大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

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序章
第一話、或いは大誤算の目覚め。


 自分が所謂転生者、昨今では至る所で投げ売りされている例のアレだと気付いたのはこの新たな世界に生を受けてから4年経ち、物心がはっきりとつき始めた頃だった。

 

 それまで心を優しく包むような穏やかな感覚の中にいたのが、突如として地面に叩きつけられたような衝撃を受けて目を覚ます。微睡みの中でフラッシュバックした過去が脳裏に焼き付き、それが本来の……今となってはかつての自分のものであるという事を直感する。半ばパニックのようになって柔らかいベッドから飛び起き、慌てて自分の部屋を飛び出すと、そのまま広い廊下を駆け抜け、洗面所の鏡に自分の顔を映す。

 そこに映っているのは当然ながら自分の顔だ。だがそれは本当に自分の顔だったか?いや、これは自分の顔ではない。だが紛れもなく自分なのだ。訳が分からない。一度冷静になろうと水道水で顔を洗う。当然今ある顔が洗い流されるなんて事はなく、やはり先程と変わらぬ幼い少年の顔が映し出されている。

 何が何だか分からない、或いはこれも夢かもしれないと思い再びベッドに入る事にした。思いのほかあっさりと眠気がやってきて、そのまま眠りに落ちた。夢の中では生まれてから今までの、新しい自分の記憶が流れていく。

 そうして目を覚まして、寝ぼけ眼を擦りながら朝の支度をして、眠気を覚ましたところでやっと合点が行った。

 

(あっ、これ異世界転生だ)

 

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 とりあえず手早く状況を整理する。僕の住んでいる家はホウエン地方はカナズミシティの一角にあるちょっと頭おかしいサイズの邸宅である。そして僕の目の前には父親からプレゼントだと贈られてきたモンスターボール。何かの冗談かと思い地図を見てみたり本を漁ったりもしてみたが、やはり間違いはない。

 

 ここはポケットモンスターの世界である。

 

 自分の足で駆け回り、広い世界の中を旅してポケモンを捕まえたり、その捕まえた仲間達と共に戦ったり……兎に角子供の冒険心を擽るその世界観に子供の頃は強く心踊らされていたが、まさか自分がそんな世界の住人になるなんて誰が予想出来ただろうか。はっきり言ってとても嬉しい。昔の人生が惜しくない訳では無いが、元より僕は歳を取ってから出来た子供だった事もあり、両親は就職してすぐに他界している。それに兄弟もいない。頼れる親戚がいた訳でもないので、俗に言う天涯孤独の身だったのだからそこまで気に病む程でも無い。

 僕を最も悩ませる要因は、やはりと言うべきかこれからの人生についてである。

 

 今の自分の名前は、『ツワブキ・ダイゴ』。

 

 生粋の石マニアであり、トップクラスのポケモントレーナーであり、鋼タイプのエキスパートであり、そしてホウエンリーグチャンピオンでもあった男。

 今の自分は彼自身であり、それも後から憑依した訳ではなく、彼としてこの世に生を受けたのだ。ツワブキ・ダイゴの名を騙る以上は生半可なトレーナーとして生きていく訳にはいかない。何とかして自力でチャンピオンにまで登り詰め、原作であるゲームと同じならばやがて来るであろうこの世界の主役に「けっきょく ぼくが いちばん つよくて すごいんだよね」と堂々と言えるようにならなければならないのだ。まあ実際ゲームと同じだという保証はないし、名を騙るも何もダイゴは紛れもなく自分の名前ではあるのだが。

 

 父親から贈られてきたモンスターボールの中に入っていたのはダンバルだった。そう、ダンバルだった。大事な事なので二回言っておく。折角なので言っておくが、僕が一番好きなポケモンは昔から変わらずメタグロスである。圧倒的な質量、猛々しい四本足、力強い瞳に怜悧な知能。かっこいい。とてもかっこいい。そして当然その進化前であるダンバルもメタングも大好きだ。ダンバルはクリクリとしたつぶらな瞳が悶え狂うほどかわいいし、メタングは鼻のように突き出た突起が非常に愛らしい。

 ボールから出てきたダンバルと見つめ合いながら頭の中で彼らグロス一族の素晴らしさを反芻すること36秒、謎の膠着状態に身体を揺らして首を傾げるような動作をするダンバルに我慢しきれず飛び掛る。

 

 ダンバル の とっしん!みぞおち に はいった!

 

 ナイスアタックだダンバル、流石は僕のパートナー。

 

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 ダンバルを連れて家の中を歩く。

 しかし改めて見るとやっぱり頭おかしいなこの家のサイズ。ツワブキ家が代々受け継いできた、ポケモン世界でも有数の大企業であるデボンコーポレーション。その邸宅ともなれば大きいのは当然ではあるのだが、何分規模が異常である。カナズミにこんな大きな家あったか?とかそういうレベルではない。

 カナズミシティ自体もゲームのように端から端まで30秒も掛からず走り回れるようなサイズでは到底ないが、それを差し引いてもこの家と土地は縮尺を間違えている。無駄に広い廊下、無駄に広い部屋、無駄に広い庭。更には多くの使用人が邸宅の中を忙しく動き回っている。

 挙句の果てには自分専属の使用人までいた。名前はジイ、所謂老執事であるが年齢からは想像もつかないほど屈強な身体をしている。トレーナーズカードを貰うまでのボディガードも兼ねていると言っているし、モンスターボールもちゃんと6つ持っているのでまず間違いなくポケモンバトルもリアルファイトも強いのだろう。というか確実に強い。調子に乗った僕がダンバルを抱き締めて圧殺されかけた際、顔色一つ変えることなくダンバルを持ち上げているのだ。若干怖い。

 

 

 ダンバルを貰ってから二週間程経った。

 散々に撫でたりつついたり何度も圧殺されかけたりしたものの、かなり仲良くなれたので一先ずはホウエンリーグ制覇を目指して強くなるための特訓を開始する事にした。幸いにもツワブキ邸にはポケモンバトルやトレーニングを行うための設備が整っており、雇っている使用人の中にもトレーナーが多かったので実力をつけるだけの土壌は整っている。更に言えばジイがトレーナーなので話が早い。実戦あるのみとジイとのバトルから始めてみたが、僕もダンバルも上手く動けなかったのでやっぱりトレーニングから始めることにした。

 

「とにかく今はとっしんを磨きあげよう。きっと君の為になる」

 

 ニドクイン型のサンドバッグに向かって絶えずとっしんを繰り返すダンバル。この練習の狙いはダンバルがダンバルのまま、確実に相手を倒す為にとっしんの精度と威力を上げることである。

 ジイとポケモンバトルしてみて理解した事がある。それはやはりと言うべきか、ゲームと違って実際の行動や指示が極めて重要であるという事。アニメで見ていたものと同じように、回避や場所を狙っての攻撃を行うことでゲームでは命中100の技を避けたり、意図的に急所を攻撃することも出来る。つまりレベルだけでなくトレーナーを含むバトルの練度が非常に重要なのだ。

 そしてこれは同時に、相性不利であってもある程度覆せることを意味している。時には不利な攻撃を受けても耐える事や効果が今一つな技でもそれなりにダメージを与えられる事はあるが、相性差というものは基本的にどうにもならないものだ。だがアニメのようなバトルが繰り広げられる世界ならばその限りではない。ポケモンとトレーナーの実力や作戦によっては有利不利を度外視して渡り合うことも不可能ではない筈だと僕は考えている。

 そうして始まったのがダンバルのとっしん修行である。控えめに言ってもダンバルは強いポケモンではない。とっしん以外の技を自力で覚えることは出来ないし、その威力こそ決して低い訳では無いが、かと言って強力な技とは言えない。何せ自傷技なのだ。他に使える技があれば、戦法などにもよるが敢えてとっしんを使うという選択肢が取られることは中々ないだろう。この世界で一体どれだけのトレーナーがダンバルを使っているかは知らないが、恐らく育てた経験のある人間は誰もが「早くメタングにした方がいい」と答えるはずだ。

 だが、敢えてそうしない。むしろ今とっしんを突き詰めることでダンバルにも何か新しいものが見えてくるという確信めいた予感があるが為に、傍から見れば間違っているとしか思えない訓練を続けている。

 何十何百というとっしんを重ね、疲弊したダンバルを休ませ、体力が回復したらまたとっしんさせる。時に的を小さくしてみたり、動くようにしてみたり、或いは今までよりも硬度を上げたりして難易度を上げる。その間に自分もトレーナー用の技術や戦術をまとめた本を読み漁る。そんな特訓が一週間ほど続いた頃。そろそろいいんじゃないかと思い、再びポケモンバトルを行うことにした。

 

「ダンバル、一気に決めるんだ!」

 

 専属使用人であるジイとの2回目のバトルで、とっしんの一撃は完成された。

 ジイのコノハナはダンバルのとっしんの予備動作を見て、はっぱカッターでの牽制を行いつつ回避しようとバックステップ気味に飛び上がる。当然牽制程度で怯むことは無く、ダンバルはコノハナの胴に向かってとっしんを仕掛けていく。だがそれはジイの読み通りであり、直線的な軌道しか描けないとっしんをはたいて落とす事によるカウンターヒットを狙っていた。

 だが直線的に加速して迫っていたダンバルの挙動が突然変わる。胴体に向かっていたのがあと1mも無いところで、まるで何かに引き寄せられるように急速に下に落ち、そのままコノハナの真下を取る。直線的に来るものと思い込んでいたコノハナとジイの反応が一瞬遅れ、その隙にダンバルは鋭角に軌道を変えて直下から顎を打ち抜いた。

 ダンバルは体内から磁力を放出することで地上と反発を起こして宙に浮いている。つまり生まれつき磁力を操作するという固有の力を持っているということである。そこで考えた。これ上手く使えば何処ぞの磁界王みたいなことが出来るんじゃないかと。だがその能力を磨く方法にまでは思い至らなかった。

 しかし彼が直感で始めたとっしんの訓練は、結果的に磁力操作の技術を向上させることに繋がっている。ダンバルは体内から放出される磁力を巧みに制御することで飛躍的に速度を上昇させ、更にはそれを維持したまま鋭角に曲がる事すら可能となっていた。

 

「お見事です坊っちゃま。この爺、感服致しました」

 

「有難うジイ。でもこれじゃまだダメなんだ。僕もダンバルも世界一になるにはまだまだ足りない……ジイの本気を引き出せてもいないからね」

 

 ジイはまだまだ実力を隠している。より正確に言えば本気で戦ってこそいるものの、全力を出している訳では無い。彼は常に6個のボールをぶら下げているが、バトルにおいて使われたのは先程のコノハナのみ。言い方は悪いが、ぶっちゃけ舐めプである。

 この世界はゲームと違って現実なのだ。各地方のトレーナーたちのトップとも言えるジムリーダーの強さもまた隔絶したものになっているだろう。少なくともジイの半分も引き出せないようではジムリーダーに勝つことさえ出来ないはずだ。そうでなくとも原作通りならアクア団やマグマ団との戦いも待っている。この後の苦労を減らす為にももっと強くなる事と、新たに仲間を増やす事を胸に誓った。

 

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 自分を転生者と自覚してから一年と半年が経った。

 ツワブキ・ダイゴとしての生活自体にも幾分か慣れてきて、5歳になる頃には自宅と同じくカナズミ内にあるトレーナーズスクールに通うことになった。多分あと15年か20年くらい遅く生まれていれば後にこの街のジムリーダーになるツツジに教えてもらうことも出来たのだろうが、まあそれは言ってもしょうがない話である。

 ゲームでの詳しい設定は知らないが、自分の今いるこのポケモン世界ではトレーナーになるには資格が必要であり、2つ種類がある。

 1つは10歳で成人になると共に各地方のリーグから交付されるトレーナー免許。簡単に言えば保険証と運転免許証の合わせ技のようなものだ。これがあればその地方の中であれば公式戦への参加やポケモンとの共同での労働の他、ポケモンセンターの回復装置などを無償で利用できるようになる。

 1つはトレーナーズスクールで最低1年以上ポケモンに関する学習を行った後、認定試験に合格することで得られる『国際認定トレーナー資格』。簡単に言ってしまえば国際運転免許証である。一般的に10歳での成人とともに交付されるトレーナーズカードとは背面のデザインと内部記録が異なるカードが配られ、各地方での面倒な手続き無しにポケモンバトルや身分証明に使用できる。他にもポケモンセンター内の宿泊施設の無償利用なんかも出来るようになる。

 この他にもブリーダー免許や携帯獣博士号など、ポケモンに関する資格や免許は複数あるがひとまず割愛。

 ジムリーダーや四天王等のリーグ公式トレーナーを目指す際も国際資格の取得は必須であり、将来有望なポケモントレーナーたちの多くはこの資格を持っているとの事。ちなみに公認トーナメントで優秀な成績を残したり、ジムバッジを全て集められるほどの実力があるトレーナーにもこの資格は発行されるらしい。

 だったら別にジムを制覇すればいいのでは、と思うかもしれないが、この資格は10歳未満でも試験を通れば与えられるので、出来るだけ早く受かる方が有利。だから少し面倒だと思いながらも毎日通って勉学に励んでいるのだ。

 ちなみに10歳未満のトレーナー、ゲームでいうところの短パン小僧や園児なんかは親が責任を持つという条件でポケモンの所持と非公認バトルのみ認められているらしい。

 幸い勉強自体はかつての世界での学力やポケモン知識が引き継がれているのもあってかさして難しいものでもなく、むしろトレーナーズスクール唯一の5歳児でありながら常にテストの結果が一位であるためか余計に浮いている。

 そのせいかは定かではないが周囲からは「デボンのヤベー奴」と渾名され、実技の時間になると全員から一斉に距離を取られてハブられるので、仕方なくメタングと一緒に磁力を操る特訓を続けている。

 

 ダンバルもといメタングは、この一年半という期間の中で著しく強くなった。磁力操作の精度を更に上げただけでなく、進化したことによって技のレパートリーも増え、バトルでの選択肢も大幅に増えている。

 しかもゲームと違って技はいくらでも覚えられるし、物によっては体力の消耗はあるものの基本的にいくらでも使える。当然それらを適切に使い分けるのは至難の業である為、基本的には4つか5つ程度に技を絞って鍛えていくらしいのだが、それでは万全を期することが出来ない。なので磁力操作に加えて今まで覚えてきた技全てを的確に使いこなしていくための特訓も今は行っている。

 その成果というべきか、ジイとのバトルでは2体目であるロゼリアまでは突破できるようになった。3体目にキノガッサが出てきた瞬間意識が飛びかけたし、実際メタングの意識は二重の意味で飛ばされたが。

 この状況を打開するにはメタングと自分自身の能力の向上は勿論のこと、やはり手持ちを増やさなければならない。しかしその辺の適当なポケモンを捕まえるというのは果たして良い事なのだろうか、と悩んでしまう。

 何故なら今の自分はダイゴさんだからだ。もしも自分が名も知られていないようなモブトレーナーであれば、手当たり次第に捕まえて強くしてという簡単な戦力補充が出来るが、ダイゴの名を背負う以上生半可な育成は出来ない。というかなんか嫌である。

 この世界に生まれてきた以上、世界中の色々なポケモンを捕まえたいという気持ちは確かにあるが、それはあくまで愛でたりする為であってバトルに使いたい訳では無い。心理的に謎のプライドが働いているのだ。

 しかし次の手持ちはどうするべきか。ダイゴさんらしく行くならヤジロンやエアームド、ココドラを探すことになるのだが、そうするとそれはそれで一体どこを探せば化石が見つかるのかという疑問もないではない。

 なるべく卒業までにあと一、二体は手持ちを増やしておきたいというのが本音だが、出現する場所を正確に覚えていないのと、カナズミから遠い場合そこまで教育係も兼ねている使用人達を誤魔化しながら行くのは至難の業なのでどうにもならない。

 そもそも仮にゲームでの出現場所に行けたとしても、ここは既に僕にとっては現実世界なのだ。必ず会えるという確証はない。

 どうしたものかと考えながらもメタングに指示を出している時、不意に一人の少年が目に付いた。その少年はかなり艶のある翠色の髪をしていて、物憂げに一人佇んでいた。あんな少年今までいただろうか。どこで見たような気がするのだが、少なくとも今までここにいた生徒ではない……と思う。後、なんとなく自分と似たようなオーラを感じる。特に一人だけ浮いてるところとか。

 

「どうしたんだい?そんな顔をして」

 

「……君は、美しさというものについてどう思う?」

 

 パードゥン?いきなり何を言ってるんだ君は。

 

「私のポケモンたちは皆美しい。知性に溢れ、優雅で、壮麗で、技の使い方から細かい所作、肌のキメ細やかさに至るまで何もかもがエクセレント!なぜなら彼らが誰よりも美しくなれるように努力してきたからさ!」

 

 あっ、この人あんまり話聞かないタイプの人だ。

 

「だけどね、私のポケモンを見た人は口を揃えて言うんだ……」

 

 急に上昇したテンションを、再び急に降下させた緑髪の少年は、徐ろにボールを取り出すと、中から一体のポケモンを呼び出す。

 

「私のヒンバスが、ヒンバスだけが美しくないと!」

 

 現れたのは凄まじくツヤツヤしたヒンバスであった。確かにヒンバス特有のみすぼらしい姿形こそ変わっていないものの、その鱗は美しい光沢を放っているし、ヒレもボロボロだが逞しく鍛え上げられている。瞳からは強い意志を感じられ、口元は特に変化していないはずなのに何故か知的な印象を受ける。

 半ば美と醜の合体事故のような感じもするが、少なくともその洗練された姿からは並大抵のものでは無い努力と研鑽を見て取れた。明らかにテレビや写真で見る自然のヒンバスとは次元が違う。

 

「誰も彼も真の美しさを捉えようとしていない!ポケモンの美しさはその姿形やシルエットに現れるものじゃなく、丁寧に磨き上げられた技術や繊細なディテールに現れる!それに気付かない人間が多すぎるんだ……」

 

 はっきり言って図鑑にすらみすぼらしいとかボロボロとか貶されまくっているヒンバスが相手では、正当な評価を求められても難しいだろうとは思わなくもないが、彼がコンテストマスターなんかを目指しているのであれば確かにそう思うのも不自然な話ではないと思う。

 どんなポケモンにも参加権はあるというのに、それを審査員側が選り好みしてしまってはどうしようもない。そこに怒りを感じるのは必然と言ってもいいだろう。

 

「少なくとも僕は、このヒンバスと君の努力をとても素晴らしいと思うよ」

 

 実際に万人に評価されるような美しさかは兎も角として、誰よりも綺麗なヒンバスを作り上げた彼と、その彼と共に必死でやってきたであろうヒンバスの努力はもっと認められるべきだと思う。

 

「!!……君は、君はわかってくれるのか?僕たちのやってきた事が無駄じゃなかったと言ってくれるのか!?」

 

「うん。無駄なんかじゃないよ、絶対に」

 

 事実、無駄じゃない。ヒンバスの進化条件は美しさを一定の数値まで高めてレベルアップする事だったはずだ。それがこの世界でもそうかは定かではないが、進化に石が必要なポケモンはやはりいるし、手持ちを交換することで進化するという不思議なポケモンもやはり実在する。何らかの形で進化条件に絡んでいることは確かだろう。しかしそうだとすればもう充分過ぎるほどに美しさはあるはずだ。一体何が足りないのか。

 

「ああ、なんてワンダフル!ルネから無理やり送り出されたかと思えば、まさか君のような理解者に出会えるとは……!」

 

 ん?ルネ?ルネといえばルネシティだが……。待てよ、翠髪でルネシティでヒンバス……ヒンバスは進化するとミロカロスになる……美しさにこだわりがある……。んんんん????

 

「君はぼ……私の心からの友だ!私の名前はミクリ、君の名前を教えてくれないか?」

 

 なんか展開早くない?

 

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 ミクリは今月になってルネのトレーナーズスクールからカナズミに転校……というか強制的に連れてこられたらしい。理由を聞くと返答にかなり間が空いたが、ざっくり言うと美しさ議論のあまり教室を壊したからとかなんとか。怖い。

 しかしミクリの髪が蒼ではなく翠ということはこの世界はエメラルドなのだろうか。となれば時期が来ればホウエンを上手い事動き回って主人公達を手助けする場面が増えるし、チャンピオンも返上しなければならないが、まだ確証はない。

 外見や手持ちはエメラルド準拠でもグラードンとカイオーガのどっちかしか甦れないなんて可能性も否定は出来ない。つまりその時になってみないと分からないのだ。なるべく原作を壊すような事はしたくないので、必死こいて調整する必要がある。つらい。

 

「君のメタングは素晴らしいね、ダイゴ。コンテストに出る為の美しさには勝てないが、戦いの中で磨かれてきた溢れんばかりのパワーを感じるよ……」

 

 考え事をするのはいいが、今はとりあえずこのハイテンションな変態をなんとかしなければならない。物凄くヤラシイ感じの手つきでメタングの身体中をベタベタと触りまくっているミクリの顔は、なんかもうテレビとかじゃ絶対映せないような顔をしている。さしものメタングも腹が立ったのか磁気浮上を切ってミクリを潰してしまった。それでも表情は変わらないあたり、本当にこれが未来のホウエンチャンピオンでいいのかだんだん不安になってくる。

 とりあえずメタングを再び浮かせ、圧死寸前のミクリを救助した後は彼と共にどうすればヒンバスを世間に認めさせられるのかを考える事になった。というか僕は既にその答えを知っている。知ってはいるのだが、ここまで極まってなお進化しないヒンバスとかどうしたらいいのかちょっと分からない。何かが足りないのは確かなんだが、それがどうすれば埋まるのかが分からない。

 

「思いつく限りの事はやってきたつもりではあるけれど、私もヒンバスも正直言って手詰まりだよ。なにか君の視点から考え付くことはないかな?」

 

「うーん、例えばなにか装飾品でもつけてみるとかどうだろう。リボンとかネックレスとか」

 

「それはポケモン本来のフォルムを奪うことになりかねない、私としてはなるべくそういうことはしたくないんだけど……」

 

「物は試しだよ。駄目なら駄目で仕方ないけど、そのやりたくない事の中に突破口があったっておかしくないからね」

 

 持っていた鞄の中をまさぐり、ちょうどよく使えるものがないかと探す。流石にそんなに都合良く持っては……いた。ダンバルを貰った時にモンスターボールについていたラッピングリボンだ。どうして鞄に紛れ込んでいたのかは知らないが、丁度いいのでこれを使う事にする。

 何か納得いかないような顔をしているミクリを横目に、ヒンバスの尾ビレの根元にリボンを括り付ける。僕は蝶結びしか出来ないので装飾としてはシンプルであるが、なんとなく雰囲気が可愛らしくなった気がする。

 

「これでよし。じゃあ、僕とバトルしようか」

 

 その言葉にミクリはやや取り乱す。

 

「いや、待ってくれないか。どうしてバトルなんだ、私はあまりバトルは好きじゃない」

 

「条件が整うことで進化するポケモンだっているんだ。もしかしたらヒンバスだって進化出来るかもしれないよ」

 

 というか、出来る。

 

「……仕方ない。私も全力を尽くすよ」

 

「じゃあ僕の家に行こうか。ここだと目立つからね」

 

 そう、とても目立つ。ヒンバスがミロカロスに進化することが世間的には未だに知られていないことである以上、然るべき研究機関や有識者が発表するまでは信頼出来る相手以外に知られる訳にはいかない。特にここはホウエンでも最大級のトレーナーズスクールだ。ヒンバスがミロカロスになると知れば誰もがそれを言って回るだろうし、実際に捕まえてミロカロスにしようとするだろう。だが特別な条件が関係している以上、誰もが出来ることではない。

 ミクリのヒンバスのようにトレーナーを信頼し、研鑽を続けたからこそ進化する権利に近づくことが出来る訳だが、トレーナーの誰しもがミクリのように我慢強く、気高く、理想を求めて挑戦していける訳では無い。乱獲されたヒンバスたちは恐らく、進化方法も判然としないまま心無いトレーナー達に使えない個体としてゴミのように捨てられる事になるだろう。それを防ぐ為にも、人目に触れさせるわけにはいかないのだ。

 

 という訳で家まで案内したのだが、ミクリは凄まじく驚いていた。僕がツワブキ家の人間だということを知らなかったらしい。カナズミに越してきてからほとんど日も経ってないので仕方がないといえば仕方がない事ではある。

 しかし屋敷に友達を連れてきたことが今まで無かったからって使用人一同ボロ泣きするのはやり過ぎじゃないだろうか。5歳の時点でそんなにぼっちのイメージついてるのか僕には。否定できないのが悔しい。

 

 使用人達は涙を流しながらも異様に晴れやかな笑顔で僕達をトレーニング及びバトル用の部屋に連れていく。絵面が宗教団体みたいなんだけどこれは大丈夫なんだろうか。部屋には既にジイが待機しており、一通りの準備を済ませていた。有能。

 

「さあ覚悟はいいかな、ミクリ。僕とメタングは簡単に負けるような相手じゃないよ」

 

「やると決まった以上は勝つつもりでやるさ」

 

 互いにモンスターボールからメタングとヒンバスを呼び出し、所定の位置につく。審判にはジイ及びバトルに優れた他の使用人2人の計3人が着いている。

 

「ジイ、バトル開始の宣言を!」

 

「バトル開始!」

 

 ヒンバスの進化を促す為のバトルが始まった。

 

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 開始の合図と共にヒンバスがたいあたりを仕掛けてくる。悲しい話ではあるが、ヒンバスもまたダンバルと同様進化するまで自力で覚えられる技のバリエーションが非常に少なく、更にその威力も雀の涙ほどしかない。コイキングと同様に控えめに言っても涙が出るほど弱いポケモンである。

 メタングはそれを正面から叩き返そうとバレットパンチを繰り出す。

 

「今だヒンバス、みずのはどう!」

 

 しかしやはり未来のチャンピオンというべきか、隙丸出しのたいあたりはあくまで相手の攻撃動作を釣り出す為のフェイントであり、本命であるみずのはどうを打ち出してきた。どうやらあちらのヒンバスは技マシンなどでしっかりと使える技を覚えてきているらしい。

 みずのはどうを受けたメタングは僅かに怯むものの、勢いを殺すことなくコメットパンチを振り翳す。しかしそれはあえなく空を切った。

 

「メタング、続けてコメットパンチだ!」

 

 2発、3発と打ち込まれていくメタングの拳はしかしヒンバスに当たることは無い。それどころかヒンバスから打ち出されるみずのはどうによって僅かとはいえダメージを食らい始めている。どうやらヒンバス自体の練度も相当なもののようだ。

 それにしても何故こちらの攻撃が当たらないのか。みずのはどうと言えば、ゲームにおいては当たった時に確率で混乱状態にしてくる技だ。だがメタングには混乱しているような様子はない。

 仮説だが、ゲーム内における混乱の描写が必ずしも現実で一致するとは限らないのではないだろうか。ゲームの時のように意識が混濁してよくわからなくなるのも混乱だと言えるし、トレーナーの指示が突然聞こえなくなり、どうすればいいか分からなくなるのも混乱だと言えるだろう。

 ではみずのはどうが引き起こす混乱とは何なのか。目を凝らして見れば、放たれた波動の中に、反対側がまるで上下反転したかのように見えるものがあるのが確認出来た。

 

「……そういう事か!加速をつけてしねんのずつきでみずのはどうごと突っ切るんだ!」

 

 リニアモーターカーの理論で急加速したメタングの額に超能力でバリアが形成され、眼前に迫るみずのはどうを物ともせずに突撃していく。その一撃はヒンバスの体をしっかりと捉え、壁に向かって吹き飛ばした。

 みずのはどうによる混乱の理屈とは、端的に言えば光反射による座標の誤認である。同時に複数の波動が放たれ、それらが相手にダメージを与えつつ、その中に虫眼鏡のレンズのような役割を持った波動が折り混ぜられる事によって遠近感を狂わせる。相手の空振りを誘発することで体力の消耗を狙うことが出来る技なのだ。

 仕掛けが分かってしまえばそれを打ち破る方法は少なくはない。今回のように突撃を仕掛けて強引に突っ切ってしまうのもそのひとつだ。

 

「くっ……ヒンバス、まだいけるだろう?」

 

 壁に強かに打ち付けられながらも姿勢を起こしたヒンバスは、先程の衝撃が抜けきっていないのか、ややふらつきながらもミクリの言葉に頷く。

 

「このままでは消耗戦になりかねないな……。よし、アレをやろう。本来ならば将来のコンテストまでこの技は誰からも隠しておきたかったのだが……出し惜しみは無しだ。私たちの奥の手を見せつけるぞ!」

 

 ミクリの意を受けたヒンバスは、顔を振って意識を鮮明に戻すと、勇んでメタングに飛びかかっていった。

 

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 私はバトルというものが好きではない。確かにバトルにも華麗さや歴戦のポケモンのみが持つ勇ましさはあるが、それよりもコンテストの華美壮麗な魅せ合いの方がより鮮烈であると思っているからだ。そして何より、私は心から楽しめるようなバトルをした事も見た事もない。

 

 私にとってバトルとは「さして美しくもなければ面白くもない、つまらない」ものだった。

 

 今から二年前、ルネシティのジムリーダーであるアダンさん……即ちお師匠様に幼くして才能を見出された事で私はバトルの道を歩み出した。一人称を僕から私に改めるようにしたのもその時からだ。

 しかし私にとってバトルのトレーニングというものは苦痛だった。お師匠様は「バトルの中にしかない『美』を見つけられた時、ユーは初めてコンテストマスターへの道を歩む事が出来る」と言って、私が一人前だと認められるトレーナーになるまでコンテストへ出場する事を禁止した。

 私は悩んだ。なぜお師匠様がそんなことを言うのかと考え込んだ。私には姉のようなコーディネイターとしての才能がないから諭しているのかとも思ったが、そんなことは無かった。

 私は禁を破ってコンテストに出場した。私が初めて捕まえ、ずっと共に過ごしてきたポケモンであるヒンバスと共に。彼は観客達を魅了した。世間一般ではみすぼらしい、ボロボロでみっともないと言われた彼が、ステージの上でどのポケモンよりも美しく舞う姿は衝撃的だったろう。事実観客達からの評価は私達が最高だった。

 だが、勝てなかった。結果は2位だった。理由はただひとつ、「ヒンバスだから」だ。私はその言葉を最終審査で受けた時、絶望した。審査員達は実際の演技の質以上に、トップに立った際の見栄えを優先したのだ。許せなかった。コンテストという美の祭典を侮辱されたようにさえ感じた。審査員控え室に直談判してやろうと駆け出した私を止めたのは、お師匠様だった。

 

 その時初めて、私はお師匠様に怒られた。今まで厳しく指導されたことはあったが、本気で怒られたのは初めてのことだった。

 それから私をルネに連れ帰り、暫くの間口を利いてくれなかった。私が勝手にコンテストに出たことがダメだったのかと聞いても、バトルの美に気づけないことがダメなのかと聞いても、お師匠様は何も答えてはくれない。

 そんな日々が続いて、私はカナズミのトレーナーズスクールに送られることが決まった。その時私は……いや、僕は。失望されたのだと感じた。弟子としての価値がないと、切り捨てられるのだと。思わずヒンバスを馬鹿にしてきたスクールの他の生徒を返り討ちにしてしまう程に、僕の心は波立っていた。

 ルネを発つ前、お師匠様は僕に言った。

「美しさ以外のものを知れ」と。

 或いはそれは僕にコンテストの道を諦め、他の事をしろということなのかもしれないと思っていた。

 

 だが、そうじゃない。

 お師匠様は僕に失望していたわけじゃないのだと、この地で出来た初めてにして唯一無二の友であるダイゴによって、気付かされた。

 

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 メタングに飛び掛ったヒンバスは、先程と同じようにみずのはどうを連発する。しかしその軌道が違う。それらは弧を描いて飛び交い、メタングの周りを取り囲んでいき、更には間隔が少しずつ狭まっていく。波動を突き抜けようとメタングが動いたその時、突如として周囲の水が凍てつき始めた。

 ヒンバスのれいとうビームによって凍結された波動は螺旋を描き、巻き込まれたメタングの両腕ごと凍りつく。竜巻の如き氷柱の中で、しかしメタングは身動きひとつする事無く、ただ静かに次の動きを待っていた。

 

「さあ、フィナーレだ!」

 

 ミクリの掛け声と共にヒンバスが氷柱の真下、僅かに空いた穴の中へ飛び込む。何処からともなく現れた水が氷柱内に流れ込み、メタング目掛けてその波に乗って登っていく。そしてそのまま、メタングを上方に向かって拘束ごと吹き飛ばす。

 同時に水圧で内側から氷柱が砕けて弾け、氷の結晶が舞い、さながら大輪の花が開いたかの如く水が溢れ出した。

 

「これが私達のコンビネーション!本来ならば分散するなみのりの威力を一点集中させて叩きつける、バトルでもコンテストでもパーフェクトな必殺技だ!」

 

 これは流石に立ち上がれまい、とミクリは考えていた。だがその認識が浅はかであったと気付く。

 メタングは依然として健在。それなりにダメージを受けているようではあるものの、とてもではないが致命傷というには程遠かった。

 そしてその後ろに控えるダイゴにも焦りや驚きは見られない。それどころか、その顔には何故か怒りが滲んでいた。場の空気感が急激に変わっていくのを肌で感じる。

 

「ふざけるなよ……バトルでも使える?パーフェクトな必殺技?そんな浅はかな心持ちで僕のメタングを倒せるとでも思ったのか君は」

 

 今までに感じたことの無い感覚。いや、ミクリは一度だけ感じたことがある。それは師匠であるアダンが珍しく本気の戦いをしていた時に感じたもの。ありふれた言い方になってしまうが、それは何処までも力強い気迫だった。

 師匠と同じものをダイゴに感じたミクリは思わず一歩下がる。バトルへの気概のある無しでここまで差があるものなのかと実感してしまう。

 

「師匠であるアダンさんに期待されて、必死で頑張ってきたんだろう?それがこんな程度の低い技で満足しているのか君は……笑わせないでくれ、ミクリ。君みたいなのを一時でも友達だと思ってしまったなんて、僕の人生の汚点だよ」

 

 ダイゴと同じくこちらを殺さんばかりの眼光を放つメタングが、ゆっくりと構えを取る。自らの腕を矢を放つ直前の弓のようにギリギリと引き絞り、狙いをヒンバスに正確に定める。

 

「これで終わりにしよう。君もヒンバスも、結局その程度だ」

 

 ダイゴが言い終わると共に、メタングは急激な加速をつけて飛び出していく。強烈なコメットパンチの一撃がヒンバスを貫くその瞬間、ミクリはダイゴに突きつけられた絶望の余り、強く瞳を閉じた。

 

 それから何秒、何十秒経ったろうか。先程の一撃で自分は確かに敗北したはずなのだが、依然として勝敗の判定が行われない。

 恐る恐る目を開けたミクリの前にいたのは、今まで見た事もないほどに美しい姿をしたポケモンだった。

 

────────────────────────

 

 リボンもつけた。バトルもしてる。じゃあ何が足りないのかと考えて、なんとなく怒りじゃないかと思った。事実ミクリのヒンバスは彼同様に自信満々な雰囲気こそ出していたものの、ずっと申し訳なさそうな顔をしていたし、何処か引け目のようなものを感じている気配があった。それをミクリ自身も感じていたからか、ヒンバスとのコンビネーションも上手くいっていなかった。

 確かにあの必殺技は華々しく感じたし、敢えて食らうようにテレパシーを介して指示したとはいえ、僕のメタングにそれなり以上のダメージを与えられるだけでも優れた一撃だと言えるだけのものはあった。だが詰めが甘い。あれだけ確実に当てられる状況を用意しているにも関わらず、急所を捉えられていないのだ。みずのはどうを巧みに制御できるだけの技術を持ったヒンバスとミクリが棒立ちに等しい相手の急所を狙えないはずがない。

 まあ、仮に急所に当たっていたとしても僕のメタングなら確実に耐えていただろうけど。他にもコンテストではともかくバトルで使うには完成度の低さが目立つとか色々あるがそれは割愛。

 だからまあなんというか、とりあえず精神的な揺さぶりをかけてみることにしたのだが、どう考えてもキレ方が情緒不安定のソレとしか思えないタイミングだった割には思っていた以上に上手くいったらしい。

 

「あぁ……君は、まさかヒンバスなのか……?」

 

 ミクリは眼前に現れた、後光を放つほどの美しさを誇るポケモンの尾ビレについたリボンを見て声をかける。ヒンバスだったそのポケモンは、自身の首をミクリに向けてゆっくりと頷くと、再びこちらに顔を戻し、僕とメタングを睨みつけた。それはまるで「私の主人を愚弄するな」と言わんばかりである。

 

「ちゃんと進化出来たみたいだね。おめでとう、ミクリ。そしてヒンバス……いや、ミロカロスと呼んだ方がいいのかな」

 

「ミロカロス……ミロカロス!?まさか、これがあの幻の水ポケモンだというのですか坊っちゃま!」

 

 突然現れたミロカロスに見とれていた審判の一人が、驚きの余り声を上げる。もう一人も驚愕のあまり口を開けて惚けている。ジイはいつも通りであまり動じていない。

 

「家にある文献を漁っている時に興味深いものを見かけてね。その中には『心清く 身体健やかなる醜魚 美を身につけよ さらば 聖なる遣いと ならん』って書いてあったんだ。君達にぴったりな古文書だと思わないかい?」

 

 まあ、本当はそんな古文書ないんですけどね。思いっきりでっち上げである。

 ついでに、なぜあんな揺さぶり方をしたのかと言われれば、それはミクリが周囲に怒りを感じていた理由がヒンバスを馬鹿にされたという理由だったからだ。飼い主とペットは似るなんて話があるが、それはおそらくポケモンでも通用すると僕は考えている。ならばミクリと共に苦楽を共にしてきたヒンバスも、きっとミクリを馬鹿にされれば怒るだろう。そんな優しい心をヒンバスが持っていることに賭けた。

 以前の僕の世界には「穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって伝説の戦士に目覚める」話があった。ぶっちゃけ某願いを叶える玉集め系バトル漫画の事だが、まさか本当に同じ理屈で進化するとは思ってもみなかった。ミロカロスはヒンバス界のスーパーなんちゃら人なのかもしれない。ハチャメチャが押し寄せ過ぎである。古文書的に怒りで目覚めたら暴走しちゃうだろとかそういう話をしてはいけない。

 

「ダイゴ……君は……ぼ、僕の為に……」

 

 ミクリはミロカロスを抱き締めると、そのまま泣き崩れた。5時間くらい。泣き喚きすぎて何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、とりあえず色々と感謝の言葉を言ってるっぽいのは確かだった。聞き取れたのは「お師匠様の言葉の意味がわかった」、「バトルの美が見えた気がする」、「僕ももっとバトルしたくなった」とかそんな感じのことくらい。そこまで言われるようなことしてないんだけどな、ちょっと恥ずかしい。

 とりあえずその場にいた全員にヒンバスの進化の事は内緒にするように言い含めておいた。いつか何処かの物好きが研究成果として発表するかもしれないし、或いはミクリがコンテストマスターになった時、彼の口から告げられるかもしれない。何れにせよ今はまだその時ではない。それから泣き止んだミクリをスクールの寮まで送り届けて、その日は解散になった。

 その道中でミクリに「お師匠様の話はしていただろうか」と聞かれたが、全力ではぐらかして、彼の部屋にぶち込んでそそくさと帰った。これは全然関係ない話だが、ミクリの住んでいるスクールの寮は、一人部屋でしかもやたら広かった。

 

 翌日、ミクリは初めて会った時点でかなり距離が近かったのが更に距離が近くなった。暑苦しい。

 しかも会話がべらぼうに多い。うるさい。

 更には僕と絡んでるのでやべーやつ扱いされていたが、ミロカロスを出した途端周りから物凄く声をかけられるようになっていた。ずるい。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど腹が立ったので今度は本気でボコボコにした。必殺技の詰めの甘さを逆手にとる形で。そしたらもっとハイテンションになった。僕は本当にミクリと友達として上手くやっていけるのだろうか。

 それからもミクリと一緒にトレーニングしたり、近場で化石を探してみたり、トレーニングしたり、勉強したり、トレーニングしたり。

 

 そんなこんなで更に半年が過ぎた。

 僕達は認定試験を無事突破して国際トレーナー資格を手に入れ、今日無事にスクールを卒業した。

 僕の事をスクールの皆も祝ってくれていた。が、ミクリはもっと凄かった。泣き出したり告白する子まで出てくる始末。ミロカロスを見せて以降、元々社交的でグイグイ行くタイプのミクリは僕以外にも沢山友達を作っていた。対して僕はそんなミクリの1番近くにいたためそれなりに他の子達と会話する機会も増えたが、結局ぼっちは克服できなかった。なんで?

 

 何はともあれ、これでやっとジム巡りが出来る。ミクリも一度ルネに戻り、師匠であるアダンの許可を取ってからバッジ集めの旅に出るらしい。一度道を分かつことにはなるが、また再び会うこともあるだろう。というか正史的に会わないと困る。

 ほんの少しの他愛ない会話をして、僕達はそれぞれの旅に出た。使用人達は僕が家を空けることで大号泣していたし、感じるものがなかった訳では無い。だがこれでいいのだ。

 

 やっと僕が、(ダイゴ)のスタートラインに立てたのだから。

 

 




最も危険な罠、それは未実装。
たくまずして仕掛けられた未来のガチャに眠る殺し屋。
それは突然に目を覚まし、偽りの平穏(きんよく)を打ち破る。
パシオは巨大な罠の島。
そこかしこで、財布を咥えた射幸心が目を覚ます。
次回「罠」。
ダイゴも、巨大な不発弾。
自爆、誘爆、御用心。

要約:ポケマスに頭をやられて書きました。

(9/8 追記。感想や誤字修正などでいただいた意見を元に修正しました。前より多少は読みやすくなったと思います。感謝)
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