大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

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第四話、其は砂塵の中の運命。

 暑い。半端じゃなく暑い。おいしい水を買い込んでなければ死んでいたと言っても過言ではないほどに暑い。明らかにここだけ気候が異常である。

 地方のごく一部にだけ砂漠が存在して、砂嵐まで吹き荒れてるというのがそもそもおかしい。赤い肩をした鉄の悪魔でも通ったのだろうか。

 だが暑いのはまだ我慢出来る。それよりとにかく息が苦しい。冷静に考えれば吹き荒ぶ砂塵の中でまともに呼吸が出来るわけがないということにもっと早く気付くべきだった。この中を視界確保用のゴーグルだけで駆け抜ける主人公は、一体どうやって呼吸しているのか。もしかしたらゴーゴーゴーグルは実はゴーグルとは名ばかりのガスマスクで、呼吸器もカバーできるようになっているのかもしれない。特殊部隊か何か?

 今は既にメタグロスのリフレクターによって防御してもらっているものの、さっきまでの状態が軽く拷問だったので、かなり体力を消耗した気がする。かれこれ1時間ほどさ迷っているにも関わらず、見つかるのはサンドやナックラーばかりでヤジロンは全く見当たらないというのも疲労感に拍車をかけていた。

 最初はレアコイルとコドラに周囲の確認と警戒をしてもらうつもりだったが、あまりに視界が悪く見失いそうになるので止めた。なので僕とメタグロスが目視で探しているのだが、いくらなんでもここまで見つからない事があるだろうか?

 以前「ゲームの世界では確かに特定の場所を延々と探れば目当てのポケモンは見つかっていたが、この世界では必ずしも目当てのポケモンがゲーム通りの場所にいるとは限らないんじゃないか」、と考えたことがあった。実際の所、ココドラは石の洞窟にいたしレアコイルもニューキンセツにいたので、大丈夫だろうと勝手に思い込んでいたが、もしかしたらこの世界でのヤジロンは砂漠には現れないのかもしれない。

 時間が経ったからか、砂嵐の勢いは砂漠に入った時よりかは弱くなってきた。それに伴って視界もかなり開けてきたが、それでも全然見当たらない。となれば、ここには生息していない可能性も考慮せざるを得ない。もしこのまま手がかりの一つも見つからなければ、もうお手上げである。

 

 ひとまず引き返そうかと思ったその時、不意にメタグロスが何かを捉えた。メタグロスの指し示した方向を見ると、砂塵の中に薄ぼんやりと影が見える。ゆっくりと近づくように指示を出し、少しずつ近寄っていくと、その朧気だった輪郭がよりはっきりとしてくる。

 そこには先程まであれほど探しても見つからなかったヤジロン達が、両手に粘土のようなものを抱えて集まっていた。何をやっているのかとしばらく観察していると、彼らは回転しながら移動を始め、どこかへと向かっていく。折角見つけたのに見失う訳にはいかない。僕達は慌てて彼等を追いかけていく。

 ヤジロン達は、いつの間にか現れていた砂の塔のような建造物の中に入っていった。僕達もそれを追いかけて砂の塔の中に突入したのだが、中に入ると同時に入口が塞がれてしまった。ホラー映画じゃないんだからやめて欲しい。

 念のため試してみたのだが、塔の壁……というよりもこの塔自体が、メタグロスのコメットパンチを以ってしても破れないほど強力な力で護られており、とてもでは無いが力押しでは脱出出来そうにない。本当にやめてくれない?

 

 だがしかし、僕はまだ慌てていない。今まで見てきたものや読んできたものの知識からいけば、この手の謎の建造物は大概仕掛けを解くと脱出できるようになっているからだ。砂の中に埋もれた骨らしき何かが見えるけど気にしない。むしろ気の所為だ。絶対。きっと。多分。

 何れにせよここで立ち止まっていても仕方が無いので、まずは上を目指して登っていくことにする。幸いにも次の階への穴と縄ばしごがあるので、これを使って上がっていけばいずれ最上階まで辿り着けるだろう。ひとまず2階に上がってみれば、何故か1階よりも広い上に床がところどころヒビ割れていて、少しでも体重をかければ簡単に崩れ落ちてしまうだろう事が容易に想像出来る。

 

 ここもしかして幻影の塔だったりしない?

 

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 ひたすらに塔を登っているのだが、全然頂上が見えない。ここって4階建てじゃないの……。

 しかも上がるごとに部屋が広くなり、更に部屋自体の形が少しずつ三角形に近づいていっている。どれだけ登っても部屋の中には何も無く、ただただ上へ行くための穴と梯子、そして床に穴がある以外には、所々に何かの骨や破片などのちょっと調べたくないものが落ちているだけである。

 あんまりにも出口も仕掛けも化石も見当たらないので段々本格的に怖くなってきた。最悪の場合は壁を一斉攻撃で叩き壊してでも脱出する他にないだろう。それでも出れなかったら……これは考えないでおくことにする。流石に洒落にならない。

 

 登り続けて40階、遂に変化が訪れる。

 今までにはなかった石造りの祭壇のようなものが部屋の中心にあり、その上には他とは異なる材質の石がふたつ並べて置かれていた。

 近づいて確認してみたが、これはポケモンの化石だ。僕もツワブキ家の人間なので、家や会社にコレクションされている珍しい石や結晶、宝石なんかはかなり見る機会があった。というか普通に生活してるだけで視界に入ってきていた。当然それらの中には古代のポケモンの化石もあったし、デボン社ではその化石のいくつかを使って、今も復元を目指した研究が行われている。その見学なんかで実際に間近で見たこともあるし、触ったこともある。なんなら親父にも嫌というほど自慢されたのでもう感覚で覚えてしまった。だからこそ断言しよう、これは紛れもなく化石である。

 しかしこれはどうするべきか。ここが幻影の塔であると考えるなら片方は爪の化石でもう片方は根っこの化石のはずだが、このどちらかを取ってしまえば塔は崩れてしまい、もう片方は砂漠の地下道に行かねば手に入らなくなってしまう。しかし砂漠の地下道が開通するのはこれから何年も先の話だ。どう足掻いても今すぐに手に入れることは出来ない。

 つまり、両方取ってしまえばいいのだ。メタグロスのサイコキネシスでどっちも引き寄せた。これで両方ともゲットだぜ!化石という最大の不確定要素がカバーされた事で、ダイゴさんの手持ちを完全に整える事が現実的に可能になった。まだふたつとも復元はできないが、それでもこれでやっとスタートラインに立てた感じがする。

 ヤジロンを探しに来てアノプスとリリーラまで手に入るのは捜索場所が砂漠だというのもあって、全く期待していなかったといえば嘘にはなるが、滅多なことでは見つからないだろうと思っていた。それがここまで首尾よく確保出来たのは想定外である。とても嬉しい。

 ひとまず持っていたタオルでそれぞれを包んで緩衝材代わりにし、大事に鞄の中にしまっておく。次に帰郷した時には化石復元の研究チームに協力してもらうことにするとしよう。

 さて、化石を手に入れたのはいいのだが、それはそれとして今度は別の問題が浮上してきた。化石を回収したというのに、塔の崩壊が始まらないのだ。より厳密には足場の崩落が起きるはずなのだが、そんな気配が全くない。この塔が崩壊すれば脱出出来るし、ヤジロンたちも砂漠に放たれるかな、なんて考えもあったのだが、どうにもそう事は上手く運ばないらしい。

 正直な所、この塔が壊れない理由は何となくわかっている。ここからまだ上があり、恐らく頂上かどこかに脱出する為の鍵か仕掛けがあるのだ。というか思いっきり化石があった場所の真上に穴が開いているので、ここから登って行けということなのだろう。

 この上には先程のヤジロン達がいる可能性が高いし、どのみち脱出を目指すには、現状上を目指すしかない。つまり最初から選択の余地はなく、再び登り続ける他の道はないのだ。

 

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 塔に入ってからもうどれだけ経っただろうか。明らかに最初の頃とは比べ物にならないレベルで部屋が広くなってきている。ジム戦が出来るくらいには縦も横も奥行も広い。

 いい加減になにか脱出の手がかりを見つけられないとつらい。この塔に入ってから同じような景色が延々と続くばかりで、精神的にかなり疲弊してきている感覚がある。というかヤジロンたちは本当にこの塔に入ったのだろうか。実は1階の天井に貼り付いていて、僕達が入ったあと急いで出ていって入口を閉めたとかそんなことは無いだろうか。流石に無理か。

 色々と疲れてきたので少しの休息を取っていると、突如として上へ向かう穴が崩れ、何かが落下してくる。それは全身が罅割れ、所々色が削げ、至る所が少しずつ欠けていた。それでも立ち上がり、こちらに攻撃的な視線を向けてくる。

 フォルムが歪んでこそいるものの、その姿形は間違いなくネンドールだった。

 

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 突然現れたネンドールは全身から何かが割れるような音を響かせながら、こちらにその両腕を向ける。両腕が円を描くように回転しながらサイコエネルギーを収束させていき、螺旋状の光線が放たれた。素早く反応したメタグロスがひかりのかべを張る事で防ごうとするが、ネンドールのサイケこうせんはひかりのかべを物ともせずに突き破り、こちらに迫る。咄嗟に回避行動を取ったことで避けることは出来たものの、まともに食らっていればメタグロスでさえかなりのダメージを負っていただろう一撃だった。

 そこに畳み掛けるようにして、げんしのちからによって形作られた岩塊が射出される。それをコメットパンチで真っ向から砕きながら、状況を整えるべく一度距離を取ろうとするが、テレポートによってこちらの至近距離にまで転移させた腕から、再びサイケこうせんが放たれる。すんでのところでひかりのかべを斜めに張り、多少ながら逸らしたことで直撃を避けることこそ出来たが、先程の一撃はメタグロスの後ろ足を掠めていた。

 悪寒が体を襲い、冷や汗が頬を伝う。このネンドールが、今まで戦ってきた野生ポケモンの中で最も恐ろしい相手だと直感する。控えめに言って、僕のメタグロスは強い。だがこのネンドールの力は、それでも勝てるか分からない程に高い。

間髪入れずにネンドールは再び動き出す。神秘的にさえ見えるコスモパワーをオーラとして全身に纏いながら両腕を自在に浮遊させ、多方向から光線を放ち、こちらを仕留めようと襲い掛かる。

 メタグロスもひかりのかべやサイコキネシスを駆使して光線を逸らしつつ紙一重で躱し、急加速して一気に距離を詰めていく。

勢いのままに放たれたコメットパンチは、しかし直撃する寸前にテレポートによって回避される。だがそれを事前に予測し、ネンドールが転移する確率の最も高い場所を向いてシャドーボールを放つ。打ち出されたシャドーボールの軌道上に現れたネンドールは、しかしそれに対して慌てることも無く、全身をコスモパワーで防御しつつ高速回転することで弾き返す。

 こうそくスピンはそのままに、げんしのちからによって自身の周囲に大量の岩塊を浮かべたネンドールは、その岩塊群を回転に乗せて射出する。それらをメタルクローで迎撃するも、突然横に現れたネンドールの両腕が砕かれた破片を固め直し、叩きつける。続けざまに放たれたサイケこうせんを回避しようとするも、がんせきふうじによって一瞬動きが鈍ったことで、躱しきれずに足に直撃する。十分に充填がなされていない状態で放たれていた為かダメージは少ないものの、傷を負わされたことには変わりがない。

 

「コドラ、レアコイル!メタグロスを援護してくれ、次の一撃で決めるぞ!」

 

 今はまだ辛うじて戦いになっているが、このままでは明らかにジリ貧だ。これ以上長引かせないためにも次の一撃で決めるしかない。

 コドラとレアコイルの今のレベルでは、ネンドールとメタグロスの戦いに割って入ることは難しいが、この大技を撃つ為には必要不可欠なので力を借りる。

コドラとメタグロスの2体は自身の肉体を限界まで硬化させ、ネンドールの攻撃からレアコイルを守るための囮になる。その間にレアコイルはでんじはを放ちながら回転を始め、スパークする事で自身を回転させる磁力と電力を合一させ、メタグロスに向かって超電磁スピンを行う。発生した電磁力の嵐の制御をレアコイルから受け取ったメタグロスは、自身の上にコドラを乗せ、凄まじい速度で共にネンドールに向かっていく。

 ゲームやアニメなどにはよくレールガンと呼ばれる兵器が出てくるが、理屈としてはそれと変わらない。念力と磁力によって大気中の金属分子を操作し、それらを擬似的なレールとして配置することによって、己の肉体を弾体として電磁投射する事で莫大なダメージを相手に与える戦法だ。

 凄まじい速度で迫るメタグロスとコドラを前に、危険を悟ったネンドールはテレポートしようとするも、間に合わずにそのまま直撃し、轟音と共にネンドールは壁面に叩きつけられた。

 もっと早く使えばよかったと思われるかもしれないが、この戦法に関してはそうもいかない。凄まじい威力と引き換えに、尋常ではない反動が体を襲うのだ。コドラがまもることで多少衝撃を和らげることは出来るものの、それでも完全にダメージを殺しきれず反動で暫く動けなくなるし、相応にこちらもダメージを食らう。更には凄まじいエネルギーによって全身に高熱を帯び、やけどに等しい状態にまでなってしまう。

 電気を纏って高速で突進するという技の性質や反動のある点こそピカチュウの使うボルテッカーに似ているものの、その理屈はまるで異なるので、この戦法は便宜上ボルテッカと名付けている。レーザーではないのでどっちかと言えばボルテッカクラッシュイントルードなのだが、それは一先ず置いておく。

 

 メタグロスもコドラも満身創痍だが、ネンドールも既に動ける状態ではない。先程まで全身を覆っていたコスモパワーが殆ど失われ、全身の至る所が大きく罅割れている。辛うじて腕が浮遊している事から、生きているのがなんとか分かるという状態だった。こちらがやらねばやられる状況だったので確実に仕留めるつもりで撃ったのだが、僅かながらも動けるのは想定外である。

 鞄からいいキズぐすりとやけどなおしを取り出してメタグロス達を回復させ、自分も含めて四本分のおいしいみずで喉を潤していると、上へ続く穴から数匹のヤジロンが降りてきた。それらは粘土のようなものを持っており、ここに来るまでに追いかけていたヤジロン達であることが分かった。彼らはこちらを一瞥すると、何故か深々と頭を下げ、それからネンドールの近くに寄っていく。

 ヤジロン達は持っていた粘土のような塊をネンドールに貼り付けていくが、ボロボロとこぼれ落ちてくっつかない。どうにも彼等はネンドールを修復したいようだが、具体的なやり方を知らないらしい。ヤジロンやネンドールは古代文明が作った泥人形に意思が宿ったポケモンである、とゲームでは説明されていた。恐らくは過去の知識を元にネンドールを修復しようとしているのだろうが、この砂漠には周辺の緑地含めて水がない。持ち帰っている時には多少なりとも水分を含んでいたのだろうが、その過程で乾燥してしまったのだろう。必死になって土を擦り付ける姿が、なんだか可哀想に思えてしまった。

 幸いにも水にはまだまだ余裕があったので、ひとつ開けて乾燥した粘土にかけ、その辺の砂やキズぐすりと一緒に混ぜ合わせる。ネンドールの損傷箇所に塗りつけると、まるでそれを取り込むかのようにして吸収し、修復されていく。それを見たヤジロン達も捏ねられた粘土を器用に掬い取り、ネンドールの体に次々と塗りつけていく。

 暫くして、沈黙を保っていたネンドールが再び動き出した。外見こそ補修されたものの完全に直った訳では無いようで、動く度に何かが割れるような音がしている。メタグロス達はその姿に警戒するものの、ネンドールには既に敵意はなく、自分たちの落ちてきた穴を腕で指している。あの上に上がれということなのだろうか。

 メタグロスに乗り、コドラとレアコイルも出した状態で上の階へ上がる。今までと違い床に謎の模様が走っており、それらはまるで孔雀石を結晶にしたかのように淡く翠に光り輝いていた。幻想的とも呼べるその部屋の中心には台座があり、その上には今まで見てきたどんな宝石よりも美しく輝く、深緑の宝玉が鎮座していた。

 僕はそれに魅入られ、ゆっくりとメタグロスを降りて近づいていく。今までは親父やダイゴさんの石集めという趣味がイマイチ理解できなかったが、これ程の石を見てしまうとその気持ちもわかる気がした。玉石混交という言葉があるが、これ程までに美しい玉を見てしまうと、むしろ石の中にも良さや美しさを見いだせるようになって来る気さえする。

 台座の前に立ち、そっとその宝玉に触れる。それと同時に、僕の意識は飛んでいった。

 

────────────────────────

 

 目を覚まし、身体を起こす。周囲はさっきまでいたはずの部屋とはまるで異なり、荒れ果てた大地に崩壊した数多の建造物。そして降りしきる豪雨と、その雲の隙間から差し込む燃えそうなほど暑い陽射し。人は愚かポケモンすら見当たらない世界に放り出されていた。辺りを見渡していると、突然遠くから轟音と共に衝撃が巻き起こり、それと共に瓦礫がこちらを目掛けて飛来する。咄嗟のことに身体が動かず死を覚悟するが、それは自分の体を通り抜け、地面にぶつかり粉々に砕け散った。

 どうやら今の自分は幽霊とか精神体とか、そんな感じのなにからしい。とにかく自分の身の危険に関しては気にする必要がなさそうなので、ひとまずはなにかが起きているであろう方向に向かって歩いて行くことにした。

 

 歩く道全て、何もかもが崩壊している。捨てられた自転車やバッグが散乱し、森の木が纏めて薙ぎ倒されている。不自然に隆起した土地があるかと思えば、突然津波に襲われたかのように水没した場所もある。まるでこの世の終わりのような風景で不穏極まりない。

 これはきっとあの玉がなにか理由を持って見せているのだろうが、一体僕に何を伝えようとしているのか。

 進めば進むほど被害も酷くなっていく。粉々になったモンスターボール、原型を留めないほどに破壊され、かろうじて瓦礫の色と看板で判別できる程度になったポケモンセンター、まるで隕石が落ちたと言わんばかりのクレーターと、そこに溜まった超高温の水。マグマとそれに拮抗する超低温の氷が混ざって出来た奇妙なオブジェ。遠目には震える山の如く抉られた山林が見える。

 あまりの不穏さに心臓が痛くなる。ここから先に進んではいけない、そんな感覚が襲いかかる。だがそれでも行かねば帰れないだろうし、進む他にない。断続的に続く破壊の音と衝撃の中で、それでも瓦礫や倒れた木々を渡り、焼け落ちた森の中を抜けた先。

 

 精神体だというのに、僕は嘔吐した。

 

 そこには人が倒れていた。最初に見た時は気付かなかった。黒い大きな塊が人の形をしていることに気づいたのは、その塊を必死に揺すっているポケモンが目に付いたからだ。破壊され尽くした街の中には夥しいほどの犠牲者と、それに縋り付くポケモンたちがいる。当然、ポケモンセンターやショップ、病院はスクールなどあらゆるものが瓦礫と化している。

 それだけじゃない。見るからに巨大であっただろう建造物の瓦礫からは血が滲み、恐らくそこで潰された人達の手持ちだっただろうポケモンたちが泣き叫んでいる。凍った人間が打ち砕かれ、四散している。中にはそんな彼等と同じような目に遭ったポケモン達もいた。どれもが見るからに鍛えられたポケモンであるにも関わらず、絶望の顔を浮かべてその命を散らしていた。

 

 もう見たくない。もう知りたくない。それでも体が勝手に前に進み始める。やめてくれ。見せないでくれ。僕はこんな世界知らない。こんな世界に生まれた覚えはない。

 それでも足は前に進んでいく。そうして歩いて、真っ二つになった看板の前に来た時に気付いた。いや、気付いてしまった。

 あのポケモンセンターは。

 あのスクールは。

 あの巨大な建物は。

 あの大きな家は。

 

『こ…… …………ミシティ』

『し……… ………の ゆうごうを』

『つ………… ……まち』

 

 膝から崩れ落ちる。何もかもが理解できなくなる。これは何だ。なんなんだ。何をさせたい?何を知らせたい?分からない。何も分からない。

 

 不意に、目の前に何かが落ちてきた。

 それはミロカロスだった。美しい身体は裂傷と火傷で見るも堪えない姿となっている。

 そしてその尾ビレには焼け焦げたリボンがついていた。

 助け起こそうにも身体がすり抜ける。道具を使おうにも何も持っていない。目の前に傷ついたポケモンがいるというのに、僕にはどうすることも出来ない。

 満身創痍のミロカロスはそれでも諦めまいと動くが、突然力が抜けたかと思うと、そのまま全く動かなくなった。

 

 また、勝手に足が前に進み出す。

 先へ進む程、犠牲になった人やポケモンが増えていく。

 鼻の削げ落ちたノズパス。

 両腕のもげたハリテヤマ。

 全身が砕けたジバコイル。

 甲羅ごと潰されたコータス。

 立ったまま絶命したケッキング。

 焼けただれたチルタリス。

 纏めて凍結されたソルロックとルナトーン。

 半身が炭化し、もう半身が凍り付いたキングドラ。

 

 それらを超え、やっとその元凶にたどり着く。

 

 

 カイオーガとグラードン。

 

 

 その二体を前にメタグロス、ボスゴドラ、アーマルド、ユレイドル、エアームド、レアコイル……そして数多のポケモンとジムリーダーが倒れ伏し、マグマ団やアクア団の服装をした者達も、マツブサやアオギリらしき男達も……そして僕自身さえ、息絶えている。

 

 最後に立っていた、白いニット帽を被った少年と、頭にバンダナを巻いた少女も、力尽きたのか崩れ落ちた。

 

 もはやこの二体を止めることは誰にも出来ない。

 圧倒的な力という絶望が、そこにはあった。

 

────────────────────────

 

 先程までの視界が途切れ、再び意識が元の場所に戻ってきた。

 全身を汗が伝う。

 この玉に触れ、よく分からない世界に飛ばされ、強制的に見せつけられた惨状。それらは全て妄想や空想なんかじゃなく、『いずれ起こる現実』だと直感する。

 このまま何を変えることも無く世界が進んで行けば、主人公達はレックウザの力を借りることが出来ず、完全に目覚めたグラードンとカイオーガによってホウエン地方……或いは世界さえ滅びかねない状況に陥ってしまう。

 その原因は分からない。分からないが、わざわざ僕にあの末路を見せたのだ。僕自身にも原因があると思えてならない。

 

 僕は心のどこかでずっと、この世界をVRのようなものだと思っていた。この世界での生はまるでゲームの中に飛び込んだような感覚で、確かに今の僕にとっては現実ではあるけれど、どこか心の中で線引きされている……言うなれば、夢心地のようなものだった。特に何をせずとも本編の通りに事件が起きるだろうから、僕が(ダイゴ)のやったように振る舞えば、後は主人公がなんとかしてくれる。そんな風に考えていた。

 ただ必要なだけの力があれば問題ないと考えて、漠然と日々を過ごすだけで、この世界の人間として真剣に生きようとしなかったのは、ただひたすらに転生者(ぼく)の甘えだ。

 この世界には必死に生きている人達やポケモン達が大勢いて、何かが起これば共に戦うし、何が起きなくとも互いに助け合う。そうやって日々を生きている。

 だというのに僕は未来を知っている、どうにかなるから問題ないと勝手に思い込み、いざとなればどう動けばいいのかを前世で見てきているのだから、それがこなせればいいという浅はかな考えで生きてきた。メタグロスたちにかける愛情も、ミクリ達に感じた友情も紛れもなく本物だというのに、彼らのように世界に向き合って生きていなかった。

 そうしてのうのうと生きた結末がきっと、アレなのだ。

 今の僕が生きるこの世界は、確かに空想だったはずの世界だ。だがもう違う、全てが紛れも無く現実なのだ。現実は物語のように都合よくは動かない。明確な筋道なんてものは何処にも存在しないし、攻略サイトも、攻略本もありはしない。仮に途中までゲームと同じように物事が進んでいたとしても、何処でそれが変わってしまうかなんて分からないのだ。

 

 手の中にある暗緑の玉を握り締める。

 僕は確かに(ぼく)だが、(ダイゴ)ではない。何処まで行っても所詮は世界に後付けされた、歪な存在だ。だから弁えて生きていこうと思っていた。自分なりに楽しいことはやっても、決して定められた物語を壊すこと無く、過度に他のキャラクターと関わりを持ったりもせず、多少の差異は起こるかもしれないが、大筋には絶対に干渉しないように生きていくつもりだった。

 だがそんなちゃちな理屈は通用しない。何かがそう誘導したのか、それとも本来の歴史がこうあるべきものだったのかは分からないが、何れにせよこのまま行けばホウエンは滅び去る。それを変えるには今のままでは足りない、その資格を僕はまだ持っていない。示された歴史にさえ抗おうというのであれば、明確な意志と覚悟を持って立ち向かわなければならない。

 

 もしも(ダイゴ)が、(ぼく)と同じようにこのビジョンを見たならどうするだろうか。きっとこのホウエンを守る為に、文字通り全身全霊で行動を起こすだろう。抗って、戦って、そうして何も変わらなかったとしても、命尽き果てるその時まで諦めずに立ち向かうはすだ。

 本来ならばそれをやっていたはずの(ダイゴ)はこの世界にはいない。ここにいるのは、その名前と容姿を持った(ぼく)だけだ。

 だから僕も本当の意味で、目を逸らさずにこの世界と向き合う覚悟を決める必要がある。このポケモンという不思議な生物達と共存する世界に生きる、一人の人間としての矜恃を持たなければならない。

 (ぼく)(ダイゴ)にはなれないかもしれない。いや、きっとなれないだろう。それでも、今ここにいる(ダイゴ)(ぼく)だけなのだ。

 ツワブキ家に仕える使用人達や親父、テッセンにトウキ、そしてミクリ。それに僕のポケモンであるメタグロス、コドラ、レアコイル。

 僕は彼らとの出会いを、そしてこれからも経験するであろう新たな出会いや別れを無駄にしたくはない。彼らが生きる未来を悲惨な末路で終わらせたくない。

 だから戦う。例えその中で世界に数多の誤算を生じさせる事になったとしても、僕はホウエンを救ってみせる。この世界にダイゴとして生まれた以上、それは僕が代わりに果たさなければならない事なのだ。

 

────────────────────────

 

 暗緑色に輝く玉を取ってから暫くして、幻影の塔の最上階……深碧の部屋の壁に門が現れた。やはりと言うべきかこの塔は宝玉を護る為にこの地に造られたものであり、ネンドールとヤジロン達はそれを護る為に残された護衛達であったようだ。ネンドールの身体が崩壊しかけていたのは、碌に修復も出来ない状態で長い事ここの護衛を続けていたためだと考えられる。

 しかしそれももう終わりだ。宝珠を受け取る者が現れた今、この塔は役目を終え、緩やかに崩壊して土に還っていく。

 ヤジロン達は再び僕達に深々と頭を下げると、先に門を潜り、外へと出ていった。役目を果たして自由となった彼等も、他のポケモン達と同じように自然の中で生きていくのだろう。

 ネンドールは手持ちに加えることにした。というよりも、彼自身が望んで仲間に加わった。どうにも僕がこれからどうしていくのかを見届けたいらしく、コドラと同じように自らモンスターボールの中に収まった。

 

 最上階に現れた門を潜ると、そのまま砂漠に繋がっていた。

 いつの間にか夜になっていた為に、凄まじく冷える。状況を整理する為にも、メタグロスに再び乗せて貰って砂漠を抜け、三度キンセツシティまで戻ってきた。化石の復元の他にも、手に入れた玉の詳細など調べたい事が色々とあるので、朝を待って一度カナズミシティに帰ることにする。

 あのビジョンの中では主人公が揃っており、更にはジムリーダーが今のメンバーから一新されていたので、幸いにも最悪の事態が現実になるまでにはまだまだ時間があるようだ。それまでにホウエンの伝承や神話を徹底的に調べ上げ、対策を練り上げておく必要がある。

 他にも今まで以上に仲間を鍛え上げたり、ホウエン以外の場所にも使えるものや新たな力を求めて出ていく必要があるだろう。やはり国際トレーナー資格を取っていたのは正解だった。

 

 手の中にある玉をじっくりと眺める。

 先程までの幻想的な輝きはどこへやら、明かりを当てれば多少は光るものの、それ以上の事は何も起きない。もはや綺麗な大きいビー玉程度に落ち着いているそれを、布で何重にもカバーして小さめのケースにしまう。この玉が一体何なのかはまだ分からない。どこかで似たようなものを見た覚えはあるのだが、いまいち思い出せないのだ。しかしきっと何か意味があるものであるのは確かなはずだ。でなければあんなビジョンを見せたりはしない。

 いずれにせよ、僕はもっと強くならなければならない。それは当然バトル的な意味合いでもあるが、それだけではない。より多くの情報や知識を集め、あの最悪の状況以外にも、どんな事態が起きたとしても対応できるだけの力をつけなければならない。

 少しずつでもいい、今よりももっと、もっと強くなる。それで未来を変えられるならば、なんだってやってやろう。

 行くしかないし、やるしかない。負ける訳にはいかないし、最後の瞬間まで止まる訳にはいかない。

 

 僕は僕として、運命と戦う。そして勝ってみせる。

 

 ツワブキ・ダイゴという名前に、僕はそう誓った。

 

 

 




やめて!コルニのクリティカットと「ここが決めどき!」で、ルカリオのインファイトを強くされたら、闇のゲームでバンギラスと繋がってるタケシの衣服まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないでバンギラス!あんたが今ここで倒れたら、ジムリーダーのメモのドロップはどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、バディーズ技が打てるんだから!

次回、「タケシの衣服死す」。マルチスタンバイ!


要約:ゲーム内でやれる事と共に話題とネタまで尽きてきた。



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