幻想の怪物狩人   作:プラトン

3 / 3
狩人と水獣

「何故私がこんなことを…」

 

「無償で働けるほど俺は出来た人間でないのでな。授業料はしっかりと払ってもらう」

 

 隣で不平を述べる魂魄を軽く嗜め、作業の続きを促す。俺たちは今揃って肩を並べて肉焼きセットを回していた。仲良く、とはお世辞にも言えない。肉を回す魂魄の表情は固く、嫌々やっていると言う雰囲気が丸分かりだ。お客に出す品であるし、作り笑顔だけでもして欲しいものだが…。

 

 どうして彼女が俺の肉焼き商売に携わっているのか。

 

 彼女は先日、俺が代案した『モンスター狩猟に付き添い、俺の剣技を学び』という条件を果たすため、甲斐甲斐しくも毎日俺の自宅へと足を運んでいた。

 しかし彼女の努力虚しく、モンスターの狩猟依頼どころか目撃情報の噂すら出てこない。

 

 当然、彼女の焦りや苛立ちは募っていった。モンスター狩猟も元より代案。妥協した結果がこれでは、彼女の心境にも無理はない。だがそれで業を煮やされ斬りかかれでもしたら堪らない。

 

 そこで俺は肉焼きを提案。

 剣術を教える対価として働いてもらう…という建前で、肉焼きで気分を晴らしてもらおうと考えた。

 彼女にも剣士としての道義はあったのか、俺の提案を渋々受けて今に至る。気晴らしの効果は薄いようだが。

 

「それにしても、君は筋が良いな。申し分無い焼き加減だ。普段から料理を嗜んでいるのか?」

 

「これを料理と称するのはどうかと思いますが…そうですね、料理を作るのは従者として当然の役目ですから」

 

「主人がいるのか?それは初耳だ」

 

「…聞かれなかったので。ここに通うためのお暇も、その都度頂いております」

 

 …なるほど。彼女が俺に執拗に教えを乞う理由が少しだけ見えた。一瞬言葉を詰まらせたことからも間違いない。

 

 その主人とやらが、彼女の言動に一枚噛んでいるのだろう。

 

 暇を貰っているとは言え、一人の従者がこうも頻繁に主人を置いて動くことを赦すとは考えにくい。にも関わらず、その主人とやらは彼女の幾日にも渡る自由を許容しているという。

 その点から推測されるのは、魂魄の教えを乞うという目的はその主人にも何かしらの利点があるということだ。少なくとも、世話係を放任する程には。

 

 この仮定が正しいとするならば、やはり技を教えるべきでは無いのではないか?その顔も名も知らぬ主人に、俺の技が悪用されては…いやしかし、魂魄の意思も確かに感じる。無理強いされている訳でもない…ならば騙され利用されているのか?

 

 どれも憶測の域を出ない。どうしたものか…。

 

「あら。ついに弟子を雇ったのかしら?退魔士さん」

 

「…十六夜か」

 

 この肉焼き商売の顔馴染みである、十六夜咲夜がいつの間にやら目の前に立っていた。

 

「相変わらず神出鬼没な人だ。また時間を止めたのか?」

 

「残念ね、今は使ってない。あなたが呆けていただけよ」

 

 彼女はクスクスと上品に笑う。

 むぅ…他者の接近に気づけないとは、余程思考に耽っていたようだ。

 

「それで、隣の方は本当にお弟子さんなの?」

 

「いや、諸事情あって手伝いを頼んでいるだけだ。魂魄、彼女は十六夜咲夜。ここのお得意様の一人だ」

 

「…初めまして、魂魄妖夢と申します。以後お見知りおきを」

 

「こちらこそ、宜しく」

 

 魂魄の挨拶は少しぎこちないが、十六夜は気にすることなく対応してくれた。どちらも主人を持つ従者の身ではあるが、やはり身なりも素行も咲夜が上手だと感じてしまう。

 

 咲夜とは同じ人間ということもあって、気兼ねなく話の出来る数少ない存在だ。今日もせっかく来てくれたのだから世間話の一つでもしたいが…魂魄のことも考慮すれば早めに切り上げるのが吉だろう。

 

「それで、今日はいくつ入り用だ?在庫もあるし、多めに作っても…」

 

「いえ、今日はそちらの用事ではなくて…狩猟の依頼を持ってきたの」

 

「依頼ですか!?」

 

「え、えぇ」

 

 …俺の返事よりも早いとは、どれだけ待ち焦がれていたのだ魂魄よ。それと手に持つそれは生焼け肉なんだが?後で自分で食べるように言っておかねば。もしくは調合に使うから渡してくれ。

 

 まあ、良いタイミングであるのは確かだ。当然依頼は快諾したいところではあるが…。

 

「態々俺に頼む必要はあるのか?十六夜も含めて、そちらは実力者の集まりだと聞いている」

 

 幻想郷には俺の世界では想像もつかない、異様な能力を持ち合わせる輩がいる。目の前の彼女でさえ時間を停止させるという万里に反する力を、その華奢な姿の中に秘めているのだ。

 それを云々程度の能力などと表現してしまうとは…末恐ろしいものだ。

 

 話が逸れたが、そんな人外染みた能力を持つ集団が並みのモンスターに苦戦するとは思えん。

 

「本当なら私が始末をつけたいけれど、数が多くてね?私のナイフじゃ致命傷も難しいし…何より間違ってもお嬢様を水浸しには出来ないから」

 

「水を扱う怪物なのですか?」

 

「いつの間にやら、紅魔館に程近い湖に住み着いていたの。湿気は酷いし追い出された妖精が逃げ込んで来るしで…情けない話だけど私はそっちの対応で精一杯。早期解決のためにも、専門である貴方にお願いしたいの。お嬢様やパチュリー様からの要望でもあるし、報酬も出す…頼めるかしら」

 

「ふむ…依頼である以上、断る理由はない。報酬もあることだしな…引き受けよう」

 

「助かるわ。早速だけど霧の湖に向かって。これ以上数を増やされても困るから…」

 

「当然です。さあ退魔士殿、行きましょう。そしてあなたの剣技を見せて下さい」

 

 …積極的なものだ。俺の分の肉焼きセットまでいつ片付けたのだろうか。

 しかし彼女らの言い分は尤もだ。モンスターがいるならば一刻も早く狩らねばならない。それはあの大妖怪との契約でもある。

 

「では向かおうか。十六夜、その湖まで案内を頼むぞ」

 

「それは構わないけれど…飛んでいかないの?」

 

「人間は普通飛べないものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

「本当にジメジメしていますね。心なしか動きにくいような…」

 

「それが奴らの属性だからな」

 

 まるで纏わりつくかのような湿り気が湖の周辺に充満している。この感覚は幻想郷でも変わらず、ひどく不愉快で鬱陶しい。それは女性である魂魄も同じようで、肌に貼り付く髪や衣服をどうにかしようと世話しない。

 …俺も新人時代はこの狩場の空気に精神を磨耗したものだ。

 

 懐古の念もそこそこに、双眼鏡で対象の姿を確認する。と言っても、十六夜の話から予想はついていた。

 

『あの怪物たちは湖とその周辺に群れていたわ。しなやかな体躯に、滑った薄緑…その中心に一際大きい黄色い姿があったの。私から見てもそれが群れの頭目だと察しがついたもの』

 

 これだけ情報があれば十分だ。水辺で群れを成し、中心に黄色の存在。双眼鏡の先には彼女が語った通りのモンスターが鎮座していた。

 

 何よりも目を引かれる黄色…それは奴を示すスポンジ上の鬣だ。そして水性生物特有の、扇状に広がった水掻きと鋭い爪。水中での縦横無尽な身のこなしを保つための巨体でありながらも流麗な体躯が、日光により鈍く光る。

 

 水系の大型モンスターの登竜門。

 

「水獣、ロアルドロス」

 

「それが奴の名ですか?」

 

「ああ。その周辺に控えているのがルドロスだ。雄である一頭のロアルドロスが、雌である数多のルドロスを引き連れてハーレムを形成する…今回の場合は希に見る大所帯だが」

 

 目視できるだけでも、ルドロスの数は三十を超えている。元の世界であれば、異常発生と騒がれても不思議ではない。

 

 さて…様子見も十分だろう。

 十六夜は既に館へと戻っている。普段はここを飛び回っている妖精とやらを館に引き付けてくれるという。おかげで気兼ねなく狩猟を行えるというものだ。

 

「再度確認するが、魂魄。お前も今回の狩猟に加わる…その言葉に後悔はないな?」

 

「構いません。あなたの剣術を学ぶためにも助力します」

 

 …若いな。態々"後悔"と尋ねた意味に気付いて欲しいものだ。

 

「…では、手筈通りに…!」

 

 二人同時に茂みから飛び出す。俺の狙いはただ一頭、ロアルドロスのみ。

 

 接近に勘づいた一頭のルドロスがその首を持ち上げ、鈍い警戒音を鳴らした。それは共鳴し、三十を超えるルドロスの睨みという歓迎を受ける。しかしそれら全てを受け流し、ひたすらにロアルドロスとの距離を詰めた。

 

 威嚇の効果はないと察したのか、左右から二頭のルドロスが躍り出る。群れの長を守らんと、肉食獣ならではの鋭牙をちらつかせ、噛みついてくる。

 

 しかし、その程度。

 

「邪魔だ」

 

 一対の短剣がルドロスの皮を裂いた。噛みつきによって不用意に首を差し出した一頭の喉元から鮮血が吹き出し、沈黙する。そのまま勢いを殺すことなく、左方のルドロスを撫で斬りによって討伐。

 どちらも、一撃。苦痛の呻きを漏らすことなく、二つの命が肉塊へと姿を変えた。

 

 血の匂いを嗅ぎ付けたのか、はたまた明確な敵意に感付いたのか…漸く群れの長たるロアルドロスがその巨体を起こす。

 

 その距離は、未だ長い。

 

「ならば文字通り…斬り開く!」

 

 両手の双剣を納刀することなく、走る。

 ルドロスは侵入者を長に近づけんと、捨て身の突進を行い、水塊を吐き出す。同胞の末路を見せ付けたというのに、勇敢なものだ。

 だが、その惨めな抵抗など障害にもならない。

 

 奴らの群れの真っ只中を駆け抜け様に、双剣タイフーンで裁断する。まるで自ら首を捧げているような心地がとても愉快だ。

 タイフーンは双剣使いの基礎としても著名なツインダガーの最終強化系。刃は扇状に広がり、西洋の武器であるアックスを彷彿とさせる。主な素材は鉱石であり、他の双剣のような派手さはないが…それは奴らの血と呻きで彩るとしよう。

 

 斬る。斬る。足を止めることなく斬り進む。

 その乱舞の中、視界に黄色が移った。ああ、やっと合間見えた。

 

「茂みからここまで三十秒…遅いとは思わんか?なあ…?」

 

 俺の言葉など、たかが獣であるロアルドロスに通ずる訳もない。しかし、目の前の奴の眼には、確かな怯えと恐怖があった。

 ああ、気分がいい。この胸の高鳴りは、その手で命を摘んだハンターだけが知り得るもの。だがまだ足りない。この高揚感は雑魚ごときで満たされてなるものか。

 

「さあ長よ、散れ」

『…グオォ、ゴオオォッ!!』

 

 ロアルドロスが低く吠えた。

 …今の声は威嚇ではない。ルドロスに指示を出した?周辺の輩はあらかた片付けたはずだが。

 

『くっ、離れろ!このっ…!』

 

 俺の後方で魂魄の声。

 

 振り返ると、先に潜んでいた茂み近くで彼女はルドロスに囲まれていた。はて、既に三十は討伐したはずだが…やはり湖水中に隠れていたか。

 

 とは言え、彼女を囲んでいるルドロスの数は七。そこに亡骸は一つもない。つまり彼女はこの三十秒の間に一頭も討伐出来ていないということ。

 

「…やはり二人では上手く進まんな」

『ゴオオォッ!』

 

 俺が魂魄に意識を向けたのを好機と捉えたのか、ロアルドロスは俺を潰さんと巨体を持ち上げた。

 その浅はかな思考を垣間見る度に思う。実に単純で扱いやすいと。

 

 横転でロアルドロスのプレスを回避し、目と鼻の先となったロアルドロスの顔面にタイフーンを叩き込む。

 

「そこで悶えていろ」

 

 奴が怯むと同時に踵を返し、魂魄の元へと全力疾走。

 当の魂魄は遠目から見ても消耗しており、型を崩さぬ姿勢維持で精一杯のようだ。

 水属性やられにより、スタミナ消費のリズムを崩されたのだろう。彼女にとって相手が異界の生物であることも相まって、防戦一方になっている。

 

 …だから後悔しないかと問うたのに。

 

 確かに彼女はそれなりの実力者だ。半人半霊という特殊な出生を抜きにしても、あの若さでは十分な剣術を心得ている。加えて伸び代もあるのだ。謙遜無しで実力者の部類だろう。

 

 しかし皮肉なことに、その若さが彼女の成長を阻害している。知りもしない敵を相手取って、よくもまあ余所見しようなどと考えたものだ。力を渇望する意気は認めるが…これは依頼。そしてモンスター相手に無様な姿を晒すなど、俺でなくとも許されない。

 

「ふっ…!」

 

 右手に持つタイフーンを投擲。それは放物線を描きつつ、彼女に纏わりつくルドロス一頭の頭穀を粉砕した。

 …武器を投げるなど、俺の世界では前代未聞だったろうが、ここは幻想郷。自由にやらせてもらおうか。

 

「なっ…!?」

 

 急襲にルドロスの包囲が緩む。

 既に十分斬撃の届く範囲内。投げたタイフーンを引き抜き、大きく右足を踏み込んで、状況を飲み込めていないルドロスらを悉く斬り付けた。

 

「…ルドロスは片付いた」

「す、すごい…」

「こいつを飲み込め。スタミナもすぐ回復する」

 

 亡骸の中心で呆ける魂魄に、ウチケシの実を投げて渡す。

 この世界ではそれすら貴重になってしまった。種が枯渇せぬよう、計画的に裁判しなければならないな…。

 

「た、退魔士殿、奴が…!」

「…ほう。湖に戻るでもなく向かってくるか」

 

 ロアルドロスが本来の力を引き出すならば、やはり水中だ。配下を失った今、奴が湖に戻り水中戦は必須だと思っていたが…怒りに我を忘れたか?自暴自棄にでもなったか?

 

「好都合だ…魂魄は下がれ。真に学ぶ気概があるのなら、それ一つに集中しろ。得られるものも得られんぞ」

「いえ、私はまだ…!」

「二度は言わん」

「っ…!」

 

 魂魄は押し黙り、俺の後ろの気配が数歩遠退いた。

 良い判断だ。これで尚食い下がるようでは価値無しと思っていたが…自らを律することも出来るではないか。

 

 ならば、俺も応えよう。そして見定めよう。お前の瞳に写るものを。

 

 ロアルドロスの黄色で視界が埋まる。

 憤怒の白息が頬に触れる。

 

「双剣使い、奥義」

 

 鬼人乱舞

 

 黄と赤が雅やかに舞い上がった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。