荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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シリアスかも

追記:誤字修正


閑話 荒野の災厄による研究・転移実験 近似世界

 トールは拠点世界から転移した先で、とある遺跡の調査隊に参加する事になった。ソロ参加であったが、交友のできたチームから声がかかり、臨時で合流している。

 

「トール、準備はいい?」

「無論だ。だが、俺達は周辺と地表の調査を最優先だ。未知の遺跡にいきなり足を踏み入れるのは、無謀もいい所だぞ?」

「ああ、帰還を最優先にはするさ。だが成果が出ないと追加報酬が無いんだが」

「While there is life, there is hope.」

「どういう意味?」

「生きてりゃ希望はあるさ。ま、金に困ってるなら多少は貸せる。無理だけはするなよ」

 

 そう言って、少々険しい目つきの少女…アルシェの肩を叩いた。

 

「…わかってる」

 

 王国側で発見された謎の遺跡の調査が今回の仕事だが、その実の名をトールは知っている。

 その名はナザリック地下大墳墓。かつて、ユグドラシル全盛期にその名を轟かせた悪を標榜する異形種ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド拠点である。

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 事の発端は、現在居る世界の固有周波数を調査していた所、転移可能な近似値の周波数を確認したことだった。

 転移座標周波数は観測収束による影響かはたまた世界線仮説による排除性か、ほんの少し違う程度の近似値への転移はできない。何かしら縁のようなものが跳んだ先に繋がり、トールの持つ技術ではごく近い平行世界への干渉が行えなくなる。

 トールがモモンガさん達のリアルを中々探し当てられないのも、近似値との比較による調査が行えない事が影響している。

 

 だが復帰してより暫くして、周波数調査のリストを眺めていたトールは、今いる拠点世界にごく近い世界の座標周波数を発見してしまった。

 

「並行世界のモモンガさんが居る可能性か…」

 

 どう言った経過、経緯を経ているかは不明ながら、最初の邂逅のようにナザリックごと来ている可能性は高い。

 

「クロスゲート技術のお陰ですぐに戻って来られるが…」

 

 某OGな世界から持ち帰ったクロスゲート技術は、持ち込める物資の量を飛躍的に増大させており、以前は現地製作が必要だった帰還時の跳躍装置を、跳んだ先で即座に製作できる程度には余裕を齎している。それに加えて、自分と携帯品だけなら時空間を超えてビーコンを発信するだけで戻れる。

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 ただ、トールとしては「自分やギルメン達が居ない場合のモモンガとナザリック」について、危惧を抱いていた。以前、モモンガさんに誘われてバー・ナザリックで飲んだ際、酔ったモモンガさん自身がその可能性について吐露したのだ。

 

「守護者達の望む主として振る舞い、他者を踏み潰してナザリックの存続を図り、流されるまま悪の支配者として力を奮っていたかもしれません」

 

 異形種としての感性に引っ張られて、ナザリック外の他者に対して何も思わないという、人化できたからからこそ解る恐怖だと。

 最初こそNPC達を大事に思うかもしれないが、長い時間を異形種で支配者として過ごしたら、ナザリックそのものの存続に執着して周辺諸国にとって致命的な命令を何の感慨無く振るうかもしれなかった、NPC達ですら単なる手駒として使い潰すかもしれなかったと。

 だから、トールと出会えて良かった、仲間と再会できてよかった、アルベドを嫁さんにできて良かったと。そう言って微笑んで、モモンガさんは撃沈して眠りの世界へ。

 こっそり録画・録音してあるので、最後の音声はアルベドにホロテープを渡す事にする。ギルメン達に愛される隠れ弄られ系の死の支配者はすやすやと寝ていた。

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 トールは寝落ちしたモモンガさんを、ナザリックメイドとナンバーズに任せ、IF世界…薄々勘付いている原典世界…のモモンガさんの道行きに危惧を抱くと同時に、転移することは技術的にできない事を安堵していた。

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 だが、ここに至って来訪の可能性がでてきた。変貌したというか本来の姿というか、自分を知らないのはいいとして、敵対する可能性がある友人やシモベ達と同じ姿の相手というのは、対処自体は同位体の別人と淡々とできる事は別として、精神衛生上とても宜しくない。

 訪れなければ良い話だが、モモンガさんとギルメン達のリアル世界への転移情報を集めるに辺り、近似値世界の情報は有用なのが悩ましい。現地で次元歪曲の残滓を観測できれば、暗中模索の手当り次第だった転移実験に明確な指標を得られる可能性がある。また、自身の記憶でない調査による座標アンカー情報なら、記憶を失わずに行動できる。

 

「今回の連続転移の候補として入れておくか。地表面で問題無いから、さっさと調査して現地で出会う前に撤収しよう」

 

 そんな感じで気軽に考えていたが、跳んだ先はトブの大森林なのはいいとして、出ようとした途中で怪我を負った冒険者らしい一団を発見したのが紆余曲折の始まりだった。

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 冒険者ではなくワーカーは、冒険者ギルドのような後ろ盾が無い代わりに高額報酬を得る。トールが出会ったのはミスリル級の腕利きであるフォーサイトの面々であった。

 

「怪我人か? 治療薬は残っていないのか?」

「大怪我だったのを持ち直させたのはいいが、全部使ってしまったんだ」

「…成程、彼自身が信仰系魔法詠唱者か」

 

 拠点世界で発注しておいた、バレアレ印の新型ポーションを所持していたので意識のないロバーデイクに使用。王国側は色々と不穏との事で、帝国に戻る彼らに同行した。アルシェと(トールから見て)元世界で会っていたのも大きい。

 仕事も含めて歌う林檎亭での交流の後、いくつかの仕事に同行した。大森林での行動で信頼と信用を得られたのだ。

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 そんな生活をして暫くしてから、大きな仕事の話として「新たに発見されたとある遺跡の調査」が舞い込んだ。協力者にモモンとナーベという、トールにとって知った顔があったため、何か裏があるなと思いつつも参加する。

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 調査隊が野営地を設営した。チーム漆黒のモモンから聞かれた参加の理由については、家族を残している友人が無茶をしないよう手助けをするのが主だと伝えたが、アルシェがぷんすこ怒っているのをトールは宥める。

 フォーサイトを除く他の面子が報酬の為と言う中、モモンは「それがお前達の選択か」と低い声で言った。

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 移動の疲れを癒やしてからの調査と他のワーカー達がそれぞれ天幕や焚き火の前で過ごす最中、トールにモモンが近付いて来た。なんだかナーベがぼそりと罵倒しているのでイタズラ心を発揮。

 

「虫けらというなら、何故それごときにいちいち反応するんだ? モモンさんのパートナーなら、その格を落とすような言動は控えた方がいいんじゃないか? それとも意図的? 実はモモンさんが嫌いだったりするのか? 遠回しにモモンさんを弄ってるのか?」

 

 指摘された事に激高して顔を真赤にしたり青くしたりと顔面百面相するナーベことナーベラル・ガンマ。Perk レディ・キラーは女性相手の会話選択肢を増やし、戦闘においては異性相手のダメージを増加させる。今回は精神ダメージを増やしてみた。

 

「…あーうん、ナーベ、下がっていろ。済まないが、あまり虐めないでやってくれ」

「俺も言い過ぎた、申し訳無い。まあ聞いていた通り、美姫の名に相応しい美貌だな、造形を担当した神様には感謝の意を捧げたい。

 っと、俺はトール、ワーカーのフォーサイトに臨時で入った」

 

 トールは小鍋のお茶をカップに注いで勧めるが、モモンは信仰上の理由と断った。兜を取れない真の理由を察し、表情を少し曇らせた。この世界のモモンガ…アインズは、人化の手段を持っていない事が解ったからだ。

 モモンはナーベの美貌が褒められるのはいつもの事であったが「造形を担当した神様に感謝」と言われて浮かれており、そこには気付かなかった。

 

「腕の良い斥候と聞いている。武器はそのクロスボウか?」

「これは予備。基本はナイフだが、人相手なら格闘も少しできる」

 

 見せたナイフは合金製だが、魔法的付与は一切無い。クロスボウはこの世界には無いコンパウンドクロスボウ。だが、モモンは気付かなかった。

 

「…遺跡の調査だが、覚悟の上なんだな?」

「覚悟なんてのは無いよ。ただ、フォーサイトの連中に世話になっていてな。俺も含めて、今回の報酬でメンバーの一人が借金苦なのを助ける積りなんだ。あのアルシェって子のせいでは無いのに親がダメ親で、今回を最後に家を妹たちと出るそうだ」

 

 付け加えて、金には余裕があるから、足りない分は低金利で貸す積りと伝える。

 

「…子を蔑ろにする親か」

 

 思う所があるのか噛みしめるように言うモモン。

 

「ロマンある地下調査に赴きたいのは山々だが、正直、周囲の丘の大きさだとかここから見える規模だと奥に何が潜んでいるかわかったもんじゃない。

 それに、主が居るなら最悪だ。何せ、これから家を土足で踏み荒らそうとしている訳だからな。

 臆病な俺としては、その主の怒りに触れたくないから、フォーサイトと一緒に地上の遺跡調査をする積りだ」

 

 住んでいるかわからない家があるなら、とりあえず玄関先で様子を伺うのはよくあることだろとトール。

 調査隊の班分けとして、地下調査に赴くチーム、地表調査をするチーム、地上調査を兼ねて設営した野営地と往復して現在情報を報告するチームに分かれる。フォーサイトはトールの強い提案で、野営地と往復するチームになった。

 

「中々のお人好しだな」

「よく友人達にも言われる」

 

 チームワークもバランスも良く、ワーカーとして比較的品行方正で実力も高いフォーサイトと交友を持てるのは利益であると打算的な事も付け加えた。

 

「参考になった。そちらのような慎重なタイプも居るのだな」

「他の連中の鼻が、今回はおかしいと思う。タレントは持ってないが、あの遺跡はやばいって思う位なんだがなぁ」

「そちらの経験則か?」

「そういう事だ。殺気には敏感でね。…さっきから、ちょくちょく見つめられてるけどな」

「…すまん」

 

 口には出さないが、Pip-boyとリンクした戦術支援インプラントのレーダーが、視界内に中立と敵対の赤表示を交互に繰り返す、ナーベの情報を表示していたのだった。

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 チーム「竜狩り」のパルパトラがモモンと手合わせをしたり、チーム分けについて優先順位などを取り決めるなどのやり取りを終えて、ワーカー達は各々食事を取ったりと野営を行っている。

 

「アルシェ、今回の件は俺もトールに賛成だ。報酬は多少減るが、危険を冒さないでいいならそれに越した事は無い」

「それは解ってる。でも、仲間に借りるのはまだしも…」

「使い道が無いんだよ。本来商人だからな。ま、ロバーが懇意にしてる所の隣に家でも借りて、ひっそりと住むといい」

「ええ、彼女も子供二人程度の世話なら誤差と笑うでしょう」

「…ありがとう」

 

「所でトール、やっぱりあの遺跡ってやばい感じ?」

「お前さんの勘にはどの仕事でも助けられた。どのぐらいだ?」

「トブの大森林より余程だ。勘にビンビン来てるよ。浅い階層はおびき寄せる罠の可能性が高い。そうでもなけりゃ、あんな規模の遺跡が誰にも知られず存在なんてするものか」

 

 実際は突如出現している訳だが、それっぽいカバーストーリーで危険性も含めて示唆する。

 

「ある日突然現れた可能性も無くは無いがね。ただ、おとぎ話の範疇だろうし、そうなりゃもっと危険だ」

「…近づく者を惑わす何かと、発見者を狩る何か、それを指示する主が居るかもしれないのか」

「そういうこった。今回みたいに漆黒のモモンとナーベが居る限り近隣での襲撃は無いだろうが、近づくのすら危険なんだ。地表の調査と伝令役だけとはいえ、明日は慎重に行こう」

 

 各々頷くフォーサイトの面々。トールは見張り番を請け負うと、干し肉を齧りながら夜を過ごす。

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 少し離れた天幕の中で、鎧を解除して<兎の耳>で聴覚を強化していたモモンことアインズ・ウール・ゴウンは、満足そうに頷く。天幕の外では、先程のトールとのやりとりの最中に殺気を向けていたナーベが、(アインズにぽこんと叩かれて)一寸だけ目端に涙を浮かべて天幕に誰も来ないよう立っている。

 

(まだワーカーでは新人だって事だけど、身のこなしとか外見とかすごいベテランぽかったなぁ。それに、未知の遺跡だけど荒らすと主が居たらやばいとか勘の効く所とか、一緒に居るチームも借金苦の仲間の為とか、悪くない、悪くないぞ。彼ら位なら戻してやっていいかもな)

 

 魔法効果特有の耳を生やしたまま、上から目線でうんうんと頷く死の支配者。とてもシュールである。

 

(容姿はガゼフみたいな南方…いやあれ、日本人っぽいよな。こっちでも珍しい容貌だったな。一見、普通のおじさんだったけど、落ち着いたふいんき…雰囲気は、まさに歴戦って感じ。多分人間だから弱いっちゃ弱いだろうけど)

 

 装備はアインズ基準で普通。会話にMMOやネット特有の単語も無いため、プレイヤーという線は無い。

 確かにプレイヤーではないが、レベルを看破する魔法等は使っていないのもあり、ユグドラシルカンスト勢のような危険物である事には気付いていない。

 

(とても嫌だけど、初日はワーカーを誘き寄せて、二日目で一網打尽にする当初のプランでいいな。ただ、フォーサイトとトール達が定時連絡で野営地に戻ってきたタイミングで襲撃でいいか)

 

 デミウルゴス達から示されているナザリック防衛プランは渋々承諾したのもあるが、できる事なら二日目以降もトール達は連絡役に居てほしいと考えるアインズ。

 

(ま、入ってしまったらそれまで。少し惜しいが)

 

 多少なり好感は感じているが、そういう所は冷徹であるアインズであった。

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 トールが介入した結果か、初日の調査では誰一人欠ける事無く帰還した。手にした財宝に湧くワーカー達と、初日に外部調査を申し出ていた竜狩りの間に一悶着あったが、ヘッケランの執り成しと有無を言わせぬトールの徒手制圧でビビらせ、落ち着いていた。

 

「お前らも入ればよかったのにな、見ろよこれ!」

「財宝は欲しいと言えば欲しいが、まあ、俺達は運が少し悪いからな、慎重なんだ」

 

 そう言って離れるヘッケラン。明日、一番に突入予定のパルパトラが声をかける。

 

「本当にいいのかいのう? 確かに地上部分の調査は終わってはおらんが、ああいうのは学者の仕事だろうに」

「得た財宝をそっくり貰える訳じゃないんだ、追加報酬は魅力的だが、うちの斥候が慎重なんだよ」

「成程な、あ奴程の男の勘は無視できんと」

「そういう事だ御老公。ま、面倒を請け負ってるんだ、追加報酬が出た連中に後で奢ってもらうとするよ」

 

 そう言ってヘッケランは仲間の所に戻った。

 ヘッケランも思う所が無い訳ではないが、トブの大森林での邂逅以来、仕事であれだけの勘を働かせる男の危惧は、無視をするには大きすぎた。

 そしてそれは、正史とは異なる運命をフォーサイトに齎す事になる。

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 二日目の調査隊突入。殆どのチームが行く中、フォーサイトはトールに協力してナザリックの地上部分を調査というか測量していた。言うがままにロープや何かの器具を操作し、結果をトールが羊皮紙に書き込んでいる。

 

「このような測量の手段があるのですね」

「地元で業者が使っている手法だ。割と精度の高い図が出来上がる」

「見せて貰っていい?」

 

 アルシェは興味を惹かれて、書き込まれた遺跡の絵図を見た。地下への開口部、地上にある墓石や石柱、周囲を覆う丘などがまだ途中だが精緻に描かれている。

 

「…これはすごい。必要なら、この見えている遺跡部分を他の場所で再現できそう」

「お、わかるか。連絡役だけだと貴族がケチを付けるかもしれんからな、この図面と立体模型でも作って贈呈してやろうかと思ってな」

「ふーん、ああそっか、私達に手伝わせているのもその一環?」

「そういう事だ。ヘッケラン、そっちは終わったか?」

 

 ロバーデイクを連れて、墓石表面の見たこともない文字を魔道具で記録していたヘッケラン達が戻ってくる。魔道具はトールの所持品であり、簡素な構造の硝子感光版カメラである。トールの生前すら廃れたレンズ付きフィルムの再現版だ。

 

「ごく近い所だが、見たままの光景を絵で記録できるとか、これは凄いな」

「今度、帝国魔法省に売り込もうと思ってた魔道具だよ」

 

 そう言ってカメラに小瓶から何かを注入。背負っていた道具袋に仕舞う。

 

「あとは錬金薬で絵を固定すれば終わりだ。さっきのもあわせて、後で見せよう」

「そろそろ定時連絡ね。まだ突入組は戻ってないけど、報告にいきましょ」

「見せびらかされるのは面倒だが、無事に戻って欲しい所だ」

 

 日中という事もあってフォーサイトの面々は若干警戒が薄い。だが、トールはレーダーに中立反応でエイトエッジアサシンやシャドウデーモンが潜伏している事に気付いている。

 

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「所でトール、昼の献立は何かしら?」

「彼奴等も居ない事だし、少し豪勢な材料使って串焼きだ」

「串焼き? 勿体無く無いか?」

「ふふん、かの13英雄すら喜んだと言う串焼き、バベキュだ」

 

 わざと訛らせているが、単なるバーベキューである。ソースはカワサキ謹製で肉類も一般用から上等な物を持ってきた。13英雄がというのは、拠点世界でのツアーやリグリット、人化したイビルアイの事なので間違ってはいない。

 

「何その胡散臭い話は」

「まあ焼き上がるまで、白湯か茶でも飲んで待ってろ」

 

 小型のバーベキューコンロと炭火を準備。魔道具で時短着火して熱を確保し、樽一杯に詰め込んでタレに浸した串と材料を、簡素なトングで取り出して次々と焼いていく。

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 フォーサイトの面々は依頼主の代理人に現状報告をし、トールが作った図面を手渡した。精緻な地上部の図面には代理人も驚いていて、横で見ていたモモンも「ほう」とか言って絵図の完成度を褒めてたりする。

 ヘッケランは追加の報告をすると他の面子を戻らせた。

 

「詳しくは学者先生に頼むしか無いが、昨日聞いた範囲では少なくとも2層を超える上に、層ごとに広大な面積の遺跡だろうな」

 

 ヘッケランはトールの言う推察を伝える。そして、地下墳墓という事ならこれほどまで巨大かつ精緻な作りの遺跡を作り上げた何者かが今も潜んでいる可能性を示唆した。

 

「い、今もその主は健在と?」

「確証は無いが、俄然、可能性は高くなった。一見、風化しているように見えて、入り口付近の床が綺麗なんだよ、不自然とは思わないか?」

 

 モモンは耳がダンボである。中身がお骨様なので耳は物理的には無いのだが。

 

「俺らとしてはここが引き時だと思う。全員の報奨金と発掘物でトントンだろうが、これ以上は危険だ」

「…わかりました。他のチームが戻り次第、撤収について提案したいと思います」

「了解だ。俺らは昼食を食ったら再度、入口前で夕方まで待機する」

 

 そう言ってヘッケランはトールが昼食を用意している所に戻っていった。

 

「え、妙に静かだと思ったが」

 

 そこには、無言で串焼き肉を食べる仲間の姿がある。刺されているのは肉や野菜だけだが、漬け込んでいたタレが具材と共に焼かれて香ばしい未知の香りが漂っている。

 

「おかえり。まずは一本食ってみろ、俺の友人特製のタレだ、びびる位に美味いぞ」

 

 アルシェ、イミーナ、ロバーデイクを見ると、食べるのを止めないままで首肯を繰り返していた。アルシェに至ってはまるでリスのようである。

 

 ごくりと喉を鳴らして、ヘッケランは手渡された串焼きを一瞬みつめて、かぶり付いた。

 

「ふんめぇ!?」

 

 思わず叫ぶ。そしてガツガツと食べ始め、またたく間に一本を食べ終える。トールはすぐにお代わりを渡して「流石は食堂謹製だ」と笑いながら、次々と焼いてはフォーサイトの面々に出していった。

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 そんな光景をちょっと離れた場所で見ているのはモモンである。食事はできないが匂いは判るだけに、風に乗って漂ってくる香ばしく美味しそうな匂いがとても気になる。

 

(物凄く美味しそうな匂いをさせないでくれないかな!?)

 

 バーベキューソースの香りは香辛料も含めて焼くことで際立つのでわかり易い。リアルの生活で鼻や舌が洗練されていないアインズであったが、絶対に美味しいと確信できる匂いに強烈に惹かれていた。

 

 ふと見れば、貴族の代理人とその護衛がその匂いにフラフラと誘われていて、気付いたトールは彼らにも串焼きを手渡していた。彼らもフォーサイト同様、一口食べて叫ぶと、一心不乱に串焼きを食べている。

 

(うう、信仰の理由でとか言って断ったけど、食欲は無いのにあの匂いとか拷問だよ…!)

 

 現在進行形で、ナザリック内では侵入したワーカーをあの手この手で甚振っている訳だが、最高支配者は意図しない所で精神的な拷問を受けていた。

 

(仕事中だけど一杯だけって、酒呑むのかよ!?)

 

 見れば、トールが別の樽からエールやワインをカップに注いで、魔道具で冷やしただの言って振る舞っている。フォーサイトの面々は酒精の薄いエールだけで自重したようだが、貴族の代理人とその護衛達は、串焼きと一緒に呑むことで「天に昇る味!」とか称賛している。

 

(あの指輪を…いやいや、自分の為だけに使うとかありえない。でも強欲と無欲に一定量溜め込んで…いやいや)

 

 一人悶々とするアインズ。ふと横を見れば、ナーベことナーベラル・ガンマがじっとトール達を見ていた。親の仇でも見るかのような眼光の強さであるが、口元は…ごくりと唾を飲み込んでいた。

 ナーベラル・ガンマはアイテムの効果で飲食不要ではあるが、趣味や習慣で食事をしたり他のプレアデス達とお茶会などをするので、美味しそうな物の匂いは判るのだった。ましてや、拠点世界で天然素材を使って研鑽と研究を重ねたカワサキのバーベキューソースな訳で、ナザリックの者が耐えられる限界ギリギリであった。

 

「…行っても良いのだぞ?」

 

 ちょっと恨みがましい声になっているアインズである。

 

「い、いえ、お側を離れる訳には参りません!」

「そ、そうか」

 

 そういう感じで「先に食事は済ませた」と伝えていたモモンとナーベの二人は、拷問のような昼食の時間を過ごす事となった。

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 食いすぎたフォーサイトの面々を連れて、トールは遺跡に向かう。イミーナはぽっこりお腹が恥ずかしいのか、上から薄手のマントを羽織っている。

 

「止めなかった俺も悪いが、食い過ぎだぞ」

「反省してる…うぷ」

「吐きたい、でも出したくない…うっ」

「…試練、試練です」

 

 三者三様の姿に苦笑するトール。

 

「皆、大丈夫?」

「「「なんでアルシェは平気なんだ(なのよ)…!」」」

 

 あの量の串焼きがどこに収まったのか。ゲロインを期待した人には悪いが、他のメンバーとは異なりけろっとしているアルシェ。

 

「胃薬をやるから飲んでおきな。気を引き締めてくれ」

「おう、悪い…」「有難い。戦闘中に吐く訳には行きませんからね」「私もお願い」

「一応アルシェも飲んでおけ」

「わかった」

 

 拠点世界でタブラの作った胃腸薬とEXP薬を飲んで体調が戻ったフォーサイトは、トールと共に地下大墳墓の周囲を覆う丘の切れ目に到着した。各自、用意を整えて敷地内へ向かう。

 

「何だろ、この気配…」

 

 捕捉していないが、隠蔽状態で潜むナザリックのシモベの気配を、朧気ながら察知したイミーナが注意を促す。トールは、昨日と比べて多数配置されたシモベに気付いていた。

 

「戦闘態勢。いや、撤退準備だ」

「トール?」

「昨日より格段にヤバい。俺が殿を務める」

 

 そう言ってナイフを取り出した。ヘッケランは少し迷ったが、相手も居ないのに突き刺さる殺気を感じ、撤退を決める。だが、それは少し遅かった。

 地下へ続く入り口から、5人の人影。それぞれが意匠の異なるメイド服を纏っている。

 

「…武装した、メイド?」「悔しいけど美人揃いね…」

「だめ、あの赤い髪のメイド、お師匠様より上!」

「!? …撤退だ!」

 

 アルシェの叫びとリーダーの判断を信じて、フォーサイトの面々は踵を返す。

 

「トール!?」

「本調子じゃなかろ? 何、少し頑張ったら撤収するさ」

「すまん」

「後で一杯奢れ、蜂蜜酒な」

「容赦無いな。だがわかった、用意する」

 

 走り去るフォーサイトを見送り、トールは改めてナイフを構えた。用意したのは鉄製ではなく、手に馴染んだレジェンダリ付きのコンバットナイフだ。

 

「あー、逃げちゃったっす」「惜しいわね」「放っておきなさい」「美味しそうだったのになー」

 

 見慣れた顔で聞き慣れない事を言う戦闘メイド達。やはりあの世界とは違うのだと突き付けられ、トールは眉根を少し寄せた。

 

「猶予をくれて有難う。彼らは友人でね、死なせたくなかった」

「それで、貴方が殿に? 私達が追わないとでも?」

「玄関前から去るなら許す程度には、貴女方の主は寛容だと思いたいね。踏み込んだ連中は…まあ、仕方無いだろうが」

「残ってしまった以上は、覚悟はできているのかしら?」

「覚悟なんて無いさ、遺跡としての価値も含めてこの場所を踏み荒らす積りも無いから、戦いたく無いんだが…」

 

 周囲を見れば、鎧を纏ったスケルトン兵…ナザリックオールドガーダーが複数現れた。レベルにして20を超えていなければ絶望する強さだ。

 だが、欺瞞情報でトールはレベル30。実際はそれ以上である。負ける要素は無い。

 

「余興として俺が戦えば、この場所に現れた無礼は水に流してくれないか? 提案できる立場じゃないが」

「…いいでしょう。貴方が戦うなら、その後に大人しく去るなら、彼らも含めて追わないと約束します」

「ユリ姉も甘いっすねぇ…でもま、どれだけ頑張れるかみものっすよ」

「お肉…」

 

 嗜虐に歪むルプスレギナ・ベータの顔。トールは拠点世界に戻ったら、悪戯を確認次第、ルプーの尻を強めに叩くことに決めた。ルプーの尻がまた腫れる。

 

「かかれ」

 

 ユリの号令に従い、ナザリックオールドガーダーは一斉にトールへ襲いかかった。

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 トールは身体の動作にリミッターをかけ、レベル30の戦士職程度(比較対象が出会った頃のクレマンティーヌなので英雄の領域)の動きで、骸骨兵達の攻撃をまずは避ける。

 

「…いい動き。人間の割には」

「ほー、中々やるっすねー」

「余裕綽々と言った所ね?」

「お肉…」

 

 呑気なコメントを出す戦闘メイド達。トールは内心溜息をつきながら、最小限度の動きで攻撃を躱す。汗もかいていない。

 

「成程、ミスリル級では手に余るな」

 

 そう言いながら、今度は武器で受け流し、あるいは弾き返しをはじめた。背後からの攻撃は大きく躱すが、その際は足元を払って転がす。

 

「人間にしてはやる方ですね」

「お褒めに預かり恐悦至極」

 

 ユリの言葉にどこか強張った声音で答えると、次にナザリックオールドガーダーの盾を弾き飛ばし始めた。ナイフでは打撃力で不足するので、主に蹴りや体当たりである。中には手や手首、あるいは腕ごと弾き出される骸骨兵もいる。

 

「へぇ、やるじゃない」

「お肉…!」

 

 食事的意味でじっと見つめられてそれには冷や汗をかく。その間も休み無く攻撃を躱し、打撃を加えて骸骨兵を減らす。

 

「ラスト」

 

 武器に盾、両腕を奪い、最後に頭部を弾き飛ばして、少し離れた場所にある墓石の前に集めた。骨と武器防具でできた妙なオブジェのようである。

 

「これで余興はおしm…!? 何の真似だ?」

 

 トールは飛んできたナイフを冷静に避け、それを投げてきたソリュシャン・イプシロンを睨む。

 

「あら残念。でもね、勘違いしているようだけど…」

「戦えば見逃すが、終了条件が無いと言いたいんだろ」

 

 トールは自分にかけていた制限を少し解除。60レベル程度にまでポテンシャルを開放。ユグドラシルのレベル格差からすると、流石に30程度では厳しい為だ。

 

 ユリとシズは静観、エントマは何処からか取り出した人間の腕を齧っているので多分、静観組。ルプスレギナとソリュシャンが前に出る。二人共、嗜虐に顔が歪んでいるのを見て、他の表情を知るトールはいたたまれない気持ちになる。

 

 彼女達の創造主はこの世界に居ない。

 

 拠点世界で、彼女達の創造主達の前で見せていた幸せ一杯の無邪気な笑顔は、この世界では決して見ることは無いのだ。

 

「来るがいい、戦ってやる」

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 ヘッケラン達は急いで戻る。飛行の魔法を使えるアルシェを先行させてもよかったが、撃墜の恐れがあるので避けた。モモンが居るという天幕の前に来て、ナーベに取次を頼む。

 

 天幕の中ではアインズがナザリック内の状況を聞いて頭を抱えていた。

 

(思ってた以上にトールが律儀だったのが誤算だ…、逃げ戻って来れるかなぁ)

 

 他のワーカーは、天武の奴隷エルフ達を除いて全滅あるいは捕獲したのはいいが、念を入れてと見回りを兼ねて出てきた、ナーベラルを除いた戦闘メイド達と鉢合わせになったという。

 今回の防衛プランはシモベ達に任せると言った以上は横槍を入れる訳にも行かない。

 

「モモンさーん、フォーサイトの連中が急ぎ、話があると。追い返しますか?」

(あああああ、トールの事だよなぁ…)

 

「構わん、通してやれ」

 

 フォーサイトの面々が入ってきたと同時、貴族の代理人も慌てた様子で入ってきた。ヘッケランが状況を説明。他のワーカーが全滅したであろう可能性と、トールが殿を務めて「遺跡の主に仕えているらしい、人の姿をした強者」を防いでいるという事を伝えた。

 メイド姿である事は伏せたが、亜人のような特異な特徴を持つ者(エントマ)を確認した事も伝えた上、他者の使用できる魔法位階を看破するアルシェのタレントも、危険性の補強となった。

 

「…せめて、トールの遺品だけでも回収したいんだ。一気に近付いて、遺体、あるいは遺品だけでもどうにかしたい」

「私の契約料は高いですよ」

「う…」

「貴方達ではどうにもならない事をトールさんは気付いていた。ならばフォーサイトの面々が戻ることは彼の意志を蔑ろにする事だ」

「それは、わかっていますが…!」

「まだ死んだとは限りません、明日の朝まで、信じて待ちましょう。逃げるだけなら可能性は残っている」

(でもなー、戦闘メイド達が出てきたとなると望み薄なんだよなぁ…)

 

 トールの実際の姿を知らないアインズは心の中で溜息。

 沈黙を守っていた代理人が、沈鬱な表情で口を開く。

 

「…調査は失敗という事ですね」

「ええ、残念ながら。これについてはトールさんの危惧していた通りだったという事です。フォーサイトの皆さん、決して無謀な事をせず、待ちましょう」

「わかり…ました」

-

 

-

 それは一種異様な光景だった。種族特性や各種の魔法やスキルを用いているのに、目の前の人間は涼しい顔をして全ての攻撃を往なしているのだ。

 

「このぉ! …なんで!?」

 

 強者の気配は薄い筈だったが、明らかに気配を超える能力を持っている。装備はナザリック基準では平凡以下のものだ。詳しく調べれば隠蔽措置済みのレジェンダリ付きという破格の装備品である事は判るのだろうが、上位道具鑑定は手にとって使用する必要があるのでバレない。

 

「生意気ですわね!?」

 

 わざわざレベルを制限しているにも関わらず、トールの記憶にあるソリュシャンやルプスレギナに比べ、明らかに弱い。

 

「戦ってやると言ったな? あれは嘘だ」

 

 身体能力は同じだが、隙が大きい上に連携ができていない。外したり避けられた際にすぐに行動を移さない、移せない。

 

「教育してやる」

 

 人間種蔑視も大概にしろと、トールはキレた。

 

「強者が弱者に勝つのは真理だが高い身体能力に溺すぎだヴァカめ!」

「親から賜った身体の鍛錬が足らぬわ!だから貴様は阿呆なのだ!」

「驕りがあるなら付け入る隙はいくらでもある!油断してその体たらくとか謝れ!主と親に全力で謝れ!」

「芸術的なメイド服と美術品のような装備を全くもって活かせないとか、あなたたち本当に怠惰デスねぇー!?」

「小便は済ませたか? 主様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて創造主に懺悔する心の準備はOK?」

「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそして何より速さが足りない!」

「自身の足りなさに主と親に申し訳ないと思わんのかこの戯けが!」

 

 もうなんか色々セリフが混ざってむちゃくちゃである。

 

「うんうん、お肉とはいえ油断しすぎかな」

「侮らず主命を果たす。趣味嗜好を優先したのが失態」

「その通りね…耳が私も痛いわ」

 

 徒手での打撃が主体のユリは気付いていた。あの男の技には殺気は無く、静かな怒気だけがある事に。

 主や遺跡…至高なる御方やナザリックの事は罵倒せず、代わりに仕える者として努力と心構えが足りず怠慢だ怠惰だと言い、主の期待に答えられない不甲斐なさをなじって来るのが精神的に痛い。

 プレアデスの二人は焦る上に涙目になってきた。相手は目立つ反撃はしてこないが、常に近接戦闘距離に近付いて来る上、吐息も判る距離なのに一切の攻撃が当たらない。

 その上「お前、その身体能力持ってて使いこなせてないとか無いわー」的な哀れみに満ちた視線が突き刺さる。追撃で精神口撃も突き刺さる。

 ソリュシャンもルプスレギナも煽りに煽られて怒ると同時に明らかに泣く寸前の顔になって攻撃を繰り出すも当たらない。余計に動きに精彩を欠く負のスパイラル。

 

「そこまで! …下がりなさい」

 

 ユリの一喝にはっと気付いたようになり、ルプーもソリュシャンも間合いを外して下がる。トールは油断なく周囲を見渡していたが、構えを緩めた。戦闘時間は時間にして2時間程度。トールは薄っすら汗をかいた程度で息も切らせていない。周囲は夕刻をとうに過ぎ、既に夜になっていた。

 

「戦いは終わったものと判断しますが、構いませんか?」

「ああ。そっちがそれでいいなら俺も助かる」

 

 傷は負っていないが、偽装も兼ねてポーションを呷る。

 

「…ご指導、有難うございました。主の為、研鑽を続けたいと思います」

「従者の格は、主の格だ。身体は成長の限界もあるだろうが、精神や経験は別だ。外見の割に彼女達は幼いのかな? 心構えからしっかりしないと、いつか主に恥をかかせてしまう。指導で君が居るなら今後は心配は無いだろうが」

「ご忠告、痛み入ります」

「俺は帰るよ。無断で敷地に入ったことを改めて謝罪する。ただ、この遺跡を所有する主が居るという事は報告させてもらうが?」

「構いません」

「よかった。それとそこの不思議な子にこれを」

 

 そう言って、ポーチから干し肉が入った小袋を取り出した。これは拠点世界のデミウルゴス牧場が生産する食肉用家畜の中で、レイジングブルの質一歩手前の上等な物をドライエイジングし、その上で食べやすいようジャーキーにしたものだ。

 

「俺や友人達を食われたくないんでな、その代わりだ。家畜肉の物だが、牧場で友人の子が丹精込めて作った高級品だぞ」

 

 そう言って一切れ自分で持って口に入れ、小袋の方をエントマに投げ渡す。尚、魔法的バフは無いが、慣れていないと味に腰砕けになる効果があるのは黙っておく。

 

「わーいお肉!」

「餌付けとは…策士」

「エントマ…」

 

 頭痛を抑えるようなポーズになるユリ。

 

「ではな」

 

 そう言ってトールは小走りで去っていった。伝統のウェイストランド走りで元気に退場。

 

「ソリュシャン」「…はい」「ルプスレギナ」「…はいっす」

 

 項垂れた様子の二人にユリが声をかけた。

 

「相手が人間だからと最初から侮ってはなりません。実力を隠していたあの男の事もそうですが、程近い強さにも関わらず手も足も出なかった事は事実。仕える者としての心構えをあのように指摘された事を噛み締め、至高なる御方の栄光に泥を塗ることが無いよう、誠心誠意務めなさい」

「「はい」」

「よろしい。暫くの間、任の有る時以外は一日一時間、みっちり指導します」

「「…」」

「返事は?」

「「は、はいっ」」

 

 そんなやり取りの脇で、エントマが小袋の中からジャーキーを取り出した。塩だけではなく香辛料も使われていて、既に空気が美味しい。じゅるりと本来の顔から漏れるよだれを呑み、いざ実食して…。

 

「ひゃわわわ…」

「攻撃?」「ど、どうしたっすか!?」

「ひょ、ひょにょおにひゅ…おいひふひふ…!」

 

 腰砕けになったエントマ。毒物では無い事はわかるのだが、彼女がこんな風になる干し肉に興味を惹かれた。大きな物をパクリと食べると危険そうなので、一切れを分割して口に入れる。

 

「こ…これは…!」

「むうっちゃ、美味いっすぅう!」

「なんてこと…!」

「ね、ね、美味しいでしょう!?」

「…ちょっと残念」

 

 その後、食べられないシズと我慢したユリを除いて、小袋の争奪戦が行われた。結局、エントマが貰った物としてユリが差配した。

 干し肉を食べて以後、何故かエントマが人肉を食べられなくなり、魔法の大釜から出した高級肉しか食えなくなったそうな。

 

「お肉…」

-

 

-

 トールは移動速度アップのMOD装備に交換し、早足の馬を追い抜くような速度で走り続け、野営地に戻ってきた。

 

「戻ったぞ。代理人はどこに?」

「戻られましたか! 無事で何より! ささ、詳しい話をお聞きしたい」

 

 天幕に案内され、トールは調査の失敗と、あの遺跡には何者か強大な力を持った主が確実に居る事を伝える。また、その主に仕える従者と延々と戦い、辛うじて(笑)生き延びたので見逃された事を伝えた。怪我については、バレアレ印のポーションを持っていて助かったとも付け加える。

 

「調査の失敗については急ぎ、依頼人に伝えた上で、何かしらお詫びの意志を遺跡の主に示した方がいい。戻らなかったワーカーの連中は皆腕利きだった。彼らが戻れないほど、強い何かが遺跡の主に仕えている」

 

 代理人は顔を青くした。今回の調査は、立場として微妙な貴族の乾坤一擲に近い行動であり、王国側領地への無断侵入もそうだが、費用もギリギリだった。謝罪の意志を伝えるにしても、金で解決できる可能性が低い。

 代理人が悩むその最中、モモンがナーベを伴い入ってきた。無事に戻ってきた事を喜び、トールの肩を叩いた。

 

「無事だったか。怪我は無いようだな?」

「王国でいいポーションを買ったからな。出費は痛いが、死ななければ安い。所でモモンさん、遺跡の主に仕える従者と遭ったんだが、知らず踏み入った件を謝罪するには、どうしたらいいと思う?」

 

 モモンは「ふむ」と考える素振り。

 

「戻らなかった連中の分は支払わなくて良くなった筈だ。略d…回収した宝物を戻し、入口前で謝罪をまずするべきだな」

「…旦那さまが応じるかどうかわかりません。ただトール殿が恐れる相手となれば、せめて私達が宝物を返却し、謝罪の意を伝えたいと思います」

「…ならば、契約には無いが、私達も同行しよう」

「よろしいのですか!? …生きて帰れる可能性が残るだけでも、喜ばしい事です」

 

 貴族の従者としては失格ではあろうが、代理人はモモンやトールの強さを他のワーカーとの手合わせで見ており、彼らが危機感を持つ以上は、地上に遺跡の主という災厄を呼び覚ます可能性を考えて宝物の返却と謝罪を行うことになった。まあ目の前にその主が居る訳だが。

-

 

-

 貴族の代理人は、入口付近に宝物を置いて深々と頭を垂れる。顔を上げると、地表面の敷地に無数のナザリックオールドガーダーが出現していたが、襲いかかっては来ず、整列していた。

 

『不届き者達は処分したが…、貴様の謝罪と…宝の返却…それを持って…水に、流そう』

 

 魔道具を使ってのモモンの副音声である。トールはそれに気付いてちょっかい出した。周囲を警戒しているとのポーズで、肩を叩いたりして知らせる素振りである。不自然に音声が途切れているのはそのせいだ。

 

(間が悪いにも程がある!? わかっててやってんの!?)

 

 正解である。

 結局、今回の調査隊は殆どのワーカーチームが全滅、チーム漆黒とフォーサイト、トールへの支払いと、遠征準備の費用分で赤字である。トールは代理人に「堅実な商売の話があるので、興味があるなら連絡を」と金のインゴットを手渡して耳打ちした。残念ながら、貴族はその後の謀略で死罪となってしまうのだが。

-

 その後は、約束通り蜂蜜酒をヘッケランに奢って貰い、色々な準備を行う。正装とまでは行かないが小綺麗な格好をさせたフォーサイトの面々を伴ってアルシェの実家、フルト家を訪ねた。妹達を養子に迎えるという名目で、実質は金銭での引取である。

 額はアルシェには伏せたが、両親へ手渡した金のインゴットは帝国金貨に換算して2千枚近い。両親は隣の部屋で確認して、歓喜の叫び。アルシェの表情が歪む。

 

「お嬢様…」

「これでいいの。小さいけど家も用意した。貴方も”ここが終わったら”訪ねて来て」

 

 家令が沈痛な面持ちで頷く。トールが応接室から出てきた。どこか疲れた表情である。

 

「交渉は終わった。後は頼んでいいな?」

「ええ、妹達を連れてくる」

 

 アルシェと妹達の私物を纏め、借りてきた荷車に積む。

 

「ヘッケラン、俺からの依頼だ、アルシェ達を頼む」

「…それはいいが、ここまでしてお前のメリットはあるのか?」

「十分あるさ。そもそも俺の趣味だ」

「趣味か、道楽者だな」

「おうよ」

 

 アルシェの妹達を伴い、フォーサイトとトールは帝都の端にある孤児院へ向かう。隣にある小さな家が、これからのアルシェと妹達の住まいだ。ロバーデイクと懇意にしている女性が孤児院を運営している。生活費の事もあり、アルシェはワーカーとしての仕事を続ける為、妹達を頼めるのはありがたいという訳だ。

 

「もう行くの?」

「個人的なここでの目的は果たした。後は帝都を観光して、気ままな旅に戻るさ」

 

 トールは前払いとヘッケラン達に金のインゴットを渡し、ついでに孤児院に寄付をして、フォーサイトの面々と別れた。

 

「不思議な奴だったな」

「名が広まってないのが不思議な位です」

 

 ヘッケラン達はその後、減ってしまったワーカーの代わりに多くの仕事をこなし、結構な額を稼いで引退した。以降は大きな事件に巻き込まれる事も無く、アルシェの住まいの隣家を買って悠々自適な生活を続けたという。

-

 

-

 トールはフォーサイトの面々と別れてから特に目的も無く数日を過ごし、観光と帝都をぶらついていた。既にナザリック地下大墳墓周辺での調査は終わり、空間転移座標の周波数サンプルは十分取得した。ヘッケラン達に手伝って貰う傍ら、こっそり詳細調査をしていた訳だ。

 また、追跡してきたシャドウデーモンを気付いていない素振りで躱す。拠点世界で弐式炎雷とフラットフット相手に隠れんぼで大勝する隠蔽能力を遺憾なく発揮する。相手が此方を見失った所で、何食わぬ顔で近くを歩いて姿を表すといった事を繰り返した。いじめか。

-

 更には、チーム漆黒のモモンやナーベには一切近づかない。索敵範囲を広げ、此方に接近してきたときは不自然にならないよう遠ざかった。転移門については、次元転移装置の探知能力で使用を察知し、入り組んだ場所には近づかない。

 

 最初はナーベが聞き込みと追跡を行っていたが、本人の性格的に向いていないので成果が上がらない。モモンが歌う林檎亭で訪ねても、

 

「すまんね、常連の殆どが帰って来ないし、ヘッケラン達も何か一山当てたとかで最近来てない」

 

 トールは臨時でワーカーをしていただけだし、こちらの世界では冒険者ギルドにも登録していないので依頼などの形で呼び出す事もできない。

 アインズがモモンとしてワーカーを雇って探させようにも、フォーサイトの面々は当座の資金が潤沢で休息中であり、他のワーカーは件の調査で壊滅している。

 

(シャドウデーモンを意図せず撒くとかどんだけだよ!? てかガチで観光だけなの!? 捕捉できても接触できないとかどういう事!?)

 

 アインズとしては、戦闘メイド達をあしらう強さのトールをスカウト、あるいは背後に何が居るか探る積りだった。自然を装って接触を図ろうとしたが、最大距離で地平線の少し先までVATSで捕捉できるトールは、帝都内を観光がてらあっちこっちと気ままにぶらつき、偶に日雇いの仕事につく事でアインズを避け続けた。

 

「あの男? ふらっと来て仕事を片付けてくれたんだよ。きままな旅ぐらしだって言ってたな」

 

 日雇の仕事については片付ければその日の分の給与を貰ってはや上がりできるものだけを請け負った。アインズ達が到着するまでの時間を計算して、到着する頃には仕事を片付けて他の場所に去るという念の入り用である。トールにとって、アインズは友人と同じ姿をしただけの他人なので、悪意あるからかいには全力だった。

-

 数日間避け続けてようやく諦めたのか、帝都からモモンやナーベの気配が無くなった。

 ただ、トールの追跡に熱を上げたアインズの行動に嫉妬を覚えたアルベドがエイトエッジアサシンを差し向けようとして一悶着あったのはトールは知る由もない。

 

「…?」

 

 ナザリックの監視をいつも通り撒いて、屋台で買った軽食を食べつつ皇城近くをトールが通りかかった時、拠点世界では見慣れたナザリック所属を表す反応が索敵範囲にひっかかった。癖になっていた通称VATS索敵(Fallout3以降、周辺に敵が居ないかVATSを起動して周辺のターゲットを探る手法)で発見したのだ。

-

 ナザリックが動いている可能性がある。嫌な予感がしたトールは路地裏に移動すると物陰でMODのステルススーツをベースにした装備を装着する。

 本来のステルススーツやステルスボーイでも良かったが、前者はこの世界では異質な外見だし、ステルスボーイは隠蔽フィールドの展開時間に制限がある。NVのDLCで入手できるステルススーツも他の問題がある。音声ガイド機能がついているのだ。可愛い声だがちょっと今の状況ではウザい。

 

 隠蔽モードで移動。Perkサイレントランにより足音は一切無いし、Sneakの値は最大限界突破。例え目の前に居ても気付かれないレベルである。反応を目標に中庭に向かうと、何やら騒がしい。

 

(あれはアウラとマーレ?)

 

 ドラゴンに乗ったナザリックの守護者二人。迎撃するべく不動のナザミを含め、複数の兵士達が出てきた。

 マーレが杖を振りかぶった。嫌な予感しかしない。探知系魔法を阻害する魔道具の装着を確かめる。

 

「えーい!」

 

 見たことのあるドルイド系魔法により地割れが起きる。意図に気付いたトールはダメージ0ノックバックナックルを装備してVATSを起動、ターゲットできた帝国兵を手当り次第、建物の方に殴って弾き飛ばした。幾人かは間に合わなかったが、痛みに呻いている以外は無事な者が多い。帝国四騎士の”不動”ナザミもそこに含まれていた。

 

「あ、あれ?」

「何してんのよマーレ…まあいいわ」

 

 トールがVATS起動を終えて身を隠す。意図的に姿を表さない限り、レンジャーを取得しているアウラであっても捕捉するのは困難な隠蔽術である。

 その間、マーレ達はナザリックの側の意志を伝え、出てきたジルクニフがそれに答えるやりとりが行われていた。

 

(…この世界のアインズは、俺の知るあの人じゃないんだな)

 

 ワーカーによるナザリックの調査とマーレ達による恫喝は、恐らくナザリックによる謀略だと当たりをつける。筋書きはアルベドとデミウルゴスだろうか。

-

 

-

 ドラゴンが去ったのを確認したトールは皇城を後にし、少し高級な食事処のテラスで軽食を注文した。時間がずれているので他の客は居ない。

 

「貴方の思ってた通りでした。この世界の彼はこれから、止められないまま全てを巻き込んで行く」

 

 他者に聞かれない場所で、トールは独り、この世界で起こりうるだろう災禍を思い、気分を沈めて行った。サーブされた料理を口に運ぶが、味もわからない。

 フォーサイトの面々と離れてから数日間、周辺諸国の情報を収集していた。

 王国で置きた数々の事件、ナザリックの活動内容を考えると、アインズはトールの基準で既に”戻れない所にいる”。

-

 どういう結末に至るかはわからないが、とてもとても最悪で碌でもない事になるのは確実だった。

-

 思いやりのある、我慢ばかりする寂しがり屋の優しい友を想う。とてもじゃないが、この世界の事は彼にも、他の友にも話せない。

 

「…帰ろう」

 

 トールはテーブルに代金を多めに置き、周囲に人気が無い事を確認し終えると、時空間ファストトラベルのビーコンを起動した。様子を見に来た給仕は、テラスの客がいつ出ていったのか不思議に思いつつ、空の皿と代金を回収した。

-

 その後、トールは事故を除いて二度とこの世界には訪れなかった。多少の変化はあったが、地下大墳墓の主とそのシモベ達が巻き起こす大きな流れは、トールが危惧したように数々の悲劇を起こし、積み重ねて行く事になる。

 

 その果てに待つのは何か。それは未だ、誰にもわからない。




前書き後書きには長すぎるとか、体裁が整ってないとか色々本編から離れすぎる転移先の話を纏めて放り込む外伝集はじめました。

https://syosetu.org/novel/219350/

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