とある科学の雄英高校   作:御餅勿々

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スタートライン、幼馴染の。
9話


 合格通知翌日の20:00。多古場海浜公園で八木俊典と緑谷出久は密議をこらしていた。

 

OFA(ワンフォーオール)…一振り…一蹴りで身体が壊れました…。僕にはまだ、オールマイトのようにてんで…扱えない」

「それは仕方ない。突然尻尾の生えた人間に芸を見せてと言っても操ることすらままならんって話だよ」

「はあ…、ってああなることわかってたんですか!!?」

「まァ…結果オーライ…!!結果オールマイトさ!!」

 

 するとオールマイトはおもむろにポイ捨てされた空き缶を拾う。………せっかく後継者がこの海浜公園を清掃したというのに、汚されてしまっては少しばかり怒りが湧く。

 

「今はまだ100か0か…だが、調整が出来れば…身体に見合った出力で使えるようになるよ。器を鍛えれば鍛えるほど、力は自在に扱える!!」

 

 こんな風に、と言うと同時に八木俊典は平和の象徴(オールマイト)へと変貌していく。片手に握られていた物は、最初からその形であったのかのようにぐしゃりと薄くなっていた。

 

「その事なんですけど…」

「ん?」

 

「フルカウル…ッ!2%ォ!!」

 

 身体全体に行き渡るように、薄く弱くその力を張り巡らす。まだ覚えたてだけれど、付け焼き刃以上のモノを。

 

「おぉ!!昨日の今日なのに!?やるじゃないか緑谷少年!!」

 

 オールマイトは心の底から嬉しいようで、奥まった鋭い瞳が和らいでいるのを感じ取れる。が、

 

「やっ、ぱり!!メッセージ、見てなかったん、ですねっ?オールマイト!」

 

 シャドーボクシングの要領で平和の象徴の技を模倣したり、その近くで個性を使ったまま走る。オールマイトは会話どころか息も絶え絶えの緑谷を見ると、彼は少し悲しそうな眼付きをしていた。

 

 それを見て、しまった、という表情をする。ホログラムの収録だったり、教師として着任するための資料を作ったりだとか、色々な作業をしていたため、そちらに集中する余力がなかった。ましてや彼は巨躯である。その分、勿論指も太い。つまり、書類作業が難しく、何度も何度も書き直しをさせられていた。

 

 超常黎明期以降、個性持ちに対する政治的整備が行われているが、オールマイトは異形型ではないため、書類は一般向けと同じサイズで書かなければならなかった。

 

「あぁいや、うん。すまない…」

 

 両手を顔の前で合わせ、てへっ☆と言わんばかりに誤魔化す。そして、自分の弟子が思った以上に早く成長していることが嬉しい。しかし、限界はすぐに訪れた。

 

 OFA―――――フルカウルと言ったか―――――は時間にして1分も経っていないが、緑谷出久の将来性に大きく期待が膨らむ。譲渡されてすぐは0か100かの自損パンチを見せていたが、もうここまで応用が効くとは思わなんだ。

 

(聖火の如く受け継がれた火はまだ火種。これから、多くの雨風に晒され大きくなっていく)

 

「これが出来るようになったのは、入試が終わってすぐ垣根帝督って子にヒントを貰ったからなんです」

「…!!垣根少年が?!」

「知ってるんですか!?オールマイト!」

「あっ…しまっ」

「「待ってアレ…オールマイト!?いつの間に!?」」

「こっちもやっべ」

 

(そしてこっちはゆっくりと衰え消え入り、役目を終えるのさ!)

 

「んん…シブいね!」

「?」

 

                                   

 

 時は過ぎ…春。それは、高校生活の幕開け。雄英が毎年300を超える倍率の正体。一般入試、定員36名。18人ずつでなんと2クラスしかない。

 

 緑谷出久は1-Aを探し、校舎を奔走している。体躯の大きい異形型の個性に対応する為、天井は高いし、廊下の幅も広い。

 

 やっとこさ1年間自分の教室となる場所を見つけると、冷静さを取り戻して独り言が思わず落ちる。

 

「あった…。ドアでか…バリアフリーか」

 

 あのバカみたいな受験者数から選ばれた優秀な人たちと出会うのは、自己肯定感の低い緑谷にとってとても緊張するイベントだ。

 

 左胸部で鼓動を打つ拳ほどのサイズのそれは、いつもよりも早く血流を身体に回していた。

 

 引き戸に指を掛け、力を込める。怖い人(かっちゃん)とクラスが違うとありがた…

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の制作者に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよてめーどこ中だよ端役(はやく)が!」

 

 おぉ、のぅ…。

 

「ボ…俺は私立聡明中学出身。飯田天哉だ」

 

 そう言うと、胸に手をあて、空いた片手を彼に差し伸べていた。次は君の番だと。

 

 しかしその趣旨は無駄となり、学校名にだけ興味を持った彼は悪辣な笑顔を浮かべつつ、

 

「聡明~~~!?くそエリートじゃねえかブッ殺し甲斐がありそだな」

「ブッコロシガイ!?君ひどいな本当にヒーロー志望か!?」

 

 飯田の視界に、教室のドアでこの光景に困惑している緑谷が入ってきた。

 

「おはよう緑谷くん!あの怪我、大丈夫だったか!?」

「あぁうん大丈夫だったよ…リカバリーガールの治癒も受けたし…」

 

 ドアの前でごちゃごちゃしていた彼の後続がやってくる。

 

「あ!そのモサモサ頭は地味目の!!」

(良い人だーーーー!!制服姿やべーーーー!!)

「プレゼントマイクの言ってた通り受かってたんだね!!そりゃそうだ!!パンチ凄かったもん!!」

「ぃゃ!あのっ…本っ当あなたの直談判のおかげで…僕は…その…」

「へ?何で知ってんの?」

 

 言葉を紡ぐ毎に声量が落ちていく緑谷。そう、彼はピュアボーイ。人と距離の近い彼女―――――麗日お茶子にドギマギするのは仕方のないことだった!!

 

「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人だろうね?緊張するよね」

 

 あたたかな笑顔と共に吐きだされる声と………なんだかいい香りは緑谷の心の緑谷を刺激し

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 その響く声は教室のどこからか聞こえてくるか。緑谷と麗日が溜まっていた、ドアの下。

 

 寝袋を着て教室の前へ芋虫のように横たわっている何かがいた。

 

 おもむろにゼリー飲料を寝袋から取り出して口に宛がう。そして。

 

「ここは…ヂュッ!!ヒーロー科だぞ」

 

 騒がしかった教室に、静寂が訪れる。

 

(((なんか!!!いるぅぅ!!!)))

 

 ヌッと寝袋を脱ぎながら、ボサボサの髪に無精髭がたんまりと生やされた不潔な男が、教壇の前へ立つ。

 

「ハイ、静かになるまで8秒掛かりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

(((先生!?)))

 

「てことは…この人もプロヒーロー…?」

 

 こんなくたびれたヒーロー見たことない、という視線がその人を射貫く。それを意に介す事もなく、

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

(((担任!!?)))

 

「早速だが、体操服着(これ)てグラウンドに出ろ」

 

 と、寝袋の中をゴソゴソと漁って出したそれを見せた。

 

「相澤先生!質問をお許しください!!一人まだ来ていません!!病欠でしょうか!!」

 

 飯田の疑問から教室を見渡す。例年は1クラス20人のはずだがぱっと見でもわかる。机の数が奇数だ。何故だ、という疑問を呈する前に、

 

「………、アイツ…。気にしなくていいよ、俺から連絡を入れておく」

 

 ぼやく声が聞こえた。そして緑谷は相澤が「やっぱりか」と言わんばかりの表情になるのを見逃さなかった。

 

                                   

 

「「「個性把握テストォ!?」」」

 

 恐ろしく広いグラウンドのソフトボール投げのラインが引かれた位置へ集められた1-A一同は、担任の理不尽(せいきゅう)な姿勢に驚愕した。

 

 図らずも生徒代表のようなタイミングで言葉を発した彼女は、

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

 胸を締める不安そうな面持ちで腕を胸部のあたりに持ち上げ、声が上擦りながらも当然の動揺を相澤へ投げかける。

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」

「………!?」

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り」

「「「………?」」」

「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学のころからやってるだろ?個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ」

 

 若干のイラ立ちを両手でズボンのポケットに仕舞いながら背を若干丸めている男は、気怠げ気にツンツン頭の人相の悪い少年へ身体を向けた。

 

「この中で実技入試成績がトップだったのは…爆豪だったな。中学の時ソフトボール投げ何メートルだった?」

 

 名指しで呼ばれた目つきの悪い少年は答えて前に出る。

 

「67メートル」

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっ切りな」

 

 そう言いながら、爆豪勝己へ掌サイズの球体を投げ渡す。それは競技用のソフトボールではなく、超小型のGPSのようなものが内臓された科学技術の詰まった産物だった。

 

(球威に爆風を乗せる―――――!!)

「んじゃまぁ……死ねえ!!!」

 

「(……………死ね?)」

「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 電子音を短く鳴らす端末を手に取りながら距離を確認し、待機していた生徒一同に見せる。

 

 記録は『705.2m』とデジタル時計のフォント―――――DSEG7-Clasicc―――――で表示され、

 

「705メートルってマジかよ」

「なんだこれ!!すげー面白そう!!」

「個性思いっきり使えるんだ!!流石ヒーロー科!!」

 

 入学したばかりの子供たちは今まで持て余してきた自らの『個性』を全力で使って良しとする授業に興奮し期待した声が多く上がる。それを聞いて怒りなのか無表情なのかわからない顔で相澤は優しく冷たく呟いた。

 

「………面白そう、かヒーローに為るための3年間、そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?」

 

 そして、子供たちにとって恐怖を…死を宣言する。口角を上げ、

 

「よし………トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

「はあああ!?」

 

 ボサついた無造作で清潔感のない髪を空いている手で掻き上げ、充血した隠れていた目を見開き生徒へ挑戦状(りふじん)を叩きつける。

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

                                   

 

 第一種目、50m走。出席番号17・18と連番である彼ら幼馴染の記録が始まる。

 

「イチニツイテ、ヨーイ」

 

 紙雷管の乾いた音がグラウンドへ鳴り響く。

 

「爆速!!」

 

 それに数瞬遅れて爆豪勝己の個性『爆破』も細かく連続して音を発生させている。

 

 爆豪は隣の少年を視界に入れてすらいなかった。何かするごとに目の敵にし、イラだって扱き下ろしてきたはずなのに。だから気づけなかった。スタート時には耳障りだった声も。

 

 いつの間にか自分と並走しているそのウザったいオタクのモサモサ頭の存在に。

 

「(OFA…、フルカウル2%ォ!!」

 

 砂埃を撒き上がらせる程に脚を早く動かすその光景に!!

 

「んなッ!?」

 

 抜かされそうになってやっと焦り、『爆破』の調整を軽視して威力を重視する。細かいバランスを犠牲にして、更に速さを。

 

 計測ロボット在る地点まで走り、それが機械的な音声で結果を吐いた。

 

「バクゴーカツキ、4ビョウ09。ミドリヤイズク、4ビョウ10」

 

 屈辱的な結果だった。今まで馬鹿にしてきた道端の石ころにも満たない存在が自分を苦しめていることが。

 

 余裕どころか、相手にもならないという今まで認識が覆された。圧倒的一番。オールマイトをも超え、トップヒーローに上り詰めるはずの将来設計が、こんな陰気な奴(クソナード)に。

 

 ところで、両者には個性の発動から現象として起こるまでに遅延がある。

 

 爆豪勝己は汗の分泌から着火するまで。そして、次の爆破へのクールタイムが短くなるのは手先の温度が上がるまで。使えば使うほどに強くなる、スロースターター。

 

 緑谷出久は個性を発動し、コントロールが乱れないように強化倍率を低く設定しつつ、全身に個性を回し切るまで。

 

 難易度で言えば後者の方が容易く感じるだろう。しかし彼らには『経験の差』があった。

 

 11年の経験と、2ヵ月の経験。その差。

 

 幼い頃から慣れ親しんだ行動と、近頃に受け継いでばかりで慣れなければいけない行動。

 

 後者が天才ではない限り誰にでも理解できる絶対的な壁。

 

 そして天才なのは、11年間自分の個性と向き合ってきた少年の方だった。

 

「…………………………………!!!」

 

 だが『爆破』の少年にそんな理由は知る由もなく、肩で息をする隣の少年の胸倉を左腕で掴む。

 

「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!!」

 

 爆豪が知っている緑谷の身体能力はこんな高くない。中学三年の初めから鍛えだしたにしても、ここまで早くなる理屈がない。ましてや個性を使用した100m走で僅差の記録を出している。

 

 そこから導き出される結論は『個性』しかあり得ない。

 

 個性の発現は4歳までだというのに無個性(デク)と馬鹿にした彼が何故かお誂え(ヒーロー)向きの派手な個性を持っている。

 

 隠してたのか!!騙してたのか!!馬鹿にしてたのか!!と湧き上がるそれらは止まらない。爆破で推進力を得てグラウンドに一番近い校舎の影へ慣れた手練で連行しようと、

 

BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM(ブチギレた)!!!

 

 距離にして30メートル。その距離を一息に移動する。先の体力テストでそれをやれよと思われるかもしれないが、精度を犠牲にしたそれは思った方向へ大きく移動できるだけであり、正しくコースを走れるわけではない。

 

 相澤はゴール直後のすぐに次の番号―――――19番峰田実、20番八百万百―――――を既に走らせていた。

 

 だから前のペアがゴールした後のいざこざなぞ露知らず、私怨で強大な爆破が発生するなど思いもせず。

 

 黒煙と砂煙が視界を遮り、砂埃が目に入ったのか小さい少年は…、もう一人。発育の暴力のような黒髪の少女も腕で目を覆う。

 

「……………爆豪か」

 

 これでは正しい記録は測れない。ので、現在走っている両者の100メートル走は一旦中止。

 

「お前らは測り直す。スタートラインで待ってろ」

 

 そう告げると、全速力で煙の立つ中へ向かっていった。

 

                                   

 

「面倒くせえな」

 

 垣根はジャージの上着に手を突っ込みながら切れ長の目を閉じて吐き捨てる。入学式にやることなどそれとガイダンスだけだと思って図書室に(サボって)いたら、個性込みの体力テストをしているようで相澤直々に「来い」と言われてしまった。

 

 行かない方が後々面倒になると判断した彼は教室へ荷物を置き、素早く着替えて渋々グラウンドへ向かっている道中である。

 

 耳を(ろう)するほどではないが、突如として大仰な破裂音が鳴り響いた。校舎と校舎の間を木霊する音が垣根の身体を包み振動を与える。

 

 そして、バチバチと線香花火のように短い間隔の爆破音が近くで響く。グラウンドに出る校舎の―――――グラウンド側からは見ることのできない死角―――――影に隠れて、緑谷を追い詰めている少年が見えた。

 

 垣根は悠然と歩きながら耳を澄ます。…いや、澄まさずとも反響するほどの一方的な怒号を浴びせているのが聞き取れた。

 

「なんでてめェが個性使えとんだ!!なァオイ!!」

 

 小刻みで音の小さい脅すような爆破も、左腕で胸倉をつかんで物陰へ連行されるのも、全部昔っから見てきた光景だなと緑谷は他人行儀で自分の置かれている状況を俯瞰していた。傍から見れば、ボーっとしているような顔で。

 

 それが癇に障ったのか、爆豪の怒りと呼応するように掌から出る火花の威力が上がる。

 

「無視かよクソデクすっげえな」

 

 右腕を大きく振りかぶり、緑谷の感情を逆撫でする顔を歪めてやろうと『個性』を発動させようとして、

 

「緑谷、お前こんなところで何してんだ」

 

 その手首を掴まれた。ご丁寧に関節も極められて。

 

「…っ、誰だてめェは関係ねえだろ殺すぞ!!」

 

 緑谷を責め立てる爆豪(じぶん)に構うのならまだわかる。

 

 しかし垣根は爆豪の腕を止め、緑谷出久(でくのぼう)にだけ話しかけた。どうやら知り合いらしいが、爆豪には目さえ向けない。

 

「…ぁ、垣根くん」

「身体は平気か?」

 

 爆豪からパッと手を離し、垣根は彼より前に出て緑谷にポケットへ仕舞っていた右手を差し出す。爆豪とは違って拒絶するのではなく、引き上げる為に。

 

 ここまで近づいておいて、話すのはあくまで緑谷にだけ。つまり、垣根は爆豪を取るにも足らない存在だと認識していることになる。

 

 その事実が爆豪のフラストレーションを更に溜め、止め処ない感情がドロドロと溢れる。

 

 歯止めの効かなくなったパンジャンドラムのように―――――要するに八つ当たり気味―――――垣根を襲う。

 

「なんだてめェポッと出のモブがァ!!どけェ!!」

 

 右腕の大振り。

 

 どうやら緑谷はあわあわとしている。垣根がその目の動きを見ると緑谷の眼は自分より後ろへ向かっていた。どうやら、この怒り狂った少年を見ているらしい。

 

 そして、爆豪の掌が目を焼くほどに垣根へ向かって輝き―――――

 

                                   

 

 連続した小爆破音がグラウンドから一番近い校舎の辺りから聞こえた。視界が煙でほとんど見えない分、音で情報が補足されるのはありがたい。…しかし相澤が向かっていた方向とは逆のようで。

 

 聴覚を頼りに爆豪の居所へ向かう。距離にして70メートル。それならここから6秒程度で着くだろう。

 

 捕縛布を手に取り、個性発動の準備もする。暴走した生徒を叱るのも先生としての役目。…とは別に、合理的に進まないこの状況が相澤にとって腹立たしい状況である。個人的な私怨も隠し味にして叱ってやるかと考えてる最中、もう一度派手な炸裂音がした。

 

 しまった、と相澤は思った。考え事をして走る速度が落ちてしまったからだ。捕縛布を構えて爆豪たちがいるであろう煙が広がる角に飛び出す―――――

 

                                   

 

―――――放たれた。大きく、力強く、爆破される。すると黒煙が辺りを支配した。

 

 しかし、なんの予備動作も振り向くこともなしに、揺ら揺らと光を反射する白い2対の翼が現れ、その宿主と緑谷出久を守るように包んでいる。

 

 緑谷出久は目前にいる端正でどこか昏い少年を見る。爆豪(かっちゃん)の爆破をまともに喰らっているはずなのに、揺蕩う翼は傷一つついていない。

 

 嗚呼、なんということだ。首に刃物を当てられたように冷たくて、大動脈弓を縛り上げるような苦しさを感じる。中学の時に爆豪から受けたふざけたそれとは全く持って質が違う。『敵意』を通り越した、紛うことなく『殺気』というモノだろう。

 

 それを理解してしまった緑谷は電球のフィラメントが切れるように意識を手放した。

 

 愚かにも気づいていない爆豪は更に熱くなる。周りは凄くない、自分が強い。自分の爆破は誰にでも通用する個性だと疑わなかった彼は、

 

「さっさとどけ!!」

 

 垣根帝督の個性、『未元物質』の翼がゆったりと風を仰いだ時、煤けた空気は晴れた。

 

「おい」

 

 透明感のある視界が戻り、自分が爆破したはずの人間から出る雰囲気と声色が変わったことに気づき、爆豪の方へ振り向いた。

 

 どうしようもない威圧感。逃げたいのに足が竦む絶望感。

 

 足元のコンクリートが急激に沼へ変化してしまったように動けない。深く深く沈んでいく感覚。それは口蓋にまで続き呼吸器官が酸素を取り入れることができない。ヘドロ事件の時の恐怖を思い出す。あの時も、息が出来なかった。

 

 爆豪に自覚が無かったトラウマが。脳の記憶領域に刻み込まれた鮮明な景色が。幻覚で視界を侵してくる。

 

 そして最後に、トドメを刺す低い冷淡な声がした。

 

「あと何秒テメェに時間割けばいいんだ?」

 

                                   

 

「おいお前ら何して………?」

 

 相澤が飛び出した時にはもう遅く、そこには地獄絵図が広がっていた。

 

 意識のない緑谷。吐いている爆豪。

 

 爆破によって生じた焦げ臭さと胃酸の臭い。その元凶は未だに胃の中の物を出し続けている。

 

「お、ぶェ………うぷッおェッ………」

 

 眼には涙が溜まり顔面蒼白かと思えば、吐く時に腹筋へ力が入り顔が赤くなる。

 

 それを見て放置するほど相澤は酷な男―――――ましてや、教師ではない。

 

 背中を摩り、手元にある端末から救護ロボットを呼び寄せ、慣れた手つきでリカバリーガールのところへ爆豪を搬送させる。

 

「垣根…お前、何した?」

「……別に何もしてねえよ。爆破男が緑谷を襲ってたから連れ出そうとしたんだが、そいつが俺に個性使いやがった。で、ムカついたから振り返ったんだが、これだ。トラウマでも刺激したんじゃねえか」

 

 倒れている爆豪に目もくれず、やけに涼しい顔で立ちながら気絶している緑谷の頬をペチペチと叩きながら喋る垣根。「おーい緑谷起きろー」と何度か呼びかけると意識が戻ってきた。

 

「はッ!!!」

「おはよう緑谷。体力テストの続きやるぞ」

 

 両手で緑谷のそばかすをむにむに挟みながら、垣根は本来の目的である体力テストを進言する。

 

「えっ、あれっ、ロンドン限定オールマイトギターは!?」

 

 が、意識を手放した先で夢でも見てたのか緑谷は何やら阿呆なことを言ってるわけで。

 

 それに呆れた垣根は相澤と緑谷の二人を置いて、長い足を俊敏に動かしてグラウンドへ出て行ってしまった。

 

「ないよそんなの」

「あっ、相澤先生!?どうしてここに!?ていうか垣根くんは!?あれ!?」

「爆豪がおまえを連れ去ったのを見たからだよ。それと、入試の時とは個性の使い方がてんで変わった。良くなってる」

 

 緑谷の頭を褒めながらわしわしと乱雑に撫でる。歯を見せながらニヤりとねばついた笑顔を見せ、

 

「緑谷、まだ動けるか?」

 

 相対する緑谷も、あの入試から成長したと認められたことが嬉しく、憧れの英雄(オールマイト)のように力強い笑顔で応えた。

 

「先生………まだ、動けます!!」

 

                                   

 

 緑谷と爆豪を追っていったはずの相澤が戻ってこず、どこか不良めいた雰囲気の茶髪の少年が校舎から歩いてくる。

 

 その様子に気づいた眼鏡の少年は、

 

「垣根くんではないか!ダメだぞ遅刻は!」

「あー、はいはい。考えとく」

「考えとくって君!!」

「校長の話とかくだらない上に長えだけだろ。だから今日は図書室で過ごそうと思ってたんだが、相澤に呼ばれちまってな」

「あー!もさもさくん、えーと、デクくん助けてた人!!」

「デ…?あぁ、アンタあの時下敷きになってた…。あれからなんともなかったか?」

「おかげさまで!」

「そういえば垣根くん、君は何番だい?今は緑谷くんまで終わっているんだが。か行だから最初のほうだろう?」

「…2()1()()

「21番…?」

「つーか、なんで死んだような顔して体力テスト受けてる奴が多いんだ?」

 

 わいのわいのとやっていると相澤が緑谷を連れて戻ってきたところだった。垣根の疑問を聞いていたのか、

 

「そういや垣根に言い忘れてたな…。トータル最下位は()()()()()()()()()()()()()

「…ふーん。最下位ってのが生々しいな。通りでこんなにピリピリしてるわけだ」

 

 至極どうでもよさそうに呟く。まるで、自分には関係がないかのように。

 

 なんでこんなに余裕そうに振舞っているんだ、という視線が垣根を貫くが。

 

「それじゃあ、テストを再開する。峰田、八百万、準備しろ」

 

「はい」

「…」

 

 だが、彼らは目撃する。垣根帝督がそのように佇まうことのできる理由の一端を。

 

                                   

 

 第一種目。50メートル走。

 

「よし、垣根の番だ。準備は?」

「いつでも」

 

 ポケットに手を突っ込んでままだというのに答えは「いつでも」らしい。舐めているのか、それとも余程の自信があるのか。

 

 待機している学生の目は―――――第二種目の握力テストを終わらせ体育館から帰ってきて、第三種目の立幅飛びの準備をしているが―――――青山、飯田、切島以外は垣根を見定めている。特に推薦入学者である八百万百(やおよろずもも)は自分の『個性』と能力、そして地位の高さから、自覚はなくとも垣根を見下している節があった。

 

 偏(ひとえ)に垣根の風貌にあった。ポケットに手を突っ込み、髪は茶髪。遅刻もしているし、見るからにワルイヒト。

 

 この不良のような少年は何故ここまで自信に溢れているのか。何故この学校へ入学できているのか、と。

 

 垣根の方へ目を向けつつも体育館に向かう。あぁ、この少年はなんですの?と心の中で悪態を付きながら。

 

 スタートの合図が鳴ったと同時に天使のような翼が10m程に広がったと思うと豪風がスタート地点より()()()()()()()()()()()

 

 視界の隅にぐらぐらと情けなく揺れているモノが映る。一瞬垣根から視線を外しグラウンドのネットを支える支柱を見ると、きしきしと限界値で耐えているのが見て感じ取れる程の風圧をその身に受けていた。自然災害大国と呼ばれる日本が誇りを持つ、耐災害性の強い逸品がだ。

 

 八百万は垣根がここにいる理由に納得していると既に彼はゴールしているようで、八百万の歩いていた道を早足で辿っていた。

 

 見惚れている内に、もう。

 

 ―――――推薦入学であることに少しばかりの誇りを持っていた八百万の心に、パキりとヒビが入る音がした。

 

 そのまま第二、第三…と続き、個性把握テストが進んでいく。

 

 立ち幅跳びと持久走は飛ぶことのできる垣根にとっては児戯で、立ち幅跳びの記録は∞となり、持久走はトップクラスの成績を出した。反復横跳びも翼を支点にバネのような動きで跳ねるよ「オイラの技をパクるなイケメン!!!クッソーーーーー!!!」うにラインを超え、記録を重ねていった。

 

 そして、ソフトボール投げ。

 

 手中で球を弄びながら、垣根は涼しい顔して横目に相澤へ疑問を投げかける。

 

「なぁ…全力でやっていいんだな?」

「いいよ。時間が押してるから早よ」

「ふーん」

 

 ある程度の意図を察したのか相澤は記録場所から距離を取り、声を張り上げて他の生徒へ注意を促す。

 

「お前らー、危ないから少し離れてろ」

 

 相澤の言う通りに生徒たちが距離を取ると、垣根帝督は2対4枚の不自然な煌めきを放つ『未元物質』(つばさ)を、轟!!という風の唸り声と共に展開する。

 

 人差し指と中指に球を転がして真上へ放り投げ―――――

 

 撃たなかった。

 

 何故だ、と相澤が疑問に思い、

 

「0メートルだ。なんで止めた?」

 

 しかし、記録は記録。投げる動作をした以上、記録はされてしまうのだ。

 

「耳に関係する個性の奴、いんのか?」

「いるよ」

「耳を塞ぐように言ってくれ」

「わかった」

 

 耳郎、障子の名を呼ぶと垣根の言伝を伝える。

 

 耳郎は『イヤホンジャック』のピン先を腕で覆い、障子は『複製腕』を仕舞う。

 

「いいぞ。垣根」

 

 再び真上へ放り投げ物理に逆らうよう羽ばたかずに浮き、体軸は重力一直線ではなく背中を地面にして斜め上へ向かっている。

 

 物理法則を無視した世界から引き出したような翼が猛烈に羽ばたいて、中心にソフトボールを捉えた。

 

 途端、垣根の翼から白い靄が見えたかと思えば、爆音が雄英高校を埋め尽くし衝撃波がバリバリバリ!!と施設のガラスを割っていく。

 

 すぐに第二波。心臓を直接打つような刺激が身体にやってくる。

 

「耳、塞いでても…ダ、メじゃん…!!」

「…っ!」

 

 個性で聴力が強化される二人…いや、二人だけに留まらず相澤含めた1-Aは垣根の全力に圧倒されていた。

 

「おーおー、なくなっちまったな」

 

 手を双眼鏡に見立てて空に手を(かざ)し、とてもとてもわざとらしい声を発している。

 

「お前…ガラスまで割るなよ」

「全力でやれっつったのはテメェだろ」

「…、そりゃそうだ」

 

 始末書(たのしいおしごと)が増えるなとこの先に思いやられながら相澤は端末に目を向ける。

 

 記録は『Error』。測定不能。爆豪の爆破に耐えた球は、この世界には存在しなくなっていた。

 

                                   

 

 握力、上体起こし、長座体前屈は『未元物質』でやる理由がないと判断した垣根は、個性を使わず身体能力を発揮する。…クラスの平均より高めの成績を記録している。

 

「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので、一括開示する」

「終わった…オイラのモテモテ高校生活が…初日に…」

「ちなみに除籍はウソな」

 

 ウソ。

 

 その言葉に唖然とする生徒達。ブドウのような頭をした少年―――――峰田実―――――は目から血と涙を流しながら、安堵の声を上げながらしなしなとへたり込んでいる。

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「はーーーーーーーー!!!!??」

「あんなのウソに決まってるじゃない…。ちょっと考えればわかりますわ…」

(((気づかなかった)))

「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」

 

                                   

 

「しかし相澤先生にはやられたよ」

 

 考える人の顎に手をやるポーズをしながら、飯田天哉は校門までの道のりを歩いている。隣には緑谷出久と垣根帝督を連れて。

 

「俺は『これが最高峰!!!』かと思ってしまった!教師が嘘で鼓舞するとは…」

 

 ウンウン、と頷きながら腕を組み、目を閉じて歩く。普段の彼ならしないであろう危ない歩き方。

 

「合理的虚偽、なぁ」

「そういえば垣根くんは知らされていなかったんだったな。すまない。君が来た時点で伝えておくべきだった。」

「関係ねえな。俺が最下位になるわけがねえ」

「そ・れ・で・も!!ヒーローを目指す上で、その道から落ちてしまう条件を伝えていなかったのは僕の道義に反する」

 

 これを見て緑谷は、「飯田くんは怖い人ではなくて真面目なだけなんだ」と再度理解する。

 

 しかし、垣根のことがよくわからなくなっていた。出会ってすぐに身の丈に合った個性の使い方の取っ掛かりを教えてくれた怖そうで優しい人という印象だったけれど、爆豪との一件の時はとてもヒーローとは思えないほどの冷たい目だった。

 

 緑谷はどこか怯えながらバツの悪そうな表情で前屈みに地面を向いて歩いていた。見かねた二人の少年は、同時に言葉を掛けていく。

 

 片方は、心配。

 

 片方は、冗談。

 

「緑谷、お前…」

「緑谷くん…」

 

「勃○してんの?」

「体調が悪いのか?」

 

「へっ!?ち、違うよ…??!」

 

「「か、垣根くん!?」」

「個室ならまだしもこんな開けた道でする話題ではなくないか!?というか、不快に思う方たちもいるだろう!?」

「ははっ、なんだか楽しくなってきたなぁ?」

 

 とてもとても男子学生らしい下世話なバカ騒ぎ(?)を始めようとしていると、彼らの後ろから女子生徒の声がする。

 

「おーい!お三方ー!!駅まで?待ってーーー!!」

「君は無限女子」

(無限女子)

「麗日お茶子です!えっと、飯田天哉くんに、垣根くん。それに、緑谷…デクくん、だよね?」

「デク!!?」

「………」

「え?だってテストの時、爆豪って人が『デクてめェ!!』って」

 

 緑谷は慣れない会話の上、女子と喋るという奇跡にしどろもどろしており目がとても泳いでいる。

 

「あの…本名は出久(いずく)で…デクはかっちゃんがバカにして…」

 

 おまけに腕をカクカクへんな風に動かして、それはもう典型的なコミュ障のように声が震えてしまって。

 

「蔑称か」

「…へえ」

「えーーーそうなんだ!!ごめん」

「でも『デク』って…『頑張れ!!』って感じで、なんか好きだ!!私!!」

 

「デクです!!」

 

 緑谷は照れながらも蔑称を受け入れる。そも、女子に『頑張れ!!』と言われて変なテンションになっていた。

 

「緑谷くん!?浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」

「コペルニクス的転回…」

「コペ?」

「物事が180度変わってしまうっつー事の比喩だ。麗日」

「ほえー」

 

                                   

 

 リカバリーガール(ばあさん)が監督する保健室へ相澤は来ていた。要件は1つ。爆豪の体調を尋ねることだ。

 

 ことの次第によっては病院に連れて行ったり、親御さんに迎えに来てもらうか等してもらわなければいけない。

 

 相澤はリカバリーガール(ばあさん)が指をさしたベッドに向かい、架かっている布切れを2回ほど揺らし、レールの金属音を爆豪に届けた。

 

「入るぞ、爆豪」

 

 中に入ると既に点滴は終わっているようで、消毒液の匂いがこびり付いた絆創膏を手首に貼ってる最中だった。

 

「何があった?」

「何もねェ」

 

 嘘だな、と相澤は察する。何もないのに吐くわけがないし、何より爆豪の腫れぼったい眼と顔の筋が物語っていた。泣いていたことを相澤は誤魔化されない人間だ。

 

 しかし当人が関係ないといった以上詮索する理由もない。

 

 入試の資料を見たところ、緑谷・爆豪はどうやら関係がこじれているらしい。

 

 それを思い出した相澤は、彼らの関係を取り持ってやる必要もないか、と判断する。

 

「そうか。じゃあ、なんでお前はあの時吐いていた?」

「…わからねェ」

「………もう身体は動かせるか?」

「だいぶマシになった。個性把握テストは」

「時間も遅いから明日の早朝だ。一人で帰れるか?」

「ったりめーだ、クソ」

 

 彼の性格を鑑みれば、もっと激しく反発して言うだろう。しかし妙に落ち着いた声色で、落とすように呟いただけだった。

 

 初日から出来ていた彼のキャラクターを落としてはなるまい、と変に気を遣う相澤は、リカバリーガール(ばあさん)から貰った消毒液で濡れたコットンをヒョイと掌に乗っけてやる。

 

「これで目元とほっぺ拭いてから出た方がいいよ」

「…気づいてたんか。性格悪いな」

 

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