荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
黒い絨毯による情報収集完了まで一ヶ月。とはいえ、その期間中に犠牲になる人々は確実に存在する。派手にはできないが、先行して弐式炎雷とフラットフットに王都へ潜入して貰い、いくつか先に判別できていた違法娼館の状況を確認してもらう。
丁度、女性陣に外して貰っている所だ。
「此方セカンド、本部、確認できてますか?」
『確認できている。…酷いなこれは』
「俺の方も同じような感じだ。女性陣にたっちさんやカワサキさんが見てたら、計画の大幅な修正が必要だぞ」
計画をすっ飛ばして殴り込みをかける可能性が非常に高い。ただそうすると、根から絶つ今回の計画の主旨から外れてしまうだろう。
『修正以前に、王都が更地になる可能性があるな…』
『少しいいか? 流石に彼女らが一ヶ月も持つようには思えない。ここだけ、手を出させて貰えないか?』
「こっちの俺らは何でも良いから、トールさん、彼女たちを助けられるならよろしく」
フラットフットの視界の先には、粗末な袋から覗く傷ついた女性の手足が見える。あれはもう手遅れだろう。覆面の奥で悲しげに目を細めた。
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所変わって、円卓の間。デミウルゴスにはそれとなく女性陣が戻るまで時間を稼ぐよう指示する。重苦しい雰囲気になった中、守護者達の居ない広間でベルリバーが口を開いた。
「俺は了承したいです。反対は? …トールさん、何か手段あるんですよね?」
危急の決を取り、その上で手を上げたトールを見る。
「私の手持ちに在るEXP薬を投与して、彼女達のレベルの底上げを行う。犯罪者共や顧客がレベル高くとも大概が十程度だろうから…」
「成程、非戦闘職でも十以上差があれば致命的なダメージは受け辛くなりますね。最小限の効果なら確か、1から20になりましたっけ」
トールの拠点内にあるアイテムの中には、摂取するだけでレベルを上げる物が存在している。トール自身には効き難くなっているが、この世界の存在に投与するとレベルというかEXPが加算される事が判明している。
後に、世界級アイテム「強欲と無欲」を装備した状態で最大効果のものを服用する実験が行われ、問題ないというか予想以上というか、<祈願>系の経験値消費系スキルや魔法を連発するに足る量が補充できる事が明らかになる。
「初の人体実験はエンリちゃんの両親だっけ?」
「健康飲料とか言ってさらっと使うとか鬼か」
「え、EXP薬とか私、知らないですよ?」
「トールえもんのチート生産物」
「なんでもアリだな…」
かのエモット夫妻は身体の健康になんら異常は無く、むしろレベルアップにより身体の調子が良いと感謝されたそうな。その後、噂を聞いた他の村人全員に配る羽目になった。偽装はしても正規兵の端くれだったペリュース達が、誰一人として殺害する事ができなかったのは、二十レベル以上と十レベル前後という格差の為である。
ただ効果に差があるようで、上がるベースとなる職業レベルを得ていないと現在の取得職業レベルのカンストで、それ以上は上がらないで保留される。そして新たな職業レベルを得れば、そこに保留分が流れ込む事が判明している。
村の作業員として「ゴブリン将軍の角笛」をエンリ・エモットに使わせた所、指揮官の職業レベルを得たようで、驚く程、能力が向上した、してしまった。
頑張れンフィーレア、心を射止めた後が大変だぞ。特に夜。
閑話休題。
「ではそれでいきましょう。ウルベルトさん、件の薬は本人が飲まないと効果が無いんで、自発的に飲んで貰うよう語りかけて貰えます?」
「んじゃこれ。流石に1スタックは多すぎるから、とりま百個渡します」
いくつかのバリエーションがあるが、今回用意されたのは小さな飴玉版だ。
「俺かよいきなりだな!? タブラさん、何かロールの候補無い?」
「正体不明の超常的な何かでいいだろう。流石に。声は男女混合変声、姿は見せないのでいいな」
「うっわおざなり…。まあいいか。王都で知ってる人気のない場所はっと…」
「セカンドさん、ヘンペーさん、今から…」
「ヤルダバオト」
ウルベルトが咄嗟に、外での偽名と言うかコードネームを言う。
「ヤルダバオトが向かいますので、合流を」
『了解、虫の息の子に<手当>のスキルを使い終えたら、一時撤収する』
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終わりのない苦しみの続く日々。暴力で嬲られる事でも死ぬが、先に心が死ぬ子も多い。故郷の村に居た妹は無事だろうか。あの笑顔をまた見たい。
呻き声すらままならなくなった身が、行為の終わった姿のまま手足を乱暴に掴まれ、運ばれ、何時ものすえた臭いの部屋に放り込まれた。そこに居た女達が、のろのろと動いて、かつて自分がしていたように、濡れたボロ布を使って身体を拭い始めた。逆らえばこうなるのだと、心を折らせるために奴等はそうさせている。
希望はどこにも無い。だけど、妹に会いたい。それだけが自分の心と命を繋ぎ止めている。身体の内に外にある痛みで自分がまだ生きていることを実感する。そのうち気絶してしまったのか、いつの間にか寝てしまったらしい。粗末な服と掛け布が身体にかけられている。
(神様、どうか)
その心の声を聞き届けたのか、はたまた幻聴か、語りかける声に気付いた。
(娘よ、生きたいか?)
(貴方は、誰ですか?)
(気付いたのだな。私は…人ではない、妖精のようなものだ。空の旅の途中、声を聞いた)
息を呑んだ私が理解するのを待ったのか、声の主は暫く沈黙する。
(んんっ、繰り返し問う。娘よ、生きたいか?)
男とも女ともわからない不思議な声音だが、優しく語りかけてくれている事はとてもわかった。
(生きて、生きていたい、です…!)
強く願う。これが幻聴なら、恐らくはもう自分は不思議な何かに縋るほど、末期なのだろう。それでももう構わない。生きていたい。
(そうか。ならば力を授ける。お前の周囲の哀れな娘達と共にな。生き延びて、予言の時を待て)
(予言?)
(人の子の住処…王都と言ったな、近く、ここに渦巻く悪意が吹き払われる。お前達はそれまで生き延び、最後まで往生際の悪い輩の、その所業を広く訴えよ)
(あの…対価は、どうすれば)
おずおずと伺えば、声の主は感心したように笑った気配がした。
(律儀だな。だが誠実だ。なれば、他の娘達と共に大森林側の人の住処へ集え。穏やかな暮らしを過ごし、良き心の力を育むのだ)
(わかりました。絶対に生き延びます)
(終わるまでは他言無用にな? ではさらばだ、もう言葉を交わす事もなかろう)
そう言って声の主の気配といった物が消えた。
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円卓の間は、爆笑する者で溢れていた。転移門から戻ってきたウルベルトは、予想通りの状況に不貞腐れた表情で椅子に座る。
「よ、妖精って、ウルベルトさんが妖精って…!」
「異形種のあの姿で、俺妖精、って言われても絶対誰も信じませんてば!」
「…! …!」
「皆さん落ち着いて、まだ終わってないんですから…ぶふっ!」
「…うっさい、とっさに思いつかなかったんだよ。恨むぞタブラさん」
「うわぁ、流れ弾が飛んできたぞう。ま、王都の二人には同じ様な内容で各所を巡って配り回って貰うとして」
「我々の把握してない所については、先程、ウルベルトさんの転移門で黒い眷属達を送り込んでおきました。被害などは発生しない程度の数ですが、情報収集には十分でしょう」
「次の便で、足りない分の薬と一緒に、影の悪魔を送っておこう…てかお前ら、笑いすぎだ!」
憤慨するウルベルトの姿。因みに、トールはこの場面も録画中である。後でモモンガに見せる予定であった。
「何してくれてんだ荒野の災厄!」
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これは違法娼館でウルベルトが娼婦たちに声を届けた次の日の話。
他の女の子達とだけ過ごせる僅かな時間、会話が完全に途切れたかと思うと、自分の目の前に凄く小さな飴玉がある事を少女はみつけた。
『あの妖精の加護を得た娘だね? 伝え忘れていたが、それを食べておくように。身体が少し丈夫になる』
かの妖精と名乗った存在とは別の誰かが、耳元で囁いたような気がした。
昨晩の事は、夢ではなかったのだ。他の女の子達も同じ様な声を聞いていたのか、お互いの顔を見合わせてから飴玉を口に放り込んだ。ほんの少しだけ甘い。監視役がさぼって目を離している間の事だ。
(痛みは薄れた。身体が動く…すごい、魔法の飴なんだ)
身体が以前より丈夫になった気がする。十全とはいえないが、引きずりがちだった足も以前のように動いた。
娼婦たちは僅かな目配せで意思を確認し、自分のための戦いをこれから始める。生き延びるのだ。誰一人、犠牲になんてなるものか。
最初に声をかけられた少女、ツアレニーニャの懐には、同じ飴玉が複数、いつの間にか小袋に入って持たされていた。辛うじて生きてさえいれば、間に合うかもしれない。例えそれが、心まで壊れた子の苦しみを長引かせるかもしれなくても。
(皆と生き延びて、妹を、探すんだ)
尚、ドーピングされた娼婦達はこの日以降、誰も死ななくなりました。死にかけ壊れかけの子も、心体共に底上げされた結果生き延びます。
高々5レベルが、非戦闘職でも20レベル越えを殺すのはかなり難しいだろうと捏造設定です。
暴力を受けて外見はボコボコにされても、一週間も経てば大抵治ります。悟られないよう、殴られた際は悲鳴を上げたりぐったりするように演技するようになりました。※結果、演技系の職業が生えて、LV15以下でカンストだった娼婦も20の大台に。
娼館関係者は、以前と同じく悲鳴をあげるものの死に難くなった娼婦たちに、何か薄ら寒い違和感を感じるようになりました。もう手遅れですが