大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

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第八話、そして人工の悪魔来たりて。

 お月見山を無事に踏破し、やって来たのはハナダシティ。水タイプを専門として扱うハナダジムの他、何故か異常な生態系が築かれているハナダの洞窟、法外な値段で品物を売り付けてくる自転車屋、名前がヤバすぎる金た……ゴールデンボールブリッジなど、色々と見所がある街である。

 

 僕はここでレッドさんと別れ、タマムシ大学に戻る事にした。彼の旅路の邪魔をするのは流石に悪い、より正確には僕の心臓に悪い。いやだって、ねぇ?

 レッドさんがポケモンセンターでリザードンを回復させている間に幾らか言葉を交わした後、物陰でエアームドに掴まってそらをとぶ。何故エアームドなのかと聞かれれば、万が一見つかってもジョウトにもいるポケモンなので多少誤魔化せるからである。最悪ホウエン地方出身の鋼タイプ使いとさえ思われなければ、まあそう簡単にバレることは無いだろう。エリカにはほぼノーヒントで見抜かれたが。

 暫く空の旅を続け、滅多に人の居ない自宅マンションの屋上に降り立つ。そのまま部屋に戻り、一度シャワーを浴びてから研究室に戻ると、部屋の中にはエリカしか居なかった。どうやらミツハルは別の用事で外に出たらしい。間が悪い。

 一先ず保管用のケースに仕舞われた化石をミツハルのデスクの上に置いておく。

 

「久しぶりだね、君がここに来るのは。随分忙しいだろうに」

 

「これでも手際は良い方ですから、息抜きする程度の時間は作れますわ」

 

 エリカは今、ジムリーダーと大学生の二足の草鞋を履いている。タマムシの顔としての役目をこなしながら、学業まで両立させるのは並大抵の事では無いだろう。というか尋常じゃない位にしんどい。僕もデボンの仕事を回しながら、チャンピオンとしてホウエン各地のイベントに出席したり、エキシビジョンマッチでバトルなんかもしていたのだ。その忙しさは痛い程によく分かる。

 というかもっと言えば、リーグチャンピオンになるよりもジムリーダーになる方が余程大変だと僕は思う。

 リーグチャンピオンになる条件は、各地方のジムを全て制覇する事でバッジを集め、四天王を全て打ち倒した上で前チャンピオンに勝つ事だけだ。

 こんな言い方をするのは失礼かもしれないが、極論バトルさえ強ければ誰でもなれるチャンピオンと違い、ジムリーダーになるまでの過程は長く険しい。

 

 まず初めにそれぞれのジムに認められる、推薦されるなどの形でリーダー候補生になる必要がある。当然後継者候補として公的に認められるのは簡単な事でなく、推薦を受けた上でリーグ監修の筆記試験に合格し、実技試験においても十分な成績を残さなければならない。

 そこから更にジムリーダーとしての仕事を学びつつ、バトル施設運営用の免許やその他複数の資格を取得。更には自分以外の候補生達との勝ち抜き戦を制し、最後に前ジムリーダーとのバトルに勝利する事で初めてジムリーダーになれるのだ。

 ちなみに他のパターンとして、ジムリーダーになる事が最初から殆ど決まっているパターンもある。一族経営のジム……カントーで言えばニビジムやセキチクジムがこれに該当する。この類のジムでもジムトレーナーやリーダー候補生を養成はするが、それ以上に血縁者に力を入れて育てる関係上、親類縁者以外がそのジムを引き継ぐ事はまず無いと言っていい。

 また、前ジムリーダーが運営に回っている場合に限り、資格取得の義務は免除される。無論前任が運営からも退くまでに資格を取得できていなければ権利は剥奪されるが。

 他にも既存のジムに四天王立ち会いの元で決闘を申し込み、勝利する事でジムそのものの権利を手に入れるという制度もあるが、こちらはそもそも事例が少ない。具体的な例として挙げられるのは、ヤマブキジムがこの制度を利用して、旧ヤマブキジムこと格闘道場からジムの座を勝ち取っている事くらいだろうか。

 単純な仕事の量や拘束時間でいえばチャンピオンもジムリーダーもそう差は無いのだが、地方そのものの顔でありどちらかと言えばタレントに近い扱いであるチャンピオンと異なり、ジムリーダーは各都市の管理や治安維持にも努めなければならないのだ。

 さしものエリカも多忙な日々には疲れているようで、普段よりも少し言葉に覇気が無い。

 

「それよりダイゴさん、貴方は何処へ行ってらしたのですか?」

 

「ああ、ミツハルに頼まれてお月見山にちょっとね」

 

 事の経緯を簡単に話す。

 お月見山で化石をふたつ見つけた事、レッドさんという強いトレーナーの少年に出会った事、ロケット団に絡まれたものの、レッドさんがリザードンで撃退した事。

 要点を掻い摘めばそんな所だろうか。

 話した中でも特にロケット団の話についてはかなり食い付きが良く、かなり質問された。最近になってロケット団の行動が突如として活発化しており、彼女がジムリーダーになってから、以前よりも改善されていたはずのタマムシの治安が、ロケット団の活動に巻き込まれる形で再び悪化してきているらしい。

 エリカはこの街のどこかに彼等のアジトがあるのではないかと考えて捜索してはいるのだが、それらしきものが一向に見つからず、場当たり的な対処をする事しか出来ないが為に、後手後手に廻らざるを得ない状況が続いているのだとか。

 流石に自分の住む街に関わる問題なので、僕自身もこの街の中……特にゲームコーナーとかゲームコーナーとかゲームコーナーとかを隈無く探ってみた事がある。しかしどのポスターの裏を見てもスイッチらしきものは見当たらず、何処から出入りしているのかまるで分からなかった。仮に違う場所にあるのであればもう完全にお手上げである。となれば、もっと別のアプローチで彼らのアジトを見つけ出さねばならない。

 

「実は私に良い考えがあるのですけれど……もし宜しければ協力して頂けますか?」

 

「僕に出来ることなら。それで、何をすればいい?」

 

 幸いにもエリカには既に策があるらしい。坂道を転がり落ちたり爆散するようなものでさえなければ、こちらとしては協力を断る理由が無い。

 作戦について詳しく聞こうとしたその時、間の悪い事にミツハルが戻ってきてしまった。

 

「なっ、ななななっ、かっ化石だ!これは化石だ!化石だな!?化石ってなんだ!?いや化石だ!!!!」

 

 本物の化石を前にして狂喜乱舞するミツハルを前に、僕とエリカはドン引きしていた。いや君がそういう人間なのは知っていたけれども、流石にテンション上がり過ぎじゃないかな。シンプルに怖い。

 

「ダイゴ!ダイゴくん!ダイゴさん!ダイゴ様!ありがとう……あ゛り゛が゛と゛ぅ゛……!!!」

 

 ミツハルは僕の方に振り返ると、号泣しながら縋り付いてきた。大の大人がこんな事で泣くんじゃない。いや本当に服が汚れるから、ほら早く離れて。涙と鼻水で服が酷い事になってるからやめて本当に。エリカも笑ってないで早く助けて欲しい。

 僕のボールから飛び出してきたレアコイルが、ミツハルにでんきショックを浴びせた事で事態は収まったが、空気感というかなんというか、色々と滅茶苦茶になってしまったので、ロケット団の件に関しては後日また話し合うという事で今日の所は解散した。

 

 その後ミツハルが意識を取り戻したのは翌日の昼過ぎだった。当然講義には遅刻していた。致し方無し。

 

──────────

 

「動くな。声を出したらどうなるか……分かるだろう?」

 

 全身黒づくめで、胸元に赤いRの文字が刻まれた服を着た男……ロケット団の下っ端は、路地裏で何者かに背後から襲われ、このカントー地方ではそうそう見かけないポケモン──エアームドの刃の如く鋭利な翼を首元に突き立てられていた。

 恐怖のあまり声を出しそうになるのを必死で抑え、男は頷く。

 

「宜しい。……決して振り向かずに服を脱げ。装備も全部だ。下着までは必要ない」

 

 要求の意図は分からないが、逆らえばどうなるかは火を見るより明らかである。下っ端は一心不乱に服を脱ぎ、その場に捨てていく。ベルトに纏めて装備されていた小型の無線機やモンスターボールもまとめて外し、文字通り身ぐるみを全て剥いだ状態となった。

 

「有難う」

 

 突然の感謝に困惑する下っ端の意識は、いつの間にか現れたレアコイルの電撃によって飛んでいった。下っ端を脅していた謎の男は彼が倒れてくるのを受け止めると、両腕両足を縄で縛って近くに転がす。男は先程まで下っ端の着ていた服に着替えると、今度はベルトに装着された無線機を取り外し、他の部隊に連絡を取った。

 

「タマムシ北東のポケモンセンター付近でイーブイを発見。繰り返す、タマムシ北東のポケモンセンター付近でイーブイを発見。現在対象はタマムシマンション屋上へ向かって逃走中、至急応援を願う」

 

『今はそれどころでは……待て、イーブイと言ったな?こちらD班、今すぐそちらに向かう!』

 

 その男は無線機を仕舞うと、傍に控えていたエアームドに掴まり、自身もタマムシマンションの屋上へと向かう。到着した先では既に、ロケット団員複数人が意識を失って倒れ込んでいた。……一人を除いて。

 

「思っていたよりも上手く行きましたわね」

 

「これで潜入は出来そうかな?」

 

 そう、謎の男の正体とは……ツワブキ・ダイゴです。

 エリカの立てた作戦を簡潔に説明すると、ロケット団員から服を奪って潜入するというシンプルなものだ。

 まず最初に僕が男の団員を襲撃し、服を奪う。その後で無線機を使って他の団員達を誘き寄せ、彼等の意識をねむりごなで奪ってから女性団員の衣服をエリカが奪う。そのまま彼らが居なくなった事がバレないうちにアジトに潜り込んでしまえば、後はもうこっちの物だ。

 スケジュールの調整や彼らの使うルートを粗方把握するのに一週間程かかってしまったが、今日ようやく作戦を決行に移したという訳である。

顔に関してはロケット団規定の帽子を被るのに加えてマスクをする事で誤魔化す。変装の完了した僕達はそのまま予め調べておいたルートを歩き回り、団員を見つけて話を聞く。

 

「すいません、私……アジトへの入り方を忘れてしまったのですけれど、もう一度教えて頂けませんか?」

 

「は?お前正気か?……まあ新人っぽいし仕方ねえな。ゲームコーナーの一番奥のポスターの裏にある壁を押し込んで、出て来るスキャナーでRバッジを認証すんだよ。お前らも持ってるだろ?」

 

「ご丁寧にありがとうございます。それでは」

 

 聞き終わるや否や、ボールから飛び出したラフレシアのねむりごなが炸裂する。驚く間も無く眠りについた団員から赤いR型のバッジを奪い、ゲームコーナーへと向かう。

 最奥のポスターを捲った裏の壁には、先程の団員の言っていた通りの仕掛けが施されていた。いくらなんでもノーヒントで見つけるの厳し過ぎない?

 出てきたスキャナーにRの形をしたバッジを翳すと、壁が縦に割れ、地下へ繋がる階段が現れる。

 僕とエリカは顔を見合わせると、互いにボールを構えて下の階へ突入していく。

 

 しかしそこは既に、もぬけの殻となっていた。

 

──────

 

「リザードン……きりさく」

 

 赤い帽子を被った少年、レッドの指示と共にリザードンの爪が相手のポケモンを切り裂く。次々に襲い来るロケット団のポケモン達を、歯牙にも掛けずに薙ぎ払っていくリザードンを前に、下っ端たちは敗北を悟ったのか、ボールも投げ捨てて逃げ去っていく。

 

「おい、レッド!そっちは終わりそうか?」

 

 茶色の髪を逆立てた少年、グリーンはカメックスに指示を出し、同じくロケット団のポケモン達を蹴散らしながらレッドの方へ駆け寄っていく。優に百体を超えるであろうポケモンを倒したというのに、リザードンもカメックスも息一つ切らしていない。

 

「……見ての通り」

 

「あー、テンション低いなぁお前。やっぱりあの中には強いヤツいなかったか。こっちも全然だぜ」

 

 心底詰まらなさそうな表情のレッドと同様に、グリーンもまた、余りの呆気なさに拍子抜けだと感じていた。ロケット団のアジト……それも最深部であろう地下四階まで来たというのに、碌なトレーナーが一人もいないのだ。ポケモンを好き勝手利用する悪の組織を潰したいという気持ちと同時に、レッドが遭遇したという強い幹部に出会う事も期待してやって来た二人からすれば、面白くないと感じるのも当然の事ではあった。

 

「……そういえば、これ」

 

 突然何かを思い出したレッドは、ポケットの中に手を突っ込むと、Rの文字が刻まれた鍵を取り出した。

 

「多分、エレベーターの鍵。さっき拾った」

 

「エレベーターの鍵なんて今更拾っても……いや、成程そういう事……これに気づいちゃうなんて、やっぱオレ天才?」

 

 今一つ何の事か分からないレッドに対して、グリーンは上への階段を上りながら説明する。今までは鍵が無かったせいで使えないにしても、エレベーターの乗降ロビーが各階にちゃんと備わっていた。にも関わらず最下層である地下四階にはそれが無い。となれば、上の階からエレベーターを使って降りてくれば、階段からは繋がっていない地下四階の部屋に繋がる可能性が高い。

 ドヤ顔で解説するグリーンに対して、やはりレッドはいつも通りの無表情であったが、説明には充分に納得が行ったらしい。二人とも喜び勇んでエレベーターに飛び乗ると、B4Fと書かれたボタンを押して降りていく。

 エレベーター特有の軽快な電子音と共に扉が開く。地下四階に到着すると、グリーンの見立て通り今度は全く違う場所に繋がっていた。

 相も変わらず突っかかってくる団員達を薙ぎ倒しながら、先へ先へと進んでいく二人は、他と比べても明らかに頑丈であろう扉の前に辿り着く。しかしその扉の前には、二人の男が立ち塞がっていた。

 

「おォ、餓鬼の侵入者が来たっつーからそうじゃねぇかとは思ってたが……やっぱりテメェか、化石の餓鬼ィ!」

 

「……ヴァストク、まさか貴方はこんな子供に負けて尻尾を巻いたというのですか」

 

「おい、アポロ。餓鬼だからって甘く見んじゃねぇぞ。こいつはガチだ、俺が戦ってきた中で四番目に強ェ」

 

 ヴァストクは腰のホルダーからボールを取り外すと、カイリキーを繰り出す。その胸にはリザードンに切り裂かれた傷跡が依然として残っており、瞳には凄まじい怒りと闘志を滾らせている。

 

「もう一人の少年は……ああ、成程。近頃我々の動きを邪魔をしている少年が二人もいると思ったら、お友達でしたか」

 

 アポロと呼ばれたその幹部はレッドとグリーン、そして彼らの手持ちであるリザードンとカメックスの事を値踏みするように睨め付けると、左右に装着したホルダーの内、右腰のものからボールを取り外し、マタドガスを繰り出した。

 

「お前達を消すのにはこれで充分でしょう。……我々のアジトに土足で踏み込んだ罪、この場で償ってもらいましょうか」

 

──────────

 

 濃縮された有毒物質の塊が空中で凍り付き、砕けて爆ぜる。マタドガスのヘドロばくだんをれいとうビームで迎撃したカメックスは、続けて背部の大砲左側から水の砲弾を連続射出する。撃ち出されたみずでっぽうは、右の大砲から放たれたれいとうビームを受ける事で氷塊と化す。高速で迫る数多の氷の弾丸に対し、マタドガスは片方の口を開き可燃性のガスを放出し、もう片方から火種を吹き出し着火する。かえんほうしゃを受けた氷塊は、マタドガスまで届く事無く溶かされ消えた。

 

「その程度の技で通用するとでも?」

 

「だったらこういうのはどうだ!」

 

 カメックスは身体を甲羅の中に引っ込めると、回転を始めた。それと共に左右の大砲から凄まじい勢いで水流を放出し、更にその回転速度を高めながら、高速でマタドガスへと突撃する。

 カメックスを撃ち落とさんと放たれたあくのはどうもヘドロばくだんも、その強固な甲羅と回転の相乗効果で弾き飛ばし、勢いを落とす事無くマタドガスに直撃する。

 80kgを超える質量との激突に、吹き飛ばされて壁に叩き付けられたマタドガス。それに対してカメックスは己の首を甲羅に入れたまま前傾姿勢を取ると、力強い踏み込みと共に突進を仕掛ける。カメックスはぶつかる瞬間に頭を甲羅から飛び出させ、全体重を乗せた頭突きを叩きつけた。マタドガスは壁とカメックスに挟まれ、衝突エネルギーを余すこと無くその身に浴びる。

 こうそくスピンからロケットずつきの連撃を食らったマタドガスは、急激に体力を削られ、思うように身体を動かすこともままならなくなってしまう。

 

「何をしているのです、マタドガス」

 

 しかしアポロの声を聞くと、体に力を込めて再び浮き上がり、カメックスに向かって全身全霊で飛びかかる。

 至近距離まで近づいたマタドガスは、一瞬反応の遅れたカメックスに対してシャドーボールを何度も叩きつける。接射で放たれ、更に零距離で炸裂するそれはマタドガス自身の身をも削っていく。六発目のシャドーボールを放つと共に、マタドガスは反動で力尽きた。

 四発目からはまもる事でダメージを軽減したカメックスだったが、それまでの三発分は完全に直撃しており、かなり体力を消耗している。

 だがグリーンの懸念はそこではない。

 

「お前……随分酷いじゃないの、自分のポケモンに自爆同然の動きをさせてるってわかってんのか?」

 

「だからなんだと言うのです。所詮ポケモンは消耗品、結果を出すものには価値があれど、出さないものに価値は無い。そのように調教してきたからこそ、己の価値を示そうと動いた。それだけの事でしょう?」

 

「ああ、テメーが最低な野郎って事はよく分かったぜ」

 

 ポケモンが自発的に、自傷覚悟で動くという事は決して無い訳では無い。その多くの場合はトレーナーやブリーダーとの絆が故である。祖父がポケモン博士であり、自身もまたトレーナーの一人であるグリーンも、そういった人間とポケモンの絆というものを信じて育ってきた。

 だからこそ先程のマタドガスの行動に疑念を持った。自分の目の前にいる男……アポロは、どう贔屓目に見ても繋がりを大事にするような男には見えない。ロケット団という組織そのものがポケモンと人の絆を否定し、踏み躙るような組織であり、その幹部ともなれば当然の事ではある。

 だが先程のマタドガスの動きを見て、本当はポケモンを大事にする人間なのではないかという僅かな可能性を考えざるを得なくなった。だからこそ敢えて問うたのだ。しかし彼は臆面も無く、「ポケモンは道具も同然である」と言い切ったのだ。お陰で何の引っかかりもなく思う存分に叩き潰せる。

 アポロが二体目のポケモンを出そうとした時、不意に動きを止め、彼自身の耳に取り付けられたインカムに手を当てた。彼にとって何らかの良い報告が入ったのか、先程まで苛立ったような表情を浮かべていたのが和らぎ、その口角は僅かに上がっていた。

 

「……これ以上時間を掛けるのは惜しい、行きなさい」

 

 アポロは再び右腰のホルダーからボールを取りだし、今度はマルマインを繰り出す。マルマインはその場に現れるや否や一気に加速してカメックス……否、カメックスとリザードンの両方へと近づいていく。

 

「なっ、不味……!」

 

「だいばくはつ」

 

 アポロの指示と共に閃光が迸る。体内に蓄積された膨大な電気エネルギーを暴走させたマルマインの身体から莫大な電力が放出され、瞬く間に大爆発を引き起こした。

 巻き込まれたカメックスとリザードンは辛うじて立っているものの、息も絶え絶えであり、かなり危険な状態にまで追い込まれている。二匹は主であるレッドとグリーンを守る為に体を張って爆風を防いでおり、結果として必要以上にダメージを負ってしまっていた。

 

「テメェ、アポロォ!俺とこいつの戦いに手出ししやがったなァ!」

 

「たった今報告が入りましてね、例の物が完成したそうです」

 

「……アレが本当に完成したってのか?」

 

「ええ、なので貴方の私闘に付き合っている場合ではなくなりました。ボスが我々を迎えに来るそうですから、バトルはこれで終わりです」

 

 アポロから飛び出した「バトル中止」の発言を聞いたヴァストクは、依然として熱り立つカイリキーを無理矢理にボールに戻す。その顔からは完全に血の気が引いている。彼等の言う『例の物』が、少なくともヴァストクにとっては余り良い物ではない事は明らかだった。

 

「例の物ってのがなんなのか、折角だから俺達にも教えてくれよ」

 

 自身のエースが追い込まれ、更にこれから敵のボスがやってくるという最悪な状況下にありながらも、グリーンは気丈に問いかける。

 

「コイツの事だよ、少年」

 

 突如として、二人の背後から威厳と共に恐怖を感じさせる声が掛かった。レッドとグリーンは咄嗟に後ろを振り返るが、そこには誰もいない。二人の頬を汗が伝う。

 再び前に顔を向けると、先程までそこにいなかった筈の男が、見た事も無いポケモンを連れて立っていた。

 

「ボス……なんでアンタが態々此処に……」

 

「ついでのようなものだ。我々に楯突く少年達というのが一体どれ程のトレーナーなのか、少し興味が湧いたのでな。……だが残念ながら、彼等には私に挑むだけの実力は無いらしい」

 

 ボスと呼ばれた男は、レッドとグリーンを一瞥しただけでそう判断した。普段ならば彼等も突っかかっていく所だったが、何も言い返す事が出来ない。男は、今のままでは何をどう足掻いても敵わないと二人に感じさせる程の圧倒的な風格を身に纏っていた。

 

「ああ、そうだ。折角だから君達にも紹介しておくとしよう。これは世界にただ一体だけのポケモン、我々が総力を挙げて作り上げた最強の生物──ミュウツーだ」

 

 全身を物々しい機械の鎧に包まれた二足歩行のポケモン──ミュウツーは、サカキが彼の事を紹介すると共に姿を消す。

 テレポートによって一瞬で眼前に迫ったミュウツーは、リザードンとカメックスが反応する間も無く、至近距離から超能力を纏った拳を叩き付ける。溢れんばかりのサイコキネシスを乗せた一撃は二体の身体を後方の壁にめり込ませ、彼等が消耗していたとはいえ、ただの一撃で完全に意識を刈り取っていた。

 

「リザードン……!」

 

「カメックス!……クソォッ!!」

 

 絶望感が襲う。例えどれほどの傷を負っていたとしても、リザードンもカメックスも反応すら出来ないような攻撃は今まで一度だって受けた事がない。ましてや踏ん張りも効かずに壁に叩き付けられた事など以ての外である。

 ミュウツーと呼ばれたポケモンからは、それを連れたボスとは対照的に何の風格もオーラも感じられない。ただただ不気味だった。圧倒的な強さを持つポケモンというものは、どんなものであれ何かしら他とは異なる風格を持っているものである。しかしミュウツーにはそれが無い。まるで生まれたてのポケモンのように何の覇気も感じられない。

 にも関わらず、他の手持ちを出したとしても届かないと直感させられる程の圧倒的な力を持っている。それが一層、ミュウツーへの恐怖を引き立たせていた。

 

「では、さらばだ少年達よ。君達も大人になるといい。絶対的な力の前では、子供の手など無力であるという事を知ってな」

 

 ミュウツーのテレポートによってロケット団のトップ三人は何処かへと消え去った。

 後に残されたのは胸に去来する敗北感を拭えない二人の少年。彼等は自分のポケモンをボールに戻すと、ただ黙ってその場に立ち尽す事しか出来なかった。

 

────────────

 

 僕達が最下層まで辿り着いた時には既にロケット団は全員姿を消しており、レッドさんとグリーンだけがその場に残されていた。……グリーンってこのタイミングで出てきたっけ?

 憔悴し切った……と言うよりむしろ、何かに絶望したような表情を浮かべるグリーンと、文字通りに苦虫を噛み潰したような顔をしたレッドさんをエリカに保護してもらい、その間に最奥の研究所らしき部屋を調べる事にする。

 暫く調べたが、研究資料の殆どは処分されていた。やはりと言うべきか流石と言うべきか、彼等もプロとしてアジトが発覚した場合の事は想定していたらしい。結局大したものも見つからなかったので、後の事を警察に任せて、二人から何があったのかを聞く為に彼等をタマムシジムまで連れて行く。

 傷だらけのリザードンとカメックスを回復装置に乗せ、彼等の傷を癒している間、二人──と言ってもほとんどグリーンが喋っていたのだが、はゆっくりと自分達の見たものを語ってくれた。

 

 ロケット団のアジトへの入り口は、彼らが「どちらが先に景品のポリゴンを手に入れるか」を競って躍起になっている時に、団員らしき男が店の奥に消えていくのを見かけ、尾行した事で気付いたらしい。

 その場で下っ端の男を倒し、ゲームコーナーの地下にアジトが隠されている事を聞き出した二人は意気揚々と突入した、という訳である。

 その最深部で彼らが遭遇したロケット団のボス……まず間違いなくサカキであろう男が連れていたポケモン。二人は、その今まで見たことも聞いたことも無いポケモンが、ミュウツーと呼ばれていたと言っている。

 ミュウツー。何度か聞き返したが、やはり間違いはないらしい。……いや、これどうしたらいいの。ミュウツーと言ったら、それはもう思い浮かぶポケモンが一体しかいない。あのミュウツーで間違いないだろう。

 四天王もライバルも倒し、チャンピオンとなったレッドさんが初めて戦うことを許される相手……事実上の裏ボスと言っても過言では無いポケモンだ。

 確かに作品によってはロケット団が生み出したことになっていたり、一時的にサカキが手持ちにしていた事もあった。だがいくらなんでもタマムシの時点でサカキが連れているなんて事は流石にあってはならないんじゃないかと思う。あまりにも戦力差が惨過ぎる。

 

「……オレ、マサラを出てからずっと無敵だったんだ。どんな相手も楽勝でぶっ倒して、最後にはチャンピオンの座でレッドと戦うつもりだった……でももう自信ないんだ……もしまたあのミュウツーとかいうポケモンと、ロケット団のボスとバトルするってなったら……そう思うと怖くて堪らない……情けないよなぁ……」

 

 グリーンの心は既に折れかけていた。たった一度の敗北だが、与えられたプレッシャーと絶望感は並大抵のものでは無い。

 むしろあのミュウツーとあのサカキという最悪の組み合わせを前にして、未だ成長過程の彼が生きて帰って来られた事は幸運だと言ってもいい。それを彼自身も感じているからこそ、弱気になっているのだろう。何せ今回はたまたま見逃されたというだけなのかもしれないのだから。

 

「……勝ちたくないのか」

 

 そんな彼の弱音に反応したのはレッドさんだった。彼はグリーンの胸ぐらを掴むと、無理やりに持ち上げる。

 

「見返してやりたくないのか。……馬鹿にされて、見下されて……真っ向から勝って認めさせてやりたくないのか」

 

「オレはお前みたいにバトル馬鹿な訳じゃねぇ……。それにあのおっさんにも言われただろ。大人になれって」

 

「……大人になれば勝てる訳じゃない。……ここで逃げたら、一生負けたままだろ」

 

 レッドの言葉に対し、グリーンは何も言い返せなくなる。当然だ。ライバルがそれでも立ち向かうと言っているのに、自分だけがここで折れて道を自ら閉ざそうとしている。諦める事を認められない自分がいる一方で、足が竦んで動けない自分もいる。

 この世界でこそ成人ではあるが、年齢も背丈も、彼等はまだまだ子供だ。大人ですら自分の絶望や焦燥感を割り切る事は難しいのに、それが彼らの歳で簡単に出来る方が異常だろう。

 そんな彼等を見兼ねたのか、横でただ黙って聞いているだけだったエリカが口を開いた。

 

「……では、そうですね。私とゴダイさんの二人で、貴方達に稽古を付けて差し上げるというのはどうでしょう」

 

「……それで勝てる?」

 

「ええ、少なくともロケット団如きが相手なら問題ないでしょう。何故なら……」

 

 そう嘯いたエリカは突然僕の頭に手を伸ばすと、被っていたニット帽を無理矢理に剥ぎ取った。グリーンは僕の正体に気付いたのか、エリカが手に持つニット帽と僕の顔を交互に見て驚いている。

 

「ここにいるのは元ホウエンチャンピオン──ツワブキ・ダイゴですから、ね?」

 

 二年前の約束が全身全霊で破られた瞬間だった。

 

──────────

 

「……本当に良いのかい?」

 

「はい。アイツと一緒の特訓してるんじゃ、いつまで経ってもアイツの事越えられないですから」

 

 グリーンは僕達の提案を受けなかった。貪欲に強さを求め、例え相手がどれほど恐ろしくても臆せず立ち向かおうとするレッドの姿勢に、彼も思う所があったらしい。

 

「レッド!オレは絶対お前より強くなって戻ってきてやるぜ!何も恐れねぇ、本当の本当に最強になって、あのおっさんも、いけすかねぇアポロとか言う奴も、お前も!全員ボッコボコにしてやるからな!」

 

「……上等」

 

 レッドと固く握手したグリーンは、調子を取り戻したのか「バイビー!」と別れの挨拶を告げ、振り返る事無く何処かへと歩き去っていった。

 

 

 もう正体がバレたことに関してはどうこう言っても仕方が無いので、開き直って彼等にはダイゴとして接していく事にする。

 という訳で、ここからはレッドさんが自力でミュウツーと戦える段階までパワーレベリングします。じゃあ練習メニューから設定していこう。

 まずは感謝のとっしん一万回からスタートね。兎に角とっしん一万回、他の技でも可。アーマルドもユレイドルも応援してるから頑張れ。

 次はただひたすらにバトルする。寝食も忘れてバトルに没頭してもらう。話を聞いている感じだとどうもレッドさんは格上との対戦経験が少ないようなので、僕とエリカが交代で徹底的に叩きのめす。常勝だけが強くなる道ではない、時には敗北の中から学ぶ事もあるんだよ。

 よって僕のパーティメンバー達にも久々に……本当に久々に本気で戦わせる。あのレッドさんが相手だとしても全く手は抜かない。ミクリと戦った時と同じくらい本気でやらせてもらう。じゃないとミュウツーには勝てないだろうし。

 それと並行してポケモンバトルに関する知識も今以上につけてもらうことにする。ポケモン達が頑張ってるのにトレーナーが座学を投げ出すなんて事はあってはならない。僕に出来たんだからレッドさんにも出来る。というかやってもらう。じゃないとカント―最強のジムリーダーでもあるサカキには勝てない。

 

 幸いにも本人はやる気満々なので、問題は無いだろう。エリカはそこまでするつもりはなかったと言わんばかりにドン引きしていた。特訓内容の殆どは僕が成人前……つまり今のレッドさんよりも若い頃にやってた事なんだから、多分大丈夫。タブンネ。

 

 

 こうして僕とレッドさんの地獄の特訓が幕を開けた。

 

 




このタイミングでヒガナとダイゴ来るとかそんな事ある???
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