大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

7 / 9
人物紹介

エリカ
ずかんNo.045
なまえ/エリカ
タイプ/はなやか
おや/ふめい
とくせい/おじょうさま
まわり に ひと が あつまってくる
まけずぎらいなせいかく 10さいのとき
タマムシシティ で であった

ミツハル
ずかんNo.???
なまえ/ミツハル
タイプ/りかけい
おや/ふめい
とくせい/かせきマニア
かせき が すきすぎて つらい
せっかちなせいかく 15さいのとき
タマムシシティ で であった



カントー編
第七話、草と誤算と化石と炎。


 ホウエンをはるか離れてカントー地方。

 

 新天地での生活はハッキリ言ってしんどかった。

 昔は一人暮らしなんて当たり前にしていたので、今でも余裕で出来るだろうなんて高を括っていたが、三日で挫折した。

 炊事洗濯掃除に買い物、どれもこれもほぼ人任せで十二年間生きてきたのだ。旅をしている時だって宿泊は大概がポケモンセンターやホテルだったし、調理経験も精々ポロックを何度か作ってみたくらいで、自分の食事を自分で作った事なんてただの一度もなかった。

 ミクリでさえ弁当くらいなら作れるのに。

 ミクリでさえ弁当くらいなら作れるのに!!!

 詰まる所、僕には家事の能力がない。

 辛うじて掃除は人並み以上にこなせるのが幸いという有様だった。

 

 家事の殆どをポケモン達にやってもらう事でどうにか日々を過ごし、タマムシに引っ越して一ヶ月。遂に入学式の日がやってきた。

 僕の格好はいつものスーツ……ではない。オレンジのシャツに茶色のフィールドベスト、下はカーキ色の長ズボン。そして大きなリュックサック。

 所謂やまおとこのダイゴスタイルである。ここに黒のニット帽を被り、ゴダイという偽名を名乗れば完璧に別人だと言い張れる事間違いなし。

 何故そこまでするかと言うと、やはり自分がホウエンの元チャンピオンである事もあるのだが、それ以上にデボンの息子という立場の問題が大きい。

 ここカントー地方はデボンコーポレーションのライバル企業であるシルフカンパニーの膝元である。

 未だカントーにデボン製の商品が流通していないのはシルフカンパニーからの圧力があるからであり、そんな所で自分の名前を大々的に出せば、企業間の問題に発展しかねない。そんな事で万が一にも僕の目的を邪魔されるようなことがあってはならないのだ。

 僕を誘ってくれた教授には予め話を通してある。それはそれとして入学式では浮くだろうが、まあ大丈夫だろう、多分。

 

 で、実際に浮いていたはずだったのだが、一人の少女が壇上に上がった事で自分に向いていた視線が無くなったのを感じた。

 入学生代表として前に立ったその少女は、その場でただ一人だけ着物を身に纏っていた。その刺繍の細さや色彩からして明らかに高価な物である事が分かるが、かと言って自己主張は強くない。

 敢えて例えるならば、ひっそりと野に咲く花のような佇まいである。

 彼女の挨拶が終わると、誰に促された訳でもなく大きな拍手が巻き起こり、教員の方を見遣れば涙を流している者もちらほらと見受けられる。そんな反応に対して彼女はただ一礼すると、自身の元いた席に戻っていく。

 彼女の名前はエリカ。最早言うまでもないが、後にタマムシのトップとなる草タイプ使いのジムリーダーである。

 やっぱりジムリーダーになる人間は何処かしら濃くないとダメなんだなぁ、と改めて感じた瞬間だった。

 

 入学して早一年近くが経ち、後少しで年度も終わりという時期に差し掛かってきた。

 毎日やまおとこスタイルで通っている僕は、屋内でもニット帽を被ってるので若いのに頭皮がやばいんじゃないかとか、やまおとこの癖にレアコイルしか連れていないおかしな奴だとか、実は記憶喪失の天才考古学者だとか、とにかく色々な噂を立てられていた。

 普段レアコイルしか連れ歩いていないのは、カントーにいないポケモン……特にメタグロスやアーマルドやユレイドルを出そうものなら一発で正体がバレるからというちゃんとした理由があるのだが、それは流石に伝えようが無い。

 兎にも角にもその噂のせいか、一年もの期間があったというのに交友関係が全く広がっていない。必然的に人との会話もかなり少ない。

 強いて言えば僕を誘ってくれた教授とその助手、そして古代携帯獣学の研究で知り合ったミツハルという青年と喋るくらいなもので、それ以外の人からは話しかけられる事なんて滅多に無いのだ。

 正直、物凄く危機感を覚えている自分がいた。幾らなんでもちょっとコミュニケーション能力低すぎない?元々他者と接点を作るのが得意ではない自覚はあったが、流石に我ながら酷すぎる。

 極稀にあるお誘いも、研究で忙しいタイミングと重なっていたり、長期休暇には成果の報告やミクリ達の状況確認の為にホウエンに帰っているせいで、学生同士の集まりのようなものにまるで参加出来ていないのもかなり響いているように思う。

 流石に居心地が悪いので、何とか少しでも今の悪しきイメージを払拭して、人との繋がりを作れるようにしていきたい。だが帽子は脱げないし、レアコイル以外にちょうどいいポケモンも連れていない。フィールドワークに便利なので服装を変えるのも面倒だし、そも他人からの評価の為に自分の正体を明かすなんて事は以ての外だった。

 

「ミツハル、僕は一体どうしたら友達を……せめて知り合いを増やせると思う?」

 

「それをボクに聞くのか君は……それとも知ってて聞いてるのか?ボクの友達は九割くらい化石だぞ!」

 

「君が化石愛に生きてる人間なのは知ってるし、気持ちも分かる。でもそれはそれだ。何かこの大学で人と交流出来るようなイベントとか知らない?」

 

「……分かった、取り敢えず今度大学でやるバトル大会に出てみろよ!ボクも一緒に出てやるから!」

 

 タマムシ大学では年度末に一度、学生同士の交流を兼ねた大規模なバトル大会が開かれる。その優勝賞品は、大学側が総力を挙げて優勝者の願いをひとつ叶えるというものである。流石に限度こそあるものの、これを使って授業料を完全免除にした生徒や、個人的な研究費用を捻出してもらった生徒、果てはその権利で必須単位を全て賄った人間も嘗てはいたらしい。聞く所によると、あのオーキド博士も優勝した経験があるのだという。

 もしこの大会に優勝して、より多くの研究者の協力を取り付けることが出来れば、現状半分程度まで進んでいる古文書の解析を更に早めることが出来るかもしれない。それに加えて自分のマイナスイメージも払拭できて一石二鳥である。この案に乗らない手はなかった。

 

────────

 

 フィールドの中心に浮かぶレアコイルは、己目掛けて放たれるかえんほうしゃを容易く回避する。

 そして相手を翻弄せんと激しく動き回るウインディに対してかみなりを放つ。動きのパターンから移動先を予測し、狙い澄まして放たれた雷は、まるで吸い寄せられるようにウインディの急所を直撃する。

 ウインディはその一撃を耐える事も出来ずに、あっさりと倒れ伏した。

 

 大会も既に佳境に入り、多くのトレーナー達が激しい戦いを繰り広げてきた中で、まるで羽虫でも払うかのようにいとも容易く対戦相手を倒していくトレーナーが二人。

 一人は、入学式以来常に大学内の注目と羨望を一身に集め、文武両道、才色兼備と名高い草タイプ使いのエリカ。

 もう一人は、主に悪い噂に事欠かず、噂通りにレアコイルだけを連れて参加しているにも関わらず、当たり前のように勝ち進んできたやまおとこのゴダイ。

 周囲からの評価がまるで対照的な二人がぶつかったのは、準決勝での事だった。

 フィールドに立った二人は互いに言葉を交わすことも無く、ただ審判の合図と共に、己の仲間であるレアコイルとウツボットをそれぞれボールから解き放った。

 

 エリカは周囲から持たれている華やかなイメージに反して、堅実な戦い方をするトレーナーである。草タイプの持つ三種の粉による状態異常によって相手の動きを制限しながら、ギガドレインやまきつくで着実に体力を削り取るという戦術で、ここまでの試合を全て危なげなく制してきた。

 当然、トーナメントの中には炎タイプや虫タイプ等、手持ちとの相性が悪いポケモンも数多くいたものの、彼女はその尽くを返り討ちにしている。

 ポケモンバトルにおいて、相性というものはどう足掻いても変えようのないものである。極一部には例外も存在するが、少なくとも彼女はその類のポケモンを連れ歩いてはいない。

 しかしながら、エリカはその有利不利を覆す程の技量と戦術を、齢十にして既にモノにしていた。

 立ち振る舞いに相応しいだけの腕前を持ちながら、見栄えの良い技や一撃の大きい技に頼らず、確実な戦い方をする彼女に対して、観戦者達の評価は大会開始前よりも更に上がっていく。

 

 となれば、必然的に観客からの声援は全てエリカに寄せられる。

 若干一名ゴダイを応援する人間──この大学で出来た唯一の友人であり、共に大会に出たはいいものの二回戦で敗退したミツハル──もいるが、そんな彼も表立って声援を送る事が出来ない。周囲の全員が白と言っている中で一人だけ黒と言い張る程の度胸は無く、ただ小声で「がんばれー」と、どちらへの応援ともつかない言葉を呟くだけであった。

 

 そんなアウェーな状況に、しかしゴダイは笑っていた。嘗てはチャンピオンとして声援を受ける側だった自分が、ともすれば非難の言葉を浴びせられかけても可笑しくない状況に立っているというのが、面白くて仕方がなかったのだ。

 

「さあ、始めようか……レアコイル」

 

 ゴダイはレアコイルと共に、エリカのウツボットを真っ直ぐに見据える。相手が誰であっても手加減などするつもりは微塵も無い。

 バトル開始の掛け声と共に、レアコイルはスパークを放ちながら突進を仕掛けた。

 

────────────

 

 会場には今まさに、盛大なブーイングの嵐が吹き荒れていた。

 レアコイルは瞬く間にエリカのウツボットを倒すと、続けて現れたモンジャラも、技すら使わせずに倒してしまったからだ。

 大学側は一つの試合が長くなり過ぎない為の処置として、登録可能なポケモンを六匹、その中から試合毎に最大三匹まで選出するというルールを設けてある。それは即ち、エリカは既に残り一体という状況まで追い詰められているという事でもある。

 全員がエリカの味方と言っても過言では無く、彼女の勝利をこそ望んでいる観客たちにとって、嫌われ者と言っても過言では無いゴダイが圧倒的な優位に立っているという事実は極めて受け入れ難いものであった。

 集団心理というものは恐ろしいもので、誰か一人がブーイングを始めれば、周囲の人間にもそれが伝播していく。どちらが勝っても構わないと思っていたとしても、周りの動きに流され、自然とそう(ブーイング)しなければならないという義務感に駆られるようになっていく。そうして非難の波は広がっていき、会場を埋め尽くさんばかりに肥大化していく。

 絶え間なく飛び交う罵声の中で、渋い顔をするエリカと対照的に、ゴダイは依然として笑っていた。

 彼はプレッシャーに強かった。より厳密に言えば数年以上もの間、この程度のものでは比にもならない程の重圧を受け続けてきた為に感覚が麻痺していた。

 

(悪役レスラーになったみたいだ、テンション上がるなぁ)

 

 なんて呑気な事を考えている。

 そんな彼に対して、エリカは最後のボールよりも前に言葉を投げかけてきた。

 

「……お強いんですのね、貴方は」

 

「僕にも負けられない理由があるからね。……そんな事よりエリカさん、君はまだ本気を出してないんじゃないかな。全身全霊で来なければ僕には勝てないよ」

 

 その発言にエリカは一瞬驚いたような顔をすると、今度は笑顔で言葉を返す。

 

「そこまで仰るのでしたら……私も最後の一匹、存分にやらせていただきますわ」

 

 先程まで自分が持っていたボールを懐に戻し、別のボールを取り出すと、スイッチを押して放り投げる。その中から現れたラフレシアは、明らかに今までの二匹との格の違いを感じさせる強い圧を発していた。

 

「ラフレシアまで出したのですから……せめて一矢、報いさせていただきますわ」

 

 現れるや否や、ラフレシアがエネルギーを溜めて光球を放つ。高くまで上がった光は会場内を照りつけ、夏の屋外を想起させる程の強い輝きを作り出した。

 

「レアコイル、回避だ!」

 

 咄嗟の判断でその場からレアコイルを動かす。ゴダイの声に反応し、弾かれるようにその場から離れたのとほぼ同時。ラフレシアからソーラービームが放たれ、先程までレアコイルが浮いていた空間を焼き尽くした。

 ここまで派手な技を一切使ってこなかったエリカが初めて見せたソーラービームに、観客は皆歓声を上げる。だが既にその声はゴダイの耳にもエリカの耳にも届いてはいない。

 

 にほんばれとソーラービームの組み合わせは、シンプル故に非常に強力である。しかし同時に、定番とも言えるその組み合わせは対策されやすい。相手がにほんばれを使った後からあまごいなどでフィールドの状態を上書きする、ソーラービームに入るまでに先手を取って妨害する、そもそもにほんばれを使わせずに短期決戦に持ち込む等……誰でも思いつくが、それ故に誰にでも使いこなせる訳では無い。

 エリカとラフレシアはこの二つを成立させる為、にほんばれを発動するのと同時に光エネルギーの蓄積を開始する事で初撃発射までの隙を限り無く減らしていた。最初の溜めの動作をにほんばれを放つ為の動きと見せかける事で油断を誘い、乗った相手を無慈悲に撃ち抜く。

 その一瞬の攻勢の妙は、まさしく人喰い花(ラフレシア)に相応しいものであった。実際のラフレシアは人どころか虫すら食べないのだが。

 しかし回避される事すら想定内だったのか、エリカは顔色一つ変えることなく指示を出し、それを受けたラフレシアは間断無くソーラービームを連射する。

 対するレアコイルもかみなりを撃ち放ち、互いに紙一重で躱しながらの遠距離乱打戦にもつれ込んでいく。

 

「今です、ラフレシア!」

 

 均衡を破ったのはラフレシアだった。先程まで直線的にしか放つ事のなかったソーラービームを、薙ぎ払うように照射したのだ。攻撃の軌道が点から線に切り替わった事に対応出来ず、或いは回避にだけ集中していたならば避ける事も可能だったかもしれないが、その身を収斂した光の熱に焼かれたレアコイルの動きが止まる。

 その隙にラフレシアは、踊るような舞いと共にフィールド全体に花粉をバラ撒いた。

 どくのこなならば鋼タイプには効果が無い。

 しびれごなならば電気タイプには効果が無い。

 ならば振りまかれた花粉は間違いなくねむりごなだろう。今の状況でレアコイルがそれを吸い込んでしまえばどうなるかは、傍から見ていても明らかだった。

 しかしゴダイとて対策をしていない訳では無い。むしろ彼の人生の中で最も多く戦った相手は草タイプ使いだったのだ。主にとあるポケモンの胞子のせいで状態異常技が半ばトラウマになっている彼にとって、その対策をするのは当然の事であった。

 体勢を立て直したレアコイルは、その場で高速回転する事で風を発生させ、周囲の花粉を吹き飛ばす。

 こうそくスピンを維持したまま、次の動作に移ろうとしたその時。

 ラフレシアの花弁から放たれた一撃がレアコイルに直撃した。

 はなびらのまい。花弁にエネルギーを集中させ、凄まじい勢いで乱打を繰り出す技である。その威力はソーラービーム数発分にも匹敵するが、代償として使用したポケモン自身に極度の疲労を強いる為、これもまた使い手を選ぶ技だと言える。

 しかしそのリスクも、この技で決着をつけてしまえば何の問題も無い。

 

 一撃、二撃、三撃……回数に比例して威力は増していく。終わりのない連撃が僅かな隙も無く轟音と共に打ち込まれ続け、レアコイルに反撃は愚か逃げる暇さえ与えない。

 確かに草タイプの技は鋼タイプには効果が薄い。しかしそれも数を積み重ねれば、相手を仕留めるに足るだけのダメージを与える事も不可能ではないのだ。

 時間にして約一分以上もの間続いた攻撃の手が、遂に止まった。

 

「嘘だろ……」

 

 観客の一人が、思わず口から言葉を漏らす。

 息も絶え絶えのラフレシアの前には、依然としてレアコイルが浮いていた。

 当然無傷ではない。最初と比べれば明らかにふらついており、確実にダメージそのものは蓄積されている。だがそれでも、あの連撃を耐えてなお余裕がある事は誰の目からも容易に理解出来た。

 

 観客達が一斉にざわめく。いくら相性があると言っても耐えられるはずがない。では一体何故、レアコイルは戦闘不能になっていないのか。

 その場にいた誰もが、そんなはずは無いと否定したくなるような答えに行き着く。

 

 あのレアコイルのレベルは、ラフレシアの遥か上を行っているのではないのか、と。

 

「……参りました、などと言うつもりはありません。私達は最後まで戦いますわ、そうでしょう?ラフレシア」

 

 既に勝敗は決したと言っても過言ではない状況。だがエリカの中に降参という選択肢は無い。敗北を認めはするが、己から受け入れるなど言語道断。

 その性格はやはりラフレシアも同じであり、最早動かすのも困難な程に疲弊した身体を無理矢理に動かして、戦闘態勢を取り直す。

 

「レアコイル、でんじほう」

 

 ゴダイの指示を聞いたレアコイルは、万に一つも外さぬようにラフレシアに狙いを定める。ロックオンと共に、電磁力を一点に集束させた雷の砲弾が撃ち放たれた。

 

──────────

 

 準決勝を見ていた相手が、「どう足掻いても勝てる気がしないから」という理由で棄権した結果、最終的には不戦勝で優勝という事になった。イマイチ消化不良ではあるが、その報酬として他地方の考古学者の協力を取り付ける事に成功したので結果オーライという事にしておく。これで研究は更に捗るし、少なくとも大学卒業までには解読も完了するだろう。

 そこまではいい。本当にそこまでは思っていたとおりに事が運んでいた筈だったのだ。

 

 優勝者となった僕は、相変わらず誰からも声を掛けられない生活を送っている。何故かと聞かれれば、どうにも僕はやり過ぎたらしいとしか言いようがない。かつては若干の嫌悪感や好奇の目を向けられていたが、今では完全に恐怖心を抱かれている。

 肩書きというものは人の感じ方を左右する。例えば僕がホウエンリーグ元チャンピオンのダイゴとして大会に出ていたならば、この強さこそチャンピオンだ、なんて持て囃されていたのかもしれないが、今の僕はあくまで正体不明のやまおとこゴダイである。

 更に言えば、僕はカントーのジムバッジをひとつ足りとも持っていない。周囲からは得体の知れない人間が、説得力皆無な得体の知れない強さを持っている、としか認識されていないらしかった。とてもかなしい。

 

 大会が終わって数日、僕とミツハルがいつも通り研究室でポケモンと古代文明の関わりについて議論を交わしている時に、彼女は突然やって来た。

 そして手に持っていた写真と僕を間近で見比べると、何かに納得したように頷き、ブラフも何も無いド直球の言葉を投げつけてきた。

「貴方は……やはりダイゴさんですのね?元ホウエンチャンピオンの」

 

「!?」

 

 僕の正体が二人にバレた瞬間である。

 こういうのは良くない。本当に良くない。悪夢のお陰……なんて言い方はしたくもないが、大概の物事に動じない程度には強くなっていた筈の胃が久しぶりに凄く痛い。

 何故気付いたのかと聞けば、あれだけ非難が飛び交う環境の中で全く動じる事の無い精神力を持ち、鍛え上げられたレアコイルを連れていて、その上で自分がどこかで見た事のある若いトレーナーという条件から絞っていった結果なのだとか。残りの不確定要素は女の勘で補ったらしい。そんな事ある?

 実際の所、優れたトレーナーの中には並外れた直感を持っている人間も少なくは無いらしい。他のトレーナーが膨大なバトルの経験と知識を活用してやっと到達するはずの領域に、天才的な勘とセンスだけで踏み込んでいけるだけの素質を生まれつき備えた者達。必ずしもそういう人間ばかりが大成する訳では無いが、最適解を導く才能がバトルの強さに繋がるというのは頷ける話ではある。だからその才能をこんな事に使わないで欲しい。すこぶる心臓に悪い。

 

 その後は何故かエリカとミツハルが結託し、僕の正体を黙っている事の対価としてそれぞれ条件を提示してきた。

 まずミツハルの方だが、彼は僕のアーマルドとユレイドルを間近で観察したいらしい。カントーでは依然として、化石からポケモンを復元する技術が完全に確立されていない。復元に成功したポケモンこそいるものの、その極僅かな成功例の殆どは貴重なサンプルとして然るべき研究所に預けられており、研究者でもない人間が肉眼で化石ポケモンを見る機会は滅多に無いと言っていい。手持ちに加えているトレーナーなどほぼ存在しないだろう。

 ちなみに僕は権力でアーマルドとユレイドルを手持ちに加えた。社内での発言力、大事。

 

 そしてエリカの方は、この研究室への出入りを認める事を条件として言い渡してきた。

 カントー有数の名家出身である彼女は、しかし周囲から持て囃される事は余り好きではないのだと言う。草タイプ使いとして、ポケモントレーナーとして知識をより深める為に入学したにも関わらず、無駄に妄信的な取り巻きに囲まれ、碌にうたた寝すら出来ない窮屈な日々に内心辟易していたようだ。

 そして彼らの行動の中で、何よりもエリカが腹に据えかねていたのは先日の大会でのブーイングで、自分の勝負に水を差されかねない状況には彼女も内心どうしたものかと焦っていたらしい。

 普段は表に出さないが、そもそも彼女は極めて負けず嫌いである。だからこそ勝負の結果は公平でなければ意味が無いと考えており、もしもあのブーイングで僕が揺らいでいたならば、その場で試合を棄権するつもりだったのだとか。

 正直あの時は心の中で、(君達のバトルは素晴らしかった!コンビネーションも、戦略も!だがしかし、まるで全然!この僕とレアコイルを倒すには程遠いんだよねぇ!)とか言ってたくらいには真面目に取り合ってなかったので、個人的にはそこまで気にしているというのが意外なくらいなのだが。

 

 兎にも角にもエリカとしては息抜きの出来る場所が欲しいらしく、大会で優勝した結果として余計に人から距離を取られている僕が普段いる研究室は、単純に避難場所として都合が良いとの事。

 その程度の事で黙っていてくれるなら何の文句も無いので、二つ返事で了承した。

 

 研究室を訪れる人物が一人増える。即ち僕が会話する相手が一人増えたという事なので、大会に優勝して友達を増やす作戦は成功したという事にしてもいいと思う。わーい。

 

 

 ミツハルの要求は蹴った。

 

──────────

 

 学業に仕事、ポケモン達のトレーニングや古文書の解読に追われ続け、気付けば入学から約三年の月日が流れていた。

 古文書そのものの解読は後一歩というところまで来ているものの、グラードンとカイオーガを止める為の手がかりは依然として見つかっていない。それどころか壁画の内、削り取られていた部分に最も重要な事が書かれていた可能性がここに来て大きくなってきたのだ。あるものならば時間さえかければ理解する事も不可能ではないが、存在しないものはどうあっても理解できる訳が無い。

 やるせない気持ちを消化する為に、僕は連日連夜報告書の作成と解読作業に勤しんでいた。

 そんな僕に対してミツハルは、自分の代わりにお月見山で噂になっているという化石を探して来てくれと頼んできた。最初は断ったのだが、どうしても行ってくれと言うので仕方なく準備を整え、お月見山の洞窟内に入る事にした。

 今にして思えばミツハルは、僕が根を詰めているのを心配して息抜きさせようとしてくれたのかもしれない。

 折角なのでひとつくらいは化石を見つけて持って帰ってやろう思い、散策する事数十分。

 お月見山に化石がある事は遥か昔から知ってはいたが、まさか貝の化石も甲羅の化石も両方見つけられるとは思ってもいなかった……というか、これはもしかしなくても例のどっちかしか貰えない奴では?

 思い至るのとほぼ同時に、後ろから声を掛けられる。

 

「……アンタもトレーナー?」

 

 恐る恐る振り返る。そこに立っていたのは、赤い帽子を被った少年だった。無表情を絵に書いたかのような顔とは裏腹に、瞳にはこちらを焼き殺さんばかりの強い闘志が滾っている。

 

「僕はゴダイ、やまおとこのゴダイって言うんだ」

 

 どうしてレッドさんがいるんですか?????

 いや実際の所、まだ彼がレッドさんであると決まりきった訳では無い。が、お月見山の化石の前に現れる黒髪で赤い帽子の少年が他に居る可能性は一体どれほどのものだろう。どう考えても100どころか10,000万%の確率でレッドさんだ。

 もう背中の荷物を枕にして青空になりたい。どうしてこんな所で接触してしまうのか。もしかして本来なら理科系の男であるミツハルがこの化石を見つけ、レッドさんとバトルしていたのか。真相は闇の中に葬られたが、現在の状況は闇の中に葬れない。

 Q.研究室でレポート書いてたのになんでロードして戻れないんですか?

 A.レポートの意味が違うからです。

 そもそも電源を切る機能が無い。

 

「……レッド。それよりバトル、早くして」

 

 レッドと名乗った少年はポケットからモンスターボールを取り出すと、開閉スイッチに手をかける。

 やっぱりレッドさんじゃないか……。

 

「いやあの、ほら。僕は今ポケモンを連れてないから……」

 

「本当に?」

 

「本当だよ」

 

 嘘です。

 

「……じゃあ、仕方ない」

 

 どうやら諦めてくれたらしい。やや肩を落としながらボールを仕舞う姿には若干の哀愁が漂っている。正直にいえば僕だってバトルしたいけれども、身バレしたらどうなるか分かったものじゃないので避けざるを得ないのだ。許して。

 

「お詫びにこの化石、どちらか君に上げるよ。どっちが良い?」

 

 ついでなのでミツハルの代わりに僕がイベントを消化しておく。レッドさんがこの化石を使うかは分からないが、少なくとも僕が楽しいからいいんだ。

 言われたレッドさんはほんの少しだけ驚いたような顔をすると、ふたつの化石を交互に見比べ、貝の化石を指差した。

 僕は彼に貝の化石を手渡して、その場を立ち去ろうとするが、不意に声を掛けられる。

 

「お前等、化石をこっちに渡せ」

 

 声を掛けてきた集団は、全員黒い帽子を被り、胸元に赤いRの一文字がプリントされた黒い服を身に纏っていた。言わずもがなロケット団である。

 彼らは既にズバットやコラッタ、アーボなどのポケモンを所狭しと並べて臨戦態勢を取っていた。中でも目付きの悪い男が連れているカイリキーは並以上には鍛えられており、一般のトレーナーではまず間違いなく勝負にならないだろう事が見て取れる。

 

 相手が一般のトレーナーならば、の話だが。

 

──────────

 

「……リザードン」

 

 レッドの呼び出したリザードンは、瞬く間もない程の速度で周囲のポケモン達に技を浴びせ、気絶させた。降り立ったリザードンは自身の主であるレッドと共に、唯一攻撃に反応し防いだカイリキーと、そのトレーナーである目付きの悪い男を睨み付ける。

 

「……バトル、早く。アンタがいちばん強いんだろ」

 

 ともすれば殺意すら感じる程の鋭い眼光を前に、しかし男とカイリキーはまるでたじろぐ事も無く、バトルに備え構え直す。

 

「餓鬼の癖に中々やるじゃねぇか。だが俺らに逆らったって事は、覚悟が出来てるって事で良いんだよなぁ!?オイ!」

 

 男の怒声と共にカイリキーが動く。瞬間移動と見紛う程の縮地から、勢いを乗せたクロスチョップが放たれる。リザードンはそれに合わせて煙幕を口から吐き出し、文字通り煙に巻くと、瞬く間に背後を取ってつばさでうつ。しかしカイリキーはそれを耐え、リベンジとして大振りの拳を叩き込まんと放つ。

 リザードンはそれを一発、二発、三発、全てを紙一重で避けていく。

 

「つばさでうつ……!」

 

 レッドの指示と共に迫る翼を、しかしカイリキーは敢えて翼を身体で受け止め、四本の腕のうち二本に全霊の力を込めて掴み取った。

 離れられなくなったリザードンを、残り二本の腕で鯖折りするように締め上げ、更に動きを封じていく。ねっぷうを受けども、かえんほうしゃを受けどもカイリキーは腕を離す事無く締め上げ、そのままリザードンの両足裏に自身の足を絡ませ、車輪の如く回転しながらリザードンを地面に幾度と叩きつけていく。

 

「こいつァ只のじごくぐるまじゃねぇ……限界まで技を突き詰め、自分まで反動食らうようなチンケな技から昇華させた正真正銘の地獄車よォ!」

 

「……面白い」

 

「あァ?」

 

「強い相手とのバトルは……面白い……!」

 

 呼応するように、リザードンの尻尾の炎が一層激しく燃え上がる。地面に幾度と叩きつけられながらも、口から放たれた猛火はほのおのうずと化し、カイリキーの身体を焼き焦がす。

 技が決まり切っていた事で油断していたカイリキーは、不意の反撃に僅かに力が緩む。リザードンはその隙を着いて離脱すると、そのまま距離を取る。

 距離を取ったリザードンに対して、カイリキーは再び技を仕掛けんとするが、脚が思うように動かない。気付けばカイリキーは渦を巻く炎に身体を縛られ、身動きの取れない状態に追い込まれていた。

 

「これで終わりだ……きりさく!」

 

 リザードンの爪がカイリキーの胸元を深々と切り裂く。根性で耐えていたカイリキーも遂に限界が訪れたのか、地面に膝を突き、そのまま倒れ伏した。

 

「……僕の勝ちだ」

 

「あァ……テメェの勝ちだ」

 

 男はボールにカイリキーを戻し、負けを認めると、後ろの集団にも撤退するように命令を出す。先程の戦いを見て明らかに勝てる相手ではないと理解している為か、その動きは迅速だった。

 

「チッ……アポロの命令に従って来てみりゃこんな餓鬼がいるなんて、今日はついてねぇな……」

 

「アンタら、何者?」

 

「今更それ聞くか?……俺らはこのカントー地方を裏から操るロケット団、そして俺は幹部のヴァストクだ。……餓鬼、覚えとけよ。今回はテメェの強さに免じて退いてやる、強い事は正義だからな。だが次は本気でお前をぶっ殺す」

 

 ヴァストクは捨て台詞を吐いて部下と共に去っていった。

 ロケット団に目をつけられたレッドは、今後も彼等と戦いながら旅を続けていくことになるだろう。

 だがレッドの心には一片の不安も恐れもない。むしろ今まで以上に多くの相手と戦える事に喜びを感じていた。

 

────────

 

 タケシはどんな気持ちでレッドさんと戦ったんだろう。蚊帳の外の僕はキメ顔でそう思った。

 

 




色々あって期間が空いてしまいましたが、ダンバル入国決定記念に戻ってきました(激遅)。
次回も気長に待っていただけると助かります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。