大 誤 算 作:ジムリーダーのメモ
ゲンジ
ずかんNo.373
なまえ/ゲンジ
タイプ/ろうれん
おや/ふめい
とくせい/せんちょう
あらゆることの かじをとるのが とくい
まじめなせいかく 57さいのとき
サイユウシティ で であった
ルネシティ。
海底火山の噴火によって隆起した土地に人々が住み着いたことで生まれたこの町は、海の真ん中に位置しているにも関わらず、周辺を山で囲まれ、個人で往来するにはダイビングかそらをとぶを使わなければならない僻地である。しかしそれと同時に、古くからの伝承と歴史が今もなお残る神秘の町でもある。
中でも目覚めの祠と呼ばれ、町民達に「魂の転生する地」として神聖視されている場所には、そこに集う魂達に認められるほどの力が無ければ入れないとされており、腕の立つ事で有名なトレーナーでさえ、立ち入りを拒まれてしまうとさえ言われている。
このルネに帰ってきてからの私は、必死に努力を積み重ねてきた。全てはカナズミで出来た唯一無二の友であるダイゴを超える為、延いてはコンテストマスターとチャンピオンを両立するという私の新たな目標の為だ。
カナズミで得たノウハウを最大限活かし、仲間達に加えて自分自身のトレーニングも必死に行った。お師匠様からのレッスンで得た知識や経験も、何故それがそうなるのかを考え、効率の良い方法を探し、実践に移すことで以前よりも早く習得出来た。
ダイゴ曰く、私は感覚よりも理論で覚える方が上手くいくタイプらしい。お師匠様は感覚派で、今まで教えを理解するのにかなり苦労していたが、そこに少しの手間を加えるだけで見違えるようになった。
そうして修練を重ね、時折許しを得てノーマル及びスーパーランクのコンテストに参加する事で実戦での感覚を掴み、お師匠様に一人前のトレーナーだと認められた私は、より高いランクのコンテストに出場する事を遂に許され、旅立つ事となった。
ホウエンを巡るにあたって必要な物は既に準備してある。出発前にお師匠様に別れの挨拶をして、いざ出発しようとしたその時。休業になっているはずのジムの扉が突如としてこじ開けられ、何者かが不法侵入してきた。私とお師匠様は突然の事に、しかし慌てること無くモンスターボールに手をかける。堂々とした足取りで姿を現したのは、意外な人物であった。
「やあ、久しぶりだね。ミクリ」
実に3年ぶりの再会だった。
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やってきて早々、ダイゴはお師匠様にバトルを申し込んだ。どうにも急いでいるようで、一刻も早く戦いたいらしい。それをお師匠様が悩みながらも了承した事で、私を立会人としたバトルが開始された。何故今日は休業中なのに了承したのかと聞けば、「恩人には礼を尽くすものだから」と仰っていた。ツワブキ家との間になにか親交でもあったのだろうか。
「では、ミクリ。審判はユーに頼むよ」
出発は遅れてしまうだろうが、頼まれた以上は仕方ない……というよりむしろ有難かった。私も今のダイゴがどんな戦い方をするのか、彼とお師匠様が戦ったらどうなるのかは非常に気になっていたので、旅立つ前に間近で見られる事は僥倖である。もしも事後報告なんてされた日には、なぜもう少し出発を遅らせなかったのかと後悔する事請け合いだろう。
「アダンさん、バッジの数なんかに拘って手加減せず全力で来てください。でないと僕には勝てませんよ」
「ほう……私がリーグ規定に背かなければ勝ち目がない程にユーは強いと?」
ダイゴの言葉を受けたお師匠様の圧が変わる。明らかに先程の一言に怒りを感じているが、ダイゴはその気迫にたじろぎもしない。それどころか、先程の発言が当然のことであると言わんばかりの表情で佇んでいる。
今日のダイゴは何処か様子がおかしい。確かに彼は人よりも幾らか自信家なところがあったが、それ相応の努力はしていたし、少なくとも相手を挑発するようなトレーナーではなかったはずなのだが。
「……良いでしょう。ダイゴ君、私はユーの言葉を断れないだけの理由がありますからね。しかし……簡単に勝てるなどとは思わないで頂こうか」
そう言って、お師匠様は普段はバトルで使うことの無いモンスターボールに手を伸ばすと、ラプラスを呼び出した。私もまだ一度しかあのラプラスとは手合わせをした事がないが、私のミロカロスでさえ一矢報いることが出来るかどうかという強さだ。明らかに本気を出している。
「エアームド、頼むよ」
それに対してダイゴが繰り出したのはエアームドだった。どうやらこの三年の中で、ダイゴもまた新たな仲間を手に入れてきたらしい。
「ミクリ、バトル開始の宣言をしたまえ」
「はいっ!バトル開始!」
そうして始まったバトルは、私の想定を遥かに上回る戦いとなっていった。
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開始の宣言と共に、エアームドはラプラスとの距離を一気に詰めると、己の翼を硬化させて打ち据える。はがねのつばさを受けたラプラスはその素早い攻撃にやや怯みながらも、反撃のれいとうビームを放つ。エアームドはあっさりと回避するものの、背後の壁を通じて部屋全体が氷で覆われる。更にラプラスはれいとうビームとハイドロポンプを交互に放ち、フィールドを水と氷で満たしていく。
水位の上昇に伴いトレーナー用の足場も上昇し、擬似的に氷河のようなフィールドが形成されていく。お師匠様の得意な戦い方は「自らの有利な状況を作り上げ、相手を翻弄する」事であり、それ故に水のイリュージョニストと称されている。私の目から見れば、この状況はダイゴにとって非常に不利だ。
相性から行けばエアームドとラプラスは互いに五分五分、むしろ速度に優れ飛行能力のあるエアームドの方が有利であったが、ラプラスを含むお師匠様の手持ち達が得意とする水上・水中という環境を作られてしまった以上、それを突破する事は困難だろう。
そう思っていたが、突如としてラプラスが苦しみだした。
(こうも巧妙に毒を仕込むのか……!)
ラプラスがはがねのつばさを受けた場所が、濃紫に変色していた。その猛毒は受けたラプラス自身も気付かぬ間に身体を侵食しており、知らぬままにハイドロポンプという大技を使ったことで、かなりの苦痛を受けている。そんな状態のラプラスに対して、エアームドは無慈悲にも更なる攻撃を加えようと直上より急降下しながら襲いかかる。
ラプラスもそれを食らう訳には行くまいとエアームドを至近距離まで引き付けてれいとうビームを放つが、それを紙一重で躱すと共に、身を翻すようにして翼を叩きつけられる。しかしそれと共に上空から氷柱が落下し、エアームドの体に直撃した。
お師匠様は回避されることまで見越しており、敢えて真上を取らせることでれいとうビームによって発生した氷柱による反撃を考えていたのだ。
氷柱によって怯んだエアームドに対して、ラプラスは最後の力を振り絞りほろびのうたを口ずさむ。それを耳にしたエアームド、そしてラプラス自身も、その特殊な音波によって意識を失った。
それぞれ倒れたポケモンに労う言葉を掛けながらボールに戻すと、新たなボールに手をかける。続いて現れたのは本来とは色の異なるボスゴドラ、それに対してお師匠様はナマズンを呼び出す。
ナマズンは水中に潜り、かげぶんしんによって複数の虚像を作りながら、みずのはどうで光の反射を利用しつつ撹乱を試みる。ボスゴドラはただただまもる態勢をとり、攻撃を耐えているだけで反撃さえしようともせず、じっと何かを待っている。本来ならばボスゴドラにとって水タイプは相性が悪いはずなのだが、幾ら守りに入っているとはいえ何発も波動を食らって耐えている辺り、相当に鍛えられているのが見て取れる。
ボスゴドラはそのままひたすらに攻撃を耐え続けるのに対し、攻撃を加え続けていたナマズンは、連続で技を使い続けた疲労によって動きが一瞬鈍る。
その瞬間、遂にボスゴドラが動く。守りの態勢を解いたボスゴドラからはエネルギーが溢れ、その大半を乗せて放たれた拳がフィールドの水を吹き飛ばす。きあいパンチの衝撃は水のみならず、水中に潜んでいたナマズンすらも打ち上げた。ボスゴドラはそれを見逃さず、即座にエネルギーを再充填し、収束させてソーラービームを放つ。
異常なまでの充填の早さに、かつて私も使った「みずのはどうによる光の反射」を今度はダイゴが利用し、打ち上げた水や氷、そして波動による光の反射によってエネルギーの蓄積速度を高めていたことに気付く。威力は流石に本来のそれよりも下がっているだろうが、きあいパンチのために充填していたエネルギーと複合する事で、ナマズンを仕留めるのには十分過ぎる程の威力を持った一撃を素早く放つ事を可能としたのだ。
熱光線によって全身を灼かれたナマズンは、辛うじてあまごいによって吹き飛ばされた水を操作することで屋内に雨を降らせて後続に有利な状況を残しはしたものの、そのまま戦闘不能となってしまった。
続けてお師匠様が繰り出したのはニョロトノ。ダイゴはボスゴドラから変えることなくバトルを続行する。
ニョロトノはさいみんじゅつを仕掛けようとするが、それを受けたボスゴドラは自らを殴り付けることで無効化した。
これ以上は効果がないと判断し、ニョロトノはハイドロポンプを放つ。指向性を持った瀑布と言わんばかりの水の奔流がボスゴドラに襲いかかり、その巨体を揺らす。
しかし、突如として攻撃していたはずのニョロトノが倒れる。見ればボスゴドラの角には電気が溜まっていた。自らの受けている激流を通じて、かみなりをニョロトノの体内に打ち込んだのだ。それによってお師匠様のニョロトノは戦闘不能となってしまったが、ボスゴドラにも着実にダメージは蓄積しているようで、先程よりも息が荒くなっている。
「……先程の発言を訂正しましょう。ダイゴ君、ユーは強い。この私よりも、ね」
その言葉と共に、お師匠様の纏う雰囲気が先程よりも落ち着いたものになり、それと共にキングドラが現れる。
「しかしユーはそれだけのパワーを持ちながら、一体何を焦っているのですか?」
その一言で、ダイゴの顔から余裕が消えた。
キングドラがみずのはどうと共にれいとうビームを放つ。凍結された波動は鋭利な氷の刃と化してボスゴドラに襲いかかっていくが、ドラゴンクローの一振りで叩き落とされる。
「ユーには才があり、それを活かすだけの頭脳もある。まだ成人すら迎えていないにも関わらず、既にその力量は私など遥かに凌駕していると言っていいでしょう」
キングドラのかげぶんしんによって生み出された虚像がボスゴドラに突撃を仕掛ける。ボスゴドラはその影分身をアイアンテールで掻き消そうとする。しかし分身の中には氷塊が隠されており、それは砕けるとボスゴドラに纏わりつき、その身体を凍結させていく。
「そんなユーが、一体何に焦って……いや、何を恐れているのです?」
「……ボスゴドラ、はかいこうせん」
ダイゴは答えない。
ボスゴドラの全身を覆っていた氷が瞬く間に溶け、砕け散る。中からは全身の装甲が赤熱する程に膨大なエネルギーを溜めたボスゴドラが姿を現し、先程のソーラービームとは比較にならないほどの光線を撃ち放つ。
キングドラはそれに辛うじて反応し、紙一重で回避するものの、その凄まじい熱量は間近を通り過ぎるだけでも身を焦がす程の熱波となって襲い掛かった。避けたにも関わらずダメージを食らうという矛盾を前に、しかしキングドラは自身のプライド故か、その痛みに耐えて立ち上がる。
対してボスゴドラは自身の技の反動によって体力を削られ、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる。みずのはどうとハイドロポンプを受けたことによるダメージの蓄積に加え、はかいこうせんのエネルギーによる自身の赤熱化という相当な負荷のかかる行動を取ったのだ。限界が来るのも当然と言えた。
「ありがとう、ボスゴドラ。次は……」
「もういいでしょう。これ以上の勝負は無意味だ」
新たにポケモンを繰り出そうとするダイゴを、お師匠様が制止する。そして懐からバッジを取り出すと、ゆっくりと近寄ってそれを手渡した。
「この勝負は私の負けです。ユーにはとても勝てそうにない。それに不甲斐ない話ですが、どうにも私にはユーのトラブルを解決してあげることは出来ないようだ」
「……バトル、有難う御座いました」
ダイゴは顔を曇らせたまま、足早にジムを出ていく。遠ざかっていく後ろ姿は今にも消えてしまいそうな程に脆く儚い。気が付けば私は、そんな彼を黙って見ていられずに後を追いかけて駆け出していた。
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ダイゴを追い掛けた先、辿り着いたのは目覚めの祠だった。彼が祠の中に入っていこうとする直前、私は何とか追いついてその腕を掴む。
「……ミクリ、悪いけど今は君に構っている場合じゃないんだ。離してくれ」
間近で見た彼の顔は明らかに疲弊していた。かつてのような覇気がない。強いて言えば、まるで何かに脅されているような、そんな表情だ。
「さっきのバトルの時もそうだったが、今日の君はどこか様子がおかしい……一体この3年間で君に何が起きたっていうんだ」
私が知らない間にダイゴは変わった。
その強さは別次元のものになり、お師匠様に対してさえ真っ向から打ち勝つほどに鍛え上げられている。それこそ私とは天と地ほどの差だ。
だがそれと引き換えに、彼はなにか大切なものを失ってしまったように思えてならない。かつての彼は年齢不相応に老成した部分がありながらも、色々な物事を真剣に捉え、興味の赴くままに私を引っ張っていってくれた。私はそんな彼に、自分とは違う眩しさを感じていた。だが今の彼からはそれを感じる事が出来ない。
「……今はまだ、話せることは何もない。何も無いんだ」
掴んでいた手を振り払うと、ダイゴは祠の中に入っていく。後を追いかけていこうとしたが、謎の力に阻まれて立ち入ることが出来ない。今まで試したことなど一度もなかったから半信半疑だったが、どうやら認められなければ入れないというのは本当だったらしい。こんな形で知りたくはなかった。
中に入れない以上は外で出てくるのを待つしかなく、ただひたすらに彼を待っていたが一向に戻ってこない。日が傾き、月が出ようかという頃になって漸く出てきたダイゴに声をかけようとしたが、彼はそのままメタグロスに乗って、二匹のエアームドと共に何処かへと飛び去っていってしまった。
後に残された私は、ただ彼の飛び去った方に目を向けて、立ちつくすことしか出来なかった。
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「お師匠様……私は、どうすれば良かったのでしょうか」
我ながら美しくない。一夜明けて、予定より一日遅れてこれから旅立つと言うのに、私の心の中は酷く澱んでいた。
昨日の一件以降、私の頭の中をある考えが回り続けている。結局私は彼の信頼を勝ち得る程のものを持っていない人間だったのではないか、本当に親友だと思っていたのは自分だけで、ダイゴからすればそこらに転がっている石の一つでしかなかったのではないか。
彼はそんな酷薄な人間ではない。そんな事は分かっているが、それでも可能性を否定しきれない自分がいる。
何故なら私は彼の役に立っていないからだ。私はダイゴのように強くはないし、彼程才覚に溢れている訳では無い。知識でだって負けていたし、興味の幅が狭かった私と違って彼は様々なものを知っていて、それを私に見せてくれたし、教えてくれた。必殺技について聞いた時も、彼は様々なアイディアを即座に出すほどに創造性に富んでいた。
そうやって私に色々なものを与えてくれた彼に返せたのは、せいぜい特訓相手としてトレーニングに付き合う事だったり、コンテストでの見栄えを重視したテクニックについて語った事くらいだ。
今にして思えば、与えるものよりも貰うものの多い、釣り合いの取れていない関係だった。それでも気にならない程に私は日々が楽しかったし、バトルの中の美という新たな境地に至れたことを喜ばしく思っていた。トレーニングの中で彼に追いつけているという実感も確かにあった。
だがそんなものは瞞しだったのではないかとさえ思えてしまう。私にはそれが怖くて堪らない。まるで自分だけが置き去りにされているような気分だ。
「……ミクリ、私は君に謝らなければならないことが一つある」
不意に、お師匠様が私の肩に手を置いて語りかけてくる。困惑した。私は謝られるようなことなどお師匠様にされた覚えは無いのだ。
「ユーが……いや、君が旅立つ前に、私が君をカナズミに送った真意を話しておこうと思う」
お師匠様がイリュージョニストである自分、即ち舞台に立つ人間としての口調を崩してまで話をするのは珍しい事で、その僅かばかりの驚きに、頭の中で渦を巻き続けていた思考が少し収まる。
「私が君のことを弟子として選んだ時、君が私に言った言葉を覚えているかね?」
「姉のようになりたい……ですか?」
私の年の離れた姉は、嘗てはとても高名なコンテストスターだった。自身とポケモンの見目麗しさ、そして磨き上げられたテクニックで観客を魅了し、様々なコンテストで優勝を果たしていく稀代のコンテストアイドル。しかし彼女はマスターを目前に、突如として引退してしまった。理由は私も詳しく知らない。ただ何かに酷く悩んでいて、それが原因となって辞めたことは確かだった。
今はホウエンを離れ、アドバイザーとしてシンオウ地方のコンテストに携わっている。
そんな彼女の舞台を見た私は、幼心にコンテストの道を志したのだ。
「ああ、君は確かに私にそう言ったが……実の所、私はそうなって欲しくはなかった」
「私にコンテストの道を歩んで欲しくはなかったと?」
「いや、違う。言い方が悪かった。ミクリ……私は君に可能性を感じていた。バトルとコンテスト、その両方において頂点に立てる器が君にはある。傲慢な言い方だが、私は君に挫折を味わう様な生き方をして欲しくなかったんだ」
真剣な面持ちを崩すことは無いが、何処か恥ずかしげにお師匠様は言葉を続ける。
「私も多くの挫折を経験してきた身でね。ジムリーダーの座を勝ち取るまでには何度も酷い負け方をして、挫けそうになったものだ。コンテストにおいても、私のパフォーマンスは最初は認められず、酷い時にはイシツブテを投げられた事もあった」
私の肩に置いた手を離して、懺悔するように言葉を紡ぐ。
「だがミクリ、君は違う。君には最初から、私や君の姉が苦労して手に入れた全てがあった。だからこそ、君にはただ成功だけを知っていて欲しかった、途中で道を諦めるような事になって欲しくなかったんだ」
「でも、挫折しなければ得られないものだってあります。私は……僕は、あの日コンテストに負けて、だからこそダイゴに出会えた。彼のお陰で新しい可能性を見出すことが出来たんです」
確かに、あの敗北は悔しかった。怒りが湧き上がるのを感じたし、こんな事が許されて良い訳が無いと、そう心の底から思った。だがその経験があったからこそ、僕とミロカロス……あの時のヒンバスは、絶対に彼らを見返してやろうと思えた。僕がコンテストマスターを目指しているのは、ただそうなりたいからじゃない。自分達が上に立って、コンテストの在り方を変えるためだ。
「私も失敗して初めて気付く事もある、という事を失念していたよ……あの時の私は君に苦悩のないキャリアを送らせる事に拘泥して、君の心を支えるという師匠として当然の役目を果たせていなかった。何時謝るべきか、話すべきかと考えているうちに3年も経ってしまったよ……。本当にすまなかった」
お師匠様は、僕に深々と頭を下げた。
「お、お師匠様!?顔を上げてください!」
僕が慌ててそう言うと、それでもすぐにではなく、ゆっくりと頭を上げる。お師匠様の顔は、いつもより晴れやかなものとなっていた。
「私をお師匠様と呼ぶのは今日で終わりだ。これから君は弟子ではなく、後継者としての道を歩んでいくのだ」
そう言うと、お師匠様は胸元からひとつの証を取り出す。それは次期ジムリーダーである事を証明する特別なバッジだった。
「ミクリ、君が今感じている不安や恐れと同じものを、これから何度も味わう事になるだろう。前へ進もうにも上手く進めない時だってある。転んでしまって、そのまま立ち上がれなくなる事だってある」
そのバッジを僕の胸元に着けながら、お師匠様は言葉を続ける。
「だがそれを理由に諦めるか?足を挫き、泥に塗れ、苦しみに打ち震えたとして、それで目標を目指す事をやめるのか?」
その問いに返す言葉を、僕はひとつしか持ち合わせていない。
「いえ、絶対に諦めません。望んだものは必ず手に入れてみせます」
そう、悩んでいても仕方が無い事だった。確かに今の僕には、ダイゴの心を救ってやることは出来ない。彼の悩みを聞き、協力する権利すらないのかもしれない。だが例えそうであったとしても、諦めてしまってはなにも分からないまま終わってしまう。
それは彼を見捨てるだけではない。過去の自分の気持ちにさえ嘘をつき、今の自分を騙して生きる事と変わりがない。私はそんな在り方は望んでいない。ならば選ぶべき選択肢は、進むべき道はただ一つだ。
「そうだ、それでいい。……ユーが素晴らしいアーティストとなって戻ってくることを期待していますよ」
傲慢かもしれない。強欲かもしれない。それでも構わない。僕は……私は、全てを手に入れてみせる。コンテストマスターの地位も、チャンピオンの称号も手に入れる。ダイゴとももう一度友として語らえるようになってみせる。
そしてこのホウエンの歴史に、ミクリという名前を刻み付けるのだ。
「行ってきます……アダンさん」
燦然と輝く太陽と、それを反射して美しく煌めく波に祝福されながら、私の大いなる旅路は幕を開けた。目指す先は遠く険しいが、必ず辿り着いてみせる。それを
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「ミロカロス、れいとうビーム!」
ミロカロスの放ったれいとうビームが、ボーマンダのかえんほうしゃを突き貫いて直撃する。当たった箇所を起点に全身を凍らされたボーマンダは、自らの吐いた炎と共に身体を回転させることで辛うじて氷を払い、反撃のドラゴンクローを振り上げる。
しかし一手遅い。ミロカロスの繰り出すなみのりによって発生した波濤に飲まれ、ボーマンダはそのまま意識を刈り取られた。
「完敗だな……。よくぞここまでポケモン達と信頼関係を築き、鍛え上げてきた。見事というべきだな!」
黒いコートに帽子を被った老練のトレーナー……ゲンジは己に相対する挑戦者、即ち私の勝利を讃えてくれた。
「儂がこのポケモンリーグで最後の四天王として挑戦者達に立ちはだかるようになってから、ここを越えるのはお前が2人目だ」
「知っていますよ。私はその1人目を追ってここまで来たんです」
私はミロカロスをボールに戻すと、彼らを持ってきたアイテムで回復させ、チャンピオンの間へと繋がる扉へ手をかける。
「……ここまで来たんだ、勝てよ。お前にしかあいつは倒せん」
ゲンジさんの言葉を背に受けながら、私は扉を開け放った。
チャンピオンの待ち受ける部屋への階段は、それまでよりもずっと長い。一歩一歩、噛み締めるように登っていく。
ここまで色々なことがあった。
ルネシティを出発したはいいものの、最初に何処へ向かうかを考えていなかったせいで半日海をさ迷った事。
うっかり寝坊してしまって、初めてのスーパーランクコンテストに遅刻しかけた事。
せっかく貰ったジムバッジを川に落として、ポケモン達まで駆り出して必死で探した事。
旅のついででルネの伝承に残る地を巡った事。
様々なポケモンやトレーナー達と出会い、戦った事。
カナズミに寄った折に、ジイさんと戦って初めて勝てた事。
道中のポケモンセンターで姉から連絡が来て、私に姪が産まれたと知った事。
修行に熱を入れすぎて、本当に熱を出してしまった事。
熾烈な戦いを勝ち抜いて、マスターランクを制覇した事。
アダンさんと本気のバトルをして、勝った事。
どれもが、旅を通じて私の血となり肉となってきた大切なものだ。想い出というものは往々にして美化されるものではあるが、だからこそ私は思う。美化されない想い出などない。その美しさが、より自分を強くしてくれるのだ。私はそう信じている。
3年という歳月。時間をかけて経験を積んで、そうしてやっと、自分の中で挑戦するだけの水準に達したと感じられる所まで来た。そして今日、このホウエンリーグを勝ち進み、遂にチャンピオンに挑む。
階段を登りきり、目の前の扉を開く。
巨大な六角形のフィールドの中心に佇む男が一人。
「私が……私こそが!ここまで勝ち進み、君を倒す為にやってきたチャレンジャーだ!」
「……いつか、君ならここに来ると思っていたよ」
以前と変わらず物鬱げな表情をしたチャンピオンは、自身のモンスターボールにゆっくりを手をかけながら、呟くように言葉を零す。
「言いたい事は色々とあるが、生憎私はそれを上手く伝えられる程、口には自信が無くてね。だから……バトルしに来た。お互いトレーナーなんだ、バトルでしか分かり合えないことだってあるだろう?」
だから私は、そんな彼に引っ張られないように、力強く。ボールを握りながら勇んで言葉を返す。互いにモンスターボールに手をかけたことで、試合開始のカウントダウンが始まる。
「私は今日、君を越えるよ。
カウントがゼロになると共に、私達は互いのポケモンを繰り出した。
ポケマスネタが色々な意味で尽きてしまったので真面目な後書きをば。
今話がミクリ視点となった理由は2つあります。
一つは、単に僕に疲弊している大誤算の視点で物語を面白く書く能力が無いからです。
普通に無理です。鬱屈した人間の一人称視点でやれることが今一つ思いつきませんでした。
もう一つは、時間軸をぶっ飛ばすのにこの方が書きやすかったからです。
本来考えていたプロットだと、ホウエン巡りはもっとゆっくりやっていくつもりだったのですが、本編キャラのいないジム戦とか書く側も読む側もつまらなくなる気しかしないというのと、そもそも前話で書いたものの関係で元々あった序章の構想が全て吹き飛んでいったので、一気に6年端折ってしまうことと相成りました。その関係で今話中にも所々おかしいな、と感じる部分があるかもしれません。ご指摘いただけると助かります。
自分の実力不足で中途半端な内容になってしまい、申し訳なく思うばかりです。本当にすいません。
次回のチャンピオン戦で序章は終わります。