大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

6 / 9
第六話、故に私にとって君は。(後)

 ドククラゲを繰り出したこちらに対して、チャンピオンの一番手は、奇しくもかつてアダンさんとバトルした時と同じくエアームドであった。

 エアームドの刃の如く鋭い翼の一撃を、ドククラゲは自らの触手に毒素を保護膜のように纏わせる事で衝撃を殺し、更にバリアーによって斬れ味を鈍らせて受け流す。毒タイプと鋼タイプ、互いに毒の効かない状況ではあるが、ヘドロばくだんのように毒を半固形化する手段があれば、このように応用を効かせることも出来るのだ。

 距離を取ったエアームドに対して、今度はバブルこうせんを放ってフィールドを埋め尽くしていく。バブルこうせんによって撃ち出される泡はエネルギーを内包しており、泡が破裂する事で炸裂する。フィールド全体にばら撒かれたそれらは触れるだけで連鎖的に起爆する機雷と化し、エアームドの動きを阻害する。

 

「エアームド、エアカッターだ」

 

 チャンピオンの淡々とした指示と共に、辺りに飛び交っていた泡がエアカッターによって切断されて弾けていく。エネルギーが弾け、連鎖的に爆発していくが、エアームドはそれを空気の刃によって副次的に発生する突風によって遠くへ吹き散らす事で封じている。

 そのまま飛来した刃はドククラゲに一撃を与えるが、同時に超力の刃が放たれ、食らった技の倍の速度でエアームドに直撃した。

 ミラーコートによる反撃で一瞬怯んだ瞬間に、すかさずハイドロポンプを撃ち込む。回避しようとするエアームドの脚を、激流の中から飛び出したドククラゲの触手が掴んでしっかりとからみつく事でホールドし、ハイドロポンプの中に手繰り寄せるように引き摺り込んだ。更に全身を搦め捕られたエアームドは水流の凄まじい勢いも相まって身動きを取れないまま、急激に体力を失っていく。

 この戦法の為にドククラゲの触手は鍛え上げられており、触手の締め付けだけでも鉄塊を捻じ曲げる程の膂力がある。それに加え、毎日のトレーニングで伸縮性も他のドククラゲ達とは比べ物にならないほどのものを手に入れた。全体に毒の膜とバリアーを纏わせることで容易には傷を付けられない程に耐久力も増しており、一度引き摺り込めば脱出は不可能だと言ってもいい。

 だが突然、ドククラゲが己の触手をエアームドから離した。同時にハイドロポンプによって撃ち出されていた水が瞬く間に蒸発していく。激流を突き破って現れ出たエアームドの全身は紅く燃え盛り、神速の特攻を仕掛けてくる。咄嗟に防御を固めようとしたドククラゲの急所に直撃し、そのままドククラゲは倒れ伏した。

 エアームドは身動きが取れなかったのではない。ハイドロポンプを受け続けながらも、その鋭い目でこちらの急所を探りながらゴッドバードを放つ為の溜めを行っていたのだ。

 だがその為とはいえ長時間ダメージを受け続けたせいか、エアームド自身も耐え切れず、地面に爪を突き立てこそしたものの、そのまま崩れ落ちた。

 

「有難う、ドククラゲ。次は君だ、ホエルオー!」

 

 フィールドの1/3が、ボールから飛び出したホエルオーの巨体で埋め尽くされた。現れると共にホエルオーは力を溜め、ドククラゲの攻撃で散った水すらもかき集めて集束させる。

 

「頑張ったね、エアームド。出番だよ、ボスゴドラ」

 

 ボスゴドラが出てきたと同時に、全身全霊のしおふきを叩き込む。

 しおふきという技は強力ではあるものの、体力やその日のコンディションに左右され、更に使えるポケモンも少ない為に滅多な事では使われない。しかし逆に言えば体力を十全に残し、コンディションを常に保つ事が出来ればハイドロポンプすら凌駕する驚異的な威力を維持する事が出来るということでもある。殆どのトレーナーが実戦で使わない為に対応も難しく、奇襲性も高い。

 高い耐久力と様々なタイプの技を活かしてこちらを潰しにかかってくるチャンピオンのボスゴドラは、メタグロスと並んで特に警戒していたポケモンだ。

 例え卑怯だと言われてもこの一撃で潰しきる。そうでなければただでさえ薄いこちらの勝ちの目が更に薄くなってしまう。今日ばかりは美しさよりも勝利をリスペクトさせてもらう。

 

「読んでいたよ、その一手は」

 

 噴き上がる潮によって発生していた霧が晴れた先。そこには酷く傷つきながらも倒れることなく、ボスゴドラが依然として立ちはだかっていた。

 

「僕のボスゴドラは頑丈だからね、例えどんな攻撃でも一撃は耐えられる」

 

 ボスゴドラの全身が鈍く輝く。その鋼鉄の鎧が次々と剥離し、身を守る盾から敵を引き裂く剣となりてホエルオーの身体を切り裂いていく。

 何だこの技は。私は知らない。見た事も、聞いた事さえない。驚愕する私に対して、その技の名はメタルバーストだ、とダイゴは呟いた。

 

「僕達がこれまで一度たりとも人前で使ったことの無い技だ。……正真正銘の本気で、君を試させてもらう」

 

 チャンピオンの壁は、自分の想像よりも遥かに強大に立ち塞がっていた。

 

────────────────────────

 

 あの日、幻影の塔でビジョンを見せられた僕は、フエンジムを攻略した段階で一度ジム巡りを止める。113番道路でエアームドの番を仲間にした後でカナズミに戻り、必死でどうにかする方法を模索し続けた。

 2年半の間、今まで以上に過酷なトレーニングを積み、研究所からホウエンの伝承に関する書類を拝借して徹底的に読み漁り、なにか手掛かりが無いかと探し続けたものの、大したものは見つからない。何故かどの伝承にも具体的なことが示されておらず、まるで後から改竄されたかのように実態がなかったのだ。それにも関わらず、約3000年前のホウエンではこの地方が崩壊しかねない程の大災害があった事が地層などの研究から判明している。

 グラードンとカイオーガの衝突があったことや、それをレックウザが止めた事は恐らく事実なのだろうが、何故それが起こったのかを把握しきれない以上、下手に空の柱へ向かったり送り火山の珠を動かすことは出来ない。とにかく情報が足りない以上、僕が下手に触れてしまったせいで崩壊が早まるなんて事態になっては元も子も無いので手が出せないのだ。

 暗中を模索し続けるような状況ははっきり言ってかなり堪えた。毎日あの夢を見るのも尋常じゃなくキツい。ホラー映画なら繰り返し観れば耐性もつくものだが、フィクションじゃない上に感覚が生々しいので精神的に疲弊する。いつまで経っても変わらない悪夢で睡眠時間を削られ、ハードワークで身体も疲労し、そんな状態がずっと続くので心が荒んでいく。

 人や物に八つ当たりしてしまいそうになるのを必死で抑えながら、ホウエン各地を飛び回って色々と探し回っていたのだが、大した情報も掴めない日々が続く。色んな意味で限界を迎えた僕は、糸が切れたように倒れ込んだ。

 まあつまり何が起きたかというと、成人も迎えてない子供が過労で入院する羽目になりました。辛いね。

 医師曰く、過労死寸前まで追い詰められていたらしい。そのせいで一ヶ月入院させられることとなったが、3日で抜け出して各地の探索に戻る。捜索の目をくぐり抜けながら、目指した先は流星の滝だった。

 

 カナズミからそう遠くない場所に位置する流星の滝は、広い洞窟の中に滝があるというかなり特殊な場所である。内部は他の洞窟と違い明るい。なぜかまでは詳しく分からないが、とにかく明るいのだから仕方ない。

 ここに来た理由はただ一つ、書類や文献を漁っていく中で、極々稀に出てくる「流星の民」と呼ばれる民族の情報を求めてである。彼らに関する情報は極めて少ない。それこそ文献も50、60とあるうちの1つ2つで言及されている程度で、それもせいぜい2行も触れれば終わってしまう。余程の秘密主義だったのか、或いは何らかの組織や部隊の隠語だったのかは定かでは無いが、具体的にどういう事をしていたのかすら分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼等について言及されている文献が何れもホウエンにおける伝説や、遺跡について書かれた何十年も昔の古いものである事から、古代に起きた天地海の三体による戦いに何らかの形で関わっていると推測出来るという事である。それで、流星の滝という名前から関連があると踏んでやって来てみた訳だ。

 

 最深部に辿り着いた時、不意に深緑の玉がカバンの中からでも分かるほどに反応を示した。ここが当たりかと取り出しては見たものの、今度はすぐに反応が止んでしまう。ぬか喜びさせられるのは今の状況だととても堪えるから紛らわしい事するな。

 

「ふむ、珍しい事もあるものだな。よもやこのような所に来る人間が私の他にいようとは」

 

 やっと当たりを引いたかと思えばハズレだったのでかなり落ち込んでいたその時。不意に後ろから声をかけられた。振り向けば、そこには闇に溶けるようなローブを身に纏った何者かが立っていた。顔も体も覆い隠されており、性別も判別できない。

 その彼……便宜上彼としておく、は僕の手に持っている玉を見ると、何かを悟ったように言葉を漏らす。

 

「……萌葱色の珠を継承する者が此処にも現れたか」

 

「萌葱色の珠……この玉の事ですか?」

 

 ぽっと出のアイテムだったせいで完全に頭から抜け落ちていたが、萌葱色の珠と言えば確かレックウザを目覚めさせる事の出来るアイテムである。こんな形で関わってくるのかこの珠。

 

「ああ、その宝珠は我ら流星の民の儀式に使われてきたものだ。災厄の予兆と共に光り輝き、選ばれし者に未来を伝える珠……それを持っているということは、お前が預言者に選ばれた事の証左なのだよ」

 

「預言者?」

 

「宝珠に選ばれし預言者は導きによって託宣を受け、それを元に災厄の祓い手となりて龍神様と天を駆ける伝承者を探す。それこそが使命だ。とはいえ、今や流星の民の殆どがその使命を忘れているようだがな」

 

 使命だとしても毎日悪夢見せられたら堪ったもんじゃないんですけど!と言いかけたのを飲み込み、会話を続ける。話によると、流星の民には三つの使命があるという。一つは龍神様と呼ばれる何か……恐らくはレックウザを崇め、奉る事。一つは先代の預言者が取り決めた宝珠の儀式を突破し、新たな預言者となる者を育て上げる事。そして最後の一つが『御業』を伝承し、それを祓い手に授ける事で災厄を祓う事。

 なんだかいまいちよく分からなくなってきたが、とにかく流星の民は歴史の裏で色々と頑張っていたらしい。

 更に言えば、僕は流星の民ではないにも関わらず、預言者としての試練に打ち勝ったせいで選ばれてしまったという事のようだ。厄災の祓い手とは、僕の場合は恐らくはいずれ現れる主人公達の事だろう。彼らが現れなかった場合は……自力でなんとかするしかない。

 

「この地では三千年程前に起きた、グラードンとカイオーガの戦い。それに介入する形で龍神様を呼んだのも我々だった。我々はこのホウエンの地の歴史の裏で常に関わっていたのだ」

 

「するとここには流星の民が住んでいたから、流星の滝って名前がついたんですか?」

 

「いや……違うよ」

 

 先程よりも彼の声色が少し優しくなる。とは言っても何故かボイスチェンジャーにでも掛かっているかのようにフラットで、性別も分からないような声なので、本当に雰囲気でわかる程度なのだが。

 

「ここは墓場さ。グラードンとカイオーガを止めた、最後の伝承者のね。彼等はその勇姿を讃えてこの滝を流星の滝と名付けたらしい。そんな事をしても意味が無いだろうに、ね」

 

 その言葉を聞いたからか、ボールの中のネンドールから珍しくテレパシーが飛んで来た。彼は無口なので余り意思表示をしないのだが、今回ばかりは自分の事も絡んでいるからか珍しく反応している。

 あくまで意思を伝えられるだけで言葉として理解できる訳では無いので、フィーリングで翻訳しているのだが、どうにもネンドールにあの珠を託して幻影の塔を護らせていた嘗てのトレーナーは、彼等が塔に入っていくのを見届けると何処かへと去っていったらしい。恐らくはそれが最後の伝承者なのだと思われる。

 ネンドール自身は、グラードンとカイオーガとの戦いでは巻き込まれた人間やポケモン達の救助に回っていたらしく、具体的に何があったのかまでは知らないらしい。

 

「預言者に出逢えたのも何かの縁だ、最後に君の名前を聞かせてもらおうか」

 

「……僕はダイゴ、ツワブキ・ダイゴです」

 

「……そうか。私は……そうだな。キサン、とでも名乗っておくとしよう。ではな、ダイゴ。何れまた出会う事になるだろう」

 

 そう言って彼……キサンは、身を翻してその場を後にする。残された僕は、ひとまず今聞いた情報を全てメモに取りつつ、事態がやっと好転し始めた事の歓喜に打ち震えていた。

 そして流星の滝を出た所でジイ達捜索班に捕まり、厳重な警備の元で病院の個室に軟禁された。しかも夢で見る景色は特に好転していなかった。どうして。

 

 暫く経ち、化石の復元に成功したという報告が入ったのは退院した直後。つまり僕が最初に託宣とやらを受けてから2年と7ヶ月が経った頃だった。

 やっと手持ちが揃ったので、そこからはもう全力でアノプスとリリーラを鍛え上げた。とにかく野生ポケモンやトレーナー達と戦わせ、暇があれば他の手持ちともトレーニングを行わせ続け、休むべき時はしっかり休ませる。ご飯もいっぱい食べさせた。

 その結果、彼ら自身の資質もあってかアーマルドとユレイドルは半年足らずで他の手持ちにも負けない程に強くなった。パワーレベリング成功である。

 

 手持ちも整い、前よりかはまだ希望の持てる状況になってきたので久々にジム巡りを再開する。破竹の勢いで突き進んでいき、後はルネシティのジムを残すのみ……という所で、ポケモンセンターに僕宛ての手紙が届いていた。

 

『ルネへ向かうのであれば、目覚めの祠にその宝珠を持って入るといい。そこに君の知らなければならないものが遺されている』

 

 これ多分キサンからの手紙だな?

 ジョーイさんに聞いたところ、僕がいない間に変な黒い格好の人が残していったものらしい。あの人もしかしてずっと何処かで見てるの……。

 ハッキリ言って顔も姿もよく分からない、それどころか恐らく名前も偽名であろう相手を素直に信じるのもどうかという話ではあるのだが、流星の民の事やレックウザの事、何よりも萌葱色の珠を知っていた以上、彼の言葉の信憑性は高いのだ。

 相変わらず夢の中で見る景色は死屍累々の状況から何一つ変わっていない。3年、つまり1000回以上も同じ夢を見ていると流石に精神が麻痺してきたのか、最近は前よりも反応が薄くなってきている。それが我ながら怖いので、いい加減に何とかしないと色んな意味でやばい。

 という訳で、翌日には早速ルネの町へとやって来た。

 急ぎなので山をメタグロスに乗って越え、ジムにも鍵かかってたが、中にはちゃんと人がいるみたいなのでこじ開けて入らせてもらう。犯罪じゃないかと言われても知らない。ホウエンを救う方が大事だから仕方ない。まあジムバッジを集めるのは半ば寄り道になってしまっている訳だが。

 中ではアダンとミクリが何やら真面目な話をしていたらしい、邪魔しちゃったみたいなので早めに終わらせよう。

 

 やめてよね。バトル中に精神攻撃受けたら、僕がそれに耐えきれるわけないだろ。

 思わず走って出てきてしまった。

 信じさせるだけの材料が無さすぎて、下手に打ち明けると僕が病気扱いを受ける羽目になるので言えないということをわかって欲しい。言ってないんだからわかるわけなかった。

 とりあえずバッジの制覇自体は出来たので、このまま目覚めの祠に寄ってカナズミに帰る事にする。後でルネジムにはお詫びの品を送っておこう……。

 祠の前まで辿り着き、入ろうとしたところで誰かに腕を掴まれ、引き止められる。

 僕の腕を掴んだのはミクリだった。

 

「ミクリ、悪いけど今は君に構っている場合じゃないんだ。離してくれ」

 

 正直さっきの今で合わせる顔が無い。どうしよう。

 

「さっきのバトルの時もそうだったが、今日の君はどこか様子がおかしい……一体この3年間で何が起きたっていうんだ」

 

「今はまだ君に話せることは何もない、何も無いんだ」

 

 ミクリなら信じてくれるかもしれないが、どの道話した所でどうにかなる問題ではない。せめてこの祠になにか証明になるようなものがあれば話も出来るかもしれないが、今までその類の物が見つかってない以上、恐らくここにもないだろう。

 とにかく今は祠に入るのが先決なので、ミクリの手を振りほどいて中へ入っていく。彼なら追いかけてくるかな、とも思ったが、意外にも追いかけては来なかった。こういう時は結構しつこかったのになぁ……。不思議。

 祠の中に入って暫く進んで行くと、珠が輝き始めた。奥に進むにつれて輝きを増し、最深部に辿り着く前には目に悪いくらい光り輝くようになっていた。多分フラッシュよりも眩しい。

 

 最深部は地底湖となっていた。珠が発する光を差し引いても、ここは何故か異様に明るい。果たしてここで見つけるべきものとは何なのか、全体を見て回ったがどこにもそれらしきものは見当たらない。嘘だったんじゃないかと思いかけたその時、壁の一部分が崩れ、下に何かが書かれているのを発見した。

 ゆっくりそこに近づき、壁に手を当てる。

 

 それと同時に、僕の意識はまたも飛ばされた。

 

 目を覚まし、身体を起こす。周囲はさっきまでいたはずの地底湖とはまるで異なり、荒廃した大地に崩壊した数多の建造物。そして絶え間なく降りしきる豪雨と、その雲の隙間から差し込む、何もかも焼き尽くさんばかりに強い陽射し。人はおろかポケモンすら見当たらない死の世界に放り出されていた……もう見飽きたよコレ、何回見せるのこの光景。

 とにかくいつも通り先に進んでいく。

 瓦礫の雨、崩れた森、震える山に凍りついた川。もうどれも見慣れてしまった。完全に破壊され尽くしたカナズミと、そこに住む人達やポケモン達の亡骸を見るのは今でも流石に堪える物があるが、最早吐き気も感じない。

 ミクリのミロカロス、ツツジのノズパス、トウキのハリテヤマ、テッセンのジバコイル、アスナのコータス、センリのケッキング、ナギのチルタリス、フウとランのソルロックとルナトーン、アダンのキングドラ。

 どれもがいつもと同じように、見るに堪えない姿で息絶えている。

 先へと進んで行けば、これまた変わらずグラードンとカイオーガの前に僕達が倒れ伏している光景が広がっているはずだ。

 

 だが今回は少し違う。

 道を往く最中、今までに聞き覚えのない咆哮が響き渡る。今まで幾度となくこの末路を見てきたから分かる。明らかにこれは聞き間違いなどではない。

 慌てて駆け出した僕が目にしたのは、グラードンとカイオーガを天空より見下ろし、彼等を焼き払わんとはかいこうせんを放つレックウザの姿だった。その頭の上には萌葱色の珠を持った男の主人公が乗り、もう一人の、つまるところは女主人公を背負っている。その顔は憤怒と絶望に満ちていた。

 周囲には相変わらず死屍累々といった様子で僕達が転がっている。何が原因かは分からないが、どうやらここに来た事で未来が少しマシな方に変わったらしい。凡その所、ちゃんと萌葱色の珠を主人公に託してレックウザの力を借りる事には成功はしたが、僕の努力が足りなかったが為に時間稼ぎすら出来なかった……という所だろうか。笑えない話である。

 最終的にレックウザを呼び出し、グラードンとカイオーガを止める事さえ出来れば救われる訳では無い。むしろその程度の違いでは結局大差がない。僕の最終的な目標は、犠牲を限りなくゼロにしてあの2体を封印し直す事だ。莫大な被害が出ている時点で何が起きようと負けであることには変わりがない。

 

 思考してる間に意識が戻ってきたので、今度は壁を引き剥がしていく。下から出てきたのは恐らく古代に描かれたであろう壁画だった。

 上段の空には緑色の長い蛇のような龍……多分これはレックウザで、その下の左半分は断崖に座する赤い獣……グラードンと、右半分は大波濤から飛び出た青い魚……カイオーガの姿が描かれている。その下にはそれらを崇める人々の姿があった。更にその人間たちの下には何かが描かれていたようだが、そこは削り取られてしまっている。

 そしてそれらの横には色々と書き記されているのだが、ハッキリ言ってまるで読めない。萌葱色の珠は先程よりも少し輝きが弱まり、あまり力を感じられない。この珠を翳した所で蒟蒻のように理解できるようにはならないだろう。出来る限り全ての文字をなるべく正確にメモに取り、その場を後にする。明らかに大事なことが書かれているというのに読めないのは尋常じゃなく不味い。まさかここに来て考古学の知識を要求されるとか想定外過ぎる。

 兎に角これをカナズミに持ち帰り、一刻も早く解読しなければならない。祠を出て直ぐに、エアームド達に周囲の警戒を任せつつメタグロスと共に空へ飛び立つ。ミクリには……また会う機会があればその時は謝ろう。

 

 カナズミに戻って一ヶ月、解読は遅々として進まなかった。理由は単純明快、誰一人としてこの言語を見た事が無かったのだ。古代ホウエンのそれよりも遥か古い世代の言語と推定され、どの研究者も存在すら知らなかった未知のものである為に全く読み解けないらしい。あまりの事態にこれを何処で見つけたのかと毎日デボンの考古学研究員から聞かれる始末である。

 なのでホウエンチャンピオンになってみました。いぇい。

 唐突だと思われるかもしれないが、これには3つの理由がある。

 一つは積極的にリーグ公認トーナメントやジム間の交流試合を開催、更にはダブルバトルを導入し、ホウエン全体のトレーナーレベルを能動的に底上げできる立場に就く為だ。いずれ来たる災厄に対抗出来るだけのチームを作る……即ち自分を含むジムリーダーや四天王達の練度を底上げし、結束力を高めていく。その過程で優秀なトレーナーを多く育成する事が出来れば、あの2体相手でも多少なり時間稼ぎが出来たり、避難の手が上手く回るようになるのではないか、という考えからである。

 一つはデボンの次期社長として立ち回っていくにあたって、チャンピオンという称号のネームバリューが非常に大きいからである。ポケモンやトレーナーに関連した製品を広く取り扱っている会社で、自分で言うのも本当にアレだけれども、その御曹司がホウエンチャンピオンの座に就いているとなれば商品の説得力は桁違いに跳ね上がるし、実質的な広告塔となる僕自身の発言力も必然的に高くなる。そうなれば僕の意向で事業を拡大する事も不可能ではなくなり、それを利用して考古学部門を大きくする事が出来れば、文書の解読を早めることも不可能ではないと考えたのだ。

 そして最後の一つは、僕のポケモン達の為である。僕ほどの頻度ではないが、彼らもまた珠の力で同じビジョンを共有していた為に精神的に疲弊していた。皆一様に僕と共に最後まで戦う覚悟は示してくれているものの、無理に走り続けていれば必ず何処かで壊れてしまう。そうならない為にも、彼等にトレーナーと共に戦うポケモンとしての達成感と、少しの休養を与えてあげたかった。幸いにも仕事が忙しい時期はエキシビションなどのバトルが殆ど無いので、その間は少し鍛錬を減らして、心と体を落ち着かせてあげられる時間を増やすよう努めた。それでも彼等は何かしていないと落ち着かないらしく、自主的にトレーニングしたりしていたらしい。それを僕の仕事中に預かってくれていたジイから聞いた時には、久し振りに少し泣いた。

 

 3年間色々とやり続けた末、少しずつだが古文書の解読も進んできた。まだ完全では無いもののペースは速まって来ており、このままならばそう遠からず全ての解読に成功するとの事。僕みたいな奴の為に皆頑張ってくれているのでとても有難い。

 ダブルバトルの導入に関しては、カントーのリーグ本部も新たなルールとして採用しようとしていたらしく、ダブルトーナメントなどを定期的に開く事で広く普及し、一般的なルールのひとつとなった。トクサネのジムはシングルからダブル専門のジムになったりもした。

 ジム同士の交流戦なども好評を博しており、今まで以上に連携が密になってきているという報告がリーグからも入っている。

 それによってか託宣の内容も少しづつ改善されてきており、街の被害が多少減ったり、ジムリーダー達の中から生き残る人が出てくるようにもなってきた。

 ついでに宇宙センターとも事業提携し、宇宙開発部門にも乗り出して成果を上げている。その流れでトクサネに家も建てた。宇宙センターとのやりとりの関係で、近場に寝泊まり出来る場所が必要だったからである。

 社内では僕を既に新社長として扱う流れが出来ており、親父もかなり乗り気になっているが、正直ホウエンが救えれば充分なのでその後は珍しい石とポケモン集めの旅にでも出たい。ぶっちゃけ仕事はとても面倒臭いのだ。発想がニートのそれだという自覚はある。

 あと、最近は部下達からの「休んでください」と「いつ寝てるんですかあなた」という言葉がひっきりなしにかかる。休んでる場合じゃないから今は必死に働きます。だからホウエンの事件を無事に乗り切れたら楽にさせてね。それまでは文字通り命懸けで頑張るから。

 

 連日の激務をこなしていた頃に、丁度電話がかかってきた。どうやらリーグにまた挑戦者が現れ、既に四天王を2人まで突破したらしい。基本的にチャンピオンはその地方のリーグで執務を行うものなのだが、僕の場合は会社の都合もあるので例外的に外への持ち出しが許されている。そして僕がチャンピオンの間にて挑戦者を待たなければならないのは、最低でも四天王が2人突破されてからだ。もう数ヶ月以上も電話がかかってきていなかった為、危うく迷惑電話だと思って無視しかけたが既の所で思い出せて良かった。

 

 いつもの移動と同じようにメタグロスに乗ってカナズミを発ち、サイユウシティへと向かう。そのままリーグの屋上に降り立ち、そこから中を通ってチャンピオンの間に入り、挑戦者を待つ。

 

 やってきたのは、ミクリだった。

 

「私が……私こそが!ここまで勝ち進み、君を倒す為にやってきたチャレンジャーだ!」

 

「いつか、君ならここに来ると思っていたよ」

 

 そして今に至る。

 

────────────────────────

 

 ホエルオーが倒れ際に放ったみずでっぽうの一撃でボスゴドラは倒れ、相討ちとなった。

 

「次は君だ、ルンパッパ!」

 

「漸くの晴れ舞台だ。行け、アーマルド!」

 

 アーマルドというポケモンは生で目にしたことは無いが、写真では見た事がある。確かデボンが化石から復元することに成功したポケモンと、その進化体の写真が公表された時のものだったか。

 

「その化石ポケモン、君の手持ちだったのか」

 

「まあね。……アーマルド、シザークロス!」

 

 全身が甲冑の如き甲羅で覆われたポケモン、アーマルドが己の両腕を交差させながら迫る。影分身によって一撃を回避したルンパッパは、かわらわりによって反撃を仕掛けようとするも、連続で周囲に放たれたロックブラストによって影分身ごと撃ち抜かれ、僅かに後退する。

 そこへすかさずアーマルドの鋭利な爪が切り掛かる。高速かつ何度も振り下ろされるそれは、次第に速度と威力を増してルンパッパを襲う。

 れんぞくぎりの猛攻を辛うじて避けながら、地中を通して根を絡みつかせ、ギガドレインを仕掛ける。養分を吸い取られたアーマルドは僅かに動きを止めたものの、すぐさま身体に纏わりついた根をきりさく。

 だがそれだけの隙が作れれば十分だった。

 

「ルンパッパ、ハイドロポンプ!」

 

 至近距離で激流が炸裂する。

 いくら古代の力を秘めたポケモンと言えど、この至近距離からの急所を狙ったハイドロポンプではひとたまりもないはずだ。

 だがアーマルドはその凄まじい破壊力を全身に受けながら尚、脚を前へ進め、ゆっくりとルンパッパに近付いてくる。確実に屠るだけの一撃であるはずなのにどうして効かないのか。私とルンパッパの判断が一瞬遅れてしまった間に、アーマルドの全身全霊のシザークロスが振り下ろされ、ルンパッパは己の身を引き裂かれて吹き飛ばされた。

 戦闘不能となったルンパッパをボールに戻し、ナマズンを繰り出す。間髪入れずに放ったなみのりを食らったアーマルドは、流石に限界だったのか倒れ伏した。

 

 続けてチャンピオンから繰り出されたのは、またも化石から復元されたポケモンとして見覚えのあるものだった。ユレイドルと呼ばれたそのポケモンは、続けて放たれたナマズンのなみのりを、まるで地面にぴったりと張り付いたように全く動く事無く平然と受け流す。水の中から放たれた蔓に無理やり捕らえられ、ギガドレインを受けたナマズンはあっさりと戦闘不能にまで追い込まれてしまった。

 

「私の残りの手持ちは2体……だがここから逆転させてもらう!行くぞ、ギャラドス!」

 

────────────────────────

 

 おかしい……なんか思ってたより遥かに強いぞミクリ……。この数年間コンテストでこそマスターに登り詰めてはいたものの、公式の場でバトルを全くしてこなかったミクリがここまで成長しているのは流石に想定外だった。

 なんならエアームドとボスゴドラでミロカロス以外は止められると思っていたので普通に驚いている。

 でもなんか楽しくなってきたから良しとする。

 

 ミクリが繰り出してきたギャラドスに対して、ここで長いことフィールドで待機していた罠を発動させてもらう。

 突如として何も無かったはずの床から大量の岩の破片が飛び出し、ギャラドスの体に突き刺さっていく。一つ一つは極小の破片なれど、それを大量に喰らえば当然無事では済まされない。

 

「なっ、これは……!」

 

「僕のエアームドは戦闘不能間際にこのトラップ……ステルスロックを発動していたんだ」

 

 ミクリの手持ちの中で、ステルスロックが効果を最大限発揮できる相手は相性の良いギャラドスのみ。この瞬間を狙って伏せていた一撃が見事に決まった。

 

「ユレイドル、げんしのちからだ」

 

 怯んでいる隙に、更に岩塊を射出して追撃を行う。流石に今度は避けられてしまったが、その避けた先にストーンエッジを配置して突き立てる。ステルスロックで使われた石を利用して作られた岩の剣を、しかし直前に察知して掠める程度に抑えたギャラドスは、自身の体をとぐろを巻くように高速で回転させてたつまきを起こす。回転の勢いのままに、ギャラドスはれいとうビームとみずのはどうを同時に放ち、フィールド全体を瞬く間に凍らせていく。

 さしものユレイドルもねをはる状態を解除し、体を揺らして回避していくが、少しずつ造り上げられていく無数の氷壁を前に逃げ場を失っていき、反撃に繰り出したげんしのちからは発生した竜巻に阻まれ、ストーンエッジは氷壁で止められる。こちらの動きは完全に封殺された状態となってしまった。

 

「そのまま氷壁ごとたきのぼりで打ち砕け!」

 

 竜巻に乗って加速したギャラドスは、そのまま超高速で氷壁を叩き壊しながらユレイドルを上空へかち上げる。というか明らかに威力と速度がおかしい。いくら自分で発生させた竜巻を利用しているとはいえ速度が上がりすぎている。

 

「気が付いたみたいだから言っておこう、私のギャラドスはたつまきと共にりゅうのまいを舞っていたのさ!」

 

 えっそれ両立出来るとかなにそれずるい。

 吹き飛ばされたユレイドルは最後の足掻きとして己の吸盤と触手を絡みつかせて全身全霊でしぼりとるが、再びのたきのぼりで天井に激突させられ、戦闘不能となった。

 

「さあ、これで数の上では再び並んだぞ……チャンピオン(ダイゴ)

 

「数が並んだからって勝てるとでも?」

 

「勝てる勝てないじゃない、勝つんだよ」

 

 あぁ、凄い懐かしいこの感じ。

 僕達は昔から負けず嫌いだった。バトルした後はいつもあそこをああすれば良かったのに、とか君のここが美しくない、とか言い合っていた。子供の頃……と言っても僕は精神年齢的には既に三十路だったが、の頃の純粋にバトルを楽しんでいた気持ちが少しずつ思い出されてくる。

 

「だったら僕も、君に負けてあげる訳にはいかないな……!行けっ、ネンドール!」

 

 互いに残るは二体、ここからが正念場だ。

 

────────────────────────

 

 ネンドールは古代から存在したポケモンとされ、連れているトレーナーも少ないが実際に見たことはあるし、タイプも理解している。相性だけでいえば確実にこちらが多少有利なはずだ。だというのに、ギャラドスが珍しく気圧されている。その異様な雰囲気は、今まで戦ってきたどのポケモンとも違う威圧感をこちらに感じさせてくる。

 ネンドールは全身にコスモパワーを纏わせる事でその防御力を高め、確実にこちらが与えられるダメージを減らしてくると共に、自在に動く両腕を駆使して全方位から光線を放ってくる。それらを時に躱し、時に相殺しながら少しずつ距離を詰めていく。

 ネンドールがげんしのちからを放ったのに合わせて、こちらもそれを突き破るようにたきのぼりを放つ。矢の如き速さで岩塊を叩き壊しながら迫るギャラドスを、しかしネンドールはこうそくスピンで受け流す。

 渾身の一撃を受け流された事で隙の生まれたギャラドスに、再びげんしのちからで生み出された岩塊が迫る。宙に浮いた状態のギャラドスはそのままたつまきを放って吹き飛ばそうとするが、先程よりも遥かに威力の増した一撃が横殴りにギャラドスを吹き飛ばした。

 

「パワートリック。防御に回していたエネルギーを全て攻撃に使って威力を高めさせてもらった」

 

「……だったら今、ネンドールの防御力は低くなっている。そうだろう?ギャラドス!」

 

 壁に叩きつけられ、動けなくなっていたギャラドスは、僕の声に反応してその身を立ち上がらせ、高速でネンドールへと突撃していく。

 咄嗟に張られたリフレクターを突き貫きながらたきのぼりを仕掛けて上空へと打ち上げる。だがそれだけでは終わらない。そのままダイビングに繋げてギャラドス自身を諸共に地面に叩きつける。本来ならば水上でやるコンビネーションなのだが、今回ばかりはこのまま押し通らせてもらう。

 地面に叩きつけられ、全身が罅割れたネンドールは最後の抵抗と言わんばかりにがんせきふうじを落し、互いがそれに巻き込まれる形で相討ちとなった。

 

「ここまで有難う、皆。……ミクリ、次で最後だ」

 

 チャンピオンの口角が上がる。彼は自分が負けて、チャンピオンの座を奪取されるかもしれないというのに笑っている。明らかにこのバトルを楽しんでいた。

 

「皆よく頑張ってくれた。……最後の手持ちが互いに昔と変わらないのは、私たちらしいと思わないか?ダイゴ」

 

 私も自然と笑っていた。何だか今まで彼にかける言葉を考えていた自分がとたんに馬鹿らしく思えてきた。

 

「ふっ、そうだね」

 

 簡単な話だ。自分の本音を最初からぶつければ良かったのだ。

 

「私達は、互いに色々あったと思う。6年という長いようで短い期間の中で、お互いに自分の目指すべきなにかを見てやってきたはずだ。でも結局、昔も今も大して変わらないのかもしれないんじゃないかとも思うんだ」

 

 恥ずかしがって、変に婉曲的な表現をしようとするから拗れてしまっていただけで、今も昔も彼に対して思うことは変わらない。

 

「だからこそ言わせて欲しい。ダイゴ、君は私の目標だった。あの日初めて会った日……初めてバトルしたあの時から、私にとって君は単なる親友じゃなく、超えるべき壁としてずっと立ちはだかっていたんだ。だから今日は絶対に負けられない。ここで君を超えて、私は最高のポケモントレーナーになる」

 

 堂々と言いきった僕に対して、ダイゴは少しの間目を閉じると、再び開眼して口を開く。

 

「そんな事言われたら、尚更負けられなくなるじゃないか」

 

 互いに最後のボールを構え、スイッチに手をかける。

 

「……メタグロス!」

 

「ミロカロス!」

 

 これ以上の言葉は不要。

 本気でバトルする(楽しむ)のみ。

 

────────────────────────

 

 メタグロスのコメットパンチが床を抉り、弾き飛ばす。流星の如き一撃を回避したミロカロスは己の尾ビレを鋼と化して叩きつける。アイアンテールを正面からバレットパンチで殴り返し、勢いを相殺しながらシャドーボールを発射するメタグロスに対し、ミロカロスもまたみずのはどうを放って迎撃する。

 至近距離での睨み合いは、気が付けば時折動作にフェイクを混じえながらの猛烈な乱打戦となっていた。

 メタグロスはてっぺきを、ミロカロスはじこさいせいを間に挟むことで互いに蓄積するダメージを最小限に抑えつつ、渾身の一撃を放ち合う。

 かつてよりも更に高度に昇華されたみずのはどうは座標の誤認を狙うだけでなく、屈折を利用して鏡像を作り出すなど洗練されているが、今更それに引っかかる程ダイゴとメタグロスも甘くはない。アームハンマーによってフィールドの床を叩き壊し、その衝撃で瓦礫を飛散させる事で波動を一気に吹き散らす。

 電磁加速によって超高速で打ち出されるコメットパンチを、ミロカロスは分厚い水の膜を張ることで守り、そのまま水を波に変じさせてのなみのりが繰り出される。発生した津波をメタグロスがはかいこうせんで蒸発させれば、次はれいとうビームが飛んでくる。それをひかりのかべを斜めに張ることで反射しつつ、サイコバリアーを纏った頭突きを仕掛ければ、ハイドロポンプをぶつけて勢いを殺していく。

 

「メタグロス、バレットパンチ!」

 

 ダイゴの指示と共に飛来する数多の弾丸の如き拳を至近距離で上手く躱しながら、ミロカロスは反撃のたきのぼりを放とうとする。その一瞬に、不意をつくような形でメタグロスからラスターカノンが放たれた。突然の砲撃に対応し切れずミロカロスは吹き飛ばされるも、途中で体を捻って上手く着地する。

 間髪入れずに放たれたアームハンマーを受け、更にミロカロスは吹き飛ばされる。息も絶え絶えという状況ながら、それでもミロカロスは立ち上がる。

 

「アレをやるぞ、ミロカロス。今度こそダイゴを驚嘆させるんだ!」

 

 まるであどけない少年のように指示を出すミクリに対し、ミロカロスもまた心の底から同意を返しつつ、技の態勢に入る。

 ミロカロスの撃ち出したハイドロポンプが、同時に発生させたふぶきによって凍結し、氷の槍として飛んでいくが、メタグロスはそれらをバレットパンチで叩き砕いていく。しかし今度は砕いたはずの氷は空に舞い上がり、あられとなって降り注ぐ。その間にミロカロスは大量にみずのはどうをばら撒くと、それをたつまきによって巨大な水の渦と変え、メタグロス目掛けて解き放つ。

 それはメタグロスを飲み込むと、ふぶきによって瞬く間に凍りつき、その身体を拘束していく。

 

「昔破られた技を使って勝てるとでも?」

 

「いいや。これはかつてのそれよりも進化し、完成されている」

 

 拘束を容易く打ち砕いたメタグロスに対して、ハイドロポンプが放たれる。だがそれは簡単に回避された……にも関わらず、メタグロスを撃ち抜いている。

 

「曲がるハイドロポンプ……!」

 

「私がかつてアイディアを聞いた時、君は色々な案を出してくれた。だがこれは敢えてそのどれでもない、私とミロカロスの弛まぬ鍛錬によって築かれたものだ」

 

 自由自在に動きを変えるハイドロポンプは、メタグロスを取り囲むとふぶきによって凍結していく。みずのはどうによって作られたそれよりも遥かに強固な氷の結界の中では、メタグロスさえも身動きを取る事が出来ない。そこへ再び作られた氷の槍が突き立てられていき、花の花弁のように美しく飾り立てられる。

 波濤の勢いを竜巻によって集約させたミロカロスが、己の体を回転させながら迫る。

 ミロカロスが怒涛の勢いで氷柱の中を突き抜けると共に、氷が粉々に砕け散り、吹き出した水と共に幻想的な景色を作り出す。白銀の結晶が花びらの如く舞散り、水は光を反射してそれを彩る。雪に咲く花の如きその世界は瞬く間に消えてしまうが、だからこそより鮮烈に人の心に残る。

 

「この技はダイゴ、君がいなければ一生完成する事は無かっただろう。故に私は、君のアイディアからこのコンビネーションの名前を取ることにした」

 

「……まさか」

 

「そう、これが私のオーロラ・エクスキューションだ!」

 

 完全に急所に当たった。思わず倒れ込みそうになるダイゴだったが、それを何とか堪える。

 

「その技名については後で話すとして……メタグロス、君はまだやれるだろう!」

 

 先程の一撃で凄まじいダメージを受けながらも、メタグロスはまだ倒れていない。奇しくも互いに満身創痍。次の一撃で確実に勝負が決まる。

 

「ハイドロポンプ!」

 

「コメットパンチ!」

 

 ハイドロポンプを纏ったミロカロスの突撃と、全霊を込めたメタグロスのコメットパンチがぶつかり合った。同時に凄まじい衝撃が発生する。吹き荒ぶ風によって煙が舞い上がり、2体の姿を覆い隠す。

 

 少しずつ煙が晴れ、互いの一撃がぶつかり合った場所には。

 

 メタグロスが立っていた。

 

────────────────────────

 

「あれだけ大口を叩いておいて結局勝てなかったか……恥ずかしい……」

 

 どう考えても適当に言った技の名前をそのまま使われた僕の方が恥ずかしいと思う。我が師の師ごめんなさい。

 

「でも曲がるハイドロポンプは流石に衝撃的だったよ。アレは本当に焦った」

 

「君を焦らせられるようになったのなら、まあ……長かった修行も無駄ではなかったか」

 

 はかいこうせんのようなエネルギーならいざ知らず、まさか水まで自由自在に曲げられるとかちょっと理解不能だったので本当に凄い。そんな唯一無二の技術があればコンテスト最優のマスターとか言われるのも納得である。

 

「……ミクリ。僕の我儘をひとつ聞いて貰えるかな」

 

 さて、ここからが本題だ。これを言えばミクリは確実に怒るだろうし、説明を要求されるだろう。場合によっては侮辱にも聞こえるし、下手をすれば絶交だってされかねないが、それでも言わざるを得ない。

 

「僕の代わりにチャンピオンの座に就いて欲しい」

 

「……待ってくれ、言っている意味がよく分からない。私は今しがた君に負けたはずだろう?その座はチャンピオンを下して殿堂入りを果たしたトレーナーにのみ受け継ぐ権利があるはずだ」

 

「さっきのは実質僕の負けだよ。正確に言えば試合に勝って勝負に負けたと言うべきかな。相手の知らない技を存分に使っておいてここまで競られたんだ。今は君の方が僕よりも確実に強い。だから最後は僕の棄権で君の勝ちって事で、どうかな?」

 

「ダイゴ、君の言いたいことは分かる。でもそれじゃあ私は納得がいかない。互いに全力を尽くして戦うのがポケモンバトルで、その結果私は負けた!それを覆すなんて事は私には……」

 

「頼むよミクリ、君にしか頼めない事なんだ」

 

「……そこまで言うなら理由を聞かせてくれ。その上で判断させて欲しい」

 

 ですよね。

 取り敢えず全て包み隠さず話す事にしようと思う。未来を変えるのに必要なものが少しずつ揃ってきた今なら、例え話したとしても希望はあるし、古文書さえ解読出来ればそれも立派な証明になるはずだ。彼は僕が下らない妄言の為に3年間も必死で行動する人間じゃないという事は……まあ多分、分かってくれているだろうし、そこも加味して前よりも多少は説得力のある話が出来る。100%信頼してくれるかはともかく、耳を傾けるくらいはしてくれるだろう。

 

 

 そうして全部話した結果。

 

「……俄には信じ難い話だが、ルネに伝わる伝承からいってもあながち嘘だとは言い切れない……。それに何より君の言うことだ、私は信じるよ」

 

 無事に信じて貰えました。というかこれ別に3年前にルネで会った時点で話してても問題なかったのでは……いや、ダメだ。目標を達成して成長していない彼がホウエンの末路を知るのは余りにも重荷が過ぎる。ミクリはなんだかんだ責任感が強い人間なので、このタイミング以外では逆に彼が潰れてしまっていたかもしれない。

 

「それで、私にチャンピオンの座を譲ったとして君はどうする?」

 

「実はね、既に当てがあるんだ」

 

 懐にしまってあった封筒から一枚の紙を取り出し、ミクリに見せつける。

 

「これは……推薦状じゃないか。それもタマムシ大学への」

 

「デボンの考古学部門からの伝手で知り合った教授がいてね、その人にタマムシで本格的に考古学の研究をしないかって誘われたんだ。あそこなら資料も一々借り受けたりしなくて済むし、古文書の解読も早く進むかもしれない」

 

 カントー地方にあるタマムシ大学といえば、世界でも有数の大学の一つである。特に携帯獣……平たくいえばポケモンに関する研究では右に出る大学がないと言われる程盛んに行われており、それに付随する形で古代のポケモン、ひいては考古学に関しても熱心に研究が続けられている。

 大学に入学するには最低でも成人済みである必要があり、その上で学力や実績などを基準に入学の是非が判断されるのだが、僕は既に12歳なので成人しており、更には大学側からの推薦もあるのでそのまま入学が出来るという訳だ。

 

「これからより多くの情報を集めるにあたって、確実に古代の知識が絡んでくる。一々解読に時間をかけなくて済むように、僕自身がある程度読めるようになっていた方がいいとも感じていてね。折角の誘いだし受けようと思っていたんだ」

 

「だが学業と仕事に加えて、更にチャンピオンとしての仕事まで遠方でこなすのは難しい。そうだろう?」

 

「それに、君の方が僕よりもトーナメントやエキシビションなんかの催し物を開くのは向いてるだろ?何せ『最優のコンテストマスター』なんて呼ばれてるみたいだし」

 

「まあ確かに、私のエレガントなパフォーマンスの方が人目は引くだろうが……それより君は本当にこれでいいのか?君にとってチャンピオンは通過点だったのかもしれないが、それでもここまでの努力は並大抵では無かったはずだ」

 

 惜しくない、と言えば確かに嘘にはなる。曲がりなりにも僕が自分を認識した時に思い至った最初の目標でもあるし、思う所は沢山ある。だがそれはまた勝ち取ればいいだけの話だ。

 

「フフ……何れ決着が着いたら、その時は僕が挑戦者として君に挑むよ。その方がきっと楽しいからね」

 

「だったら次は負けないように、私も更に腕を磨いておくするよ」

 

 僕には似合わなかったので、チャンピオンの玉座にずっとかけたままだったマントをミクリに渡す。うん、やっぱりこういうちょっとキザな衣装は彼の方が似合うな。

 

「引き継ぎの書類は全て予め作ってあるから、後は君が殿堂入りの登録を済ませれば、チャンピオンの座は無事に引き継がれる事になる。……後の事は君に任せるよ」

 

「私が君の分まで、立派に果たしてみせるさ。ホウエンの事は私に任せておいてくれ」

 

「有難う。それじゃあミクリ、また会おう。まあ定期的に様子は見に来るけどね」

 

「えっ」

 

 チャンピオンの間を後にした僕は、そのままレアコイルに掴まりサイユウシティから飛び立つ。カナズミのポケモンセンターで皆を回復させた後、用意しておいたスーツケースを持ってカイナシティから船に乗り込み、その日のうちにカントーへと旅立った。

 

────────────────────────

 

 薄暗い洞窟の中を、1人の少年が突き進む。

 自らの前に立ち塞がる黒服の男達を薙ぎ倒し、道行くトレーナーを薙ぎ払い、先へ先へと進んでいく、

 そうして彼が見つけたのは2つの化石と、その前に立つ一人の男。

 

「アンタ、トレーナー?」

 

 少年……黒髪に赤い帽子を被った少年は、眼前の男に声を掛ける。オレンジのシャツに茶色のフィールドベストを着込み、黒いニット帽を被って大きなリュックを背負った男は、少年の方を振り返ると笑顔で答える。

 

「僕はゴダイ、やまおとこのゴダイって言うんだ」

 

 ゴダイ……もといダイゴはサムズアップしながらも、冷や汗を垂れ流していた。

 

(どうしてレッドさんとエンカウントするんですか???)

 

 

 




遂にポケマスに飽きてしまったので、又も真面目な後書きをば。

これにて序章は終わりです。
前回の後書きでも書いた通り、当初の構想が粉微塵になって吹き飛んでいってしまったので、展開を短縮したり、設定を作り直したりした結果かなりぎゅうぎゅう詰めになってしまいました。

アンケートでは3686件もの回答を頂いた結果、このような形で4世代以降の技を使う事となりました。沢山の回答ありがとうございました。
並びに誤字報告をいつもしていただいている方々にも、ここで感謝の言葉を述べさせていただきたいと思います。いつもありがとうございます。
自分でも何度か読み返してから投稿しているはずなのですが、いただいた報告を見るとたまに頭のいかれた誤字があったりして、我ながら軽く引いたりしています。


次回からは大誤算、カントー編をお送り致します。(更新未定)



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。