぐちゃになった子を介抱してた子だろ?」

「あぁ。緑谷か」

 

 しばらくボーっとしていると、いつの間にか点滴が終わっていた。リカバリーガールはそれに気づき、非常に慣れた手つきで繋がっている管を外していく。翼状針を静脈から抜く時の痛みもなく、優秀な看護教諭であることが窺える。

 

「ありがとうございました」

「いいんだよ別に。オールマイトと戦って、全力を出させて、たったのそれだけの怪我だったんだ。むしろいいもん見れたよ」

「ところで今は何時ですか」

「今は17時48分だよ。用事でもあるのかい?」

「今日知り合った奴とディナーに行く約束してん…です」

「…無理して敬語使わなくていいよ。じゃあ、さっさと帰った方がいいね。ホラ帰った帰った」

 

 リカバリーガールはキャスターのついた籠をこちらに押し出してくる。そこにはバスに置いてあったはずの荷物が全て揃っており、後はもうこのまま帰るだけとなっている。

 

 垣根帝督は血濡れになった服を見て、チッと舌打ちをする。

 

「?どうかしたのかい」

「服に血がついてやがった。ったくこれから帰るってのによ。……個性使って良い…すか?」

「そんぐらいならいいんじゃないかね。そうだろ()()()()

「あ、あぁ。良いんじゃないかな」

 

(ナイスパスですリカバリーガール!!垣根少年の個性のヒントになる!!)

 

 すると、なんの前兆もなく服に糊着していた血が消えていく。

 

「ありがとう。じゃあ帰るわ。また入学式でな」

 

(全くわからなかった!!全っっったくわからなかった!!)

 

                                   

 

悪い。所用が終わって今から帰るとこ

 

おっお疲れ!

 

早くごはん食べに行こうぜー

 

お腹減ったー!

 

へいへいお嬢様。18時50分に東京駅集合な

 

オッケー家出るわ!

 

はえーよ。お前んとこならもっと遅くてもいいだろ

 

腹減ってるもんはしょうがないだろー?

 

わかったわかった。じゃあ俺もなるはやで行くから、我慢しろ

 

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