荒野からやってきました ~死の支配者と荒野の旅人~   作:マガミ

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あとはまあ、野となれ山となれ(ぉぃ


哀れな元王子と元貴族達の最後

 戦場とは名ばかりの、ただただ哀れに蹂躙劇が行われる場所から男は逃げた。荒れ狂う稲光、吹き荒れる暴風、乱舞する火柱、切り裂く氷雪、魔法を蔑視する風潮のある王国貴族達だったが、神話の軍勢が現れ振るわれたその力の前には、剣も槍も盾も鎧も、等しく塵芥であった。

 

「ひっ、ひっ!」

 

 悲鳴すら上げられず、落馬して必死に光の無い方向へ逃げる。エ・ランテルはもう駄目だ。なんであんな、あんな化け物共が味方しているのだ。

 元第一王位継承者バルブロは、陣ごと草刈りをするようになぎ倒される兵の姿を目に焼き付け、厳つい顔を涙で歪めさせながら必死に戦場から遠ざかる。

 

 息も絶え絶えに走った先、夜明けと共に丘の上で膝をつく。6大貴族の他の面々は逸れた。今居るのは、同じ様に逃げ延びた近衛が数名ばかり。もう音も光も聞こえない。助かった、という安堵と共に恐怖が身体を震わせた。

 

「元第一王子バルブロ! 貴殿を国家反逆罪並び、ラナー王女殺害の罪によりその命、貰い受ける! 我が名はラナー王女が従士クライム!」

 

 よたよたと立ち上がった視線の先、不揃いながら意気軒昂の兵士達が丘の麓の林から現れた。先頭に立つのは馬上のクライム。確か、ラナーの側仕えだった平民だ。バルブロは喉元過ぎれば熱さを忘れると言った所か、先程までの恐怖を忘れ、怒りに震えて剣を抜き放つ。

 

「平民ごときが、高貴なる血筋の俺に何をほざくか!」

「兄上、いや反逆者バルブロ! 貴殿はもう終わりだ! その命を持って妹、ラナーへの手向けとする! これは王命である!」

 

 ザナックが鎧を着て、これまで見せたことの無い威厳在る声で宣言する。王命? あの弱腰の父王が、この俺を!? バルブロは混乱しつつも、目の前で殺気を叩きつけてくる青年を迎え撃つ。オツムは弱いが、脳筋貴族から嫁を貰う程には鍛えているのだ。

 

「ふん、貴様ごとき、手折った上で唾を吐きかけてやる!」

 

 死闘が始まった。泥仕合もいい所である。バルブロは剣であれば負けぬと驕りがある。クライムは自分が劣っている事の自覚がある。

 それが能力の差を埋め、クライムを追い縋らせる。バルブロは疲れもあるが精神的に脆い所を突かれ、手傷を負う。

 

「バルブロ様!」

 

 手を出せずにいた元近衛が隙を見てクライムに殺到、ある程度は防ぐも背中、脇腹に深々とクライムは傷を負う。致命傷だ。バルブロは勝利を確信し、剣を振り上げた。

 

「貴様も手ずから、ラナーの下へ送ってやろう!」

 

 クライムは剣すら取り落し、息絶え絶えに棒立ち…しているようにみせかけ、決定的な機会を待ち受けていた。その為なら、命は要らぬと。

 

「ご…!」

 

 袈裟懸けに切られたクライムはしかし、握りしめた拳をバルブロの顎を芯から打ち抜き、片方の手に持った短剣で心臓を突き刺した。逃げるために鎧を捨てたバルブロは、数歩下がると信じられないといった目でクライムを見て、仰向けに倒れて死んだ。

 

 周囲の近衛は、接近してきたザナックの配下達に討ち取られた。ザナックは目の前の忠義の…いや、愛に殉じた従士に声をかけた。

 

「…クライム、本望か?」

「いい、え、王子。私の、望み、は…、ラナー様と…過ごす、日々でした故…」

 

 目から力が失われていく。膝を突き、地面に前から倒れた。

 

「敵は、討ち…ました。愛しており…ます、ら、なー…」

 

 そしてそのまま、クライムは死んだ。ザナックはバルブロと元近衛の遺体を部下に任せ、自らマントを取り、クライムの遺体にかけた。

 

「天晴、従士クライム。あのような恐ろしかった妹であれど、お前の想いは純粋で本物であった。私も、お前があれと共に来世で結ばれる事を祈ろう」

『ありがとうございます、お兄様。私は来世にて、クライムと一緒に穏やかな日々を送ります故、お兄様の統治する王国が栄えるよう祈らせて頂きますわ』

「!?」

 

 聞こえたのはザナックとその周辺の貴族達のみ。だがはっきりと聞こえた。ラナー王女の声だ。

 

「お前なのか、ラナー?」

『ええ、至高なる神々の慈悲の下、ただのラナーとして存在しております。クライムは引き取らせて頂きますね?』

 

 言うが早いか、クライムの遺体は消え失せた。ザナックがかけたマントだけが残っている。

 

『残る不埒者達は、エ・ランテルから敗走、帝国方面へ散り散りに。途中に村もありますので、後はお任せいたします』

「…わかった。さらばだ、ラナー」

『はい、それでは…』

 

 その言葉を最後に声も気配も消え失せた。ザナックは少し瞑目していたが、すぐに思考を切り替えると残党追撃の命令を下す。

 

「行くぞ、妹とクライムの弔い合戦である!」

 

 程無くして、元貴族とその私兵も含め、討ち取るか捕縛に成功した。

-

 エ・ランテルで挨拶をした魔導皇国の宰相を名乗る美女は、縁のあるカルネ村が自らの戦力で迎撃するので、後は問題ないだろうと微笑んでいた。

 

 多くの反逆者が逃げ込もうとした開拓村、カルネ村から逆走して来た連中は錯乱していたという。

 

「ご、ゴブリンの軍勢が!」

 

 既に散り散りで、50名にも満たない元貴族と私兵では、100倍近い兵数差の前では鎧袖一触と蹂躙されたそうな。

-

-

 逆賊の討伐を完遂したザナック。王と共にラナーとクライムの葬儀を終え、ただ一人、王族として残されたザナックはこの日以降、槍の鍛錬と共に運動を多くこなすようになった。

 王位継承者として自覚と共に自らを律するようになった彼は、一年後には太っていた体型が見る影も無く、少しツリ目気味の王族然とした細身の青年に様変わりした。それまで忌避されていた自覚があるだけに、夜会の誘いが増えた事には苦笑せざるをえない。

-

「だいえっと食、であったか。流石はカワサキ殿だな、美味くて沢山食べているのに、上手いこと痩せられた。重ね重ね礼を言う」

「運動もしている以上、食って痩せるのが正解だ。ま、太ってると長生きできないから、丁度いいだろ。月に一度はどんと食べてもいいからな」

「その日は、食堂でたらふく頂く事にする」

 

 エ・ランテルの「食堂」でカウンター越しに店主のカワサキとそんな会話をしたザナックは、とても嫌そうな顔をして視線を目の前の二人に移した。

 

「…所でだ、私はお前とクライムの存在を、どう受け止めればいいのだ?」

「あら嫌ですわ王子、陛下から重要な仕事を任されてはおりますが、私は愛する夫と慎ましく暮らすただの平民ですよ」

 

 うふふ、と笑う…ラナーが居る。隣はクライムだ。同席を辞退しようとしたが、ラナーとザナック両名に引き止められて同じテーブルに着いている。

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 バルブロの反乱から暫くして、エ・ランテルに設けられた魔導皇国の外交官邸。そこに正式な外交官として一年後に就任したのは、ラナー王女にそっくりな少女と、クライムにそっくりな青年であった。双方、銀髪である。

-

 王国の代表として訪れたザナックは、しれっとした顔で現れた妹に対し、たっぷり1分ほど沈黙した。同行したレエブン候も同様である。ニコニコ顔のラナー外交官に対し、側仕えのクライムはとてもバツの悪そうな顔をしていたという。

 

「私、来世で幸せになるって言いましたから、ね?」

「…すみません王子、私も何が何やら」

 

 因みに、ラナーのクライムに対する執着については、餡ころもっちもち(看護師資格持ち)とやまいこ(小学校の先生)がカウンセリングの末、多少は軌道修正できた。というか精神のネオテニーが解っているので、結構楽だったとは二人の弁である。

 

「自己分析用に精神分析学の本は色々あるから、読むといいね」

「至高なる御方々の慈悲に、深く感謝いたしますわ」

 

 また自己分析をしたラナーもその後、クライムがラナーを愛を囁きながら押し倒したので、幸せ全開のラナーは「ぐにゃぁ」な顔を殆ど見せなくなったのが正解か。

 

「精神の異形種、ってのは否定しません。それだけ知性がずば抜けてますから」

「でもね、愛の形がそれぞれと言っても、一人じゃ限界があるの。自分が愛したい相手に色々押し付けるよりは…」

「はい、愛して貰える、返しあえる、というのはとても素敵な事だったのですね…」

「「シングルの私・ボク達の前でのろけ話の独演会はしないで!」」

 




原作では虐殺ですから、有情な最後かな?
あ、元貴族とその私兵がカルネ村でとばっちり食らってますのでどっこいかも

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