荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
改訂で終わりの一部において、話を盛ってあります。
黒の絨毯が移動し始めてそろそろ一週間。エ・ランテルへモモンガさん達やセバス達が到着して、合流する頃合いである。情報センターを兼務する円卓の間は、幾人ものシモベ達が収集された情報をまとめ、それをアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターが交代で解析して報告を纏める作業を行っている。
至高なる御方々といえば、エ・ランテルに店舗を持つ者はそちらへ、それ以外が交代で監督役という名のお飾りとして報告内容を確認している。判断については、緊急の話以外は半日ごとの定期集会で周知、合議制で裁定が下される。
「トールさん。俺、もう限界です、禁断症状です」
「何、どうした、藪から棒に?」
円卓の間の端に設けられたゲスト席で、緑茶を啜っていたトールの前に、豪奢な装備を纏ったバードマン…ペロロンチーノが現れて開口一番のセリフがそれである。
彼は監督役を交代後、いつもは真っ直ぐにシャルティアの居室に行くのだが、何故かトールの前に居る。周囲にシモベ達も居るので、あまり迂闊な事は言えない。
(現実にシャルティアはすげぇ可愛いし色々してるしされてるし気持ちいいし出ちゃうし出しちゃうし不満なんて無いんですが)
(さらっと脱童貞宣言かよ)
短距離念話で、思わず丁寧語も忘れてチベットスナギツネ顔になるトールである。
「トールさん、俺、エロゲがやりたいです…!」
「…は?」
理解の埒外であったためか、暫くフリーズしたのは致し方無い事だろう。
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ユグドラシルプレイヤー達の未来世界は、端的に言えばディストピアである。一般的に法律面をクリアする文化面も抑圧されすぎて発展が殆ど無い。様々なものが生まれ、廃れ、あるいは生き残った21世紀前半までのものが平気でまだ残っているのだ。技術面は兎も角、ブレイクスルーも無いので大差無い。
唯一、娯楽面におけるVR技術はナノマシン技術によるダイブ体感性能の向上があるものの、嗅覚や味覚などの体感技術はあれど、娯楽としては禁止されているかMMOなどでは禁止されている。
違法ソフトウェアとして、いわゆるBTL系(ベター・ザン・ライフ)の脳内麻薬刺激を主とした電子ドラッグはあるが、当然ながら違法である。
性的要素のあるゲーム類は、接触感覚の無いか薄いVR系か、昔ながらのCGによる制限されたものだけが細々と生き残っていた。
(まあ私としては、斜陽産業だったエロゲが業界含めて生き残ってた方が驚きましたけどね)
VR技術と3DCGの組み合わせが衰退を食い止めたらしい。
(トールさん、年代的には教授より歳上なんすね…って、行かないで去らないで!)
(んで、こっちの世界でエロゲをやりたいと。残念ながら、ロブコ社の端末は実用一辺倒で、情報処理やテキスト表示まではともかく、絵とか音楽とかは論外の性能しかありませんよ? 外部出力や制御はほぼ無制限に近いですけど)
娯楽用途の性能搭載をすっぱり切り捨てたMrハウスは、ラスベガスを保存して残す位の、現実的な娯楽主義だったのも影響してるかもしれない。
解像度は限界まで上げられるが、結局は絵まで。しかもモノクロのみである。日本の漫画文化や制限環境下でのドット絵技術などを駆使すれば、モノクロだろうとタイルやトーンを駆使する事で精緻な一色絵は可能ではあるが。グリーンベースの画面に、緑のドットと線で描かれた画を前にして自家発電…使ってる技術はすごいのに、無駄遣いにも程がある。
(古典のエロゲ、テキストと画像データ、音声データも無償公開されたものはこっそり、最古図書館の禁書庫スペースに収めてはあるんですよ…)
(なにそれ初耳)
聞けば、かのリアル世界での2070年までのエロゲ関係データが、権利関係がクリアか期限が切れたもの、ブランドや会社解散に伴い宙に浮いたものを買い取るなど、有志の間で保存、共有され続けたらしい。それを個人の情報枠で可能な限り保存し、納めてあるのだそうな。
(未来世界の端末性能と容量、通常通信でテラ単位、制限在るゲーム内データでもそれとか半端ねぇです)
(なんとかなりませんか?
いつも大好物ばっかり食ってばかりだと、…わかりますよね?)
理解らなくもないし、浮気の類とも言い難い。嗜好というか趣味とか生態とか、あるいは信仰というか、そういった範疇のものだ。なんとも微妙な顔をするトール。
(シャルティアさんに心の中でもいいから、ごめんなさいしなさい)
(ごめんよシャルティア! だが俺は往く!)
この世界での現実に、自己の性癖を全部盛りした理想の嫁ことシャルティアが居るにも関わらず、そこはそれ、という事なのだろうが。姉弟揃って業が深い。
(とりあえず、最古図書館の各個人の禁書庫データを受け取りに行って下さい。データ形式が異なるでしょうし、ものによっては本になってる可能性もあるでしょうから、スキャナとデコーダーの用意をします)
(わかりました。頼りにしてます)
(…顔が近いというか、両手握ってそんな目でまじまじと見ないで下さい。勘違いしたメイドさん達が、ハンカチ咥えてキーっとかやってますから!)
客分ではあるし、ナザリック繁栄の為に貢献しているのだが、ナザリック勢の配下達にとってはライバルでもあるのがトールである。喜び勇み最古図書館に向かうペロロンチーノを見送り、可能な算段をピックアップしはじめた。
「いやほんと、姉弟揃って業が深いというか闇が深いというか…」
トールの独り言は幸いにも誰にも聞かれなかった。
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最初に手を付けたのは、リアル世界での保存データを読み取るスキャナとデコーダの作成と、ロブコ社のターミナルが扱えるデータ形式にする翻訳プロトコルの作成だ。インフラエンジニアだったヘロヘロに頼むというのも一つの手だが、未来世界のハードウェアやソフトウェア技術は逆に高度すぎて、保存されているレトロでレガシーなデータの扱いには向いていない。
ペロロンチーノの自室の中、ターミナルと色々な機械類がケーブルで接続されて並ぶ。横には本化してしまった各種エロゲデータが山と積まれていた。
「やっぱ本になってたか。開くと音楽と共に画とか声とか出るなんて、逆に高度だな。選択肢とかゲームブック形式と思えばこのままでもイケるんでは?」
「端末の画面にのめり込んでやりたいじゃないですか!」
「オーケー、落ち着け。一応コンソール解析が利くのか。ならスクリプトと各データを…」
ペロロンチーノは大事な作業があるとドア外に追い出してしまったメイドにお茶を頼んだりと、トールの世話に専念する。キーボードを打つ音と、端末が動作する音だけが部屋に響く。四苦八苦する事、約2時間。
「…できましたな。ありがとう先生!」
「誰が先生だ誰が」
すっかり冷めた紅茶を啜り、実行データのサムチェックをする。各接続ハードウェアも問題なく動作し、読み取りしたデータのテスト出力をパスした。
殆どはターミナルのハッキング系や解析系プログラムの応用である。ウェイストランドで見つかるスキルブックの「トータルハック」シリーズの著者も、こんな使い方をされるとは思っても見なかっただろうが。
因みに表示画像は、古いフルカラー規格データの壁紙で、マイクロビキニを着たちっぱいな金髪ツインテ娘である。音データは、サンプルのヒロインの挨拶音声と、それとは別にゲームのタイトル画面BGMである。
「ゲーム画面、音声共に外部出力だ。ターミナル側はホロテープのデータ読み取りとソフトウェア的な動作だけを担う。今の範囲なら、テキストアドベンチャー系まではどれもいける筈」
トールがホロレーザースキャナと読んでいる別の未来世界の機械が、閉じたままのエロゲデータ本を外部から複数のレーザーで捜査している。説明を受けたペロロンチーノはちんぷんかんぷんであった。
「よし、大抵のはデコードしてホロテープに入るようだ。データの移行は流石にそっちで頼むよ? あと最適化が済んでないから、アクションゲームはちょっとまってくれ」
「り、了解…って、え、紙芝居系以外のジャンルもできるようになるんです?」
「3Dとかは無理だな。このターミナルはポリゴン処理系の考えがハードウェアに無いから全部ソフトウェア演算で動作が鈍い」
できはするけど、クォリティ落とさないとfpsは20にも届かないとトールは苦笑い。
「あとそうさな、ブラウザ系はOSとブラウザの再現が不十分だし、別途サーバーを立てないと今は無理だ。そもそも、ブラウザ開発と再現から始めないとならんが、流石に十年以上前の記憶だから、仕様とか覚えてねぇわ」
「すげぇ…今でも十分す」
「拠点のZAX系に、再現は頼んでみるが期待はしないでくれ…おっと、そろそろ時間だな」
某大統領の収まっていたスパコンも、そんなことの為に使われるとは想定外だろう。
時計を見れば、集合時間である。トールは一通りターミナルの扱い方とスキャナ、ホロテープの事を教え終えると、凝った肩をぐるぐる回しながらペロロンチーノを伴って円卓の間へ向かった。
「3Dは、グラボを1から開発とか個人じゃ無理だわな。それもプログラムから逆算して仕様を策定してから作るとかになる」
「…くそっ、神は俺を見放したか!」
「神様が何か言ってるぞおい」
画面が動かないかちょっとだけ系までは、ソフトウェア処理でどうにでもなったが(チート知能様様である)、3Dはポリゴン関係を司るハードウェアの用意が必要だ。ロブコ社製端末は優秀ではあるが、流石に用途外の処理を山と積まれれば動作が鈍る。
(所でペロさん。VRエロゲとか、リアルだと制限あったんだよね?)
(ええ。神経刺激がマイルド過ぎて、ゲーム終えてからスクショや録画ムービで…とか、ザラでしたけど…)
それはなんだか虚しい。トールはため息をついて、トールの拠点内にあるとあるフロアの認証カードを渡す。
「これって?」
「俺の居た世界におけるVRシステム、その利用権」
「まじで」
続きは短距離裏会話でと、説明を続ける。
(トランキル・レーンっていう仮想空間構築システムを拠点に用意してあります。今渡したのはその使用許可カードキー。拠点内に専用フロアがあるから、中央エレベータのカードリーダーに読ませれば自動で該当フロアに着きます。
注意事項としては、催眠の利かない耐性装備や耐性の高い異形種の姿では使えない事と、体感内容が夢に近いから、現実と乖離するようリアルとは少し遠い3Dモデルでの体感になりますから、あれ系が苦手な場合は使わないで下さい)
(大丈夫です、むしろどんとこい)
(…左様で)
夢の内容をメモしたり思い出したりする行為は、現実との認識の壁を壊しかねないため心理学的には止めた方が良いとされる。夢の中の内容を明確に記憶してしまう事で、現実の記憶と混同したり、あるいは現実での体験が乖離してしまったりと悪影響が多い。
トランキル・レーンは、フルスペックであれば完全再現した仮想空間での体験ができるのだが、どっぷりハマってしまうと脳以外がほぼ動作を停止して永遠に仮想空間で生きる事になってしまう。
そのため、トールは安全策としてVRゴーグルを付けて一応作り物と判る3Dモデルの中、身体への感覚や刺激を追加する…という体感バランスでシステムを調整した。
まず催眠状態になった使用者の視覚や聴覚を介して、脳とのやり取りに使うプロトコルを自動構築して設定、間接的に脳と中枢制御演算器を繋ぐ事で、催眠状態の脳へ好きなように情報を送信できる。
脳からの情報は脳波監視しているVRポッドが受け取り、それを基にフィードバックを行う。ゲーム本編とは似て異なるあの世界では、それがトランキル・レーンの基礎理論だ。
脳反応を好きなように調整できるため、副交感神経系を休眠させたり身体側の代謝を極端に落とすなど、いくらでもコントロールできる。
「…これは、実は凄いんでは? 作った人、天才でしょ」
トランキル・レーンの仕様について軽い説明を受けたペロロンチーノは、乾いた声で製作者を評す。
「トランキル・レーンを作った天才は、定期的にシチュエーションを替えて、以前の記憶を奪った住人を猟奇的に拷問して楽しんだりするTSした幼女姿の変態だな」
「うわぁ…」
スタニスラウス・ブラウン博士。G.E.C.K.(Garden of Eden Creation Kit)の開発者にして、実験Vault計画の中心人物であった。超天才科学者ではあったが他人をモルモットにしか感じていない性格破綻者でもある。
トールはキャピタルウェイストランドで早々に主人公の父、ジェームスを救出したので関わり合いは少ない。犠牲になっていた住人たちにはログアウトさせて永遠に眠らせ、Drブラウンには永久の孤独に閉じ込めてやった。その際、トランキル・レーンを含む各種研究データは全てサルベージしており、VRポッドと共に接収済である。
(複数プレイとかまではいいけど、ガチ拷問とかリョナとかは禁止で。性格や外見設定はいくらでもできるので、普通に対面のシチュがオススメです)
(あはは、現実に影響受けそうなんでやばそうなのはやめときます)
異形種の精神へ偏りそうだから、とここは真剣に言うエロゲバードマン。だが、そもそもVRエロを体感しに行く許可な訳で、キリっとした所で色々台無しである。
「ナンバーは…19番目?」
トールは遠い目をして告げる。
(2番め以降はそっちのギルメンですね、病気怖いとか俺童貞だとか後腐れ無い方がいいとか、作った子は女の子だしとかお相手居なくて寂しいとか逆ハー願望とか流石にまずくねとか、相談受けて仕方無くです)
ふと見れば、ペロロンチーノは壁に手を突いて頭痛を耐える仕草。
「判っちゃうか」
「流石にそれは知りたくなかった!」
物凄く身近な人物が先に活用してる可能性がある。ペロロンチーノは地面に崩折れた。
(ああそうそう、ナザリックが出現して以降は定期利用者は数名だけです。衆道とか無い無いとか種族違うしとか今は逆ハーがトレンドとか逆光源氏の夢くらい見たっていいじゃないって)
それを聞いて、顔を両手で覆い隠して縮こまるペロロンチーノ。
「…やっぱ、判ります?」
「わかるのが悔しい!」
その後、完成したエロゲ用増設ターミナルで主に古典ながら名作から迷作まで各種エロゲを堪能するバードマンの姿があった。たまにトールの拠点で程々に別世界技術によるVR体感して、プレイしたゲームのヒロインを再現して楽しんだという。
「エロゲーイズマイライフ!」
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その後、トール拠点内のトランキル・レーンにて
「あっ」
「あっ」
「…」
「…」
「お前、シャルティアが居るじゃん?」
「ねーちゃんこそ、マーレ達が泣くぞ?」
「…」
「…」
「できないシチュがあるんだよぉ!」
「手を出せるワケねぇだろぉ!」
「…」
「…」
「…やめよう。我慢は心と身体に悪い」
「…うん、見なかった事にお互いしようか」
というやり取りがあったそうな。
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そして、ここで終わるならいい話(?)で終わるのだが…。
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エロゲのみならず、ゲーム用ターミナルとして外部パーツ類を調整しに来たトール。ハードウェア、ソフトウェア共に安定したなら、ワンパッケージ化してゲーム用途に生産してもいいかもなと算盤を弾いていたりする。
ペロロンチーノ雑談中、彼はTSについて質問した。トランキル・レーンでは登録された性別でしかinできない制限がかかっていた為だ。トールはそれを聞くなり、形容し難い表情でため息を吐く。
「TSは基本、止めといた方がいいです。スーラータンさんのようになります」
「え、ネカマ化が加速とかオカマさんぽくとか、そういう事で?」
永劫ボッチにされたという開発者はTSをしていた筈だと首をかしげる。スーラータンも、ナザリック学園同盟(企画はポシャったが)として仲が良いし、特に変わった様子は無かった筈だ。口調は若干、オネエっぽいが特に男を狙うとかそんな事は無いし、本人も可愛い女の子が大好きだった筈である。
だがトールはぽつりと、爆弾を投下した。
「…人化に影響出ます。本人の異形種体は無性でしたけど」
「デジマ?」「マジです」
暫く沈黙するエロゲバードマン。
「大問題じゃないですか!? いや、元々小柄細身で中性っぽい人でオフ会で黒のビジュゴスとか着てましたけど!?」
衝撃の事実である。トールはスーラータンに「ギルド長と女性陣にはまだ」と口止めされているが、本人が明かすので黙っていてくれと言われればそうするしかなかった。影響が出た事について最初謝ったが、
「あの人、トランキル・レーン使い始めたのが制限付ける前だったんです。人化の衣服は通常男性もの使ってますが、異形種と明かして貰った後で拠点に来た際、どうしたと思います?
ゴスロリ着て「夢が叶った、ありがとう!」とか輝いた笑顔で言われてくるりと回ってからカーテシー決められた時の私の気持ち、わかります?」
大惨事である。トールは絶句、楽しそうなスーラータン氏であったという。
ペロロンチーノは鳥の口を開けては閉めてを繰り返し、ついに叫んだ。
「スーラータンさんが、スーラーたんになっちまった!」
「上手くないからね!?」
スーラータン氏の設定が明かされてないからと言ってやりたい放題の捏造。