とある科学の雄英高校   作:御餅勿々

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8話

 彼――――暗殺者爪弾回転(つまはじきまわる)は、片田舎で生まれ育った青年だ。幼い頃はカーストが下の人間で、いじめ問題として地方紙に取り上げられるまでに至った。

境遇・状況から正当防衛・個性の暴走が認められ、刑務所に入ることはなかった。

 

 幼稚園の頃から風貌でいじめられ、サンドバッグにされ、そのまま小学生も過ごした。中学生にもなると、『上位の人間』(いじめっこ)が仲間を増やし、更に『理不尽』を被ることとなる。

 

 高校の頃も、幼稚園からのいじめっ子が一緒だった。別の地域へ越すには経済的損失が大きく、親がいじめを認知していても家族ごと役所や警察に黙殺され、どうしようもなかった。

 

 そんな彼が初めて人を殺めたのは、高校の頃いじめられた時に起こってしまった個性の暴走事故で、誤って人を殺した時。

 

 或る日、いつものようにヒーロー志望から殴り飛ばされた。

 

 痛みや、恐怖、怒り、不安などで精神が不安になる。その反射で五指全て射出してしまった。首の動脈を撃ち抜き、神経を絶ち抜き、奴の身の丈を一回り上回るほどに血が噴き出る。

 

 彼の個性は人体であるからにして、凶器という認識をされない。

 

 彼の個性は人体であるからにして、日常を過ごす上で警戒をされない。

 

 彼は被虐者であるからにして、反撃をしないと嘗められていた。

 

 見世物で笑っていた十数人の『仲間たち』は、奴が膝からガクりと落ちていくのを呆然と眺めていた。

 

 何が起こったか理解ができず、誰がやったのかも理解ができず、ただただ、甲高く騒ぐだけ。 

 

 いつでも鮮明に思い出せるほど滑稽で、愉快で、享楽だった。

 

 その光景が忘れられず、喜びのために彼は落ちていった。

 

                                   

 

 とある市にある大通りは現在、騒ぎになっている。なんの祭典かは知る由もないが、とにかく、たません屋だったり、焼きそば屋だったりと、屋台がたくさん並んでいる。

 

 如何にも『DQN』ですと言わんばかりの小綺麗な服装で小汚いニヤついた表情の男が歩いていた。

 

 今日も今日とて標的をすれ違い様に殺す楽な仕事。その割には、高すぎるほどの金が手元に入ってくる。

 

 その男は指から個性を発動させ、爪を『射出』する。空気を割くまではいかず、亜音速の静かな弾。標的に当たれば防弾ガラスすら貫通できるほどの威力を持つ強力な個性だ。しかも、(たま)の再生速度も異常に早い。

 

(さて、これで今日の仕事は終わり、っと)

 

 しかし、いつもなら聞こえてくるはずの人間が崩れ落ちる音も、周りの人間が出す悲鳴も、全く聞こえてこない。

 

 違和感。

 

 咄嗟に振り向くと、標的はまだ動いている。

 

 たまによくある煽り風だろう。爪という質量の小さいものであるからにして、それは仕方のないことだ。なら、また射出すればよいと考えた彼はその思考通りに射出する。

 

 その事実がもう、死という泥に足をつけていた。

 

 彼が両指10発を打ち切ったところで、最初に撃った方の指にはもう爪が再装填(リロード)されている。

 

 これで終わり。その確信を抱いて標的を熱っぽく見つめる。

 

 そして、それらは仰ぎ落とされていた。

 

 標的は振り返り。

 

 無表情で彼の眼を捉えた。

 

(クソッ!!なんでバレた!!)

 

 最初に失敗したところで逃げれば良いものを、彼はまだしつこく撃っていた。バレているという自覚すらなかったのが、更に追い打ちをかけていく。

 

 本能的に雑踏を抜け、人通りの少ない方へ走っていく。ほの暗い、灰色の道へ。

 

 捕食者カーストが、一気に被食者カーストへと転がり落ちる。

 

 居心地の悪くないそこを走り抜けようとする彼は今、『何故』に満ちている。今日も簡単な『仕事』で金を稼いで、ブランド品を買って、高級料亭に赴いて。いつも通りの『しあわせな日常』を過ごすはずだったのに。

 

 何故バレた。

 

 何故こんな目に。

 

 何故俺が。

 

 何故『成功』ばっかりの俺が。

 

 何故いつの間にかビルの合間のほの暗く細い道に。

 

 彼は胡坐を掻いていた。

 

 だって、今までの『仕事』で失態を犯したことは一度もなかった。

 

 昼のオフィス街で。遊園地で。学園祭で。授業参観で。商店街で。スーパーで。コンビニで。トイレで。

 

 つまるところ、人の集まるありとあらゆるところ・シチュエーションで闇の住人や要人、それらの家族の命をこの世界から抹消してきた。

 

 たった一度の歪んだ『成功体験』(はんしゃてきふくしゅう)で人生を見誤り、生きる糧にしてしまい、自らの隠密性に溺れ、白昼堂々人を殺めることになんの違和感も無くなってしまっていた。

 

 そんな彼が路地裏に追い詰められているのは皮肉で因果応報だ。

 

 ところで、長い銀髪の翡翠の瞳をした端正な顔立ちの少女は、彼の事情などどうでも良いといった調子で爪弾(つまはじき)をとうとう逃げ道のない通路へ追い立てる。

 

「さて、と。個性を奪い、個性を与える男に聞き覚えはないか」

「は、はァ…?なんの話してんだ!!」

「…これも空振りか。踊らされるのも飽いてきたよ」

「―――、てめーか!!ここ最近、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「だったら、なんだと言うのかね」

「何が目的なんだ、お前!!」

 

 そう言う彼の目的は、会話による時間稼ぎと油断を誘うこと。

 

 爪を再び2手10指に生やし、一斉に撃ち、殺す。それが唯一の解決策と信じて。

 

 9指まで生えた時、数メートル離れた彼女が右腕を大仰に開いて、虚空を杖に見立てて握っているのを認識した。

 

「―――――まさかとは思うが、()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()?()

 

 衝撃。あまりにも唐突すぎるそれは、胃酸を逆流させるのには十分だ。

 

「ご、っぶぇァ…!?」

 

 いつの間にか少女の手元に現出していた捻子(ねじ)くれた銀の杖が、爪弾の鳩尾を突き上げていた。

 

 距離は、7mほどあったはずだ。どうやって届かせた。どこから持ってきた。どうして。どうして!?

 

 相手に何も理解をさせずに力を示した彼女は、腹を抱える彼の元へ近づいてくる。

 

「覚えているか。お前に依頼した人間の名を」

 

 鼻を衝く自らの放った激臭を感じ取る前に、コツコツと水色のローファーを鳴らす音が一歩一歩近づいてくるのを聞いた。その歩みが止まったとき、自分の火が消えるのだと、彼は悟る。

 

 いじめっ子の目でもなく、観衆のような喜の目でもなく、ただ、蚊をつぶすような気楽で感情の籠っていない目をして。

 

 やがて、音が止まった。

 

「…()()()()。―――――――――――その長ぇ銀髪…、てめー、まさか!!」

 

 肉と骨を叩き潰す不愉快な音色が、薄暗い灰の中で響く。

 

                                   

 

 特に目覚ましはかけていないが、朝早くに脳が揺ら揺らと起きてくる。憧れの人と出会い、その人に身体を作るプランと奉仕活動を計画していただき、それをギリギリで乗り越え、至った。

 

 多古場海浜公園の水平線を取り戻したのと、雄英高校の入試と、リカバリーガールの治癒から昨日の今日で体力が回復しきっているとは言えないが、幾ばくかはマシだ。

 

 どろり濁った意識から覚めてベッドからふらふら降りると、底冷えした床を感じて意識が覚醒してくる。

 

 嗚呼、昨日寝る前に思い起こしていたことの続きをしよう。つまり、試験後に垣根が言っていたことを咀嚼して飲み込もうと、洗面台に向かう。

 

 冬に使うにしては冷たすぎる水を蛇口から捻り出す。顔にパシャパシャと叩きつけ、完全に頭が冴える。

 

 試験後は流石に早起きしないだろうとタカを括っていた緑谷引子は未だに寝ていて、息子がこれから何をしようとしているか認知することが出来なかった。

 

 歯ブラシに白い塊をチューブから出すと、口へ突っ込む。粘ついて乾燥している起床後の口蓋には、心地よい刺激だ。

 

 磨き終わって口をゆすいでいると、聞きなれた昔のクラシックを簡単な電子音で奏でる音が聞こえた。白米の炊ける音だ。歯磨き粉の味や匂いで気づけなかったが、美味しそうな匂いがキッチンから漏れている。

 

 母親が起きていないために朝ごはんを自分で作り、母親の分まで作る。自分のご飯だけを作るわけではないのは、彼の優しさ故だろうか。

 

 さっとご飯を食べ終わると、机の上に書置きを残す。

 

『ジョギングに行ってきます。朝ごはんは作っておいたから、温めて食べてください』

 

 彼は着替えて自室のスマートフォンとイヤホン(プレミアのついた限定のオールマイトモデル)を持ち、「よし。行こう」と自らを独り言で鼓舞する。

 

 玄関で靴を履き、静かに鍵を開け、静かにドアを開閉し、静かに鍵をかける。

 

 緑谷出久の成長は、まだ始まったばかりだ。

 

                                   

 

 白い息が小気味良く視界に入る。真冬のランニングは空気が乾燥していて喉が痛くなるけれど、身体と外気温のギャップが心地良い。

 

 体力を付ける以外の目的ができたのは緑谷にとって意外で、自らの価値観の変わり方に驚きと懐かしさを覚えた。

 

 トントンと多古場海浜公園への道をひたすらに走る少年は、昨日のことを思い出していた。

 

 […なら少しヒントをやるよ。お前の個性を100Aの電流、身体を回路とヒューズ、脳味噌がスイッチと制御チップって想像してみろ。今のお前の身体は―――]

 

 昨日出会ったばかりの少年から貰ったヒントを咀嚼する。会って間もない人間の言うことを信用してみるというのは中々にハードルの高いことだ。

 

「昨日の僕の個性の使い方は褒められたもんじゃないよなオールマイト曰く急拵えの器ってのが完全に頭から抜けてたのにフルパワーで打てると舞い上がってたつまりこの垣根くんの例えから言えるのは僕は電流をいきなり100Aで回路に流したってことで僕が急拵えの器にすらならなかったら個性を発動させた時点で身体が爆散してたんだよな良くここまで強くなったよな僕というか垣根くんは一瞬でここまで僕のことを分析できるなんてすごいないや今はそんなことどうでもよくて要するにどこかしらのラインまで僕の身体は耐えれるわけでブツブツ―――――

 

 彼が了簡を起こしていると、勝手に口が動いていた。何故か最近ジョギングスポットとして地域住民に取り上げられるようになっていた多古場海浜公園への道には、緑谷以外にも走っている人はいるわけで。

 

 夢中になって考えに耽ていると、脚の動きが遅くなるのも必然。段々とジョギングからウォーキング。更には止まってしまえば、彼の呟きは人が気にしてしまうわけで。

 

 緑谷出久の周りには人がいなくなっていた。

 

 そんなことを知る由も無く、まだ『ソレ』を続けるのであった。

 

「あぁそうだでもどうやればいいん…だ…ろう…アレ」

 

 いつもジョギングの最中に聞いているヒーローもののアニソンが止まってしまっていた。何故?と少し気をそらすと、昨日スマートフォンの充電を忘れていたことを思い出す。

 

 あぁ、そっか。バッテリーの警告か。

 

 このままでは帰りまで充電が持たないと瞬間に思った彼は、S○riを起動し、「省電力モードをON」とその端末のマイクに言い聞かせて設定を変えた。

 

 そして彼は、何か突っかかりを覚える。

 

「省電力モード…省電力モード?」

 

 うーんうーんと首を傾げ、目を閉じ、顎に指を当てて、また一人の世界に入る。今度は動いている最中ではなかったので、道の端に寄ってから。

 

 喉まで来た思考の引っ掛かりを明らかにするために、省電力モードから想像する。

 

「省電力モードは余剰な性能を制限するモードでこれって僕の肉体に対するOFA(ワンフォーオール)って事にならないかあぁそうだここから垣根くんの言っていたことを合わせると僕は今超すごいスマートフォンを持っているんだけどバッテリーの性能が良くなくて機能(ワンフォーオール)活かしきれていないんだ性能をフルに使い切れていない昨日の使い方だとスマートフォンのどこかを機能不全にさせて一部にだけバッテリーを割いている状態だから機能(ワンフォーオール)を制限すればまともに動かせるかもしれないそれはつまり身体が崩壊せずにすむってことだよな゙ツブツ―――――

 

 と、いうことは。

 

 細かいことは抜きにして、彼は垣根の言っていたことを理解することができた。

 

 いちいち個性を馬鹿正直に100%で任意の場所へスイッチONにしているから耐えきれず壊れる。だから、全身に少ない力で個性を流す。

 

 薄く、纏うように、OFAを身体の末端まで!! 

 

OFA(ワンフォーオール)フルカウル…!!」

 

 身体許容上限、2%。

 

 全身がビキビキと軋む。使ったことのない筋肉を使ったような変な感覚を覚えた。散々鍛えてもらったのに、まだ先があるのかと弾む気持ちを抑えられない。

 

 「でも、動けないほどじゃない…!」

 ニヤりと口角を上げ、自分への期待を露にする。

 

 だけど、スマッシュを打つわけにはいかないから、どうしようか。

 

 先ほどまで自分は何をしていたか。思い出す。

 

 ジョギング。

 

 なら、そんなの、試さずにはいられない。

 

 ()()で地面を蹴り進む。

 

「んなッ…んだこれ!?」

 

 今までの自分とは一線を画す理解もできない速度。まだまだ付け焼き刃ではあるものの、無個性だった少年には余りあるほどの個性(チカラ)

 

 その姿勢で始めてしまったため、身体が後ろに仰け反って、やがて後ろへ倒れてしまう。

 

 嗚呼、関係ない。起きて、姿勢を低くすれば…!!

 

 前傾姿勢で、重心を前にすれば…もっと!!

 

 走る、走る、走る――――――――――!!

 

 空気を巻き込み前に進むその姿はどこか動きがぎこちないし、今はまだあまりに頼りない。希望を託し紡がれたOFA(ワンフォーオール)のほんの2%は決して劇的な変化ではなかった。

 

 しかし、それを全身で扱えたことは少年にとって大きな歩みとなる。

 

 たったの何百メートルと進んだあたりで、限界が訪れた。急造品の器程度では仕方のないことだ。

 

「オールマイ、トは…ッ!こんな無茶苦茶を、あの身体になってもしてたのか…!」

 

 息も絶え絶えに師の規格外さを実感する。過去の怪我で身躯が朽ちようと、悪に屈さぬ平和の象徴であるための決意と気迫が揺らぐことはない、その狂気を。

 

                                   

 

 翌朝の病室。拳藤は親に事情を説明して外泊する許可を得られた。泊まるといってもホテルのようなお洒落空間ではなく、消毒液の臭いが充満する清潔な空間に、だ。

 

 病院の先生方がいらぬ気を利かせ同室のベッド使わせてくれたし、シャワーまで借りられた。しかも、入院着まで。

 

 看護師に疑問を聞くと、入院予定の患者もいないし、急患がいても別の病室が空いてるとかなんとか。とにかく、病院の内情は気にしなくていいらしい。

 

 椅子を垣根のベッドの近くに置き、拳藤はそこへ腰掛けている。

 

「―――――なるほどなー。頭をめちゃくちゃ使う個性で、鼻血が出るまで知恵熱のようなモンが出たと」

「まぁ、大体そんな感じだな。サポートアイテムもあるんだが、充電切れになっちまってよ」

「…ふぅん?」

「んだよ。つーか、いい加減頭から手ぇ離せ」

「離してほしけりゃ自分で退かせ?」

「…、はぁ…もう、好きにしてくれ…」

 

 そう言って、垣根は拳藤から目を逸らす。そんな拳藤は話し始めてからというもの、ベッドごと背を起こしている垣根の頭に手を載せて優しく撫でていた。垣根は身体が言うことを効かないらしい。昨日に比べて滅茶苦茶に身体が重たく感じるようで、人形のように撫でられるしかなかった。

 

 昨日、あれから垣根は話の半分で意識を微睡に手放した。今日に持ち越され、拳藤は一番気になるシーンをCMで区切られてしまった子供のように垣根へぶーぶーとイヂワルに振舞った。

 

 …やがて爪と指の間に針を刺すような後ろめたさが拳藤を苛み、その影が顔を包んだ。

 

「……………昨日、無理させてゴメンな」

「…お前のせいじゃない。試験でペース配分を考えられなかった俺が悪い」

「………垣根ってさぁ」

「あん?」

「昨日と今の表情全然違うな」

「どういう意味だよ。それ」

「撫でると目元が柔らかくなってる」

 

 瞬間、垣根は頬が熱くなるのを感じた。出会ったばかりの少女に安心感でも得てしまったのか、頭を撫でられるとこうなるチョロい男なのか。

 

 顔も背けて拳藤を見ないようにしていたがバレていたらしく、

 

「赤くなってるよ。何照れてんの」

「…っせぇ」

 

 拳藤もアテられて照れっこくなったのか、彼女も目を逸らし手の動きが少しだけ激しくなった。頭もぐらぐらと揺れる垣根は、されるがままだ。

 

 嗚呼、弱っているからだろうか。隠すつもりのホンネや弱みが、少しだけ。ほんの少しだけ、漏れてしまった。

 

「…親いねえんだ。俺。だから、人に撫でられるのは…その、まぁ、なんだ」

 

 その赤くなった顔で拳藤の目を見据え、無意識の微笑みが彼女の母性を刺激する。

 

「………やっぱなんでもねえ」

 

 思わず椅子から離れて垣根のいるベッドへ座り、垣根を横から抱きしめる。

 

「…お前マジで何してんの」

「いつから親いないの」

「余計な気ぃ回そうとするな。物心が着「はいおはようラヴコメはそこまでね。病室で何してんのかな君達。泊まるの許可したの僕だけどさぁちょーっとムカつくよねぇ?僕生まれてこのかた彼氏も彼女もできたことなぁいのに目の前で若い連中が愛情を育んでるの見るとさぁ」面倒く「あ?」いつ帰れんだ」

 

 唐突な来訪に、拳藤は反射で先ほどまで尻を付けていたところへ戻る。いつになく大胆になってしまった自分の行動を、少し恥ずかしがりつつも。

 

「いつ帰れるか、ね」

 

 男は甲高く指を鳴らす。すると砂に埋められていたような重さがなくなり、途端に垣根の身体が軽さを取り戻した。

 

「俺の個性は『肉体昏睡(コールドスリープ)』。身体の機能を制限して、代謝や治癒力を高める。昨日病室に入ってすぐ掛けさせてもらった。途中で勝手に緩まったり、僕が指パッチンすると解除されたりする。昨日は手癖で解除のパッチンしたもんだから病室に来たのよ」

「…医者らしい個性だな」

「だろ?十分に治癒が終わってないのに起きると、昨日みたいになる。少し体調悪かったろうけど今はもうピンッピンになってるから外していいよ点滴(それ)

 

 垣根は異物を引き抜きながら「おかげさまでな」と答える。医者の言う通りとはいえ、専門家がいいといっても、素人が腕に刺さったモノを引き抜く光景に拳藤は少し狼狽えた。

 

「入院費etc(エトセトラ)はカードから引き落としにさせて貰ったよ。etcってのは彼女の費用ね。黒い奴だから大丈夫っしょ」

 

 その言葉を吐くと共に、彼はレシートや請求内容の内訳、前日着ていたものが入っている袋を垣根に渡す。

 

 いつカードの情報を抜いたのか知らないが、既に支払いは済んでいるようだ。医者は人間性を疑うようなとても胡散臭い言動をするが、やることはやってるし、多少抜けているが優秀な人物らしい。

 

 はかとなく嫌な感覚を覚えつつも、それを解決するのは優先するべきことじゃない。この医者に対する疑問は後だ。

 

 そして、ぐぅと音が鳴った。

 

 人の胃や小腸は食べ物が空っぽになると、胃や腸が周期的に収縮運動を始める。つまるところ、「おなかすいた」なのである。

 

 それは自分から聞こえたモノじゃなく、隣の少女から発せられたものだった。昨夜、年頃の少女にしてはとても多く食べたのに。

 

 気恥ずかしさから、彼女は顔を手で覆ってしまう。顔が隠れるほど個性で手を大きくして。

 

「…さっさと着替えて飯食って、帰るか。一佳」

「………………はい」

 

                                   

 

 あれから一週間。入試以降オールマイトとの連絡はとれず、既読すらつかなかった。多忙を極めているのか、そうでないのかは定かではないが、ヒーローのニュースに彼が一週間載っていなかったことを考えると、前者なのだろうと予測がつく。

 

 OFA(ワンフォーオール)の2%を扱えたことを報告したのだが、通知欄からでもいいから目を通してくれていないだろうか。ヒントを貰ったとはいえ試験後に全身で扱える方法を見つけ出した。ヒーローとしての教育方針が変わるはずと思っている。今はダンベルや自重を使ったトレーニングに精を出しているが、やはり先達からそういうのを出して貰った方が―――――例えば、実戦形式とか―――――出久(ヒーロー)として早く育つのだから。

 

 緑谷出久はリビングでハンドグリップを右手に握っているが、どこか心あらず。トレーニングに集中できていない。

 

 それもそのはず。自分の点数…筆記の方は自己採点でギリギリ合格ラインを超えていた。けれど、それを帳消しするほどの、実技での圧倒的0P(ポイント)。どう考えても、落ちている。あの時垣根に「希望を持てよ」って言われたが…オールマイトとコミュニケーションを取れなくなった今、不安が募るばかりで、正直…気休めにしかならない。

 

「通知…今日明日くらいだっけ!?」

「んん…」

「もう!雄英受けるってだけでもすごいことだと思うよお母さん!」

「んー…」

 

 オールマイトとの事は母にも話してない。彼が”平和の象徴”であり続ける為隠し通してきた秘密。たとえ家族だとしてもバラしていいハズがない。

 

 少年が思量(げんじつとうひ)(ふけ)っていると、ガチャガチャと玄関から音が響いてくる。と同時に、

 

(いず)いずいずく出久!!」

 

 母親が落ち着きを無くして騒がしくリビングへ戻ってきている。何事かと気をやると「来た、来てた!!来てたよ!!」と、宛名『雄英高等学校』の封筒が、手に握られていた。

 

 自室へ戻り、目を閉じ歯を食いしばって、その封を千切り破る。すると、小型の機械が中から落ちてきた。

 

 落ちたそれは投影機らしく、「私が投影された!!!」と憧れの人が剽軽(ひょうきん)な調子で始まりの挨拶をしている。

 

「オールマイト!!?ええ!?雄英からだよな!?ええ!?」

 

 信じられないといった様子で、再度宛名を見る。

 

「「諸々手続きに時間がかかって連絡が取れなくてね…ゲホッ…いや、すまない!!」」

 

 喀血とまでは行かないが…それでも、弱った彼が映し出される。それだけ信頼されているという事の裏返しでもあるが、今はそれを考える時じゃない。

 

「「私がこの街に来たのはね…他でもない、雄英に勤めることになったからなんだ」」

 

 雄英に!!

 

 オールマイト!!

 

「「ええ何だい!?巻で!?彼には話さなきゃいけない事が…後が使えてる!?あーあー、わかったOK…」」

 

「「筆記は取れていても実技は0P…当然、不合格だ」」

 

 出久は唇を噛んだ。あそこまでしてもらっておいて。

 

(でも、わかってた…わかってた!わかってたけど…!悔しいっ!!!)

 

「「それだけならね!私もまたエンターテイナーーーーーーー!!こちらのVTRをどうぞ!!」」

 

 オールマイトは、その巨体には似合わない小さなリモコンを、モニターに向けて操作する。

 

 すると、入試前に校門辺りで助けられた人―――――麗日お茶子―――――が、映し出された。

 

「「「すみません。あのぉ…」」」

 

「良い人…!?」

 

「「試験後すぐに直談判しに来たんだってさ!何をって!?続きをどうぞ!!」」

 

「「「あのぉ、頭もっさもさの…そばカスのあった…わかりますか…?っと~~~地味めの~~~」」」

 

 プレゼント・マイクに向かって片手を頭へ伸ばし、ジェスチャーでその様相を表現する。

 

(僕だ!!)

 

「「「その人に私のP分けるって出来ませんか!?あの人「せめて1P!」って言ってて…!私、聞いてて!だからまだ0Pだったんじゃって思って…!」」」

 

((お前に何が出来るんだ!?))

 

 爆豪勝己を中心とした、中学のクラスメイトからの、嘲笑の目。

 

「「「せめて私のせいでロスした分…!」」」

 

((君が危険を冒す必要は全くなかったんだ!!))

 

 いつぞやのヘドロ事件でデステゴロに諭され、叱られた。

 

「「”個性”を得て尚、君の行動は人を動かした」」

 

「「「あの人、助けてくれたんです!!」」」

 

 思わず、椅子から立ち上がる。自分の行いが、本当に人を動かしたのだと。自分は、この瞬間だけでも、ヒーローに成れたのだと。

 

 本来、ヒーローは奉仕活動。見返りを求めるものじゃないが、その感謝を受けて、彼は自覚する。

 

 あの時僕は、ヒーローしてたんだと!!

 

「「先の入試!!!見ていたのは敵P(ヴィランポイント)のみにあらず!!!」」

 

 敵Pという部分を否定するため大仰めいて、彼のCAROLINA SMASHのように腕でクロスを組む。

 

「「「分けらんねえし、そもそも…。分ける必要がねえと思うぜ女子リスナー!!」」」

 

「「人救け(ただしいこと)した人間を排斥しちまうヒーロー科など、あってたまるかって話だよ!!綺麗事!?上等さ!!命を賭して綺麗事実践するお仕事だ!!」」

 

 ビリビリ、ビリビリと、ホログラム越しに熱量が伝わってくる。

 

「「救助活動P(レスキューポイント)!!しかも審査制!!我々雄英が見ていたもう一つの基礎能力!!」」

 

「緑谷出久60P、ついでに麗日お茶子45P!!」

 

 彼がこの一件を映した時、何と言っていたか。そう。これはエンターテイメント。

 

 救助活動Pが話を聞いた時、合点が行った。でも。それでも。緑谷出久はあの時仮想敵(かそうヴィラン)に、諸刃の剣でしか対応できなかった。

 

 いいのか。

 

「ム…ムチャクチャだよ………」

 

 悔しく結んだ一文字は、段々と三日月になっていく。

 

「「合格だってさ」」

 

「「来いよ緑谷少年!雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!」」

 

 多くの人間の救けを受けて、彼の人生は変わっていく。

 

「…!!、っっはい!!!」

 

 そして、彼にとって夢物語だった、最高峰の高校での生活が始まる!!

 

                                   

 

「アレで不合格なわけねえな」

 

 勿論、垣根帝督にも通知が届いた。結果は合格。

 

 緑谷出久のような熱量はなく、ただ淡々としている。

 

 彼にとって、やることは変わらない。

 

 窓を開け、寒風が垣根の部屋を通り抜ける。()()()()()()()()を靡かせ、月を見上げた。

 

「まだ情報は集まっちゃいねえが…。ここ最近、裏稼業の連中が軒並み潰されている。それも、一人の女にだ」

 

 …ここ最近、ゴシップ記事を飾るニュースがある。指名手配されていた犯罪者が首吊りされた状態で発見されたり、焼死したり、途轍もない力で建物ごとぐちゃぐちゃにされていたりと、とにかく悪党(ヴィラン)達は見えない圧力で表立った事件が少なくなりつつある。そのおかげで、戸有(とある)市の犯罪発生率が下がったようだ。

 

 個人が潰され、裏稼業の団体が解体されというのが続き治安自体は良くなっている。自分の関わった事件から戸有市の治安維持部隊が機能し始めた。

 

 事件になる前からやれ、とは愚痴を溢さない。過ぎたことを責め立てても、過去を恨んでも、未来へ進めず自分が苦しくなるだけだとわかっているから。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく。ガキを連れ去るってのはAFO(アイツ)(にお)いに感じたが、今日はとんだ無駄足だったな」

 

 

 

 

 

 

 

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