大 誤 算   作:ジムリーダーのメモ

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第九話、之は真紅の少年の伝説。(前)

 雷鳴が轟き稲光が走る。超常の波を引き裂きながら地を駆ける電光は、己が輝きを何処までも高めながら只管に突き進む。音をも越えた速度で走る電光が目指す先は、神をも恐れぬ禁忌の所業が生み出した、人の造りし悪魔そのもの。

 眼前の敵を打ち砕かんと拳を振り上げた鎧付きの悪魔を前に、欠片足りとも臆する事無く突き進み、具現化された思念を纏った拳と際限無く輝きを放つ電光が激突する。

 瞬間、世界が爆ぜた。否、そう錯覚する程の衝撃が巻き起こり、立ち上る塵埃の一つまでも消し飛ばす。限界まで圧縮された力が爆ぜ、飛散し、夥しい光となって空間を白く焼き尽くす。

 色彩が取り戻され、そこに立っていたのは────。

 

────────────

 

 修行開始から一週間が経った頃。

 

 バトルの最中、レッドさんが過労で倒れてしまった。

 

 それも無理のない事である。何故なら彼は三日三晩、不眠不休で僕との戦いに明け暮れていたのだから。

 

 人は極限状態に追い込まれると、無意識のうちに掛けられている制限が取り払われるという。俗に火事場の馬鹿力などと言われたりするものであるが、これは感覚に関しても同様である。

 頭の回転が完全に止まり、単純な思考さえままならなくなり、それでも答えを出さなければならない。そんな時、過程を省略して結果を得る力……端的に言えば、直感が研ぎ澄まされるのだ。当然の事ではあるが、戦いは数学ではない。最善の解さえ導き出す事が出来るのであれば、そこに過程となる式が介在する必要は微塵も無い。直感の優れたトレーナーが必ず大成する訳では無いが、大成したトレーナーの多くがソレに優れている理由は、ただ一重に結果を手繰り寄せる力が他者を遥かに凌駕しているからである。これが以前エリカに正体を言い当てられて以降、自分なりに様々なトレーナーを研究して辿り着いた結論だった。

 恐らく次にサカキと戦う時は、正真正銘自分の命を懸けたバトルになる。レッドさんも彼のポケモン達も、そのように確信していたし、話を聞いた僕もまた、そうなるだろうと考えていた。だからこそ実戦でのカン(勘・感)を何よりも早く養う必要があった。

 だが短期間で取り戻すとなれば、当然手段は限られてくる。ましてやいつ再びロケット団が姿を現すかなど彼等以外の誰にも分からないのだ。彼等は犯行の度に律儀に予告を出す怪盗のような輩ではない。集団で幅を利かせ、突然に襲撃し、略奪を繰り返すマフィアである。ならば尚更悠長に時間を掛けている場合では無い。

 

 だからこその荒療治である。

 

 ポケモンはマシンを使って体力を回復すれば疲労は取れるし、多少なれ睡眠不足も誤魔化せる。だが人間はそうもいかない。疲れれば頭は回らなくなるし、眠れなければ気が触れる。水や食事は摂っているものの、何かを口に入れれば完全に回復する程、人の身体は単純では無い。そんな当たり前の事を思い返す程の極限状態で行うポケモンバトルは、レッドさんのセンスを飛躍的に向上させていた。

 相手の一挙手一投足を見逃す事無く観察する事で行動を予測し、頭の中で対応策を組み立て、実行に移す。その一連のプロセスを幾度と無く繰り返し、盤上遊戯の如く互いの一手を積み重ねていくのがポケモンバトルである……と、僕は考えている。そしてこの理屈で行くならば戦う相手が強ければ強い程、より高い精度の予測と素早く柔軟な対応が必然的に求められる筈だ。

 傲慢な言い方かもしれないが、曲がりなりにも元ホウエンチャンピオンである僕は、未だ発展途上のレッドさんとは比べるまでも無く格上である。

 そして自分よりも強い相手との戦いは大きな糧となるが、その一方で敗北を味わうという事は精神的に著しい負担を強いる事でもある。誰だって勝てる方が気分が良いし、負ければ嫌になる物だからだ。増してや睡眠が不足し、精神的にも肉体的にも負荷が掛かった状態では、些細な事でさえ大きなストレスとなってのしかかる。連敗の数字が重なる度に受ける心労は相当な物だろう。

 だがそれでも、彼が音を上げる事は一度たりとも無かった。それは彼のポケモン達も同様であり、どれ程敗北を積み重ねようとも、そこから得られるものを必死に吸収していく。

 半ば拷問じみたやり方ではあったものの、その効果は確実に表れていた。

 現に、レッドさんが意識を失う直前まで彼とポケモン達の感覚は冴え渡っていた。紙一重で攻撃を躱し、相手の行動を的確に潰し、正確に急所を狙って反撃する。バトルにおける基本の全てが極めて高度な領域に到達しており、その読みの精度は第六感と呼ぶに相応しい程に高まっていた。あちらの不利は最後まで覆らなかったが、それでも今のネンドールに手傷を負わせられるのは、僕の知る限りでは彼とミクリくらいなものだろう。

 しかしいくら成果が出たとはいえレッドさんに無理をさせた事は事実であり、彼をジム内の治療室に運び込んだ後、僕はエリカから説教を受けた。

 人に教える事がさして上手くない自覚はあるし、無茶をさせた事も充分理解しているが、流石に現役ジムリーダーの教育方針と比べられるのは酷だと思う。

 

 ちなみに僕は四徹目です。もう慣れた。

 

──────────

 

 先程までバトルしていたはずが、何も無い空間の中を漂っている。既に目を開けているのか、それとも目が開かないのか判別のつかない暗闇の中に光が差す。

 光は道になり、まるで手招きをするかのように僕の所まで伸びてきた。その誘いに乗って、僕は歩いていく。

 眩い光の先にあったのは、過去の記憶だった。

 

 今からどれくらい昔だったか。確かアレはまだ自分が五歳の頃の事だ。

 僕はいつものようにグリーンと一緒にマサラタウンを駆け回って遊んでおり、その日はたまたま彼の提案で、1番道路にある草むらまで行ってみようという話になった。

 当時ポケモンを持っていたのはグリーンだけで、僕は「危ないから町の外に出ては行けない」と、普段から親にキツく言いつけられていたのだが、子供というものはダメと言われれば言われるほどやりたくなるもので、見つかれば叱られると分かっていても好奇心を抑える事が出来なかった。

 大人達にバレないように隠れながら町の出口まで辿り着いた時、草むらから突然リザードンが飛び出してきた。突然の出来事に思わず逃げ出しかけたが、よくよく観察すれば、そのリザードンは全身が傷だらけで、今にも死んでしまいそうな程に疲れ果てていた。

 グリーンは助けを呼ぶ為に全速力で駆け出し、僕は少しでも傷を治してやろうと、近くの木からオボンの実を取ってきて半ば無理やりに食べさせた。暫くしてグリーンが大人たちを連れて戻ってくると、リザードンはすぐさま運ばれて行く。それを追って僕達も研究所へと向かっていった。

 グリーンのお祖父さんでもあるオーキド博士が、運び込まれてきたリザードンを見るや否や、「有り得ない」と驚いていたのを未だに覚えている。

 リザードンが炎タイプだと言うのは誰もが知っている事だろうし、もし仮に知らなかったとしても、彼等の尻尾で燃え盛る炎を見れば想像が付くだろう。だというのに、そのリザードンは酷い火傷を背中に負っていた。

 炎タイプのポケモンが火傷をするなどという話は聞いた事が無い。困惑する僕達に、一通りの処置を済ませたオーキド博士は本棚から「ポケモン図鑑」と名付けられたアルバムを取り出すと、あるページを開いて見せてくれた。

 そこに載っていたのは、全身が燃え盛る炎で覆われた巨大な鳥のポケモンだった。

 このカントーにはそれぞれ炎、氷、雷を司る三匹の鳥ポケモンがいるらしい。人前に姿を現す事は滅多に無いがその力は凄まじく強大で、一度力を振るえば季節を変える事さえ出来ると言い伝えられて来たのだと、その図鑑には書き込まれていた。

 

「もしかしたら、リザードンは炎の鳥ポケモン──ファイヤーと戦って負けたのかもしれんな」

 

 オーキド博士の言葉を聞いた僕は、ポケモン図鑑を持ったまま駆け出していた。治療を終え、多少なれ傷を癒して寝転んでいたリザードンに対して、僕はファイヤーの写真を突きつけながら「このポケモンと戦ったのか」と聞いた。それに対してリザードンは怒り声を上げて勢いよく立ち上がると、鉄の如く硬化させた鋭い爪でアルバムを切り裂こうとしたが、突然蹲ってしまった。治療を受けたとはいえ、傷や背中の火傷は技を使える程治ってはいなかったらしい。

 言葉は通じないが動きの意味は分かる。彼はファイヤーと戦い、負けた。そして何故かは分からないが、このリザードンはマサラタウンまで死にかけの体を引き摺って逃げてきたのだ。

 

 オーキド博士が研究所でリザードンを保護してから数週間も経つと、傷だらけだった身体も完治し、火傷も殆ど治っていた。にも関わらず、彼は研究所から何処かへ行ったりはしなかった。僕はそんなリザードンが気になって仕方無く、毎日のように足を運んでは彼の事を観察したり話しかけたりして、遂に気付いた。

 

「……怖いんだろ、もう一度ファイヤーと戦うのが」

 

 リザードンは明らかに強い。今まで自分の目で見てきたどんなポケモンよりも風格があるし、その肉体は四天王の連れているポケモンと比べても遜色が無い程鍛え上げられている。だと言うのに彼がこの研究所から今も出ていかない理由は、ファイヤーと戦うのが怖いからなんじゃないかと僕は思った。それは図星だったらしく、リザードンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら唸り声を上げる。

 

「ファイヤーに勝ちたいんじゃないのか」

 

 当然だと言わんばかりに吠えるリザードン。しかし恐怖は拭えないのか、背中の翼は震えている。そんなリザードンの姿が何故だか情けなく思えて仕方がなかった。僕の最も嫌いな事は、昔から一貫して「諦める」事である。やられたらやられた分だけは意地でもやり返すし、何かで負けたら勝てるようになるまで何度でも挑む。最後には誰にも負けない強さを手に入れる事が、一番格好良い生き方だと僕は信じている。

 自分の考えを他の誰かに押し付ける事は良くない事ではあるのだろうが、挑もうとする気持ちを持ちながらも足が竦むという中途半端な状態のリザードンが、僕にはどうしても許せなかった。

 

「僕がポケモントレーナーになったら、絶対にファイヤーを倒して捕まえる」

 

 だから僕はリザードンの手を取って、宣言してみせた。リザードンは口をほんの少し開くと、短く鳴き声をあげる。何を馬鹿な事を言っているのか、と思ったのだろう。

 だが僕は本気だった。ファイヤーだけじゃない、フリーザーもサンダーも、他のポケモンも全て捕まえて、いつかはあらゆるポケモントレーナーの頂点に立ちたい。それは僕の夢でもあるのだ。

 語って聞かせれば、リザードンは先程の小馬鹿にしたような困惑とは打って変わって笑っていた。そして空に向かい、己の心の弱さを全て吐き出すように火を噴くと、僕の肩に手を置いて、真剣な眼差しで見つめてきた。それだけでも彼の気持ちは充分に伝わってくる。

 

「……リザードン、旅に出る時はお前も一緒に行こう」

 

 僕の問い掛けに対して、リザードンは何も言わずに首を縦に振った。ボールを持っていなかったのでゲットこそ旅立ちの日までしなかったが、その日からリザードンは僕のポケモンになった。

 

 

 それから更に数カ月が経ち、六歳の誕生日。父親から誕生日のプレゼントが届いていた。

 僕の父親は滅多に家に帰ってくる事がない。別に会ったことがない訳では無いし、連絡自体が取れない訳でもないが、電話をかけても手紙を出しても返事はなかなか来ないし、酷い時は一年以上も家に帰ってこない事だってある。家族が揃っていた事なんて、物心がついてから数える程しか無い。ポケモンに関連する仕事で様々な地方を飛び回っているらしく、その土産を貰う事や話を聞く事はあるが、具体的に何を目的とした仕事なのかもよく分かっていない。

 そんな父親から届いたものは、中にポケモンの入ったモンスターボールだった。

 

────────

 

 丸一日経って目を覚ましたレッドさんは、明らかに顔つきが変わっていた。何というか、初心を取り戻したとでも言うべきだろうか。そういう気配を感じる。

 起き抜けのバトルでもその研ぎ澄まされた感覚は変わらず……むしろ倒れる前よりも洗練されている。これならばもう無理に追い込む必要も無いだろうという事で、睡眠時間を投げ捨てての耐久地獄は終了とした。

 それからは一日の内、昼を僕とのバトルに充て、夜はエリカの講義を受け、ポケモンについての知識やバトルにおける理論や戦術をより深く理解してもらう。

 確かに正解さえ導き出せれば途中は必要ないとは言ったが、そもそも直感というものは経験や知識の蓄積から引き出されるものである。例え付け焼き刃になったとしても、最低でもレッドさんがサカキを倒す所までは残ってくれればいい……と思っての事だったのだが。

 実際の所、彼は物覚えがすこぶるに良かった。講義を受け始めてから三週間も経たない内にバトルにおける基礎的な戦術の殆どを把握し、判断材料として有効に活用出来るだけの領域に達していたのだ。後に生ける伝説とまで呼ばれる少年であるが故なのか、その吸収力は常人の遥かに上を行っていた。

 

 最終試験としてエリカとバトルしたレッドさんはあっさりと勝利し、レインボーバッジを受け取ると、不満気な顔をしながらもタマムシを後にした。不満気な理由は言わずもがな、ジムの制度が原因で本気のバトルが出来ないままに旅立たざるを得なかったからである。あの大会以降、弛まぬ鍛錬によって飛躍的に強くなったエリカは、今やカントージムリーダー最優とまで称される程に成長していた。そんなエリカと全力で戦ってみたいと考えるのはトレーナーならば必然ではある。レッドさんは最後まで粘りに粘ったが、シオンタウンでロケット団の目撃情報があったと聞くと、流石にそちらを優先して飛び出して行った。

 

 何はともあれ、漸く一息つける……という訳でもない。これから僕はタマムシデパートで、ある人物と会う事になっているのだ。ぶっちゃけ何を頼まれるのか粗方予想がつくので会いたくないのだが、もし逃げようものならカントーどころかあらゆる地方に手を回され、捜索される羽目になるだろう事は簡単に想像出来る。因みに何故タマムシデパートなのかと聞かれれば、それは一重にその相手の行きつけの店がデパート内に入っており、話のついでに特注で作らせていた物を受け取っておきたいのだとか。

 仕方が無いので、ニット帽はそのままに服装をやまおとこスタイルから普段よりやや地味なスーツに着替えてデパートへ向かう。衣料品の売り場に入ると、相も変わらずの奇行が視界に入った。

 

「このマントも中々似合ってるな……いつも以上に貫禄が出て素晴らしい……ほら、見ろシバ。これなんかは君にもピッタリだと思うんだが」

 

「いや、俺はそういうのは……」

 

「遠慮するな、なんなら五着くらい君にもプレゼントしようじゃないか!さあどれがいい?黒一色の硬派なマントか?花柄マントでギャップを狙うか?それとも敢えてのニョロボン柄か?」

 

 カントーにおけるポケモンバトルの頂点にして、リーグに座して挑戦者を打ち倒す最強のトレーナー達──四天王の一人であるシバが、同じく四天王の一人であるワタルに振り回されていた。

 そう、僕を呼び出したある人間とはワタルである。気さくで人当たりが良く、しかしいざとなれば冷静沈着で、的確に指示を飛ばしてどんな難題も解決する……見た目の良さやバトルの強さも相まって相当数のファンが存在するワタルであるが、そんな彼にも凄まじい難点が存在する。

 彼は生粋のマントマニアであり、マントの話をしている時の彼は狂っているのだ。古今東西ありとあらゆる柄のマントを集めて回るのが趣味であり、職務の関係で他地方に足を運べば必ずマントを買って帰り、自宅にはマント専用のクローゼットまで存在するらしい。そこまでならばまだただの変人で済むのだが、彼はそれを周囲にも何の悪気も無しに勧めてくるという質の悪い癖があった。

 ワタルという男は、カントー四天王のリーダーである。それはつまりこのチャンピオン不在のカントーでは文字通りの最強、トップ・オブ・トップという事でもある。そんな彼が善意で勧めてくるものを拒否できる人間は極めて限られる。というかカントーには居ないと言っても過言では無い。彼の提案を無下に出来ず一度貰ってしまったが最後、事ある毎にマントが届く恐怖の日々が幕を開けるのだ。一時期、カントーリーグ所属者は全員マントの着用を義務付けるという案を出した事もあったのだとか。流石にそれは他の四天王を含めたリーグ職員全員の嘆願もあって却下されたらしいが。

 そんな彼と僕は、それなりには見知った仲である。数少ない友達だと言ってもいい。と言うのも、僕がダブルバトルを広める際に相談した相手というのが、当時既に四天王最強のトレーナーとして名を馳せていたワタルだったからだ。

 僕のように予め持っている知識ではなく、自分の思い描く未来予想図としてポケモンバトルの今後を憂いていた彼は、新たなバトルの方式やバトル専門施設の建設など、恐らく未来で実現するだろう事に考えを巡らせていた。先見の明というものがある人間は、一度言葉を交わしてしまえば非常に話が早いもので、トントン拍子にダブルバトルの公式導入が決まり、それ以来定期的に連絡を取り合う間柄となった。カントーに来て以降もそれは変わっていない。むしろ増えた。彼はタマムシデパートにマントを買い付けに来る度に、僕の部屋を訪ねてくるのだ。

 ちなみに一度だけバトルした事があるが、彼のカイリューは本当にバリアーを覚えていた。一体どうやって覚えさせたのか聞いてはみたものの、返ってきた言葉は「気合い」の一言だったので色々と諦めた。

 

「……相変わらずみたいだね、ワタル」

 

「ダイ……ゴダイ君、早かったじゃないか!今日は君のスーツにも合うようなマントを探してきたんだが、どうかな?」

 

「遠慮しておくよ。……それより僕に頼みたい事というのは?」

 

 いつも通り布教熱心なワタルが鞄から取り出したマントを見なかったことにして、早速本題に入るように促す。しょぼくれながらもマントを仕舞い込んだワタルは、真面目な顔でこちらに向き直ると、口を開く。

 

「取り敢えず会計を済ませてもいいだろうか」

 

 どうぞ。

 

────────────────

 

 レッドがシオンタウンでフジからポケモンの笛と彼の思いを受け取り、ヤマブキシティに着いた頃には、既に街は阿鼻叫喚となっていた。

 ロケット団の手により街は攻撃を受け、更に凶暴化したポケモン達が大量に放たれたのだ。その結果街は彼等によって制圧されており、辛うじて動けるトレーナー達が必死に被害を食い止めている状況だった。

 レッドは懐からモンスターボールを取り出すと、リザードンを呼び出し、並み居る敵を蹴散らしながら市街を駆け抜ける。彼は道中で倒したロケット団員の言葉から、地下アジトで遭遇したボスが現在そこで取引をしているという情報を頼りに、シルフカンパニーを目指して突き進んでいた。

 しかしレッドは突如として足を止める。彼の前に見知った少年が現れ、制止してきたからだ。

 

「ボンジュール!レッド、前よりは強くなったみたいだな」

 

「グリーン……」

 

 久々に再会したグリーンの姿は、今までの彼からは想像もつかない程に傷だらけだった。身に纏った衣服はまるでボロ布のようになっており、至る所が擦り切れている。身体中には見える範囲だけでも痣や切り傷などが無数に出来ており、普段から手入れを欠かしていない筈の髪の毛は乱雑なままに伸びきっていた。

 幼馴染の見慣れない姿に困惑するレッドだったが、グリーンはそれを察して口を開く。

 

「お前の言いたい事は大体分かるけど、見ての通り今はそんな話をしてる場合じゃねぇから詳しい話は後だ。……それよりちょっと着いてきてくれよ、人手が足んねぇんだ」

 

「……分かった」

 

 グリーンの先導を受けて向かった先は、かつてはヤマブキジムとして名を馳せていた格闘道場だった。今やその活気は失われ、半ば寂れてしまっていたが、依然格闘術を伝える場所としては健在である。

 近年では珍しいジョウト様式の引き戸を開け、中に入る。何人かのロケット団員達が捕らえられていたが、それを意にも介さずグリーンは進んでいき、続いてレッドも奥へと向かう。

 最奥には応接用なのか道場の雰囲気とは少し趣の異なる部屋があり、そこでは三人の男達が話し合いを続けていた。

 一人はこの格闘道場の長であり、かつては最強の格闘家とも呼ばれた男、タケノリ。

 一人はカントー四天王の一角にして、現・最強の格闘家である男、シバ。

 そして最後の一人は元ホウエンリーグチャンピオンであるダイゴ。

 彼等はこのヤマブキシティをロケット団の手から奪還する為の作戦を考えていた。

 ここまで被害が大きくなった原因は、指揮を執る人間の不在である。ヤマブキのジムリーダーであるナツメは二日前から行方知れずとなってしまっており、連絡もつかない為、捜索部隊が組まれている所だった。そこに狙い済ましたようなタイミングでの大規模な襲撃が起きた事で、普段から街の警備に当たっていたトレーナー達は連携を取る暇さえなく制圧されてしまったのだ。

 この場に集まった三人はナツメの失踪にもロケット団が関わっていると考えており、また行方不明となったのが二日前ということもあり、この街の何処かに幽閉されているのではないかと推測を立てていた。

 だが何をするにも人手が足りていなかった。ヤマブキジムは既に制圧されており、ジムトレーナー達も捕まってしまっている事は確認済み。更に他の街でも、規模は及ばないもののロケット団による攻撃が発生しており、各ジムリーダー及び四天王はその対処に追われていた。重要視されなかったが故か格闘道場には大した実力の者はやって来ず簡単に撃退出来たが、より大人数で再び襲撃されるのは時間の問題だろう。

 これ以上の増援は期待できないとなれば、状況を打開できるのは今この場にいるトレーナー達だけである。しかし現在格闘道場に残っているトレーナーは、タケノリを含めても僅か四名と非常に少ない。門下生達は道場にいる時以外は野試合や山篭りなどで己を鍛えている為、基本的には出払っている事が災いしていた。元ジムリーダーのタケノリを除く三人もまた、トレーナーとしてはかなりの腕前ではあるが、やはり単独でジムリーダークラスかと言われると首を横に振るしかない。

 本来ならば、実力的にもダイゴとシバの二人だけでもこの事態を解決する事は決して不可能ではない。だが動く人数が少なければ、それだけ手の回らない所が増えてしまう。たった六人、それも実力で劣る三人を抱えたままでは、市民やポケモン達の保護をこなしながら安全を確保しつつ、ロケット団を撃滅ないし撤退に追い込むことは困難である。

 しかしここにレッドとグリーンの二人が入ってくれば話は変わってくる。彼らの実力はそれぞれがジムリーダーに匹敵すると言っても過言ではない。彼らは単体で充分な戦力として数えられる、それは即ち戦力の分散が大きな影響を及ぼさないという事でもある。

 彼等二人の追加によって立案された計画は、北にシバ、南にタケノリ、西にグリーン、東に門下生三人がそれぞれ向かって市民の救出を行いつつ、中央にあるシルフカンパニーにダイゴとレッドが乗り込み、ロケット団のボスを退けるというものである。

 最後までダイゴは「いや僕がシルフに行くのは……」と言って渋ったが、事態が事態なので最終的には無理矢理送り出された。

 

──────────

 

 作戦通りにシルフカンパニーへ向かったレッドは、一人でビルの中を駆け回っていた。

 ロケット団にとって最大の目標であったシルフカンパニーの周辺には、当然最も戦力が密集しており、その警戒度も他とは比較にならない程に高かった。そこでダイゴは自らを囮にする事で突破口を開き、ボスとの対決をレッドに託したのだ。

 ダイゴの行動に応える為、そして何より敗北の屈辱を自分に与えたボスを倒す為、シルフ内の団員達を蹴散らしながら先へ進んでいくレッド。しかし最新鋭の技術を駆使して造られたテレポート装置によって部屋を移動するシルフの内部は複雑であり、その不規則さと使用者への不親切度も相俟ってダンジョンの様相を呈していた。正確なマップも持っておらず、屋内で道に迷う、より正確にはテレポート先に迷うというという珍事に見舞われたレッド。彼に対し助け舟を出したのは、シルフ社内に隔離されていた研究者の一人であった。

 

「Mボール……?」

 

「はい、ロケット・コンツェルンと共同開発していた全く新しいモンスターボールでして……恐らく奴らの目的はその試作品を社長から奪い取る事だと思います」

 

 ロケット・コンツェルンもまたシルフに匹敵する大企業であり、ポケモン関連だけでなく飲食や工業など様々な事業を手がける複合企業である。その名前からロケット団との関係が度々噂されていたが、それらをあくまで事実無根として切り捨てており、実際に両者間で繋がりを示唆するようなものは何も無い。

 しかしそれならば、ロケット団は何処から試作品が完成した事を嗅ぎつけたのかという話になる。ましてやMボールは極秘中の極秘で開発が続けられていたものであり、シルフ社内にすら具体的な事を知る人間は少ないのだ。ロケット・コンツェルンとロケット団には噂通りの繋がりがある方がむしろ不自然ではない。

 自身の考えを吐き出した研究者は懐からカードキーと社内のマップデータ、そしてモンスターボールを取り出すと、レッドに手渡す。

 

「このキーとマップデータがあれば迷う事無く社長室まで進める筈です」

 

「このボールは……?」

 

「私達を救ってくれたお礼です」

 

「……僕はまだ何もしてないけど」

 

「危険を承知でここに飛び込んでくるという勇気ある行動……君ならば必ずロケット団のボスを倒してくれると、そう私は確信したんです。だからこれはそのお礼の先払いですよ」

 

 研究者は部屋のテレポート装置を起動させると、先へ進むよう促す。レッドはボールを返すべきか一瞬悩んだが、この研究者の想いを無駄にしない為にもボールと中のポケモンは譲り受け、絶対にロケット団のボスに勝つ事を約束して次の部屋へとテレポートした。

 

 受け取ったマップとキーを使い、最短ルートで最上階へと辿り着いたレッドは、リザードンの体当たりで大きなドアをこじ開けて中に突入する。

 社長室の中には三人。一人はミュウツーによって首を掴まれている老年の男。一人は超能力によって作られた壁に閉じ込められ、意識を失っている長髪の少女。そして最後の一人は、レッドがアジトで遭遇したロケット団のボスを名乗る壮年の男。

 男は突然の来客にさして驚く事も無く、ゆっくりとレッドの方へ振り返る。

 

「君はあの時の少年じゃないか。大人の取引に子供が首を突っ込もうとするのは、余り感心しないな」

 

「……アンタを倒しに来た」

 

「ほう……無謀と分かって敢えて挑むか、良いだろう。その挑戦、受けて立とうじゃないか」

 

 男が指示を出すと、ミュウツーは自らが掴んでいたシルフの社長を投げ捨てた。そしてレッドの方へ向き直ると、飛び出してきたリザードンの一撃をいなし、対峙する。

 

「だがこの部屋はバトルには少し狭いな……。ミュウツー、テレポートだ」

 

 ミュウツーの全身から念波が放たれ、視界が突如として塗り変わる。先程まで社長室にいたはずの四人は、気が付けばシルフカンパニー屋上に飛ばされていた。

 

「さあ、見せてもらおうか。君がどれほど私に食らいつけるようになったのか」

 

「……上等」

 

────────────

 

 轟くような衝撃音で目を覚ました黒髪の少女……ナツメは、眼前で繰り広げられている光景を信じられずにいた。

 

 実体化された超力の刃が降り注ぐ中を、全て紙一重で躱しながらミュウツーに接近するリザードン。眼前に迫った爪をバリアーで受け止めたミュウツーは、両腕に漆黒のエネルギーを形成して射出する。

 リザードンは打ち出されたシャドーボールを翼で弾くと、口から炎を吹き出しながら距離を取った。追撃に動こうとしたミュウツーの身体に炎の渦が絡み付き、一瞬動きを止める。その隙に再び接近したリザードンは、鋭利な爪の一撃で装甲ごと腕を切り裂いた。そのままアイアンテールを叩きつけようとするが、ミュウツーは直撃の寸前で自身をテレポートさせる。リザードンの背後に現れたミュウツーは念力と共に拳を叩き付ける。

突然の背後からの攻撃に、しかしリザードンは怯む事無く高速で振り返り、翼を翻すようにして切り付けた。つばめがえしを受けたミュウツーは、テレポートで距離を空ける。

 

(有り得ない……あのポケモンとまともに戦えるなんて……)

 

 ナツメには自分が最強のサイキッカーであり、また最強のエスパーポケモン使いであるという自負があった。自分の才能と実力で若くしてジムリーダーの地位を勝ち取った彼女にとって、ロケット団などという組織は大した障害では無かった筈だった。

 ジムの陰で動き回っていた下っ端から思考を読み取り、今回の事件を誰よりも早く察知した彼女は、自分が先んじて手を打つ事で被害を抑えようとしていたが、ロケット団のボスである男の連れたポケモン──ミュウツーの前に為す術も無く敗北してしまったのだ。

 今まで鍛え上げてきたポケモン達の技が何一つ通用せず、瞬きする暇さえ与えられずに仲間達が潰されていく恐怖。それはナツメにとって初めての絶望であり、最早どうにもならない存在なのだと諦める程のものだった。

 しかしあの赤い帽子の少年とリザードンは、じこさいせいによって傷を修復するミュウツーに対して攻めあぐねてこそいるものの、互角に渡り合っている。あまりの光景にまだ夢を見ているのかと錯覚したが、床を通して伝わる衝撃とミュウツーとのバトルで受けた傷の痛みが、これは紛れもなく現実であると訴えかけていた。

 

「ほう、随分と鍛え直したようだな。この短期間でこれ程までに仕上げてくるとは……余程優秀な師匠でもついたか?」

 

「アンタには関係ないだろ」

 

「ハッ、それもそうだ」

 

 天高く吹き出した莫大な炎を自ら浴び、全身に纏ったリザードンが吼える。その身を紅蓮の炎で染め上げたリザードンは、翼を強くはためかせ熱風を巻き起こしつつ飛翔する。

 

「リザードン、フレアドライブ……!」

 

 レッドの掛け声と共にミュウツー目掛けて急降下するリザードンに対して、ミュウツーはサイコキネシスを叩き付ける。超高密度の念は重力をすら捻じ曲げ、リザードンの身体を凄まじい圧力が襲うが、それでも尚止まること無くリザードンは突き進んでいく。先の一撃で止まらないのが想定外だったのか、僅かに判断の遅れたミュウツーに対し、リザードンは更に加速をつけるとそのまま激突した。同時に爆発が巻き起こり、炎の柱が立ち上る。

 

「良い技だ。だが……」

 

 しかしその炎は、突如として掻き消された。

 

「僅かに足りんよ、それでは」

 

 全身に傷を受けながら、しかしミュウツーはその場に倒れ伏したリザードンを見下ろしながら立っていた。そのままミュウツーは全身の傷を自己再生しようと試みる。

 

「……今だ、リザードン!」

 

 だがリザードンはそれを防がんと力を振り絞って立ち上がり、ミュウツーに組み付いた。尻尾の炎が激しく燃え上がり、やがて二匹を包み込む。それは更に激しさを増していくが、リザードンが意識を失った事でその火も消えてしまう。

 リザードンを放り捨てたミュウツーは改めて自己再生を行おうとするも、上手く再生する事が出来ない。それまでまるで感情というものを見せなかったミュウツーが、初めて一瞬の狼狽を見せた。

 

「火傷の再生には時間が掛かると踏んでの行動か……。成程、勘も鋭いらしい。だがそれを知ったところでどうする、このミュウツーとまともに戦えるだけのポケモンがまだ手持ちにいるとでも?」

 

 ナツメから見ても、リザードンが先程放った技は素晴らしいものだった。威力速度共に申し分無く、まともなポケモンが相手ならば出しただけで勝負が決まってしまう様な一撃。

 だと言うのに、あのポケモンは依然として立っている。流石に無傷とはいかなかったようだが、伝説のポケモンをさえ想起させる程の異常な強さと耐久力に変わりはない。

 それと渡り合っていたリザードンですら倒されてしまった今、この戦いは決してしまった。そうナツメが思ったその時。

 

「ああ、いるさ」

 

 レッドは懐からモンスターボールを取り出す。何の変哲もないボールである筈なのに、それは電気を帯びていた。

 

──────────

 

 父親から届いたモンスターボールの中に入っていたポケモンは、一緒についていた手紙を読むに無人発電所で見つかったらしく、電気玉という不思議な玉を持っていなければ自分の力を制御出来ないらしい。手紙の最後には「仲良くしてやって欲しい」とも書かれていたが、言われなくてもそうするつもりである。

 しかし常に全身から電気を放出しているそいつは、誰も傷つけたくないのか、それとも自分の強さを過信しているのか、ボールの中に入る事を拒み、誰からも距離を取って過ごしていた。

 ただ、全く誰とも関わらない訳ではなく、僕の話に聞き耳を立てていたり、リザードンとは気兼ねなく話していたりした。ご飯を出せば必ず残さず食べていたし、家から出ていこうとは決してしなかった。

 そんな日々が続き、いつものようにそいつを連れて研究所に行った時の事。研究所の庭で、見慣れない青年がオーキド博士に突っかかっていた。

 彼はマサラの外からやってきたエリートトレーナーらしく、その目的はリザードンを譲り受ける事だった。

 

「誰のポケモンでもないのなら良いでしょう?俺みたいな優秀なトレーナーの物になる方がリザードンも幸せなはずだ!」

 

 集めた四つのバッジを見せつけながら、それが当然の事であるかのように言ってのける青年に対して、リザードンは当然腹を立てていたし、グリーンも怒っていた。

 オーキド博士も「あくまで研究所のポケモンである」として断ってはいたものの、青年は一向に帰ろうとはせず、むしろお金を出して買おうとすらしていた。

 

「……リザードンは僕のポケモンだ」

 

 僕は彼の態度が頭に来て、つい思っていた事が口に出てしまう。僕の呟いた一言を耳にした青年は大声を上げて笑うと、モンスターボールからスピアーを呼び出し、針を突きつけて来た。

 

「だったらバトルしてみろよ、どうせお前なんかじゃ俺には勝てないだろうけどな!」

 

 その発言の直後、雷鳴が鳴り響いた。

 一撃で戦闘不能になったスピアーと、巻き添えを食らって意識を失ったエリートトレーナーが倒れ込む。視界が眩む程のかみなりを落としたのは、僕が連れていたポケモンだった。

 怒りの形相で雷を放ったそいつは、しかし周囲を見渡し、自分のやった事に気付いて怯えるように震え出す。そんな姿を見て、僕はこいつが寂しがり屋だったのだと気付いた。そして手紙の最後に書かれていた「仲良くしてやって欲しい」という言葉の意味をようやく理解した。こいつは自分の力が強すぎる余り、今までずっと孤独だったのだ。

 

 僕は怯えるそいつの頭を撫でながら、ただ一言「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。電気で手が痺れるが、これくらいの事はどうって事はない。オーキド博士もグリーンも突然のことに驚きこそしたが、僕を守ったそいつを褒めていた。

 

 それ以降、そいつはボールに入る事も拒まなくなったし、今までよりも普通に接するようになった。流石に風呂に一緒に入るのは勘弁して欲しかったが、それも繰り返す内に次第に慣れていった。

 オーキド博士の提案したトレーニングでリザードンやグリーンとバトルをするうちに、力の使い方を覚えた事で少しずつ電気を制御できるようにもなってきている。

 

 僕にとって二人目の相棒であるそのポケモンの名前は、そう。

 

────────

 

「……お前の出番だ、ピカチュウ!」

 

 ボールから解き放たれたピカチュウは、その可愛らしい容姿とは裏腹に、夥しい量の電気を全身から放出していた。

 

 

 

 




何とかダイゴさん実装日に間に合わせました。(ギリギリ)

バレンタインチョコならぬバレンタインダイヤを3,000個叩きつけて、ダイゴさんが来るのを待つという粋な計らいを用意してくれたポケマスですが、皆様は無事引けたでしょうか。

四天王のメモください。

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