天空の城の世界に憑依転生した 作:あおにさい
話は少々遡る。
あの日、ムスカさん御一行が家にやってきてどうにか説得……のようなものが成功し追い返した日。
僕はまず、呪文に関するラピュタの資料を燃やした。何年もかけて考察したメモから、お遊び半分に
この資料があるだけで、僕はムスカさんに殺される可能性が高いからだ。
内容は、頭の中に入っている。特に呪文は何度も諳んじていた。
最初は娯楽のない田舎のごっこ遊びだったが、名を継いだあとは「もしも」の時のための練習に変わった。そのうちに全てを暗記出来たのは、良き副産物だった。
見張りが残されているかもしれないと考えたので、外からわからないようにコソコソと資料を引っ張り出し選別して、「見せていいもの」と「廃棄するもの」に分けていく。
それから、食事の支度をしているから煙が出ているのだと思わせられるように少しずつ、燃やした。
料理用のかまどでひとつひとつ黒く焦がしていく作業は、火葬のように思えた。
燃え盛る炎の中に消えていく父が書いた文字、それを訂正した祖母の走り書き、意味を考察していた僕が書いた注釈。
祖母が優しく教えてくれた不思議な呪文、母と一緒に歌った古代の詩、父が買ってきた歴史書に刻まれていた文言。
夢を見るだけで幸せだったこと、ロマンを追いかけて没頭した日常。わいわいと話し合う僕たちを、呆れたように「そろそろご飯よ」とたしなめた母の後ろ姿。
外には聞こえないように、声を漏らさないように押し殺して泣いた。ごめんなさい、と小さく謝罪する。
ムスカさん相手にハリボテの演技をした時、僕はこう思ってしまった。
みんな、死んでいて良かった――。
ごめんなさい、と父の文字を燃やして謝る。
ごめんなさい、と祖母が書いた詩を燃やして謝る。
ごめんなさい、と母の最期の言葉を思い出して謝る。
ちゃんと王家の誇りを持っていました、なんて嘘もいいところだ。祖母は田舎のおばあちゃんで、両親は農民の夫婦で、僕はロマンを追いかけていただけの、ただのガキだ。
僕がハッタリを張れたのは、祖母も両親も知らない
もし家族が生きていたら、彼らは石のことを頑なに秘密にして、抵抗した挙げ句に拘束されていただろう。そのあとのことは深く考えなくてもわかる。
不意に出た冷酷非情な思考が、僕の心を自己嫌悪で打ちのめした。それでも未だにこれで良かったと考えているのだから、零れる涙さえ自分自身を慰めるだけのものに思えてならない。
ごめんなさい。
嘘をついてごめんなさい。
許して欲しいなんて言いません。恨んでいい、親不孝者と罵ってくれていい。
田舎小僧だった僕の心は今ここに、かまどの中に置いていく。思い出と一緒に、家族のもとへ置いていく。
僕は、
誰のためでもなく、ただ自分のために。
許さなくていい。恨んでくれていい、罵ってくれていい。
だからせめてどうか、見ていて欲しい。どこかで家族が僕を見ているかもしれない――。そう考えるだけで、無様を晒すまいと勇気が持てるから。
**
「
呪文は、いつものようにするりと唱えられた。祖母曰く「困った時のおまじない」、ムスカさんに云わせれば「聖なる呪文」。僕にとっては「起動呪文」。
手のひらに乗せた飛行石から青白い燐光が吹き出し、空気が揺れて風となり吹き荒れる。
ただ事ではないというわかりやすい変化に、ムスカさんが「おおおお」と声を上げた。
わかる、わかるよ。僕もちょっと楽しいもの。
手のひらにある飛行石からは熱は感じない。この光は熱をもたないのだ。むしろ、ひんやりしているような気がする。
洞窟の中を満たした光はやがて小さくなり、押し込まれるようにして石に戻ってくる。
見慣れた青い石は、ほのかに青白く光を放つ見慣れない状態で落ち着いた。
この超技術感はんぱねぇな。神秘的と言えばそうだが、科学技術が発達していた世界を経験していると、
洞窟内は再び薄暗くなって、ランタンの炎で面々が照らし出されている。
熱い目で僕を見つめるムスカさん、大口を開けて固まったり、「すげぇ」と繰り返したりしているドーラ一家の三人、そして海賊首領ドーラが「こいつぁ信じざるを得ないね」と言い、頷いたパズーが「ラピュタは本当にあるんだ」と惚けたように呟いた。
海賊ドーラ一家との交渉の結論は、女首領ドーラの言で「情には流されてやる、だが証拠を示しな」ということになった。
僕が嘘を言っていない証拠、ラピュタ人の末裔である証拠だ。手っ取り早く、高所から飛行石をつけて飛び降りてみても良かったのだけれど、実益になる方法があったのでそちらを取った。
巻き込んだ形になったものの、「僕もラピュタに行く」と主張するパズーの案内で、昔は坑道だった洞窟に入ったのは昼過ぎのこと。
僕のリクエスト「できるだけひと目につかない閉鎖空間」に足を運んだのは、真偽を見極める必要がある首領ドーラとパズー、ドーラが選んだ
外で呪文を唱えなくて本当に良かった。こんなことが外で起きれば、衆目について追手に早々に見つかってしまう。
「僕の話が信じてもらえたと思っていいですか」
ドーラに問いかけると、器用に片眉を上げた女海賊はにやりと笑った。とても悪そうな笑顔だ。
「ああ、信じようじゃないか。お望み通り、浮遊島へ乗せてってやろう。報酬にも期待しているよ、王様」
「うん、好きに持っていってください」
僕は朗らかに了承する。
パラレル世界のシータちゃんの冒険では、とんでもない量の財宝が浮遊島にあったはずだ。たぶん、海賊船に乗せきれないほど。
上手く事が運べば、浮遊島へたどり着けるのは僕たちだけになる。浮遊島は沈めるつもりだから、財宝など残していても意味がないのだ。
「それじゃあ、さっさと船へ行くよ!」
言うなり、くるりと踵を返してドーラはランタン片手にずんずんと進んでいく。船員らが慌てて追いかけて行った。
「パズー、君はどうする?」
「もちろん、ついて行くさ! 僕にもなにか手伝いをさせてよ!」
にこにこと笑って答えるパズーの迷いのなさは、本当にすごい。彼には巻き込まれたという意識が微塵もない。それでいて、危険な旅であることを理解している。
「ありがとう。すごく心強いよ」
万感の思いを込めて告げた。
パラレル世界で奮闘した姿は、実に危なっかしくそして勇敢だった。ここにいるパズーが同じ勇敢さを持っているとは言い切れないけれど、僕の「お願い」にドーラが答えるより早く「協力する!」と声を上げた彼は、心の支えである。
「出発は早いほうがいい。私達も急ごう」
ランタンを持ってそう言ったムスカさんは、僕たち二人を促すようにゆっくりと歩き出した。
飛行石が放つ青白い光で、ほんのり照らされた大きな背中を見上げる。
「ロミール、さっきはありがとう。……あなたを信じて良かった」
「――君は本当にお人好しだよ」
皮肉げな声は、だけどどこか楽しそうだ。「だから騙されないように気をつけなさい」と実にブーメランな警告を含んでいるような気がする。
ムスカさんが、どの時点で僕を「王様」と認めてくれたのかよくわからない。僕はそういう態度を徹底していたけれど、逆に反発心を煽っていたような気がしていた。少なくとも、ドーラとの交渉の席についた時は不承不承だったはずだ。僕の演説じみた何かが響いたのだろうか、うーん、野心家の気持ちはやっぱりわからぬ。
ともあれ、この人が味方なのはパズー同様とても心強い。
ドーラたちに追いついて間もなく、洞窟を出た。とたんに、首から下げた飛行石が一瞬光を撒き散らし、空を示すように細く光が収束する。
……正直、とても驚いた。「わっ」とか声を上げてしまった。
咳払いして、場をとりなす。
「この光の先に、ラピュタの浮遊島があるんだ」
飛行石から青白い光が細く天へ伸びている。その先を夢見るように、パズーが「光の先に」と反芻し、ムスカさんが「聖なる光か……」と笑う。
「なるほどねぇ」
ドーラが頷いて、光が指す方向からぐるんとこちらに向き直る。さすがの威圧感だ。
「そいつを奪い取って、光の先に進めばいいんだね?」
じろりと老練に輝く目が見る先は、僕が首から下げている飛行石だ。ムスカさんが前に出てかばってくれようとしたが、それを制してドーラと対峙する。
「石はラピュタ人の言うことしかきかない。たとえ呪文を知っていようとも」
飛行石を僕の手から離すことはない。ムスカさんにも、ドーラにも、パズーにも。誰にも石は渡さない。
僕の口から出るのが単なる虚言であったとしても、僕が石を離さなければいい。奪われなければいい。
「浮遊島にラピュタの財宝は必ずあると確約します。もし約束を
もう頭は下げない。女海賊との契約は成立している。これはただ、試されているのだ。
飛行石を奪われたらどうするのか、海賊たちの働きにどう応えるのか。何が何でも目的を達する覚悟があるのかを。
ドーラはふん、と鼻を鳴らした。
「いいだろう」
ほっと息をついたのは誰だろうか。
緊張感を生み出して即座に霧散させたドーラは、船員を促して先を進んで行った。再びそのあとを追いかけながら、飛行石を服の下に入れる。
パズーが励ますように肩をたたいてくれて、ようやく力が抜けた。
使われていない古い坑道の外は、廃れた作業場の跡が残っている。そこを足早に駆け抜ける。
僕とムスカさんが飛行船から落ちたことは、ラピュタ探索をする軍隊には通知されているだろう。ムスカさんいわく「政府特務機関所属の諜報員」である黒眼鏡さん達は、すぐに僕たちが落ちたことを察するだろうし、そう簡単にラピュタの手がかりを諦めるとは思えない。
よって、身体的特徴をできるだけ隠すため、僕とムスカさんは髪を隠す帽子を目深にかぶり、落ちたときとは別の服を着ている。パズーとドーラ一家から借り受けたもので、ムスカさんは着替える時にうんざりしたような顔をしていた。どぎつい紫のスーツは、確かにちょっとどうかと思うけど、見慣れてくると似合っているような気がしてきた。派手な衣装に身を包む当人が、恥ずかしげもなく堂々としているのがいいのかもしれない。
ドーラ一家に紛れ込むことは出来ていると思う。パズーが一緒にいてくれるおかげで、僕の存在にも誤魔化しが効いている。しかしそのドーラ一家も、飛行船を襲撃したことで目の敵にされているだろうから、油断はできない。
なんせ敵は公的機関だから、逃げ回るしかないのだ。
そうして僕たちは、間もなく海賊船タイガーモス号へ乗り込むのだった。
**
くっそ汚い船のキッチンに顔がひきつる。ここまで案内してくれたドーラの末息子アンリは、「じゃあよろしく」と軽く言って風のように去って行った。道中に食事は一日に五回だとかのたまっていた。信じたくないが、事実なんだろう。
確かに僕は「料理は割と得意な方」と自己申告はした。飛行船で働けと言われても、僕に出来るのは雑用くらいだ。パズーは「機械類なら多少わかる」と申告したので、たぶんパラレル世界同様、機関士のじいさんに世話になるのだろう。
なお、ムスカさんはドーラと情報交換のため操舵室に残っている。
だからといって、この惨状をひとりでどうにかしろ、というのは無茶振りが過ぎる。
僕は深くため息をついて、腕まくりをしたのだった。
洗っても洗っても洗っても終わらぬ。なんだここ、地獄なの? どれだけ溜め込んだの? 馬鹿なの? 不潔なの?
そしてパラレル世界のシータちゃんのように、船員が積極的に手伝いに来てくれる気配はない。無情。野郎のガキなど知らぬということなんだろうな、本当にわかりやすい。
あらかた生ゴミの処理を終え、洗い物が半分片付いた頃。前触れ無くキッチンの出入り口が開いた。
おお、ついに船員が手伝いに!
期待を込めて視線を向けたら、そこにいたのはムスカさんだった。
なんだこの落胆と驚きの感情。ちょっと経験したことない感じの不整脈だったぞ今。
「ちょっといいかね? 作業しながらでいいから聞いてくれたまえ」
はいはい、と返事をして僕は皿洗いの作業へ戻った。
「先程軍の暗号通信を盗聴したのだがね、ティディス要塞で少々異変が起きたようだ」
「うん? それ今必要なこと?」
気が散るのであとにして欲しいのが正直なところである。
しかしムスカさんは「作業は続けていい」と繰り返して、話し始めた。
「ラピュタの浮遊島から落下したと推測される機械人形のようなものが――」
「待って。待って、え? 落下した? 僕その話知らないんだけど、どういうことなの」
あれ、待てよ? なんか既視感あるぞこれ。
手を止めて、出入り口に佇むムスカさんに視線をやると、ムッとした顔をしている。話が遮られてご機嫌斜めのお顔かな。
「以前、空から落ちてきたと農民から通報があり、軍が収容したものだ。ラピュタの実在が確定した物的証拠でね、ティディス要塞で厳重に保管されていた」
「……わかった。大丈夫、続けて」
そういやそんなエピソードあったわ。大幅ショートカットしたから、まったく頭になかった。
「その機械人形のようなものが、突如動き出したようだ」
ちょっと言葉にならなかった。
……それ、僕のせいじゃね?
危うく皿を落としそうになったが、慌てて掴み直して息を吐く。「それで」と促すと、ムスカさんは淡々と言った。
「要塞でひとしきり暴れ、鎮圧のために破壊された」
「……そう」
そっか。
「たぶんそれは、飛行石を起動させた影響だと思う。呪文の意味は話したから知っていると思うけど、「我を助けよ」が何かの通信状態でつながっていたその機械兵に伝わり、僕のところへ来ようとしたのかもしれない」
僕は「そう」だと
なぜ、僕は思い出さなかったのだろう。
哀れなロボットは人ではないから、重視していなかったような気もする。今もどちらかというと、要塞の軍人さんは無事だったろうかと考えている。
「ふむ、私もそんなところだと推測した。おかげで今は混乱している頃だろう。しかし、状況が落ち着けば、逆にラピュタ探索に力を入れると私は考えている。あるいは、機械兵の攻撃が我々のものからだと嘯くかもしれないな」
「いや、嘯くも何も、事実だよ。ロミールも、そういうことはもっと早く言ってよね。そしたらもう少し気をつけたのに」
最後の皿を水切りカゴに入れて、ふやけた手を握って開く。
振り向くと、閉じた出入り口の前に立ったままで手伝う気配のないムスカさんは、腕を組み首を傾げていた。
「呪文が変えられない以上、気をつけようがないのでは?」
「そうだけど、気構えの問題だよ。船長はこのこと知ってるの?」
「そもそも、通信の盗聴はドーラが始めたのだ。今となってはどう言っていいのかわからんが、……優秀な海賊だ」
「ぶほぉっ」
唐突にぶっこんできた言葉に吹き出す。ごほごほ咳き込んでいる間に、ムスカさんは「では、引き続き食事の準備を頑張ってくれたまえ」と言い残し、キッチンを出ていった。
あれ本当に僕のこと王様だって思ってくれてるの? 扱い雑くない? せめて手伝うそぶりくらい見せてくれても良くない?
そしてドーラを評価したあの言葉。遠回しに「ドーラ一家って、取り締まる側にとってまじ厄介」という意味だと思うんだけど。婉曲した表現が一周回って、単なる褒め言葉じゃないですかやだー。
含蓄ありすぎて、何を言っていいものやら。元敵、現味方だものね、複雑だよね。まあ、ムスカさんが海賊たちと馴染んでいるのは良い事だと思うことにする。
大鍋で煮込んだビーフシチュー、ナンのような簡単パンに、ビタミンがとれるように副菜の数々。我ながらいい腕していると思う。
狩りと獣の解体から乳搾り、チーズ作りに畑仕事、料理洗濯掃除まで、なんでもござれの田舎小僧である。僕はいい主夫になれるのでは……? しかし僕が婿入りするとして、この海賊船にいる女性は海賊首領ドーラ(推定五十歳以上)のみである。そりゃ、パラレル世界のシータちゃんがちやほやされるわけだわ。なんてむさ苦しい閉鎖空間……。
料理中の匂いが漂い始めると、つられたのか船員がちょいちょい顔を出すようになった。見違えた劇的アフターのキッチンにおののき、くるくると働く美少年の目を盗んでつまみ食いをしていく。なお、別々の時間にそれぞれ来て、好き勝手に好物のものを作れとわめいて出ていった。まじおこ。手伝っていけこら。リクエストされた好物は当分作ってやんねぇぞ。でかい図体しやがって幼児かよ。
業務用もかくやという大鍋も狭いキッチンも扱ったことがないうえ、十人を超える乗組員の食事を一日五回も素人ひとりで作るとか頭がおかしいとしか言えない。
そりゃキッチンも荒れるよ。僕たちを乗せるまでは当番制だったのだろうけど、サボれるところはサボっていたのだと思う。
時々進路確認のために飛行石をぶら下げて操舵室に行くのだが、もはやそれだけが僕の休憩時間である。
なお、パズーは予想通り機関士のじいさんの助手。ムスカさんは、人足兼参謀といった立ち位置に収まった。軍の追手の動向を探ったり、他の船員と一緒に飛行船の操作やらをしているらしい。
一日目をどうにかやりくりしたあと、僕はドーラにこの仕事の厳しさを訴え、業務内容の改善を求めた。正当な要求だと思う。食事の用意に追われて、片付けと掃除が間に合わない。とにかく一人では無理。
そして僕は夜の見張りを免除された。しかしキッチンに手伝いは来なかった。
違う、そういう意味じゃないと再度訴えたが、「どうにかやれているようだから」となだめすかされ、僕の仕事は海賊船の
誠に遺憾である。
お気に入り追加、評価、感想、誤字報告ありがとうございます。ひとつひとつ感想返しせずごめんなさい。ニヤニヤしながら読ませていただきました。
ヒロインムスカに笑ったのと、シータくんへの高評価に驚いたのと、ランキングに入ってビビっているのをお伝えします。面白いとか好きとか頂いてとても嬉しい。そして、みんな中二病な冒険ロマンが大好きなようでなにより。作者も大好きです。モチベーションが上がりました、ありがとう。
前話までは、某ロードショーを見ただけのにわか知識で書き散らかしたのですごく焦ってます。ググったら、映画には出てこない裏設定とかがあって頭を抱えました。小説版があるとか知らなかったうえ、前話の時点ですでに齟齬が出てきていそうな気配がします。
なので、原作改変タグと捏造タグに寄りかかって、続きを書こうと思います。
開き直るぞ! 自分の性癖に正直に! 二次創作なんてそんなもんだ!