『ニュース・ヘイズの時間です!今日も世界中の話題をお伝えしていきます』
「あら、もうこんな時間なのね」
ザワザワと雑多な喧騒が鳴り止まない大きな食堂。
その壁に取り付けられている特大の液晶テレビでは、昼のニュースの時間がやってきたことをスピーカーで伝えてきた。
今日も今日とて世界各地に派遣された兵士達のため、そして何よりも大事な給金のためにデスマーチを繰り広げていた整備兵ジェシカ。
彼女はこの時間に見るテレビと盆栽が数少ない癒やしだった。
『本日、7月9日であの大異変から4日目になり、『物理法則変性』がどの様な影響を引き起こしているのか!?専門家のハインリヒ・ライヒ氏と共に解説したいと思います!』
『はい、どうも。ライヒです。今日もよろしく』
『よろしくお願い致します。それでは早速ですが――』
出たわね。
ジェシカは静かに嘆息する。
別に彼等が悪いというわけではないし、このニュース自体も嫌いではない。
けれど、昨日のあのニュースからこぞって世界中の報道機関がこの話題を取り上げ、何処も彼処もこの話で持ちきりだ。
まあ確かに?この異変はこの世に生きる全ての人類にとって身近で他人事では済まない話だから、皆気にせずに居られないという気持ちは痛いほどにわかる。
しかし、しかしだ。
余りにもこのニュースばかりで気が滅入ってしまうのだ。何事にも適切な量というのは存在しないのだ。
だからね、アリーゼ。このチャンネル変えましょう?
え?無理?
他のチャンネルも全部これ?そんなぁ……。
『――という話は先日も述べたとおりです。では、それから一日たった今日判明した新たな情報を解説して頂きたいと思います』
『はい。えー、まず最初に述べたい事として、これは一人の研究者の見解であるということを念頭に置いて頂きたい。それでは新たに判明した事実として……ですが……そうですね、簡潔に述べると、この異変は徐々に範囲や規模を拡げていっているようなのです』
『規模が大きく……?それは一体、どういう事なのでしょうか』
『そうですねぇ……昨日の情報では、上に放り投げたスプーンが上に落ちるだとか、蹴ったボールが重力に逆らって真っすぐ飛び続けるだとか、そういう話でしたね?』
『ええ、それに加えて頭部の毛根が死滅したはずの男性に、新しい髪の毛が生えたという話もございましたね』
ぶふっ!
ジェシカとアリーゼはほぼ同時に揃って吹き出してしまった。
そして一瞬肩を跳ねさせた後、いそいそと周囲に視線を向ける。
この話題に敏感で、誰よりも気にしているであろう人物が居ないことを確認してほっと胸を撫で下ろす。
……そう、何故かと言えば……この会社にも一人いるのだ。
それは社員にはあまり知られていないし、知っている者たちも揃って口を閉ざす極秘情報。
――社長は、ヅラなのだ。
―――社長は、ヅラなのだ……っ!
いくらブラック企業の社長であるとは言え、それ以外の部分はそこそこ好ましい人物に鳴らされた福音。
それをジェシカは嬉しく思う。
「これは……社長には朗報ね」
「ええ!これが実際の薬品なんかで引き起こせるようになれば革命が起きるわよ!」
『そんな奇想天外な事が立て続けに起きていますが……今日、アメリカからとある報せを受け取りましてね。電気工事系の知り合いからなんですが……』
――バッテリーのコンセントには何も手を加えていないにも関わらず、急に電気の球となって飛び出してきたらしいんですよ。
ピシリ、と。
ジェシカのフォークを握る指が固まった。
『これが事実ならとんでもない事ですよねぇ……。これまでは基本的に害がなかったから良いものの、これは下手をすれば――いや、下手をしなくても人死が出る』
『そ、そんなバカな……っ!?……んんっ、失礼………。えー、それはつまり、電気を扱う機械系統は危険物であるということですか?』
『ええ、そうなります。とはいっても、この現代では電気は非常に身近なもの……と、言いますか。この現代社会は電気や機械の上で成り立っています。もし仮に電気の力が使えなくなったとすれば……まあ、数百年ほど文明が後退しても不思議じゃないですね……』
それは正直、こんな一テレビの解説コーナーで発表するべきでは無いと思うのだけれど……?
あまりにもスケールが大きく膨らみすぎて、一周回って失われた現実感のままにツッコミを入れた。
周りの社員たちもやはり実感が無いのか、ザワザワと喧騒を生み出してはいても、決して建設的な会話を出来るわけでもない。
最も、所詮国家には劣るPMCの一食堂の中で、どれほど建設的で意義のある言葉を発した所で意味など無いが。
『そ、それは穏やかじゃないですね……。そrrrrrrrrrに加え――――ttttttttttttttttttttt―――――』
「あ、あら?テレビの調子が変ね……どうしたのかしら。これまだ発売されて1年も経ってない新型なのだけれど……」
「……ジェシカ。アレ、見て……」
え?
呆けた声を発した口はそのままに、ジェシカはアリーゼに促されるままテレビの配線が伸びる天井の隅に視線を送る。
「わぁお……」
バチ、バチ!
幾筋も伸びる配線は天井裏を通り、各部屋に備えられた電源から動力供給を受ける。
それがこの基地の基本的構造だ。
当然それらの施行は専門家が実施しており、定期的にそれらのメンテナンスを実施している。
――にも、関わらず。
十全な工事を受けているはずが、
テレビで専門家が語らっていたさっきの今である。
この場にいる数百の社員達は誰に言われるでもなく、速やかに自分が為すべきことを理解していた。
「いきましょ……」
「ええ」
静かに、焦らず、丁寧に、けれど迅速に。
非戦闘員ではあるが、欠かさず行われていた団体行動の訓練のお蔭で特に動作に困ることもなく、ただ速やかに食堂を後にした。
「これから、どうなるのかしらね……」
青い燐光が宙を舞う。
それらは辺り一面を覆い尽くし、微かな温もりをその場に残して解けていく。
鬱蒼と茂る木々ばかりだったこの場所も、今となっては存在しないはずの青い雪がはらはらと降り注いでいる。
この景色は現代の何処を探しても知る事の叶わない、この世ならざる妖しい美しさを見せていた。
「――。」
シーナは、己の裡から這い出た古い理――
先程までの狂おしいまでの憎悪や悲嘆は中心部まで解けて流れ出し、苦しみに歪んだ表情は微かな笑みへ転じている。
「……きれい」
前に突き出した掌を握りしめれば、粒子がスルリとすり抜ける。
しかし、美しかろうとこれらはシーナの感情を養分として育ち、その上『本物』には遠く及ばない『贋物』、或いは本家から枝分かれし続けた果ての残り滓。
そう、コレはあくまで《もどき》に過ぎない。
……とは言え、シーナはこの大樹が何なのかを詳しく知っているわけではない。
理屈を超えた本能の域であやふやな認識を抱いているのみ。
ただ――どうしようもない懐かしさ、もどかしさ、切なさが胸に刺さった。
「……終わった、のか?」
「ぐぅ……なんか胃がムカムカする……」
「あー、なんかダルイ……」
背後から届く男達の声に、ようやっと我を取り戻したように後ろへ振り向く。
裏返った背後で微かに感じる温もりが、緩やかに解けていくのを感じながら歩みを進めた。
「大丈夫か?『泥』は俺の炎でできるだけ灼いたけど、なんかおかしい所はない?」
「あー……うん、大丈夫そうだ」
「俺も……大丈夫だ」
「僕はトイレに行きたいぐらいだ!」
「行って来いよ!」
「しゃーねえ、連れションと洒落込むか」
アスター、ベン、リチャード、ヘラート、カルライ、ピエール。
屈強な肉体を静かに隆起させ、しっかりと大地を二の足で掴んでいる。
僅かな揺らぎもないその姿を見る限り、確かに無事なようで―――
――ジョンは?
「ぐ、ゥ……!」
「ジョン……っ!」
ジョンは大きな胸を激しく上下させ、激しい苦痛に必死に堪えるように歯を食いしばっていた。
なんで、どうして!?
誰に向けたわけでもない怒声を漏らす。
すぐさま駆け寄ったシーナは動揺を隠せなかった。
――たしかに俺の炎でジョンの体内まで灼いたのに……!なんでまだヤツの影響が……!?
ゴウ!
必死に生を訴える胸部に青褪めた炎が煌々と灯る。
あらゆる不浄を清め――けれどシーナの『決意』によって絶対に外敵を磨り潰すという意思を秘めた『湿った炎』が体内を走り回った。
胸部から心臓へ。
そして心臓から伸びる血流に乗る。
――肺、腎臓、膵臓、肝臓、胃、腸、膀胱、そして脳髄。
筋繊維の隅々まで、骨の髄の奥底まで。
コレまでにない――正直、先程の『汚物』を殺した時よりも高い集中力を以って精査するも、ジョンを蝕む存在は見つけることが出来なかった。
「なんで……っ!」
「ガぁ――!」
強靭な四肢が跳ね回る。
声にもならない獣染みた音を撒き散らし、口の端からは泡が吹き出る。
いよいよ危険な領域に突入している肉体を見て、シーナの思考回路は更に加速する。
脳髄が熱を放ち、精神は重い負荷を受け続ける。
次第に『シーナ』のままでは思考領域が足りないと、『ぼく』に切り替えてまで解決策を模索する。
「ジョンまで失うわけには行かない……でも、どうすれば――!」
肉体の何処にも異常はなく。
周囲にも害を及ぼすものは認識できない。
そもそも害を及ぼす先さえ認識できていないのだから―――
――認識できない場所?
「そうだ――」
唯一、ぼくが触れていない、触れることの出来ない場所がある。
なら、そこに異常が――ジョンの身体を蝕む『寄生虫』が存在する――!
「……ごめんね」
ジョンの頭部を持ち上げた。
静かに瞼を下ろし、か細く息を吐く。
「……よしっ」
ゆっくりと顔を近づける。
苦悶に喘ぎ、ジタバタと跳ね回る身体と頭を押さえつけ――唇を重ね合わせた。
閉じようとする唇を自分の舌でこじ開け、粘膜の接触を通じて
――深く、もっと深く。存在の奥底まで――。
肉体ではなく、魂の内部へと。
深く触れ合った肉体を経路とし、ジョンの核へと炎を廻す。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
深く。
――奥底まで。
トクン、トクン。
――ああ。
見つけた。
トクン、トクン。暖かく、力強く鼓動する眩い光がぼくの瞼に映り込む。
輝かしく、ぼくの■■な人の髄。
人間らしい醜さと美しさという矛盾を内包する美しい魂。
綺麗だ、と思った。
決して失いたくない、ぼくに残された唯一の宝物だ。
大切な、大切な輝き――
そして、それを侵す外敵。
ジョンの魂に触れ、接する箇所から徐々に『呪い』のような穢れが広がっていく。
黒く粘ついているソレは、まるで何処かから伸ばされた掌のよう。
不快だ。
不快だ。
これ以上無く不快だ……!
口腔を通じて炎を吹き込む。
強く、大きく、そしてより純度の高いものを。
ジョンを守り、邪魔なものを焼き尽くすために。
「ア……ぁ――」
黒い掌が燃え上がる。
青褪めた火の粉を散らしながら慌てたように離れていく。
はは、ざまあみろ!いい気味だ!
追い打ちとして炎で追いかけてみるが、超高速で蛇行しながら去っていった。
……だが、掌があるということは、手首があり、腕がある。
そして引き戻されるということは、腕の繋がる本体へ通じるということ。
――ああ、
ぼくの敵。
ぼくからジョンを奪おうとしたクソ野郎。
緩やかに四肢の力が抜けていくジョンの頭を抱えながら、敵の居る遥か彼方――『魔性母胎』の内部を睨みつける。
そしてぼくが睨みつけているように、そこに居るナニカもこちらを見つめた。
一体アレは何なのか?敵であることしか分からない、分からないが……なんでだろう。
とても、
「何なんだ、オマエ……」
……この距離だ。届かないし、返事なんてこないだろうけど口にせずには居られない。
ああ、本当に不気味な――
『ようこそ、我が領域へ』
「は?」
――不明瞭な声が鼓膜を叩く。
それと同時に無性に不快な違和感が脳裏を占めた。
「なんだコレ……!?」
……違和感。
そうだ、違和感だ。
何かがおかしい。なんだ……。
………感触。匂い?
地面に視線を向ける。
やや硬質な繊維を含み、短い葉をもつ雑草。
それがさっきから座り込んだお尻の下で感じる草の感触だった。
――それが、変わっている。
乾ききってパリパリの長い葉っぱ。
気付けば視界に映る全ての雑草は全くの別物になっている。
……ぼくは移動なんてしていない。
植物操作だってしていない……筈、なのに。
――背筋に冷たいものが走る。
バッ、と後ろへ振り向いた。
そこには行動を共にしていた六人がいる筈。
……けれど、さっきまで居たはずの森の広場には何処にも居ない。
「そんな、バカな……」
……ジョンの存在を膝の上に感じたまま、完全に変わってしまった周囲の植生に目を剥いた。
純黒の幹に赤い葉っぱ。その葉っぱは微かに透けていて、幹からは脈動の音が重く響いている。
……そんな樹木なんて、当然ながら見たこと無いし聞いたこともない。
「は、はは……」
ああ、なるほど。
ようやく、世界そのものが
まっことクソッタレである。
なんで今さら?
ぼくたちは一体何時から此処に居たんだ?
何故――ああ、くそ!さっきからパチパチと奔る電流が鬱陶しい。
「なんだよ、これ……異世界?別位相?」
バチリバチリ。
脳髄で電気が断続的に走り続ける。
ああ、ウザったい……!こんな意味不明な現象――?
……待って。
………これを、ぼくは知っている……?
空は真っ赤に焼けていて、二つの小さな太陽が地上を照らしている。
……少なくともここは従来の地球とは別物だけど。
こんなの、知らない。知らない筈だ。
ああ、どうしよう。
ここからどう動けば良いんだろうか。
他の六人がどうしているのかもわからない。
同じ土地に居るのか、それとも元の場所に居るのか。
――バチ、バチ!
脳裏を
「なに、これ」
……
――ピクリ、と。
膝の上に乗せていたジョンの頭部が微かに動いた。
「……あ……あー。シーナ……?」
「……っ、ジョン、起きた?」
「あ、ああ……これは、一体……?」
「わかんない……多分、別の位相……異界?」
「な、なんつーファンタジーな……!っと、悪い。起き上がる」
「……うん」
きちんと収縮する筋肉の力で起き上がるジョンを見る限り、先程まで死の危険に晒されていたとは思えない程に活力に溢れていて、どうも体調はすこぶる良いらしい。
……けど。さっきまで、死にそうだったんだ。
白目を剥いて、体中痙攣して、口からは泡を吹いて。
呼吸だって止まっていたし、心臓はほとんど止まりかけだった。
あの、黒い手のひら。
魂を掴んでいたアレを追い払うのが遅かったら、多分ジョンは死んでいた。
ぼくの■■な人は死んでいた。
410番、401番、197番、218番――
沢山の大切な人たちみたいに、ぼくの手の届かない場所に行っていたかもしれない。
『技術導入:最適化:適応』
「わっ、シーナ……!?ど、どうしたんだ?」
「ん……」
チリチリと焦げる頭蓋を意識の隅に置いてジョンの胸に抱きつく。
耳を胸に当てると、その大きな心臓のドクンドクンって必死に動いてる音が聞こえる。
この音を聞いているとジョンがまだ生きていて、ぼくの傍にいてくれるって実感できた。
ジョンは生きてる……生きていなきゃ、触れ合えない。
触れ合えないってことは、口だって聞けやしない。
言葉を交わせないのなら、想いを交わすことだって出来ない。
そんなの辛すぎる。
口に出せなかった想いは、ただその場に留まって膿んでいくだけなのだから。
――言葉にしなきゃ、後悔しちゃうよね。
だから。
『因子活性化』
「ジョン」
「………なんだ?」
「ぼくね、ほんとは嘘ついてた」
「―――。」
ジョンが静かに息を呑む。
「『ぼく』は、『シーナ』は……ね。造り物だったんだ。『シーナ』は、どんなに苦しい環境でも苦しみを感じないように『ぼく』が造ったの」
「…………」
「でも『ぼく』もその前のぼくが造ったんだ。ほんとのぼくはもう何処にもなくて、思い出すことも出来ないんだけど……」
「………そう、か」
「ぼく、つぎはぎだらけだ。ばらばらに分解したり、好き勝手に繋げかえて作り変えて、あなたたちの仲間として生きてたの。………軽蔑、しちゃった?」
少し顔を持ち上げてジョンの瞳を覗き込む。
いつか見たキレイな瞳。
凪いだ海のように穏やかで、ぼくの心を落ち着かせてくれる。
「……それでも」
「……うん」
「それでもお前は『シーナ』だ。その全てを、ツギハギの心をひっくるめての『シーナ』だろう?掛け替えのない俺達の仲間だ」
ジョンの両腕がぼくの背中に回された。
まるで壊れ物を扱うように優しい手付きを感じて、どうしようもなく泣きたくなってしまう。
ジョンならそう言ってくれるって、なんとなく分かってた。
だからこそぼくは思いを打ち明けた。
……卑怯だなぁ、ぼく……。
「……ジョン」
「なんだ?」
……でも。
こっから先に連れて行く事はできない。
今だって周囲にいる魔物達の感知網を欺くのに精一杯で、あくまで単発の必殺兵装であるジョンはついていけない。
…………。
胸が張り裂けそうだ。
流入し続ける『思念』が声高らかに叫ぶんだ。
ぼくは、戦わなくちゃいけないって。
だから、ぼくは進んで、ジョンは故郷へ帰る。それが正しい姿。
――その前に。
きっと後回しにしたら後悔する。言葉にするのなら今しかない。誰よりも
「ジョン」
「む――!?」
唇を重ねる。
強く押し付けて、自分でも分かる程に拙い求愛行動を押し付ける。
3秒間のキスは、その瞬間を何倍にも引き延ばしたいほどに幸せだった。
「ぷぁ……」
「ちょ、おま……!?」
僅かに糸を引く口元はそのままに、頭をジョンと同じ高さまで持ち上げる。
ああ、顔が自分でも分かるほどに熱い。
けれど、あなたに伝えたい。
「ぼくは、あなたに恋しています」
「な……シーナ……?」
「ぼくは、あなたが好き。きっとぼくの初恋」
「……シーナ」
ジョンが何かに焦がされるように発する声を無視して、自分で出来るありったけの熱と想いを言葉に固めて想いを伝える。
ほにゃり、と。
顔がほころぶのを感じる。
うまく笑えているだろうか?
「ぼくはあなたに死んで欲しくない……だから――」
「シーナ……!」
「おやすみ、ジョン。きっと、あなたが起きたときには全部終わってるから。その時は、またぼくを叱ってね?」
「シ――!?」
フラリ。
揺らいで倒れ込んできた巨体を優しく抑え、青い結晶の棺に静かに寝かせる。
ぼくの好きな人。愛する人。
あなたを傷付けたくないから……ごめんね。
決して破られないように堅く結晶を重ね、『ルーン』を刻む。
『
チリチリチリ。
熱を放つ脳味噌が、次第にぼくの
肉を持って世界に根ざしていたはずの『シーナ』が世界に溶け込み、どんどん、どんどん拡大されてる。
両手を目の前に翳す。
一瞬だけ黄金の粒子に解けて――次の瞬間、
「……ジョン、先に帰ってて」
――ごくん。
『湿った炎』がジョンが入った棺を呑み込んで、本来彼があるべき場所に連れて行った。
『湿った炎』――
これは何なのか。少し考えたことがあった。
あの時は結局なんなのか分からなかったけど……なんてことはない、こいつの正体は『星の血液』だった。
ぼくたちの足元、その遙か下方で流れ続ける
如何様にも変化する可能性そのもの。
そして、何故ぼくが扱えていたのかと言えば――
『迎撃しろ。迎え撃て。侵攻しろ。我ら、神々の加護を受けたモノよ。この『星』を守り抜け』
……とのこと。
早い話、ぼくはあの神にいいように扱われていたんだろう。
きっと、自分たちの領地を侵略から守り抜く兵器を求めていた。
……だから、
「……いやになっちゃうなぁ」
――もう、熱なんて感じない。
感じる部位がないのだから。
でも、心が痛いや。
遥か彼方の『魔性母胎』――それも、ぼくらの星で見た鏡に写った『虚像』ではない本体を見据える。
それと同時、ぼくを転生させた神の匂いがする光輝のレールが敷かれた。
「これも、計画の内なのかな?」
軽く地面を蹴って足を乗せると、途端に身体が移動し始める。
風を切り、空気の壁を無抵抗なままに突破し、グングンと景色が引き伸ばされていく。
――どれだけの時間が掛かるのかと思いきや、数百キロは離れていた筈の『卵』に僅か数秒で対面してしまった。
ごぽごぽと泡立つ肉塊がボロボロと崩れ地面へ降り注ぐ。
一秒の間に幾百もの大小様々な肉体が宙を舞い、忽ちの間に形を変え、骨肉を整形して魔物と成った。
そうやって生まれた彼等こそが、ぼくらの星への侵略者……その尖兵。
なら、兵が居るのなら、間違いなく将がいる。
「それが、オマエか」
『そうだとも――歓迎しよう。異世界の同胞よ』
魔性母胎の内側。
その奥底から這い出るように一人の影が卵を突き破って姿を表した。
白い肌。
赤い瞳。
緑の長髪。
そして美しく尖った長い耳。
――『エルフ』の青年は、麗しき造形の口端を釣り上げる。
口では友好的であろうとも、その目は己の『敵』を見定めた瞳だ。
それはきっとぼくも同じだろう。
ぼくは侵略者を迎撃するために。
彼はぼくらの星を侵略して自分達の土地とするために。
初めて見る同胞は、決して許してはならない敵だった。