荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
エリアス・ブラント・デイル・レエブンことレエブン侯は、自領の事で悩んでいた。
食料が足らない?いいえ!
お金が足らない?いいえ!
人手が足らない?いいえ!
土地が足らない?いいえ!
第一王子のクーデターまがいの蜂起と壊滅以後、王国内の風通しはとても良くなった。それまでは隣領や他の大貴族の顔色を窺いつつ自領の発展に手を尽くしてきたが、現在は余分な柵から解放され、優秀な人材をそれまでの身分を問わず雇用し、大まかな方針を立てるだけで、良い感じに開発が進む。ガンガン税収が入り、ガンガン使って、ズガンズガンと税収が入る無限ループというかバブル状態である。
なぜ悩んでいるかというと、発展する王国それ自体の事である。
「王命なのは良い。だが…」
執務にあたって、現在レエブン侯が主に差配しているのは、かの魔導皇国に関係するとされるル・シファー商会が所有する数々の新機軸の技術や手法の、領地における活用や応用だ。成果を他の貴族達に提供し、土地に適した産業の発展に利用してもらう形となる。
ただ、魔導皇国の傘下と知られるかの商会が持ち込んでくる案件は、どれもこれも自領を飛躍的に発展させる。ささやかな失敗と試行錯誤はあれど、結果的にノウハウの積み上げに繋がり、最終的には発展に大きく寄与する。
「かつて用いていたのですが、完成し、広げる予定の無い首都ナザリックでは使い道がないので」
という訳で、レエブン侯は知る由もないが、地球上で古代ローマ時代から19世紀後半までの知識の集大成を魔法や魔道具を応用して段階別に実験する場所として選ばれてしまい、成果が出ては王や他の生き残り貴族に知識共有するのを繰り返していた。
ブルー・プラネット、教授こと死獣天朱雀、るし★ふぁーとトールに加え、ラナーを交えての100年計画である事は王国側は知る由もない。
「贅沢な悩みだが…、私が引退するまでに王国はどうなってしまうのだろう?」
万難を排し万全を期し、愛息に領地と地位を引き継がせるという方針は今も変わらないが、領地の状況が週毎に、あるいは日毎に改善されてしまうため、その理解に時間を取られて書類仕事もあわせ限界ギリギリを常に強いられている状態である。他の領地はまだいい。出ている成果が技術者と共に派遣され、概要と結果だけ受け取ればいいのだから。
そろそろ、生き残った他の元6大貴族にも骨を折って貰わねばと、随分と長い政策リストの中からいくつかの大規模政策についてザナック王太子から委任状を出して貰えるよう手紙をしたためる。
「失礼致します。旦那様、綿花の栽培結果が出ました。技術指導に従い、糸の生産と布の製造を行っています。試算数値は此方に」
担当者から想定数値の書かれた書類を渡されて数値を確認する。景気のいい数値が並んでしまっていた。既存の手作業の紡績産業を高級化路線に放り込んだのは、助言もあったが強行して正解である。他貴族達にも「あの商会からなので」と、綿花の収穫までの期間で、携わる農民や職人の路線変更の準備期間にしてもらった。都市国家連合と聖王国への貿易不均衡に頭が痛い。
「また上方修正かっ!」
嬉しいことは嬉しいが、素直に喜べない。この程度は、吟遊詩人の詩にも謳われる魔導皇国の高度にして絶大な叡智の一端のそのまた端ですらないのだから。掌で遊ばれているか試されている気分である。そしてこれから地獄の修正作業が待っている。
因みに同じ悩みを抱えているのは、各種新政策を各貴族に分担して任せる役割と、その結果を受け取って国家事業に着手を命じる、ザナック王太子も含まれる。彼の場合、王都から各領地へ飛び回るので余計に大変である。多分、先程したためた手紙についても諸手を挙げて賛成し、同じ悩みを抱えてもらうべく指示書を作って頂けるだろう。
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眉間を揉んでいると、ノックの音がした。
「おとうさま、きゅうけいのおじかんです。おちゃにいたしませんか?」
「うむ、ありがとうりーたん、お父様もすぐ行くよ!」
これからも色々あるだろうが、愛息の為なら頑張ろう。そう考えて、悩んでいた事項を一時棚上げして未来の自分にぶん投げ、レエブン侯は数少ない癒やしの時間に向かうのだった。
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王都を含む、王国の各冒険者ギルドは人手不足に悩んでいた。隊商や行商人の護衛依頼が増え、食い詰め者の吹き溜まり扱いだった冒険者がこぞって受けるのはいいとして、依頼数がこれまでの数倍以上に増えているのだ。
それに国内の景気が上向きで、食い詰め者が殆ど増えてないのも原因の一つに挙げられる。
採取や討伐と言った依頼も増えているが、金払いがいいのは商人たちで、今までは塩漬けにならなかった依頼が塩漬けになりつつある。善意で、より高難易度の依頼をこなせる冒険者チームが消化してくれているが焼け石に水であり、高難易度の依頼が残る悪循環になりかけている。
竜王国の大反抗により傭兵がこぞって居なくなっているのも痛い。
そんな中、エ・ランテルの依頼消化状況が目に見えて改善しているのが確認され、各都市のギルド長が定例会でプルトン・アイザックに詰め寄った。
「…かのモモンの息子のチーム、白き星銀だ」
最後まで明かすのを渋ったが、根負けして情報開示。竜の子は竜と言わんばかりに塩漬け依頼を採取から討伐まで片っ端から消化した事を伝える。
アダマンタイト級である漆黒は高難易度の依頼中心にふらりと現れては達成していくのはいつもどおり。息子ことアクトは最低の階級から開始して既にミスリル級に達している。
他都市のギルド長としては、どうにかして招聘できないかと思っているが、モモンが友の店があるエ・ランテルを離れず、息子のアクトも同じという事で全員歯噛みしている状態だ。
「エ・ランテルでは新人も育ってきた。依頼消化状況も落ち着いたので、白き星銀の一時遠征先を紹介しようと思う」
アイザックは爆弾を投げ込んだ。各ギルド長は静かな牽制から始まり、後に喧々諤々の言い合いから取っ組み合いに移行し、最終的にリ・ウロヴァールのギルド長が権利を得た。海の魔物の討伐依頼が出る領地だけに、腕力は一歩抜きん出ていた模様。
「一応、通過都市の依頼で時間がかからない物は、受けてくれるよう言葉をかけておく。が、期待はせんでくれ」
アクトの冒険者稼業は武者修行も兼ねているそうだと付け加えて、冒険者ギルドの半年に一度の会合は終わった。
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その後、名うての傭兵が特例で冒険者ギルドの依頼を消化するなどして、各都市での依頼達成状況が改善。完全に落ち着くには時間がかかったが、驚異的な速さで白き星銀は精力的かつ広範囲に活動し、かのモモンに匹敵する速度でアダマンタイト級に上り詰めた。
モモンは息子アクトの活躍を酒場で聞かされる度に、少し照れた表情で、我が子の活躍を讃えたという。
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方や魔導皇国の高貴な身分にしてアダマンタイト級の英雄。
方やその息子にして優秀な、見た御婦人が感動のあまり卒倒する貴公子。
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残念な事に、二人が並んで活躍する機会は無いようで、吟遊詩人が「並び立ち輝く日はいつか」などと歌う始末である。
モモンことモモンガさんが何故、息子であるアクトと合同で仕事を受けないかと言えば、その活躍内容が色々な意味で派手な為である。大人しくさせようにも、ギルメン達に「イメージ戦略の一環」という事で続行させられた。
「一周回って、格好良いと思うんだけどなぁ。振り切ったらそれはそれで勝ちだと思う」
「トールさん、本気でそれ言ってますか!? ねえ!? こっちの目を見て言ってくださいよ!?」
こっそり隠れてアクトことパンドラズ・アクターの仕事を見に行ったモモンガさんは、依頼を完全にこなすのは当然としても、舞台のごとく歌うわ踊るわポーズをキメるわ、口上を述べて活躍するわ御婦人を卒倒させるわ、明後日の方向に大活躍のパンドラズ・アクターの姿に精神安定化が連続発動したという。
尚、ソーイことソリュシャン・イプシロンとヒョウガことコキュートスは、そういう生態と事前に聞いていたので特に気にしてない様子。
「ツッコミが居ない!」(ぺかー)