荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~ 作:マガミ
「ふむ、あの男が地上に出て何かをしている、ですか」
至高なる御方々が軒並みエ・ランテルでの計画で出払っている中、守護者達に断りを入れてトールは周辺を歩き回っているという報告が、イマジナリ・ニューから入った。
「残る数名の、至高なる御方の気配を察知した…という訳では無さそうね」
「ちちう…、こほん。モモンガ様以外の至高なる御方々の条件から致しますと、限りなく可能性は低いかと」
一体何をしているのか不明である。一部の守護者達の間に、良からぬ企みをしているのではという危惧が過る。まあ、企みというか、また功績を積み上げるんではないか、という焦りも多分にあるが。
「あ、あの、ならトールさんに聞いてみると、いいのでは?」
「何か企んでるなら、答えるとは思えないけど…」
こういう所は姉弟で差がでるのか、素直に聞いてみるのがいいというマーレに対してアウラは疑問を呈する。
「報告を受けて、私も影の悪魔を派遣して調べています。現在の報告ですと、周辺で地面の調査と、距離を測ったり、何かを置いては撤去するといった行動を繰り返しているようです」
「意図が読めないわね。ナザリックへの影響は?」
そっとパンドラズ・アクターが周囲の詳細地図を広げる。行動範囲はナザリックからほど近い範囲で、あまり遠くには行っていない。
「マーレが隠蔽した丘部分からナザリックへは何も影響が無いと」
「おや、戻ってくるようでありんすね?」
トールとペロロンチーノが休憩時間に仲良く騒いでいるのを知っているシャルティア。主もトールから提供の衣装をシャルティアに着せて喜んでいたりするので、関係は悪くない。主から頼まれているので、内部への転移を請け負っている。
「度々すまんな、シャルティアさん」
「いつもの口調で構わないでありんすえ、トール殿?」
「今は他の目もある。表向きはこれで」
転移門での移動で、トールが戻ってくる。
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「端的に聞きたい。トール殿、先程までは何をしていたのか?」
デミウルゴスが静かな声で問う。トールは少し考える素振りをして、何かに得心が行ったかバツの悪そうな顔で答えた。
「軽い散歩ついでに、予定してた測量と地盤調査だ」
「測量? この周辺の地図を作るの?」
アウラは首を傾げた。トールはトールで不思議そうな顔をしながら説明を続ける。
「以前話した、都市建設の一環だ。エ・ランテルから王都へ到着するまでには、墓所及び公園区画の整備、ランドタワーの基礎建築、行政区画の建築、居住区画の整地、一部商業区画の整地と建設は完了する予定だ」
守護者達の間に沈黙が広がる。一体何を言っているんだこの男は、という感じである。
「バーで伺ったあれは、本気だったのですか!?」
「待って、ちょっと待って。何の話なの一体!」
デミウルゴスの驚きに、アルベドは何も聞いていない事の不安を顕に問い詰める。他の守護者達は疑問で頭が一杯である。
「ナザリックの大型隠蔽計画。モモンガさん達の採決もあるぞ」
トールはトールで、モモンガさんのサプライズか? と呑気に思いながら答えた。
「なっ!? …いや、そういう事ですか、いやはや、モモンガ様達も貴方もお人が悪い。我々の計画進行での王国の混乱、それの裏で並行し、トール殿に委託しての準備とは」
何か裏を読んだのかやたら感心するデミえもん。いやそれ勘違いじゃね、というツッコミができる者はここには居ない。
「モモンガさん達は兎も角、俺は悪魔にだけは言われたくないぞ人が悪いなんて。まあ、採決は丁度いい時期だったから、判ってて下してくれたのかな?」
そんな事実は無い。だが偶然の一致とは思えないとデミウルゴス達は感心している。
「それで、全力ではなくて片手間の範囲でと決まっててね、一人で出歩いてた訳だ」
「詳しく、伺えますかな?」
訳知り顔のデミウルゴスは兎も角、アルベドとパンドラズ・アクターは説明される隠蔽用偽装都市の建造計画に内心驚いていた。トブの大森林をかすめる形で円形の城壁を草原と共に大きく囲う。内部はいくつかの区画に分けられ、中心に都市の象徴となるランドマークタワーを、その裏手にナザリック地下大墳墓を囲った墓地区画を用意する。あとは必要に応じて都市としての体裁を整える計画だ。
「…ナザリックを中心に、偽装として転移・出現した体の都市を作り上げると言う事なのね?」
アルベドが記憶をたどれば、確かにモモンガさんへ提出したトールからの決済の一つに、ナザリックの地上部追加偽装計画のものがあった。警戒、防衛ラインの構築を兼ねたそれは…、確か、面積的には王国の首都の倍程度の面積を囲う外周、そこを監視ラインにするものではなかっただろうか?
(追加で偽装を施してナザリックから目を逸らす…、詳細な監視ラインの説明以外は一行しか説明を書いてなかったわよ確か!?)
酷い企画書もあったもんである。
「ああ。ただ先程も言った通り、今は計画の進行がメインだから、何かの事態で呼び出されても対応できるよう、片手間にできる部分だけになる」
昨晩、エ・ランテルでのズーラーノーン対応計画は殆どの行程を終了した。今現在、至高なる御方々は都市の市民達に大歓迎と歓待を受けている真っ最中である。
そして、そこから数日後には戦士モモンことモモンガさんと、それに同行するたっち・みー達は王都へ向けて出発予定だ。
その期間中に、今、目の前の映像のような範囲に都市の区画を作り上げる…超位魔法<天地創造>でも無い限り、どだい不可能な話である。この眼の前の、荒野出身の理不尽以外には。
「か、片手間で、街を作っちゃうんですか?」
「ああ、マーレさんが造成した丘とかは撤去せず、それを生かした都市作りになる。ナザリック勢が常用する箇所はデミウルゴスさんが色々とデザインのアイディアを出してくれて助かった。他の部分は俺が居た世界の戦前の建設をベースに、できる限り整ったデザインでぽんと」
デミウルゴスは自信ありげに頷いた。トールはそれを察したか、簡易的な絵ながら、建造予定のランドマークタワーのデザインを見せる。
日中は黒く光り、夜は白く輝く。周囲は煉獄の炎と極寒の氷雪が彩る、幻想的な塔が描かれていた。デミウルゴスのアイディアを基に、軽く背景を描いて彩色してある。
「絵、上手だねー」
「おお、ありがとう」
呑気な会話をするトールとアウラ。パンドラズ・アクターは飲む必要の無い唾を飲み込む。アルベドは表情は変えていないが、内心、驚きっぱなしである。
「「…」」
「どうした? 片手間だから、ランドマークタワーは基礎部分だけだし、他は出来合いだし、それぞれの地上住居はまだ希望を聞いてないから作れないし、都市を囲う壁と予定の監視ラインの構築は終わるにせよ、完成予定と比較して全体の2割が精々なんだが」
「聞く範囲では、確かに規模はともかく、都市としては未完成もいい所ね。だから片手間、そういう事になる…のかしら」
「モモンガ様達も、トール殿の片手間の範囲は予想外なのでは?」
パンドラズ・アクターの言葉に、自らの創造主達は意外とトールの能力上限を把握してない事を思い出し、アルベドは確認も兼ねて予測を口にする。
「交流の長い方々は承知の上で、短い方々は想定を超えられた可能性がありますね。モモンガ様だけは事前に知っていて承諾したのでしょう」
「彼が外部の協力者であった事もそうですが、我々は今件を反面教師に、モモンガ様が厳命されたように、報告、連絡、相談を徹底せねば」
トールをそっちのけで、ナザリック内での連絡体制について相談を始める知恵者三人。ついていけない風のコキュートス、アウラ、マーレ、シャルティア。
「何だか難しい顔して話してるでありんすね」
「所でシャルティアさん、ペロさんに渡したあれ、どうだった?」
横で経緯を見つつ、こっそりと耳打ちするトール。渡したあれとは、ユグドラシルの基準では運営警告必死のデザインの衣装だ。MOD由来のデザインで、それを着て出歩くのは憚られる露出とギリギリラインの攻めである。
「トール殿、おんしはあちきを殺す気かえ!?」
「げ、まずかったか?」
小声で恥ずかしげに怒るシャルティア。ほぼ外部の者も守護者間でも見たことの無い表情に、アウラが目を見開いている。今現在もアイボットは録画を継続しているので、トールは後でペロロンチーノに見せようとか考えている。
「い、一着なら次の日起きたら気怠い気分で済んだかもしれないのにバリエーション十着とかペロロンチーノ様が狂喜乱舞の上着たら着たで号泣された後にキリっとして囁かれながら初めての夜の数倍の回数…!」
顔を逸して夜生活の告白である。聞こえてしまったアウラは顔を真赤にしているし、マーレは首を傾げていて、コキュートスは動かない。
「わかった、オーケー、うん、なんかごめん。だから茶釜さん、二人に朝、説教してたんだな…」
エ・ランテルへの一斉移動の朝、遅刻してきたペロロンチーノとシャルティアに正座をさせていたのを思い出す。ただ、いつもより色がピンク色だったが。
「と、兎も角、あちきとしては小出しを希望で…嫌な訳では無いの」
本人達としては、一晩どころか丸一日及んでいても双方異形種のため体力的には問題無いが、お互い容赦なく高めた人外の感覚上昇を落ち着かせないと、業務に支障をきたす。
「貴女も守護者としての仕事があるから、影響が出るのは俺も本意ではない。自重しよう。ただ、先に謝っておこう」
トールが真剣な顔をする。
「何の事かえ?」
「マイクロビキニをペロさんに渡した」
「何してくれてんだ荒野の災厄!?」
嬉しそうに怒るという器用な真似をするシャルティア。いつもの澄ませた顔が嘘のようである。
「…でも夜は着るんでしょ」
「///」
しゃがみこんで顔を覆い隠し、小声でプレイ予定を呟くシャルティア。アウラは心配になって近寄ったが、終始内容を聞かされる羽目になり、顔を真っ赤にして頭から湯気を立てている。マーレはわからないという顔だ。コキュートスは表情もわからない。
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暫くして結論が出たのか、デミウルゴスがトールに向き直る。
「トール殿、疑うような質問、申し訳ありませんでした」
「問題ない。俺がやれる事の範囲は、間近で見なければ理解ができないからな。誤解を招く行動をした此方こそ謝罪する」
お互い手打ちである、という事で守護者達は安堵した。これでまたトールの功績が積み上がる訳だが、至高なる御方の一人、チグリス・ユーフラテス様は「あの人の行動は災害みたいなものだから、益があるならそういう物だと思って、張り合わなくていいと思うよ」と仰られていたので、最近の階層守護者達は気にしない方向にシフトしている。
「いい機会だ。近く、俺の拠点を簡単に案内しよう」
「ほう、よろしいので?」
「成程、黒い絨毯での情報収集中ですからね、もしもの際の協力要請でどの程度お力を助力頂けるか、我々が把握する意図もあるのですか」
「そこも理解して貰ってたか。ま、それだけじゃない」
ロイヤルスイートの他に、権威的に重要な区画まで見せて貰っているからフェアでいたい、とトール。
「モモンガ様も、ご一緒に?」
アインズ・ウール・ゴウンの中で、モモンガのみトールの拠点に赴いた事が無い。セバスは許可を貰っているが、現在は計画遂行の為に任務についており、訪問するのはまだ先だ。
「ああ。王都へ向かう馬車に乗る期間、到着の間は指揮や会議で転移門を使ってナザリックに戻る手筈だろう? その間にどうかと思ってな」
「戻って来られたら相談致します。それまでは保留で」
「わかった。それじゃまた、設計データのアンカーだけ終わらせてくる」
「ではまた送るでありんすえ」
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さてこのトールによる偽装都市建設計画だが、暫くの間、至高なる御方の殆どが気付かなかった。ナザリック内と人によってはトールの拠点、エ・ランテルを転移門で行き来していた為だ。それに、与太話からトールが本気を出して、現在の人類では不可能な水準の都市を作り上げるとは思っても見なかった訳もあるのだが。
一部の至高なる御方は、気付いたが気付いてないフリをして、
「そういえば、偽装の話はどうなってる?」
「進捗は順調とのことです。モモンガ様が王都へ着く頃には、ほぼ完成と伺っております」
という感じで状況確認をしていた。
気付いたのは、エ・ランテルの事情が落ち着き、カルネ村へ薬草採取の名目でエンリに会いたいンフィーレア・バレアレを護衛した冒険者チーム、漆黒の剣の冒険者組合への報告からである。
カルネ村からも解る程、高い塔が時折見えるという話に当初は誰もがそんな馬鹿なと言っていたが、エ・ランテルからでも日によっては見えることが確認され、大騒ぎになったのがル・シファー商会と食堂にも伝わった。
「相変わらずとんでもない事するなぁ…」
「あーうん、予想外の予想通りだな。思ってたよりでけぇわ」
「くっそう、こんだけ騒ぎになる面白い事、思いつかないww」
「張り合うなよ絶対。絶対だからな?」
王都に到着したモモンガさんは、宿に着いた際に報告を受けて転移門でとんぼ返り。ナザリックの地上部から外に出れば、目の前には荘厳なランドマークタワー、周辺にはどこか懐かしさを感じるデザインの、この世界の水準からしたらはるか未来の都市が広がっているのを見て、顎をパカーンと開いた。
精神抑制が働いて落ち着いたら、急いでトールが居るという一般用区画に向かう。案内板もあるので迷わないのが悔しい。モモンガさんが疾走の果てに辿り着いたのは更地の前の広い道路の上で、他のギルメン達に囲まれていた。どうやら、他の面子の一部も気付いていなかったらしい。
「え、ウルベルトさんとか、るし★ふぁーさんとか、他も何人か判って聞いてきてたし、そもそも説明して稟議書書いて、決済貰ったじゃん?」
そう言いながらPip-boyを操作。何も無かった一般用区画に、整然としながらも雑多な雰囲気を持つ街並みが現れた。
モモンガさんは地面に両手を突いて崩折れたという。
エ・ランテルを更地にする手もありましたが、どうせならナザリックを墓地の一角に偽装して都市を作ったほうが「転移してきた都市」っぽい偽装ができるんでないかと。
あと、現在移動中の漆黒聖典は、一緒に現れた神の都市と誤解します。