荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
「あれ? ウルさんは?」
「追加動員をかけるそうです。彼らですね」
「…撮影から逃げたな」
「逃げましたね。逃げられるの?」
「荒野の災厄からは逃げられない」
「ですよねー」
ウルベルトは夜の王都の上空に転移門で出現、音もなく目的の隠れ家へ向かう。王国では当然ながら、空の警戒は一切していない。これが帝都なら、稚拙ながら対空監視網が用意されているのだが。
「さぁて、悪は悪らしく、部下をこき使ってみようか」
以前、八本指の警備部門、その傘下の六腕を強襲して、その場に居合わせた五人を捕獲した。彼らを動員して、エ・ランテルの防衛に充てる算段だ。
捕まえた際は、官憲に突き出してもすぐに釈放されるのは目に見えていた為、説得(物理)で傘下におさめたのは今も間違っていないと考えている。
ただ、八本指に戻しはしたものの、痛めつけ過ぎたらしい。約一ヶ月の説得後、憔悴して帰った彼らをこれ幸いと、居合わせなかった六腕の一人が最下位からトップ、八本指の警備部門トップになってしまった。おまけに居なくなっていた間に新規に幹部を採用して新生六腕を結成した。
戻り、落ち着いたら連絡しろ、と王都の冒険者ギルドの探し人の掲示板に特定の合言葉で張り出すよう支持しておいたが、余り間を置かずに接触してきた五人は、閑職かあるいは下っ端まがいの面白くない状態にされたと愚痴を言ってきた。
「抜けるとは言わないが、やばい奴に目をつけられた。活動を自粛する」
と表向き言って開店休業状態にするよう指示。八本指と新生六腕とは距離を置かせた為、妨害はしないものの険悪な仲だそうだ。
「ま、結果的に距離を置かせて正解か」
八本指は後程、デミウルゴスが乗り込んで乗っ取る。裏事情をコントロールさせ、犠牲者を増やさない為だ。ただ、このアイディアの一端は警官であった、たっち・みーの意見が入っている。
「ウルベルト、お前のように矜恃を持って悪を名乗る奴はほぼ居ない。大抵は他人を食い物にしてもなんら心の呵責を感じないどうしようもない奴等で、口で反省すると言っても反省なんかしないんだ」
だから、そういう連中は潜伏させずに集めて、屈服させてコントロールすべきだと。あの正義の味方が、そう言った。
「アイツもまあ、あっちの企業の犠牲者だからな…」
だが折れては居ない。理想の炎はまだ燃えている。結局、秩序の側から外れてみれば、あとは目指す所は一緒だった。
「俺らは正義と悪じゃねぇ、歪んだ秩序への反逆者だ」
-
-
薄暗い部屋の中、ボスと呼ぶ存在の声が響いた。
「揃ったな、ザ・ファイブズ。時間通りだ」
「…今度はどんな無茶振りだ、ボス?」
代表として質問する「闘鬼・ゼロ」。元八本指の警備部門長にして、六腕を束ねていた男だ。
「王国内で、俺達は掃除を始める。その手伝いをしてもらう」
ほう、と愉快げに他の面子が笑った気配がする。
「とうとう私達の古巣が滅びるのね。何の感慨も湧かないけど」
「研究費も絞られて久しい。仕事は以前と同じ程度の筈だがな」
エドストレームとデイバーノックが平坦な声で答える。エドストレームは付与された魔法の三日月刀を操り、舞踏を駆使して闘う紅一点で、ゼロの愛人だ。デイバーノックは魔法の研究をしたいがために人間へ協力するエルダーリッチである。
「それで、俺達はどこを攻めるんだ? 畑か? 宿か? 宴か?」
「憂さ晴らしができるならいいが」
不可知の金属ムチを操るペシュリアンと、対人では恐ろしく高速の突きを繰り出すマルムヴィストが若干興奮気味に問う。
「まあ慌てるな。最新情報の精査が終わっていない。お前達にまずやって貰うのは、エ・ランテルにある俺達の拠点の警護だ」
「ほう、そんな拠点があるのか」
「いやまて? ボスの言う俺達には、此方は含まれていない?」
どういう仕掛けか、シルエットと口元だけが朧げながら見えるボスは、笑みを深めた。
「判ったか。だが捨て駒にする積りは毛頭無い。
俺本来の所属集団が事に当たるんだが、王国全土の奴等の重要地へ同時多発的に戦端を開くにあたり、人手の問題で俺らの拠点としてる食堂がガラ空きになるんでな、そこの警護を頼みたい」
シルエットではあるが、エドストレームはボスの言葉の内容を信じられないと言った感じで首を振っている。
「…正気の沙汰とは思えんな。ボスの口から聞かれなければ」
「あの八本指に対して同時攻撃か…ボスの所の規模ってどんな大きさだよ」
「少数精鋭で、二桁中盤に届かない程度だよ。ま、分野が違う俺と同等の戦力がその人数だと思っておけ」
全員がぶるりと震える。アンデッドであるデイバーノックですら。
「あんたみたいな化け物が二桁台だってぇ!? 冗談きついぜ…」
だが冗談を言っている気配は無い。真実か妄言かは判断できないが。
「…冗談では無いようだな。我が主に匹敵する強者の集団とは。だからこの世界は探求しがいがある」
「なんでボス程の男が名を知られてないんだ?」
マルムヴィストが疑問を口にする。
「表向き、俺はとある傭兵団の所属だ。一応、副長な」
あっさりとボスは自身の正体をバラした。だが王国内に在留する傭兵団の中で、強力なマジックキャスターの副長を抱える傭兵団の該当は1つ「始まりの九連星」だけだ。
「おい、おいおいおい、有名って所じゃねぇぞ!?」
「全員が英雄級の傭兵団か。お仲間は彼ら?」
「そういう事だ。だが完了までは外に漏らすなよ、折角育ち始めたお前らを灰にするなんてのは勿体ないからな」
ボスの回してくる主な仕事は、王都近辺のモンスター退治の他、生きの良い盗賊団退治と、貴族派の王国貴族に関する情報収集だ。モンスター退治に至っては五人全員でかかり、ギリギリの勝利となる数の退治を依頼というか強行させられる。八本指の現役時と比べると、強さに磨きがかかったような感じがしているのが、ゼロは実は嬉しかったりする。デイバーノックのみ、強さ的な成長は無いが魔法の適切さに磨きがかかっている。
「外になんて言うか! …命は惜しい」
「私らを成長させる手段でもあったのね…。大概、死にかける一歩手前だけど」
「計画が終わった後、全ての都市の裏通りをお前らに任せるんだ。今は我慢してくれよ?」
「判ってるぜ。薬と奴隷と違法娼館以外の欲絡みの店が全部傘下に収まるなら、これほど美味しい話は無い」
「アンタは俺らを強くしてくれたんだ、感謝してるぜ」
「…一向に勝てる気はせぬがな」
五人全員が近接戦闘を含めて一斉にかかって、全く歯が立たない。それでいて本人は、帝国の逸脱者に匹敵するマジックキャスターが本業だ。詐欺にも程があるといえよう。
「ではザ・ファイブス全員、参加という事でいいな?」
全員が黙って頷く。さて近くとはいえど、旅支度だ。
-
-
「所で食堂と言ったな? エ・ランテルでは大抵宿兼酒場だが、ただ食堂と言えばあの一軒しか思い浮かば無いのだが」
「多分合ってるぞ。因みに店主は、俺の仲間だ」
デイバーノック以外が「ああ、強そうだもんな」と納得の顔。
「あの男も強いのか…頼めば手合わせして貰えないだろうか」
「俺とは別ベクトルの強さだが、戦闘の専門じゃあないからあの人に突っ掛かるのは絶対やめてくれ。特に料理の邪魔はすんな。ぶっ飛ばされるんだよ、俺が。
後でたっちに頼んでやるからそれで我慢しろ」
「自由騎士、正義の聖騎士、最強パパ、あのタッチと手合わせだって!?」
(最後のそれはどこの噂だよ…)
「よ、よぉし、すげぇ気合が入った! ボス、警護は任せてくれ!」
エ・ランテルに逗留する際は必ず通っているマルムヴィストが気合を入れた。
「なあボス、仕事が終わったらカワサキの店で労って貰えないかい?」
「ああ、俺もお願いしたかった…いいか?」
「いいぞ。食べ残さないなら無制限だ」
「「「「ボス太っ腹!」」」」
ただ一人、デイバーノックが平坦な声で愚痴る。
「我は必要ないというか、食えぬから遠慮する」
「無事に仕事を終えたら、人化の腕輪を試させてやる」
ボスの提案にエルダーリッチは思わず立ち上がった。理性在るモンスターなら大抵を人間種の姿にできるアイテムと聞き、今から興奮している。
「なんと、そんな代物があるのか!? 流石はボス、凄まじい代物を所有されている!
よぉし期待に答えるべく、いつも以上の全力で承ろう。
ああ、たまに気になる匂いを他の面子が漂わせる事があったからな…人であった記憶は無いが、今から楽しみだ、うむ」
(((お前そんなキャラだったっけか…?)))
「ま、まあ、気合が入ったなら何よりだ」
デイバーノックのテンションの上がり具合に、流石にひいてしまったボスことウルベルトであった。
-
-
「ウルベルトさん所の元六腕、食堂の警護に呼ぶって話はどうなった?」
「了承だそうだ。ぶら下げられた人参がでかいせいか、気合入ってるってよ」
どんな人参というか褒美をぶら下げたのか興味が湧いたが、後にしようとベルリバーが提案した。尚、ウルベルトはアイボットの追跡を逃れた積りだったようだが、王都にも無数に配置している。空中をレーダー監視しているため、実は行動が筒抜けで、ステルスフィールドで身を隠したアイボットが、元六腕ことザ・ファイブスとのやり取りを録画済みである。
閑話休題。
「ナザリックの戦力では、手加減が難しいですからね。ここはウルベルト様が彼らを抱えた先見の明と采配を称賛させて頂きます」
(結構いきあたりばったりなんだけどなぁ)
(デミデミにとっては、深淵なる叡智を湛えた創造主、だから仕方無い)
デミウルゴスの称賛に、目配せしつつ諦め顔のヘロヘロとぷにっと萌え。
「段々上がってくる情報増えたね。…ああやっぱ、この国詰んでるわ」
獅子面筋肉ダルマの姿だが、リアルでは事務職で数字関連に多く携わってきた獣王メコン川が呆れたように言う。
「ジルクニフ帝の戦略からして、王国は何も手を打てず数年以内に無くなってただろうな」
「我々が横から掻っ攫う訳だが」
「NDK? NDK?」
「年単位の計画がおじゃんとか、ハゲそう」
食料自給事情が悪くは無いが良くもないので、戦役において予算の都合上それなりに費用がかかってきたのが全部パーである。ハゲそう。
「美形ハゲ? 意外とアリかな? 今皇帝って長髪だっけ?」
「ハゲさせる気満々かよ! やめたげてよ!」
「計画遂行後は速やかに接触図って、食糧事情解消の相談と一緒に、こっそり胃薬と毛生え薬を進呈しようか」
「ハゲを確信してる俺ら酷い。酷くない?」
「いえ、誠にもって慈悲深い配慮かと」
幸いにしてギルメン達の誰も用が無いが、トールが生産、所有する薬物の中に効果が魔法に匹敵するMOD由来の毛生え薬がある。ル・シファー商会にも卸しており、貴族相手に莫大な利益を叩き出している。
-
また0ダメージのグレネードに効果を付与すると、生える方向で髪型がランダムに変わる。剃ってたりモヒカンだったりするレイダーの中に放り込み、髪型が突然変わる姿を見る遊びをウェイストランドでしていたらしい。モヒカンがツインテールに、禿頭がアフロになった時は、腹筋が死ぬかと思ったとはトールの弁である。
「私達が将来ハゲる可能性も無くも無いのでその辺で」
「もうフッサフサのロマンスグレーで確定してる教授が言っても説得力無いです」
ジル「えっくし!?」