幻想の怪物狩人   作:プラトン

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狩人とこんがり肉

 やはり肉とは良いものだ。肉汁滴るそれに思い切りかぶり付いたときは、肉の食える生物で良かったと染々思う。これが自らの血となり肉となるのだと実感できる数少ない瞬間だ。

 肉は焼くときも素晴らしい。

 悩んだときは肉を焼け。悲しかったら肉を焼け。嬉しかったら肉を焼け。肉を焼いていれば人生は明るくなると、以前狩りを共にしたハンターが語っていた。

 

 だがこの幻想郷に来て、肉は最高なのだと再認識させられた。そう、肉は自らの血になるばかりでなく…

 

「退魔士さん、こんがり肉を二つおくれ!」

 

「俺にも一つ、焼きたてを頼むよ!」

 

 金になる。

 

 やはり肉は素晴らしい。人間は肉がなくては生きてなどいけないのだ。

 

「…ほら、こんがり肉三つだ。骨は道端に捨てないように」

 

「ん~!やっぱここの肉は格別だ!また来るからな、退魔士の兄ちゃん!」

 

 お礼もそこそこに、俺はまた肉を焼く。何せ三十人以上の待ち人がいるのだ。自作の肉焼きセットを二つ設置し、両手で回しているというのに全く間に合っていない。ありがたいことだ。

 

 この幻想郷に来てから早いもので、半月の月日が流れた。

 人里でモンスター狩猟を生業として生計を立てたのは良いが、その依頼件数は五日に一件といったところ。先日のアオアシラ討伐の報酬金も、決して大金とは言えない額であった。依頼者が平凡な人里の民であるのだから当然ではあるが…

これでは食い扶持も稼げない。

 そこで俺の能力でどうにか稼げないかと、始めたこんがり肉販売の副業がこうも繁盛するとは嬉しい誤算だった。

 

 始めた数日こそ通りがかりの人に買ってもらう程度であったが、誰かが話を広めてくれたらしい。今やこの人里の看板名物になりつつある。

 もはや本業のモンスター狩猟よりも稼げている。いっそのこと、この肉焼きで起業して他の地域に進出するのもありかもしれない。

 

「それはあまりお勧めしないな」

 

 そんな話を以前何気なしに、この商売で顔馴染みとなった寺子屋の先生に話した。しかし苦笑いで返されてしまった。

 

「何故だ?」

 

「この肉焼きは君にしか出来ないからだ。比喩表現などではないぞ?この肉塊を数十秒でこんがりと焼き上げ、幾ら時間が経とうと冷めることがない…これを君以外の誰が成せると思うかい?」

 

 寺子屋の慧音先生は、焼きたてのこんがり肉に目を輝かせながらそう言った。

 

 ふむ…先生の言い分も理解できる。何より同じようなことは他の客にも言われたのだ。

 どうして味付けもないのにこうも旨いのか?

 数十秒で焼き上げかつ、熱を保つにはどうすれば?

 食べた後に身体の奥底から力が湧くような感覚…あれは一体何なのだ?

 

 教えてくれ、弟子にしてくれとせがまれたこともあった。しかしそんなこと、俺が知る由もない。俺の世界のハンターであれば誰もが出来ることだ。しかし幻想郷には俺を除き、この肉焼きが出来る者はいない。少なくとも、俺の知る限りでは。

 

「俺にしか出来ないか。悪い気分じゃないが、それもそれで困るものだ」

 

「贅沢な人だな、君は。まあ私としても、君がこの人里に居を構えてくれて嬉しい。この肉商売としても、里を守ってくれる退魔士さんとしても、ね」

 

「だから俺はハンターだと言っている…」

 

「ふふっ。つい癖で、ね」

 

 このやり取りも何度目になろうか。十を越えたときから数えることすら辞めてしまったが、寺子屋の先生であるならそろそろ学習してほしいものだ。

 溜め息を吐きながらも出来上がったこんがり肉を、待ってましたと言わんばかりの慧音先生に手渡し…?

 

「…なぁ、慧音先生」 

 

「な、何だい?急に真顔になって…」

 

「俺は先生に感謝している。ここを贔屓にしてもらって、旨そうに食べてもらえて…肉焼き人冥利に尽きるというものだ。だが一つだけ。不躾かもしれないが、聞かねばならないことがある」

 

「聞かねばならないこと…?」

 

「あんた…肉を食い過ぎじゃないか?」

 

 慧音先生の動きが止まった。それはもう、ピシリと。まるで彼女だけが世界から取り残されたかのように。

 

 いやしかし、本当に心配なのだ。

 確かに肉は素晴らしいが、何事においてもやり過ぎは毒となる。それはこんがり肉も例外ではない。

 日々身体を酷使するハンターであれば、疲労した肉体を癒すためにも毎食肉があっても可笑しくないのだが。

 

 だが彼女は先生だ。先生と言えばやはり、勉学が仕事のようなものだろう。体力仕事ではないなどと断言するつもりはないが、流石にハンターより身体を動かすことはないのではないか?

 だと言うのに彼女は毎日こんがり肉を買っている。それも数個のまとめ買い。ここまでくれば俺が心配だ。

 

 健康面が。主に体重。

 

「あ、や、これはだな…そう!寺子屋の子供たちに買っていく約束を」

 

「先程一人一つずつ買っていったぞ?」

 

「ああ間違えた!えと…し、親友にあげるのだ!ずっと食べたいと言っていてな!いやぁ、食いしん坊で困ったものだようんうん!」

 

「毎日か…?」

 

「ソウダゾー?いやはや、お前も罪な男だ。女の胃袋を掴むとは…おっと早く持っていってやらねば餓死してしまうかもしれん!お代はここに、それじゃあまた!」

 

 慧音先生はこんがり肉をかっさらうと、足早に帰ってしまった。

 餓死…肉類しか食えないような事情でもあるのだろうか。宗教事の戒律か?

 

「あんた、女性に酷なことを…しかも慧音先生に…その気概、一周回って尊敬するよ」

 

 次に並んでいた男に白けた目を向けられた。

 俺が何をしたと言うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

「ふぅ…やっと終わったな」

 

 今日焼く予定であった生肉を全て使い果たし、完売。正午から肉を焼き続け、あっという間に日の傾く夕方となった。稼ぎは上々。モンスター狩猟の依頼もなく、平和な一日だった。

 さて、俺も晩飯の準備をせねばならない。その後は日課となっている装備やアイテムの確認、明日使う生肉の準備と…。

 

 やるべきことを整理しながら肉焼きセットを片付けていたとき、長く伸びた人影が俺の足元を暗くした。

 影の主は夕日の逆光により見えないが、顔など分からなくていい。彼女の隣に漂う白い何か…そんなものを携えている人間など二人としていないのだから。

 

「…今日のこんがり肉は品切れだ。また明日に出直してくれ」

 

「私は客ではありませんし、人里の肉屋に会いに来てもいません。要件があるのは、退魔士であるあなたです」

 

 凛とした声。そこには適当な返答を良しとしない気迫を感じる。しかし同時に、子供染みた強がりも混じっていた。

 

「言ったはずだ。俺の剣技は対人のためのものではない。お前が学びとれることなど、一つとしてないぞ」

 

「それを見極めるのは私です…さあ、刀を抜いてください」

 

 その少女…魂魄妖夢が自らの刀に手をかけた。忍耐のない娘だ。夕刻とは言え、人里で斬り合いをすることの意味を理解しているのだろうか。

 彼女も初めこそ、場所や時間を選んでいた。住人と俺を気遣ってか、人里から離れた地を態々身繕っていたようだ。

 

 しかし彼女も未だ未熟ということか。俺の頑なな態度に痺れを切らし、今では人里だろうとお構い無し。いや、日中に現れないだけ考慮した結果なのかもしれない。

 

「何度でも断ろう。俺の技はモンスターを狩るためのもの。決して人命を奪うことには成り得ない」

 

「私がいつ人を殺めると言いましたか?さあ、見せて下さい。あなたの剣舞を」

 

「…何故そうも固執する。君は何を焦り、急いでいる?」

 

「…刀を」

 

 昨日と何ら変わらない流れ。

 理由を問いだたそうにも、次に来る言葉は刀を抜けだ。それは日を追うごとに顕著になり、今では会話も成り立たない。

 

 

 

 …彼女との関係の始まりは、この幻想郷で初めてモンスターを討伐した時。アオアシラ同様に、人里の人間が襲われているため駆除してほしいと依頼が入り、森林に赴いた。

 その依頼は難なく完遂出来たのだが…モンスター討伐の一部始終を何者かに見られていたのか、俺が凄腕の剣術使いだと話が広まってしまったのだ。

 

 その噂話は留まることを知らず、人里外にも流れ出した。

 止める術などなく、俺自身も静観していたのだが…その判断が今の状況を招いてしまった。

 

『初めまして、私は魂魄妖夢と申します。あなたの剣の腕は耳に、そして目に焼き付けました。どうかその技、私にご教授願えませんか?』

 

 二週間前だ。突如として訪れた彼女は挨拶もそこそこに、俺に教えを願った。

 当然、丁重にお断り。幾度となく同じ理由でお帰りいただいた。それから毎日、同等のやり取りが行われていく。

 …いや、違うな。彼女は目に見えて、最初の落ち着きと冷静さを欠いていった。

 

 俺としては、理由も分からぬ小娘に技を見せたいとは到底思えない。下手に力を振り撒いてはろくでもない結末を招くだけなのだから。

 だからこそ、彼女が貪欲なまでに求めるその姿勢の根本を知りたかったのだが…それも叶わず。今の刀で語るような関係まで陥ってしまったのだ。

 

 あの大妖怪め…俺はモンスター狩猟だけに専念していれば良いと言ったではないか…。

 

 

 

 ただ…今日はまた一段と気合いを入れてきたようだ。

 俺が武器を出すまで梃子でも動く様子がない。または斬りかかって来るだろう。さて、どうしたものか…。

 

「…ならば代案だ。次にモンスター狩猟が入った時に見学でも好きにするがいい…これでは不満か?」

 

「…」

 

 魂魄は顎を少し引き、俯いた。しかしその鋭い眼光は俺の姿を逃がしはしまいと捉えている。

 

 沈黙、何処かから漂う夕食の暖かい香りが意識を乱しかけた。そうだ、俺は晩飯をどうするかすら考えていなかった。先日はこんがり肉で済ましてしまったし、今日は…。

 

「…分かりました」

 

「む?」

 

「代案を飲みましょう。次のあなたの狩りにお供します。時間をかけてここに通うよりも、確実でしょう…失礼します」

 

 俺の返答も待たず、魂魄は軽く頭を下げると人里を出ていった。本当に奔放な娘だ。こちらは彼女の住所すら知らないというのに…。

 

「全く…退屈しないな、幻想郷は…」

 

 とりあえず今晩の夕飯は、こんがり肉で済ましてしまおう。きっと近い内には狩りの依頼が来る。ハンターとしての直感が、そう語っていた。

 

 

 

 

 

 

 




慧音ってお肉食べるのかな…?
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