荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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 これまでのあらすじ

 カルネ村襲撃事件と、モモンガさん達ナザリック勢とギルメン達が再会した宴から幾日か経った。トールは外野から、彼らの楽しそうな姿に酒が美味い。

 ただいつまでも遊んでいる訳にはいかんと、ナザリックと守護者を主とする配下達と穏やかな時間を過ごしたいモモンガとギルメン達は、ナザリックとほど近い王国の状況、周辺各国の動きから、まずは安全確保と基盤固めのため、王国内のお掃除(意訳)を開始する。



至高なる御方々と計画修正と陽光聖典元隊長

 円卓の間の笑い声に何事かとセバスが様子を伺いに来た。これからエ・ランテルへ向かい、戻ってくるモモンガさんとたっちさんと合流し、王都へ向かって貰う。出立前の挨拶の積りだったのだろう。

 

「楽しそうで何よりでございますが…」

「ああうん、ウルベルトさんがシリアスな笑いを提供してくれたんだ。少し我々も頭を悩ませる事態があってな、沈んだ気分を盛り上げてくれたのさ」

「そんな積りは毛頭無い」

 

 デミウルゴスが、なんと配慮に満ちたご献身か! とか感激してるのでこの場で暴れる訳にも行かない。ぶすっとした顔で腕を組み、椅子に座るウルベルト。

 

「まあまあ、機嫌直して。セバス、向うに避難してる女性陣をそろそろ呼び戻してくれ」

「かしこまりました。私めはこのまま、エ・ランテルへ向かいます」

「頼んだ。まだ人との応対に慣れなくて暴走しがちな子も居るから、宥め役に回ってくれると助かる」

「成程。できる限り穏便に済ませるよう配慮いたします」

 

 セバスが間を辞する。代わりに女性陣が戻ってきた。最初は餡ころもっちもち、次に怯えた様子で覗き込むぶくぶく茶釜とアルベド、最後に顔を両手で隠したやまいこである。

 

(異形種の姿でそれをやってるのは、中々シュールだな…)

 

 記録係のアイボットは、今も録画を続けている。

 

「ほら、もう大丈夫でしょ。ごめんなさいね、皆」

「無様な所を晒してしまい、大変申し訳ございませんでした」

「恐怖公には申し訳無いんだけど、ほんとごめん、無理」

「ボクも苦手なんです、ごめん」

 

 アルベドにぶくぶく茶釜、やまいこが口々に詫びを口にする。異形種の姿になっているのは、少しでも落ち着いておきたい現れだろうか。

 

「流石、幾人もの女性プレイヤーに強制ログアウトを決断させた恐怖公の眷属」

 

 いつも傍若無人で「つよい(つよい)」姉が、ここまで怯えるとは。ペロロンチーノは感慨深げに腕を組んだ。ゲームだった頃も近付かなかったが、現実と化した今はとてもじゃないが見るのもきついだろう。

 これをネタに黒い眷属達の玩具を使おうものなら、自分に暴虐の嵐が巻き起こるだろうと、ペロロンチーノはるし★ふぁー辺りがやらかさないか目を光らせる事に心の中で決めた。

 

「黒棺(ブラックボックス)は流石にね…恐怖公だけなら、ちょっと可愛いとは思うんだけど」

「「まじか餡ちゃん!?」」

 

-

 

 緩んだ空気を引き締めるように、絶妙なタイミングでデミウルゴスが説明を開始する。

 

「さて、計画が開始された訳ですが、今後の予定について改めて確認と、細かい部分の調整を行います。

 恐怖公の眷属達によるローラー作戦、通称”黒い絨毯”による王国全土の把握は、移動速度から一ヶ月を見込んでいます」

 

 くいっと眼鏡を上げながら説明するデミウルゴス。黒い眷属達は空も多少飛べるとはいえ、一ヶ月の速度としては、あの黒い昆虫としては全力に近い速度だ。

 

「一ヶ月間、黒い絨毯に蹂躙される王国民に哀悼の意を表したい」

 

 ベルリバーの弁に、うんうんと大きく頷く女性陣。アルベド含む。それを見て難しい表情をしてデミウルゴスが小さく咳払い。

 

「こほん、説明を続けます。黒い絨毯による縦断の完了後、皆様並び、階層守護者には事前の手筈通り、王国全土の目標をほぼ同時に制圧して頂きます。その間のナザリックの防衛体制については、以前に用意頂いた傭兵モンスターを階層守護者の代替として宛てます」

「転移門を扱える面子が居てこその、強襲作戦だよな。襲われる側にとっては、悪夢以外の何物でのない」

「所で、黒い絨毯の現地調達による食糧事情の悪化は、グレータードッペルゲンガーが化けたル・シファー商会の行商人でカバーして貰うとして、足りるの?」

 

 ル・シファー商会。貴族向け、庶民向け、冒険者向けと幅広い客層向けの複数店舗を展開する新鋭の商会だ。8年ほど前に行商人から開始し、競合他社の無い分野を金のなる木に変え、見たこともない商品を多数揃え、数年でエ・ランテルを代表する商会にのし上がった。エ・ランテルの商業ギルドと王族派の貴族層にも資金面で援助を行い、今やかの商会を阻もうとするのは王都側の大手商業ギルドや犯罪組織位である。

 尚、名前の通り会長は「るし★ふぁー」である。カワサキの切り盛りする食堂も、行商人を自称するトールの立場も、一応は商会の協力店である。今回るし★ふぁーは商会に陣取り、不足するであろう品の準備をしている。

 閑話休題。

 

「ユグドラシル金貨の件、金のガチョウの召喚で解消されましたので、ナザリック内の能動的トラップの停止、階層の効果エフェクトの停止により浮いた余剰分を各種必要費用に充てます。現在は魔法の大釜で食料の増産を実施中です」

「持ち出し無く余剰で稼働できるのは有り難いな。生産するのはブロック栄養食か?」

「はい。速度を重視いたしましたので、味は二の次で良いと考えました」

 

 ナザリック内で食糧生産をする魔法の大釜は、金貨を追加投入する事で任意の食料アイテムを追加生産できる。ブロック栄養食とは、空腹状態を解消する最低限の食料アイテムである。

 

「仕方無い。緊急備蓄を放出したと説明すれば理解も得やすいか」

「ブロック栄養食は1つで大人一日分を賄える。少し硬いけどふすまパンよりかは味もあるし食いやすいからいいのかな?」

「一口齧ってみんな諦めたふすまパン、あれよりマシならいいっしょ」

 

 植物の「ふすま」を粉と言うか砕いて作ったパンである。現地では特に名も付けられてない植物だったが、フィールドワークに精を出していたブループラネットが「これは”ふすま”じゃないか」と言ったので、王国内でもふすまと呼ばれるようになった。

 

 尚、地球上での「ふすま」とは本来、小麦を粉にした際に出てくる殻や糠の部分の事だ。こちらの世界では、小麦の近親種であり殻部分が大多数を占める。背の低い小麦もどきとも言われていて、これが混ざると小麦の製粉時に質を落としてしまう。

 ブループラネットは口に含んで、噛み砕いた殻の奥に小麦の中核部分があるのに気付いて「ふすま」と称したのである。

 

 食感も悪いし味も悪いし消化も悪いが、腹だけは膨れるため王国の貧しい村での主食になっている事がある。カワサキの依頼で珍しい食べ物を探していた時期があり、その際に口にした一つがふすまパンだった。

 小麦粉と混ぜて作られていたが、ふすまの比率が高く、味はお察しである。

 

「一人辺り三〇日分でも、数セットの生産で1村余裕か。黒い絨毯の事前調査後に行商人の派遣だから、領主とかとズブズブの村民は見分けられるね」

「あれ、普段美味いもの食ってると一口目が不味く感じるとか罠にも程がある」

「咀嚼する中盤以降で、悪くないかなって思える所がなんか悔しかった…」

 

 はいそこ、悲しいリアルの食生活は忘れようね、とペロロンチーノが言いつつも目から光のきえてるのが何人か居たりする。デミウルゴスは、いくつか聞き及んでいたリアルという世界の過酷さを思い、そっと涙を拭った。

 

「試食、俺は遠慮しとこう。売る際に、忙しくて食事がままならない人向けとか口上必要かな」

「そだね。ま、ブロック栄養食談義はその辺で。そんで、モモンガさん達が依頼終えてエ・ランテルに到着するのは一週間後だっけか?」

「討伐隊の被害状況にもよりますが、ナーベラルと共にルプスレギナを同行させております。大きくはズレもないでしょう」

「どちらかだけだと少し心配だったからな。能力的にも適切な候補の選出だったぞ」

「ありがとうございます」

 

-

 

 次に、エ・ランテルで食堂を開いているカワサキより、配下兼同居人である、元法国の特殊部隊所属だったクレマンティーヌからの厄介な情報だ。

 

「秘密結社、ズーラーノーンによる死の螺旋?」

「以前潜入していた際、面識のあった幹部、十二高弟の一人がエ・ランテルに居る事を確認した、か」

「儀式実行の可能性があるため、共同墓地のいくつかの地下墓所を現在探っている、ですか。ふむ、流石はカワサキ様が見出した人間ですね、それなりに役立つようです」

 

 原作においては、デミウルゴスはその知性の高さなどから、殆どの人間を見下し気味の気があった。だがこの世界においては、基準としてはおかしいが、一応は人間であるトールと、やまいこの妹であるアケミが人間種である事から、大抵は無価値だがと思うものの侮る気配は無い。

 

 獣王メコン川が質問の為に手を上げた。

 

「法国の特殊部隊所属だったってから多少は腕が立つだろうけど大丈夫なのか?」

「一撃必殺の軽戦構成で、レベルにして三十程度はあったな確か。とはいえ、食堂の看板娘の一人だ、怪我が無いようにしてやらんと」

 

 この世界における英雄級のクレマンティーヌであったが、ナザリック勢にとっては庇護対象となる程度の強さである。本人は凹むかもしれない。

 

「カルネ村から、ニグンをエ・ランテルへ向かわせてカワサキさんの所へ合流させよう。あいつ、低位アンデット相手なら無双できる天使系召喚得意だろ? タレントで召喚対象を強化できる能力があった筈だ」

「装備が貧弱だから、共通ドロップ品のゴミ装備放り込んである所から現地向けの代物集めて適当に装備させといて。攻撃性能より、生存性重視で」

「パンドラズ・アクターに選別させるといいですね。私達も把握してない装備類も、宝物殿の整理で知ってるみたいだし」

「ではそのように。シャルティアに迎えに行かせます」

 

 カルネ村の畑で囲い作りに精を出していたニグンは、突如現れたシャルティアに「至高なる御方々より命令でありんす。まずはついてきなんし」と、副官と部下の目の前で攫われ、地上に建築されたログハウス脇でメイド達に囲まれて服を剥ぎ取られると温水で隅から隅まで洗浄され、洗い直した陽光聖典の法衣を被せられたが早いか、数々の装備を渡された。

 

(漆黒聖典以外でこのような強力な装備を与えられる事など無いぞ!?)

 

 ユグドラシル基準ではゴミ装備でも、この世界ではかなり強力な部類に入る装備が与えられた。作ったはいいが、すぐに上位の装備の準備が整ったりして使い道が無くなったり、手軽にネタ装備と作ってみたがネタにすらならなかったような代物だ。ユグドラシル分類で「最上級」と「遺産級」である。

 

(神々は私に、何か試練をお与えになるつもりなのだ)

 

 ニグンは誓いを新たに、神々が望むであろう試練に立ち向かう覚悟を固めた。

 

-

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 長たるモモンガさんは不在の為、玉座脇にアルベドとデミウルゴス、他に「ボロを出さない」面子が揃った。主な発言者は盛大なじゃんけん大会の末、ぶくぶく茶釜に決定した。今回のロールは慈母のような女性である。

 

「外見も中身も慈母から程遠い件」

「おう愚弟、私の演じた母性ロリババアに負けてこっそり通販でぽちった過去をバラすぞ」

「ほぼ暴露じゃないですかやだー!?」

 

 相談の上で決まったロール。いくつか声を変えて声を出すと、声の根幹と存在そのもの(卑猥シルエット)は変わらないのに、その場に居る人物がまるで別の存在になったかのようだった。

 

 そんな慈母のような女性ロールで声をかけるぶくぶく茶釜。

 

「よく来ましたね、ニグン。村での奉仕も評判が良いと聞き及んでいます」

「顔を上げ、至高なる御方々の威光へ触れなさい」

 

 ニグンは顔を上げた。

 目の前に居たのは圧倒的な力の気配を漂わせる…、形がなんだか不明なピンク色の存在。ぷるぷるしている。流石に少し面食らう。

 

「発言を許そう、ニグン」

「はっ、罪人たる我らに数々の温情と、償いの機会を頂きました事、感謝の念に絶えません」

「貴方達の日々の働き、私達の目に狂いは無かったと安堵しています」

 

 まさか目の前のピンク色の何かが声を出すとは…いやいや、神はその姿は様々だ。姿形に関わらず、圧倒的な存在感を示されている。それに先程からかけられているお声はどうだ? 何者も慈しむ女神のようではないか?

 考えはおくびにも顔に出さないニグン。中々のつわものである。

 

「さて、今回呼び出した理由ですが、私達の一人、料理を司るカワサキさんの配下に居る、クレマンティーヌの護衛です」

「護衛、ですか? 大変恐縮なのですが、あの者は対人戦闘において私を凌駕する力を持ちます。その力を凌駕する者、あるいは事態が降り掛かってくる可能性があるのでしょうか?」

 

 腐っても元陽光聖典隊長。能力やコネだけでその地位に就いた訳では無かった。

 

「ほう、中々聡明ですね。ぶくぶく茶釜様、詳細を説明してやってもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いしますね、デミウルゴス」

「では。君の推察通り、カワサキ様直属の配下となったクレマンティーヌに、一人では対処が難しい数のアンデットの群れが襲いかかる可能性があります。

 犯人の目的はエ・ランテルでの死の螺旋という儀式の実行と考えられます。君には都市の、特にカワサキ様の食堂とクレマンティーヌの護衛に就いて貰う」

 

 デミウルゴスとしてはその実、カワサキの食堂以外はどうでもいいのだが、穏やかに在りたいと願われる至高なる御方々の方針を遵守する。また周囲を守ることは、誰かに料理を振る舞いたいというカワサキの願いを守ることに通じ、また居合わせるだろうモモンガとたっち・みーの名声を上げることに一役買うので、重要度を何段階も上げていた。

 

「死の螺旋! 死の神の領域を侵す、不届き者の冒涜なる儀式!

 死の神たるアインズ様が降臨された事も知らず、なんと愚かな! 尊き命無くば、私自ら鉄槌を下しに行くものを!」

 

 思わず声を荒げるニグン。デミウルゴスは彼の言葉に嘘偽りが無い事を理解し、笑みを深くする。

 

「…感情を抑えきれず、大変申し訳ございませんでした。

 主命、謹んで承ります」

「食堂と共に市街区を重点的に守りなさい。墓所には、アインズ様方が向かわれます」

「なんと、神自ら!」

 

 なんかニグンの心からの称賛にむず痒くなる、ぶくぶく茶釜と他ギルメン。耐えられなくなったのか、ピンクの肉棒はぷるぷるしている。それでも声には影響を出さない所は、流石はプロ声優である。

 

「ではニグン、お行きなさい。滞りなく任務を遂行する事を期待します。決して無理はせず、無事に帰還するのですよ?」

「ははーっ!」

 

 そんなやりとりの後、円卓の間に戻ると残っていた面子がぷるぷるしている。恐らくはぶくぶく茶釜の慈母ロールと、ニグンの信仰心限界突破状態が気恥ずかしくて耐えられなかったのだろう。トールは「アイボットの録画データがそろそろ一杯だから、データを移すので席を外す」と言って居なくなっている。

 

(一人、客室で笑って発散する気だな!?)

(ずるいぞトールさん! 俺だって突っ伏して笑いたいのに!)

(か、彼の信仰心は本物です、真面目故の言葉なんですから、笑っては…!)

(おまいらー、私の演技で笑うのかー?)

(だから、そのギャップが腹筋にやばいんですよ! …てか私、腹筋の辺りって口なんですよね? なんで引きつってるんだろう?)

(右に同じく…痛くないのに痛い…)

(これで、俺の妖精さんネタは負けたな。流石だ茶釜さん)

(ええい、消える訳でなくてノーガード戦法だ諦めれ!)

(トールさんは居なくなりましたけど、録画は続いてるんですよね?)

(玉座の間もばっちりの筈。よかったね茶釜さん!)

(何してくれてんだ荒野の災厄!)

 

 グループ会話はこんな具合である。

 後に、ギルメン達+たっち家族+やまいこ姉妹+トールで計画のまとめ上映会をした際、終わる頃には、異形種の精神沈静化や精神耐性があったにも関わらず、笑いとか恥ずかしさとかで、たっち家母子以外のほぼ全員が色々死屍累々になったという。

 




茶釜さんの中の人はあの方なので、メインがロリ系でも慈母ロールとかもお手の物の筈。

追記:ふすまって、小麦の殻だったんすね…。ブループラネットさんを悪者にする訳には行かないので、正直に筆者がアホだったことを告白すると共に、そういう捏造植物がある事にしました。

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